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難解な本を読む技術_を読む

目次

難解な本を読む技術_への道標

書誌_難解な本を読む技術 (光文社新書):高田明典

短い紹介と大目次

短い紹介

本書は、難解な本を理解するための「読書の技術」を、受動的ではなく能動的な営みとしての体系的なスキルとして捉えている。著者によれば、読書とは知識や思想を自分のものとする能動的な行為であり、その技術は「同化読み」と「批判読み」という二つの主要な態度に分けられる。特に難解な本を扱う本書の基本方針は、読者が自らの思考を深める「開いている—登山型の本」と、著者の論理を追跡する「閉じている—登山型の本」を「同化読み」で習得することに焦点を当て、読書のプロセスを「準備」「通読(一度目)」「詳細読み(二度目)」の段階に分けて具体的に解説している。最終章では、複数の関連書籍をテーマや著者ごとに読み進め、知識をより大きな構造の中に位置づける「包括読み」や「系統読み」といった高度な技術にも触れ、効率的な学びと深い理解の達成を目的としている。

大目次

  • はじめに
  • 第1章 基本的な考え方
  • 第2章 準備
  • 第3章 本読みの方法⑴ 一度目:通読
  • 第4章 本読みの方法⑵ 二度目:詳細読み
  • 第5章 さらに高度な本読み
  • おわりに──思想を「生かす」ということ
  • 付録1 読書ノートの記入例
  • 付録2 代表的難解本ガイド

一口コメント

要約と詳細目次

要旨

本書は「読書は技術である」という基本理念に基づき、特に難解とされる思想書を理解するための体系的かつ実践的な方法論を提示する。読書を単なる受動的な情報受信ではなく、知識や思想を自らに取り込む能動的な営みと位置づけ、そのための具体的な技術を解説する。

本書の核心は、本を構造や読者の態度によって戦略的に分類し、それぞれに適したアプローチを取ることの重要性にある。本は、概念を積み上げる「登山型」と多様な景色を見せる「ハイキング型」、著者の結論が明確な「閉じている本」と読者の思考を促す「開いている本」に分類される。読者は、著者の論理に沿って理解しようとする「同化読み」と、問題点を探る「批判読み」という態度を選択する。

実践的なプロセスとして、「予備調査・選書 → 通読 → 詳細読み」という段階的な読書法を推奨する。特に、理解の過程を可視化し、知識を体系化するツールとしての「読書ノート」作成が不可欠である。初回の通読では全体のおおまかな地図を作り、二度目の詳細読みでは「わからなさ」の原因を特定して一つずつ解決していく。

最終的に、読書の目的は単なる知識の蓄積に留まらない。過去の思想を現代の文脈で再解釈し、未来を創造するための創造的行為である。眠っている思想を現代に「生かす」ことこそが読書の醍醐味であり、最も重要な意義であると結論づける。

第1部: 読書の基本理念

1.1 読書は能動的な技術である

本書の根幹は、読書が単に「情報を受け取る」受動的な行為ではなく、「知識や思想を自分の内部に取り込む能動的な営み」であるという点にある。この能動的な営みには習得可能な「技術」が存在するが、学校教育などで体系的に教わる機会はほとんどない。論文の読み方のように研究者養成課程で必然的に習得される場合もあるが、多くは個人の努力に委ねられているのが実情である。

  • 読書の価値: 本は「最も安価かつ効率的に知識を習得できる道具」である。わずかな費用で人生観を変えるほどの体験が得られる可能性を秘めているが、それは読者の能動的な関与があって初めて実現する。
  • 技術としての読書: この能動的な営みを効率的かつ効果的に行うための方法論が存在し、体系的に学ぶことで難解な本への理解度を飛躍的に高めることができる。

1.2 「わかる」ことの本質

本を読んで「わかる」「理解する」とは、そこに書かれている概念を「使える」状態を指す。特定の文脈や問題に対してその概念を適用し、何らかの答えを導き出せる能力を意味する。

  • 適用範囲の理解: どの思想や発見も万能ではない。その概念がどのような問題に適用可能か、その「適用範囲」を把握することが理解の第一歩である。
  • 著者の「問題」意識の把握: 難解な本では、著者が取り組んでいる「問題」が明示されていないことが多い。読む側はまず「この著者は結局何をしたいのか」を明らかにすることに努める必要がある。著者の他の著作や解説書を参照することが有効な場合もある。

1.3 翻訳書との向き合い方

本書は主に思想系の翻訳書を対象としており、翻訳の問題は避けて通れない。しかし、一般に言われる「翻訳が悪い」という問題は、読解においてそれほど大きな障害とはならないと論じる。

  • 翻訳の質: 名著は相応の翻訳者が担当しており、総じて質は高い。日本語として不自然に感じられる場合も、原著の語に忠実であろうとした結果であることが多い。
  • 文脈理解の重要性: 専門的な研究者でない限り、翻訳で思想を理解することに大きな問題はない。重要なのは単語の正確さよりも文脈や全体像の理解であり、これは原著でも同様に必要とされる。
  • 翻訳の利点: 日本には質の高い翻訳が豊富にあり、その利得を享受しない手はない。原著を読むには多大な時間がかかるため、効率の観点からも翻訳を読むほうが優れている場合が多い。

第2部: 読書戦略のための分類法

難解な本にアプローチするため、本書では本をその構造や性質によって分類し、読者が取るべき態度を明確にする戦略的アプローチを提唱する。

2.1 本のタイプ分類

分類特徴読み方のポイント代表例(本書より)
登山型概念や論理を一つずつ積み上げていく構成。途中から読んでも理解が困難。最初のページから順を追って着実に理解を積み重ねる必要がある。ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』、スピノザ『エチカ』
ハイキング型様々な概念や論理が次々と提示される構成。景色を楽しむように読む。個々の概念の深追いに固執せず、全体の流れや論の広がりを楽しむ。デリダの多くの著作、ナンシー『共同‐体』
閉じている本著者が明確な結論を持ち、そこに向けて論理を構築する。読者は比較的受動的に著者の論理を追跡することが中心となる。スピノザ『エチカ』
開いている本著者が意図的に考えを開いたままにし、読者の思考構築を促す。読者自身が「で、何なのか?」という問いに答えを創出しながら読む必要がある。フーコーの著作、デリダの著作
外部参照が必要な本理解のためにその本以外の知識(専門用語、前提知識など)が必要。自分の現在のレベルを把握し、必要に応じて入門書や参考書で知識を補う。ラカン『エクリ』

2.2 読者の態度による分類

  • 同化読み: 「その本の内容を著者の方針にしたがって理解しようとする」態度。著者を前提に、不明な点は自分の無理解に起因すると考えて読み進める。難解な名著を読む際の基本姿勢として推奨される。
  • 批判読み: 疑問を持ち、問題点を発見することを主眼に読む態度。著者の誤謬や論理の不備を探しながら読む。評価が定まっていない本や、より高度な読書技術として位置づけられる。

2.3 本書が想定する読書パターン

本書ではこれらの分類を組み合わせ、特に次の2つのパターンを中心に想定する。

  1. 閉じている − 登山型 − 同化読み
  2. 開いている − 登山型 − 同化読み

多くの難解本がこれらのパターンに対応可能であり、まずはこの二つの技術を習得することを推奨する。

第3部: 実践的読書プロセス

本書が提唱する読書プロセスは、準備から深い理解に至るまでの段階的なアプローチを特徴とする。

3.1 準備段階:戦略的選書

読書の成否は選書で半分が決まる。「読むべきでない本」を読む時間的損失は甚大であり、「ゴミが入ればゴミが出る」という格言の通り、質の悪い情報は精神に悪影響を及ぼす。

  • 「棚見」の技術: 大規模な書店で関心のある分野の棚を眺めることで、その分野の全体像や構造(「知識の容器」)を頭の中に形成する。
  • 興味の細分化: 「積み上げ式」の勉強法にとらわれず、自分の興味の中心である専門的な本から直接読み始めるべきである。必要な知識は必要になった時点で入門書などで補えばよい。
  • 購入する本の決定: 自分の理解できる範囲の上限を少し超えたレベルの名著を選ぶことが、成長につながる最良の選択である。

3.2 一度目の読み:通読

初回の通読の目的は内容を完全に理解することではなく、本全体のおおまかな地図、特に「わからないことの地図」を作ることである。

  • 読書ノートの外形作成: 読み始める前に、目次に合わせてノートに章ごとの区分を作り、枠組みを準備する。これにより知識を格納するための「容器」ができる。
  • メモの取り方:
  1. 余白を多くとる(後で追記するため)。
  2. ラフに書く(速度を重視し完璧を目指さない)。
  3. 疑問点を記録する(不明な用語や概念に「?」を付ける)。
  4. 重要語をメモする(繰り返し現れる単語を書き出す)。
  5. ページ番号を記載する(後で参照しやすくする)。

3.3 二度目の読み:詳細読み

通読で作った地図をもとに細部を埋めていく。一度目で「?」を付けた箇所に立ち止まり、理解を深める。

  • 「わからなさ」の分析: 理解できない箇所に遭遇したら、その原因を次の四つの観点から考察する。
  1. 用語理解の不十分さ(以前に説明された用語を理解していない)。
  2. 論理関係の不十分さ(主張が導かれる論理の筋道を追えていない)。
  3. 問題の理解の不十分さ(その部分が全体の議論でどの役割を果たすかが不明)。
  4. 図示の必要性(著者の主張が図形的・比喩的イメージで表現されている)。
  • 具体的対処法: 原因が特定できれば、それに応じた対処法(前の部分に戻る、対概念に着目する、外部参照にあたる、論理関係を図示するなど)を適用する。
  • どうしてもわからない場合:
  • いったん寝かせる: 本棚の見える場所に置き、時間を置くことで経験や知識が追いつき、理解可能になる瞬間を待つ。
  • 誰かに聞く: 専門家や信頼できる人物に質問する。ただし、自分で考え抜いた痕跡が見える「まともな質問」を用意することが重要である。

第4部: 高度な読書技術と読書の目的

一冊の本を深く読む技術を身につけた先には、複数の本や分野を有機的に結びつけるより高度な読書の世界が広がる。

4.1 複数書籍の有機的連携

読書法目的と方法
包括読み・縦断読みあるテーマを設定し、関連書籍を広く渉猟してそのテーマ全体の地図を作る。個々の本を深く読むより文献リストを作成し全体像を把握する。
系統読みテーマの思想的な影響関係(根→茎→花)を意識しながら、複数の基本文献を体系立てて読み進める。
著者読み特定の一人の著作群を、その思想の変遷や体系性を意識しながら網羅的に読む。
関連読み・並行読み異分野の書籍間に「問題」「手法」「概念」の共通性を見出し、知識を統合する。共通性を感じる本を同時並行で読むことで理解を深める。

4.2 「読まない」読書

効率的な情報収集のためには「何を読まないか」を選択する技術が重要である。限られた時間の中で目次や小見出しから内容を判断し、無駄・有害・不要な部分を読み飛ばすことは、読書技術の核心と言える。これは「つまみ食い」によって情報のエッセンスを得る戦略である。

4.3 究極の同化読み

特定の著者や著作に深く没入し、「その著者と同じ頭になる」ことを目指す読書。論理的理解を超え、あたかも自分がその文章を書いているかのように著者の思考をなぞる。これは一種の錯覚でありながら、思想と同化する至福感を与え、読書の醍醐味をもたらす。

4.4 思想を「生かす」ということ:読書の最終目的

読書の最終的目的は単なる知識の吸収ではない。過去の思想を現代の文脈で再解釈し、未来を創造するための能動的かつ創造的な営みである。

  • 読書は再解釈である: 時代状況の異なる読者が本を読む行為自体が、その思想を現代に蘇らせる解釈である。
  • 眠れる思想の覚醒: 図書館で眠っている思想は、読者によって再発見され、現代的な意義を与えられることで「生き返る」。
  • 未来の構築: 学問の基礎は知識の蓄積であり、読書はその継承の中心にある。先人の知を継承し、それを用いることで私たちはより良い未来を作り出すことができる。

付録: 代表的難解本の読解ガイド(要約)

付録では、本書で提示した読解技術を10人の著者の代表的な難解本に適用し、具体的なアプローチを解説する。

1. ジャック・デリダ (Jacques Derrida)

  • 著者の特徴の要約 デリダの著作『有限責任会社』の難解さは主に「ハイキング型」の構造に起因する。これは論理を直線的に積み上げる「登山型」とは異なり、読者に積極的な思考の展開、すなわち自らテクストに「踏み込む」ことを要求するスタイルである。彼の著作は読者をいきなり高地に立たせ、見慣れた日常の景色を「奇妙な景色」として再提示することで、新たな思索を促す。
  • 読解スタイルの解説 言葉遊びやパロディは単なる余興ではなく、彼の思想の中核をなす方法論である。読書体験は息も絶え絶えで景色を楽しむような「軍事教練」にたとえられ、読者の認識の枠組みを揺さぶる知的挑戦となる。
  • 読解への心構え デリダを読む際は、論理を積み上げる「登山型」と、景色を眺め思索を促す「ハイキング型」を意識的に区別することが重要である。特にハイキング型では、細部の表現にこだわりつつ、その知的遊戯を「楽しむ」前向きな姿勢が不可欠である。

2. バールーフ・デ・スピノザ (Baruch De Spinoza)

  • 著者の特徴の要約 スピノザは現代思想に大きな影響を与えた哲学者であり、ラカン、デリダ、ドゥルーズ、ナンシー、ネグリ、柄谷行人らがしばしば「スピノザの子供たち」と称されるほど参照されている。しかし主著『エチカ』は哲学書の中でも屈指の難解さで知られている。
  • 著作の性質 『エチカ』は「閉じた本」の典型であり、外部の知識や文献をほとんど参照せず、書物内部の論理で完結する。構造は「定義」と「証明」という幾何学的秩序に従って論理を純粋に積み上げる、典型的な「登山型」である。
  • 読解の要点 読解の鍵は、スピノザが提示する「定義」を書物内だけで通用する特別な「用法宣言」として受け入れることである。それに忠実に従い、各論証過程を丹念に追跡することで、壮大な論理体系が理解できる。

3. ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン (Ludwig Wittgenstein)

  • 著者の特徴の要約 ウィトゲンシュタインは思考の進め方が非常に論理的で、飾り気のない表現を特徴とするため、「エンジニア御用達の哲学者」とも評される。彼の思想はアマチュアから専門家まで幅広い層を魅了している。
  • 著作へのアプローチ 思想の変遷と連続性を理解するには段階的な読書が有効である。まず入門書から入り、前期と後期の橋渡しとなる『青色本』を経て、前期の『論理哲学論考』、後期の『哲学的探求』へ進むのがよい。
  • 『論理哲学論考』の特異性 本書は研ぎ澄まされた「登山型」の著作であり厳密な論理の積み上げを要求する。その山道を登り切った先には、世界のあり方を変容させるような「美しい風景」が見えるという特異な読書体験が待っている。

4. フェルディナン・ド・ソシュール (Ferdinand de Saussure)

  • 著者の特徴の要約 ソシュールの『一般言語学講義』は言語学の枠を超え、20世紀以降の現代思想全体の潮流を決定づけた基本文献とされる。構造主義をはじめ多くの潮流が本書に源流を持つ。
  • 著作の構造と読解法 本書は講義録で構成が入り組んでいるため、読者は関心に応じて読むべき部分を選ぶ必要がある。特に「序説」から「第II編 共時言語学」までは概念を一つずつ積み上げる純粋な「登山型」であり、外部参照をほぼ必要としない「閉じている」本として読解すべきである。
  • 現代的意義 「通時言語学」を扱う第III編以降は、現代思想でも未消化な論点を多く含む。ここは単なる古典としてではなく、言語変化や構造の発生といった今日的課題に接続する「現代思想」として読むことが重要である。

5. ジークムント・フロイト (Sigmund Freud)

  • 著者の特徴の要約 フロイトの精神分析理論は現代人の自己理解に深く浸透しているが、著作、特に『精神分析入門』は表面的に平易な語り口の裏に巧妙な難解さを秘めている。
  • 著作の構成と罠 『精神分析入門』は前半で身近な事例を提示し、理論の核心部分の説明を後半の難解なパートへ意図的に「先送り」する構成をとる。読者はこの構造を意識し、「先送りにされた問題」が何であったかを常に念頭に置きながら読む必要がある。
  • 読解の核心 本書は明確な主張を持つ「閉じている─登山型」の著作でありながら、最終的な結論、すなわち「山頂への道」が隠されている。フロイトの主張の多くは別著『快感原則の彼岸』において語られており、その隠された部分を読み解くことこそ現代におけるフロイト読解の真の意義である。

6. ミシェル・フーコー (Michel Foucault)

  • 著者の特徴の要約 フーコーの探究の中心は、社会を支える「価値観」がいかに偶発的な出来事の蓄積によって形成されてきたかを解明することにある。そのため、彼の著作が難解とされるのは、明確な結論を提示せず読者自身に思考の構築を促す「開かれている」スタイルにある。彼は思考のための素材を提供し、最終判断を読者に委ねる。
  • 『言葉と物』の複合的構造 代表作『言葉と物』は極めて複雑で、概念の厳密な積み上げ(「登山型」)、歴史的事例の提示(「ハイキング型」)、読者への問いかけ(「開かれ」)の三要素が混在している。
  • 読解への戦略 複合的な書物を読む鍵はこれら三つを区別することである。章ごとに概念の積み上げを行い、提示された問いに対して自分なりの答えを紡ぐという能動的な読書姿勢が求められる。

7. ジャック・ラカン (Jacques Lacan)

  • 著者の特徴の要約 ラカンの難解さの主因は二つある。一つは独自の文章表現、もう一つはフロイト等の外部文献を大量に前提とする点である。
  • 読解の前提 ラカンを理解するには、フロイトの『快感原則の彼岸』など外部文献をあらかじめ参照しておくことが不可欠である。彼の文章は非論理的に見えるが、指示語が何を指しているかを特定し(指示語は必ず原点に戻す)、対をなす概念を意識しながら入り組んだ論理関係を解きほぐすことで理解可能となる。
  • 思想の核心 さらに彼の主張は日常感覚から大きくずれている点が難解さの一因である。たとえば「無意識は自己の内部ではなく外部の言語体系に存在する」といった主張は思考の根本的転換を要求する。

8. ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze)

  • 著者の特徴の要約 ドゥルーズの難解さは、視覚的イメージや図形的表現を多用する独特の記述スタイルに由来する。彼の思想は文字情報だけで追うより、提示される視覚イメージをもとに思考を巡らせることで深く理解できる。
  • 『襞』の読解法 代表作『襞』を読む際は「同化読み」が不可欠である。文字を追うだけでなく、読書ノートに図やスケッチを描き、手と脳を使ってテクストを内部で再構築していく読解法を指す。
  • 外部参照についての注意 『襞』に登場する数学用語やライプニッツへの言及は多くが比喩的であるため、本書は専門的外部参照をほとんど必要としない「閉じている」本と見なせる。書物内部の文脈に集中して読むべきである。

9. ジャン=リュック・ナンシー (Jean-Luc Nancy)

  • 著者の特徴の要約 ナンシーの著作の難解さは、理性的理解だけでなく読者の「魂を揺さぶる」ような別種の性質にある。テクストは確固たる知識の習得を目的とするのではなく、読者の内部で浮遊していた諸概念が有機的に結びつくことを促す触媒の役割を果たす。
  • 読解への心構え 彼の著作は「開かれている─ハイキング型」に分類される。読解には詩を読むように「感じる」ことを念頭に置き、一文一文を時間をかけて深く噛み締める瞑想的な読書姿勢が求められる。
  • 理解の定義 ナンシーを「理解する」とは、単に内容を把握することではない。テクストに触発されて読者自身の思考が展開し、新たな知的創造へつながる状態を指す。理解は終着点ではなく、新たな思索の出発点である。

10. スラヴォイ・ジジェク (Slavoj Žižek)

ジジェク(該当作): (解説を補記してください)

著者の特徴の要約 ジジェクの著作が難解なのは、平易な語り口の裏で多数の思想家への言及(包括読み)と独自の解釈(批判読み)が織り交ぜられる「開かれた─ハイキング型」のスタイルを持つためである。

読解に必要な前提知識 彼の議論を十分に楽しむには、ヘーゲル、ハイデガー、ラカンといった思想家に関する広範な知識が外部参照として要求される。ジジェクの著作はそれらの入門書ではなく、彼らの思想を現代社会の問題に応用する高度な実践例と位置づけるべきである。

独自スタイルの解説 彼の論法は一つの壮大な楽曲にたとえられる。映画やテレビドラマへの言及が高音部の金管楽器、社会問題や制度に関する主旋律を弦楽器が奏で、それらを低音部で支える思想的背景としてヘーゲル、ハイデガー、ラカンらが登場する。常識の「裏の裏」を提示する手法や、複数の思想家を対決させるスタイルも特徴であり、読者はその複雑な対立図式を把握しながら読み進める必要がある。

デリダ『有限責任会社』: 「ハイキング型」の典型。論理を追うだけでなく提示される「景色」を楽しみ、読者自身が思考を巡らせる踏み込んだ読み方が要求される。

スピノザ『エチカ』: 純粋な「登山型」かつ「閉じている」本。幾何学的な証明形式に戸惑わず、冒頭の「定義」をルールとして受け入れ、その論証過程を丹念に追うことが不可欠である。

ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』: 「登山型」でありながら、その論理の先に「美しい風景」が見える特異な本。特に命題「五」の真理関数の部分が最大の難所であり、ここを乗り越えられるかが全体理解を左右する。

ソシュール『一般言語学講義』: 基本的には「登山型」で「閉じている」。共時言語学の部分は現代では基礎知識となっており理解しやすいが、未消化な通時言語学の部分こそ現代的な読解の意義がある。

フロイト『精神分析入門』: 優しい語り口に反して本質的な主張は隠されている「登山型」の本。読者はフロイトが明確に示さなかった「山頂への道のり」を自らの読解を通して見出す必要がある。

フーコー『言葉と物』: 「登山型」と「ハイキング型」が混在し、かつ「開かれている」本の典型。概念の厳密な積み上げを要求しつつ、読者への問いかけを通じて思考の構築を促す。

ラカン『エクリ』: 多くの外部参照(特にフロイトの特定論文)を前提とする「登山型」。指示語の多用や独自の図式(グラフ)が難解の要因であり、一つ一つの論理関係を慎重に解きほぐす必要がある。

ドゥルーズ『襞』: 視覚的イメージを多用する著作の典型。文字情報だけでなく、読書ノートに図を描きながら著者の思い描く像を再構築する同化読みが求められる。

ナンシー(該当作): (解説を補記してください)

  • はじめに
  • 第1章 基本的な考え方
    • この章のはじめに
    • 「わかる」ということ
    • 翻訳の問題
    • 「閉じている本」と「開いている本」
    • 「外部参照」が必要な本とそうでない本
    • 「登山型」の本と「ハイキング型」の本
    • 本のシーケンスパターン
    • 「批判読み」と「同化読み」
    • この本の基本方針
    • 読書にかかる時間
  • 第2章 準備
    • この章のはじめに
    • 本の選択
    • 「棚見」の技術
    • 興味に従って分野を細分化する
    • ネット検索という方法
    • 本の「タイプ」を決める
    • 購入する本を決める
    • 読む「態度」を決める
  • 第3章 本読みの方法⑴ 一度目:通読
    • この章のはじめに
    • いつ読むか・どこから読むか
    • とりあえず通読する
    • 読書ノートの「外形」を作る
    • メモをとりながら通読する
    • 読書ノートは「いつ」とるか
    • 本のタイプを推測する
    • 「通読」だけで十分な本もある
    • まったくわからない・つまらないとき
  • 第4章 本読みの方法⑵ 二度目:詳細読み
    • この章のはじめに
    • わからなさを「感じ取る」
    • わからなさの理由を考える
    • 対処法1 用語の理解が不十分である場合
    • 対処法2 論理関係の理解が不十分である場合
    • 対処法3 問題の理解が不十分である場合
    • 対処法4 著者の主張を図にする必要がある場合
    • 開いている本の読み方
    • どうしてもわからないとき⑴──いったん諦める
    • どうしてもわからないとき⑵──誰かに聞く
  • 第5章 さらに高度な本読み
    • この章のはじめに
    • 得た知識をより大きな知識の構造の中に位置づける
    • 「読まない」読書による情報収集
    • テーマに関する地図を作る──「包括読み」・「縦断読み」
    • テーマに沿って読んでいく──「系統読み」
    • 著者の著作全体の地図を作る──「著者読み」
    • 著者と同じ頭になる──究極の同化読み
    • 批判読み
    • 他分野や他の本との関連の地図を作る──「関連読み」・「並行読み」
  • おわりに──思想を「生かす」ということ
  • 付録1 読書ノートの記入例
    • ドゥルーズ『襞』
    • ウィトゲンシュタイン『青色本』
    • ウォーフ『言語・思考・現実』
    • アダン『物語論』
  • 付録2 代表的難解本ガイド

Mのコメント(言語空間・位置付け・批判的思考)

ここでは、対象となる本の言語空間がどのようなものか(記述の内容と方法は何か)、それは総体的な世界(言語世界)の中にどのように位置付けられるのか(意味・価値を持つのか)を、批判的思考をツールにして検討していきたいと思います。ただサイト全体の多くの本の紹介の整理でアタフタしているので、個々の本のMのコメントは「追って」にします。

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