国家の社会学_への道標
書誌_国家の社会学:佐藤 成基

短い紹介と大目次
短い紹介
本書は、国家の本質、機能、そして社会との関係という基本的な問いから、現代的な課題までを包括的に論じている。特に、国家を他の社会集団と区別する要素として、マックス・ヴェーバーの理論に基づき、「正当な暴力行使の独占」と「官僚制」という二つの能力に焦点を当てている。また、チャールズ・ティリーの歴史社会学を引きながら、戦争と財政的な必要性が近代国家の形成を推進したという視点を提示し、国家の統治がもたらすセキュリティ(安全)作用とその裏側にある強制と排除のパラドックスを多角的に分析する。全体として、暴力、官僚制、戦争、正当性、ナショナリズム、経済、民主主義、福祉、グローバル化といった多岐にわたるテーマを通じて、国家の多形体的実在を社会学的に解明しようとしていて、参考になる。
大目次
- はじめにーなぜ、「国家」なのか
- 第1章 国家とは何かーその能力と作用
- 第2章 国家と暴力
- 第3章 国家 と官僚制
- 第4章 国家と戦争ー国家形成における軍事的・財政的要因
- 第5章 国家と正統性-「象徴暴力」と公共性
- 第6章 国家と社会ー社会の「国家帰属化」
- 第7章 国家と統計(学)
- 第8章 国家とナショナリズム
- 第9章 国家と資本主義経済
- 第10章 国家と民主主義 186
- 第11章 国家と社会福祉
- 第12章 国家のグローバル化
- 第13章 脱植民地化と「崩壊国家」ーアフリカ国家論の観 点から
- 第14章 グローバル化のなかの国家
- 第15章 国家の現在、国家の将来
- おわりに一多形体的実在 としての国家
一口コメント
これも見通しの良い本で充分な「論点マップ」になっている。
要約と詳細目次
「国家の社会学」(佐藤成基著)に関するブリーフィング資料
エグゼクティブ・サマリー
本資料は、佐藤成基著「国家の社会学」の主要なテーマ、中心的議論、および重要なデータポイントを総合的にまとめたものである。本書は、「国家とは何か」という根源的な問いから出発し、社会学的な視点から国家の本質、歴史的形成過程、そして現代社会における役割と変容を多角的に分析している。
本書の核心的議論は以下の通りである。
- 国家の本質的定義: 本書はマックス・ヴェーバーの定義、すなわち「ある一定の領域内で、正当な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体」を分析の基盤に置く。国家は、暴力の独占、資源の強制的な徴発と再配分、そしてこれらの能力を正当なものとして承認させる能力という3つの根本的な能力を持つ。これらの能力を通じて、国家は国民に「セキュリティ」(安全、安定、安心)を提供するが、それは同時に強制と排除という負の側面を不可分に内包する「諸刃の剣」である。
- 歴史的形成過程: 近代国家は、チャールズ・ティリーが提唱する「戦争が国家をつくった」というモデルに沿って形成された。16世紀以降のヨーロッパにおける「軍事革命」は、戦争のコストを増大させ、君主たちに効率的な徴税システムと官僚制の構築を強いた。この軍事・財政的必要性が、暴力を独占し、集権化された国家機構を生み出す原動力となった。同時に、ピエール・ブルデューの言う「象徴資本」としての「公共性」の独占が、国家の正当性を確立する上で決定的な役割を果たした。
- 国家と社会の関係: 19世紀以降、国家は軍事機能中心の「軍事国家」から、市民生活に広く介入する「民事国家」へと変容した。マイケル・マンの「インフラストラクチャー的権力」という概念を用いて説明されるように、国家は社会の隅々にまで浸透する制度的ネットワークを通じて統治を行うようになる。これにより、社会は国家の枠組みの中に「囲い込まれ」(国家帰属化)、国民国家が形成される。
- 近代システムとの相互作用: 国家は、ナショナリズム、資本主義、民主主義、社会福祉といった近代の主要なシステムと相互に作用しながら発展してきた。ナショナリズムは国家統治の新たな正当化原理となり、資本主義は国家の資源基盤を提供しつつ国家の介入を受ける。民主主義は国家の能力を前提としつつも緊張関係にあり、福祉国家は20世紀の総力戦を経て国家の資源徴発・再配分能力が飛躍的に増大したことで確立された。
- グローバル化と現代的課題: 国民国家という統治モデルは、西欧のローカルな現象から始まり、帝国主義の崩壊に伴う4つの大きな「波」を経て、世界標準の統治形態へとグローバル化した。しかし、このモデルの「移植」は、特にアフリカにおいて統治能力の欠如した「新家産制国家」や「崩壊国家」といった問題を生み出しており、形式と実質の乖離が深刻な課題となっている。
本書は、国家を単一の権力体としてではなく、暴力、経済、象徴、社会との複雑な関係性の中で形成・変容する多面的な存在として捉え、そのダイナミズムを社会学の主要な理論家たちの視点を通じて鋭く解明している。
1. 国家の社会学的定義と本質
1.1. マックス・ヴェーバーによる国家の定義
本書の理論的基盤は、マックス・ヴェーバーによる国家の社会学的定義にある。
国家とは、ある一定の領域の内部で――この「領域」という点が特徴的なのだが――正当な暴力行使の独占を(実効性をもって)要求する人間共同体である。
この定義の要点は以下の通りである。
- 物理的暴力の独占: 国家は、その手段において他のあらゆる社会集団と区別される。暴力は国家にとって唯一の手段ではないが、「特有な手段」である。警察や軍隊による暴力行使は「正当」とされる一方、それ以外の団体や個人による暴力は国家が許容した範囲内でしか認められない。
- 正当性 (Legitimacy): 国家による暴力の独占は、人々に「正当なもの」として承認されている必要がある。この正当性がなければ、国家は内戦状態に陥る。
- 領域性 (Territoriality): 国家の支配は、明確に画定された地理的領域の内部で行使される。
- 合理的・合法的支配: ヴェーバーの議論では、近代国家の暴力は恣意的に行使されるのではなく、「合理的」に制定された法(制定律)に従って、予測可能かつ計算可能な形で用いられる。この点が、国家をヤクザやマフィアのような他の暴力組織と根本的に区別する。
1.2. 国家の能力と作用
本書はヴェーバーの定義を拡張し、国家が持つ3つの根本的な能力を提示する。
- 暴力を独占的に行使する能力: 軍隊や警察を通じ、戦争の遂行と国内法の強制執行を可能にする。
- 資源を強制的に徴発し、再配分する能力: 税を徴収し、それを軍事費、社会保障、公共事業などの「国益」のために使用する。
- 能力を正当なものとして承認させる能力: 意思決定が非人格的なルールと「公共の利益」に基づいて行われているという根拠を提供し、国民の受容を得る。
これらの能力は、社会生活に「セキュリティ」をもたらす。セキュリティは多様な側面を持ち、本書では5つに分類されている。
- ① 身体的・法的セキュリティ: 治安の提供と法秩序の維持。
- ② 経済的セキュリティ: 市場経済の安定性(所有権の保障、通貨の安定など)の保証。
- ③ 政治的セキュリティ: 国内の政治的分裂を回避し、意思決定プロセスを安定化させる。
- ④ 社会的セキュリティ: 疾病や失業などのリスクから住民の生活を守り、社会的福利を保証する。
- ⑤ 文化的セキュリティ: 学校制度や言語の標準化を通じ、文化的な同質性と「安心」を生み出す。
セキュリティの裏面:強制と排除
国家が提供するセキュリティは、常に負の側面と不可分である。
- 強制: セキュリティの維持は、インセキュリティ(暴漢、反乱、伝染病など)と見なされるものを排除・縮減する国家の強制力(ゲバルト)によって支えられている。
- 排除: セキュリティは、第一に「国民」に優先的に提供され、その外部(外国人)は排除される。国民の包摂は、外国人の排除を前提とする。
このパラドックスは、「国民の安全保障」の名で行われる戦争が、自国民の生命さえも危険に晒すという事実に象徴される。国家に依存することは、その強制的・抑圧的な側面を受け入れる「悪魔との契約」に等しい。
1.3. 官僚制:近代国家の統治機構
近代国家の統治は、ヴェーバーが「合理的・合法的支配」の最も純粋な類型とした官僚制によって担われる。
- 官僚制の特徴:
- 非人格性・没主観性: 業務は定められた規則に従い、個人的な感情や関係に左右されず、公平・中立に処理される。
- 予測可能性・計算可能性: 業務が正確かつ安定的に遂行されるため、高い信頼性を持つ。
- 専門性: 専門的な知識や技術に基づいて人員が採用され、業務が遂行される。
- 国家形成と官僚制: 西欧では、国王が戦争遂行と財政発展の必要性から、伝統的な人格的支配(家産制)に代わって、国王直属の官僚制を構築し、権力を集権化させた。
- 行政運営手段からの分離: 近代官僚制の重要な原則は、官僚が職務上の権限や資源(事務所、備品、徴税権など)を私物化できないことである。これにより「汚職」は処罰されるべき逸脱と見なされるようになった。
- 官僚制の限界(逆機能): 規則遵守が自己目的化し、柔軟性を欠く「杓子定規」な対応やセクショナリズムを生むことがある。これは社会学者ロバート・マートンによって「官僚制の逆機能」と名付けられた。
2. 近代国家の歴史的形成
2.1. 戦争による国家形成:チャールズ・ティリーの歴史社会学
本書は近代国家の起源を、アメリカの歴史社会学者チャールズ・ティリーの「戦争が国家をつくった」という命題に沿って説明する。
- 軍事革命の衝撃: 16世紀以降、大砲やマスケット銃の普及により戦争の技術・戦略が変化し、軍事コストが飛躍的に増大した。これにより、大規模な財源を安定的・継続的に調達できる君主が軍事的優位に立った。
- 暴力の独占と徴税機構の構築: 戦争を勝ち抜くため、君主たちは封建諸侯から武力を奪い、暴力を国家へと一元化すると同時に、常備軍を維持するための効率的な徴税機構(官僚制や議会承認)を構築した。
- 財政規模の拡大: 国家の財政規模は戦争のたびに増大した。戦争が終わると支出は減少するものの、戦前の水準には戻らず、次の戦争でさらに増加するという「置換効果」により、国家の財政・軍事規模は段階的に拡大した。
| 大国が関わった戦争(16-19世紀) | |||
| 世紀 | 戦争の数 | 平均戦争継続年数 | 戦争中の年の割合 |
| 16世紀 | 34 | 1.6 | 95% |
| 17世紀 | 29 | 1.7 | 94% |
| 18世紀 | 17 | 1.0 | 78% |
| 19世紀 | 20 | 0.4 | 40% |
| 出典: ティリーの研究に基づく |
| ヨーロッパ主要国の兵士数の変化(千人 / 人口比%)
| 国 | 1500年 | 1600年 | 1700年 | 1850年 |
|---|---|---|---|---|
| スペイン | 20 / 0.3 | 200 / 2.5 | 50 / 0.7 | 154 / 1.0 |
| フランス | 18 / 0.1 | 80 / 0.4 | 400 / 2.1 | 439 / 1.0 |
| イギリス | 25 / 1.0 | 30 / 0.7 | 292 / 5.4 | 201 / 1.1 |
出典: ティリーの研究に基づく_
- 間接統治から直接統治へ: 国家の集権化は、封建領主などの中間勢力を介した「間接統治」を、国家が住民を直接統治する「直接統治」へと転換させた。この過程は、中間勢力の身分的特権を廃止したフランス革命とナポレオンの支配によって決定的に加速された。
2.2. 正当性の源泉:「象徴暴力」と公共性
物理的・物質的な力だけでなく、国家はその支配を正当化する能力を持つ。本書はフランスの社会学者ピエール・ブルデューの理論を用いてこの側面を分析する。
- 象徴暴力と象徴資本: 国家は物理的暴力と並行して、「象徴暴力」の正当な行使を独占する。象徴暴力とは、ある事柄を「正当である」と承認させる力であり、その源泉が「象徴資本」である。国家にとって最大の象徴資本は、その活動が特定の私的利益ではなく、「公共の利益」に奉仕しているという観念である。
- 「国王の家」から「国家理性」へ: ブルデューによれば、国家の正当性の根拠は、中世の「国王の家」が持つ「家の名誉」という公私未分離の論理から、次第に非人格的な官僚機構が体現する「国家理性」へと移行した。法学の訓練を受けた官僚(文官)たちは、「公共奉仕」や「公益性」といった概念を用いて、国王の私的領域から自律した「公的」な領域を創出した。
- 市民的公共圏の登場: 官僚が独占した「公共性」に対し、18世紀頃から市民社会の中から、国家権力に対抗するもう一つの公共性の次元、すなわちユルゲン・ハーバーマスが言う「市民的公共圏」が生まれる。これにより、「民」の名による正当性(民主主義やナショナリズム)が登場する素地が整えられた。
3. 国家と社会の相互浸透
3.1. 軍事国家から民事国家へ
19世紀以降、西欧国家の機能は軍事中心から民生中心へと大きく転換した。これを国家の「民政化」と呼ぶ。
- 国家の民政的機能の拡大:
- 治安維持: 住民の抵抗に対し、事後的な武力鎮圧から、警察や統計を用いた事前的・予防的な管理へと移行した。
- 市民生活への介入: 所有権や言論の自由の保障、選挙権の付与、交通・通信・教育・公衆衛生などのインフラ整備、産業化がもたらすリスクに対する社会政策など、市民生活への肯定的介入が増大した。
- 財政の変化: 国家財政に占める軍事費の割合は低下し、民政費(教育、交通、社会保障など)の割合が増加した。これは、19世紀が相対的に平和な時代であり、産業化が進んだことで社会からの要求が高まったことを反映している。
| 中央政府・全政府支出総額(1760-1910年、時価額) | |||||
| 年次 | オーストリア | プロイセン-ドイツ | フランス | イギリス | アメリカ |
| 1790 | 113 | 90 | 633 | 16.8 | 4.3 |
| 1850 | 269 | 334 | 1,473 | 55.5 | 89.2 |
| 1910 | 1,451 | 2,673 | 3,878 | 156.9 | 977.0 |
| 単位: オーストリア(100万フロリン), プロイセン-ドイツ(100万マルク), フランス(100万フラン), イギリス(100万ポンド), アメリカ(100万ドル)。出典: マイケル・マンの研究に基づく |
3.2. インフラストラクチャー的権力と社会の「国家帰属化」
国家の統治様式も変化した。本書は社会学者マイケル・マンの概念を用いてこの変容を説明する。
- インフラストラクチャー的権力: 国家の権力は、エリートが一方的に行使する「専制的権力」から、社会の隅々にまで浸透する制度(警察、学校、税務署、社会保険局など)を通じて社会生活を調整する「インフラストラクチャー的権力」へと移行した。これは社会「を通じての力」であり、市民の協力や承認を必要とする双方向的な権力である。
- 社会の「国家帰属化」 (Naturalization): インフラストラクチャー的権力の拡大により、市民生活は国家の諸制度に深く依存するようになり、国家という「檻」に「囲い込まれ」ていく。この社会の「国家帰属化」は、学校教育、徴兵、交通・通信網の整備などを通じて、人々の意識や生活様式を同質化させ、「国民」としての共通の帰属意識を生み出した。
- 領域国家から国民国家へ: この過程を通じて、国家は単なる統治領域である「領域国家」から、その構成員である「国民」を組織化する「国民国家」へと転化した。国籍制度の確立は、この転換を法的に規定するものであった。
4. 近代の主要システムと国家
4.1. ナショナリズムとの共生関係
ナショナリズムは、集権化された国家における統治者と被治者の新たな関係から生まれた。
- 発生のメカニズム: 国家の集権化により、統治者と被治者の間に直接的な関係が形成され、政治参加や公共財の配分をめぐる交換関係が生まれた。この関係を正当化し、両者を一体的な「民」として結合させるイデオロギーとして「ネーション」の観念が用いられた。
- 統治者と被治者のナショナリズム: ナショナリズムは、統治者が国家の力を強化するために用いる「統治者のナショナリズム」と、被治者が自らの権利や解放を要求する「被治者のナショナリズム」の二つの側面を持つ。
- 正当化原理としての確立: 両者の闘争を通じて、国家は「国民の、国民のための国家」でなければならないという原理が確立され、国民国家の正当性の基盤となった。
- ナショナリズムの「民族化」: 19世紀後半以降、ナショナリズムの単位は市民的・領域的な「国民」から、言語や文化を共有する「エスノ文化的なネーション(民族)」へと移行した。これにより、①民族マイノリティの分離独立運動、②異民族を同化・排除しようとする「民族化する国家」、③国外の「民族同胞」との連帯を求める「祖国ナショナリズム」という3つの形態が顕著になった。
4.2. 資本主義との相互依存
国家と資本主義経済は相互に発展を促進しあう関係にある。
- 相互補完関係: 国家は所有権の保障や通貨統一などを通じて市場経済の発展条件を整え、資本主義経済は国家が徴発可能な資源を増大させた。
- マルクス主義の国家論: マルクス主義は、国家を資本家階級(ブルジョアジー)の階級支配を維持するための「道具」と見なす。「近代的国家権力は、単に、全ブルジョア階級の事務をつかさどる委員会にすぎない」という『共産党宣言』の言葉が象徴的である。
- 国家の「相対的自律性」: 20世紀のマルクス主義者(グラムシ、プーランツァスなど)は、国家が単なる道具ではなく、資本家階級の利益から「相対的に自律」していると論じた。国家は、イデオロギー装置として人々の合意を形成したり、諸階級の闘争の場となったりすることで、より複雑な形で資本主義の再生産に寄与するとされる。
4.3. 民主主義との緊張と協調
- 戦後アメリカ政治学の国家観: ロバート・ダールの「ポリアーキー」論やデイヴィッド・イーストンの「政治システム」論に代表されるように、戦後アメリカの政治学では、国家を市民社会からの要求に応答する受動的な存在、あるいは民主主義を抑圧する存在と見なす傾向が強かった。
- ティリーの民主主義論: これに対し、チャールズ・ティリーは、安定した民主主義の成立には、市民の権利を保護し、政治的決定を実行に移せる「能力の高い」国家が不可欠であると主張した。
- ティリーのモデル: 民主主義は「国家の能力」と「民主主義の程度」という2つの軸で分析される。両者が共に高い場合に「高能力の民主主義」が成立する一方、国家の能力が低いと、たとえ民主的であっても内戦や暴力闘争に陥りやすい。民主主義は、国家による「公平中立性」の実現能力に依存しており、その成立と維持は極めて困難かつ不確実な過程である。
4.4. 福祉国家の形成
20世紀、特に第二次世界大戦後、国家は社会福祉機能を飛躍的に拡大させ、「福祉国家」へと変貌した。
- 財政的背景: 20世紀の2度の世界大戦は、総力戦遂行のために国家の資源徴発能力(課税能力)を劇的に増大させた(置換効果)。戦後、この強化された能力が軍事費から社会福祉費へと振り向けられた。
- 福祉国家の発生要因:
- 産業化論: 産業化がもたらす失業や疾病などの新たな社会的リスクに対処する必要性から国家が介入した。
- 権力資源論: 労働者階級が労働組合や社会民主主義政党を通じて政治的に組織化され、自らの利益を国家に要求した。
- 国家論: 国家自身の統治能力(官僚制、情報収集能力、財政制度)の発展と、ビスマルクのように政治的安定化を目指す統治エリートの主導的な役割が福祉国家形成を促した。
- 総力戦の役割: 総力戦は、国民全体の動員を必要としたため、社会政策の対象を兵士だけでなく一般市民にまで拡大し、国民的な連帯感を生み出した。これが、戦後の包括的な社会保障制度に対する国民的合意の基盤となった。
5. グローバル化時代における国家
5.1. 国民国家モデルの世界への波及
国民国家は西欧のローカルな統治形態から、世界標準の統治形態へとグローバル化した。
- 波及の4つの波: アンドレアス・ウィマーの分析によれば、国民国家の創出には歴史的に4つの大きな「波」が存在する。これらはすべて、広域的な帝国(ナポレオン帝国、ハプスブルク帝国、植民地帝国、ソビエト連邦など)が戦争や体制崩壊によって解体したことを契機としている。
- 第1の波 (1820年代): ラテンアメリカ諸国の独立。
- 第2の波 (1920年代): 第一次世界大戦後の東欧・中東における独立。
- 第3の波 (1950-70年代): 第二次世界大戦後のアジア・アフリカにおける脱植民地化。
- 第4の波 (1990年代): 冷戦終結に伴う旧ソ連・ユーゴスラビア圏の独立。
- 世界規範としての国民国家: 特に第一次世界大戦後、「民族自決」の原則が国際的な規範として確立された。これにより、新たに独立する国家は、国内の発展度合いに関わらず、国際社会に承認されるために「国民国家」という形式を採用することが必須となった。
5.2. 制度的同型性と土着化の困難
「崩壊国家」へ: 1990年代以降の冷戦終結と民主化の圧力は、アフリカの独裁体制を弱体化させ、資源をめぐる紛争を激化させた。その結果、国家が正当な暴力の独占さえも失い、統治機能を喪失する「崩壊国家」が出現した。アフリカにおける国家の「弱さ」は、西欧のような長い時間をかけた内発的な国家形成の歴史を欠いていることに一因があるとされる。
制度的同型性: 新制度主義の視点では、国民国家の波及は世界規模での「模倣」のプロセスであり、その結果、世界の国家は憲法、議会、軍隊、学校制度など、形式において互いに類似した「制度的同型性」を持つに至った。
実質と形式の乖離: しかし、特に脱植民地化によって生まれた多くの新興国家では、国民国家という形式が導入されたものの、実質的な統治能力が伴わない「実質と形式の乖離」が見られる。これらの国家は「半国家(quasi-state)」とも呼ばれる。
アフリカの「新家産制国家」: アフリカの多くの国家では、公的な役職や資源が支配者の個人的な愛顧関係(パトロン・クライアント関係)によって私的に運用される「新家産制国家」が形成された。これは、フォーマルな官僚制のルールが、インフォーマルな人格的支配によって機能不全に陥っている状態である。
- はじめにーなぜ、「国家」なのか
- 第1章 国家とは何かーその能力と作用
- 1 国家の能力
- 2 国家の作用
- 3 「悪魔との契約」…
- 第2章 国家と暴力
- 1 暴力と法的秩序―マックス・ヴェーバーの国家論
- 2 「文:明化」と暴力
- 3 暴力は野蛮か
- 第3章 国家 と官僚制
- 1 「合理的支配」としての官僚制
- 2 官僚制と国家形成
- 3 官僚制の限界
- 第4章 国家と戦争ー国家形成における軍事的・財政的要因
- 1 戦争と国家形成ーチャールズ・ティリーの歴史社会学
- 2 国税と国家形成
- 3 国家の集権化ー「間接統治」から「直接統治」へ
- 補論 「軍事・財政モデル」への批判
- 第 5章 国家と正統性-「象徴暴力」と公共性
- 1 国家の正当性
- 2 象徴暴力としてのお公共性
- 3 官僚制国家と公共性―ピエール・カレデューの歴史分析
- 4 もう1つの公共性― 官僚から「民」へ.
- 第6章 国家と社会ー社会の「国家帰属化」
- 1 「国家と社会」という問題
- 2 市民生活への介入ー軍事国家から民事国家へ
- 3 社会の「国家帰属化」
- 4 領域国家から国民国家へ
- 第7章 国家と統計(学)
- 1 国家の情報収集と管理
- 2 統治技法としての 統計(学)
- 第8章 国家とナショナリズム
- 1 ナショナリズムの発生一 国家論的説明
- 2 ナショナリズムと国家の正当化・
- 3 国家とエスノ文化的異質性
- 第9章 国家と資本主義経済
- 1 国家と資本 主義経済
- 2 マルクス主義の国家論
- 3 資本主義国家の発展ー国家の「相対的自律性」
- 4 資本主義国家は「資本家階級のための国家」なのか
- 第10章 国家と民主主義 186
- 1 「民主主義的な国家」とは何か
- 2 民主主義のなかの国家ー戦後アメリカの政治学理論・
- 3 国家の能力を再考するー-チ ャールズ。ティリーの民主主義論
- 第11章 国家と社会福祉
- 1 福祉II]家 の登場
- 2 福祉国家はなぜ発生したのかー3つ のアプローチ.
- 3 社会福祉制度の拡大
- 4 第2次 世界大戦後の福祉国家
- 第12章 国家のグローバル化
- 1 国民国家の波及一ローカルからグローバルヘ
- 2 国民国家の制度的同型性― 新制度主義の視点
- 3 土着化の困難
- 第13章 脱植民地化と「崩壊国家」ーアフリカ国家論の観 点から
- 1 アフリカの「新家産制国家」
- 2 植民地国家からボスト植民地国家へ
- 3 「アフリカ」という要因
- 第14章 グローバル化のなかの国家
- 1 国家の「後退」?
- 2 国家再考―グローバル化論批判から
- 3 国家は消滅しない
- 第15章 国家の現在、国家の将来
- 1 「国家の変容」研究― 機能から国家を問う
- 2 グローバル化とセキュリティ不安
- おわりに一多形体的実在 としての国家
Mのコメント(言語空間・位置付け・批判的思考)
ここでは、対象となる本の言語空間がどのようなものか(記述の内容と方法は何か)、それは総体的な世界(言語世界)の中にどのように位置付けられるのか(意味・価値を持つのか)を、批判的思考をツールにして検討していきたいと思います。ただサイト全体の多くの本の紹介の整理でアタフタしているので、個々の本のMのコメントは「追って」にします。