山ある日々:問題解決と創造_実践論
ご案内
このページは、コンテンツブロック「山ある日々:問題解決と創造_実践論」のTOPページです。ここでは「山ある日々:問題解決と創造_実践論」への導入、及びページ全体の構成とその簡単な趣旨・目的をご案内します。
またこのコンテンツブロックでは、方法論が重要ですが、それは別途、「複雑な問題を検討するための方法論」として投稿しました。
「山ある日々:問題解決と創造_実践論」への導入
「残された日々を生きる」の対象となる項目が、私の個の心的世界の中に広がる問題への取り組みだとすれば、このブロック「山ある日々:問題解決と創造・実戦論」は、主として私の個の心的世界の外部にあり、私の心の変革や個人的な行動だけでは如何ともしがたい社会・世界・自然の問題を取り上げ、その問題解決と創造を考えることになる。
ここでの問題群は、複雑で解決困難であること、その把握も難解であること、今の仕組みから利益を絞り取っている人達がその継続のために尽力するとも考えられること等々から、「残された日々を生きる」ことをメインに考えようとしていた(目を瞑れば世界はなくなる)私にとって、この問題は、孫の世代のために考えた方がいいかな程度の問題であった。しかしどうも今の世上は耐えがたいし、(生成AIも共にして)ある種のアプローチをしていけば、「問題解決」に接近できるのではないか、誰かがやるしかないとも思うので、私も今までの消極的な対応を少し改めて、「問題解決と創造」に参加しようと思う。
大事なことは、だれが何をすべきかを明確化することだろう。
「山ある日々:問題解決と創造_実践論」の構成と趣旨・目的
「山ある日々:問題解決と創造_実践論」の構成
現時点で取り上げる問題は、以下のとおりである。ここで対象となる事象は、「本の森」で4要素5領域(人・企業・政府・環境+社会・世界)と分類した4要素が複雑に相互作用するシステムである社会・世界(制度)に生じた複雑で解決困難な問題群である。
現時点でこれらの項目に取り上げていないが、並行的に検討するのが適当な問題を、追って「その他の複雑で解決困難な問題群」の追加的な項目として取り上げ、場合によっては、組み直しも考えよう。
「山ある日々:問題解決と創造_実践論」の趣旨・目的
以上の観点から現代の社会や世界における解決困難と思われる問題群を、「複雑系と持続可能性」という観点から捉えると、大きく、「地球環境と資本主義の行方」、「デジタル世界を生きる_その活用と陥穽」、「法とルールの破綻」とまとめることができよう。
このような問題が生じる基本的な構造は、地球の環境というシステム(自然+人工物+情報)において展開されてきた産業革命以降の資本主義的な生産、消費、廃棄によって、地球は「満杯」となり、それに伴って多くの資源、環境問題(特に、「地球温暖化とエネルギー問題」)が生じ、ヒトの持続可能性は危機に瀕している。したがって、これまでどおりの資本主義システムは継続しがたいと考えられる。ここまではヒト・組織の活動という複雑系がもたらす問題だが、今、PC・IT・DX・生成AIの劇的な進歩・発展によってヒトの行動・思考とリアルに対応しないデジタル情報が氾濫・暴走し、その結果として法とルールの破綻も目前に迫り、これまでの社会のあり方が崩壊する危険性さえ生じている。そして後者は、前者の複雑性を加速している。
要は、ヒト・組織の思考・行動にデジタル情報の氾濫が加わり、複雑系と持続可能性をめぐって世界の複雑な問題群が生じていると捉えることが出来る。
持続可能性が危機に瀕しているとか、破綻も目前に迫っているとか、社会のあり方が崩壊する危険性さえ生じているとか記述すると「終末論者」のようだがそうではない。問題が生じている構造と動態をしっかり捉えて、問題群の解決に取り組もうというのが、このコンテンツブロックの趣旨である。ただ、地球環境問題-持続可能性への対応はある程度唱導されているが、資本主義や企業の行方の問題、地域の再生は、どう考え、どこから手を付けていいのか極めて難しいというより、ことごとく失敗してきている。持続可能性を基盤にして、考え実行していくしかないだろう。
また今後、IT・DX・生成AI等によって、氾濫・暴走するデジタル情報を有効に制御・活用することができれば、ヒト・組織・社会・世界を持続可能にする新しい局面が生まれ、新たな価値を生み出すであろうことは間違いがなく、法とルールの破綻、社会の崩壊だけが道筋ではない。だから、IT・DX・生成AI等の動きは見逃せないが、これによるデジタル情報の氾濫・暴走を、ヒトは本当に統御できるのか、これも極めて重要な課題である。
付加的な検討
このブロックの構成は上述したが、これまでに作成した固定記事も、最低限手を入れるだけでそのまま掲載しよう。
この項目で、社会・世界の複雑な問題群として検討する以外の、「地球温暖化とエネルギー問題」、「地域の行方と災害」、「分業に依存しない生活は可能か」、「2052年を生きる」等である。。
地球の環境問題を考えるとき、裏側から「エネルギー問題」を考えることが必須である。これを曖昧にしたまま、「環境問題」を考えるのは、一方的と言われても仕方がない。私は、「エネルギー問題入門:リチャード・A・ムラー」は、将来のリーダーをにらんだという」触れ込みの本の内容をいかがかと思っていたが、入門書として評価の高い「教養としてのコンピューターサイエンス講義 今こそ知っておくべき「デジタル世界」の基礎知識:ブライアン・カーニハン」はこの本を範としたのだという。あれこれ考えていくと世界が広がる。「デジタル情報の氾濫と法とルールの破綻」が私が今後もっとも力を入れていきたい分野である。「地球環境と資本主義の行方」や「地域の行方と災害」は、私が何かをなし得るとは思えず、いささか手に余る。
「分業に依存しない生活は可能か」、「2052年を生きる」は、個の問題解決として位置づけている。前者は思考実験に近いが、後者は私が2052年を生きるという宣言(大丈夫かなあ)である。もちろん、乗り物であると地球が適切に運行され,私の「健康」と「目標達成と依存からの脱却」が実行できていない限り、そんなことはできない。だから,私の「健康」と「目標達成と依存からの脱却」について、「2052年を生きる」で振り返ろう。