本の森:好奇心・問い・知識

2022-11-20

本の森への入口

「本の森」は好きですか

「本の森」は、もともと多数の紙本(R本)が縦横に「積読」された現実空間をイメージすればよかった。R本は生活の邪魔だし、埃っぽいし、本棚から落ちてくれば怪我もする。しかも横積みすれば、ほぼその内容と再会することはない。それでも「R本の森」は愛されてきた。立花隆、松岡正剛、佐藤優、みんな「R本の森」に囲まれて仕事をしてきた。
私は昔は、文学青年、哲学青年だったこともあり、R本を買いまくり、たまたまあった生活空間の本棚の他、自宅物置に詰め込み、事務所に詰め込み、一部の法律書を除き仕事に使うことはなかったから、移転時に処分(売却、寄付)してきた(とはいえ、処分する決心ができるようになったのはかなり後、恐らく、Kindle本が流通するようになってからだ。)。多分R本は1万冊くらい処分してきただろう。
そして電子書籍が誕生してからは、確かにあるポジションをとれば携帯・検索することが容易になったので「R本の森」は急激に減少してきた。結果、今Kindle本は7千冊超あるが、R本は2千数百冊で、そのほとんどはPDFにしつつある。因みに稼ぐようになった二十歳くらいから今までの本代は、酒代と並び、それぞれ5千万円は超える気がする。
そんな私に聞こう。「本の森」は好きですか。
答え。昔の私は確かに「R本の森」が大好きで、本を読むのも好きだった。しかし、もっぱらKindle本を購入するようになってからは「Kindle本の泥沼」の中でもがくだけだったような気がする。しかし「本の森」は、その逍遙が楽しいだけでなく。「問題解決と創造」にための不可欠の素材だ。

これからの「本の森」をどうしよう

「本の森」は、好奇心や問題解決に発する問いが「知識」を生み出すプロセスの現場(言語世界・言語空間)である

「本の森」は、「問題解決と創造」というサブタイトルとした時期もあるが、今それは「山ある日々」のサブタイトルとし、「本の森」は「好奇心・問い・知識」というサブタイトルとした。タイトルと内容の対応関係がいつまでたっても落ち着かなかった原因は、知識というレベルと実行するというレベルが上手く分離できていなかったとからだといえようか。
要は、「本の森」は、好奇心による、ないし問題解決を目指す問いが「知識」を生み出すプロセスの現場(言語世界・言語空間)であり、「問題解決と創造」はその先にあると考えよう。

4要素・5領域

「本の森」は、 次々とランダムに私の目に入ってくる面白そうでかつ重要と思われる本をクリティカルに読んで蓄積していくこと、本が記述する対象(言語世界・言語空間)を、人、企業、政府、自然の4要素及びこれらの相互作用からなる社会や世界の5領域に分類すること、様々な領域の「問題解決と創造」に資することを目的とすることを志していた。要は「問題解決論」の観点から、関連する知識を4要素・5領域に整理・分類し、整理した知識を元に「知的生産の学習実験室」、「残された日々を生きる」、「山ある日々:問題解決と創造_実践論」、「未来の法律事務所」の実行マターとして検討する訳だ。

固定記事と投稿

本の内容(目次、要約、コメント)は、これらのコンテンツ(固定記事)ブロックにおいてある記事タイトル下で検討される場合(いわば「定食」メニュー)と、「投稿」として記述される場合(いわば「単品」メニュー)がある。これまで後者をどのように組織化するかという観点が不十分だったと思っている。
ここで4要素・5領域を踏まえた「本の森」の分類表を掲載しておこう。なお、4要素・5領域を検討する「方法論」が先行する。

「本の森」を分類する

「本の森」の分類表

  • 方法論
    • 言語・論理・数学
    • デジタル情報・IT・AI・コード
    • 哲学
    • 問い・問題解決・創造
    • システム論
    • 外国語・翻訳
  • ヒト1:人類・身体論・行動
    • 人類・文明
    • 身体・医療・老化・健康
    • 登山・運動
    • 脳・認知・心理
    • 行動
  • ヒト2:思考・思想・生活・文化
    • 学習・読書・思考
    • 思想・宗教・人生論
    • ヨガ・瞑想
    • 生活・仕事
    • 文化
  • 集団・企業・政府
    • 家族・集団
    • 企業と経営
    • 政府と政治
  • 環境:自然・人工物・情報
    • 自然科学
    • 人工物・テクノロジー
    • 情報総論
  • 社会・世界・・地球
    • 社会・世界論
    • 日本論・地方再生論
    • 地理と歴史
    • 経済と資本主義
    • 国際関係
    • 地球・気候・資源・持続可能性

4要素・5領域について

言語で把握する「私たちが存在する現実の世界」(言語世界・言語空間)はどのように成立し、構成されているか。経済学等では、人(家計)、企業、政府の3主体を想定するのでこれを借用し、これに自然・人工物・情報からなる環境を加えると4要素(人、企業、政府、環境)になる。そして、これらの4要素の活動と相互作用によって、複雑な振る舞いをする現実の社会・世界(更には「地球環境」)が形作られていると考えることができる(普通、これは「システム」と呼称される。)。
このような整理を前提とすると、問題解決の対象は、人、企業、政府、環境という4要素固有の各問題領域、及び4要素の活動と相互作用によって形作られる社会・世界を加えた5領域になる。ここで、人・組織・環境が、限定された地域の近似した言語・文化で構成される場合(国家の場合もあるが、それに限られない)を「社会」といい、異なる言語・文化で構成される場合を「世界」と呼称することにしよう(ただし、特に区別せず、社会ないし世界と呼称する場合もある。)。社会・世界には、解決困難な問題や新しい問題が群として山積していることがわかる。更には「地球環境」問題が、人新世の最大の課題であることはいうまでもない。

「本の森」の4要素5領域への分類作業は進まなかったが

それにしても手許にあるKindle本とR本を睨みながら買い足し(上記したようにR本の大半はを処分してしまったので、R本の買い足し足しには二の足を踏んでしまう。)、重要と思う本の詳細目次を作成しつつ、5領域について、更にその細項目、詳細項目を作成・分類し、かつ重要と思われる本をそれに帰属させていくことは、際限のない作業であった。しかし、5領域の項目立てと帰属する本を整理することは、「問題解決と創造」の前提となる必須の作業であることは間違いないので、暇な時間を見つけては飽きもせず、延々と作業を続けてきたが、いつまでたっても完成しない。 しかし、必然性、少なくても一貫性のない分類は完成するはずがないし(最近、本の分類は日本十進分類法によるべきで任意の分類をすべきではない、という指摘を見てなるほどと思ったが。)、私は「問題解決と創造」の各領域を考察する基礎的な資料を整理、充実させたいのであって、本を分類すること自体に大した意味はない。この泥沼はそろそろ脱しなければならない。
それとここで足踏みをしていると、文献探しとその整序に止まって、「問題解決と創造」の実行など、あの世での話になってしまう。まずは、私にとっての「本の森」をめぐる「問題解決と創造」=「日々の創意工夫」から始めなければ。
生成AIと共に問うデジタルツールの進展(GNote)は、大いに手助けになる(はずだ)。
実際、GNoteで本の目次やその要約の作成がかなり容易にできるという見通しが立ったので、Kindle本については、エクセルで上記の「分類表」に基づいたデータベースが作成済みである。

今後の5領域の下位項目

なおこれまでこの下位項目はほぼ5領域に属する本の名前の一部を挙げてきただけだったが、追って「投稿」のプラットフォームとして作成し直そう。

附論

ここでは、今までのコンテンツを活かして、「本の森」の周辺にある「どうやって「問題解決の知識」にたどり着くのか」と「問題解決は誰がするのか」を附論として取り上げておこう。

附論1 どうやって「問題解決の知識」にたどり着くのか

本を読んで知識を得て実行する

王道があるはずもなく、地道に本を読み、考え、表現し、実行することを繰り返して「問題解決の地平にたどり着く」のが「正解」であるが、今、それだけかということを考えている。

他の手段もあるだろう

私は、法が無前提に権威的に振る舞うことに悪感情を持ち、大学は卒業はしたもののというクチだから、大学で学んだことはない。しかし、今、放送大学に接し、大学を考え直すことにした。ここの講師の人々は、私に代わって各自、苦労して狭い分野を学び、問題を考え、整理し、印刷教材を作成して、テレビ、ラジオでできるだけ分かりやすくと思って話をしてくれる、私の作業を分業してくれる同志である、と考えることにした。何より、放送大学の印刷教材+視聴というスタイルは、圧倒的だ。まず印刷教材を読んで概要をつかみ、わからないところ、込み入っているところは、ネットで提供されている該当部分を視聴する。今やそれが可能なのだ。そういう学び方について「今から学び始める方法-オンライン講義と読書」で簡単に説明している。そこに書いた「自分の身体を講義の声が通過するということには(たとえうつらうつらしていても)意味がある。往々にして声を追うのは時間の無駄だから、本を読んだ方が速いし、声のように消え去らないからいいのではと思いがちだが、それは違うというのが、私の体験的な「感想」だ」は正しいが、それは学ぶ分野によるだろうというのが、今の私の考えである(数学、自然科学はまさにそのとおりだが、私が読むことで容易に理解できる分野もある。)。
放送大学以外にもオンラインで様々な方法が生まれては消えている。
とにかく当面放送大学の講義を使い倒そう。これからは、このコンテンツも、放送大学の講義がある部分は、それを紹介することにし、隙間を参考本で補おう。ついでに、2022年の放送大学の教養学部、大学院の全てを記載した「放送大学の講義一覧(2022)」を作成したので、参考のために投稿しておく。
なお、これ書いた後、このサイト「知的生産の学習実験室」ブロックに「学習論(読む・学ぶ)」、「百花繚乱の学習園」、「情報へのアクセスとリサーチ」を作成した。これも「問題解決の知識」ヘアクセスする重要な要素である。

附論2 問題解決は誰がするのか

課題の所在と方向性

ところで「問題解決」は誰がするのか。
解決すべき問題は、一応、「個の問題」(大きくは「健康」の問題と、「目標の達成」や「依存からの脱却」の行動の問題と捉えることが出来ようか。)と「世界の複雑な問題群」に分けることが出来る。現代の焦点となるのは、多く後者の「複雑系と持続可能性」の問題であるが、その解決は容易ではない。ただ「個の問題解決」をクリアしないと、なかなか「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」の解決にまで行き着くことは出来ないだろう。
後者の問題の多くは「公共」に関連するので、まずその問題解決に取り組むべき役割を担うのは各国の政府であるといえるが、最近の彼我の政府や政治過程の混乱や暴力性、視野の狭さには辟易するだけで、当面政府がこれらの問題を解決することは当てにしない方がよさそうだ。というより、政府自体、解決しなければならない問題の大きな対象だし、次々と新しい問題を引き起こし、持続不可能性に拍車を掛けているようにも思われる。
そこで私たちは襟を正し、世界の最小の構成要素である一個人として、自ら「世界の複雑な問題群」の解決に乗り出すべく、「問題解決学」、「創造学」、「システム思考」等々といわれる分野をのぞいてみたくなるが、百花繚乱で、何を頼ればいいのか、迷うばかり、さてどうしよう。特にビジネス分野から発信される「問題解決」論は、いかにも軽率なものが多く、どうも頼りがいがない。一方、学問分野からの発信は対象範囲が狭く、しかも重くもたもたとして、しかも構造の記述、モデル化、分析にとどまるものが多く、なかなか「問題解決」の実行に届かない。
ここでの課題は、要は、私たちが「問題」と捉えることを「世界」の中に位置づけて記述、モデル化し、それを解決するために、誰が何をどうすればよいのかという実行手段が得られればいいわけだから、「世界」に関する知識と「問題解決と創造の方法」が結び付けられればよいわけだ。「山ある日々:問題解決と創造_実践論」の課題である。

Posted by murachan54