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組織論の名著30_を読む

目次

組織論の名著30_への道標

書誌_組織論の名著30:高尾義明

短い紹介と大目次

短い紹介

本書は、組織論の古典から現代の動向までを網羅した30冊の名著を紹介し、組織という学問体系を深く理解するための道筋を示している。組織論は、社会学、心理学、経済学など学際的な性質を持ちながら、特に企業組織の研究を通じて発展してきたと位置づけられている。紹介されている著作は、チェスター・バーナードの『経営者の役割』に始まる古典的な枠組みから、マックス・ウェーバーの官僚制論といった源流、ハーバート・サイモンらの「合理性の限界」に基づく意思決定理論、そして組織デザインやイノベーションに関する現代的な課題まで、広範なテーマをカバーしている。本書は、時代順とテーマ別のアプローチを組み合わせ、読者が組織の基本原理を学び、現場で活用できる知見を得ることを目的としている。

大目次

  • はじめに
  • 第1章 組織論の古典
  • 第2章 近代と組織
  • 第3章 合理的システムとしての組織
  • 第4章 創発的システムとしての組織
  • 第5章 組織におけるプロセスと人
  • 第6章 現実への適用
  • 第7章 組織の変革とイノベーション
  • あとがき

一口コメント

要約と詳細目次

組織論の名著30選:詳細解説レポート

0. はじめに:組織論の学際的性質と歴史的背景

本稿は、組織という複雑な現象を理解するための指針として、組織論における重要な名著30冊を詳細に解説するものである。組織論は、多様な「組織」を研究対象とする学際的な知識体系であり、その対象の広さゆえに社会学、心理学、経済学など複数の学問分野が独自のアプローチで組織を分析し、その発展に寄与してきた。特に企業を主な対象とする経営学において組織論は著しく発展しており、本稿で紹介する知見は行政組織や非営利組織などにも応用可能な普遍性を持つ。

組織論が体系化され始めたのは20世紀以降である。組織自体は古くから存在し、政治的・軍事的組織が歴史に大きな影響を与えてきたが、組織そのものに焦点を当てた体系的な研究は近代社会の成立とともに進展した。背景にはアメリカを中心とした大企業の台頭や行政官僚制の合理化といった社会構造の変化がある。組織が大規模化・複雑化するにつれて、その編成やマネジメントへの関心が高まり、組織一般を論じる学問としての組織論が形成されていった。

本稿で取り上げる名著は、次の三つの基準で選定している。

  1. 真の名著:たとえばチェスター・バーナード『経営者の役割』のように時代を超えて読み継がれ、組織に関する深い洞察を与え続ける著作。
  2. 重要な論点を提示した研究者の著書:組織論の発展において画期的な視点や概念を提示した研究。
  3. 研究領域の概観に役立つもの:特定分野の知見を体系的に理解するうえで有用な著作。

分析は全7章で構成し、組織論の発展をおおむね時系列に沿って概観する。第1章では現代組織論の源流となった「古典」を扱い、第2章ではそれら古典が登場した「近代」という社会的背景を掘り下げる。第3章から第5章にかけては、組織を「合理的システム」「創発的システム」「プロセスと人」という多面的な視座から捉えるアプローチを考察する。第6章と第7章は応用編として、組織論の知見を現実に適用する試みや、現代的課題である「組織変革とイノベーション」に関する著作を取り上げる。読者は関心に応じて読み進めることで、組織に関する知見を深め、実践に活かすための羅針盤を得られるだろう。


第1章 組織論の古典

我々の分析は、現代の組織研究の礎を築いた4冊の古典から始まる。これらは単なる歴史的遺産ではなく、現代組織論の基本的な枠組みを規定した知的源流である。実務家であったバーナードの『経営者の役割』に始まり、サイモンの「合理性の限界」を鍵概念とする『経営行動』、マーチとサイモンによる『オーガニゼーションズ』、そしてサイアートとマーチの『企業の行動理論』へと続く系譜は、組織を科学的に探求する出発点として今なお重要な示唆を与えている。

1.1. チェスター・バーナード『経営者の役割』

本書は組織論の確立を可能にし、経営学の中核と位置づけられる出発点となった記念碑的著作である。その影響は「バーナード革命」と称されるほど大きく、特にハーバート・サイモンやカーネギー学派に与えた影響は計り知れない。サイモン自身も自伝で本書から受けた衝撃を語り、『経営行動』の草稿をバーナードに送り助言を得たという逸話は、両者の知的連続性を象徴している。

バーナードが長年電話会社の社長という実務家であったことは、本書の価値を理解する上で重要である。本書は彼の実践的経験と観察、深い思索から生まれた「組織感」を体系化したものであり、機械論的・純粋にトップダウン的な理論モデルからの離脱を示した。この視座は後の理論や現代のリーダーシップ論にも通底する深い洞察を含んでいる。

組織存続の核心:「有効性」と「能率」

本書の中心概念は、組織が存続するための要件としての「有効性」と「能率」である。

  • 有効性 (Effectiveness):組織が掲げる協働目的の達成度合い。目的が達成される見込みがなければ組織は存続しない。
  • 能率 (Efficiency):参加者が貢献を通じて動機を満たされる度合い。本書における能率は個人の満足度に近い概念である。

例えば企業では利益が得られても、従業員が報酬や満足を得られなければ協働意欲を失い、組織は存続の危機に陥る。バーナードは両者の維持とその両立の難しさを説いた。

組織の成立条件:三つの基本要素

組織成立の基本条件として次の三要素を挙げた。

  1. 共通目的 (Common Purpose):協働を方向づける目的の存在。
  2. 協働意欲 (Willingness to Cooperate):参加者が貢献しようとする意思。
  3. コミュニケーション (Communication):個々の働きを調整し、組織を成り立たせる基盤。

バーナードは特にコミュニケーションを重視し、「権威の受容理論」を提唱した。権威は上から下への一方的な流れではなく、命令が理解され、組織目的と矛盾せず、個人の利害と両立可能と判断されたときに成立すると論じた。また公式構造だけでなく非公式なコミュニケーションや人間関係の管理が組織運営に重要であることも強調している。

本書は読むたびに新たな発見がある名著であり、その理論は後のセンスメーキング理論や現代のリーダーシップ論にも通底する洞察を含んでいる。

1.2. ハーバート・サイモン『経営行動』

ハーバート・サイモンは政治学、経営学、心理学、コンピュータ科学を横断する知の巨人であり、人工知能の発展にも貢献しチューリング賞を受賞している。組織論における彼の最大の功績は『経営行動』で意思決定プロセスを分析の中心に据え、研究の方向性を決定づけたことである。

核心概念:「合理性の限界(制約された合理性)」

本書の核心は「合理性の限界(Bounded Rationality)」である。サイモンは理想的な「客観的合理性」を対置しつつ、現実の人間は選択肢や結果をすべて把握できず、評価基準を完全に定められないと論じた。人間の知識は断片的で認知能力にも限界があり、これが意思決定の本質的前提である。興味深いことに「制約された合理性」や「満足化(satisficing)」という用語は初版本文には登場せず、後の著作でより展開される。

組織の役割:「決定環境の構築」

サイモンは、組織は個人の不完全な合理性を補い、より高いレベルの合理性を達成するメカニズムだと再定義した。組織は手続きや標準業務、権限階層、コミュニケーションや訓練などを通じて個人の意思決定を導く「決定環境」を構築する。サイモンは「合理的な個人とは、組織され制度化された個人である」と述べ、組織の存在意義を鮮やかに描き出した。『経営行動』は1978年のノーベル経済学賞受賞の直接的理由となり、現代組織論の理論的基盤を形成する不朽の功績である。

1.3. ジェームズ・マーチ&ハーバート・サイモン『オーガニゼーションズ』

本書は組織論の代表的名著でありつつ難解でもある。理由は、当時各分野で個別に進められていた組織研究の知見を集約し、経験的に検証可能な命題として記述することで組織の「科学」の確立を目指した壮大な試みであったからだ。

三つの人間行動モデル

組織メンバーに関する三つの行動モデルを提示した。

  1. 受動的器械としてのモデル:科学的管理法などに見られる、経済的インセンティブに反応する人間観。
  2. 態度・価値・目的を持ち込むモデル:人間関係論が前提とする、感情や社会的動機を重視する人間観。
  3. 合理性が制約された意思決定者・問題解決者としてのモデル:サイモンのモデル。

マーチとサイモンは第三のモデルを基盤としつつ、他の二つを否定せず異なる側面を併存させる統合的視点を示した。

満足基準の意思決定と「プログラム」

合理性の限界を前提に「満足基準の意思決定」を明確に打ち出した。これは最適を目指すのではなく、「一定の水準を満たす選択肢が見つかればそれでよしとする」意思決定モデルである。満足基準の意思決定で活用される「プログラム」とは、習慣、慣行、マニュアル化された手続きなど、過去の経験から学習された反応パターンを指す。組織は特定の刺激に対して適切なプログラムを呼び出すことで認知的コストを減らして対応する。

プログラムの革新としての学習

環境変化により既存のプログラムで対応できなくなれば、組織は「学習」つまりプログラムの革新に乗り出す。革新は既存プログラムの実行結果が「要求水準」を満たさなくなったときに始まり、要求水準と達成水準の乖離が探索や開発を促す。本書の伝統は組織学習論や現代のイノベーション論に脈々と受け継がれている。

1.4. リチャード・サイアート&ジェームズ・マーチ『企業の行動理論』

本書はカーネギー学派の重要な成果であり、『経営行動』や『オーガニゼーションズ』と並ぶ被引用数を誇る名著であるが、日本では他の二冊ほど知名度が高くない。理由として経済学との接点を強く意識した内容や邦訳の入手難が考えられる。

本書の狙いは、伝統的経済学が企業を単一で完全合理的な意思決定主体とする点に異議を唱え、行動科学に基づく現実的な企業行動理論を提示することであった。

連合体としての組織

本書の中心概念は「連合体としての組織」である。企業は従業員、株主、顧客、供給者など多様な参加者の集まりであり、それぞれ異なる利害や要求を持つため、企業目標は複数でコンフリクトを内包する。どの目標が重視されるかは参加者間の交渉過程で決まる。

企業の意思決定を特徴づける4つの概念

企業の意思決定は以下の概念で特徴づけられる。

  1. コンフリクトの準解決 (Quasi-resolution of conflict):重大にならない程度に部分的に解決する。
  2. 不確実性の回避 (Uncertainty avoidance):短期的フィードバックに反応しその場で対処する。
  3. 問題解決志向の探索 (Problemistic search):問題が発生して初めて探索が始まる。
  4. 組織学習 (Organizational learning):問題解決の経験を通じて目標水準や探索方法を学習する。

本書は多くの示唆に富み、後の経営戦略論や組織論に大きな影響を与え続けている。


これら古典が形成した知的基盤の上に、現代の組織の成り立ちを問う議論が展開される。次章では近代社会という文脈の中で組織がどのように位置づけられてきたかを探求する。

第2章 近代と組織

第1章で取り上げた古典が生まれた背景には、近代社会で組織が生活や経済活動に決定的影響を持つようになった歴史的経緯がある。本章ではこの社会的変化と関連づけながら、現代の組織がいかに形成されたかを示す4冊を扱う。ウェーバーの官僚制論、テイラーの科学的管理法、ドラッカーの大企業論などを通じて、現代組織の原型と思想的基盤を探る。

2.1. マックス・ウェーバー『支配について』

ウェーバーの官僚制論はバーナードと並ぶ現代組織論の「もう一つの源流」である。彼の関心は組織論の構築自体ではなくヨーロッパ近代社会の成立過程にあったが、官僚制論は近代社会を特徴づける「合法的支配」を論じる上で重要な構成要素となった。

官僚制組織モデルの5つの特徴

ウェーバーの官僚制モデルは次の特徴に要約される。

  1. 規則による権限の規定:各役職の権限は規則で明確に定められる。
  2. 階層構造 (ヒエラルキー):明確な上下関係を持つ。
  3. 専門性:専門訓練を受けた職員が職務を遂行する。
  4. 公私の分離:職務と担当者個人は分離される。
  5. 文書主義:職務遂行は記録を残す文書で行われる。

これらは行政組織のみならず現代の多くの大規模組織に共通するモデルである。

ウェーバー官僚制論の理論的展開

この理念型モデルは後の組織論で以下の潮流を生んだ。

  • 官僚制の逆機能論:ロバート・マートンは規則遵守が目的化して柔軟性を失う「訓練された無能力」などの逆機能を指摘した。
  • 組織構造研究とコンティンジェンシー理論:官僚制の諸特徴を次元化し、環境の不確実性に応じて最適な構造が異なることを示した。
  • 新制度派組織論:官僚制が機能的合理性だけでなく社会的に「正当な」組織形態として普及・維持されるという視座を提供した。

ウェーバーの官僚制論は肯定・批判・再解釈を通じて組織論の根幹に影響を与え続けている。

2.2. 佐藤俊樹『近代・組織・資本主義』

なぜ現代は「組織の時代」と呼ばれるのか。多くの論考が量的側面で説明するのに対し、本書は「質的」な変化、すなわち組織に関する意味論的形式が近代以前と近代で根本的に変化したと主張する。

近代組織の3つの要件

ウェーバーを土台に、近代組織を特徴づける要件を整理する。

  1. 規則による運営:制定された規則に従って運営される。
  2. 組織と個人の分離:組織は参加する個人と原理的に分離される。
  3. 組織固有の効率性基準:組織のパフォーマンスは独自の効率性基準で評価される。

これらは近代以前の王や皇帝に一体化した組織と対照的である。

「組織と個人の分離」の起源

本書の白眉は「組織と個人の分離」がウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の再解釈を通じて説明される点にある。著者は「経営体の合理性」と「個人の欲望充足の合理性」の分離にその起源を見出す。プロテスタント倫理の下で、財産は神から委託された管理対象とされ、経営者は神の栄光のために財産を増やす役割を担う。この構造が参加者が組織の合理性に従う近代的関係の原型を作ったと論じる。

本書は近代組織が歴史的に特異であることを起源に遡って明らかにし、組織論に大きな貢献を果たしている。

2.3. フレデリック・テイラー『科学的管理法』

テイラーは「経営学の父」と呼ばれ、労働の科学的分析や計画と実行の分離といった概念は現代の組織マネジメントの前提となっている。批判も多いが、その影響は大きい。

核心的課題:「組織的怠業」

テイラーが解決しようとしたのは工場での「組織的怠業」、すなわち労働者による意図的な生産量抑制である。出来高給と賃率の引き下げを避けるために労働者が生産量を抑えるという悪循環が背景にあった。

科学的手法による解決

この悪循環を断つためにテイラーは時間研究・動作研究に基づき標準作業量を設定し、プロセスの標準化を徹底した。これにより労使の対立を和らげ、生産性向上による利益を双方にもたらす労使協調を目指した。

科学的管理法の4つの原理

  1. 経験則に代わる科学的な作業方法をマネジャーが開発する。
  2. 科学的基準で労働者を選抜・訓練・育成する。
  3. 科学的原則が守られるようマネジャーと労働者が協力する。
  4. 計画と執行の分離:計画はマネジャー、執行は労働者が担う。

特に「計画と執行の分離」は後の組織マネジメントに決定的な影響を与えたが、執行部門の意欲低下という新たな問題を生み、人間関係論やモチベーション研究の契機となった。テイラーの理論は現代組織論の基盤として不可欠である。

2.4. ピーター・ドラッカー『企業とは何か』

本書はGMの内部調査を基に執筆されたが、ドラッカーの真の関心は大企業の社会的役割を問うことにあった。全体主義への対抗という政治的動機から、大企業が自由社会でいかに機能すべきかを考察した。

ドラッカーは企業を次の三側面から考察した。

  1. 事業体としての存続:利益を上げ、財・サービスを生産し続ける経済的存在。
  2. 社会的信条の実現への貢献:機会の平等や個人の尊厳を実現する場。
  3. 利潤追求と社会の安定の両立:企業の利益と社会の安定を両立させる存在。

事業体としてのGM:分権制の成功

ドラッカーはGMの強さを「分権制」の成功に見出した。各事業部に独立性と責任を与えつつ本社が一体性を保つバランスを実現した。双方向の情報フローと客観的な業績評価制度がそれを支え、分権制は大企業の組織問題を解決し得る有力な方法だと評価した。

GM経営陣の拒絶

本書はベストセラーとなったが、GM経営陣は無視した。ドラッカーは対立の要因を政策や従業員関係、社会的責任に関する基本的前提の相違に求めた。この対立は後の経営史研究の一因にもなった。ドラッカーの問いかけは企業の存在意義を問うもので、その射程は現代でも色褪せていない。


近代社会における組織の成立と思想的基盤を確認した。次に、組織を目標達成のための「合理的システム」として設計する知見に焦点を移す。

第3章 合理的システムとしての組織

組織図が示すように、組織とは目標達成のために設計された「分業」と「調整」の仕組みである。これをいかに合理的に組み立てるかが成果を左右する。本章では、組織を合理的に作るための知見を提供した4冊を取り上げる。組織デザインの基本原則、戦略と構造の関係、環境不確実性への対処法、そして「市場か組織か」という根源的問いを扱う。

3.1. 沼上幹『組織デザイン』

本書は入門書でありながら組織を合理的にデザインする知見が凝縮されたロングセラーである。実践的視点から組織デザインの原理を明快に解説し、組織運営に関わる者にとって参照価値の高い一冊である。

組織デザインの基本要素:「分業」と「調整」

組織デザインを「分業」と「調整」の組み合わせとして捉え、「調整」を事前の調整(標準化)と事後の調整(ヒエラルキー)に分けて整理した点が特徴的である。

「標準化」の多様な形態

標準化は単なる作業マニュアル(プロセス標準化)にとどまらない。投入される労働力の質を標準化するインプットの標準化や、目標や評価基準を明確にするアウトプットの標準化も重要であると説く。

唯一最善はない:コンティンジェンシー的アプローチ

本書は唯一最善の組織デザインはなく、状況に応じて最適なデザインを選ぶコンティンジェンシー的アプローチを採る。判断の際に重要なポイントとして「例外発生の頻度」と「調整の複雑さ(相互依存の程度)」を挙げ、現実に合わせて折衷的に適用することの重要性を説く。

3.2. アルフレッド・チャンドラー『組織は戦略に従う』

「事業部制組織」が事業戦略の変化に伴って生まれた組織イノベーションであることを比較経営史で示したのが本書である。デュポン、GMなどの事例から、戦略がいかにして組織構造を生み出したかを描く。

事業部制組織の誕生:デュポンの事例

デュポン社の事例は、製品多角化という戦略が既存の職能別組織では管理できず、自律的事業部と総合本社からなる新組織へ再編された過程を示す。これは組織イノベーションの典型例である。

命題「組織は戦略に従う」の真意

「Structure Follows Strategy」は単なる時系列ではなく、戦略が変われば組織も適応して変わるべきだという規範的メッセージである。チャンドラーは戦略と組織構造の共依存関係を体系化し、現代の戦略経営論に不動の基礎を与えた。

3.3. ジェームズ・トンプソン『行為する組織』

本書は組織を静的構造ではなく、環境の不確実性に対応し続ける動的存在として捉えた独創的試みである。オープンシステム観とクローズドシステム観を統合した点で大きな貢献をした。

オープン/クローズドシステム観の統合

トンプソンは組織がテクニカル・コアを環境の不確実性から遮断しようとすると論じ、サイモンの「決定環境」構築と共鳴する視点を提示した。

環境への対処戦略

組織は在庫(緩衝化)や需要平準化、代替手段の確保、契約や取り込み(co-optation)などで自律性を維持しようとする。この議論は資源依存理論の源流となった。

テクノロジーと組織構造

テクノロジーの性質によって部門間の相互依存形態が決まり、最適な調整方法と組織構造が規定されると論じ、コンティンジェンシー理論を精緻化した。

3.4. オリバー・ウィリアムソン『市場と企業組織』

ある活動を市場で行うか企業内で行うかの「make or buy問題」に、取引コスト理論で答えを提示した。ウィリアムソンはこの功績で2009年にノーベル経済学賞を受賞した。

取引コスト理論の原点と発展

コースの「企業の本質」を起点に、ウィリアムソンは「合理性の限界」と「機会主義」、および「環境の不確実性」と「資産特殊性」を次元として設定した。資産特殊性は特定取引にしか価値を持たない投資を指す。

ホールドアップ問題と組織による解決

資産特殊性が高い取引ではホールドアップ問題が生じやすい。GMとフィッシャーボディ社の事例では、GMはフィッシャー社を買収して内部化することで問題を解決した。資産特殊性と機会主義のリスクが大きい場合、命令で調整できる企業組織による内部化が効率的となる。この理論はM&Aやアウトソーシングなどの現象を説明する強力なフレームワークである。


合理的システムとしての設計が重要である一方、組織は設計図通りに動く機械ではない。次章では非公式な人間関係や文化など、組織の「創発的システム」的側面を扱う。

第4章 創発的システムとしての組織

第3章で組織を合理的に設計するテーマを扱ったが、設計図通りに動くわけではない。非公式に自然発生する側面が存在する。本章では非公式の人間関係、社会的力学、組織文化といった創発的側面に焦点を当てる。まずホーソン研究の知見をまとめた著作から見ていく。

13. フリッツ・レスリスバーガー『経営と勤労意欲』──ホーソン研究がもたらした影響

本書はホーソン研究の知見を実務家向けに解説した一冊である。ホーソン研究は1920〜30年代にウェスタン・エレクトリック社の工場で行われ、当初の目的とは異なる形で職場における「人間」の重要性を浮き彫りにし、組織論の焦点を転換させた。

主要な実験とその意外な結果

ホーソン研究は複数段階で行われた。

  1. 照明実験:照度と生産性の関係を調べたが一貫した関係は見出されず、物理的条件以外の要因を探る契機となった。
  2. リレー組立実験:賃金体系や休憩時間などを変えた長期実験でも物理的・経済的条件と生産性の直接的関係は見られず、生産性は上昇傾向を示した。
  3. 面接調査:約2万人の従業員への面接で心理的・社会的側面が勤労意欲に大きな影響を与えていることが明らかになった。
  4. バンク配線作業観察:非公式な規範(「働きすぎるな」「怠けすぎるな」など)が存在し、インフォーマル・グループが生産量を自主的にコントロールしていた。

「人間関係論」の誕生と功罪

ホーソン研究はテイラーの科学的管理法が重視する能率論だけでは説明できないことを示し、感情や人間関係の重要性を明らかにした。これにより「人間関係論」が成立した。

しかし後世、多くの批判も出た。ホーソン効果の解釈や研究者のバイアス、経済的動機や排除の問題が無視された点などが指摘された。現在ではホーソン研究は一種の「神話」として扱われることもあるが、職場における人間関係の重要性を示した点で組織論に大きな影響を与え続けている。本書は公式組織の内側に存在する非合理的で創発的な社会システムの重要性に光を当てた古典である。


F. J. Roethlisberger, Management and Morale, Harvard University Press, 1941.(邦訳:『経営と勤労意欲』野田一夫・川村欣也訳、ダイヤモンド社、1954年。)

14. フィリップ・セルズニック『組織とリーダーシップ』──経営者の制度的リーダーシップ

本書は組織のトップマネジメントに求められる「制度的リーダーシップ」を提唱した著作である。セルズニックは管理を超えて、組織に価値を吹き込み社会的存在へ昇華させるリーダーの役割を論じた。

「組織」から「制度」へ

セルズニックは「組織」と「制度」を区別する。

  • 組織:目標達成のための合理的で交換可能な道具で、効率性が評価基準。
  • 制度:社会との相互作用を通じて価値を内包し、独自のアイデンティティを持つ存在。

組織が価値を吸収して制度へ変容するプロセスを制度化という。企業が創業者の技術を提供する道具から、社会的価値を掲げる制度へ進化するのが典型例である。

制度的リーダーの主要責務

セルズニックは制度的リーダーが担うべき四つの責務を提示した。

  1. ミッションと役割の設定:社会における存在意義を明確にする。
  2. パーパスの体現:ミッションを方針や構造に落とし込み浸透させる。
  3. インテグリティの防衛:中核価値を内外の圧力から守る。
  4. 内部葛藤の整理:利害対立をミッションに照らして調整する。

これらは経営理念の策定・浸透やESG経営の先駆けとも言える。

TVAの事例:管理されない制度化の危険性

TVAの事例では、地域利益団体を取り込むことで本来のミッションが歪められ、取り込んだ団体の利益が優先されるという意図せざる結果が生じた。外部適応が組織のインテグリティを危うくすることを示す教訓的事例である。

新旧制度派組織論への架け橋

セルズニックは社会規範や価値観といった制度的環境の重要性を強調し、旧制度派から新制度派組織論への橋渡しをした。現代における模倣による同質化圧力の中で、セルズニックの制度的リーダーシップ論はますます重要である。


Philip Selznick, Leadership in Administration: A Sociological Interpretation, Harper & Row, 1957.(邦訳:『組織とリーダーシップ』北野利信訳、ダイヤモンド社、1975年。)

15. マーク・グラノヴェター『転職』──ネットワークから埋め込みへ

本書は転職過程における社会的ネットワークの役割を実証的に明らかにした研究で、経済活動を社会関係の網の目から捉え直す視点を提示した。

人的つながりの重要性

ボストン郊外のホワイトカラー労働者調査で、求人広告よりも人的つながりで仕事を得た者が半数以上であり、満足度や収入も高い傾向があった。

「弱い紐帯の強さ」という逆説

弱い紐帯(知人)が新しい情報をもたらす「橋渡し」役を果たし、転職では強い紐帯より弱い紐帯が効果的であるという逆説的知見を示した。

「埋め込み」と新しい経済社会学

著者は経済活動が具体的な人間関係に深く埋め込まれていることを示し、信頼や評判、ネットワークの重要性を論じた。これは新しい経済社会学の出発点となった。


Mark S. Granovetter, Getting a Job: A Study of Contacts and Careers, Harvard University Press, 1974.(邦訳:『転職──ネットワークとキャリアの研究』渡辺深訳、ミネルヴァ書房、1998年。)

16. エドガー・シャイン他『DECの興亡』──組織文化のインパクト

シャインらはDEC(デジタル・イクイップメント社)の興亡を通じ、組織文化が成功の原動力となる一方で変化の足枷にもなる両義性を示した。

組織文化の三層構造モデル

シャインは組織文化を三層で捉える。

  1. 人工物(Artifacts):オフィス、服装、用語、製品など可視的要素。
  2. 信奉される価値観(Espoused Values):公的な経営理念や行動規範。
  3. 基本的仮定(Basic Underlying Assumptions):無意識に共有される信念で文化の核をなす。

DECの成功を導いた文化

DECは創業者の価値観を反映した自律性重視、技術的卓越性の追求、衝突による真理追求といった文化で躍進した。

成功の罠:文化がもたらした硬直性

市場変化と組織の巨大化に伴い、DECの文化は硬直化した。個人の判断優先が調整を困難にし、衝突は政治化し、技術的誇りが戦略的方向転換を阻んだ。結果、変化に対応できずDECは衰退し買収された。

組織文化の光と影

ギデオン・クンダの研究は、DECが文化を従業員統制のツールとして用いた側面を批判的に示すなど、多角的視点を提供する。本書は文化が成功要因であると同時に危険因子になり得ることを示すケーススタディである。


Edgar H. Schein et al., DEC Is Dead, Long Live DEC: The Lasting Legacy of Digital Equipment Corporation, Berrett-Koehler Publishers, 2003.(邦訳:『DECの興亡』稲葉元吉・尾川丈一監訳、亀田ブックサービス、2007年。)

17. カール・ワイク『センスメーキングインオーガニゼーションズ』──センスメーキングの手がかりとして

ワイクが提唱した「センスメーキング」は、組織を意味づけのプロセスとして捉える理論的視座を提供する。組織は静的な実体ではなく、人々が意味を付与し現実を構成する動的プロセスである。

センスメーキングとは何か

センスメーキングは経験に意味を与え現実を構成する循環的プロセスであり、ワイクはその特性として七つ(アイデンティティ、回顧性、環境のイナクト、社会的、進行中、手がかり、もっともらしさ)を提示した。

「ピレネー山脈の地図」の逸話

遭難者がピレネー山脈の地図で行動し無事生還した逸話は、正確さより「もっともらしさ」が行動を促し、行動が環境を意味づける(イナクトメント)ことを示す。行動が先で解釈が後に来るという核心を示す逸話である。

日常業務におけるセンスメーキング:ホーイックの事例

スコットランドのニットメーカーは「ハンドメイドの最高級ニットウェア」という共有アイデンティティをもとにバリューチェーンを築き、そこから得られる情報がアイデンティティを強化するフィードバックループを形成した。これは事業定義や競合認識がセンスメーキングによって構成されることを示す。

本書は組織を生成され続けるプロセスとして捉え直すための深い洞察を提供する。


Karl E. Weick, Sensemaking in Organizations, SAGE Publications, 1995.(邦訳:『センスメーキングインオーガニゼーションズ』遠田雄志・西本直人訳、文眞堂、2001年。)

第5章 組織におけるプロセスと人

これまでの章では構造や文化、環境との関係などマクロな議論を見てきたが、組織は具体的な意思決定の連鎖であり「人」の集合体でもある。本章ではミクロ視点に転じ、意思決定、人間の認知的罠、動機づけ、マネジャーの役割、多様性といったテーマを通じて組織を動かすミクロな力学に迫る。

18. ジェームズ・マーチ&ヨハン・オルセン『組織におけるあいまいさと決定』──ゴミ箱モデルから意思決定を見る

本書はあいまいな状況下での組織意思決定を捉える「ゴミ箱モデル(Garbage Can Model)」を提示し、混沌とした組織の現実を理解するための枠組みを与える。

規範的モデルと記述的モデル

意思決定モデルは規範的(あるべき手順)と記述的(現実のありのまま)に分かれ、ゴミ箱モデルは後者に属する。

ゴミ箱モデルの4つの要素

  1. 問題 (Problems):注意を向けられる懸案事項。
  2. 解 (Solutions):ある人が持つアイデアや技術など、問題を探す解。
  3. 参加者 (Participants):意思決定に関わる人々の変動する関心や時間。
  4. 選択機会 (Choice Opportunities):決定が生まれる会議や稟議などの場。

選択機会が「ゴミ箱」のように機能し、問題・解・参加者が偶然結びついたときに決定が生まれるというモデルである。

3つの意思決定プロセス

  • 問題解決 (Resolution):問題が選択機会で解と結びつき解決される。
  • 見過ごし (Oversight):魅力的な解にエネルギーが注がれ重要な問題が放置される。
  • やり過ごし (Flight):困難な問題を避け、扱いやすい別の問題へ関心が移る。

著者らは組織では見過ごしややり過ごしが頻繁に起こると示す。ゴミ箱モデルはイノベーションの非線形な創出過程を説明し、マネジャーは有望な「解」や「参加者」が適切な「問題」と出会える「選択機会」を設計する役割を担うと示唆する。


James G. March and Johan P. Olsen, Ambiguity and Choice in Organizations, Universitetsforlaget, 1976.(邦訳:『組織におけるあいまいさと決定』遠田雄志/アリソン・ユング訳、有斐閣選書R、1986年。)

19. マックス・ベイザーマン&ドン・ムーア『行動意思決定論』──ヒューリスティックが招く落とし穴

本書はサイモンの合理性の限界をさらに推し進め、ヒューリスティックとバイアスが引き起こす非合理的意思決定の心理的メカニズムを体系的に解き明かす実践的著作である。

コミットメントとエスカレーション:埋没コストの呪縛

一度投資したプロジェクトに固執して追加投資を続ける現象は、自己正当化やフレーミング効果(利得ではリスク回避、損失ではリスク志向)などの心理メカニズムで説明される。埋没コストは理論的には無視すべきだが、認知バイアスによって判断が歪められる。

倫理観の限界:なぜ善良な人々が過ちを犯すのか

「Bounded Ethicality(倫理観の限界)」は、高い倫理観を持つ人でも無意識のバイアスで非倫理的な判断を下す可能性があることを示す概念である。企業不祥事の多くは個人の悪意だけでなく、無意識のバイアスという構造的問題に起因する場合がある。

本書は意思決定の質を高めるには心理的罠を深く理解することが不可欠であると説く実践的ガイドである。


Max H. Bazerman, Judgment in Managerial Decision Making, Wiley, 1986.(邦訳:『行動意思決定論──バイアスの罠』長瀬勝彦訳、白桃書房、2011年。)

20. フレデリック・ハーズバーグ『仕事と人間性』──動機づけ要因としての仕事内容

本書はハーズバーグの「動機づけ・衛生理論(二要因理論)」を提示し、満足と不満足は別次元であることを示して仕事の内容の重要性を明らかにした。

満足と不満足は別次元である

臨界事象法による調査で以下のパターンが示された。

  • 職務満足をもたらす要因(動機づけ要因):達成感、承認、仕事そのものの面白さ、責任、昇進、成長など仕事内容に関わる要因。
  • 職務不満足を引き起こす要因(衛生要因):会社の政策、監督者との関係、給与、労働条件など環境に関わる要因。

給与や労働条件の改善は不満足を減らすが、満足を高めるには動機づけ要因に働きかける必要があると主張した。

人間の二元的な欲求

ハーズバーグは苦痛回避的な欲求と成長志向の欲求に対応する二元論を提示し、衛生要因改善は苦痛を取り除くだけで成長欲求は満たさないと論じた。

理論への批判と影響

調査手法への批判はあるが、本理論は仕事の内容設計への関心を高め、職務充実化やジョブ・デザイン論へ発展した重要な貢献である。


Frederick Herzberg, Work and the Nature of Man, World Publishing Co., 1966.(邦訳:『仕事と人間性──動機づけ─衛生理論の新展開』北野利信訳、東洋経済新報社、1968年。)

21. ヘンリー・ミンツバーグ『マネジャーの仕事』──マネジャーは何をしているのか

本書はマネジャーの実際の行動を観察して答えたマネジメント研究の金字塔である。古典的な機能論から離れ、マネジャーの断片的で多様な現実を捉えた。

マネジャーの10の役割

ミンツバーグはマネジャーを10の役割に分類し、3つのカテゴリーに整理した。

  • 対人関係の役割 :Figurehead, Leader, Liaison
  • 情報関連の役割 :Monitor, Disseminator, Spokesperson
  • 意思決定の役割 :Entrepreneur, Disturbance Handler, Resource Allocator, Negotiator

役割の統合体としてのマネジャー

これらの役割は相互に関連し合い一つの全体を形成する。観察に基づく本モデルは現代のマネジャーの複雑性を理解する有力なフレームワークを提供する。


Henry Mintzberg, The Nature of Managerial Work, Harper & Row, 1973.(邦訳:『マネジャーの仕事』奥村哲史・須貝栄訳、白桃書房、1993年。)

22. ジョセフ・バダラッコ『静かなリーダーシップ』──非正統的な手引書

本書はヒーロー型リーダーシップとは対極にある「静かなリーダーシップ」を提示する。日常の場で倫理的に複雑な問題を目立たず現実的に解決する実践的指針である。

静かなリーダーシップの実践:銀行支店長の事例

支店長ウィリアムズは本社からのリストラ要求を受け、時間を稼ぎ、賢く影響力を使い、規則を曲げずに柔軟な手段でより倫理的で現実的な解を導いた。彼の行動は地道な戦術の積み重ねで組織に現実的な改善をもたらす好例である。

静かなリーダーの資質

自制、謙虚さ、粘り強さが共通する資質であり、複雑な利害が絡む現実問題に対する持続可能な解決を生み出す上で不可欠である。

本書はリーダーシップが一部のヒーローだけのものではないことを示し、組織の健全性は日々の現場での静かな実践者によって支えられていることを教える。


Joseph L. Badaracco Jr., Leading Quietly: An Unorthodox Guide to Doing the Right Thing, Harvard Business School Press, 2002.(邦訳:『静かなリーダーシップ』高木晴夫監修、夏里尚子訳、翔泳社、2002年。)

23. ロザベス・カンター『企業のなかの男と女』──紅一点はなぜつらいのか

本書は1970年代に書かれたが、現代のダイバーシティ議論の核心を突く先駆的著作である。カンターは職場での男女差を個人の資質ではなく組織の構造で説明する社会学的アプローチを提示した。

人の行動を規定する3つの構造的要因

カンターは行動が以下の構造要因で規定されると論じた。

  1. 機会(Opportunity):昇進やキャリア発達の見込み。
  2. 権力(Power):資源を動員する能力。
  3. 数(Numbers):同属性の比率。

「トークニズム」の理論:なぜ「紅一点」はつらいのか

「トークン(token)」は比率が低い人々を指し、次の三つの圧力に晒される。

  1. 注目されやすさ(Visibility)
  2. 差異の強調(Contrast)
  3. ステレオタイプ化(Stereotyping)

これらの圧力はパフォーマンスを阻害し、問題は個人の能力ではなく構成比率という組織構造にあるとする。本書はダイバーシティ推進において個人の意識改革だけでなく採用・配置・昇進といった制度的対応の必要性を示した。


Rosabeth M. Kanter, Men and Women of the Corporation, Basic Books, 1977.(邦訳:『企業のなかの男と女──女性が増えれば職場が変わる』高井葉子訳、生産性出版、1995年。)

第6章 現実への適用

組織論は理論にとどまらず現実の組織で生起する事象を解き明かし、実践へつなげる知見を提供する。本章では日本の現実に切り込んだ研究者たちの著作を取り上げ、理論と実践の架け橋となる洞察を示す。

24. 戸部良一他『失敗の本質』──日本の組織は生まれ変わったか

本書は刊行から40年経った今も読み継がれる組織論的研究の金字塔で、ノモンハン事件から沖縄戦までの6つの作戦失敗を戦略論・組織論の観点から分析し「失敗の本質」を抉り出した。

戦略・組織における失敗の要因

著者らは日本軍の失敗を米軍との対比で分析した。

  • 戦略上の失敗要因:あいまいな戦略目的、短期決戦志向、主観的で空気に支配された戦略策定。
  • 組織上の失敗要因:人的ネットワーク偏重、学習の軽視、結果より精神主義的プロセスを重視する評価。

失敗の本質=「過剰適応」

多くの失敗は過去の成功モデルへの過剰適応に起因する。成功体験が組織を硬直化させ、環境変化に対応できなくなった結果である。

現代日本組織への警鐘

本書は日本企業にも同様のリスクがあると警告し、過去の軍事事例から普遍的な教訓を提示している。


戸部良一他『失敗の本質──日本軍の組織論的研究』ダイヤモンド社、1984年。

25. 服部泰宏『組織行動論の考え方・使い方』──研究と実践の実りある関係に向けて

本書は「組織論は実務の役に立つのか?」という問いに応え、研究と実践のギャップを埋めることを目指した実践的ガイドである。組織行動論の知見を現実理解と変革に使うための「考え方・使い方」を提示する。

現実を照らす「サーチライト」としての概念

本書は研究概念が複雑な現実を照らす「サーチライト」になると主張する。例として「心理的契約」があり、雇用契約書に書かれない暗黙の期待を可視化することでモチベーション低下や離職の原因を深く理解できる。

研究と実践の「合わせ鏡」

研究と実践が互いに学び合う「合わせ鏡」モデルを提案する。

  • 科学知(研究)が実践知を鍛える:概念やデータ分析が現場の経験を客観化・精緻化する。
  • 実践知(現場)が研究にヒントを与える:現場の問題が研究の新たな問いや仮説を生む。

本書は組織論の知見を自組織の現実に適用するための思考ツールキットを提供する。


(原著刊行:2020年)

26. 清水剛『感染症と経営』──コロナ禍を忘れないために

本書は2020年以降のコロナ禍に対し、歴史に学ぶことで教訓を引き出す試みである。スペイン風邪や結核の流行期における戦前日本企業の対応を分析し、現代の企業組織の役割を考察する。

労働者への投資への転換

戦前の労務管理は労働者を使い捨てる方向から、生活や衛生環境へ投資して定着を図り人的資本を蓄積する方向に転換した。感染症対応は従業員の健康やウェルビーイングへの投資が企業のレジリエンスを高めることを示唆する。

不確実性に対する「盾」としての企業

企業は個人事業主よりも不確実性に対するリスク分担が可能で、事業や雇用の継続性を提供する「盾」として機能する。永続性が個人にとって重要な価値である。

「囲い込み」を超えて「自発的に選択できる関係」へ

企業の永続性は囲い込みの負の側面も持つ。著者は企業が従業員のエンプロイアビリティを高め、それでも働き続けたいと選ばれる関係を築くことが重要だと論じる。歴史から学ぶことでパンデミック後の企業の役割を問い直す視座を提供する。


(原著刊行:2021年)

第7章 組織の変革とイノベーション

現代組織の最大の課題は変化に対応し未来を創造する「変革とイノベーション」である。本章では組織学習、知識創造、イノベーション・マネジメントに関する著作を取り上げ、組織が持続的に成長するための理論・実践指針を探る。

27. ピーター・センゲ『学習する組織』──システム思考を活かす

本書は「学習する組織」を広め、持続的変革のための方法論を提示した影響力あるベストセラーである。断片的な対症療法ではなく、構造を捉える思考法と実践(ディシプリン)を示した。

「学習する組織」を構築する5つのディシプリン

  1. 自己マスタリー:個人が自己のビジョンを明確にし継続的に学ぶ能力。
  2. メンタルモデル:無意識の思い込みに気づき乗り越える能力。
  3. 共有ビジョン:組織が心から望む未来像を共有し主体的にコミットする力。
  4. チーム学習:対話を通じてチームとして洞察を生み出すプロセス。
  5. システム思考:全体像を捉え、複雑な事象のパターンを理解する思考法。

第5のディシプリン:システム思考

システム思考は他の四つを統合する核であり、ビール・ゲームなどの体験を通じて「構造が行動を決定する」ことを理解させる。因果ループ図で相互依存や遅れを可視化し、目の前の出来事ではなく背後の構造に働きかけることが学習する組織の鍵である。

本書は学習障害を克服し、複雑で変化の激しい世界で持続的に成長するための重要な指南書である。


Peter M. Senge, The Fifth Discipline: The Art & Practice of the Learning Organization, Doubleday/Currency, 1990.(邦訳:『学習する組織──システム思考で未来を創造する』枝廣淳子・小田理一郎・中小路佳代子訳、英治出版、2011年。改訂版邦訳。)

28. 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』──知識創造のダイナミクス

本書は日本企業の強さの源泉を組織的な知識創造能力に求め、暗黙知を形式知へ転換するダイナミクスを理論化した金字塔である。

知識創造の核心「SECIモデル」

知識を暗黙知と形式知に分け、次の四つの転換モードで知識スパイラルが進むとする。

  1. 共同化(Socialization):暗黙知→暗黙知。共同体験を通じて移転される。
  2. 表出化(Externalization):暗黙知→形式知。暗黙知を言語化・概念化するプロセス。
  3. 連結化(Combination):形式知→形式知。既存の形式知を組み合わせ新たな体系を作る。
  4. 内面化(Internalization):形式知→暗黙知。実践で形式知を個人が体得する。

ホームベーカリー開発にみる知識スパイラル

松下電器のホームベーカリー開発では職人の技を観察(共同化)し「ひねり伸ばし」と表現(表出化)して技術を組み合わせ(連結化)し、製品として実現されて開発者の暗黙知となった(内面化)という実例が示される。

本書はイノベーションを組織的プロセスとしてマネジメント可能であることを示し、知識マネジメント分野を確立した。


Ikujiro Nonaka and Hirotaka Takeuchi, The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation, Oxford University Press, 1995.(邦訳:『知識創造企業』梅本勝博訳、東洋経済新報社、1996年。)

29. クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』──技術革新が巨大企業を滅ぼすとき

本書は優良企業が破壊的技術によって市場を奪われる理由を解き、問題を経営者の無能さではなく組織に内在する合理的メカニズムに求めた。

「イノベーターのジレンマ」の定義

優良企業が既存顧客の声に応え持続的イノベーションに投資することが、破壊的イノベーションへの対応を遅らせ市場リーダーを失うという逆説を指す。

持続的イノベーション vs. 破壊的イノベーション

持続的イノベーションは既存市場の性能指標を改善する。一方破壊的イノベーションは当初既存顧客に評価されないが安さや使いやすさでニッチを創り、後に主流市場を奪う。

クリステンセンは市場の分析や小規模市場の性質から「存在しない市場は分析できない」などの原則でジレンマを説明する。破壊的市場は小さく不確実なので合理的な投資基準で却下されがちである。

組織論的洞察

本書は資源依存や組織能力の硬直性といった組織論的視点で、失敗を成功の影に内在する構造的リスクとして説明する。イノベーションを志す組織にとって不可欠な教訓を提供する。


Clayton M. Christensen, The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail, Harvard Business Review Press, 1997.(邦訳:『イノベーションのジレンマ』伊豆原弓訳、翔泳社、2001年。)

30. チャールズ・オライリー&マイケル・タッシュマン『両利きの経営』──探索と深耕の両立

本書はクリステンセンのジレンマに対する実践的解として「両利きの経営」を体系化した戦略書である。現在の収益を守りつつ未来の成長を育てるための理論と事例を示す。

「深耕」と「探索」のトレードオフ

ジェームズ・マーチの「深耕(Exploitation)」と「探索(Exploration)」の区別に基づく。深耕は既存事業の改善、探索は新規事業の開拓である。多くの組織は短期業績圧力で深耕に偏り、成功の罠に陥る。

「両利きの経営」を実現するアプローチ

書中の核心は分離と統合の両立である。

  1. 構造的に分離(Separate):探索部門を既存部門から分離して評価基準や文化を保護する。
  2. 経営トップが統合(Integrate):トップが両部門をまたぐ戦略を掲げ、資源の共有や移転を促す。

成功の要諦:両利きのリーダーシップ

分離と統合を同時に扱うためには両利きのリーダーが両者の重要性を組織に示し、共通のビジョンを築きつつ対立部門を統合する必要がある。富士フイルムの事例など、多くのケースで実践的指針を提供している。


Charles A. O’Reilly III and Michael L. Tushman, Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator’s Dilemma, Stanford Business Books, 2016.(邦訳:『両利きの経営──「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く』渡部典子訳、東洋経済新報社、2019年。)

  • はじめに
  • 第1章 組織論の古典
    • 1 チェスター・バーナード『経営者の役割』──組織論ここに始まる
    • 2 ハーバート・サイモン『経営行動』──合理性の限界と組織
    • 3 ジェームズ・マーチ&ハーバート・サイモン『オーガニゼーションズ』──組織研究の統合プログラム
    • 4 リチャード・サイアート&ジェームズ・マーチ『企業の行動理論』──たくさんの小さなアイデア
  • 第2章 近代と組織
    • 5 マックス・ウェーバー『支配について』──組織論のもう一つの源流としての官僚制論
    • 6 佐藤俊樹『近代・組織・資本主義』──近代と組織の不可分性
    • 7 フレデリック・テイラー『科学的管理法』──組織的怠業と科学的タスク設定
    • 8 ピーター・ドラッカー『企業とは何か』──大規模組織のあるべき姿
  • 第3章 合理的システムとしての組織
    • 9 沼上幹『組織デザイン』──分業と調整の現実的デザインに向けて
    • 10 アルフレッド・チャンドラー『組織は戦略に従う』──事業部制組織というイノベーション
    • 11 ジェームズ・トンプソン『行為する組織』──不確実性にどう向き合うか
    • 12 オリバー・ウィリアムソン『市場と企業組織』──組織への取引コスト・アプローチ
  • 第4章 創発的システムとしての組織
    • 13 フリッツ・レスリスバーガー『経営と勤労意欲』──ホーソン研究がもたらした影響
    • 14 フィリップ・セルズニック『組織とリーダーシップ』──経営者の制度的リーダーシップ
    • 15 マーク・グラノヴェター『転職』──ネットワークから埋め込みへ
    • 16 エドガー・シャイン他『DECの興亡』──組織文化のインパクト
    • 17 カール・ワイク『センスメーキングインオーガニゼーションズ』──センスメーキングの手がかりとして
  • 第5章 組織におけるプロセスと人
    • 18 ジェームズ・マーチ&ヨハン・オルセン『組織におけるあいまいさと決定』──ゴミ箱モデルから意思決定を見る
    • 19 マックス・ベイザーマン&ドン・ムーア『行動意思決定論』──ヒューリスティックが招く落とし穴
    • 20 フレデリック・ハーズバーグ『仕事と人間性』──動機づけ要因としての仕事内容
    • 21 ヘンリー・ミンツバーグ『マネジャーの仕事』──マネジャーは何をしているのか
    • 22 ジョセフ・バダラッコ『静かなリーダーシップ』──ヒーローだけがリーダーシップを発揮するのか
    • 23 ロザベス・カンター『企業のなかの男と女』──紅一点はなぜつらいのか
  • 第6章 現実への適用
    • 24 戸部良一他『失敗の本質』──日本の組織は生まれ変わったか
    • 25 服部泰宏『組織行動論の考え方・使い方』──研究と実践の実りある関係に向けて
    • 26 清水剛『感染症と経営』──コロナ禍を忘れないために
  • 第7章 組織の変革とイノベーション
    • 27 ピーター・センゲ『学習する組織』──システム思考を活かす
    • 28 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』──知識創造のダイナミクス
    • 29 クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』──ジレンマをもたらす組織的メカニズム
    • 30 チャールズ・オライリー&マイケル・タッシュマン『両利きの経営』──探索と深耕の両立
  • あとがき

Mのコメント(言語空間・位置付け・批判的思考)

ここでは、対象となる本の言語空間がどのようなものか(記述の内容と方法は何か)、それは総体的な世界(言語世界)の中にどのように位置付けられるのか(意味・価値を持つのか)を、批判的思考をツールにして検討していきたいと思います。ただサイト全体の多くの本の紹介の整理でアタフタしているので、個々の本のMのコメントは「追って」にします。

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