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目次

書誌と一口コメント

書誌_こころの情報学

一口コメント

21世直前に書かれた本であるが、読んでいて落ち着く。こういうところから生成AIやフェイクに挑みたい。

要約と目次

こころの情報学:ブリーフィング資料

要旨

本書は、「情報」という基本的な概念をレンズとしてヒトの「心」の本質に迫る知的探求である。現代社会で自明視されている「情報」の概念を根本から問い直し、生命現象と不可分なものとして再定義することから議論を始める。コンピュータ科学が扱う意味内容を捨象した〈機械情報〉と、生物にとっての価値・意味作用そのものである〈生命情報〉を明確に区別し、心とは後者のうち、特に言語などの〈社会情報〉が織りなす動的なプロセスであると位置づける。
この視座から、まず「機械の心」、すなわち人工知能(AI)の試みを検証する。AIは「言葉をしゃべる機械」の実現を目指したが、現実世界の文脈を理解できない「フレーム問題」や、生物の認知システムが自己創出的な閉鎖系であるとする「オートポイエーシス理論」によって、その原理的限界が露呈した。機械は生命や心の模倣が本質的に困難であることが示される。
次に「動物の心」に目を転じ、鳥類の概念把握能力や、最もヒトに近い霊長類ボノボ「カンジ」の言語習得事例を通して、ヒトと動物の心の連続性を明らかにする。動物の心的システム、特に複雑な社会関係の中で発達したコミュニケーション能力が、ヒトの言語と言語的思考の基盤となっていることを示唆する。
続いて「ヒトの心」の形成史を、情報テクノロジーの進化と共に辿る。離れた時空の出来事を語るために〈言語〉が文法を発達させ、共同体の秩序を維持する役割を担った。〈文字〉の発明は言葉を空間に固定し、抽象化を促進して広大な帝国と官僚制の基盤をつくり、〈印刷技術〉は〈機械情報〉を誕生させ、近代的な「想像の共同体(国民国家)」と形式論理を重んじる近代の心性を形成した。
最終章では、現代の「サイバーな心」が直面する課題を論じる。デジタル技術がもたらす機械情報の洪水は、若者たちの「空虚な自己」を生み出す一因となっている。計算されたイメージ情報や、生物の知覚基盤(アフォーダンス)を揺るがす仮想現実は、「身体性の回復」というより新たな問題を提起する。本書は英語中心のグローバル化に抗する「インターネット多言語主義」や、コンピュータによる「翻訳支援」の可能性に光を当て、多様な言語文化との接触を通じて画一的な意味作用をずらし、「言葉の力」を回復することの重要性を説く。最終的に、〈情報〉が〈心〉を形成し、その〈心〉が未来の〈情報〉を創造するという循環的な関係性を描き出し、情報化社会を生きる我々の知的指針を提示する。

第1部:情報と心の再定義

1. 「情報」の二重性とその本質

現代社会は「情報」という概念を自明視しているが、そこには根本的な混同がある。本書はこの混同を解き明かし、新たな情報の定義を提示する。

  • 機械情報 vs. 意味内容(情報のパラドックス)
  • 機械的な情報量: コンピュータ科学で用いられ、「ビット」を単位とする。記号そのものの量を指し、その記号が持つ意味内容とは無関係である(例:「ぶ厚い本」は機械的な情報量が多い)。
  • 非機械的な情報量: 日常的に用いられ、「価値のある意味内容の量」を指す。個人の興味や理解度によって変動し、客観的な計測は困難である(例:「ぶ厚いわりには情報量が少ない本」)。
  • この二つの情報量の混同が、情報化社会における様々な混乱の根源となっている。
  • 情報の工学的定義(〈機械情報〉)
  • シャノンの情報理論に基づき、「複数の場合の中でどれが起きたかを教えてくれるもの」と定義される。
  • 本質的に意味内容を捨象し、記号の出現確率に基づいて情報量が定まる(例:「人が犬をかんだ」ニュースは「犬が人をかんだ」ニュースより情報量が多い)。
  • この定義が広く受け入れられた背景には、近代社会において「記号の示す意味内容が安定している」という暗黙の前提がある。
  • 本書の情報の定義(〈生命情報〉)
  • 情報は社会学者・吉田民人の「パターン」概念と関連するが、本書では単なる物理的パターン(風紋など)は情報とみなさない。
  • 情報は生命とともに誕生したと捉え、生命現象と不可分なものとして定義する。
  • 定義: 「それによって生物がパターンをつくりだすパターン (a pattern by which a living thing generates patterns)」。
  • すなわち、生物にとって〈意味〉のあるパターンこそが情報であり、ベイトソンの「差異をつくる差異」と共通するが、生命現象との結びつきをより強調する点が特徴である。
  • この〈生命情報〉は、生物の歴史性・時間的累積性を本質とし、生物を環境との相互作用の中で情報系をつくりかえる「情報変換体」と見なす。

2. 「心」のモデル:情報処理プロセスとして

情報の再定義を踏まえ、本書は「心」を情報との関係性から再検討する。

  • 心は情報処理機械か?
  • 情報化社会では、ヒトの心を一種の「情報処理機械」と見なす思考が自然に生まれる。これはデカルト的心身二元論の現代的変種である。
  • しかし、この見方を無批判に受け入れると文化的・社会的歪みを生じる危険がある。本書では哲学的議論に深入りせず、この見方が持つ社会的意味に関心を向ける。
  • プロセスとしての心
  • 心は固定された実体ではない。無数の情報が織りなす場(トポス)における〈出来事〉からつくられるプロセスである。
  • 比喩的に言えば、脳というハードウェア上でソフトウェアが動作する一連の状態推移(プロセス)が心に相当する。
  • このプロセスを構成する情報の中心は、ヒトの意識に直接関連する〈社会情報〉である。典型は共同体で規範化された言語記号であり、我々の心は多くの場合、この言語情報が織りなすプロセスに他ならない。

第2部:「機械の心」の探求とその限界

「心は情報処理機械か」という問いに工学的に挑んだのがAI研究である。しかしその挑戦は生命や心の本質的性質と直面し、原理的困難に行き当たった。

1. 人工知能の挑戦:「言葉をしゃべる機械」

AI研究は、ヒトの心の働きが最も明確に現れる「言葉」を模倣することを目指した。

  • チューリング・テストとイライザ
  • チューリングは、機械と対話して相手が人間か機械か見分けがつかなければ「機械は思考している」と見なす「チューリング・テスト」を提案した。
  • ワイゼンバウムの応答プログラム「イライザ」は、簡単な応答ルールしか持たないにもかかわらず多くの人が感情移入し、心を許す現象を引き起こした。これは、機械の知能が人間との「関係性」において成立しうること(関係論的立場)を示したが、開発者はその成功を否定した。
  • SHRDLUの衝撃
  • ウィノグラードの「SHRDLU」は、積み木の世界という限定領域で英語による指令を理解し、文脈に応じた対話を行った。
  • 「持っているものより背の高いブロックを見つけ…」といった指示を正確に実行したことで、機械が意味の領域に踏み込んだかのように見え、「機械の心」実現への期待を高めた。

2. 人工知能を阻んだ原理的困難

SHRDLUの成功は限定的であり、AI研究はすぐに現実世界の複雑さという壁に突き当たった。

  • フレーム問題
  • コンピュータがある行動をとる際、無限に存在する副次的結果の中から考慮すべき関連事項と無視してよい事項を区別することが原理的に困難である問題。
  • 「時限爆弾が仕掛けられた部屋から予備電池を救うロボット」の寓話が示すように、人間が瞬時に行う「問題の構成」を機械は行えず、無限の計算に陥る。
  • ウィノグラードの自己批判
  • SHRDLUの開発者ウィノグラードは、AIの「記号操作系としての心」アプローチを根源的に批判した。
  • ガダマーやハイデッガーの議論を援用し、人間の言語理解は歴史的・文化的に形成された「先入観」や、状況に「投げ込まれている」あり方に依存しており、客観的な記号処理では実現できないと論じた。

3. オートポイエーシス理論:生命と機械の断絶

ウィノグラードは生物学者マトゥラーナとヴァレラの「オートポイエーシス理論」に着目し、生物と機械の根本的差異を指摘した。

  • 自己創出するシステム(オートポイエーシス)
  • 生物の認知システム(特に神経系)は、外部の情報を写し取るのではなく、過去の歴史(遺伝や学習)に基づき、自己の構造を参照しながら自己を創り続ける自律的・閉鎖的ネットワークである。
  • 認知とは外部世界の「発見」ではなく、システム内部の構造に基づく「発明」に近い。
  • 機械的シミュレーションの不可能性
  • オートポイエーティックなシステムは、その歴史的・自己言及的性質ゆえに、時間を捨象して外部から客観的に観察し、コンピュータ上でシミュレートすることは原理的に不可能である。
  • この理論は「機械の心」だけでなく、機械による生命の再現の困難さを示唆する。心はオートポイエティックな性質を持つ自律的システムなのである。

第3部:「動物の心」からヒトの心をみる

「機械の心」が頓挫する一方、動物行動学の発展はヒトの心が生物進化の延長線上にあることを示している。

1. 心的システムの進化

動物の複雑な行動は、ヒトの心につながる「心的システム」の存在を強く示唆する。

  • 認知行動学の視点
  • かつての行動主義は動物の「意識」を研究対象外としたが、ドナルド・グリフィンらが提唱した認知行動学は、動物の行動から内的な認知プロセスを積極的に探求する。
  • カラスの「車利用行動」や、ネズミが仲間の経験から食物の安全性を学ぶ行動は、本能や単純な条件付けでは説明できない高度な心的活動の表れである。
  • 鳥類の概念把握
  • ハトが多様な写真の中から「人物」という抽象概念を学習できる実験(ヘルンスタイン)。
  • オウムのアレックスが訓練により「色」や「数」といった概念を理解し、英語で正しく応答した実験(ペパーバーグ)。
  • これらは鳥類が外部世界を内部に再構築する(反照段階)心的システムを持つことを示している。

2. 類人猿のコミュニケーションと言語の萌芽

遺伝的に最もヒトに近い類人猿の研究は、ヒトの言語と思考の起源に光を当てる。

  • ボノボ「カンジ」の言語能力
  • ボノボのカンジは、研究者スー・サベージ=ランボーとの家族のような関係の中で、ヒトの2~3歳児レベルの英語を理解し、絵文字板を使ってコミュニケーションする能力を獲得した。
  • これは意図的な訓練の結果ではなく、養母が去った後にランボーとの意思疎通を図りたいという強い動機から生まれた。
  • 相手の立場になって振る舞うなど、自己を客体化する「自省段階の心的システム」の萌芽が見られる。
  • 言語の起源(マキャベリ仮説とゴシップ)
  • 霊長類は群れの中の複雑な社会関係(同盟、裏切りなど)を処理するために大脳新皮質を発達させた(マキャベリ仮説)。
  • 人類学者ロビン・ダンバーは、群れが大きくなるにつれ一対一の毛づくろいが非効率になり、その代替手段として複数の相手と同時に親密さを確認できる「音声言語(ゴシップ)」が生まれたと提唱している。

第4部:「ヒトの心」の形成史

ヒトの心は、情報テクノロジーの発展と共にその構造を劇的に変容させてきた。

1. 言語とフィクションの誕生

ヒトの言語を動物のコミュニケーションから決定的に分かつのは、高度な文法(統辞論)の存在である。

  • 原型言語から文法へ
  • 言語学者デレック・ビッカートンによれば、ヒトの言語は文法がなく文脈依存性の高い「原型言語」(幼児語やピジン語に似る)から進化した。
  • 高度な文法は、目の前の現実から離れた時空の出来事、すなわちフィクション(神話や込み入ったゴシップ)を記述する必要性から生まれた。
  • 神話の機能と権威
  • 神話は、人類が未来の不確実性を抱える中で共同体の秩序を維持し構成員に安心感を与える「求心的なフィクション」として機能した。
  • フィクションの意味は不安定なため、それを「正しい解釈」として権威づける存在、すなわち聖なる言葉を語る「首長の身体」が必要とされた。

2. テクノロジーによる心の変容

言語という最初の情報テクノロジーに続き、文字と印刷がヒトの心を根底から変えた。

テクノロジー特徴心への影響社会への影響
音声言語時間的、身体的、文脈依存的共同体的な一体感、記憶重視の思考小規模な土俗共同体
文字空間的、非身体的、脱文脈的抽象化、分析的思考の促進広大な帝国、官僚制度、法体系
印刷機械的複製、均質化、大量生産〈機械情報〉の誕生、個人主義、視覚中心の思考近代国民国家、科学革命、市場経済
  • 文字の発明: 言葉を空間に固定し、分析と抽象化を可能にした。これにより法制度や官僚制が整備され、広大な帝国の統治が可能になった。
  • 印刷技術と近代: オングが指摘するように、印刷は人間の意識を根底から変えた。均質で大量の〈機械情報〉を生み、人々が同じテクスト(新聞など)を読むことで、互いに顔を知らなくても連帯感を抱く「想像の共同体」**(アンダーソン)、すなわち近代国民国家が形成された。同時に辞書編纂などを通じて「国語」の規範化が進んだ。

3. 近代の心性:形式論理と抽象化

近代社会は、印刷技術がもたらした抽象化と形式論理を極限まで推し進めた。

  • 「機械の心をつくろうとする動物の心」
  • 近代社会は、王の身体のような具体的権威に代わり、形式論理そのものを権力の源泉とした。法や科学は具体的状況から切り離された論理的整合性によって正しさを担保される。
  • この思考の究極的現れが、意味を理解せず形式論理のみで推論する人工知能である。
  • したがって、「ヒトの心」は本質的に動物の心的システムでありながら、自らの心を統御可能な「機械の心」として作り変えようとする特異な存在として特徴づけられる。

第5部:情報化社会と「サイバーな心」

21世紀、コンピュータとネットワークが社会の隅々まで浸透する中で、ヒトの心は新たな変容、すなわち「サイバーな心」の時代を迎えている。

1. サイバー社会の二重性

情報化社会は、一見矛盾する二つの方向性を同時に進行させる。

  • 身体性の復権と抽象化の深化
  • 近代が抑圧してきた具体的な〈身体性〉や〈感性〉への回帰が見られる(ポストモダン的側面)。マクルーハンが予見したように、マルチメディアは視覚偏重から「全感覚」の回復を志向する。
  • 同時に、電子商取引やコンピュータによる社会管理など、形式論理化・抽象化は基盤としてより一層深化する(ネオモダン的側面)。
  • イメージ商品とゆらぐアフォーダンス
  • デジタル技術は、特定の感情を誘発するよう計算されたイメージ情報を商品として大量生産する。
  • 仮想現実(VR)は、人間の行動に応じてリアルタイムで反応するが、その反応(擬似アフォーダンス)はプログラム次第で任意に変化する。これは、環境の安定性を前提として進化してきた生物の知覚メカニズムを揺るがし、脳神経系に未知の影響を与える可能性がある。

2. 「空虚な自己」とその処方箋

機械情報の洪水は現代人の心に深刻な影響を及ぼしている。

  • 情報の洪水と心の荒廃
  • 精神科医・影山任佐が指摘するように、脈絡のない機械情報の大波に晒された若者たちは思考停止に陥り、確固たる自己を形成できず「空虚な自己(empty self)」を抱えがちになる。
  • この空虚感を埋めるため、サイバースペース上で絶対的な意味を与えてくれるカルト的教祖や「聖なる身体」が求められる危険性がある。
  • 詩的言語と異化作用
  • この状況への処方箋として、ロシア・フォルマリズムの概念が有効である。彼らの提唱した「詩的言語」は、日常言語の規範化された意味作用を意図的にずらし、世界を新鮮に再発見させる力(異化作用)を持つ。
  • 記号学者・山口昌男の「中心と周縁」の理論に基づけば、社会の秩序・規範である〈中心〉に対し〈周縁〉的要素が社会を活性化させる。

3. グローバル化時代の言語と心

「中心と周縁」のダイナミズムは、グローバルな情報化社会における言語の問題として再浮上する。

「サイバーな心」に課せられた課題は、機械情報の洪水に受動的に溺れるのではなく、「言葉の力」を高め、多様な文化に開かれたコミュニケーションに主体的に参加することである。最終的に、〈情報〉が我々の〈心〉を形成し、その〈心〉が未来の〈情報〉を創造するという創造的な循環を確立することが求められている。

インターネット多言語主義

インターネット普及に伴い英語がグローバル・スタンダード(〈中心〉)となり、他の言語が〈周縁〉化する「英語単一言語主義」の傾向が強まっている。

これに対抗し、インターネット上で多様な言語を流通させる「インターネット多言語主義」を推進することが重要である。これは単なる各国語の保護ではなく、多様な言語文化との接触によって英語を含むすべての言語空間を豊かにすることを目指す。

結論:情報が心をつくり、心が情報をつくる

ユニコードの普及やコンピュータによる「翻訳支援」技術の発展は多言語環境の実現を後押しする。これは地球規模の「大翻訳時代」を到来させ、多様な言語の混交から新たなコミュニケーション体系が生まれる可能性を開く。

  • 第 1 章  情報から心をみる
  • 第 2 章  機械の心
    • 機械が言葉を喋るとは
    • 人工知能の挑戦
    • 自然言語理解プログラム「SHRDLU」
    • 正確な思考
    • 心は記号操作系
    • フレーム問題が解けない
    • ウィノグラードの自己批判
    • 生物とオートポイエーシス
    • オートポイエーシス・システムとしての心
    • 人工知能の夢は消えたのか
  • 第3 章  動物の心
    • 生命の誕生と歴史
    • 心的システムの進化
    • 動物に意識はあるのか
    • 道具を作り,協力する
    • ミツバチのコミュニケーション
    • 鳥は概念を理解し言葉をしゃべる
    • 「カンジ」君は天才ザルか
    • サルのコミュニケーション
  • 第 4 章  ヒトの心
    • 言語が生まれる
    • 原型言語
    • ゴシップと神話
    • 言葉を権威付ける
    • 情報が特定するアフォーダンス
    • アフォーダンスとオートポイエーシス
    • アフォーダンス理論の射程
    • 文字が官僚制をつくる
    • 印刷メディアが近代をつくる
    • 究極のモダニズム
  • 第 5 章  サイバーな心
    • もとめられる身体性
    • イメージ商品としての機械情報
    • ゆらぐアフォーダンス
    • 何が空虚感を埋めるのか
    • 意味作用をずらす
    • インターネット多言語主義
    • 翻訳支援により世界語創出へ
    • 情報が心を,心が情報をつくる
  • 参考文献
  • あとがき 1999/3
目次
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