問いから始まる世界
「問い」は、世界を理解し、働き掛け、変えていく出発点であり、暫定的に得た「回答」の折り返し点でもある。その繰り返しが、世界の理解及び問題解決と創造に結びつく。この過程を「問いは世界を創造する」と捉えよう。このような「問い」の重要性は、古く、プラトンの描くソクラテスの言動(ディアレクティケー)にも表れていることだ。
ただ「問いは世界を創造する」はいささか大仰な物言いなので、編集工学研究所の安藤昭子さんの「問いの編集力 思考の「はじまり」を探究する」に倣って、いったん「問いは世界を編集する」にしてみたが、「編集」という言葉になかなか馴染めないので、しばらくは「問いは世界を創造する」を試用することにしよう。
「問い」については、古くから検討されている「古典的な問い」と、生成AIで利用される「現代の問いープロンプティング」を検討すべきである。
古典的な問いー世界を創造する
古典的な問いを考える
問いについては、ⅰ問いが生まれる状況、ⅱ問いの種類、ⅲ問いの後の展開過程がそれぞれ問題になるだろう。
「問い」を論じる多くの本は、如何に立派な問いを発するかという点に焦点をあてるが、余り見通しがよくない。まずⅰ問いが生まれる状況を理解することが必要だ。
多くの場合、「問い」は「好奇心」を端緒として発出されるが、世界の理解及び問題解決と創造に結びつく「好奇心」は、目新しいものに惹かれる衝動的な「拡散的好奇心」より、知識と理解を求める持続的な「知的好奇心」だろう。そして「好奇心」は、日常的に実行される誠実な「観察」、「学習と読書」、「データ」の取得を源泉とする。質の高い問いには必ず確実な「源泉」がある。これは別項目の「観察・学習と読書・データ_問いの源泉」で検討する。これとは別に「日々の創意工夫_アイデアをカタチにする」過程は、いわばアイデアが「問い」を飲み込んで、「問題解決と創造」に結びつく過程といえよう。
ⅱについては、大きくWhat、Why、Howに加えて、実践的な問いとしてWhy→What if→Howを加えてもいいだろう。「リサーチ・クエスチョンとは何か?:佐藤郁哉」は2W1Hを取り上げ、「Q思考:ウォーレン・バーガー」は、Why→What if→Howを重要視している。
そしてⅲについて私は、今、次の図式を考えている。
問い(What、Why、How)⇆「(推論、アイデア、リサーチ)→(知識、問題解決、創造)=知的生産」⇆問い
上述した「問いの編集力 思考の「はじまり」を探究する:安藤昭子」は、故松岡正剛のスキーム(例えば「知の編集工学」)と重なる部分があるが、文化・教養に関わる問題をきちんと整理していて、格好いいし、応用範囲も広いので、ここでは、ⅲのスキームとしてこの本だけを取り上げ、ⅲ具体的内容は別項目の「問題を見極め解決する」で検討する。ただ「問いは世界を創造する」ことは、「日々の創意工夫」の結果であるから、最初から本ばかり読み込んでいても仕方ないのだが。
「問い」を考える3書
上記の「問い」を考える上記3書の「要約と目次」を掲載しよう。でもこれらはいささか技術的過ぎて、「迫力」に欠ける。追ってソクラテスを含んだ「問いの本質論」を用意しよう。
- リサーチ・クエスチョンとは何か?:佐藤郁哉
- Q思考:ウォーレン・バーガー
- 問いの編集力 思考の「はじまり」を探究する:安藤昭子
書誌

要旨
本書『リサーチ・クエスチョンとは何か?』は、学術研究における核心的要素でありながらしばしば曖昧に扱われる「リサーチ・クエスチョン(RQ)」の本質を解き明かす解説書である。著者の佐藤郁哉氏は、RQが多くの研究方法論の教科書でさえ明確に定義されない「部屋の中の象」のような存在であると指摘する。
本書の核心的主張は、ピーター・メダワー卿の言葉を借りた「論文のペテン」という概念にある。標準的な論文形式(IMRAD)が研究プロセスを直線的に描くことで、実際の試行錯誤に満ちた非直線的な探求の過程を隠蔽し、誤解を招いているという批判である。このギャップを埋めるため、著者はRQを研究初期に一度だけ「立てる」のではなく、研究全過程を通じて修正・再構築していく「育てる」というアプローチを提唱する。
本書はRQを「社会調査のさまざまな段階で設定される研究上の問いを疑問文形式の簡潔な文章で表現したもの」と定義し、内容(記述の What と説明の Why)、目的(個人的・社会的・学術的関心と、実践的な改善策を問う How to)、構造(メインクエスチョンとサブクエスチョン)に応じた類型論を提示する。特に、包括的な問いを具体的な調査が可能なレベルまで落とし込む「絞り込み」の技術と、逆に新たな事例や視点を取り入れて問い自体を再構築する「拡張」の可能性について詳述する。最終的に、論文の定型的な「型」の功罪を論じつつ、まずは型を学ぶことでそれを超えていく道筋を示す。
1. リサーチ・クエスチョンをめぐる「不都合な真実」
「部屋の中の象」としてのリサーチ・クエスチョン
英国の社会学者パトリック・ホワイトは、リサーチ・クエスチョン(RQ)を「部屋の中の象」と表現した。これは、誰もがその存在を認識しているにもかかわらず見て見ぬふりをする「不都合な真実」を意味する慣用句である。研究方法論の教科書でさえRQの明確な定義を避け、いきなり「良い問いの条件」について解説を始める例が少なくない。
- 定義の欠如: 多くの文献では「What is a research question?」という見出しを掲げながらも、明確な定義が示されていない。
- 用語の混乱: 「研究課題」「研究テーマ」「問題意識」「仮説」など、多様な用語がRQと混同、あるいは同一視される。特に「仮説」は問いに対する「仮の答え」であるはずが、「答え=問い」として扱われる混乱も見られる。
- 解説の発展途上: 近年RQを専門に扱う書籍は増えつつあるが、その解説はまだ発展途上である。特に、研究の全過程で繰り返されるRQの試行錯誤、つまり「育て方」に関する解説が決定的に不足している。
論文の「ペテン」とIMRAD形式の矛盾
ノーベル賞受賞者の生物学者ピーター・メダワー卿は「科学論文は一種のペテンである」と述べた。これは、論文が科学的発見の実際の思考過程を誤解させかねない筋立てになっているためである。
- 直線的な構成: 実証系論文の標準形式である「序論・方法・結果・考察」(IMRAD)は、研究が「問い→調査→答え」という直線的なプロセスで進むかのような印象を与える。
- 現実とのギャップ: 実際の研究は、テーマが定まらなかったり途中で大幅に方向転換したりするなど試行錯誤と紆余曲折に満ちている。この非直線的な現実と論文の直線的な「型」との間には大きなギャップがある。
- 二つの使命の矛盾: 論文には「結果報告(最終的な結論を分かりやすく伝える)」と「経緯報告(調査過程の正確な報告による説明責任)」という二つの使命があるが、これらは本質的に矛盾する。IMRAD形式は結果報告を優先するため、実際の経緯は大幅に編集・省略され、一種のフィクション、すなわち「ペテン」となる。この「ペテン」は研究不正ではなく、真実を効率的に伝えるための意図的な構成である。
2. リサーチ・クエスチョンの定義と「育て方」
本書における定義
本書では、解説の範囲を明確にするため、リサーチ・クエスチョンを次のように定義する。
【リサーチ・クエスチョン】 社会調査(社会科学系の実証研究)のさまざまな段階で設定される研究上の課題や問いを、疑問文形式の簡潔な文章で表現したもの。
この定義には4つの重要なポイントが含まれる。
- 実証研究のための問い: データや資料に基づき答えを求められる問いに限定する。
- 疑問文形式: 「?」で終わる文章とすることで問いであることを明確にする。名詞(テーマ、トピック)や平叙文(仮説)とは区別される。
- 簡潔な表現: 調査者にとっては「羅針盤」、読者にとっては「見取り図」の役割を果たすため、要点を凝縮した適切な長さの文章が望ましい。
- 研究のさまざまな段階で設定される問い: 研究初期だけでなく、調査の全過程で設定・修正される「仕掛品」としての問いも含む。
「立てる」から「育てる」へ
従来の「問いを立てる」という表現は、RQが一度で完成するかのような誤解を招く。本書が提唱するのは、研究プロセス全体を通じてRQを練り上げていく「育てる」という発想である。
- 完成品と仕掛品: 論文に掲載されるRQは「完成品」であり、調査途中で何度も修正される問いは「仕掛品」や「試作品」に相当する。論文という表舞台では、この舞台裏の作業はほとんど見えない。
- 調査プロセスの二類型:
- 各時期完結型: アンケート調査などに典型的な、各段階の作業が分断された直線的なプロセス。予定調和的で、思いがけない発見は生まれにくい。
- 漸次構造化型: データ収集・分析と並行して論文草稿の執筆やRQの見直しを随時行う、非直線的・反復的なプロセス。セレンディピティ的な発見や斬新なRQが生まれる可能性が高い。
3. リサーチ・クエスチョンの類型論
内容による分類:2W (WhatとWhy)
RQの実質的内容に着目すると、基本的類型として「2W」が提唱される。
- Whatの問い(記述の問い): 「どうなっているのか?」を問う。社会現象の実態や事実関係を詳細かつ正確に記述することを目的とする。
- Whyの問い(説明の問い): 「なぜ、そうなっているのか?」を問う。現象の背景にある因果関係を解明することを目的とする。
しばしば「Why(説明)」が「What(記述)」より高次と見なされるが、これは誤解である。的確な事実把握(What)なくして適切な因果推論(Why)は成立せず、両者は相互補完的である。トヨタ生産方式の「なぜを五回」は、実際には「どうなっているか(What)」という事実確認を繰り返しながら「なぜ(Why)」を深掘りする、WhatとWhyの往復運動の実践例である。
目的による分類:三つの問題関心と2W1H
調査研究の目的や想定読者によってRQの性格は大きく異なる。問題関心は以下の三つに大別できる。
問題関心の種類— 領域— 説明— 主な読者
- 個人的関心— C領域— 調査者自身の知的好奇心や興味が動機となる— 自分自身
- 社会の関心— S領域— 実社会の問題解決や実践への貢献を目指す— 実務家、政策担当者など
- 学界の関心— A領域— 既存の学術的知見への貢献や新しい理論の創造を目指す— 学界関係者
これらが重なり合う領域もあり、三つ全てを満たすZ領域が理想とされる。
特に「社会の関心」(S領域)が強い実務型研究では改善策の提案が求められるため、2Wに「How to」の問いを加えた「2W1H」の枠組みが有効である。 - How toの問い(処方箋の提案): 「どうすれば良いか?」を問う。問題解決のための改善策を提案することを目的とする。
- 医療行為との類比: この三者の関係は、医療における「検査(What)→ 診断(Why)→ 処方(How to)」のプロセスになぞらえられる。確かな実態把握と原因解明を経てこそ、実効性のある改善策が生まれる。
構造的な四類型
RQは、研究プロセスにおける位置づけ(経緯か結果か)と包含性の程度(メインかサブか)の二つの軸で4タイプに分類できる。
- 論文上の問い(結果)か、作業過程の問い(経緯)か
- 包括的 (メインクエスチョン)か、個別具体的 (サブクエスチョン)か
結果として下記の4タイプがある。 - タイプI(包括的・結果): 論文の序論で提示される、研究全体の方向性を示す問い。
- タイプII(包括的・経緯): 調査の指針となる「仕掛品」の問い。試行錯誤を経て変化する。
- タイプIII(個別・結果): 特定の事例や仮説に対応する問い。仮説の形で暗黙的に示されることも多い。
- タイプIV(個別・経緯): 具体的な調査項目に落とし込まれた問い。絞り込みの過程で生まれる。
読者が主に目にするのはタイプIとIIIだが、研究を駆動するのは舞台裏のタイプIIとIVである。この区別を認識することが、RQを効果的に「育てる」上で不可欠である。
4. 「筋の良い問い」の構築プロセス
良い問いの三条件
発表会などで「筋が良くない」と指摘されないためには、RQが次の三条件を満たしている必要がある。
- 意義 (Significance): 答えを求めることに学術的または実践的価値があるか。
- 実証可能性 (Empirical Verifiability): データや資料に基づいて一定の答えを出すことが可能か。
- 実行可能性 (Feasibility): 時間、経費、能力といった資源の範囲内で調査可能か。「身の丈に合った」問いであるか。
絞り込み:メインクエスチョンからサブクエスチョンへ
特に実行可能性を確保するためには、包括的な問い(タイプII)を具体的な問い(タイプIV)へと「絞り込み」する作業が不可欠である。この作業は二つの軸で行われる。
- 対象の絞り込み: 「研究者一般」→「日本の研究者」→「日本の経営学系研究者」のように、調査対象の範囲を限定する。
- 視点の絞り込み: 特定の理論や概念をスポットライトとして用い、分析すべき要因(変数)を限定する。これにより、何に焦点を当て何を分析対象から外すかを決定する。
これらの絞り込みは、しばしば「問いに対する問い(サブ・サブクエスチョン)」を通じて同時並行的に進み、漠然とした問いが検証可能な具体的問いへと変換される。
「事例について知る」から「事例を通して知る」へ
絞り込みによって得られた個別の知見は、再び大きな文脈へ接続される必要がある。IMRAD形式の論文構成は、このプロセスを「ワイングラス構造(砂時計モデル)」として示す。
- 序論 (Introduction): 一般的な問題から特定の事例へ焦点を絞り込む(ワイングラスの上部)。
- 方法・結果 (Methods/Results): 絞り込まれた事例についての分析結果を提示する(くびれ)。
- 考察 (Discussion): 特定の事例から得られた知見を一般化し、より広い文脈での意義を論じる(ワイングラスの下部)。
この構造は、調査研究が単に「事例について知る」だけでなく、その事例分析を手段として「事例を通して知る」ことを目的としていることを示している。
5. 枠を超える探求:拡張型サブクエスチョン
サブクエスチョンは問いを絞り込むだけでなく、問いの枠組みを「拡張」するためにも機能する。
- 拡張型サブクエスチョン: 既存のRQの範囲を広げ、根本的な改訂や再構築を促す問い。
- 対象の拡張: 当初の事例とは対照的な逸脱事例や反証事例を意図的に選び比較分析することで、新たな要因を発見する。
- 視点の拡張: 新しい理論や概念をサーチライトとして導入し、これまで見過ごされていた現象の側面に光を当てる。たとえば「見えざる大学」や「社会関係資本」といった概念が新たな分析の切り口を提供する。
この拡張的アプローチはルーチンワークではなく、スリリングで革新的な研究、すなわち「次のステージ」へ進むための重要な契機となる。
6. 結論:論文の「型」の功罪
IMRADという論文の「型」は学術コミュニケーションを効率化する一方、特に社会科学では硬直的な制約となる側面もある。経営学者ジェイ・バーニーは、限られた紙幅で理論構築から仮説検証、考察までを求める「完全性の規範」を「正気の沙汰ではない」と批判した。
しかしこの「型」は、初学者が論文執筆の作法を学ぶ上で不可欠な出発点でもある。「型に入って型を出る」という言葉の通り、まずは定番の作法に従って作業を進めることで、最終的にその型に囚われない自由な研究を展開するための土台が築かれる。本書は、そのための羅針盤としてリサーチ・クエスチョンの本質を見極め、それを効果的に「育てる」ための知見を提供している。
- はじめに──「リサーチ・クエスチョン」をめぐる不都合な真実
- 序章 論文のペテン(詐術)から学ぶリサーチ・クエスチョンの育て方
- 第1章 定義する──リサーチ・クエスチョンとは何か?
- 1 ProblemかQuestionか?
- 2 「リサーチ・クエスチョン」──本書における定義
- 3 社会調査における問い──資料やデータを使って比較的明確な答えを求めることが出来る問い
- 4 疑問文形式──クエスチョンマークがついた文章
- 5 簡潔な表現──長すぎず短かすぎず
- 6 「問いを育てる」ということ──論文のペテンを超えて
- 第2章 問いの内容を見きわめる──何について問うのか?
- 1 疑問符と言えば疑問詞?
- 2 5W1Hから2Wへ
- 3 What(記述)とWhy(説明)の関係
- 4 WhatとWhyを五回──研究の全過程を通してリサーチ・クエスチョンを深掘りしていく
- 第3章 問いの目的について確認する──そもそも何のために問うのか?
- 1 謎解きとしてのリサーチ、ルーチンワークとしてのアンケート調査
- 2 三種類の問題関心
- 3 2Wから2W1Hへ──確かなエビデンスにもとづくHow to(処方箋)の提案
- 4 問いの往復運動とリサーチ・クエスチョンの「仕切り直し」
- 第4章 「ペテン」のからくりを解き明かす──なぜ、実際の調査と論文のあいだにはギャップがあるのか?
- 1 論文の舞台裏
- 2 結果報告 対 経緯報告──論文が担う二つの使命
- 3 各時期完結型 対 漸次構造化型──調査のタイプによる違い
- 4 解説書や教科書における二つのブラインドスポット
- 5 リサーチ・クエスチョンの四類型
- 第5章 問いを絞り込む──どうすれば、より明確な答えが求められるようになるか?
- 1 筋が良い問い・悪い問い
- 2 実証可能性──そもそも答えが求められる問いなのか?
- 3 実行可能性
- 4 サブクエスチョンの設定
- 第6章 枠を超えていく──もう一歩先へ進んでいくためには?
- 1 総論と問題関心への回帰──木を見て森を見る、森を見て木を見る
- 2 「事例について知る」から「事例を通して知る」へ
- 3 さらに次のステージへ──対象と視点の範囲を広げていく
- おわりに
- 注
- 参考文献
書誌
要旨
本書は、イノベーション、問題解決、そして個人の成長の根源に「美しい質問」があるという中心的な思想を要約・分析する。画期的な製品、成功した企業、そして人生のブレークスルーは、多くの場合、鋭く野心的でありながら実践的な一つの問いから生まれる。しかし、現代の教育システムやビジネス文化は、効率性や「正解」を重視するあまり、人間が本来持つ質問能力を抑制・衰退させている。
この状況を打破する鍵として、「なぜ?」「もし〜だったら?」「どうすれば?」という3ステップの質問フレームワークを提示する。このプロセスは、現状を深く理解し(なぜ?)、制約を取り払って可能性を創造し(もし〜だったら?)、アイデアを具体的な行動と実験に移す(どうすれば?)という、問題解決への論理的かつ創造的な道筋を示す。
変化の激しい現代において、組織と個人が適応し新たな価値を創造するためには、この「問う力」を再発見し、意図的に育成することが不可欠である。本資料は、ビジネス、教育、そして個人の人生において「美しい質問」を実践し、探求の文化を醸成するための具体的な洞察と戦略を詳述する。
第1部:質問の失われた技術とその重要性
イノベーションの源泉としての質問
画期的なイノベーションや成功した新興企業は、一つの強力な疑問から生まれることが多い。本書では、この原則を裏付ける事例を示している。
- グーグルは「疑問のうえを走り続けている」企業であり、スティーブ・ジョブズやアマゾンのジェフ・ベゾスもあらゆることに疑問を投げかけて成功を収めた。
- 偉大な製品や企業は、しばしば一つの問いが出発点となっている。
- ポラロイド社は「なぜ写真ができるまで、こんなに待たなければならないのか?」という創業者エドウィン・ランドの3歳の娘の問いから生まれた。
- ネットフリックスは、創業者リード・ヘイスティングスがレンタルビデオの延滞金に憤慨し、「ビデオレンタル事業をヘルスクラブのように運営したらどうなるだろう?」と考えたことから始まった。
- 義足「フレックス・フット」は、事故で足を失ったヴァン・フィリップスが「人を月に送れるなら、まともな足ぐらいつくれるのでは?」と問うたことから開発された。
このように、質問は知性のエンジンであり、好奇心を抑制の利いた探求に転換する知的な仕組みとして機能する。
質問能力の衰退
人間は生まれながらにして優れた質問者である。特に就学前の子どもは質問の天才で、ある研究ではイギリスの4歳児が1日に平均390回の質問をすることが示されている。しかし、この能力は成長とともに急速に失われる。
- 教育システムの問題:学校では、覚えたことを正確に答えることが評価され、質問をすること自体は奨励されない。テスト中心の教育や詰め込み式カリキュラムは、生徒から探求の時間を奪い、好奇心を抑制する。
- ビジネス文化の問題:多くの企業は効率性を重視するあまり、「なぜ我々はこれをこのやり方でやるのか?」といった根本的な問いを非効率や反抗的と見なす文化を持つ。行動が優先され、疑問を抱く余裕がないと感じられている。
- 脳の性質:神経学的に、人間の脳は精神的エネルギーを節約するため、身の回りの多くを疑問を抱かずに受け入れる(あるいは無視する)傾向がある。これは「事なかれ主義」につながりやすい。
- 社会的圧力:会議で「なぜですか?」と問うことは、勉強不足や反抗的と見なされるキャリア上のリスクを伴う。また、特定の社会集団に属する人々は「ステレオタイプへの恐れ」から無知に見えることを避け、質問をためらう傾向がある。
なぜ今、質問が重要なのか?
変化の激しい現代において、失われた質問能力を取り戻すことは組織と個人の双方にとって一層重要である。
- 変化への適応:未来学者ジョン・シーリー・ブラウンは「私たちは変化し続ける時代に突入した」と指摘する。新しい状況に適応し、新たなスキルを習得し、古い考え方を見直すためには、根本的な問いを発することが不可欠である。
- 価値の転換:知識がコモディティ化し、答えがインターネットで容易に手に入る時代において、専門知識の価値は相対的に低下している。ハーバード大学のトニー・ワグナー教授が指摘するように、「答え」よりも「問い」の価値が高まっている。
- 情報リテラシー:情報過多の時代に、情報の真偽を見極め文脈を理解しデマを認識するには、あらゆることに疑問を抱く批判的思考力が求められる。
- リーダーシップ:かつてはリーダーに「何でもわかっている」ことが求められたが、今日ではよく質問する者こそが変化する市場に適応し新たな機会を発見できる。近年の研究は、最も創造的で成功しているビジネスリーダーが卓越した質問家であることを示している。
第2部:「美しい質問」を生み出す3ステップ・フレームワーク
イノベーションに至る「美しい質問」は、多くの場合「なぜ?」「もし〜だったら?」「どうすれば?」という論理的な順序で展開する。これは単なる公式ではなく、問いの各段階を通じて思考を導くフレームワークである。
| ステップ | 主要な問い | 目的 | 主要な思考法 |
| ステップ1 | なぜ? (Why?) | 現状の理解と問題発見 | 一歩下がる、観察、前提を疑う、文脈的探求 |
| ステップ2 | もし〜だったら? (What If?) | 可能性の探求とアイデア創出 | 想像、制約の除去、結合的探求(スマートな再結合) |
| ステップ3 | どうすれば? (How?) | アイデアの具現化と実験 | 行動、プロトタイピング、試して学ぶ、協力を求める |
ステップ1:「なぜ?」— 現状の理解と問題発見
最初の段階は、目の前の状況から一歩下がり異なる視点で眺め、根本的な問いを発することだ。
- 一歩下がることの重要性:日々の業務やプレッシャーから距離を置くことで、当たり前とされている前提に疑問を抱く余裕が生まれる。エドウィン・ランドが休暇中に娘の問いに触発されたように、思考のための「間」や「空間」が必要である。
- 初心者の視点:専門知識は時に視野を狭める。スティーブ・ジョブズが重視した禅の概念「初心(ビギナーズ・マインド)」のように、専門家の習慣から解放され物事をあるがままに見ることで、新たな可能性が開かれる。
- ヴジャデ発想法:「デジャヴ(既視感)」の逆で、見慣れたものを初めて見るかのように新鮮に捉える感覚。これにより日常に隠された矛盾や機会を発見できる。
- 前提への挑戦:「なぜ、いま存在しているものを甘受する必要があるのか?」といった挑戦的な問いは、現状維持を望む権威や習慣に立ち向かう力となる。
- 問いを深く掘る:トヨタ生産方式で知られる「5ぜの法則」のように、「なぜ?」を繰り返し問い、表面的な原因ではなく根本原因にたどり着く。
ステップ2:「もし〜だったら?」— 可能性の探求とアイデア創出
「なぜ?」で問題の本質が明らかになったら、次は制約を取り払い自由に解決策を夢想する段階だ。
- 想像力の解放:「もし費用が問題でなかったら?」「もしこの会社がなかったら?」といった仮定の問いは、現実の制約から思考を解放し、大胆なアイデアの創出を促す。
- 結合的探求:アインシュタインが実践した「組み合わせ思考」のように、一見無関係な分野のアイデアを結びつけることで、画期的なイノベーションが生まれる。これを「スマートな再結合」と呼ぶ。
- パンドラ・インターネット・ラジオは「音楽」と「遺伝子(DNAマッピング)」という異なる概念の結びつきから生まれた。
- ヴァン・フィリップスの義足は「ダイビング・ボードの反発力」「チーターの後ろ足」「中国の三日月刀」といった多様な要素の組み合わせから発想された。
- 無意識の活用:創造的なひらめきはリラックスしている時、散歩中、あるいは睡眠中に訪れることが多い。難問に直面したら、集中だけでなく問題を「寝かせる」ことで、脳が無意識に結合的探求を行うのを助けられる。
ステップ3:「どうすれば?」— アイデアの具現化と実験
「もし〜だったら?」で生まれたアイデアを現実で機能するものへと変えていく段階である。
- プロトタイピング(試作品製作):「試作品とは、具現化された疑問である」。アイデアをスケッチやモデルなど具体的な形にすることで、他者からのフィードバックを得やすくなり思考が深まる。
- 「試して学ぶ」アプローチ:計画に時間をかけすぎるより、素早く不完全なテスト版(実用最小限の製品:MVP)を市場に出し、失敗から学ぶ方が効率的である。
- マシュマロ・タワー実験:幼稚園児がMBAの学生に勝利したこの実験は、計画よりも迅速な試行錯誤の優位性を示している。
- 失敗の再定義:失敗は終わりではなく学習の機会である。「毎回新しく、それまでとは違う間違いをしているのなら、新しいことをして新しいことを学んでいる」ことになる。
- 協力を求める:野心的な問いに一人で答えることは難しい。15歳でがん検出法を開発したジャック・アンドレイカが200人の教授に助けを求めたように、他者の専門知識やリソースを活用することが成功の鍵となる。
第3部:組織と個人における質問の実践
ビジネスにおける探求の文化の醸成
多くの企業は依然として質問を抑制する文化を持つが、変化に適応するためには「探求の文化」の醸成が不可欠である。
- リーダーの役割:リーダーは自らが「最高質問責任者」となり、挑発的で破壊的な問いを投げかけ、社員からの厳しい質問を歓迎する姿勢を示す必要がある。
- Qストーミング(クエスチョン・ストーミング):アイデアを出すブレインストーミングの代わりに、質問を生み出すことに集中する。これにより問題の根本に焦点を当て、より質の高い議論を促せる。
- 「どうすればできそうか?(How might we?)」:この問いかけは解決策が存在することを前提とし、協力的かつ創造的な思考を促す強力なツールとしてIDE OやGoogle、Facebookで活用されている。
- ミッション・クエスチョン:企業の目的を断定的なミッション・ステートメントではなく、「どうすれば〜できそうだろう?」という問いの形にすることで、継続的な成長と社員の参加を促せる。
教育における質問能力の育成
現代の教育システムが質問能力を育てていない問題に対し、いくつかの革新的なアプローチが示されている。
- 質問中心の教育モデル:教育者デボラ・マイヤーは、「思考の習慣」として「何が『真』かをどうやって知るのか?」といった問いを中心に据えた学校を設立し、大きな成果を上げた。
- 質問醸成テクニック:ライト・クエスチョン・インスティテュートは、生徒が自ら問いを立て改善し優先順位をつけることを学ぶ体系的プロセスを開発。これにより生徒の学習意欲と主体性が高まる。
- 探求学習の実績:モンテッソーリ教育のように生徒主導の探求を重視する教育法は、ジェフ・ベゾスやGoogleの創業者など多くの成功したイノベーターを輩出している。
個人の人生における「問いとの共生」
多忙な現代人はキャリア、幸福、人間関係といった人生の根本的な問いと向き合うことを避けがちである。詩人ライナー・マリア・リルケの言葉を借りれば、「問いと共に生きる」姿勢がより充実した人生を築く鍵となる。
失敗への恐れの克服:「絶対に失敗しないとわかっていたら、何に挑戦するだろう?」という問いは、行動を妨げる最大の制約である失敗への恐怖を取り払うきっかけとなる。より現実的には、「もし失敗したらどう克服するか?」や「何もしなかったらどうなるか?」といった問いが、リスクを直視し前進する勇気を与える。
最終的に、「美しい質問」を見つけそれと共に生きることは、単なる問題解決の技術にとどまらない。それは未知を恐れず自らの無知を耕し、好奇心を原動力として成長し続けるための生き方である。
レールから降りる:社会や他者から期待される道筋を無批判に進むのではなく、「他人から求められてきたこと以外で、自分がこうしたいと思っていることはないだろうか?」と自問することが重要である。
鑑賞的探求:欠点や不足ではなく、自分の強みや感謝できることに焦点を当てる。「自分が最も美しいと感じるとき、あなたは何をしていますか?」といった問いは、本当に価値のある活動を見出す助けとなる。
小さな実験:大きな変化を恐れるなら、日常の中で「ほんの少し変えてみたらどうなるか?」という小さな実験から始める。新しい行動を試すことで新たな考え方が生まれる。
- Introduction 「美しい質問」だけが美しい思考を生む
- アイデアはつねに「疑問」から生まれる
- 「世界の変化」のスピードに対応する
- 質問をし続ける方法を見つけ出せ
- 質問の多さと出世のスピードは比例する
- 質問は脳に負荷がかかる
- 3つのアプローチ「なぜ?」「もし〜だったら?」「どうすれば?」
- グーグルには絶対に予測できない質問
- 第1章 「Q」で思考にブレイクスルーを起こす──次々と問いを重ねる思考法
- 人を月に送れるなら、まともな足ぐらいつくれるのでは?
- 「質問家」が示す明確な兆候
- 疑問を抱かなくなった瞬間に成長は止まる
- 自分で行動しなければ、疑問は「ぼやき」になる
- 質問には「何」ができるのか?
- 「何を知らないか」に気づく
- 正しい問いは「洗練された思考」になる
- 「どんな質問をするか」で、住む世界は決まる
- 自分がいる業界はどんな業界か? そこにはまだ私の仕事はあるか?
- 自分を状況に「適応」させていく
- 「知っていること」を次々と更新していく
- 質問は答えより価値が高くなっているのか?
- 情報の真偽を知るために問う
- コンピューターが人の質問力を磨く
- 「知る行為」は時代遅れか?
- 質問で無限のリソースにアクセスする
- 何もかもが「なぜ?」から始まるのはなぜか?
- ほかの人よりも「早く」問題を発見する
- 「Q+A」が結果を生む
- 問題解決の合理的なプロセスとは?
- どうすれば、問いを「行動」に移せるか?
- 「組み合わせ」が新たな発想を生む
- 「試して検証」を繰り返し続ける
- 第2章 子どものように「なぜ」と問い続ける──質問し続けるアタマをつくる
- なぜ、子どもはあんなに質問するのか?
- 「複数の答え」への想像力が問いを生む
- 一度「分類」すると、問題が見えなくなる
- リラックスした環境でこそ、創造性は開花する
- なぜ、質問の回数が突然減るのか?
- お手本があると「問い」を拒絶してしまう
- だれもが「疑問」を抱かないように教えられてきた
- 生産性を高めて成功するには何が必要か?
- 「質問に立脚した学校」は成立し得るだろうか?
- 5つの「思考の習慣」で問いを深める
- 「地図の真ん中」に何を置くべきか?
- 知識は押しつけても身にならない
- ベゾス、ブリン、ペイジの共通のルーツ
- クラスの中で質問できるのはだれか?
- 「恐れの感情」が好奇心を邪魔する
- 質問がいくら得意でも、まったく質問できなくなる環境
- 生まれながらの「質問魔」に、なぜ質問を教える必要があるのだろう?
- 正しく質問できないと「損」をする
- 「何を尋ねていいかわからない」から抜け出す
- 「正しい問い」にたどりつく6つのステップ
- 良い質問は「自然」には生まれない
- 質問の仕方は自分に教えられるか?
- 「匿名性」が質問を後押しする
- 「変化をつくりだす方法」を観察する
- 第3章 「美しい質問」を自分のものにする──Q思考の「3ステップ」をマスターする
- なぜ、写真ができるのを待たなければいけないのか?
- 最初の「なぜ?」からフル回転で大量の疑問を考える
- 最初の「20段階」を進むと?
- 鋭い「なぜ?」を生み出す条件
- なぜ、一歩下がると前に進めるのか?
- 「前進」を強いるプレッシャーに打ち克つ
- 「知っている」というのは、ただの感覚にすぎない
- 「もう一度説明してほしい」と繰り返す
- 初心者の心は「空」である
- ジョブズの奇妙な禅解釈
- 「休みの日の7歳の子ども」になりきる
- なぜ、ジョージ・カーリンには他の人が見逃したものが見えるのか?
- だれも持っていない視点をつかむ「ヴジャデ発想法」
- 時間をかけて「目の前にあるもの」を発見する
- 私には余分なマットレスがあるのに、なぜ彼はベッドがなくて困らなければならないのか?
- なぜ、この問題を「追求すべき」と思えたのか?
- 「挑戦的質問」という方法
- 「では、どうすべきか」は言えなくていい
- なぜ、私たちは「質問について質問」しなければならないのか?
- 「5なぜの法則」で心理の限界を超える
- 「開いたり閉じたり」して質問のレベルを上げる
- 「正しい問い」をつかむには、問題との距離を縮める
- 「観察」と「実体験」が答えを生む
- 疑問を抱くだけでなく「執着」する
- もし、音楽のDNAをマッピングできたら?
- 「音楽の遺伝子」を発見する
- 「実現可能性」を考えずに空想しつくす
- 既存のアイデアから「スマートな再結合」をする
- 「AとB」ではなく「Aと26」を組み合わせる
- もし、脳が木の生い茂った森だったら?
- もし、疑問を抱いて寝たら? (答えと一緒に目を覚ますだろうか?)
- 情報を集めて、寝転がる
- 「散歩」や「ドライブ」で考えずに考える
- もし、アイデアがでたらめで靴下が左右違っていたら?
- 辞書を使って「でたらめ」に考える
- 「仮定」で現実をひっくり返す
- どうすれば、質問をかたちにできるのか?
- 具体化の課題が背中を押す
- 「一つのアイデア」に絞り込み、他人に話す
- 紙でもデジタルでもいいので「描いてみる」
- 考え込む前に「人に見せる」
- どうすれば、倒れない「マシュマロ・タワー」を建てられるか?
- 検討するより「試す」ほうが早い
- 「試して学ぶ」と大きな変化をつくりだせる
- どうすれば、折れた足を愛せるようになるのだろう?
- 「否定的意見」を最大限に利用する
- ダメージを受けながら「少しずつ」進む
- どうすれば、シンフォニーを一緒につくれるだろう?
- 「世界中の頭脳」を使う
- いまや「不可能」はなくなっている
- 「人と動く」段階が必ずくる
- 「問い」を抱え込んでいても意味がない
- 「最終的な答え」は存在しない
- 第4章 ビジネスに「より美しい質問」を与えよ──あなたの仕事を劇的に変える「Q」
- なぜ、賢いビジネスパーソンが大失敗をしでかすのか?
- 優秀なのに「まっとうな選択」ができない
- 「存在理由」を問うことから始める
- 「早い結果」を求めると、疑問が抜け落ちる
- なぜ、私たちはビジネスをしているのか? (そもそも何のビジネスをしているのか?)
- 定期的に「過去の理想」を振り返る
- だれがどのように使い、何を求めているのか?
- いま残っている「不都合」を解決する
- 「自分たちは何をしているのか?」を掘り下げる
- もし、この会社がなかったら?
- 「やめるべきこと」を決める
- 「もし〜だったら?」で想像力が爆発する
- もし、たんなる金儲けをやめて理念を貫いたとしたら?
- 「お金がなくても食事できる店」は可能か?
- 「私たちから買わないでください」という広告
- どうすれば、もっと良い実験をできるだろう?
- 「やってはいけないこと」ができる場所をつくる
- 質問についてブレイン・ストーミングをしたら、ひらめきが下りてくるだろうか?
- 「Qストーミング」で質問を改善する
- この「3語」が思考のスイッチを入れる
- 野心的な「HMW的質問」を考える
- 「HMWアプローチ」は伝染する
- 曖昧なリーダーに人はついていくだろうか?
- 「いま起きていること」の本質をつかむ能力
- 賢人はあえて「無知」な質問をする
- いつ質問をやめればいいのか?
- ミッション・ステートメントはミッション・クエスチョンになるべきか?
- 「ミッション」を全員のものにする
- 数万人単位でも議論できる
- どうすれば、探求の文化をつくれるだろう?
- 「最も厳しい質問」が「最も素晴らしい質問」になる
- 質問すると「得をする」仕組みをつくる
- 「一歩下がる」時間がなければ成功しない
- 上司を置かず、「ネットワーク」で仕事を回す
- 仕組みで、会社を「学び」の場に変える
- 「くだらない質問」ばかりになるという問題
- 自由に「外に出られる」ようにする
- 質問を使って「質問家」を見つけだす
- 第5章 「無知」を耕せ──問いであらゆる可能性を掘り起こす
- なぜ、私たちは「問いと生きる」べきなのか?
- 自分の人生で「最も重要なこと」は何か?
- 壁にぶつかったら「なぜ?」で乗り越える
- 人が「本当にほしいもの」を中から考える
- 「不安」を飲み込み、好奇心に従う
- なぜ、あなたは山を登っているのか?
- 「じっくり考えること」から逃げ続けている
- なぜ、あなたは探求を避けているのか?
- 選択はすべて「質問」のかたちをしている
- 「いつか人生に向き合える」と誤解している
- 「もやもや」を抱えながら前進する
- 「リーン・イン」の前に、一歩下がったらどうなるだろう?
- 「ハイテク安息日」をつくる
- 考えるとは「一つのことに集中する」こと
- すでに持っているもので始めたらどうだろう?
- なぜ、「彼ら」のほうが幸せそうなのか?
- 幸せにつながらないことに時間を使っている
- 自分を「美しく」感じられるのは、どんなときか?
- なぜ、そのとき「輝いている」と感じるのか?
- ほんの少し変えてみたらどうなる?
- 「聖書男」が発見した人生の秘密
- 変化を生むコツは「ふりをする」こと
- 「経験のバリエーション」を持てるように工夫する
- 失敗しないとわかっていたらどうする?
- 「失敗への恐怖」が行動を妨げている
- 何もしなかったらどうなるのか?
- どうすれば、蓋をこじあけてペンキをかきまわせるだろう?
- 「自分で考える」ように仕向ける
- 質問で「共通項」を見つける
- 「考えの違う人」の視点で考える
- 疑問を「疑問視」する
- どうすれば、「美しい質問」を見つけられるだろう?
- 「外」と「内」に答えを探す
- 「力強い疑問」は眠らない
- 「美しい質問」の見つけ方
- 群衆の狂気に敏感になる
- 自分は「何」を言いたいのだろう?
- 「知らないこと」を質問で耕していく
- 訳者あとがき
書誌

要旨
本書は、教育現場からビジネスの最前線まで共通の課題となっている「問う力」の欠如に対し、その根源的メカニズムと育成方法を「編集工学」の視点から解き明かす。著者は、「答え方」は訓練されても「問い方」を学んでこなかった現代人が直面する困難を指摘し、「内発する問い」がどのように生まれるかを探究の中心に据える。
本書の核心は、「問い」が生まれるプロセスを以下の4つのフェーズでモデル化した点にある。
- Loosening(土壌をほぐす): 固定化された自己認識(「私」)や世界観を解き放ち、思考の柔軟性を確保する。
- Remixing(タネを集める): 情報の多面性に気づき、視点を切り替え、偶然性を味方につけることで「問い」の材料を収集する。
- Emerging(発芽させる): 監視資本主義などがもたらす「問いが奪われる」環境を自覚し、書物などを触媒として未知と遭遇し、問いの芽生えを促す。
- Discovering(結像する): 既存の知識を一度脇に置く「アンラーン」を経て、仮説推論(アブダクション)を用い、曖昧な問いの芽を明確な「問うべき問い」へ結晶させる。
本書は、グレゴリー・ベイトソンの学習理論、マイケル・ポランニーの暗黙知、チャールズ・サンダース・パースのアブダクションといった先達の知を横断しつつ、「問う」という行為が単なる技術ではなく、自己と世界の関係性を再構築し、人間性を回復するための根源的営為であることを論証する。最終的に、暴走する現代社会の中で自律的に思考し、「自己の時を刻む」ための手段として「問いの編集力」を位置づけ、読者が『問う人(ホモ・クァレンス)』として生きることを促す。
1. 導入:なぜ今「問い」が問われるのか
現代社会において「問う力」は子どもから大人まで共通かつ切実な課題である。教育現場では「探究学習」が導入されたが、その起点である「課題の設定」が最大のボトルネックとなっている。ビジネス現場でも「課題解決力から課題発見力へ」というシフトが求められる一方、多くの人が「問い方」を学んでこなかったという現実に直面している。
「答え方はさんざん練習してきたけど、問い方を学んでこなかった」―― ある企業の人事担当者の言葉
この状況に対し、『WIRED』創刊編集長ケヴィン・ケリーは、AIが答えを生成する時代において人間に残された創造性は「問う」ことにあると断言する。「人の仕事は問いを投げかける、そして不確実性を扱うというものになっていく」という彼の予見は、「問う」ことが未来の知的活動の中心となることを示唆している。
本書の目的は、ワークショップ運営や設問設計のテクニックを提供することではなく、自分の内側から湧き出る「内発する問い」の発生メカニズムを「編集工学」を補助線にして明らかにすることである。
2. 「問いの編集力」のフレームワーク:4つのフェーズ
著者は「問い」が生まれるプロセスを、発生と分化のプロセスとして4つのフェーズに整理し、一直線ではなく回り道や寄り道を含む思考の筋力トレーニングとして提示する。
フェーズ1: Loosening ― 「問い」の土壌をほぐす
「内発する問い」が芽吹くには、まず固くなった思考の土壌をほぐす必要がある。最大の障害は、整合性のとれた一貫した自己として振る舞おうとする「私」自身である。
- 「私」からの解放:
人間は多様な細胞や記憶・役割から成る「たくさんの私」の集合体である。練習問題を通じてこの多重性を自覚し、「整合性のとれた一貫した私」という幻想から脱却する。西田幾多郎や木村敏の議論を援用し、「主語的自己」よりも多様な「述語的自己」を重視することで思考の可能性を広げる。 - 世界とのインターフェイスを柔らかく:
デカルト的主客二元論を超え、グレゴリー・ベイトソンが示すように世界を「私」と環境が切り離せない生きたシステムとして捉え直す。木こりの例が示すように行為はシステム全体の自己修正的なうねりとして発生する。ジェームズ・ギブソンのアフォーダンス理論に基づき、意味は環境から与えられるものとして理解し、思考における「マイクロスリップ(微かな淀みや試行錯誤)」を許容することで環境との柔軟なインターフェイスを構築する。 - 境界をゆるませる:
「ウチ/ソト」の境界は固定的ではなく文脈に応じて揺らぐ。この境界感覚を操作することで新たな視点や問いが生まれる。日本家屋の縁側のような「間(あわい)」を思考の中に確保し、「わからなさを保留する力(ネガティブ・ケイパビリティ)」を育むことで、問いを深く育てる土台をつくる。
フェーズ2: Remixing ― 「問い」のタネを集める
ほぐれた土壌に、「問い」のタネとなる多様な視点や情報を集めるフェーズ。
- 見方の転換:
認識は常に注意(アテンション)から始まる。この「注意のカーソル」が、言葉の文字通りの意味(デノテーション)と背後にある暗示的・連想的意味(コノテーション)をどう捉えているかを自覚することが重要である。固定化された見方(認知バイアス)から脱するために意図的に異なる「フィルター(メガネ)」をかけ替え、見過ごしていた世界の表情を立ち現れさせる。 - 視点の切り替え:
情報は常に多面的である。エッシャーのだまし絵のように「地(文脈)」と「図(意味)」を反転させることで一つの事柄の多様な顔を発見できる。「〜にとって」「〜における」といった視点の切り替えや助詞の変更は、情報の多面性を引き出す具体的技となる。 - 異質の取り込み:
自分にない情報との出会いである「偶然」を必然的な問いへと転化させるのが編集力である。「セレンディピティ(偶察力)」は、探究心という「迎えにいく偶然」の準備ができたときに発動する。九鬼周造が「驚き」を哲学の出発点と位置づけたように、日常の奥に「他にもあり得た」世界を想像する微細な驚きが問いの源泉となる。
フェーズ3: Emerging ― 「問い」を発芽させる
集めたタネから問いの芽を出すフェーズ。現代社会の構造的課題とそれを乗り越える知的実践が論じられる。
- 現代における「問い」の危機:
ショシャナ・ズボフの指摘する監視資本主義は、人間の行動履歴を「行動余剰」として収集・解析し、人々の行動を予測・誘導する。これにより好奇心や関心が自らの探究の燃料ではなく市場を動かす燃料へと変換される。ビョンチョル・ハンは、主体的に情報を生産するほど見えない情報体制に拘束される「情報パラドックス」を指摘し、これを「魂の家畜化」と表現する。この情報環境は未知との遭遇機会を奪い、「問い」を生まれにくくしている。 - 未知との遭遇を促す書物:
著者は書物を未知にアクセスする有能な情報デバイスと位置づける。本を一方的にインプットするのではなく、読者の問いや好奇心が読みを先導する「探究型読書(Quest Reading)」を提唱する。これは著者と読者の想像力が混ざり合う相互編集活動であり、「読む力」と「問う力」を同時に鍛える。 - 関係性の発見と場のダイナミズム:
ジュリア・クリステヴァの「間テクスト性」が示すように、テキストは他のテキストとの関係性の網目の中にある。読書はこのネットワークに参加し、新たな関係性を発見する行為である。江戸時代の文化サロン「連(れん)」に見られるように、個人の才能は場との相互作用の中で引き出される。本を媒介に場のダイナミズムを現代に再現し、問いの連鎖を創発する具体的実践として、コミュニケーション装置「ほんのれん」が紹介される。
フェーズ4: Discovering ― 「問い」が結像する
芽生えた問いを確かな輪郭を持つ「問うべき問い」へと育て上げる最終フェーズ。
- 世界の再解釈(アンラーン):
新たな問いに向き合うためには、既存の知識や固定観念を一度脇に置く「アンラーン(学びほぐし)」が必要である。物事の起源をたどる「アーキタイプ」の探究や、自身の好奇心の源泉に回帰する「おさなごころ」への問い直しにより、問いは客観的探究対象であると同時に個人的必然性を持つものとなる。この探究の道筋を保持・共有する器として「物語」が有効である。 - 仮説による突破(アブダクション):
チャールズ・サンダース・パースの提唱した第三の推論、アブダクション(仮説推論)は探究の論理学である。観察された「驚くべき事実」に対し、それを最もよく説明する仮説を立て、そこから世界を再解釈して新たな確証へ至る思考プロセスである。このアブダクションに沿った文章構成「アブダクティブ・ライティング」は、書くことを通じて思考を深め、新たな発見を結像させる強力な構想の型となる。
3. 根源的な考察:「問う」ことの本質
本書の後半では、「問う」という行為が持つより深い哲学的意味合いが探究される。
「問いのパラドックス」と暗黙知
プラトンが『メノン』で提示した「探究のパラドックス」(知らないことは探究できず、知っていることは探究する必要がない)に対し、マイケル・ポランニーは「暗黙知(tacit knowing)」で応答した。暗黙知は「いまだ発見されざるものを暗に予知する能力」であり、言語化できない領域で働く動的な知性である。発見や創造性は、この暗黙知が「不意の確証」として意識に上ることで可能になる。「問い」の発見はこのプロセスに深く関わっている。
学習の変容:ベイトソンの学習階型論
グレゴリー・ベイトソンは学習を階層的に捉え、最上位に「学習Ⅲ」を置いた。
学習Ⅰ: 与えられた選択肢の中から適切な解を選ぶ(例:反復練習で問題を解く)。
学習Ⅱ: 学習の仕方(コンテクスト)自体を学ぶ。「学ぶことを学ぶ」(例:自分なりの勉強法を確立する)。
学習Ⅲ: 世界認識の枠組みそのものを問い直し、変革する(例:悟り、パラダイムシフト)。
人格や価値観は通常「学習Ⅱ」の産物であり、その枠組みから出ることは稀である。しかし、二つの矛盾したメッセージによって身動きが取れなくなる「ダブルバインド」の状況に陥ると、人は既存のコンテクストを捨て、より高次の視点へ移行する「学習Ⅲ」への跳躍を迫られる。この跳躍を可能にするのが、自らを規定する世界像そのものを問う「メタ問い」であり、「問いの編集力」が目指す究極のステージである。
暴走する世界と「問い」の役割
サイバネティクスの観点から見ると、現代社会はポジティブ・フィードバックが過剰に働き、自己肥大を続ける暴走システムとなっている。資本主義やテクノロジーの加速はその例である。この流れの中でシステムを安定させるネガティブ・フィードバックの役割を果たすのが「問い」である。
「問い」は、自動運転する思考や社会の流れに句読点を打ち、立ち止まって方向転換を促す調速器として機能する。それは他者が規定する時間に流されるのではなく、「自己の時を刻む」ための主体的な行為である。
4. 結論:『問う人(ホモ・クァレンス)』として生きる
スザンヌ・ランガーが述べたように、「新しい哲学は、古い問いを解決するのではなく、拒絶するのである」。問いの編集力とは、この「古い問いの拒絶」を可能にする力であり、与えられた問いに答えるのではなく、その問いが成立している前提(学習Ⅱのコンテクスト)そのものを疑い、真に問うべきこと(学習Ⅲ)を自ら見出す能力である。
著者は師である松岡正剛との対話やベイトソンの思想探究を通じて、「内発する問い」こそが人間性を支える根幹であると確信する。結論として、「問う」ことはもはや単なる仕事のスキルではなく、自らの生を主体的に生きるうえで呼吸のように不可欠な営為である。本書は、読者が内側に眠る「問う力」を呼び覚まし、自らの哲学を発動するための「オール」を手にするための包括的手引きとなる。
- はじめに ――なぜ「問い」を「問う」のか
- 第1章 Loosening 「問い」の土壌をほぐす
- 「私」から自由になる 内面の準備
- 想像力の土壌
- 「たくさんの私」を解き放とう
- 主語より述語に強くなる
- インターフェイスを柔らかく 接面の準備
- 「私」と「世界」が接するところ
- つながり合う世界
- アフォーダンスとマイクロスリップ
- 縁側が必要だ 境界の準備
- ウチソト感覚
- 「間」をゆるませる
- 第2章 Remixing 「問い」のタネを集める
- 見方が変われば、世界が変わる 意味の発見
- デノテーション、コノテーション、アテンション!
- アレに見えてしょうがない
- フィルター越しの世界
- 情報は多面的 視点の切り替え
- 連想が止まらない
- 「地と図」のマジック
- 偶然を必然に 異質の取り込み
- 偶然性とセレンディピティ
- 問いは驚きに始まる
- 第3章 Emerging 「問い」を発芽させる
- 見えない壁に穴をあける 未知との遭遇
- 「問い」が奪われている?
- 子どもは40000回質問する
- 未知を焚くべる
- 無数の世界に誘われる 触発装置としての書物
- 書物という情報デバイス
- 思考の縁側を確保する
- コラム 「読み」と「問い」の連鎖を起こす「探究型読書」のすすめ
- 読書は「略図的原型」で進む
- 読む力、問う力
- リンキングネットワークの拡張へ 関係の発見
- 言葉の網目と問いの網目
- 松岡正剛の読書風景
- 才能を引き出す場のダイナミズム「連れん」
- コラム 問いと本と対話を創発する一畳ライブラリー「ほんのれん」
- 第4章 Discovering 「問い」が結像する
- アンラーンの探索 世界の再解釈
- 「私」の源に会いに行く
- 物語の力
- 他にありえたかもしれない世界 内発する問い
- 「なぜなに変換」のススメ
- 途中からの参加者として
- 仮説で突破する 新たな文脈へ
- 「あてずっぽう」で突破する探究の論理学「アブダクション」
- アブダクティブ・ライティング(Abductive Writing)
- 第5章 「内発する問い」が世界を動かす
- 「問う」とはつまり何をしていることなのか
- まだ出現していない可能性へのアクセス
- 「問いのパラドックス」を超えて
- 暗黙知と創発知
- 世界像が変容する ベイトソンの「学習Ⅲ」へ
- まだ見ぬ世界への扉を開く
- 学びの相転移:ベイトソンの学習階型論
- 吉と出るか凶と出るか?! 「ダブルバインド」の威力
- 暴走する世界の中で
- 循環するフィードバック
- 流れに「句読点」を打つ問い
- 自己の時を刻む
- おわりに ――「問う人」として
- 参考文献
現代の問いープロンプティング
プロンプティングは付き合い方が少し難しい
プロンプティングとは、生成AIに指示・質問する「問い」(プロンプト)のやり方のことである。当然自然言語で行う。従って「国語力」と同値のような気もする。
だから最初の頃、「あなたは先生です」(ペルソナパターン)、「初心者に説明してください」(オーディエンス・ペルソナパターン)という条件を入れると有効だ、などと言われると、小馬鹿にされたようでとても胡散臭かった。
しかし、生成AIは、「ある記述」に引き続いて「どのような記述」が高い確率で継続するかということが基本的な構造であり、「ある記述」がプロンプトであるといわれると、そういうものかと、少し納得する。
だから格好いいプロンプトを考える前に、生成AIに有効と思われるパターンを知り、それを反復して経験的に有効なプロンプトをマスターするのが、望ましいプロンプト・エンジニアリングであろう。
それに加えて、生成AIは日々変化進展しているから、プロンプティング技法は新しい方がいいという面もある。
そういう観点から、当面、後記の「生成AIスキルとしての言語学 誰もが「AIと話す」時代におけるヒトとテクノロジーをつなぐ言葉の入門書:佐野大樹(2024年2月刊)」、「AI時代の質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AIの可能性を最大限に引き出す:岡 瑞起,橋本 康弘(2024年6月)」を基本書にしたい。ただ著者は学者のようだが、どこまで生成AIを使い込んでいるかはよくわからない。?とも思うのだが、英会話ができない英語学者もいるから、それでも構わないか。
要は私が、NotebookLMやGemini 1.5 pro with Deep Reseachを使い込むことで、プロンプティングをマスターすればいいのだ。
パターンを頭に入れるために、「AI時代の質問力」の第3章から第5章は、章の要約に変え、そこに記述されたプロンプティングのパターンを要約掲載しておく。
プロンプティングを学ぶ2書
書誌

要旨
本書は、生成AIとの対話能力が個人の生産性や創造性を大きく左右する時代において、言語学の知見が有効なスキルセットであることを提唱する。中心的な主張は、AIへの指示(プロンプト)を単なる命令文としてではなく、言語学的フレームワーク、特に選択体系機能言語学(SFL)を用いて体系的に設計することで、AIの潜在能力を最大限に引き出せるという点にある。
著者は、AIとのコミュニケーションが従来の形式言語(プログラミング等)から自然言語へと移行したことを歴史的転換点と捉える。これにより、ユーザーの「対話力」がAIの出力品質に直接影響を与えるようになった。本書では、この対話力を高める具体的方法論として「生成AIスキルとしての言語学」を提示する。
中核となるのは、プロンプトを構成する主要要素、すなわち状況設定(コンテクスト)、指示/質問の説明、様式の選択、例の提示を意図的に設計する技術である。特に、対話の背景となる「フィールド(何についてか)」「テナー(誰が関わるか)」「モード(言葉の役割は何か)」を明確に設定することで、AIを特定の目的や役割にカスタマイズできる。また、指示を「詳細化」「増補」「拡張」といった論理関係で補足することにより、AIの思考プロセスを誘導し、より複雑で的確な回答を生成させられる。
最終的に本書は、生成AIを単なる効率化ツールではなく、人間の知性を拡張する「共同作業者」と位置づける。言語学の知見を活用することで、ユーザーはAIとの対話をより深く、広く展開し、これまで到達できなかった質の高いアウトプットを生み出せる。これは専門家だけでなく、あらゆる層のユーザーがAIの恩恵を享受し、個人の能力格差を埋める可能性も秘めている。
1. 生成AIの基礎と人間との新たな関係
生成AIの定義と普及
生成AIは、テキスト、画像、音楽など多様なコンテンツを生成する人工知能の一種である。応用範囲は広く、日常業務(メール下書き、文書校正)、ビジネス(企画書作成、マーケティングコピー生成)、教育(英会話の相手)、医療(情報要約)など、多岐にわたる分野で急速に利用が拡大している。
従来の人工知能との決定的差異
生成AIと従来のAIには主に二つの大きな違いがある。
- 高度な生成能力: 従来のAIが特定タスク(画像認識など)に特化していたのに対し、生成AIは人間と同等レベルのテキストや画像を生成する能力を持つ。
- 自然言語による対話: 従来のAI操作には専門知識や形式言語(プログラミング言語など)が必要だったが、生成AIは日常言語で指示や質問を行える。これにより、専門家でなくても個人の目的や状況に合わせてAIを柔軟に利用できるようになった。
生成AIの仕組み
生成AIの能力の根幹にはトランスフォーマー(Transformer)という仕組みがある。これは、入力されたデータの要素(単語など)の位置関係と要素間の関連性を大量のデータから学習し、それに基づいて新しいテキストなどを生成する。
- パラメーター: 生成AIが言語を調整できる能力の規模を示す。料理の調味料の種類に例えられ、数が多いほど表現が豊かになるが、制御は複雑になる。
- ファインチューニング: 大量のデータで学習した後、特定のタスク(例:対話機能)の性能を高めるために行うパラメーターの微調整。カレーのレシピに特化してスパイスの配合を調整することに例えられる。
生成AIの利用目的
生成AIが「なぜ」生成するかは人間の目的や意図に依存する。主な用途は以下の三つに大別される。
- 情報やアイディアの理解: 複雑なトピックの要約や難解な文章の平易化など、情報理解を支援する。
- 情報やアイディアの表現: メールや報告書の下書き作成、ターゲット層に合わせた文章の編集など、表現活動を支援する。
- 考えを分析・整理する: 複数の立場からの意見を生成させ、多角的な視点から自身の考えを見直す壁打ち相手として活用する。
人間の新たな役割:共同作業者としてのAI
生成AIは自動でタスクを完了する機械ではなく、人間と共に何かを作り上げる共同作業者(パートナー)として位置づけられる。この共同作業において、人間には以下の四つの役割と責任が求められる。
- 目的設定: 何を、なぜ、誰のために生成するのかを決定し、AI使用の妥当性を判断する。
- AIの選定: 目的やタスクに合致した学習データや調整が施されたAIを選ぶ。
- 意図の伝達: 自身の目的や状況を正確にプロンプトとして言語化し、AIに伝える。
- 評価と修正: AIの生成した回答を吟味・精査し、事実確認や偏りのチェックを行い、必要に応じて修正する。
対話における注意点
生成AIとの対話は便利だが、以下の点に注意する必要がある。
- データプライバシーとセキュリティ: 入力情報の扱いを確認し、個人情報や機密情報の入力は避ける。
- ハルシネーション: AIが事実に基づかない情報を事実のように生成する現象。情報の真偽は必ず確認する。
- バイアスの拡散: 学習データに含まれる偏見をAIが引き継ぎ、偏った回答を生成する可能性がある。公開コンテンツには特に注意が必要。
2. 生成AI対話における言語学の役割
なぜ言語学が必要か
生成AI時代に言語学が重要となる理由は主に三つある。
- AIとのコミュニケーションが自然言語で行われるため。
- プロンプトの表現方法によってAIの引き出せる能力が大きく変わるため。
- 言語学の分析手法を用いてAIの回答を評価・改善できるため。
著者は言語理論を、暗闇の中の対象物を照らす「懐中電灯」に例える。言語学は曖昧な「言葉」を特定の視点から照らし、理解可能にするツールである。
選択体系機能言語学(SFL)との親和性
本書では、AIとの対話スキルを向上させる理論的基盤として、M. A. K. ハリデーが提唱した選択体系機能言語学(Systemic Functional Linguistics, SFL)を採用する。SFLは言語を「可能性」あるいは「選択肢の体系」として捉える。
例えば朝の挨拶には「おはようございます」「おはよう」「おは!」など複数の選択肢があり、その選択は相手との関係性や状況(コンテクスト)によって決まる。この「目的のためにどの言葉が選ばれるか」という視点は、AIが文脈に応じて次に来る単語を予測・生成する仕組みと親和性が高い。
言葉の三つのメタ機能
SFLでは、言語に内在する普遍的機能として以下の三つのメタ機能を提唱する。これらはAIとの対話を分析・設計する上で有力な視点となる。
- 経験を解釈する機能(観念構成メタ機能): 出来事や経験を特定の要素とその関係性として捉え、言語化する機能。
- 対人関係を築く機能(対人的メタ機能): 言葉の選択を通じて話し手と聞き手の関係を構築・維持・変化させる機能。敬語一つが文全体のトーンを決めるように影響を与える。
- 情報を整理しテキストを形成する機能(テキスト形成メタ機能): 情報や考えを一貫した会話や文章としてまとめる機能。重要な情報を際立たせる構造を持つ。
これらの機能は、(1)プロンプト設計、(2)AIの回答解釈、(3)AIと作成したものを他者に伝える際に考慮すべき要素を体系的に整理する枠組みを提供する。
3. 生成AIとの対話の構造と目的
プロンプトの構造分析
テキスト構造を分析するGSP(Generic Structure Potential)という手法を用いると、指示・質問系プロンプトの構造は次のようにモデル化できる。
(状況設定)・指示/質問の説明・(様式の選択) → (例の提示) → (入力値)
- 必須要素:
- 指示/質問の説明: AIに何をしてほしいかを伝える中核部分(例: 「剣道がうまくなる方法を教えて」)。
- 任意要素(オプショナル):
- 状況設定: 対話の背景(コンテクスト)を設定する(例: 「私は英語講師です」)。
- 様式の選択: 回答の形式を指定する(例: 「表形式でまとめてください」)。
- 例の提示: 期待する回答の具体例を示す。AIの出力を特定の方向に誘導するのに効果的。
- 入力値: AIに処理させたい具体的データ(文章、コードなど)を与える。
これらの要素を意図的に組み合わせることで、プロンプトの精度と効果を大幅に向上させられる。
4. 効果的なプロンプト設計のための言語学的テクニック
状況設定(コンテクスト)によるAIのカスタマイズ
プロンプトに状況設定を含めることは、AIを特定タスクに合わせてカスタマイズする上で重要である。SFLのコンテクスト理論に基づき、以下の三要素をAIに伝えることで出力を精密に制御できる。
| 要素 | 説明 | AIへの影響 |
|---|---|---|
| フィールド (Field) | 何が起きているか(トピック、出来事) | 回答の内容の具体性・関連性が向上する |
| テナー (Tenor) | 誰が関わっているか(役割、関係性、距離) | 回答の専門性・難易度・視点が調整される |
| モード (Mode) | 言葉の役割は何か(媒体、使用目的) | 回答の構成や形式が目的に合致する |
状況設定テンプレート:
# フィールド
[トピック・分野]について、[出来事・行為]することを想定しています。
# テナー
あなたは[生成AIの立場]、私は[対話者の立場]で、[関係性]の間柄にあると仮定します。
# モード
この[会話・文章]の目的は[言葉の使用目的]です。
指示/質問の補足による生成プロセスの誘導
指示や質問は、言語学の論理–意味関係を用いて補足することで、AIの回答生成プロセスを誘導できる。
- 詳細化 (Elaboration): 指示を言い換えたり明確化する。「具体的には〜を特定してください」のように、タスクを具体化してAIが何を実行すべきかを示す。
- 増補 (Enhancement): 指示に条件、手段、理由などを追加する。「もし〜の場合は〜してください」のように、条件分岐や実行方法を指定する。
- 拡張 (Extension): 指示に別の手順を追加する。「まず〜し、次に〜してください」のように、複数ステップの作業を順序立てて実行させる。
様式と例の提示による潜在能力の解放
- 様式の選択: 回答の文体(フォーマル/カジュアル)、形式(箇条書き/表)、媒体(ブログ記事/新聞)、ジャンル(物語/報告書)などを指定することで、AIの表現力と構成力を引き出せる。
- 例の提示(few-shotプロンプティング): 期待する出力の具体例を示すことで、抽象的な指示だけでは伝わらないニュアンスやフォーマットをAIに学習させられる。これにより回答の質が大きく向上する。
マルチターン対話の活用
一度のやり取りで終わらせず、複数回の対話(マルチターン)を続けることで、より高度なタスクが可能になる。
- 対話の発展: AIの回答に基づき、追加の指示や条件を与えて内容を深める。
- 対話のやり直し: プロンプトを修正してより良い回答を引き出す。
- 対話の前提準備: 本題に入る前に関連知識をAIに確認・要約させ、その知識を踏まえて指示を出すことで回答の精度を高める(ステップバック・プロンプティング)。
5. 生成AI対話の応用的活用
本書で解説したスキルを組み合わせることで、より高度で発展的なAI活用が可能になる。
評価表現の見直し
アプレイザル理論という言語学の分析手法を用いて、自分が書いた評価文(フィードバック、レビュー等)をAIに分析させられる。
- 評価が肯定的か否定的か
- 評価の対象は何か(製品か人か)
- 表現が直接的か間接的か
- どのような評価基準(感情、性質、影響など)に基づいているか
これらを客観的に把握することで、他者に伝える前により建設的で意図に沿った表現に修正できる。
否定的批判の建設的フィードバックへの言い換え
他者から受けた否定的批判をそのまま受け止めるのではなく、AIを使って建設的なアドバイスに再構築できる。言語学の「含意」の概念を応用し、「この批判が含意する(解決すべき)問題点は何か」と「その問題を解決するための具体的行動は何か」をAIに推測させる。これにより、感情的な批判を次へのアクションにつながる前向きなフィードバックへ転換できる。
6. 総括と展望
生成AIとの対話の本質
生成AIは専門家だけのツールではなく、誰もが利用できる「身近な話し相手」である。重要なのは、AIを代替手段と捉えるのではなく、「自分+生成AI」という形で自身の能力を拡張し、アウトプットの質を向上させるプラスのプロセスと考えることである。プロンプト設計自体が自己の思考を整理し、目的を明確化する重要なプロセスになる。
シェアードディスコースという新たな可能性
著者は、生成AIがもたらす未来像として「シェアードディスコース(Shared Discourse)」を提示する。ディスコースとは単なる文章だけでなく、それを取り巻く文化的・社会的背景(コンテクスト)を含む概念である。
生成AIは言語、文化、専門分野といった多様なディスコースを学習している。人間がAIと対話することは、このAIを媒介として普段はアクセスできない多様なディスコースと繋がり、それらを共有することを意味する。これにより個人は経験や知識を飛躍的に拡張でき、社会全体の知の共有と発展に貢献する可能性がある。このプロセスにおいて、どのディスコースと繋がるかを選び活用する人間の主体性が、これまで以上に重要になると結論付けている。
- ▼はじめに
- 第1章 生成AIとの対話における新しい言葉の役割
- ▼人工知能の進化:生成AIの誕生と普及
- 生成AIとは?
- ▼今までの人工知能とどう違う?
- 言葉で指示や質問をするだけで生成できる!?
- 生成AIは、どう生成する?
- 生成AIは、なぜ生成する?
- ▼人のパートナーとしての生成AI
- 生成AIと共同作業をする
- 生成AIとの創造における人の役割と責任
- ▼生成AIと人はどう話す?:言葉の新領域
- 形式言語から自然言語へ
- 一方通行のコミュニケーションから対話へ
- 生成AIとのコミュニケーションの基本
- ▼生成AIとのコミュニケーションと、人とのコミュニケーションってどう違う?
- 人同士のコミュニケーションの基本とは
- ペルソナ変身:生成AIは誰にでも何にでも!?
- 24時間いつでもどこでも
- 生成AIがまだ理解できない領域
- 目的にもとづく選択とパターンにもとづく選択
- ▼人の対話力に左右される!? 生成AIの能力と可能性
- 生成AIの能力と可能性
- 言葉の選択が及ぼす生成AIの能力への影響
- ▼生成AIと対話する責任って?
- 生成AIの対話者として知っておきたいこと
- 入力前に確認!:データプライバシーとセキュリティ
- 機械でも間違う!?:ハルシネーションって何?
- 偏見の拡散防止!
- 話して知ろう生成AI
- 第2章 言語学がなぜ必要?
- ▼生成AI時代になぜ言語学?
- 生成AIと言語学の交点
- 「ライト」としての言語学
- 生成AIとの対話スキルとしての言語学
- ▼言語学ってそもそも何?
- 言語学って?
- 言語学の対象って?
- 言語学における言葉の見方:構造主義と機能主義
- ▼選択肢として言語を考える
- 生成AIとの相性がいい言語理論なんてあるの?
- 言語を選択肢の体系と考えると何が見えてくる?
- 生成AIとの対話における言葉の選択
- ▼言語の3つの機能とは
- 人と人との対話における言葉の役割って?
- 経験を解釈する機能
- 対人関係を築く機能
- 情報・考えを整理して会話やテキストとして形成する機能
- 生成AIとの対話における言葉の機能
- ▼言語学の新しいフロンティア:生成AIコミュニケーション
- 生成AIとの対話の言語学的分析
- 生成AIが挑む言語学的な問題と限界
- 第3章 生成AIと話す目的は? 生成AIとの対話はどんな構造?
- ▼生成AIと対話する目的は?
- どんな種類の目的があるか?
- 情報やアイディアを理解する
- 情報やアイディアを表現する
- 考えを分析・整理する
- ▼生成AI対話の構造ってどんなもの?
- プロンプトの構造
- 指示/質問を説明する
- 状況を設定する
- 回答の様式を選択する
- 例を提示する
- 入力値(インプット)を与える
- 第4章 状況設定を伝えて生成AIをカスタマイズしよう
- ▼コンテクストとはそもそも何?
- コンテクストとは
- 背景としてのコンテクストと文脈としてのコンテクスト
- コンテクストによる対話の変容
- ▼言葉に影響を及ぼすコンテクストの選択肢
- コンテクストの種類と要素
- フィールドの選択が言葉に与える影響
- テナーの選択が言葉に与える影響
- モードの選択が言葉に与える影響
- ▼コンテクストを生成AIに伝える効果とは
- 生成AIにコンテクストを説明する方法
- フィールドの説明
- テナーの説明
- モードの説明
- ▼生成AIに状況設定を伝えるテクニック
- 状況設定による生成AIの知識・スキルのカスタマイズ
- 状況設定の伝え方
- 第5章 指示/質問の説明で生成AIを誘導する
- ▼指示や質問とは言語学的にどういうこと?
- 発話機能の選択肢としての指示/質問
- 指示/質問の説明で変わる生成AIの生成プロセス
- ▼指示/質問の仕方と補足の選択肢
- 指示や質問の仕方とは?
- 指示や質問を補足する選択肢
- ▼指示や質問の補足を生成AIに伝える効果
- 論理–意味関係を使った回答作成プロセスの誘導
- 詳細化による補足で、指示や質問を具体化
- 増補による補足で、指示や質問の条件を設定
- 拡張による補足で、複数の手順がある複雑な作業もOK
- 第6章 様式や具体例を伝えて、生成AIの底力をさらに引き出す!
- ▼生成AIの能力をさらに引き出そう
- 生成AIとさらに上手に話すためのテクニックとは?
- ▼様式の選択で生成AIの表現力・構成力を引き出す
- 言葉の様式の選択肢
- 文体・スタイルの選択肢
- 形式の選択肢
- 媒体の選択肢
- ジャンルの選択肢
- 様式の選択で引き出す表現力
- ▼例ってすごい:生成AIとの対話における例の力
- 例とは何?
- 生成AIに例で回答の仕方を教えよう
- ▼さらに発展!:対話を続けて引き出す生成AIの知識とスキル
- マルチターン(複数回のやりとり)での対話
- マルチターンでの対話の方向性
- 対話を発展させる
- 対話をやり直す
- 対話の前提準備
- 第7章 生成AIと評価や批判を見つめ直す
- ▼新しい用途の探求:広げよう活用スペクトラム
- 生成AIとの対話の発展的な活用例
- ▼生成AIとの対話で評価の表し方を見直す
- 評価の表し方
- 言語学における評価の分析
- ▼生成AIとの対話で批判を建設的なフィードバックに言い換える
- 言い換えの力
- 言語学における言い換え
- ネガティブ批判を建設的思考に再構築する
- 第8章 生成AIによってさまざまな「壁」が溶けていく
- ▼総括:生成AIスキルとしての言語学
- 10分でまとめ:生成AIとの対話テクニック
- ▼対話の深層へ
- 生成AIは、専門家ツールではなく、身近な話し相手
- 気をつけること、お勧めの使い方、学習の場の必要性
- 対話相手としての生成AI
- 質問をする、指示をするということ
- 100のあたりまえから、1つのダイヤモンドを作る
- 生成AIは「上位層」用のツールではありません
- 新しい選択肢:個、生成AI、社会、シェアードディスコースという考え
- ▼参考文献
書誌

第1章 大規模言語モデルの登場
第1章では、ChatGPTの登場が社会現象になったことが述べられています。従来のAI技術は専門家が構築するものでしたが、ChatGPTはプロンプトと呼ばれる自然言語の指示によって誰でも容易に利用できる点が画期的でした。ChatGPTはリリース後わずか5日で100万人のユーザーを獲得し、数ヶ月で世界的な話題となりました。
ChatGPTを支える技術として「トランスフォーマー」と「自己教師あり学習」の二つが挙げられます。トランスフォーマーは多層ネットワークで複雑なパターンを捉えるディープラーニング技術で、自己教師あり学習は既存文章から自動的に予測問題を作成し、答え合わせを通じて自己学習を進める手法です。
トランスフォーマーは文章の文脈や構造を捉え、単語間の関係性を学習して豊かな文の解釈を可能にします。自己教師あり学習では穴埋め問題を通じて文脈、構造、つながり、背景知識などを学習し、大量のテキストを教師データとして活用することで、人間が教師データを用意する手間を省きます。
ChatGPTはこれらの技術を基に対話に特化して学習しており、質問への適切な答え方を学んだり、人間からのフィードバックで改善を重ねることで、より自然な会話を実現しています。また教育現場でのAI活用例を挙げ、教師の仕事のうち情報提供や生徒の疑問に答えるタスクはAIで代替可能になるかもしれないと述べています。
AIの能力を引き出す「質問力」を高めることが、AIとの連携を円滑にし、人間には難しかった成果を得ることにつながるとされています。
第2章 プロンプトエンジニアリング
第2章ではプロンプトエンジニアリングの重要性と、大規模言語モデルを使いこなすための基礎知識が解説されています。プロンプトとは人間がコンピュータに与える自然言語で書かれた指示書であり、大規模言語モデルに仕事を依頼する際の「頼み方」です。プロンプトを工夫することで、モデルからより適切な応答を引き出せます。
大規模言語モデルは穴埋め問題の延長として後続する単語を順次選択し文章を生成する仕組みを持っています。したがって、プロンプトにどのようなパターンが含まれているかを意識し、訓練データ中でそのパターンがどのように使われていたかを想像することが重要です。
プロンプトを書く際は具体的かつ詳細に記述することが推奨されます。焦点が曖昧だと出力も曖昧になるため、指示を具体化することでニーズに合ったカスタマイズされた回答を得られます。
大規模言語モデルは高度な推論能力を持つ一方で、簡単な四則演算を誤るなど「ハルシネーション」と呼ばれる現象を起こすことがあります。ただし、適切なプロンプトを使うことでこの現象をある程度抑制できます。
モデルはプロンプトに応じて内部状態を調整し、動的に出力を変化させます。この「文脈内学習」と呼ばれる振る舞いにより、モデルは与えられた文脈やタスクに応じて異なる表現を生成し、問題の解釈や解決方法を変えていきます。
第3章 プロンプトパターン
3-1 ペルソナパターン
ペルソナパターンはモデルに特定の人物やキャラクターのように振る舞わせるプロンプト技術です。実在の人物だけでなく、アニメキャラクターや動物などの架空の存在もペルソナとして設定できます。たとえば「哲学者のように振る舞ってください」と指示すると、哲学的観点から回答を生成します。ペルソナを使い分けることで特定の視点や知識に基づいた回答を引き出せ、応答に個性を与えより人間らしい対話を実現する強力な手段です。
3-2 オーディエンス・ペルソナパターン
オーディエンス・ペルソナパターンは、特定の対象(オーディエンス)に合わせた回答を生成するプロンプト技術です。これは単に指示を与えるのではなく、「目の前の人々に向けた会話の方向性」をモデルに示します。例えば、コンピュータサイエンスの知識がない人に説明する場合と専門家に説明する場合で異なる回答を生成します。対象に最適化された情報提供に有効です。
3-3 質問精緻化パターン
質問精緻化パターンは、質問をより厳密で詳細にすることで適切な答えを得るための手法です。質問が曖昧だと結果も曖昧になるため、具体性を持たせることが重要です。質問精緻化パターンを利用すると、モデルが質問ごとに改善案を提案してくれます。改善された質問を見ることで元の質問に何が欠けていたかを振り返る視点が得られます。このパターンはペルソナパターンやオーディエンス・ペルソナパターンと組み合わせてコンテキストを与えると効果的です。形式の例:入力プロンプト「私が質問をしたときは、常に改善した質問を提案してください。」この後に与えた質問はより詳細な質問に言い直されます。改善案が意図と異なる場合は、元の質問に複数の解釈があり、追加のコンテキストが必要であることを示唆します。
3-4 認識検証パターン
認識検証パターンは、モデルが質問を受けた際にまず質問を細分化し、追加情報や詳細をユーザーに求めることで質の高い推論を可能にする技術です。問題解決における「分割統治」戦略を応用し、多角的な視点から情報を統合して詳細かつ正確な回答を導きます。
3-5 反転インタラクションパターン
反転インタラクションパターンは、モデルがユーザーに質問を投げかけることで問題解決に必要な情報や手順を明確にするアプローチです。例えば実験がうまくいかない場合に「何を目的とした実験か?」「どの部分がうまくいっていないか?」とモデルから問うことで、ユーザーは自身の研究や実験をより深く考え、問題点や改善策を見出せます。
3-6 少数ショットパターン
少数ショットパターンは、詳細な指示を書く代わりに例を与えてタスクを伝える手法です。たとえば記事のタイトルからカテゴリを特定するタスクで、複数の入力と出力のペアを示すことでモデルはパターンを学習し、新しい入力に対して適切なカテゴリを予測します。コンテキスト理解に基づいてタスクを実行させるための有力な手段です。
第4章 トリガープロンプトの威力
4-1 Chain-of-Thoughtパターン
Chain-of-Thought(CoT)パターンは、モデルに解答に至る推論ステップを説明させることで最終答の精度を向上させる手法です。CoTは、質問とそれに至る思考過程を含む例を少数ショットで与え、最後に本当に聞きたい質問を提示する形式を取ります。これによりモデルは問題をステップごとに分解し論理的推論を経て解決策を導きます。また「ステップバイステップで考えよう」というトリガープロンプトを加えるだけでCoTと同様の効果を得る「ゼロショットCoT」もあります。
4-2 Chain-of-Verificationパターン
Chain-of-Verification(CoVe)パターンは、CoTが生むハルシネーション(もっともらしい誤情報)を抑えるための手法です。CoVeは、まず初期回答を生成し、その回答に含まれる事実について検証質問を生成し、それらに回答し、検証結果を踏まえて最終回答を生成するという四段階で構成されます。このプロセスによりモデルは自己検証し誤りを訂正して、より正確な情報を提供できます。
4-3 ステップバックプロンプトパターン
ステップバックプロンプトパターンは、質問に直接答えるのではなく、まず質問の背景にある知識を明らかにするための「ステップバック質問」を生成し、それに答えることでより正確な回答を導く手法です。これによりモデルの知識ギャップを埋め、深い理解に基づく推論が可能になります。
4-4 メタ認知的プロンプトパターン
メタ認知的プロンプトパターンは、モデルの出力を再処理することでより質の高い推論結果を得る手法です。モデル自身の思考過程を内省・改善させることを促し、再帰的な処理を行う点が特徴です。
第5章 発展的な技術
5-1 自己一貫性パターン
自己一貫性(Self-consistency)パターンは、CoTの推論能力を改善するため、単一モデルから複数の回答を生成し多数決で最終回答を選ぶ手法です。多様な推論過程を考慮することで出力の質を高めることができます。
5-2 ReActパターン
ReActパターンは「Reason(推論)+Act(行動)」を意味し、推論と外部での行動(例:ウェブアクセス)を組み合わせて必要な情報探索を同時に行う手法です。ReActではAPIなどを介して外部情報にアクセスする点が重要で、モデルの推論能力を拡張するために不可欠です。
5-3 RAG(検索拡張生成)
RAG(Retrieval Augmented Generation)は情報検索(Retrieval)とテキスト生成(Generation)を組み合わせたアプローチで、モデルの外部に記憶機構を持たせて活用する方法です。ドメイン固有の知識データベースを外部に置くことで、事前学習の限界を超えた知識を提供します。
5-4 LLM-as-Agent
LLM-as-Agentは、大規模言語モデルを自律的かつ創造的に振る舞うAIエージェントとして実装する技術です。実現にはエージェント固有の知識や経験、行動の背景となる記憶を保持する仕組みと、内省によって行動を洗練するメタ認知的仕組みが必要です。Reflexion、心の理論に基づくAIエージェント、マルチエージェントAIモデルなどが例として挙げられます。
第6章 AIエージェントと社会
第6章ではAIエージェントの自律性と社会性について考察しています。自律性とは外部の指示や制御なしに自己の意志や決定で行動できる能力を指し、自律性を持つAIエージェントは人間の代理として様々なタスクを遂行する可能性があります。
大規模言語モデルは多様なリソースから収集したテキストから道徳や慣習を含む規範を学習します。しかしAIエージェントは現実世界へのコミットメント(責任ある関わり)を持たないため、その振る舞いは人間にとって「異質(エイリアン)」に見える可能性があります。
高い自律性を持つエージェントは、人間のように生成内容を実際に理解しているわけではありません。このギャップを埋めるには、意味理解、タスクの分節化、言語化といった要素をエージェントに組み込む必要があります。
AIエージェントの社会浸透に伴いエコーチェンバー化などの問題が深刻化する可能性が指摘されますが、適切に配置されたエージェントは社会全体のパフォーマンスを向上させる可能性もあります。
AIエージェントは生命体に似た自律的システムとして、与えられた環境への適応や単なるパターンマッチングを超えたオープンエンドな創造性を発揮するかもしれません。AGI(汎用人工知能)やASI(人工超知能)の実現を見据えつつ、人間とAIが共生する未来について考察が展開されています。
- はじめに
- 第1章 大規模言語モデルの登場
- 1-1 社会現象となったChatGPT
- 1-2 AIによって仕事はどう変わるのか
- 1-3 AIとの共存の必要性
- 第2章 プロンプトエンジニアリング
- 2-1 プロンプトとは
- 2-2 プロンプトを書くときに気をつけるべきこと
- 2-3 大規模言語モデルを飼いならす
- 第3章 プロンプトパターン
- 3-1 ペルソナパターン
- 3-2 オーディエンス・ペルソナパターン
- 3-3 質問精緻化パターン
- 3-4 認識検証パターン
- 3-5 反転インタラクションパターン
- 3-6 少数ショットパターン
- 第4章 トリガープロンプトの威力
- 4-1 Chain-of-Thoughtパターン
- 4-2 Chain-of-Verificationパターン
- 4-3 ステップバックプロンプトパターン
- 4-4 メタ認知的プロンプトパターン
- 第5章 発展的な技術
- 5-1 自己一貫性パターン
- 5-2 ReActパターン
- 5-3 RAG(検索拡張生成)
- 5-4 LLM-as-Agent
- 第6章 AIエージェントと社会
- 6-1 AIエージェントの自律性
- 6-2 AIエージェントの社会性
- 6-3 新しい情報生態系
- おわりに
