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読書論の基本3書まとめ読み

目次

読書論の基本3書の選択

読書論の基本3書としては、次の3書が適当であろう。
①本を読む本
②読書の技法
③読書とは何か
①は読書論の嚆矢といえるだろうし、②③はいずれも読書好きの作者の試行錯誤に満ちている。要約と目次を見るだけで、かなりの地点まで行ける。今はやっと要約と目次が搭載できたのでコメントは追ってということにしよう。

読書論の基本3書の要約と目次

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主たる主張

モーティマー・J・アドラーとチャールズ・V・ドーレンの著作『本を読む本』は、読書技術に関する核心的テーマと方法論を統合したものである。本書の主張は、読書は単なる文字の受動的な受容ではなく、技術を要する能動的かつ知的な活動であるという点にある。その究極の目的は単なる情報収集を超え、より深い理解に到達することである。
本書は読書を体系的に4つのレベルに分類する。

  1. 初級読書:基本的な読み書き能力の習得。
  2. 点検読書:本の主題や構造を短時間で把握する技術。
  3. 分析読書:一冊の本を徹底的に理解し、自分のものとするための中心的技術。
  4. シントピカル読書:複数の本を横断的に読んで一つの主題を多角的に分析する、最高レベルの読書。
    特に「分析読書」は本書の中核であり、本の構造把握、内容の解釈、最終的な批評という三つの段階から成る。読者は著者と言葉について「折り合いをつけ」、主要命題と論証を抽出し、知識の妥当性・論理の整合性・分析の完全性といった基準に基づき主体的に評価することが求められる。
    また本書は、知識を伝える「教養書」と想像力に訴える「文学作品」の読書法を区別し、それぞれの目的に応じたアプローチを提示する。最終目標である「シントピカル読書」は、読者自身が主題を設定し、複数の著者との対話を通じて一つの問題に対する多角的理解を構築する、最も高度で創造的な読書活動と位置づけられている。訳者あとがきでは、これらの普遍的な読書論を背景に日本独自の読書文化の特性についても考察が加えられている。

1. 読書の能動的性質と目的

本書は読書を、書き手とのコミュニケーションを成立させるための積極的な活動と定義する。優れた読書家は精神を集中させ、本に対して能動的に働きかける意欲的な読者である。

1.1 積極的読書と受動的読書

多くの人は、書くことや話すことは能動的で、読むことや聞くことは受動的だと誤解している。しかし、本当の読書は野球のキャッチャーのような役割を担う。ピッチャー(書き手)が投げるボール(情報)をただ受け身で待つのではなく、速球や変化球などあらゆる種類の情報を巧みに捉えるための積極的な技術が求められる。コミュニケーションは、書き手の意図が読み手のミットに的確に収まったときに成立する。

  • 情報の洪水と知的パッケージ:現代のマス・メディアは、視聴者が自ら思考する手間を省く「知的パッケージ」を提供しがちである。これにより人々は考えることなく情報を受け入れる傾向がある。積極的読書はこの受動的姿勢に対抗するものである。

1.2 読書の目的:情報と理解

読書には二つの主要な目的があり、それぞれ異なるアプローチを必要とする。

読書の種類目的特徴
情報を得るための読書既知の事柄を増やすこと。新聞や雑誌のように、読み手の理解力を超えない内容を対象とし、情報の量は増えるが理解の質は向上しない場合が多い。
理解を深めるための読書新たな洞察を得て、より高いレベルの理解に到達すること。自分の理解力を上回る本に取り組むことで浅い理解から深い理解へと引き上げる。高度な読書技術を要する。
娯楽のための読書は最も負担の軽い読書であり、本書の主要な対象ではない。

1.3 読書と学習:「教わること」と「発見すること」

「読む」ことは「学ぶ」ことであり、学習には「教わること」と「発見すること」の二形態がある。

  • 教わること(助けを借りた発見):教師や書物から学ぶこと。本書では本からの学習を「姿の見えない教師から学ぶこと」と位置づける。目の前の教師と異なり本は質問に直接答えてくれないため、読み手自身が問いを立て答えを能動的に探求する必要がある。
  • 発見すること(手助けのない発見):自らの研究・調査・思索によって学ぶこと。自然や外界を読み解く技術に相当する。
    理解を深める読書は、本という教師があるとはいえ、本質的には「手助けのない発見」と同様の精神活動(鋭い観察力、確かな記憶力、豊かな想像力、分析的思考力)を要求する。

2. 読書の四つのレベル

読書技術は段階的に習得される。本書では以下の四つのレベルに分類される。高次のレベルはそれ以前のレベルの技術をすべて内包する。

レベル1:初級読書 (Elementary Reading)

  • 目的:基本的な読み書き能力の習得。
  • 中心的な問い:「その文は何を述べているか?」
  • 段階:
  1. 読みかた準備期(~6、7歳):読み書きの身体的・心理的準備が整う時期。
  2. 単語の習得期:ごく簡単な単語や文を読めるようになる。
  3. 語彙の増強と文脈理解:知らない単語を文脈から推測し、様々な種類の本を読む楽しみを覚える。
  4. 読書技術の成熟期:複数の著者の見解を比較するなど、読書体験を自分のものにする。
  • 課題:米国の高等教育においても、多くの学生が初級レベルで問題を抱えており、矯正訓練が必要であると指摘されている。

レベル2:点検読書 (Inspectional Reading)

  • 目的:限られた時間内で本の主題や構成を体系的に把握すること。
  • 中心的な問い:「その本は何について書かれたものか?」「どのような構成か?」
  • 二つのタイプ:
  1. 組織的な拾い読み(下読み):表題、序文、目次、索引、カバーの惹句などを系統立てて調べ、本の骨格や著者の主張の核心を掴む。これにより、その本を分析的に読む価値があるか判断する。
  2. 表面読み:難解な本に初めて取り組む際、わからない箇所で立ち止まらずまず通読することで全体の流れを把握し、再読時の深い理解の土台を築く。
  • 重要性:多くの読者がこのレベルの価値を認識せず、いきなり第一ページから読み始めるため、効率的な読書ができていない。

レベル3:分析読書 (Analytical Reading)

  • 目的:一冊の本を徹底的に理解し、完全に自分のものとすること。
  • 特徴:時間的制約のない状況で可能な最も完成度の高い読書法。「本をよくかんで消化する」ことに例えられる。
  • 適用:まず理解を深めるための読書であり、浅い理解から深い理解へ精神を向上させるために不可欠な技術。本書で最も詳述される。

レベル4:シントピカル読書 (Syntopical Reading)

  • 目的:一つの主題について複数の本を相互に関連づけて読む比較読書。
  • 特徴:最も複雑で組織的な読書法であり、読者に対する要求度が最も高い。
  • プロセス:読んだ本を手がかりに、それらの本には明示されていない主題を読者自身が発見・分析することを目指す。

3. 分析読書の技術:三つの段階

分析読書は、意欲的な読者が行うべき「四つの基本的な質問」を実践するプロセスである。

  1. 全体として何に関する本か?(第一段階:構造の把握)
  2. 何がどのように詳しく述べられているか?(第二段階:内容の解釈)
  3. その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か?(第三段階:批評)
  4. それにはどんな意義があるのか?(第三段階:批評)

第一段階:本の構造を把握する

目的は本の設計図、すなわち骨格を明らかにすること。

  • 規則1:本を分類する
  • 読み始める前に、その本がどの種類(フィクションか教養書か)に属するか把握する。
  • 教養書はさらに理論的な本(事実を教える)と実践的な本(方法を教える)に大別できる。歴史、科学、哲学なども区別する。
  • 規則2:本全体の統一を簡潔に表現する
  • 本が全体として何を言おうとしているのか、主題や目的を数行で要約する。小説ならプロットの要約に当たる。
  • 規則3:本の主要部分を概説し、その構成を示す
  • 本を構成する主要部分を特定し、それらがどのように関連して全体の統一性を作るかを明らかにする。自分でアウトラインを作成することが重要である。
  • 規則4:著者が解決しようとしている問題は何かを明らかにする
  • 著者がどのような問いに答えようとしているかを特定する。これにより本の統一性や構造の背後にある著者の意図を理解できる。

第二段階:内容を解釈する

この段階では著者のメッセージを正確に受け取るため、言葉や論理の共有を図る。

  • 規則5:重要な単語を見つけ、著者と折り合いをつける
  • 著者が特殊な意味で使っているキーワード(専門用語や独特の語彙)を特定する。
  • 文脈を手がかりにそれらの単語の意味を正確に把握し、著者との間で意味の共有(折り合い)を成立させる。
  • 規則6:重要な文を見つけ、著者の主要な命題を把握する
  • 著者の主張の核心をなすキーセンテンスを特定する。
  • その文が表現する命題を自分の言葉で言い換えたり具体例を挙げたりして、本当に理解したかを確認する。
  • 規則7:一連の文から著者の論証を見つけ出す
  • 著者が命題を裏付けるために用いる論証(根拠や理由の一連)を特定する。論証には帰納法と演繹法があり、前提や仮定も区別する。
  • 規則8:著者が解決した問題と未解決の問題を特定する
  • 著者が提示した問題のうち、どの問題に答えており、どの問題が未解決かを見極める。

第三段階:本を批評する

内容を完全に理解した後、読者は著者と対等な立場で対話し、判断を下す義務を負う。

  • A. 知的エチケットの一般規則
  • 規則9:本の内容を完全に理解するまで、批評(賛成・反対・判断保留)を差し控える。
  • 規則10:攻撃的に反論しない。議論の目的は真実の探求であり、言い負かすことではない。
  • 規則11:反論する際は知識と個人的意見を区別し、判断の根拠を明確に示す。誤解や知識不足から生じる反論は解消可能であると心得る。
  • B. 批判の特定基準
    読者が著者に反論する場合、その根拠は以下の四点に集約される。
  1. 知識不足:著者が問題解決に必要な関連知識を欠いている。
  2. 知識の誤り:著者の主張が事実に反している。
  3. 論理性の欠如:推論に誤りがある(不合理な推論、矛盾)。
  4. 分析の不完全さ:提示した問題をすべて解決しておらず、論証が不十分である。

4. 文学作品の読書法

文学作品(小説、戯曲、詩)は教養書とは目的も方法も異なるため、特別な読書法が求められる。

  • 「教養書」との主な相違点
  • 目的:「教養書」が知識を伝えるのに対し、文学は「経験」そのものを伝える。主たる目的は楽しませることで、教えることは付随的である。
  • アプローチ:「教養書」が理性に訴えるのに対し、文学は主に想像力に訴える。そのため、読者は作品の影響に抵抗せず、無防備に身を委ねる姿勢が求められる。
  • 言語:「教養書」が言葉の明確さを目指すのに対し、文学は言葉の多義性や曖昧さを活用し、隠喩や言外の意味を重視する。
  • 文学作品読書のための規則
  1. 構造:作品の種類(抒情詩・小説・戯曲)を識別し、プロットの統一性を把握し、物語の展開(発端、クライマックス、結末)を追う。
  2. 解釈:登場人物・事件・背景を作品の構成要素として理解し、作家が創造した架空の世界に没入する。
  3. 批評:基準は「真実」ではなく「美」である。好き嫌いを判断する前にまず作品を誠実に味わい、なぜその作品が満足を与えたか(あるいは与えなかったか)を客観的に分析することが批評となる。

5. シントピカル読書:読書の最終目標

シントピカル読書は読書技術の最高レベルであり、一つの主題について複数の書物を体系的に研究する活動である。

  • 特徴:読者自身が主題を設定し議論の枠組みを構築する、最も能動的な読書。個々の本を理解するだけでなく、主題そのものを多角的に探求することが目的である。
  • シントピカル読書の五段階
  1. 関連箇所の発見:準備した文献リストから主題に密接に関連する箇所を点検読書で見つけ出す。
  2. 著者に折り合いをつけさせる:読者が中立的な用語体系を確立し、各著者の言葉をその用語に「翻訳」して議論の土台を統一する。
  3. 質問を明確にする:主題を解明するための一連の質問を作成し、各著者に(明示的または暗示的に)答えてもらう。
  4. 論点を定める:著者間の回答の対立点を整理し、主題をめぐる主要な論争点を明らかにする。
  5. 主題についての論考を分析する:各論点について意見の一致点と不一致点を整理し、議論全体を客観的に分析する。最終的な真実は対立する意見の衝突の中に求められる。
  • 弁証法的客観性:シントピカル読書では特定の著者の見解に偏らず、あらゆる側面から公平に問題を分析する姿勢が不可欠である。

6. 訳者あとがきに見る日本人の読書習慣

訳者の外山滋比古氏は本書の普遍的読書論を踏まえつつ、日本独自の読書文化について以下の特徴を指摘している。
変化の兆し:近年、高等教育の普及に伴い、従来の人生的・求道的な読書から、情報処理を目的とした実践的で知的な読書への関心が高まっている。膨大な出版物の中から目的に応じて読み分ける技術の必要性が増している。
若年読書:日本の若者の読書は自己改造の願望や現実からの逃避と結びつきやすく、情熱的で精神的・道徳的色彩を帯びる傾向がある。「人間いかに生くべきか」というテーマが重視され、宗教の代用的役割を果たすことがある。
短篇読書:俳句や短歌に代表されるように、日本文化は「小粒」を好む傾向があり、読書においても文(センテンス)単位の読み方が主流である。段落(パラグラフ)単位で論理構造を把握することが少なく、主情的になりやすい。
難解信仰:明治以降の翻訳文化の影響で、難解な文章や悪文を先進文化の証とみなし高く評価する傾向がある。「わからない文章」の方が価値があるという錯覚から、速読や拾い読みへの抵抗を感じ、精読を重視する。
返り点読み:漢文訓読に由来する、文を行き来しながら読む習慣が外国語の解釈法などを通じて無意識に日本人の読み方に影響を与えている。これにより流れのない「解読」のような読書になりやすい。

  • 日本の読者の皆さんへ モーティマー・J・アドラー
  • 第一部 読書の意味
    • 1 読書技術と積極性
      • ①積極的読書
      • ②読書の目的ー知識のための読書と理解のための読書
      • ③「読む」ことは「学ぶ」ことである——「教わること」と「発見すること」との違い
      • ④教師のいる場合、いない場合
    • 2 読書のレベル
    • 3 初級読書—読書の第一レベル
      • ①読みかた学習の諸段階
      • ②段階とレベル
      • ③高等教育と読書
    • 4 点検読書—読書の第二レベル
      • ①点検読書1—組織的な拾い読み、または下読み
      • ②点検読書 2—表面読み
      • ③読書の速度
      • ④目の動き
      • ⑤「理解すること」
    • 5 意欲的な読者になるには
      • ①積極的読書への四つの質問
      • ②本を自分のものにするには
      • ③書きこみの方法
      • ④読書習慣を身につける
      • ⑤多くの規則から一つの習慣へ
  • 第二部 分析読書 読書の第三レベル
    • 6 本を分類する
      • ①分類の重要性
      • ②書名から何がわかるか
      • ③理論的な本と実践的な本
      • ④理論的な本の種類
    • 7 本を透視する
      • ①構想とプロット—本の統一
      • ②アウトラインをつかむ 
      • ③読む技術と書く技術
      • ④著者の意図を見つける
      • ⑤分析読書の第一段階
    • 8 著者と折り合いをつける
      • ①著者の使う言葉に注意する
      • ②キーワードを見つける
      • ③専門用語と特殊な語彙
      • ④単語の意味をつかむ
    • 9 著者の伝えたいことは何か
      • ①文および命題
      • ②キー・センテンスを見つける
      • ③命題を見つける
      • ④論証を見つける
      • ⑤著者の解検を討検討する
    • 10 本を正しく批評する
      • ①学ぶことの効用
      • ②修辞の役割
      • ③判断保留の重要性
      • ④けんか腰はよくない
      • ⑤反論を解消する
    • 11 著者に賛成するか、反論するか
      • ①思いこみと判断
      • ②著者の主張は、果たして妥当か
      • ③論証は、果たして完全と言えるか 分析読書の第三段階
    • 12 読書の補助手段
      • ①「経験」の役割
      • ②他の本から手助けを得る
      • ③注釈書や抜粋
      • ④参考図書の使いかた
      • ⑤辞書の使いかた
      • ⑥百科事典の使いかた
  • 第三部 文学の読みかた
    • 13 小説、戯曲、詩の読みかた
      • ①文学を読むとき、してはならないこと
      • ②文学を読むための一般法則
      • ③小説の読みかた
      • ④戯曲の読みかた
      • ⑤抒情詩の読みかた
  • 第四部 読書の最終目標
    • 14 シントピカル読書—読書の第四レベル
      • ①シントピカル読書における点検の役目
      • ②シントピカル読書の五つの段階
      • ③客觀性はなぜ必要か
      • ④シントピカル読書の実例—進歩の観念について
      • ⑤シントピコンとその利用法 
      • ⑥シントピカル読書の原理について
      • ⑦シントピカル読書のまとめ
    • 15 読書と精神の成長
      • ①良書が与えてくれるもの
      • ②本のピラミッド
      • ③生きることと精神の成長
  • 日本人の読書ー訳者あとがきにかえて
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主たる主張

本書『読書の技法』は単なる読書案内ではなく、危機に直面する現代日本を生き抜くための戦略的な「知の技法」を体系化することを目指している。著者は、時間が人間にとって最大の制約であるという認識に立ち、他者の経験と知的努力を読書で獲得し、人生を数倍豊かにする方法論を提示する。
核心は「熟読」と「速読」の弁証法的関係にある。多くが誤解する速読の真の目的は、内容を速く理解することではなく、膨大な書籍の中から読む価値のない本を効率的に排除し、限られた時間で熟読すべき数冊を選び抜く「仕分け作業」である。
あらゆる読書の土台となるのは高校教科書レベルの「基礎知識」である。この土台がなければ専門書や教養書の深い理解は不可能で、速読も単なるページめくりに終わる。著者は受験勉強で得た知識は社会でこそ生きる「生きた知」に転化できると強調し、知識の欠損を客観的に把握して教科書や学習参考書で補強する重要性を説く。
本書は、具体的な読書テクニック、ノート作成術、小説や漫画から実用的知見を汲み取る方法、時間を創出・圧縮する技法まで、知力を強化するための包括的手引きである。

1. 読書の基本哲学:生存のための「知の技法」

著者は現代日本が国内外で深刻な危機に直面しているという認識から論を起こす。「食うか、食われるか」の弱肉強食の社会で生き残るには知力の強化が不可欠であり、その中核が読書であると位置づける。

  • 知は力: 「知は力」であり「力は知」であるという認識が本書の根底にある。教養ブームの背景には「知力を強化しなくては生き残れないのでは」という日本人の集合的無意識があると分析する。
  • 最大の制約条件としての時間: 人間は死を免れないため、時間が最大の制約になる。読書は他人の経験や知的努力を短時間で自分のものにし、数十人分の経験を身につけて人生を2倍、3倍豊かにする手段である。
  • 正しい方法論(メソッド)の重要性: 知識を着実に身につけるには、確立された伝統、すなわち正しいメソッドに沿って読書することが重要である。我流の読書は誤読の危険が高く、時間の浪費につながる。
  • 捨てる技法: 時間という制約を常に念頭に置き、「何をしないか」「何を読まないか」を決断することも重要な技法である。機会費用を考え、効果の薄い学習(例:ビジネスパーソンがゼロからロシア語を専門的に学ぶこと)は捨てるべきだと助言する。

2. 読書術の二本柱:熟読と速読

著者の読書術は「熟読」と「速読」を軸に展開する。両者は対立せず、熟読のために速読が存在するという補完関係にある。

2.1. 熟読の技法:基本書を読みこなす

熟読は基礎知識を構築し、思考の体系を身につける中心的活動である。しかし時間的制約から、熟読できる本は月に3〜5冊程度に限られる。

項目内容
目的知識の断片ではなく、物事を体系的に考える「体系知」を身につける。
対象基本書、専門書、語学や数学の教科書など、「ものすごく時間がかかる本」。
基本書の選び方専門家や書店の専門員に聞くのが確実。未知の分野では「水先案内人」が不可欠。
冊数1冊に頼ると知識が偏る危険があるため、3冊や5冊といった奇数で揃える。見解が分かれた場合に多数決で判断できるため。
熟読の3ステップ同じ本を最低3回読むことで知識を定着させる。 第一読: シャーペンで線を引きながら通読。重要箇所や疑問点に印をつける。 第二読: 特に重要と思う部分を囲み、その内容をノートに抜き書きする。 第三読: 結論部分を3回読み、その後全体を再度通読する。
重要な引用: 「現実の出来事を説明できないなら、本物の知識は身についていない」

2.2. 速読の技法:「超速読」と「普通の速読」

速読は熟読術の裏返しであり、基礎知識がなければ成立しない。最大の目的は、読む必要のない本を効率的に排除することである。
A. 超速読(1冊5分)

  • 目的: 本の「仕分け作業」と、読むべき箇所の「当たりをつける」こと。
  • 方法:
  1. 序文の最初の1ページと目次を読む。
  2. それ以外は文字を読まず、ページ全体を見るようにひたすらめくる。
  3. 気になる語句や図表があれば大きく丸で囲み、ポストイットを貼る。
  4. 結論部の最後のページを読む。
  • 分類: このプロセスで本を「熟読」「普通の速読(ノート作成要)」「普通の速読(ノート作成不要)」「超速読で十分」の4つに分類する。
    B. 普通の速読(1冊30分〜)
  • 目的: 内容を大雑把に理解・記憶し、後で参照できるよう頭の中に「インデックス」を作ること。
  • 方法:
  1. 完璧主義を捨てる: 「もう二度と読まない」という心構えで臨み、100%の理解を目指さない。
  2. 目的意識を明確にする: 何の情報を求めているかを意識すると、必要な情報が目に飛び込んでくる。
  3. 定規を当てる: 同じ行を何度も読んでしまうのを防ぐため、定規を当てて読み進める。目標は1ページ15秒。
  4. 印をつける: 熟読同様、シャーペンで印をつけ、ポストイットを貼る。
  5. インデックス化: 「あの本のあの部分にこう書かれていた」と記憶し、後で正確な情報を取り出せるようにする。新聞の読み方の応用である。
    重要な引用: 「速読の第一の目的は、読まなくてもよい本を外にはじき出すことである。」

3. 知識の土台:基礎知識の重要性

著者が繰り返し強調するのは基礎知識の不可欠性である。高度な知的活動は盤石な基礎の上にしか成り立たない。

  • 基礎知識の基準: 高校レベルの教科書・学習参考書に記載されている知識が、社会人にとって最も確実で効率的な土台となる。
  • 受験勉強の再評価: 「受験勉強が社会生活に役立たない」という認識は誤りである。社会人が大学受験レベルの知識を消化できていないことが問題であり、その内容は社会人になってからも有用である。
  • 知識の欠損部分の把握:
  • 診断: 大学入試センター試験の問題を解くことは自身の知識の欠損を客観的に把握する上で有効。8割得点できれば基礎知識は身についていると判断できる。
  • 危険な学習法: 歴史小説や漫画で歴史を学ぶと、事実と異なるステレオタイプな偏見が「刷り込み」される危険があり、避けるべきである。
  • 教科書と学習参考書の活用:
  • 教科書は教師の存在を前提に説明不足な部分があるが、学習参考書は自己完結型で市場にさらされ洗練されているため、併用が効果的。
  • 世界史: 高校世界史の知識で、ウェストファリア条約を基点とする近代国際政治の枠組みやアフガニスタン問題の歴史的背景を理解できる。
  • 日本史: 特に近現代史を扱う「日本史A」は、バブル経済や金融恐慌、政党政治の変遷など現代日本の課題を理解する上で有用である。
  • 国語: 論理的思考力を鍛える土台。出口汪氏の参考書を例に、感覚ではなく論理で文章を読み解く技術の重要性を説く。
  • 数学: 外国語と同様に、頭でなく体で覚える「テクネー」の要素が強い。論理力を鍛え、経済現象や複雑な政治家の思考様式を理解する上でも役立つ。

4. 小説・漫画の戦略的活用法

小説や漫画は単なる娯楽(リラックス)としてだけでなく、実用的目的で戦略的に活用できる。

  • 動機付け: 歴史漫画などをきっかけに学習意欲を高める。ただし知識自体は専門書で得るべきである。
  • 代理経験: 自分が直接経験できないこと(例:企業犯罪)を小説で体験し、他者の心理や痛みを感じ取る能力を養う。これはエリートに不可欠な資質である。
  • 社会・人間関係の縮図として読む(アナロジー):
  • 作品内の極端な状況や人物像を現実社会や人間関係を理解する類比として用いる。
  • 『巨人の星』: 独善的な正義を追求して組織のバランスを崩す「星飛雄馬型」人間の分析。
  • 『ゲゲゲの鬼太郎』: 自己の利益を追求しつつ他者との関係性を重視する「ねずみ男」の21世紀的生き方の分析。
  • 村上春樹『1Q84』: 多数派には見えない「第二の月」の概念を、沖縄問題における「抑止力論」と「沖縄差別」の二重構造理解に応用。
  • ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』: 恋愛における「3の規則」をビジネスの人脈構築に応用。チェコ人の墓地へのこだわりから沖縄の人々の心情を類推する。

5. 時間と環境の管理術

知の技法を実践するには、時間を効率的に創出・活用する技術が不可欠である。

睡眠: 睡眠時間には個人差があるが、コツは「ハッ」と目が覚めた瞬間に二度寝をしないこと。著者は15分程度の仮眠を取り入れ、能率を維持している。

時間帯の最適化: 著者は能動的な知性が最も働く早朝に執筆を集中させる。夜は感情が過剰になりやすいため、深い思索を要する作業は避ける。

細切れ時間の活用: 10〜15分の細切れ時間でも集中すれば論文を読むなどの知的作業は可能。ただし語学の初歩など机に向かうべき学習との区別が必要である。

場所の活用(トポス):

読書が最も捗る自分なりの場所(トポス)を見つけることが効率化につながる。

仕事場、自宅、喫茶店など「小さな場所の変化」だけでなく、吉野での勉強会のように歴史的文脈を持つ場所へ赴く「大きな場所の変化」は学習意欲を刺激し、時間を圧縮し記憶を強化する効果がある。

集団的学習法: 専門分野を持つ人々で書評会を行えば短時間で大量の書籍の要点を効率的に吸収できる。インテリジェンス機関でも用いられる手法である。

  • 読書の技法――目次
  • はじめに
    • ◆筆者の読書術を初めて体系化
    • ◆正しい読書法を身につける――人間にとっての最大の制約条件
    • ◆なぜ速読が必要なのか? なぜ基礎知識が大切なのか?
    • ◆高校レベルの基礎知識をつけるのが、最も確実で効率的な知の道
    • ◆「何をしないか」「何を読まないか」も大切な知の技法のひとつ
  • 第Ⅰ部 本はどう読むか
  • 第1章 多読の技法──筆者はいかにして大量の本を読みこなすようになったか
    • ◆月平均300冊以上には目を通す──多い月は500冊を超える
    • ◆熟読している本は月に平均4~5冊
    • ◆本格的に本を読み始めたのは中学1年生から
    • ◆高校に入って哲学書に目覚める
    • ◆神学部で身につけた熟読の技法
    • ◆「時間が無限にある」と錯覚していた非効率な読み方
    • ◆読書どころではなかった入省後の2年間
    • ◆民族問題の担当で必要に迫られた速読の技法
    • ◆筆者が接した「知の巨人」たち
    • ◆「知の巨人」から学んだ基礎知識の大切さ
  • 第2章 熟読の技法──基本書をどう読みこなすか
    • ◆本には3種類ある──「簡単に読むことができる本」「そこそこ時間がかかる本」「ものすごく時間がかかる本」
    • ◆筆者が過去に読んだ中で、いちばん時間がかかった本は?
    • ◆速読の目的は、読まなくてもよい本をはじき出すこと──一生で読める本の数は限られている
    • ◆書店員の知識を活用する
    • ◆基本書は3冊、5冊と奇数にする
    • ◆上級の応用知識をつけようと欲張らない
    • ◆現実の出来事を説明できないなら、本物の知識は身についていない
    • ◆【熟読の技法1】まず本の真ん中くらいのページを読んでみる〈第一読〉
    • ◆【熟読の技法2】シャーペン(鉛筆)、消しゴム、ノートを用意する〈第一読〉
    • ◆【熟読の技法3】シャーペンで印をつけながら読む〈第一読〉
    • ◆【熟読の技法4】本に囲みを作る〈第二読〉
    • ◆【熟読の技法5】囲みの部分をノートに写す〈第二読〉
    • ◆【熟読の技法6】結論部分を3回読み、もう一度通読する〈第三読〉
    • ◆2冊目以降の基本書の読み方
  • 第3章 速読の技法──「超速読」と「普通の速読」
    • ◆一冊を5分で読む「超速読」と、一冊を30分で読む「普通の速読」
    • ◆超速読の技法──5分の制約を設け、最初と最後、目次以外はひたすらページをめくる
    • ◆超速読の目的は2つ──本の仕分け作業と、本全体の中で当たりをつける
    • ◆超速読の筆者の実例を紹介すると
    • ◆【普通の速読の技法1】「完璧主義」を捨て、目的意識を明確にする
    • ◆【普通の速読の技法2】雑誌の場合は、筆者が誰かで判断する
    • ◆【普通の速読の技法3】定規を当てながら1ページ15秒で読む
    • ◆【普通の速読の技法4】重要箇所はシャーペンで印をつけ、ポストイットを貼る
    • ◆【普通の速読の技法5】本の重要部分を1ページ15秒、残りを超速読する
    • ◆【普通の速読の技法6】大雑把に理解・記憶し、「インデックス」をつけて整理する
    • ◆普通の速読は、新聞の読み方の応用
  • 第4章 読書ノートの作り方──記憶を定着させる抜き書きとコメント
    • ◆「ノートを作る時間がもったいない」への反論
    • ◆ノートは1冊主義──ぶ厚いノートに「記録」「学習」「仕事」を時系列で集約
    • ◆コメントを書くときのポイント
    • ◆レーニンの読書ノートに学ぶ
    • ◆筆者の抜き書きとコメントの例
  • 第Ⅱ部 何を読めばいいか
  • 第5章 教科書と学習参考書を使いこなす──知識の欠損部分をどう見つけ、補うか
    • ◆知識の欠損部分を把握する
    • ◆大学入試問題を活用する
    • ◆「正しい知識」を身につける──歴史小説で歴史を勉強してはいけない
    • ◆教科書と学習参考書で基礎知識をつける
    • ◆教科書と学習参考書を併用する理由とは?
    • 【世界史】
    • ◆高校世界史教科書で国際政治を理解する
    • ◆アフガニスタンへの深入りは無謀な企て
    • ◆原爆投下1964年? ソ連崩壊2006年?──早慶生の驚くべき歴史知識
    • ◆国際政治の原点、ウェストファリア条約を知る
    • ◆ウェストファリア条約が作った近代の主権国家
    • ◆半年で世界史の知識が飛躍的に身についた実例
    • 【日本史】
    • ◆日本史Aの教科書を活用する
    • ◆近過去の歴史から「官僚による世直し」の危うさを学ぶ
    • ◆第一次世界大戦後の不景気で格差が拡大
    • ◆関東大震災以降、銀行の経営破綻が続出
    • ◆世界恐慌を過小評価し、金解禁を実施した日本
    • ◆改革運動は不遇の知的エリートが起こす
    • ◆五・一五事件と二・二六事件の違いと共通点
    • 【政治】
    • ◆日本の政治構造を高校教科書で理解する
    • ◆自社の対峙の裏側で行われた「国対政治」
    • ◆政党助成金は政党の国家への依存を強める
    • 【経済】
    • ◆再評価されるマルクスと社会主義を検証する
    • ◆青写真がなかったソ連型社会主義
    • ◆ビジネスパーソンにも役立つ高校政治・経済教科書の「勉強法」とは?
    • ◆プレゼンやディベートで、より真理が見えてくる
    • 【国語】
    • ◆知識や情報の活用に大切な論理的思考能力
    • ◆論理を無視した知識はすぐに記憶から消える
    • ◆文書の読解力を飛躍的に向上させる手法
    • ◆仕事で読むテキストも、著者の意図どおり読む
    • ◆「この」が指す事柄を正確に理解する
    • ◆論理と文脈を押さえて文章を読み解くコツ
    • 【数学】
    • ◆数学や外国語は頭でなく体で覚える
    • ◆体に覚えこませる技術「テクネー」とは?
    • ◆偏微分で鳩山元首相の行動様式も理解可能
    • ◆従来の政治家と決断の発想が異なる
    • ◆かつて書いた論文をロシア語に翻訳するべき
    • ◆高校教科書レベルの内容を教える社会人向け講座を
  • 第6章 小説や漫画の読み方
    • ◆リラックスするための読書は無駄ではない
    • ◆漫画は「動機付け」に使えるが、知識を身につけるものではない
    • ◆筆者の漫画の読み方──「社会の縮図」「人間と人間の関係の縮図」として読む
    • ◆小説は「代理経験」としても読める
    • ◆娯楽書から実用的な内容をくみ取るには
    • ◆村上春樹『1Q84』をどう読むか
    • ◆抑止力論という「月」、沖縄差別という「月」
    • ◆ビジネスの人脈構築に『存在の耐えられない軽さ』の方法を応用する
    • ◆ビジネスにも有効な恋愛「3の規則」
    • ◆大国に囲まれているからチェコ人は墓にこだわる
  • 第Ⅲ部 本はいつ、どこで読むか
  • 第7章 時間を圧縮する技法──時間帯と場所を使い分ける
    • ◆筆者自身の平均的な一日――執筆は昼までの7時間半に圧縮
    • ◆能率が落ちてきたら仮眠をとるか、外国語か数学の練習問題を解く
    • ◆読書時間は平均6時間。どんなに忙しくても最低4時間は読書する
    • ◆頭の中で浮かんでいるテーマは100近く
    • ◆筆者の深夜の読書法と読んでいる本とは?
    • ◆短時間睡眠のコツは二度寝をしないこと
    • ◆細切れの時間をどう活用するか? ――向く本と向かない本がある
    • ◆場所を変えると効率も変わる――理想の読書環境は人によって異なる
    • ◆「小さな場所の変化」と「大きな場所の変化」
    • ◆テーマを決め、週に1回書評の会合を行う
  • おわりに
  • 特別付録 本書に登場する書籍リスト
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要旨

本書『読書とは何か 知を捕らえる15の技術』は、読書を単なる知識の受動的消費ではなく、知的な「狩猟」や「探検」として捉える、能動的な読書論を展開する。中心的な思想は、読書が部分的な手がかりから全体像を構築する推論の一形式「アブダクション(abduction)」であるという点にある。読者は著者が文字空間に残した「踏み跡」をたどる「狩猟者(ハンター)」や「旅行者」にたとえられる。
提唱される方法論は、本を読み進めながら重要な概念や論点を「ノード(node)」として記録する「往路」と、読了後にそれらのノードを体系的に連結し、チェイン(鎖)、ツリー(樹形図)、ネットワーク(網)といったダイアグラムで全体構造を可視化する「復路」の二段階から成る。
著者は、手軽に読めてすぐに役立つ「流動食のような本」を求める現代の「読書効率主義」を批判し、難解な本や大著に挑むことで知的基礎体力を鍛える重要性を強調する。本書は、深い思索を促す読書の哲学と、それを実践するための15の具体的技術を提示する包括的ガイドである。

分析

1. 読書の本質:狩猟と探検としてのアクティブな行為

本書の読書定義は、読書が受け身の情報取得ではなく、身体的かつ試行錯誤を伴う能動的行為であるという点にある。この思想は「狩猟」という比喩で一貫して表現される。

  • 読者は「狩猟者」である:読者は、本という「文字空間」を探検する「狩猟者」または「旅行者」とみなされる。著者が文章に残した単語、キーセンテンス、論理展開といった「踏み跡(トレイル)」をたどり、獲物(本質的な主張や知識体系)を追う。
  • 地図なき探検:文化人類学者ティム・インゴルドの言葉を引用し、読書はあらかじめ用意された地図(全体像)をなぞる航海とは異なり、自らの足で未知の土地を歩き、地形や風景を記憶しながら進む徒歩旅行にたとえられる。読者は試行錯誤を重ねることで、読み手としての技術を磨く。

2. 読書の推論様式:アブダクション

読書という知的作業の核心は「アブダクション」と呼ばれる推論形式で説明される。これは読書行為を支える思考プロセスである。

  • 部分から全体への推論:アブダクションとは、観察された断片的事実(部分)から、それを最もよく説明する仮説(全体)を導く推論である。読書では、得られた個々の情報(単語、文、章)から著者の主張や作品の構造、背後にある知識体系を推論し続ける行為に相当する。
  • 終わりのない探索:この推論は「終わりのない探索的なもの」で、絶対的な「正しい読み方」は存在しない。読者自身の知識や経験が深まるにつれて、同じ本から新たな発見が生まれ、構築される全体像は更新され続ける。歴史学者カルロ・ギンズブルグが提唱した、痕跡から物語を復元する狩猟者の思考様式とも通底する。

3. 読書の方法論:「往路」と「復路」

著者は、一冊の本を深く理解するために、具体的で体系的な二段階のプロセスを提唱する。

  • 往路(Outward Journey):
  • 目的:本を最初から最後まで読み進める直線的プロセス。
  • 活動:後で全体像を再構築するための「手がかり」や「目印」を収集すること。これらを「ノード(node)」と呼び、キーワード、キーセンテンス、重要な論点などを含む。
  • 実践:付箋を貼る、余白にメモを書く、下線を引くなど、読書の痕跡を意図的に残すことが推奨される。
  • 復路(Return Journey):
  • 目的:読了後、往路で収集したノード群を体系化し、本全体の構造を復元するプロセス。
  • 活動:散在するノード同士の関係を可視化するためにダイアグラムを用いる。
  • チェイン(鎖):直線的関係。
  • ツリー(樹形図):階層的関係。
  • ネットワーク(網):分岐と融合を含む複雑な関係。
  • 効果:この作業を通じて、読者は断片的記憶を統合し、著者が意図した「一つの長い論証」として著作の全体像を能動的に再構築できる。チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が、この方法論を実践する事例として挙げられている。

4. 「読書効率主義」への批判

著者は現代の「読書効率主義」に対して批判的立場を取る。

  • 「流動食のような本」の問題点:読みやすさを第一にし、手軽に知識が得られる本は「流動食」に例えられる。これらは短期的には必要な情報を効率的に与えるが、長期的には「考えるための基礎的な知力」を衰えさせる危険がある。
  • 地獄への道:「お手軽に知識を得る道はまちがいなく〝地獄〟に通じている」と断じ、要約アプリや安易な知識習得への依存に警鐘を鳴らす。
  • 挑戦の推奨:あえて手間のかかる本、難解な本、分厚い本に挑むことを薦める。そうした読書体験が思考力を鍛える「修行」となり、真の知的成長をもたらすと主張する。

5. 多様な読書術

本書は15の具体的な「読書術」を提示する。本文で詳述されている主要な技術は以下のとおり。

読書術説明主な事例
【完読】大著を読破する技術。一歩ずつ着実に進み、適度に休憩して内容を振り返り、備忘メモをこまめに残すことが肝要。西村三郎『文明のなかの博物学』
【速読】飛ばし読みではなく、締切など制約下で大著を読み切るための持続的読書法。Twitterなどで読書ログを公開する「自己加圧ナッジ」が有効。三浦慎悟『動物と人間』
【難読】専門外(アウェイ)の分野の本を読む技術。完全に理解できなくても、自分の知識体系との接点を見出すことが重要。先入観で分類せず未知の領域に踏み込む。山本義隆『磁力と重力の発見』
【精読】難解な専門書や理論未完成の新興分野の著作を読む技術。本をなぞるだけでなく、本を足がかりに(本「で」読む)詳細な読書ノートを作成し、行間を能動的に補う。Nelson & Platnick『Systematics and Biogeography』
【積読】読まずに積まれた本。読者の怠慢ではなく、未来の自分が必要とする時のための知的ストックであり、個人の「内なる図書館」の重要な構成要素である。マーティン・ラドウィック『デヴォン紀大論争』
【休読】理解が困難な本に遭遇した際、無理に読み進めず戦略的に「撤退」する勇気。時間をおいて再挑戦することで新たな理解が開ける可能性がある。山田慶兒『黒い言葉の空間』(三浦梅園『玄語』の読解)

6. テクストを超えた読書:パラテクストと視覚化

読書対象は文字(テクスト)だけに限られない。本書は、非文字要素の重要性を強調する。

  • パラテクストの役割:ジェラール・ジュネットの概念を援用し、書名、序文、索引、図版や写真といった「パラテクスト」が本文理解を助けるだけでなく、独自の意味世界を形成することを指摘する。
  • 「図読」と「数読」:図や絵を読む「図読」、数式や数字を読む「数読」も重要なリテラシーである。これらは文字とは異なる認知チャネルに働き、複雑な情報を直感的に把握するのに有効である。三浦梅園の『玄語』における円環ダイアグラムや、鳥山石燕の『画図百鬼夜行』が事例として挙げられる。
  • 文字空間の可視化:インフォグラフィックスの手法を用いてダーウィンの『種の起源』の改訂プロセスを可視化したベン・フライの事例などを紹介し、本全体の構造(文字空間)を鳥瞰する可能性と有用性を示す。これは著者が提唱する「復路」におけるネットワーク構築とも密接に関連する。

7.15の技術まとめ

  • 読書術(基本篇) ──大技と小技のあれこれ
    • 2・1  【完読】足元を見よ、メモを取れ、時々休め
    • 2・2  【速読】自己加圧ナッジの術
    • 2・3  【猛読】アウェイな読書のトラブルシューティング
    • 2・4  【拾読】読み尽くさない
    • 2・5  【熟読】深読みにハマらない
  • 読書術(応用篇) ──冒険と危険は紙一重
    • 3・1  【難読】先入観で分類しない
    • 3・2  【精読】読書ノートをつくりこむ
    • 3・3  【数読】言葉として数式を読む術
    • 3・4  【解読】外国語の壁を越えて
    • 3・5  【図読】パラテクストの絵を読む
  • 読書術(発展篇) ──読み終わらない本のためのパヴァーヌ
    • 4・1  【復読】読者としてアップグレードする
    • 4・2  【休読】途中で撤退する勇気と決断
    • 4・3  【歩読】移動読書に終わりなし
    • 4・4  【積読】積み上げれば漂う香気
    • 4・5  【未読】未来の境界知に触れる
  • プロローグ ──世界は本に満ち溢れている
  • 第1章   知のノードとネットワーク ──読書は探検だ
    • 1・1   手にする動機、読み通す技術
    • 1・2   文字空間とその可視化──インフォグラフィックスの視点から
    • 1・3   狩猟者としての読者──本を読む冒険の心構えは何か?
    • 1・4   読書の往路──読み跡を「ノード」として刻む
    • 1・5   読書の復路──ノードをつなぐ「ダイアグラム」
    • 1・6   書き手と読み手を隔てるもの──「わからない」は罪深いか?
    • 1・7   既知から未知へ──〝アブダクション〟としての読書行為
  • 第2章   読書術(基本篇) ──大技と小技のあれこれ
    • 2・1  【完読】足元を見よ、メモを取れ、時々休め
    • 2・2  【速読】自己加圧ナッジの術
    • 2・3  【猛読】アウェイな読書のトラブルシューティング
    • 2・4  【拾読】読み尽くさない
    • 2・5  【熟読】深読みにハマらない
  • 第3章   読書術(応用篇) ──冒険と危険は紙一重
    • 3・1  【難読】先入観で分類しない
    • 3・2  【精読】読書ノートをつくりこむ
    • 3・3  【数読】言葉として数式を読む術
    • 3・4  【解読】外国語の壁を越えて
    • 3・5  【図読】パラテクストの絵を読む
  • 第4章   読書術(発展篇) ──読み終わらない本のためのパヴァーヌ
    • 4・1  【復読】読者としてアップグレードする
    • 4・2  【休読】途中で撤退する勇気と決断
    • 4・3  【歩読】移動読書に終わりなし
    • 4・4  【積読】積み上げれば漂う香気
    • 4・5  【未読】未来の境界知に触れる
  • エピローグ ──一期一会の読書人生
  • 謝辞 文献リスト
  • 参考
目次