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形而上学とは何か_を読む

目次

形而上学とは何か_への道標

書誌

短い紹介と概略目次

400字の紹介文

本書は、伝統的に哲学の一部門であるとされる「形而上学」についての現代的な入門書である。形而上学とは、時間や因果、人の同一性や自由といった、私たちが日常の思考や行為において当たり前すぎて意識することすらない前提、すなわち「世界の基本秩序」を主題とする学問と言える。こうした根源的な問いを解明するため、著者は世界の基礎構造を明らかにする様々な「モデル」を提示する。その試みは、世界の全体像とその中での私たちの位置づけを示す壮大な「見取り図」を描き出す営みへの招待でもある。本書は、当たり前すぎて普段は意識しない世界の根源的な成り立ちを理解したいという、私たちの知的な探究心に応え、その深遠な思索へと読者をいざなう一冊である

概略目次

  • はじめに
  • 序章 形而上学とは何か
  • 第1章 性質と類似性
  • 第2章 因果
  • コラム 必要条件・十分条件・必要十分条件
  • 第3章 部分と全体
  • 第4章 「もの」と「こと」
  • 第5章 時間と様相
  • 第6章 人の同一性
  • 第7章 自由
  • さらに学びたい人のための文献案内
  • あとがき
  • 索引

一口コメント

本_要約と詳細目次(資料)

要旨

本書は、哲学の伝統分野である「形而上学」を、特に20世紀後半以降の分析哲学の文脈で展開された議論を中心に解説する入門書である。形而上学は、私たちが世界について考える際に常に前提としている、世界の「最も基本的な特徴」や「根本的なあり方」を探求する学問分野として定義される。
本書が提示する形而上学の主題は、この世界を秩序立った全体として成立させている「世界の基本秩序」である。これには、時間空間的秩序、因果的秩序、類似性の秩序、部分と全体の秩序、様相的秩序、カテゴリー的秩序が含まれる。探求の主要な方法は「モデルづくり」であり、これらの秩序を成り立たせている世界の基礎構造を同定することを目指す。
議論全体を貫く重要な対立軸として、「還元的モデル」と「非還元的モデル」の区別がある。還元的モデルは、ある現象(例:因果)をそれとは別のより基礎的なもの(例:規則性)に帰着させようとする。対照的に、非還元的モデルは、その現象を世界の還元不可能な根本的特徴として捉え、その明確化を目指す。
本書は、世界の構造を解明する「一般部門」と、その中での人間の位置づけを問う「人部門」の二部構成をとる。各章では、性質、因果、部分と全体、モノとコト、時間と様相、人の同一性、そして自由といった形而上学の核心的テーマを、複数の競合する理論モデルの比較検討を通じて深く掘り下げる。これにより、読者は世界の根本構造と、その中における人間存在の特質についての多角的理解を得られる。

序章:形而上学の主題と方法

本書における形而上学は、主に20世紀後半以降に英語圏で展開された「現代形而上学(分析形而上学)」として紹介される。その核心的な探求領域とアプローチは以下のように要約される。

形而上学の主題:世界の基本秩序

形而上学の中心的主題は、この世界を秩序立った全体として成立させている、一般的かつ包括的な基本秩序である。世界は単なる個物や出来事の寄せ集めではなく、複数の秩序が重なり合って成立する秩序の複合体として捉えられる。本書で探求される主要な基本秩序は次の通りである。

  • 時間空間的な秩序:個物や出来事が時間と空間内に位置づけられることで形成される秩序。
  • 因果的な秩序:出来事間が原因と結果の関係で結びつくことで形成される秩序。
  • 類似性の秩序:個物が性質を共有し、質的に類似することで形成される秩序。
  • 部分と全体の秩序:個物が部分と全体の関係に立つことで形成される秩序。
  • 様相的な秩序:事態が偶然、必然、可能といった特徴を持つことで形成される秩序。
  • カテゴリー的秩序:存在者が個物、性質、出来事といった最も一般的な類(存在論的カテゴリー)に分類されることで成立する秩序。
    これらの秩序は、私たちが知るような世界が成立するための「最も基本的な特徴」である。

形而上学の方法:モデルづくり

形而上学は、これらの基本秩序について深い理解を得ることを目的とし、その主要な方法としてモデルづくり(モデル化)を用いる。

  • モデルの目的:ある秩序の単位となる単純な事実(例:「出来事aはbの原因である」)を取り上げ、その事実を成立させている世界の基礎構造を同定すること。
  • 競合と吟味:一つの事実に対し通常は複数の競合するモデル(「〜説」「〜主義」)が提案される。これらのモデルは、正確さ、単純さ(倹約性)、整合性といった基準に基づき相互に吟味され、世界の真相に迫っていく。

核心的対立軸:還元的モデル vs. 非還元的モデル

形而上学のモデルは大きく二種類に大別される。この区別は本書全体を貫く「縦糸」の役割を果たす。

  • 還元的モデル:探求対象となる事実(例:因果的事実)を、それとは別の、より基礎的な事実(例:因果を含まない事実)に帰着(還元)させようとする。このモデルによれば、世界は究極的には「因果フリー」であり、因果は派生的な位置づけとなる。
  • 非還元的モデル:探求対象となる事実が他の何かに還元されることなく、そのまま世界の基盤の一部をなしていると考える。このモデルの仕事は、対象となる事実の種類分けや他概念との関連を明らかにすることによる「明晰化」である。

二つの部門:「一般部門」と「人部門」

形而上学は「世界全体の見取り図を描くこと」を目指すが、それだけでは不十分である。その見取り図の中に私たち自身の位置づけを描き込む作業も重要な主題となる。

  • 一般部門:世界の基本秩序を対象とする。
  • 人部門:人間存在の基本的あり方を対象とする。本書では次の二つのテーマを扱う。
  1. 人の同一性:時間を通じて人が同一であり続けることは何に基づくのか。
  2. 自由:因果システムとして捉えられる世界の中で、私たちはどのようにして自由な行為者たりえるのか。

第1章:性質と類似性

本章は、事物が性質を持ち、互いに類似するという事実、すなわち「類似性の秩序」を探求する。

問い:性質とは何か

事物が性質を持つとはどういうことか。性質とはどのような存在者であり、事物はそれをどのように「持つ」のか。この問いは、因果的規則性、変化、認識、学習といった世界の基本的あり方を支える重要な事実に関わる。

性質の分類:客観的性質と非客観的性質

性質は、それが私たちの心に依存するか否かで大きく二つに分類できる。

  • 客観的性質:事物がそれを持つかどうかが私たちの反応や態度とは独立に決まる性質(例:「50グラムである」)。自然科学で扱われる性質が典型である。
  • 非客観的性質:事物がそれを持つかどうかが私たちの側の事情に依存する性質。単なる主観ではなく、「間主観的」な妥当性を持つ。
  • 反応依存的性質:感覚的・感情的反応によって決まる(例:「苦い」)。
  • 判断依存的性質:認知的判断によって決まる(例:「おしゃれだ」)。
  • 制度前提的性質:何らかの社会制度の存在を前提とする(例:「調理師である」)。
    非客観的性質は客観的性質の存在を前提するため、議論の焦点は客観的性質に移される。

三つの主要モデル

事物がある客観的性質を持つとはどういうことかについて、以下の三つの主要な理論モデルが提示される。

  1. 普遍者実在論 (Universals Realism)
  • 主張:性質とは、複数の個物によって共有されうる「普遍者」という実在である。事物が性質を持つとは、個物が普遍者を「例化」することである。
  • 利点:日常的表現に近く、直観的で明快である。
  • 課題:普遍者と時空世界との関係が不明瞭である。普遍者が時空を超越するならば説明がオカルト的になり、時空内に存在するとすれば「一つのものが同時に複数場所に存在する」という問題が生じる。
  1. 類似性唯名論 (Resemblance Nominalism)
  • 主張:普遍者は実在せず、世界は個別者のみからなる。性質とは、個物から構成される「類似性クラス」(互いに一定の程度で似ている個物の集まり)にすぎない。
  • 利点:普遍者を想定しないため存在論的に倹約的である。
  • 課題:
  • きめの粗さ:偶然に構成員が一致する二つの集合(例:「黄色いものの集合」と「円錐形ものの集合」)を区別できない。
  • 変化への脆弱性:性質を持つ個物の範囲が変わるとクラス自体が別のものになり、性質の同一性が保てない。
  1. トロープ唯名論 (Trope Nominalism)
  • 主張:性質とは「トロープ」(個別的性質)である。例えば、あるリンゴの赤さと別のリンゴの赤さはそれぞれ別個の存在者であり、「赤さ」と呼ばれるのはこれらの赤さトロープがなす類似性クラスである。
  • 利点:普遍者実在論と類似性唯名論の利点を取り込もうとする。トロープは個別者なので時空との関係は明瞭であり、偶然の構成員一致の区別も可能である。
  • 課題:類似性クラスの安定性に関する問題(個物の出入りによる同一性の問題)に直面するほか、トロープ間の「類似性」という関係自体が普遍者に相当するのではないかという循環の懸念がある。

第2章:因果

本章は、この世界に「因果的秩序」をもたらす因果関係の本質を探求する。「aはbの原因である」が成り立つための必要十分条件は何か、という問いを立てる。

伝統的な還元的・一元論的モデル

因果を、因果以外のより基礎的な単一の関係に還元しようとする三つの主要な説が検討される。

  1. 規則性説
  • 主張:因果とは、あるタイプの出来事に別のタイプの出来事が常に引き続いて起こるという「規則性」(恒常的連接)である。
  • 利点:科学における再現性の重視と合致する。
  • 課題:
  • 偶然的な規則性:因果関係がないにもかかわらず規則性が見られる場合(例:赤いネクタイと競馬の勝利)を排除できない。
  • 共通原因:共通の原因を持つ二つの出来事(例:ウィルス感染による発熱と発疹)を誤って因果関係と見なしてしまう。
  • 確率的な因果:厳密な規則性がない確率的な因果(例:薬の服用と病気の回復)を扱えない。
  1. 反事実条件説
  • 主張:因果とは「反事実的依存」である。「aがbの原因である」とは、「もしaが起こらなかったならば、bも起こらなかっただろう」ということ。
  • 利点:「原因とは結果に違いをもたらすものだ」という直観に合致し、規則性説が直面した偶然的規則性や共通原因の問題をクリアする場合がある。
  • 課題:
  • 因果的先取り:バックアップの原因が存在する場合(例:ベテラン消防士が控えている状況)、実際に原因となった出来事がなくても結果が生じるため、因果関係を正しく認定できない。
  • 循環の疑い:反事実的条件文の真偽を判断する際に、暗に因果的な知識を前提にしている可能性がある。
  1. 確率上昇説
  • 主張:原因は結果の生起確率を上昇させるものである。
  • 利点:規則性説が扱えなかった確率的因果を説明でき、科学における統計的因果研究とも親和性が高い。
  • 課題:
  • 結果の確率を低下させる原因の存在(例:ミスショットが偶然カップインするゴルフの事例)。
  • 因果的先取りの事例では、バックアップの準備行為が結果の確率を上げても、それが原因でない場合がある。

新たなアプローチ

伝統的な還元的・一元論的アプローチの限界から、近年では以下の代替案が注目されている。

  • 多元主義:因果の本質は単一ではなく、複数の異なる要素からなる多元的な現象であるとする。ある場合は反事実的依存、別の場合は確率上昇が因果の本質となりうる。
  • 原初主義:因果は他の何かに還元できない、世界の根本的で原初的な特徴であるとする立場。
  • 傾向性主義:この立場の一種で、因果とは対象が持つ「因果的パワー(傾向性)」が発現するプロセスであると捉える。因果的先取りなどの問題に対処できる可能性がある。

第3章:部分と全体

本章は、「部分と全体の秩序」に関わる核心的問いとして、「全体は部分の総和以上のものか」を探求する。

対立する二つの立場

この問いに対して、二つの対立する見方がある。

  • 要素還元主義:全体は部分の総和に尽くされる。一見独自に見える全体の性質も、部分のレベルの現象に完全に還元・説明可能である。近代科学の成功はこの立場を支持する傾向がある。
  • 要素非還元主義:ある種の全体は部分の総和以上の独自の存在であり、部分だけでは説明しきれない側面を持つ。

非還元主義を支持する論拠と還元主義からの応答

非還元主義を支持するために、主に四つの論拠が挙げられる。

  1. 全体がもつ「新奇」な性質
  • 非還元主義の主張:細胞の活動や生物の行動、物体の色や温度など、あるレベルの全体になって初めて現れる「創発的」な性質が存在する。
  • 還元主義の応答:これらの性質は「機能的還元」によって説明可能である。性質Pを「特定の入力に対し特定の出力を返す因果的機能」として定義し、その機能を実現する下位レベルのメカニズムを同定すれば、Pを下位レベルに還元できる。
  1. 意識
  • 非還元主義の主張:主観的・一人称的な質感(クオリア)は、客観的・三人称的な物理的部分からは見つからず、原理的に還元不可能である(説明ギャップ、ハードプロブレム)。
  • 還元主義の課題:意識は還元主義にとって最大の難問の一つであるが、この論拠は意識を持つ全体にしか適用できない。
  1. 性質の多重実現
  • 非還元主義の主張:痛みや視覚機能のように、同じ高次の性質が異なる種類の下位レベルメカニズムによって実現されうる(多重実現)。そのような性質は下位レベルの性質とは異なる類似性秩序や因果法則的秩序をもたらすため、全体は部分の総和以上のものとなる。
  • 還元主義の応答:本当に「同一の」性質が「異なる種類の」メカニズムで実現されているか疑問であり、真の多重実現事例は想定より少ない可能性がある。
  1. 下向きの規定関係(下向き因果)
  • 非還元主義の主張:規定関係は部分から全体へのボトムアップだけでなく、全体から部分へのトップダウンの方向にも働く。全体の状態がそれを構成する部分のあり方やふるまいを制約・規定することがある(例:粘菌の集合、脳のネットワーク、社会の流行)。
  • 還元主義の課題:この主張は全体を単なる部分の寄せ集め以上の、固有の効力を持つアクターとして捉える見方を提示する。

第4章:「もの」と「こと」

本章は、カテゴリー的秩序の問題として、この世界の基礎的な構成要素は何かという問いを探求する。

対立する世界観:モノ主義 vs. コト主義

  • モノ主義(実体主義):世界の基礎的構成要素は携帯電話や人間のような個別的「物(モノ、実体)」であるとする伝統的かつ常識的な見方。モノは他の何かに還元されない一次的な存在者であると主張する。
  • コト主義:世界の基礎的構成要素は「物」ではなく、出来事、プロセス、事態といった「こと(コト)」であるとする見方。モノはより基礎的なコトから構成される二次的な存在者にすぎないと主張する。

コト主義の二つのバージョン

  1. 事態主義 (State of Affairs-ism)
  • 主張:ウィトゲンシュタインの「世界は事実の総体であり、物の総体ではない」という言葉に沿って、世界の基礎は《対象aが性質Fを持つこと》のような「事態」であるとする。
  • 論拠:
  • 世界の記述:モノや性質の列挙だけでは世界は記述できず、それらが結びついた事態が必要である(真理を生むものとして)。
  • 因果関係:因果関係の項となるのはモノではなく事態である。
  • モノの派生性:モノは常に何らかの事態の一部としてしか存在できず、モノを事態から抽象した二次的存在と考えれば説明可能である。ブラッドリーの無限後退の議論も、事態がモノより基礎的であることを示唆する。
  • モノ主義からの応答:モノが常に性質を持つのはモノが特定の「種」に属し本質的性質を持つからだと説明できる。無限後退は、モノと性質を結びつける「例化」を説明不要の根源的関係として受け入れれば回避できる。
  1. プロセス主義 (Process-ism)
  • 主張:世界の根源は静的なユニットではなく、流動的でダイナミックな「プロセス」である。モノは生成変化のプロセスの中に生じる一時的な「よどみ」にすぎない。
  • 論拠(現代科学の知見に基づく):
  • 生物学:生物個体は構成物質が絶えず入れ替わる動的な平衡状態にあり、固定的なモノというより「流れ(プロセス)」である。
  • 物理学:「場の量子論」によれば、素粒子は自己完結したモノではなく、場の励起状態(プロセス)にすぎない。
  • モノ主義からの応答:
  • 生物について:アリストテレスの「質料形相論」を用いれば、生物を物質(質料)が入れ替わりながらも一定の機能(形相)を維持するモノとして捉えられ、プロセス主義と両立可能である。
  • 素粒子について:「場」自体を一種のモノと見なすこともできる。また、場の量子論を「枠組み理論」と捉え、その中で粒子を扱う相互作用理論(標準模型)を重視すれば、素粒子をモノとして解釈することは依然として可能である。

第5章:時間と様相

本章は、現実を支える「無」や「不在」の次元として、時間(過去・未来)と様相(可能性)を探求する。

様相の形而上学:可能世界

「ある事態Pが可能である」とはどういうことか。この問いに対し、哲学では「可能世界」という概念が分析道具として用いられる。「Pが可能である」とは、「Pが事実であるような可能世界が存在する」ことだと分析される。

可能世界とは何か?

  1. 可能主義 (Possibilism)
  • 主張(D. ルイス):可能世界は私たちの現実世界と全く同等の、具体的な物理的実在である。無数の時空的に隔絶した宇宙が存在し、「現実」は私たちのいる世界を指す指標的な言葉にすぎない。
  • 課題:
  • 存在論的過剰:話すロバやドラゴンまでも具体的に実在すると認めるのは存在論的に放漫である(倹約性への違反)。
  • 認識論的問題:因果的に隔絶した他の世界を私たちはどうやって知り得るのか。
  1. 現実主義(代用主義) (Actualism/Ersatzism)
  • 主張:具体的に実在するのは我々の現実世界のみであり、他の可能世界は命題の集合などの「抽象的」な存在(代用品)にすぎない。
  • 利点:可能主義の課題を回避できる。
  • 課題:循環の問題。「無矛盾な命題の集合」として可能世界を定義すると、「可能である」という概念を分析するために「可能である」という概念(無矛盾性)を前提にしてしまう恐れがある。

時間の形而上学

出来事が持つ時間的特徴は、時制的なA特徴(過去・現在・未来)と無時制的なB特徴(〜より前、〜より後)に分けられる。
理論の対比:

  • B理論(無時制理論):時間の根本的実在はB特徴によって順序づけられた出来事の系列(四次元ブロック宇宙)のみである(永久主義)。A特徴はB特徴と指標的事実に還元可能であり、客観的な「現在」は存在しない。
  • A理論(時制理論):A特徴は還元不可能であり、客観的な「現在」が実在する。A特徴は世界の根本的な特徴である。

二つの主要モデル

  1. B理論(無時制理論)
  • 主張:時間は空間と類比的であり、過去・現在・未来のすべての時点が等しく実在する(四次元ブロック宇宙)。
  • 課題:
  • 時間の「動的な流れ」や「変化」を説明しにくい。
  • 私たちが感じる「現在」の特別なリアリティを説明しにくい。
  • 過去(確定済)と未来(オープン)の非対称性を説明しにくい。
  1. A理論(時制理論)
  • 主張:客観的な「現在」を認め、A特徴の還元不可能性を主張する。
  • 主要バージョン:
  • 移動スポットライト説:四次元ブロック宇宙内を客観的な「現在」というスポットライトが移動する。
  • 成長ブロック説:過去と現在は実在するが、未来はまだ実在しない。世界は「現在」という先端で成長し続けるブロックである。
  • 現在主義:現在のみが実在し、過去も未来も実在しない。
  • 課題:
  • 特殊相対性理論との整合性:絶対的な「現在」や「同時性」の存在は相対性理論と矛盾する可能性がある。
  • マクタガートの矛盾:出来事が過去・現在・未来という両立し得ないA特徴を時を経てすべて持つという想定が矛盾を含むと論じられる。

第6章:人の同一性

本章は「人部門」のテーマとして、人が時間を通じて同一であり続ける(持続する)とはどういうことか、その基礎を探求する。

二つの主要理論

  • 身体説:同一の身体(または脳)が連続的に存続することを同一性の基準とする。人は根本的に物質的対象(身体)であると見る。
  • 心理説:心理状態(記憶、信念、欲求など)が因果的に連続していることを同一性の基準とする。人は根本的に心理状態の連続的系列であると見る。
  1. 身体説 (Body Theory)
  • 論拠:日常的・法的な実践(例:アリバイ、身元確認)と整合的である。
  • 課題:記憶喪失や解離性同一性障害、記憶移植などの思考実験に対処しにくい。これらの事例では直観が身体の同一性より心の連続性を重視する傾向がある。
  1. 心理説 (Psychological Theory)
  • 論拠:身体説が苦手とする思考実験(記憶の入れ替わり等)を説明でき、マインド・アップローディングのような未来技術による「生き延び」を肯定しうる。
  • 課題:
  • 枝分かれ(分裂)の問題:ある人の心理状態が二つの身体にコピーされた場合、どちらも元の人物と同一とされれば同一性の推移律に反する矛盾が生じる。
  • 多すぎる思考者の問題:人とその身体が別個の存在だとすると、同一場所で同じことを考える二つの思考者が存在することになってしまう。

他の選択肢と新たな視点

  • ハイブリッド説:身体説と心理説を組み合わせる試みだが、単純な「かつ」や「または」による結合では新たな問題が生じる。
  • 概念工学:どの説が形而上学的に正しいかを問うのではなく、「人」という概念が社会的実践(約束、責任など)で果たす役割を最もよく満たすように概念を設計・改訂すべきだとする方法論的視点。人の同一性を巡る困難な事例は、私たちの「人」概念を改善するための工学的課題と見る。

第7章:自由

本章は、私たちが自らの意志で行動を選択できる「自由な行為者」であるという常識的自己理解(自由テーゼ)が、科学的世界観、特に決定論と両立しうるかを探求する。

決定論からの挑戦

  • 決定論:この世界で生じるすべての出来事は、より以前の世界の状態と自然法則から必然的に導かれる。
  • 自由懐疑論証:もし決定論が真なら、私たちの行為は生まれる以前の出来事によって既に定まっている。したがって「他のようにも行為できた」は成り立たず、自由な行為は存在しない。
  • リベットの実験:意識的な意志に先立って脳活動(準備電位)が生じることを示した実験。自由意志の否定を示すと解釈されることがあるが、意志とその意識の混同など多くの批判があり決定的な証拠とは言えない。

自由テーゼを弁護する三つの立場

自由懐疑論証に抗して自由を擁護するために、主に三つの立場が提案されている。

  1. 自由意志論 (Libertarianism)
  • 主張:自由と決定論は両立しない。私たちは自由なので決定論は偽であり、自然法則は非決定論的で、そのゆとりの中で自由な選択がなされる。
  • 課題:ランダム性問題――非決定的出来事は自由な選択というより単なる偶然や運になってしまわないか。行為者因果(実体因果)で応答する試みもあるが、神秘的に聞こえ科学的世界観との調和が難しい。
  1. 両立論 (Compatibilism)
  • 主張:自由と決定論は両立可能である。決定論が真でも私たちは自由でありうる。
  • 二つの路線:
  • 余地両立論(古典的両立論):自由の条件「他のようにも行為できた」を、条件文の分析で決定論と整合させようとする。しかしこの分析には反例がある。
  • 源泉両立論:フランクファート型事例(他行為可能性がないが直観的に自由で責任がある事例)を用い、自由には「他のようにも行為できた」ことが必須ではないと主張する。重要なのは行為が外部から強制されたものではなく、行為者自身の内的メカニズム(例:反省的に是認された欲求)から源泉を発していることである。ただし巧妙な操作の事例に弱い。
  1. 強硬な決定論 (Hard Determinism)

課題:刑罰以外の対人関係(愛、尊敬)や達成感といった価値を、自由という前提なしでどう維持するかは大きな疑問である。

主張:自由と決定論は両立しない。決定論が真なので自由は存在しない(自由テーゼを放棄する)。

見解:自由なき世界は想像されるほど悲惨ではないと主張する。たとえば刑罰は「応報」ではなく「隔離」や「抑止」などの目的で正当化できる。

  • はじめに
  • 序章 形而上学とは何か
    • この章で論じること/形而上学の主題──世界の基本秩序へ/いくつかの基本秩序/形而上学の方法──モデルづくりを中心に/還元的モデルと非還元的モデル/世界の見取り図のなかに私たちを描き込む/本書の構成
    • コラム 「形而上学」の語源
  • 第1章 性質と類似性
    • ものは性質をもち、互いに類似する/性質をめぐる問い/性質の重要性/客観的な性質と非客観的な性質/非客観的性質の諸相/客観的性質をもつということ/性質とは何か①──普遍者実在論/普遍者と時空世界の問題/唯名論の基本方針/性質とは何か②──類似性唯名論/いくつかの懸念/性質とは何か③──トロープ唯名論/まとめと関連トピック
  • 第2章 因果
    • 因果の本質とは何か/なぜこの問いが重要か/議論の方法に関する注意/近接性と先行性/因果の本質は何か①──規則性説/因果の本質は何か②──反事実条件説/反事実条件説はどのくらい有望か/因果の本質は何か③──確率上昇説/確率上昇説はどのくらい有望か/これまでの暗黙の前提を問いなおす/多元主義と原初主義/まとめと関連トピック
  • コラム 必要条件・十分条件・必要十分条件
  • 第3章 部分と全体
    • 部分と全体の遍在性/全体は部分の総和以上のものか/問いを明確化する/還元主義と非還元主義/非還元主義の支持理由①──全体がもつ「新奇」な性質/還元主義からの応答──機能的還元/非還元主義の支持理由②──意識/性質の多重実現/非還元主義の支持理由③──新たな関係秩序のなかでの存在/還元主義からの応答──多重実現の実在をめぐって/非還元主義の支持理由④──下向きの規定関係(下向き因果)/まとめと関連トピック
  • 第4章 「もの」と「こと」
    • 「物」の存在感/モノが先か、コトが先か/モノの一般的特徴/モノ主義とはどのような見方か/事態ベースのコト主義(事態主義)/事態が存在すると考えるべき理由/事態は(存在するとすれば)基礎的だと考えるべき理由/モノ主義からありうる応答/プロセス主義/プロセス主義の支持理由①──生物/プロセス主義の支持理由②──素粒子/モノ主義からありうる応答①──生物に関して/モノ主義からありうる応答②──素粒子に関して/まとめと関連トピック
  • 第5章 時間と様相
    • 無によって支えられる実在/時間と様相の形而上学/さまざまな可能性/可能世界という概念/他の様相概念/可能世界とは何か①──可能主義/可能主義への批判/可能世界とは何か②──現実主義(代用主義)/循環の問題/時間についての問い、二種類の時間的特徴/さしあたりの説明/さらなる課題/時間的世界のモデル①──B理論/B理論は時間のモデルとして十分か/時間的世界のモデル②──A理論/A理論の課題/マクタガートと観念論/まとめと関連トピック
  • 第6章 人の同一性
    • 人が同一であり続けるとはどういうことか/身体の連続性/身体とは何か/身体説への異論/こんな議論ありなの?/心理的な連続性/身体説と心理説の対照的な人間観/心理説への異論/他の選択肢──ハイブリッド説/概念工学という考え方/「人」の概念工学/まとめと関連トピック
  • 第7章 自由
    • 自由な行為者としての私たち/自由は実在するか/自由テーゼ/近代以降の決定論/リベットの実験/リベット実験は自由な行為の非存在を「証明」したのか/自由懐疑論証/自由テーゼを手放すことはできるか/自由意志論(リバタリアニズム)/両立論①──余地両立論(古典的両立論)/別のタイプの両立論に向けて──フランクファート型事例/両立論②──源泉両立論/自由なき世界はそこまで悪いものか──強硬な決定論(自由懐疑論)/自由なき世界のゆくえ/まとめと関連トピック
  • さらに学びたい人のための文献案内
  • あとがき
  • 索引

Mのコメント(内容・方法及び意味・価値の批判的検討)

ここでは、対象となる本の言語空間がどのようなものか(記述の内容と方法は何か)、それは総体的な世界(言語世界)の中にどのように位置付けられるのか(意味・価値を持つのか)を、批判的思考をツールにして検討していきたいと思います。ただサイト全体の多くの本の紹介の整理でアタフタしているので、個々の本のMのコメントは「追って」にします。

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