書誌と一口コメント
書誌_「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア:P・W・シンガー、エマーソン・T・ブルッキング

一口コメント
要約と目次
「いいね!」戦争:兵器化するソーシャルメディア
要旨
本書は、ソーシャルメディアが現代の紛争、政治、社会のあり方を根本的に変容させている現象、すなわち「いいね!」戦争(ライクウォー)について、総合的に分析したものである。インターネットは単なるコミュニケーションツールではなく、国家、テロリスト、犯罪組織、政治活動家、そして一般市民が注目と影響力を求めて争う新たなグローバルな戦場となっている。
この新たな戦争では、従来の軍事力や経済力に代わり、物語(ナラティブ)、感情、信憑性、コミュニティ、情報氾濫が主要な兵器となる。ソーシャルメディアのアルゴリズムは真実性より拡散性(バイラリティ)を優先するため、偽情報、陰謀論、プロパガンダがかつてない速度と規模で拡散する。権威主義国家は、検閲や世論操作の新たなツールとしてこの環境を利用し、自国民だけでなく他国民の認識も操作する。
この情報戦では、兵士と市民、戦争と政治、真実と虚偽の境界線が曖昧になっている。ソーシャルメディアのユーザーは、意識的か無意識的かにかかわらず、自らの「いいね!」や「シェア」を通じてこの地球規模の紛争の当事者となっている。本ブリーフィングは、この新たな脅威の構造、主要な戦術、そしてその広範な影響を詳述する。
1. 新たな戦場―「いいね!」戦争の勃興
ソーシャルメディアは、人気と認知度をめぐるオンライン上の衝突が現実世界の物理的な紛争と融合する「いいね!」戦争という新たな戦場を生み出した。この戦争では、情報そのものが兵器となり、注目を支配する者が勝利を収める。
1.1. 政治における兵器化:ドナルド・トランプの事例
ドナルド・トランプの政治的台頭は、ソーシャルメディアが個人のブランドを再構築し、政治的権力を獲得するための強力なツールとなり得ることを示した。
- 初期段階(2009年〜): トランプのTwitterアカウント(@realDonaldTrump)は当初、テレビ出演の告知やブランド宣伝が主だった。しかし2011年頃から投稿が急増し、より個人的で攻撃的なスタイルに変化。「残念だ!」「負け犬!」といった言葉を多用し、炎上によって注目を集めた。
- 政治への転換: バラク・オバマを主要な標的とし、出生地に関する陰謀説などを拡散してネット上の反応を増幅した。Twitterの即時フィードバックを利用して反響の大きいメッセージを洗練・強化し、右派の政治勢力としての地位を確立した。
- 勝利への道: 就任時、アメリカ人の多くがソーシャルメディアを利用しており、トランプは「オルタナファクト」が蔓延する環境で注目と怒りのサイクルを駆使して大統領の座を勝ち取った。
1.2. 軍事における兵器化:ISISのモスル侵攻
イスラム国(ISIS)は、ソーシャルメディアを軍事作戦と一体化させ、物理的戦闘力の不足を情報戦で補うことで驚異的な成果を上げた。
- #AllEyesOnISIS キャンペーン(2014年夏): ISISはイラク北部侵攻をハッシュタグ「#AllEyesOnISIS」を用いた高度なソーシャルメディア・キャンペーンで展開。Twitterボットを駆使して自撮り写真や処刑動画を拡散し、恐怖と分裂を煽った。
- モスル陥落:
- 当時イラクの携帯電話普及率は約75%で、ISISのメッセージは都市住民やイラク軍兵士のスマートフォンに直接届いた。
- 恐怖を煽るプロパガンダはイラク軍の戦意を喪失させ、約1万人の兵士が武器を放棄して逃走。結果、約1500人のISIS部隊が人口180万人のモスルをほぼ無抵抗で制圧した。
- 結論: ISISは物理的インフラではなく情報を「ハック」した。インターネットが物理的戦闘の流れを決定づける「見えない爆撃」になり得ることを示した。
1.3. 市民社会における紛争:シカゴのギャング抗争
ソーシャルメディアは国家間の戦争だけでなく、国内のストリートギャング間の抗争のあり方も変えた。
- サイバータグとサイバーバング: ギャングはソーシャルメディア上で縄張りを主張したりライバルを侮辱したりする「サイバータグ」や、脅迫を行う「サイバーバング」(「フェイスブックドリル」とも呼ばれる)を使用する。
- 暴力の拡散: オンラインでの挑発は現実の報復を誘発する。シカゴ市会議員ジョー・ムーアは「ギャングの抗争の多くは個人的な恨みと関係がある。ソーシャルメディア上での罵り合いだ」と指摘する。
- 現実への影響: シカゴの学校で起きる喧嘩の多くがネットで煽られている。2017年のシカゴのギャング関連死者数は、イラクとシリアでの10年間の紛争における米軍特殊部隊の死者総数を上回った。
2. 歴史的背景:コミュニケーション技術の進化とインターネットの誕生
現代インターネットの革命的力は、過去のコミュニケーション技術が社会・政治・戦争をいかに変えてきたかという歴史的パターンの延長にある。
| 技術革命 | 主要な変化 | 政治・戦争への影響 |
| 印刷機(15世紀) | 情報の大量複製が可能になり知識の独占を打破。 | マルティン・ルターの宗教改革を助長し、ヨーロッパの勢力図を変えた。「プレス」という新たな権力が誕生。 |
| 電信(19世紀) | 距離の制約を克服し、ほぼ瞬時の遠距離通信を実現。 | 政府や軍が遠隔地から直接戦闘を指揮可能に。クリミア戦争や南北戦争で戦術を一変させた。 |
| ラジオ(20世紀初頭) | 一人が何百万人にも同時に語りかけることを可能にした。 | F.D.ルーズベルトの炉辺談話や、ナチスのプロパガンダで利用された。 |
| テレビ(20世紀半ば) | 映像による強い感情的インパクトと文化的アイデンティティを創出。 | ベトナム戦争のテト攻勢では、テレビ映像が国内世論を反戦に傾けた。 |
インターネットの特異性
インターネットはこれらの技術の機能を統合し超越した。
- ARPANETの誕生(1969年): 米国防総省の高等研究計画局(ARPA)が、核攻撃下でも維持可能な分散型通信ネットワークとして開発。当初は研究者間の計算資源共有が主目的だった。
- ソーシャル性の発見: 1979年の「SF-lovers」メーリングリストにより、インターネットが社会的交流(ソーシャルメディア)のツールとなり得ることが示された。
- WWWと商用化(1990年代): ティム・バーナーズ=リーによるワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の発明と民営化・商用化でインターネットは爆発的に普及した。
- Web 2.0とソーシャルメディアの巨人: ユーザー生成コンテンツの時代が到来。ウィキペディア、Friendster、MySpaceを経てFacebookが台頭し、ニュースフィード機能で人々が何を知るかを左右する強力なプラットフォームとなった。
- モバイル革命: 2007年のiPhone登場によりインターネットは常時接続のモバイル体験へ移行。TwitterやInstagramなどが急成長し、リアルタイムでの情報共有が加速した。
3. 秘密の終焉とオープンソース・インテリジェンス(OSINT)
ソーシャルメディアとセンサー搭載デバイスの普及は、政府や軍隊が秘密を保持することを事実上困難にし、一般市民が諜報活動を行える「オープンソース・インテリジェンス(OSINT)」の時代を開いた。
3.1. 秘密は存在しない世界
- ウサマ・ビンラディン急襲(2011年): 米海軍特殊部隊の極秘作戦がパキスタンのITコンサルタント、ソハイブ・アタルによって意図せずTwitterで実況され、どんな極秘作戦も一般市民によって暴露され得ることを象徴した。
- 「マカカ・モーメント」(2006年): バージニア州のジョージ・アレン上院議員がボランティア撮影の差別発言動画で選挙に敗北。ソーシャルメディアが政治家のキャリアを終わらせる力を示した。
- 常時監視社会: 2020年には数十億のデバイスがネットに接続され、膨大なセンサーが存在すると予測される。これにより軍の動向から個人の位置情報まで、あらゆる情報が追跡可能となる(米陸軍参謀総長マーク・ミリー:「人類史上初めて、気づかれないことがほぼ不可能になっている」)。
3.2. 市民による諜報活動:BellingcatとMH17便撃墜事件
専門訓練を受けていない市民が、公開情報のみで国家レベルの諜報機関に匹敵する分析を行うことが可能となった。
- Bellingcatの設立: イギリスのブロガー、エリオット・ヒギンズが設立した市民調査報道グループ。YouTube動画やGoogleマップなど公開情報を駆使して、シリア内戦での化学兵器使用などを暴いてきた。
- MH17便撃墜事件の調査(2014年):
- 事件直後、Bellingcatは世界中のボランティアと共にソーシャルメディア上の画像や動画の分析を開始した。
- ミサイル発射装置「ブーク」の車両に付着した泥除けゴムの摩耗パターンを指紋のように利用し、ロシアからウクライナ領内に入った特定車両を割り出した。
- ロシア兵のSNSプロフィールや家族の投稿を追跡し、最終的にミサイルを発射したとされるロシア軍第53高射ミサイル旅団の兵士20人の身元を特定する報告書を作成した。
4. 帝国の逆襲:検閲と偽情報による統制
インターネットは民主化のツールと期待されたが、権威主義国家はこれを国民統制や国外影響力行使の兵器へ転用した。
4.1. 直接的統制:インターネット遮断と法の執行
- インフラの支配: 政府はISPを支配下に置き、抗議が予想される地域でインターネットを遮断(シリア、インド)したり、接続速度を意図的に低下させる「スロットリング」(イラン)を行う。
- 法の兵器化: トルコではクーデター未遂後にソーシャルメディア上の発言を理由に多くのジャーナリストや市民が逮捕された。タイでは王室批判に厳罰が科される可能性がある。これらは自己検閲を促し、「沈黙のスパイラル」を生む。
4.2. 中国の包括的統制モデル:「グレート・ファイアウォール」と社会信用システム
中国はインターネットを国家統制下に置くための洗練された包括的システムを構築している。
- グレート・ファイアウォール: 物理的インフラとキーワード・フィルタリングを組み合わせ、国外の「有害」情報へのアクセスをブロック。天安門事件などの歴史的事実は事実上封印されている。
- 五毛党(ウーマオタン): 政府に雇われた多数のネットコメンテーターが大量の政府肯定投稿を行い、世論を「正しく指導」する。
- 社会信用システム: 国民のオンライン活動(購買履歴、SNSでの発言、交友関係)を含む行動を監視・評価し「信用スコア」を算出。スコアが低い者は列車予約や福祉給付の利用が制限される可能性がある。これは毛沢東の「群衆路線」をデジタル時代に再現する試みといえる。
4.3. 間接的統制:ロシアの偽情報戦略
ロシアは直接的言論統制よりも偽情報(dezinformatsiya)を大量に流布し、真実そのものの価値を貶めて国内外の世論を混乱させる戦略を採る。
- 「4つのD」戦略: 批判を一蹴する(dismiss)、事実を歪曲する(distort)、本題から目をそらす(distract)、聴衆を動揺させる(dismay)。
- プロパガンダ機関: 国営メディアRTやスプートニクは陰謀論や扇情的コンテンツを配信し、西側社会の分断を煽る。目的は特定主張の信服ではなく、何が真実かをわからなくすることにある。
- トロール工場とソックパペット: サンクトペテルブルクの「インターネット・リサーチ・エージェンシー」などに雇われた者たちが偽SNSアカウント(ソックパペット)を大量運用。2016年米大統領選ではこれらが有権者になりすまし党派対立を煽った。
5. バイラル性のメカニズムとアテンション・エコノミー
オンラインでの影響力は情報の正確さではなく、どれだけ注目を集められるかで決まる。この「アテンション・エコノミー」は人間の心理とソーシャルメディアのアルゴリズムで駆動される。
- 経済的インセンティブ: マケドニアの若者たちは、米有権者向けに扇情的な偽ニュースサイトを量産し、クリック収入で利益を得た。彼らにとって情報の真偽は問題ではなく、クリックされやすい(=儲かる)コンテンツが最重要だった。
- フィルターバブルとエコーチェンバー: アルゴリズムはユーザーの過去の関心に類似するコンテンツを優先表示するため、利用者は自分の意見を補強する情報に囲まれ、異なる視点から隔離される「フィルターバブル」に閉じ込められる。
- 心理的要因:
- 同類性(ホモフィリー):人は自分と似た意見を持つ人と繋がりたがる。
- 確証バイアス:人は既存の信念を裏付ける情報を探し、反する情報を無視する。
- なじみ効果:繰り返し見聞きした情報は、たとえ虚偽でも真実と信じやすくなる。
- スーパースプレッダーとべき乗則: オンライン会話は一握りの影響力あるアカウント(スーパースプレッダー)によって支配される。彼らの「シェア」一つが何百万人の注目を方向づける。
6. 「いいね!」戦争の兵器
オンラインの戦場で勝つには、注目を集め人々の心を動かす特定の戦術、すなわち5つの主要兵器を駆使する必要がある。
6.1. 物語(ナラティブ)
複雑な現実を理解しやすく、共感を呼ぶ単純なストーリーに落とし込む力。
- 原則: シンプルさ、共鳴(既存の文化的フレームとの整合)、目新しさ(予想を裏切る要素)。
- 事例: リアリティ番組のスター、スペンサー・プラットは自ら「悪役」という分かりやすい物語を演じることで膨大な注目と富を得た。
6.2. 感情
人の心を動かし行動を促す力。特に怒りはSNS上で最も速く遠くまで拡散する感情である。
- 情動伝染: Facebookの実験は、ユーザーがニュースフィードに表示される他者の感情に無意識に影響されることを示した。
- トローリング: 意図的に他者の怒りを煽ることで議論を混乱させ注目を集める行為。怒りは伝染性があり、普通のユーザーもトロールに変わりうる。
6.3. 信憑性(オーセンティシティ)
リアルで親しみやすく信頼できるという認識。
- 事例: テイラー・スウィフトはファンと直接的・個人的に交流することで強力なブランドとコミュニティを築いた。ISISも戦闘員の日常的側面を見せることで新兵候補との心理的距離を縮めた。
6.4. コミュニティ
帰属意識と共通のアイデンティティを提供し、人々を団結させる力。
- 事例: 極右過激派やISISは社会的に孤立した若者にオンラインで強力なコミュニティと目的意識を提供して勧誘する。一方、元米特使ファラ・パンディッシュのような活動家は、過激主義に対抗する信頼できる対抗コミュニティの構築を目指す。
6.5. 情報氾濫(インフォメーション・フラッド)
圧倒的な量のメッセージを、大規模かつ個別化して送り込む力。
- 事例: 2016年トランプ陣営は「プロジェクト・アラモ」を通じ数億人の有権者データを分析。ケンブリッジ・アナリティカによる心理統計プロファイルを活用し、個別最適化された広告を数百万種類配信した。バズフィードの大量コンテンツテストに似た手法でバイラルを生み出した。
7. 戦争と政治の融合
オンラインの戦場では国家間の軍事紛争と国内の政治闘争が同じ戦術と言語を用いるようになり、両者の境界は事実上消滅しつつある。
7.1. 公開戦争:イスラエルとハマスの「Twitter戦争」
2012年および2014年のガザ紛争は、物理的戦闘とソーシャルメディア上の情報戦がリアルタイムで連動し影響を与え合う様相を示した。
- リアルタイムのプロパガンダ: イスラエル国防軍(IDF)はハマス幹部の空爆映像を即座にYouTubeやTwitterで公開し、インフォグラフィックやミームで自らの行動を正当化した。
- 世論への影響: ハマス側は空爆による民間人(特に子ども)の犠牲画像を拡散して国際的同情を集めようとした。分析によれば、SNS上でハマスへの共感が高まると、イスラエルは空爆の回数を減らしプロパガンダ活動を強化する傾向が見られた。
- 結論: 地上での軍事的優位だけでは勝利は保証されない。ソーシャルメディア上の世論という「第3の前線」が現実の作戦行動を左右する。
7.2. ミーム戦争:カエルのペペの事例
ミームは文化的アイデアや行動様式を伝える自己複製的な情報単位であり、ソーシャルメディアはその進化を加速させ、情報戦の道具となっている。
- ペペの誕生と変容: 無害なウェブコミックのキャラクター、カエルのペペは匿名掲示板4chanで人気を博した後、2016年米大統領選でトランプ支持のトロールのシンボルとなった。
- 兵器化: オルタナ右翼や白人至上主義者がペペをナチスやKKKと結びつけたミームを大量拡散し、ペペは憎悪の象徴として認識されるようになった。
- ミーム戦の本質: ミームは文脈や使用者によって意味が変わる。「ミームを乗っ取り、意味を再定義する者がオンライン言説を支配する」。
結論:私たちは何を知り、何ができるか
本書は、インターネットとソーシャルメディアが生んだ革命が「いいね!」戦争という新たなグローバル紛争をもたらしたことを示している。この紛争を理解するために、以下の5つの核心原則を認識する必要がある。
誰もがこの戦争の一部である:オンラインでの注目と行動は情報戦における標的であり弾薬である。すべてのユーザーが当事者だ。
どちらの側が成功するかは、私たちがこの新たな戦争をありのままに認識できるかにかかっている。政府、企業、個人は来たるべき事態に備え行動を取る必要がある。
インターネットは成熟期に入った:グローバルなコミュニケーション、商業、政治の主要媒体であり、世界の多くが接続している。
インターネットは戦場である:国家、テロリスト、活動家、一般市民が国境のない情報戦を繰り広げている。
この戦場は戦い方を変える:物理的力よりもオンラインで注目を支配する能力がパワーの源泉となる。
この戦闘は「戦争」の意味を変える:オンラインでの勝利が選挙から実際の戦闘まで現実世界の出来事を動かす。
- 1「いいね!」 戦争ライクウオーとは何か
- 2張りめぐらされる「神経」 インターネットはいかに世界を変えたか
- 3いまや「真実」はない ソーシャルメディアと秘密の終わり
- 4帝国の逆襲 検閲、偽情報、葬り去られる真実
- 5マシンの「声」 真実の報道とバイラルの闘い
- 6ネットを制する者が世界を制す 注目と権力を求める新たな戦争
- 7「いいね!」戦争 紛争がウェブと世界を動かす
- 8宇宙を統べる者「いいね!」戦争のルールと支配者たち
- 9結論 私たちは何を知っているか、何ができるか
- 謝辞
- 解説 佐藤優
- 原注