Earth for All 万人のための地球_への導入
書誌

600字紹介
本書は、現代世界が直面する気候災害、環境悪化、深刻化する不平等といった複合的危機を、個別の問題ではなくシステム全体の失敗とし、技術的・経済的に実現可能である「大きな飛躍」という再生の道筋を、科学的根拠とともに提示する。本書は、警鐘であり、実践的ガイドでもある。
複合的危機の緊急性を浮き彫りにするため、本書は人類の未来について対照的な二つのシナリオを提示する。一つは現状の経済システムを継続することで社会的緊張が増大し、破綻へと向かう「小出し手遅れ」の未来。もう一つはシステムを根本的に変革し、より公平でレジリエントな社会を築く「大きな飛躍」の未来である。
本書が示す「大きな飛躍」は単なる理想論ではない(はずだ)。貧困の解消、不平等の是正、女性のエンパワメント、食料システムの変革、クリーンエネルギーへの移行という相互に連関した「5つの劇的な方向転換」を柱とする具体的な行動計画である。著者らは、これら5つのレバーこそがシステム全体を再生へ導く不可欠な要素だと論じる。その提言の信頼性を支えるのが、『成長の限界』から50年を経て開発された最新のシステムダイナミクスモデル「Earth4All」である。このモデルは、社会の安定性を経済・環境指標と結びつける「社会的緊張指数」を導入しており、分析に深みを与えている。著者らが描くのは、必要な知識、技術、そして資金(世界の年間所得の2~4%)はすでに存在し、この未来は十分に「実現可能(doable)」であるという力強い楽観論だ。
本書は人類のための「21世紀的サバイバルガイド」であり、私たちが目指すべき未来への指針である。人類の未来に関心を持つすべての人にとって、この変革は一世代で達成可能であることを確信するための必読の書である
一口コメント
非常に良くできた本だと思うが。「聖書」ではない。問題点をどんどん洗い出し、叩いていくことが、未来を切り拓くだろう。
要約と目次
要旨
本書は、人類が文明の存続をかけた岐路に立っていると警鐘を鳴らす。気候変動、不平等、貧困、食料・エネルギー危機といった相互に関連する「メタクライシス」に直面し、世界は「ブレークダウン(崩壊)」か「ブレークスルー(突破)」かを選ばねばならない。本書は、新たなシステムダイナミクスモデル「Earth4All」を用いて、二つの未来シナリオを提示する。
- 「小出し手遅れ」シナリオ: 現行の経済システムを維持し、漸進的改善に留まる場合、21世紀半ばに社会的緊張が世界的に高まり、地域的な社会崩壊リスクが増大する。地球の平均気温上昇はパリ協定の目標を大きく上回る約2.5℃に達し、地球システムが回復不可能な転換点(ティッピングポイント)を越える可能性が高まる。
- 「大きな飛躍」シナリオ: 経済システムを根本的に変革し、5分野で大胆な政策転換を行う場合、2050年までに絶対的貧困を撲滅し、気候変動を抑制(2℃を十分に下回る水準で安定化)し、すべての人々のウェルビーイングを向上させることが可能である。
この「大きな飛躍」を実現するロードマップが「5つの劇的な方向転換」である。対象は、貧困、不平等、女性のエンパワメント、食料、エネルギーの5分野におけるシステム全体の変革である。これらの問題の根本原因は、短期的利益と富の集中を優先し、人間と地球のウェルビーイングを犠牲にしてきた現代の経済システム、特に「レンティア資本主義」にあると指摘される。解決策として、GDP成長至上主義からの転換と、共有資源(コモンズ)から得られる富を「市民ファンド」を通じて全市民に再分配する「ウェルビーイング経済」への移行が提唱されている。G20諸国を対象とした調査では、市民の74%がこのような経済システムの変革を支持しており、変革への機運は高まっている。
序論:岐路に立つ文明
『成長の限界』の発表から50年を経て、本書は人類が自ら作り出した地球規模の緊急事態に直面していると論じる。気候災害、環境悪化、深刻な不平等は個別の問題ではなく、連動した「メタクライシス(より高次の危機)」の表れである。本書の核心的主張は、人類の長期的未来が、今後数十年の間に以下の「5つの劇的な方向転換」を達成できるかにかかっているという点にある。
分析の基盤は、「万人のための地球(Earth4All)」イニシアチブである。本プロジェクトは、世界で活躍する経済思想家による「変革のための経済学委員会」と、システムダイナミクスモデル「Earth4All」という二つの知的エンジンを持つ。このモデルは、経済政策が社会や環境に与える複雑なフィードバックループを検証し、特に二つの新しい指標を導入している点が特徴である。
- 社会的緊張指数(Social Tension Index): 不平等の拡大やウェルビーイングの低下が社会の信頼を損ない、政治的不安定化を引き起こすリスクを定量化する指標。
- 平均ウェルビーイング指数(Average Wellbeing Index): GDPのような単純な経済活動の尺度を超え、所得、公共サービス、平等性、環境状態などを総合的に評価して人々の生活の質を示す指標。
これらのツールを用い、本書は人類が取り得る未来の経路を具体的に描き、持続可能で公平な社会への実現可能な道筋を提示する。
2つの未来シナリオの分析
背景:『成長の限界』から50年
1972年の『成長の限界』はWorld3モデルを用い、有限な地球で無限の成長を追求した場合、21世紀前半に社会が崩壊する可能性を警告した。半世紀を経て、その警告は現実のデータによって支持されている。近年の研究(ガヤ・ヘリントン、2021年)では、現実世界の動向が『成長の限界』の「現状なりゆき(BAU)」シナリオに非常に近い軌道を辿っていることが示された。
この50年間で科学的認識は進展し、地球が人類の活動によって新たな時代「人新世(Anthropocene)」に入ったことが明らかになった。人類の活動が地球の生命維持システムを不安定化させ、9つの「プラネタリーバウンダリー(地球の限界)」のうち、気候変動、生物多様性、化学物質汚染など5つを既に突破したと結論づけられている。
シナリオ1:「小出し手遅れ」(Too Little Too Late)
このシナリオは、過去40年間と同様の経済力学が継続し、政策が断片的かつ漸進的改善に留まる場合の未来を描く。
- 経済と社会: 低所得国の経済発展は停滞し、貧困が長期化する。豊かな国々では不平等が拡大し、21世紀半ばに「社会的緊張指数」が劇的に上昇する。これにより社会の信頼が損なわれ、民主主義が機能不全に陥り、気候変動など長期課題への対応能力が著しく低下する。
- 環境: エネルギー転換が市場任せでは遅々として進まず、世界の平均気温上昇は2100年までに約2.5℃に達する。アマゾン熱帯雨林の喪失や氷床融解といった不可逆的な転換点(ティッピングポイント)を越えるリスクが高まる。
- 人間への影響: 架空の4人(シュウ=中国、サミハ=バングラデシュ、アヨトラ=ナイジェリア、カーラ=米国)を通じて、大気汚染、洪水、山火事、経済不安が常態化し、世代間格差が固定化される未来が示される。
シナリオ2:「大きな飛躍」(Giant Leap)
このシナリオは、五つの劇的な方向転換を即時かつ強力に実施し、経済システムを根本から再構築した場合の未来を描く。
- 経済と社会:
- 2030年代初頭に極度の貧困が撲滅され、2050年までにあらゆる形の貧困が解消される。
- 富裕層への累進課税や市民ファンドによる「普遍的基礎配当」により、上位10%の所得シェアが国民所得の40%未満に抑制され、不平等が大幅に是正される。
- 社会的信頼が回復し、政府が教育、医療、インフラへ効果的に投資できるようになり、「平均ウェルビーイング指数」が着実に上昇する。
- 環境:
- 温室効果ガス排出量は「炭素の法則(10年ごとに半減)」に従って急減し、気温上昇は2℃を十分に下回る水準で安定する可能性が高い。
- 再生型農業の普及により農地拡大が止まり、森林の再生が始まる。
- 人間への影響: 架空の4人は、普遍的な教育と医療、経済的セーフティネットにより気候変動の影響に適応しつつ自らのキャリアを追求し、安定した生活を送ることができる。社会は回復力を高め、好循環が生まれる。
成功へのロードマップ:5つの劇的な方向転換
「大きな飛躍」を実現するには、以下の五分野で同時並行のシステム変革が不可欠である。
1. 貧困の撲滅
- 課題: 国際金融・貿易システムは低所得国に重い債務を課し、グリーンな開発に必要な選択肢を奪っている。これにより貧困と気候対応の二者択一を迫られる構造が生まれている。
- 解決策:
- 国際金融システムの改革:IMFや世界銀行の役割を変革し、低所得国への投資リスクを軽減する。特別引出権(SDRs)を気候対策やグリーン雇用創出に大規模に配分する。
- 債務の帳消し:返済不可能な債務を免除し、各国が自国民のウェルビーイング向上に資金を投じられるようにする。
- 世界貿易の改革:排出責任を消費地に求めるなど炭素計上方法を見直し、低所得国が不当なペナルティを受けずに成長できるルールを構築する。
- 技術アクセスの改善:知的財産権の制約を緩和し、再生可能エネルギーや医療などの重要技術を低所得国へ安価に移転する。
2. 不平等の是正
- 課題: 極端な不平等は社会的信頼を蝕み、政治を不安定化させ、地球規模課題への集団的行動を妨げる。また富裕層による過剰な炭素消費を助長する。
- 解決策:
- 累進課税の強化:所得税に加え、富裕税や相続税を強化し、タックスヘイブンを封鎖して多国籍企業の課税を徹底する。
- 労働者のエンパワメント:労働組合の交渉力を強化し、従業員が企業意思決定に参加できる仕組み(従業員株式所有制度など)を導入する。
- 市民ファンドと普遍的基礎配当:土地・鉱物・データなどコモンズの利用から得られる富を利用料として徴収し、それを全市民に配当することで経済的セーフティネットと公平な再分配を実現する。
3. 女性のエンパワメント
- 課題: 教育、経済機会、賃金におけるジェンダー格差が世界中に根強く、社会全体の発展を阻害している。
- 解決策:
- 普遍的な教育と医療への投資:すべての女児・女性が質の高い教育と保健サービスを受けられるようにする。教育は暗記型から「批判的思考」や「システム思考」を重視する内容へと転換する。
- 経済的自立とリーダーシップの確保:同一労働同一賃金を実現し、女性の指導的地位進出を妨げる「ガラスの天井」を打破する。
- 経済的安定の提供:女性を含むすべての市民に十分な年金を保証し、普遍的基礎配当などで経済基盤を強化する。
- 副次的便益:これらの施策により女性の選択肢が増え、人口は2050年頃に90億人を下回る水準で安定化に向かう可能性が高まる。
4. 食料システムの変革
- 課題: 工業型農業は温室効果ガス排出、森林破壊、生物多様性喪失、水質汚染の主要因である。一方で約8億人が栄養不良に苦しみ、20億人が過体重または肥満という矛盾が存在する。
- 解決策:
- 農業革命:土壌の健康を回復し炭素を貯留する「再生型農業」と、少ない投入で収量を最大化する「持続的集約化」を推進する。農地拡大を止め、劣化地を再生する。
- 食生活の転換:工業的に生産された赤身肉の過剰消費を減らし、野菜・果物・豆類中心の健康的かつ環境負荷の小さい食事への移行を促進する。
- 食料ロスと廃棄の撲滅:生産から消費までのバリューチェーン全体で発生する食料廃棄(約3分の1)を大幅に削減する。
5. エネルギーシステムの転換
- 課題: 世界経済の化石燃料脱却の速度は、「炭素の法則(10年ごとに排出量を半減)」の要求に追いついていない。エネルギーアクセスの不公平も深刻である。
- 解決策:
- システム全体の効率化:最終用途のエネルギー需要に注目し、技術革新と社会システム設計で生活の質を保持しながら2050年のエネルギー需要を現在より最大40%削減する。
- ほぼすべての電化:暖房、輸送、産業プロセスなど、現在化石燃料を燃やしている用途を電化へ移行する。
- 再生可能エネルギーの指数関数的成長:太陽光と風力を中核に据え、蓄電池技術とともに大規模展開することで、限界費用がほぼゼロの安価なクリーンエネルギーを供給する。
経済運営システムの再設計
五つの方向転換の根底にあるのは、現在の経済システムの根本的欠陥である。第二次世界大戦後の公益志向の経済モデルは、1980年代以降に市場自由化、規制緩和、金融化を進める新自由主義へと移行した。その結果、生産的活動より既存資産(金融・不動産など)から不労所得を得ることを優先する寄生的な「レンティア資本主義」が台頭した。このシステムは、共有資源である「コモンズ」(土地・大気・水・知識など)から価値を収奪し、富を一部資産家に集中させることで不平等と環境破壊を加速させてきた。
この「ゲームボード」を描き直すには、経済の目的をGDP最大化から人間と地球の「ウェルビーイング」向上へ転換する必要がある。
- 新たな経済パラダイム:経済の健全性を年間フロー(GDP)ではなく、資本ストック(生産的、自然的、知的、社会的コモンズ)の維持と増強で測る。
- 中核政策:市民ファンドを設立し、コモンズ利用から得られる富を利用料として徴収し、それを「普遍的基礎配当」として全市民に公平に分配する。これは富の再分配であると同時に、変革期の経済的セーフティネットとしても機能する。
- 変革のコスト:この「大きな飛躍」に必要な投資は世界の年間GDPの2〜4%と推定される。これは未来の破滅的コストを回避するための投資であり、十分に実現可能である。
結論:行動への呼びかけ
本書が提示する「大きな飛躍」はユートピア的な夢物語ではない。社会運動の高まり、新しい経済理論の出現、クリーン技術の指数関数的発展、そして政治的機運の変化が結集し、社会は既に転換点の淵に立っている。
G20諸国を対象とした世論調査では、市民の74%が「利益や経済成長のみの追求よりも、ウェルビーイング、健康、地球の保護を優先するために経済システムを変革すべき」と考えていることが示された。これは大胆な変革に対する強い民衆の支持が存在することを示す。
この変革を実現するには、政府、企業、市民一人ひとりの行動が不可欠である。政府は富の公平な共有や将来世代のための制度構築、進歩の尺度の変更に真摯に取り組む必要がある。市民は社会運動に参加し、未来を重視する政治家に投票し、地域で経済変革に関する対話を始めることが求められる。
人類が直面する課題は大きいが、本書が示す道筋は私たちが共有する価値――家族、尊厳、住みよい地球――を守るための最も確かな希望である。
- 本書に貢献した人々・翻訳者・翻訳協力者一覧・序文
- 第1 章 万人のための地球:健全な惑星で世界的な公正を実現するための 5つの劇的な方向転換
- ブレークダウンかブレークスルーか?
- 未来シナリオの来歴
- 「成長の限界」から「プラネタリーバウンダリー」へ
- 「万人のための地球」構想
- 経済システムの変革への人々の支持
- 第2章 「小出し手遅れ」か「大きな飛躍」か: 2つのシナリオの検討
- 1980年から 2020年までの簡潔なレビュー
- シナリオ1: 「小出し手遅れ」シナリオ
- シナリオ2: 「大きな飛躍」シナリオ
- 私たちは協働してどのようなシナリオを創っていくのか?
- 第3章 貧困との訣別
- 私たちの現在の問題は何か?
- 貧困の方向転換:課題への挑戦
- 解決策1:政策策定範囲の拡大と債務への対応
- 解決策2:金融構造を変革する
- 解決策3:世界貿易を変革する
- 解決策4: 技術へのアクセスの改善と技術のリープフロッグ
- 解決策を阻むもの
- 結論:貧困の方向転換
- 第4章 不平等の方向転換:「配当の共有」
- 経済的不平等の問題点
- より大きな公平性に向けた大きな飛躍
- 平等のレバーの障壁を克服するために
- 結論
- 第5章 エンパワメントの方向転換:「ジェンダー平等の実現」
- 人口
- すべてを方向転換させる
- 教育を変革する
- 経済的自立とリーダーシップ
- 安心できる年金と尊厳ある老後
- 結論
- 第6章 食の方向転換:食料システムを人間と地球の健康に寄与するもの にする
- 地球の生物圏の消費
- 解決策1:農業に革命を起こす
- 解決策2:食生活を変える
- 解決策3:食料のロスと廃棄をなくす
- 障壁
- 結論
- 第7章 エネルギーの方向転換:「すべてを電化する」
- 課題
- 上を見ないで
- 解決策1: システム効率化の導入
- 解決策2: (ほとんど)すべてを電化する
- 解決策3:新たな再エネの指数関数的な成長
- Earth4Allの分析に見るエネルギーの方向転換
- 障壁
- 結論
- 第8章 「勝者総取り」資本主義から Earth4All経済へ
- 新たな経済運営システム
- レンティア資本主義の台頭
- 人新世におけるコモンズの再考
- 従来型の経済のゲームボード
- ゲームボードを描き直す
- 短期主義:寄生的な金融システムへの道
- システムチェンジの具体化
- システムの失敗を解決する
- 結論
- 第9章 今こそ行動を
- 「万人のための地球」は思ったよりも近くにあるか?
- 湧き上がる声
- 付録 Earth4Allモデル
- モデルの目的
- モデルの歴史
- モデルの主要部門
- モデルの因果ループ図
- モデルの斬新性
- 「万人のための地球」ゲーム
- 注釈
- 原著者について
- 訳者あとがき
- 索引
Mのコメント(言語空間・つながり・批判的思考)
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