書誌と一口コメント
書誌_集中講義デジタル戦略 テクノロジーバトルのフレームワーク:根来 龍之

一口コメント
要約と目次
デジタル戦略:テクノロジーバトルのフレームワーク–
要旨
本書「集中講義デジタル戦略」は、デジタルテクノロジーの進化がもたらすビジネス環境の根本的変化に対応するための戦略的フレームワークを体系的に提示する。主要な論点は以下の通りである。
- 産業構造の変革: デジタル化は「モジュール化」「ソフトウェア化」「ネットワーク化」の3要因で進行し、従来の「バリューチェーン構造」を、消費者が各要素を自由に選択・組み合わせできる「レイヤー構造」へと転換する。この変化は、自動車産業の「CASE」革命のように、あらゆる業界でビジネスモデルの再構築を促す。
- ディスラプション(破壊)の脅威: クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション理論」を基に、既存企業が合理的であるがゆえに新興勢力(ディスラプター)への対応が遅れるメカニズムを解説する。ただし代替は多くの場合「部分的」に進み、製品だけでなく「プロセス」の代替がより深刻な脅威となり得る。企業は「退却」「収穫」「創造」「破壊」の4つの戦略的対応を迫られる。
- バリューイノベーション(価値革新): 競争の軸を変えるには、顧客への価値提案(バリュープロポジション)を根本から見直す必要がある。「コスト」「エクスペリエンス」「ネットワーク」の3つの価値転換パターンや、顧客が本当に解決したい「ジョブ」に着目する視点、競合のいない市場を創造する「ブルーオーシャン戦略」が有効な思考ツールとなる。近年は「サブスクリプション」モデルがこの価値革新の新たな形態として注目されている。
- プラットフォーム戦略: レイヤー構造化が進む中で、エコシステムの中核となる「プラットフォーム」の構築が基本戦略となる。「ネットワーク効果」と「収穫逓増」の原理により、プラットフォームは一極集中(「一人勝ち」)しやすい。成功の鍵は補完プレイヤーを巻き込みエコシステムを駆動するマネジメントと、どの範囲を他社に開放するかという「オープン&クローズ戦略」にある。後発企業にも「土俵替え」など逆転の機会は存在する。
- エクスポネンシャル(指数関数的)企業: GAFAやメルカリに代表される指数関数的成長企業は、明確な事業戦略を持つ。これらは「野心的な変革目標(MTP)」を掲げ、利益よりもキャッシュフローと規模拡大を優先する。また、既存事業を深化させつつシナジーのある新事業を次々と探索し、必要な資源は事業展開の「後から」獲得する特徴を持つ。
結論として、デジタル時代の戦略立案には、テクノロジー変化を前提とした産業構造の理解、破壊的イノベーションへの備え、顧客価値の再定義、そしてプラットフォームを中心としたエコシステム構築という多角的かつ統合的な視点が不可欠である。
第1部:産業のデジタル化
デジタル化の3要因と産業構造の変化
デジタル化はあらゆる産業を巻き込む「デジタル・ボルテックス(渦)」となり、製品、サービス、チャネル、消費行動のすべてを変化させる。この変化を理解するために、デジタル化を以下の3つに分解することが有効である。
- モジュール化: 製品やプロセスを標準化されたインターフェースを持つ独立部品(モジュール)に分割すること。これにより部品の独立設計や組み合わせが可能となり、新規参入が容易になる。
- ソフトウェア化: これまで機械的仕組みや人手で行われていた制御や機能がソフトウェアで実現されること。AIの活用はその最先端である。
- ネットワーク化: 従来独立していたモノがサーバーに接続される(IoT)。これによりデータの自動取得や遠隔制御が可能になる。
これら3要因は相互に作用し、産業構造を根本的に変える「レイヤー構造化」を促進する。
バリューチェーンからレイヤー構造へ
従来の産業構造は素材から完成品までが付加価値の連鎖で直線的につながる「バリューチェーン構造」が主流であった。この構造では消費者は基本的に完成品のみを選択する。
デジタル化が進むと、産業は通信、OS、アプリ、コンテンツなどが独立した階層を形成する「レイヤー構造」へと変化する。
| 構造 | 特徴 | 消費者の選択権 |
|---|---|---|
| バリューチェーン構造 | 素材→部品→完成品のように工程が連鎖 | 最終段階の完成品(オプション含む)のみ選択可能 |
| レイヤー構造 | 通信、OS、アプリ、コンテンツなどが独立 | 各レイヤーの製品・サービスを自由に組み合わせ利用可能 |
レイヤー構造化の決定的な特徴は、消費者の選択権が飛躍的に増大する点である。例えば電子書籍では、消費者はハード(iPad/Kindle)、閲覧アプリ(iBooks/Kindleアプリ)、コンテンツストアをそれぞれ独立して選べる。この選択の多様性が新たな価値を生み、産業の変化を加速する。
自動車産業はこの構造変化の典型例である。「CASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)」の進展により、ハード(車両)、OS、地図情報、各種サービスが独立したレイヤーとなり、「100年に一度の大変革期」に突入している。
既存企業と新規参入者の戦略
レイヤー構造化は業界の垣根を破壊し、異業種からの新規参入を促す。自動車産業では、部品メーカーだったボッシュやIT企業のWaymo(Google)が自動運転の主役に躍り出ている。
- 新規参入者(ディスラプター): 既存の業界秩序に縛られず、特定レイヤーに特化してプラットフォームを構築し業界の主導権を握ろうとする。
- 既存企業: 自社ビジネスモデルを維持するか、新たに生まれるレイヤーに進出するかの岐路に立たされる。意思決定では「最悪のシナリオ」を想定することが不可欠である。例えばトヨタの最悪のシナリオは、GAFAのようなMaaS(Mobility as a Service)プラットフォーマーに主導権を握られ、車両を供給する下請けになることである。
この脅威に対し、トヨタはソフトバンクと共同でMaaSサービス「MONET」を設立するなど、自らプラットフォームレイヤーへ進出し対抗している。
複合型ビジネスモデルの台頭
現代の有力企業は単一モデルに依存せず、複数のモデルを組み合わせてシナジーを生んでいる。ビジネスモデルは大きく3つに分類できる。
| ビジネスモデル | 特徴 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| プラットフォーム | 複数の顧客グループをつなぐ | 急成長の可能性、ロングテール提供 | 顧客体験や品質管理が難しい |
| 小売/再販 | 商品を仕入れて販売する | バリューチェーンや顧客体験を制御しやすい | 品揃えが限定されやすい |
| 製造/制作 | 自社で製品やコンテンツを作る | バリューチェーンを制御し独自価値を提供 | 多様性の提供が難しい |
アマゾンの事例: アマゾンはプラットフォーム企業と見なされがちだが、実態は「複合型」である。
- 小売/再販: ネット書店から始まり現在も家電などを自社で仕入れて販売。
- プラットフォーム: 第三者出品の「マーケットプレイス」やクラウドサービスの「AWS」。
- 製造/制作: 「Kindle」「Echo」などのハード開発。
これらを組み合わせ、プラットフォームを中心に据えることで巨大な事業シナジーを創出している。
トヨタの事例: トヨタも製造モデルから、MaaSプラットフォームを核とする複合型ビジネスモデルへ進化を目指している。自動車というハード提供に加え、多くの補完事業者(鉄道、バス、タクシー等)と連携するプラットフォームを構築する試みであり、アマゾンの発展と重なる部分がある。
第2部:ディスラプション(破壊)の脅威と対応
破壊的イノベーションの理論
ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセンが提唱した「破壊的イノベーション」は、デジタル時代の競争を理解する上で重要な概念である。
- 持続的イノベーション: 既存顧客のニーズに応え、製品性能を漸進的に向上させるイノベーション。既存の業界リーダーが得意とする。
- 破壊的イノベーション: 既存顧客からは「性能が低い」と評価されるが、低価格や利便性など異なる価値を提供し、新たな市場やローエンド市場から参入するイノベーション。
破壊のメカニズム:
- 既存企業は高収益な主要顧客の要求に応え、持続的イノベーションを追求する。
- その結果、製品性能は多くの顧客にとって「過剰満足」なレベルに達する。
- 一方、破壊的製品は性能を急速に向上させ、やがて主要顧客が「これで十分(Good Enough)」と感じるレベルに到達する。
- その時点で市場の主導権はディスラプターへ移行する。
クリステンセンは、既存企業が失敗するのは「愚かだから」ではなく、「顧客の声に耳を傾け、収益性を追求するという合理的な意思決定を行うからこそ」対応が遅れると指摘した。これを「イノベーターのジレンマ」と呼ぶ。
代替のパターン:現実の複雑性
クリステンセン理論は有力だが、現実はより複雑である。代替は必ずしも急速かつ完全に進むとは限らない。
- 代替の範囲:
- 完全代替: 既存製品が完全に置き換えられる(例:レコード→CD)。
- 部分代替: 既存製品の一部市場が代替され、共存が続く(例:紙の書籍と電子書籍)。
- 代替の性質:
- 類似代替: 基本機能が同じ製品による代替。
- 拡張代替: 新機能を付加した製品による代替(例:フィルム→デジタルカメラ)。
クリステンセンが論じたのは「部分代替が急速に完全代替へ進化する」ケースだが、多くの業界では部分代替が長く続くため、既存事業を維持しつつ新事業に取り組む複雑な意思決定が求められる。
さらに深刻なのは、製品そのものの代替よりも「プロセスの代替」である。製造技術、ノウハウ、販売チャネルといったバリューチェーン全体が陳腐化すると対応は極めて困難になる。写真フィルム業界のコダックが破綻したのは、製品(フィルム)とプロセス(化学技術、現像網)が同時に代替されたためである。
「代替の危機」の分類と対応戦略
直面する代替の脅威は、「製品代替の範囲(完全か部分的か)」と「プロセス代替の速度(速いか遅いか)」の2軸で4つに分類できる。
| プロセス代替が速い | プロセス代替が遅い | |
|---|---|---|
| 製品が完全代替 | 断崖地獄(例:テレビ地方局) | ゆで蛙地獄(例:新聞業界) |
| 製品が部分代替 | 真綿地獄(例:アパレル業界) | 他人事地獄(例:大学業界) |
これらの脅威に対し、既存企業が取りうる戦略は、攻撃的な「破壊」「創造」と、防衛的な「収穫」「退却」の4つに大別される。
| 戦略 | 内容 | 適合する状況 | 事例 |
|---|---|---|---|
| 破壊 (Destruction) | 自社の既存事業をデジタル事業で積極的に代替する | 代替スピードが速く、プロセス代替の影響を自社で受容できる場合 | リクルート(紙媒体→ネット) |
| 創造 (Creation) | デジタルで先行する新しいビジネスモデルを創出する | プロセス代替の影響は大きいが代替スピードが遅い場合 | コマツ(LANDLOG事業) |
| 収穫 (Harvest) | 既存事業を守りつつ部分的にデジタル対応を進める | 代替スピードが遅く、プロセス代替の影響が小さい場合 | 新聞社(紙と電子版の併売) |
| 退却 (Retreat) | 中核事業を諦め、ニッチ市場に特化して生き残る | 代替スピードが速く、プロセス代替の影響が大きい場合 | カメラメーカー(一眼レフへ集中) |
どの戦略を選ぶかは代替のスピードとインパクトの見立てにかかっているが、既存企業はその判断を自社に有利に甘く見積もる傾向がある。
既存企業の制約と生存可能領域
既存企業がディスラプション対応に苦慮するのは、宿命的な制約を抱えているためである。
- 戦略の制約:
- 戦略矛盾・共食い問題: 新事業が既存事業の売上や利益を侵食(カニバリゼーション)する。既存の顧客や取引先との関係を維持しようとすると抜本的変革は難しい。
- 資源の不足・余剰問題: 新事業に必要な資源(技術、人材)が不足する一方、既存事業の資源(設備、人員)が余剰となり転換の足かせとなる。
- 組織の制約(組織の重さ):
- 官僚的組織の安定化: 大企業では手続きが定型化し前例踏襲が優先され、変革への抵抗が生じる。
- 既存事業への組織最適化: 評価基準や業務プロセス、人材配置が既存事業に最適化されており、不確実な新事業には適合しない。
これらの制約により、企業が客観的に取りうる戦略の範囲(生存可能領域)と、経営者が主観的に可能だと考える戦略の範囲(主観的可能領域)にズレが生じる。このズレが、ブロックバスターやトイザらスが破綻に至った要因である。生き残るためには、痛みを伴う選択肢も含めて主観的可能領域を広げ、生存可能領域の中に自社戦略を位置づける必要がある。
第3部:バリューイノベーションによる顧客価値の再定義
新しい価値提案のパターン
デジタル化は既存の製品やサービスに新たな価値(バリュー)を付加する機会を提供する。経営学者マイケル・ウェイドは、デジタル化がもたらす価値の変化を次の3タイプに分類した。
- コストバリュー: 無料化、超低価格化、定額化など経済的利益を通じて価値を提供(例:Skype、グルーポン)。
- エクスペリエンスバリュー: カスタマイズ、即時性、プロセス簡略化など優れた顧客体験を通じて価値を提供(例:PayPal、ZOZOSUIT)。
- ネットワークバリュー: コミュニティ形成、クラウドソーシング、マーケットプレイス創出などネットワーク効果を通じて価値を提供(例:Twitter、Airbnb)。
これらの価値は既存企業が見過ごしていた「価値の空白(バリュー・ベイカンシー)」に存在することが多い。価値の空白は技術革新などのタイミングで一時的に開く「窓」であり、アマゾンやアップル(iTunes Store)のようにこのタイミングを逃さず参入した企業が大きな成功を収める。デジタル化による破壊は一度きりではなく、2周目、3周目があるため、常に新たな価値の空白を探し続ける必要がある。
顧客の「ジョブ」を解決する
優れた価値提案の出発点は、「顧客が本当に片づけたい用事(Job to be done)」を理解することにある。セオドア・レビットの言葉を借りれば、「顧客はドリルが欲しいのではなく、穴が欲しい」。
製品の「機能」と顧客が感じる「価値」は必ずしも一致しない。価値を正しく理解するには、まず「顧客は誰か」を明確にし、その顧客が「何を解決しようとしているか」を深く洞察する必要がある。
5枚刃ハサミの事例:
- 当初は「きざみ海苔」を作る調理器具として販売され、10年で3万本を売った。
- ある顧客が「家庭用のシュレッダー」として使っていることを発見。
- 製品はそのままに「シュレッダーはさみ」として再定義して売り出したところ、数年で100万本の大ヒットとなった。
同じ機能でも、ターゲット顧客と彼らの「ジョブ」が変われば、提供価値とビジネスの規模が劇的に変化する好例である。
ブルーオーシャン戦略と価値曲線
競争の激しい既存市場(レッドオーシャン)から脱却し、競合のない新市場(ブルーオーシャン)を創造するのが「ブルーオーシャン戦略」である。そのための分析ツールが「価値曲線(ストラテジーキャンバス)」である。
価値曲線は業界の競争要因を横軸に、各要因への投資レベルを縦軸にとり、自社と競合の戦略を可視化する。ブルーオーシャンを創るには、競合と同じ土俵で戦うのではなく、以下の「ERRCグリッド」を使って新しい価値曲線を描く。
- 取り除く(Eliminate): 業界常識だが顧客にとって価値のない要素は何か?
- 減らす(Reduce): 業界標準より大胆に減らせる要素は何か?
- 増やす(Raise): 業界標準より大胆に増やすべき要素は何か?
- 創造する(Create): 業界で提供されていない新要素は何か?
この戦略の要点は「ライバルより劣っている項目があってよい」という発想である。すべてで勝とうとせず、特定要素を大胆に削ることで生まれた経営資源を新たな価値創造や既存価値の強化に集中投下する。これによりコストを下げつつ顧客への付加価値を高められる。
サブスクリプションモデルの進化
近年、価値革新の具体的モデルとして「サブスクリプション」が注目されている。これは単なる定額制にとどまらず、顧客との継続的関係を築くビジネスモデルへと進化している。
伝統的サブスクリプション:
- 会費型: フィットネスクラブ等。固定費中心で「幽霊会員」を前提とする。
- 定額プラン型: 携帯のパケット定額等。利用量の不安を取り除き需要を喚起する。
進化系サブスクリプション:
- クラウド型(ストリーミング): NetflixやSpotifyのように、クラウド基盤で大量のコンテンツへアクセスを提供。
- LTV志向型(ダイレクトセールス): ネスカフェ アンバサダーのように、Life Time Valueを重視して顧客と継続的関係を築く。
- コネクティド型(パーソナライゼーション): 新型aiboのように、常時接続(IoT)で個々の顧客に最適化されたサービスを提供。
- 使用経済型(シェアリング): ラクサスのように「所有から使用へ」の変化に対応する。
ただしサブスクリプションは万能ではない。スーツレンタルのようにサイズ等のバリエーションが多く個品管理コストが高い事業には不向きである。事業のコスト構造や顧客の利用実態を見極め、構造的に収益化できるかを慎重に判断する必要がある。
第4部:プラットフォーム戦略
プラットフォームの本質と「一人勝ち」のメカニズム
レイヤー化した産業では、エコシステムの中核となる「プラットフォーム」構築が競争優位の源泉となる。
プラットフォームの定義: 他のプレイヤー(企業、消費者など)が提供する製品・サービス・情報と一体になって初めて価値を持つ製品・サービス。
- 基盤型: ゲーム機とゲームソフトのように補完製品が存在することを前提とする。
- 媒介型: 楽天市場やクレジットカードのように、異なる顧客グループを仲介する。
プラットフォームは以下の要因が相互に作用して「一人勝ち(Winner-Take-All)」を生みやすい。
- 先発優位性: 先に顧客基盤を築くことでブランドやノウハウで先行できる。
- 規模の効果・収穫逓増: デジタルでは追加コストがほとんどかからないため、規模が拡大するほど利益率が上がる「収穫逓増」が働く。
- ネットワーク効果: 利用者が増えるほどその製品やサービスの価値自体が高まる現象。
ネットワーク効果の活用
ネットワーク効果はプラットフォーム成長の最も強力なエンジンである。
- サイド内ネットワーク効果: 同じ種類の利用者(サイド)が増えることで価値が高まる(SNSで友人が増える例)。
- サイド間ネットワーク効果: 一方のサイド利用者が増えると、もう一方のサイドにとって価値が高まる(店舗増加が消費者価値を高める例)。
収益モデル設計では、どちらかのサイドを意図的に優遇する戦略が有効である。
- サブシディサイド(Subsidy Side): 無料または低価格でサービスを提供し利用者を増やすサイド(例:消費者)。
- マネーサイド(Money Side): 収益源となるサイド(例:店舗の出店料や手数料)。
まずサブシディサイドの利用者数を拡大してネットワーク効果を駆動し、マネーサイドから収益を回収するという非対称価格設定が定石である。
エコシステムの構築と駆動
プラットフォームは補完プレイヤーを巻き込んで価値を共創する「エコシステム」を形成する。ここには「鶏が先か卵が先か」という問題が伴う。利用者がいなければ補完プレイヤーは集まらず、補完プレイヤーがいなければ利用者は集まらない。
初期段階を乗り越える(キックオフする)には泥臭い努力が不可欠である。
- 既存サービスにはない明確な価値を提供する。
- どちらか一方のサイドを先行して集める(例:楽天トラベルはまずホテル営業に注力)。
- 補完プレイヤーの参加障壁を下げる(例:ネットに不慣れなホテルからの予約受付をFAXでも可能にした)。
印刷業界のラクスルのように、多重下請け構造が根付いていてデジタル化が遅れている業界には、マッチングプラットフォーム構築の大きなビジネスチャンスが残されている。
先行者への対抗戦略
すでに「一人勝ち」プラットフォームがいる市場でも、後発が対抗する手段はある。
- 土俵替え(デバイスの変化): PCからスマホへの移行などの環境変化は勢力図を塗り替える好機。LINE(対mixi)やメルカリ(対ヤフオク!)はスマホ特化のUXでPC時代の勝者を打ち負かした。
- マルチホーミング: 消費者や店舗が複数プラットフォームを併用することが容易な市場では独占が起こりにくい(例:ホテル予約サイト)。
- ニッチ市場での勝負: 大手が参入しにくいセグメントに特化する(例:高級ホテル専門の一休.com)。
- クロスプラットフォーム製品: 複数プラットフォームを横断して利用できるサービス(例:メタ検索のトリバゴ)は大手への集中を緩和しニッチ企業の存続を助ける。
第5部:エクスポネンシャル企業の正体
指数関数的成長を実現する企業の特徴
GAFAやメルカリのように売上や顧客数が指数関数的に成長する企業を「エクスポネンシャル企業」と呼ぶ。共通点は次の通り。
- 強力な成長志向: 利益より事業規模(売上、顧客数)拡大を最優先する。
- 収穫逓増型ビジネスモデル: 規模拡大でも限界費用がほとんど増えず利益率が向上するプラットフォーム型を中核に据える。
- MTP(野心的な変革目標)の掲示: 「地球上で最も顧客志向の会社になる(アマゾン)」等の壮大な目標がリスクを恐れない成長の原動力となる。
- キャッシュフロー思考: 赤字でも顧客からの入金が仕入先への支払いより早いビジネスモデル(キャッシュコンバージョンサイクルがマイナス)を構築し、手元資金を次の投資に回す。
事業の多角化と「事後的な」資源蓄積
エクスポネンシャル成長を持続するには単一事業では不十分である。市場には限界があるため、既存事業を改善・効率化する「深化」と、シナジーのある新事業を次々と立ち上げる「探索」を同時に行う「両利きの経営」が不可欠である。
アマゾンはネット書店(小売)から始まり、マーケットプレイス(仲介)、AWS(IT)、Kindle/Echo(ハード)、Amazon Go(リアル店舗)へと深化と探索を繰り返して事業を拡大してきた。
伝統的戦略論では「強み(資源)を活かして事業展開する」とされるが、エクスポネンシャル企業は逆のアプローチを取る。
事後資源蓄積論:
- 強みの有無より市場の「タイミング」を重視して新事業に参入する。
- ネットワーク効果を最大化するため赤字を厭わず大規模な先行投資を行う。
- 事業成長の過程で、後から必要な資源(技術、人材、ノウハウ)を獲得・蓄積していく。
アマゾンもメルカリも創業時に絶対的な技術優位があったわけではない。最初にあったのはMTPとビジネスモデルであり、競争優位の核となる資源は事業をストレッチさせながら事後的に構築されてきた。これがエクスポネンシャル企業の成長の本質である。
- Part1 産業のデジタル化 バリューチェーン構造からレイヤー構造へ
- 1-1 産業構造へのインパクト
- 01 「100年に1度の大変革」は他人事ではない
- 02 デジタル化の3要因
- 03 レイヤー構造の出現
- 1-2 既存企業vs新規参入者
- 04 戦略の立て方が変わる
- 05 既存企業にとっての意思決定のポイント
- 1-3 プラットフォームとバリューチェーンの複合化
- 06 プラットフォームの強さと弱さ
- 07 アマゾンとトヨタの共通点
- 1-1 産業構造へのインパクト
- Part2 ディスラプションの脅威 デジタル化への対応
- 2-1 破壊的イノベーションの進行
- 08 「しょぼい技術」をなめてはいけない
- 09 既存産業の破壊パターン
- 10 破壊的イノベーション「3つの原則」
- 11 既存企業は合理的だから失敗する
- 2-2 代替のパターン
- 12 現実はクリステンセン理論より複雑
- 13 完全に飲み込まれるかどうかの分かれ目
- 14 「製品の代替」より恐い「プロセスの代替」
- 15 リアル店舗の合理的な戦略
- 16 「代替の危機」の4分類
- 2-3 対応戦略
- 17 4つの対応戦略
- 18 4つの戦略の適合性
- 2-4 カニバリゼーションの克服
- 19 代替のスピードをコントロールできるか?
- 20 ネットはアナログの制約をはずす
- 2-5 競争と連携
- 21 「過剰満足」を突いてくるディスラプター
- 22 あの会社が「今のまま」とは限らない
- 2-6 生存可能領域
- 23 生存可能領域のズレ
- 24 既存企業の宿命
- 25 組織の重さ問題
- 2-1 破壊的イノベーションの進行
- Part3 バリューイノベーション 顧客価値の見直し
- 3-1 新しい価値提案
- 26 3つのバリューチェンジ
- 27 価値の空白
- 28 タイミングの重要性
- 29 デジタル化は2周目、3周目がある
- 3-2 ジョブの解決
- 30 顧客にとってのバリューは何か?
- 31 顧客の選び方を間違えていないか?
- 3-3 ブルーオーシャンと価値曲線
- 32 市場の境界線を引き直す
- 33 競争の軸を選ぶ
- 34 ライバルより劣っているところがあっていい
- 3-4 バリューインパクト
- 35 バリューの評価尺度
- 36 人の満足度の決まり方
- 3-5 サブスクリプション
- 37 定額料金制で需要を喚起する
- 38 利益を最大化することができるか?
- 39 デジタル化で登場した進化系
- 40 サブスクに向かない事業もある
- 41 サブスク化による価値曲線の変化
- 3-1 新しい価値提案
- Part4 プラットフォームの構築 新しい基本戦略
- 4-1 1人勝ちのメカニズム
- 42 独自の経済圏を構築
- 43 プラットフォームの本質
- 44 プラットフォームが1人勝ちする理由
- 4-2 ネットワーク効果
- 45 2つのネットワーク効果
- 46 小規模な集団にも働く
- 47 ネットワーク効果の設計ポイント
- 48 ネットワーク効果を使ってどうやって儲けるか?
- 4-3 エコシステムの駆動
- 49 プラットフォームへの移行
- 50 どちらの戦略を選ぶべきか?
- 51 「ぐるぐる回り」を作る
- 52 「遅れている業界」にもチャンスあり
- 4-4 オープン&クローズ
- 53 どこまで他社にオープンにするか?
- 54 どうやって品質をコントロールするか?
- 4-5 先行者への対抗
- 55 後発企業の勝ちパターン
- 56 クロスプラットフォーム
- 57 ニッチ市場で勝負する
- 58 「土俵替え」による形勢逆転
- 4-6 覇権争い
- 59 スマホ決済の普及可能性
- 60 スマホ決済の戦略的ポイント
- 61 LINE、メルカリの狙い
- 4-1 1人勝ちのメカニズム
- Part5 エクスポネンシャル企業の正体 爆発的な成長と限界
- 5-1 強烈な成長志向
- 62 規模拡大を最優先
- 63 MTPを掲げる
- 64 キャッシュフロー思考で資金を回す
- 5-2 事業の複数化と資源蓄積
- 65 シナジーのある事業を展開
- 66 指数関数的に成長する事業戦略
- 67 メルカリはエクスポネンシャル企業でいられるか?
- 5-1 強烈な成長志向
- さらに学ぶ人のために
- 参考文献
- あとがき