問題解決と創造

2023-03-20

「問題解決と創造」で検討すべき課題

検討すべき課題

私たちは、日々、自分自身の現在の有り様とこれからの行く末に思い煩わされ、頭上に輝く目標と泥沼のような現実との差異(問題)の解決を迫られる。
更に自分の視野を通して見える、環境(自然や人工物等)の中に存在する、自身や自身が属する組織(家族・コミュニティ、企業、自治体・国、その他の組織)とこれらの相互作用として起こっている様々な複雑な問題群に直面し、その解決も迫られる。個の問題より、こちらの方が重いだろう。
ここで、人・組織・環境が、限定された地域の近似した言語・文化で構成される場合(国家の場合もあるが、それに限られない)を「社会」といい、異なる言語・文化で構成される場合を「世界」と呼称することにしよう(ただし、特に区別せず、社会ないし世界と呼称する場合もある。)。社会・世界には、解決困難な問題や新しい問題が群として山積していることがわかる。

上記のとおりこれらの解決すべき問題は、一応、「個の問題」(大きくは「目標の達成」と「依存からの脱却」と捉えることが出来ようか。)と「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」に分けることが出来る。現代の焦点となるのは、多く後者の「複雑系と持続可能性」の問題であるが、その解決は容易ではない。ただ「個の問題解決」をクリアしないと、なかなか「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」の解決にまで行き着くことは出来ないだろう。

これらの問題の多くは「公共」に関連するので、まずその問題解決に取り組むべき役割を担うのは各国の政府であるといえるが、最近の彼我の政府や政治過程の視野の狭さには辟易するだけで、当面政府がこれらの問題を解決することは当てにしない方がよさそうだ。というより、政府自体、解決しなければならない問題の大きな対象だし、次々と新しい問題を引き起こし、持続不可能性に拍車を掛けているようにも思われる。

そこで私たちは襟を正し、世界の最小の構成要素である一個人として、自ら「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」の解決に乗り出すべく、「問題解決学」、「創造学」、「システム思考」等々といわれる分野をのぞいてみたくなるが、百花繚乱で、何を頼ればいいのか、迷うばかり、さてどうしよう。特にビジネス分野から発信される「問題解決と創造」論は、いかにも軽率なものが多く、どうも頼りがいがない。一方、学問分野からの発信は対象範囲が狭く、しかも重くもたもたとして、しかも構造の記述、モデル化、分析にとどまるものが多く、なかなか「問題解決と創造」の実行に届かない。

ここでの課題は、要は、私たちが「問題」と捉えることを「世界」の中に位置づけて記述、モデル化し、それを解決するために何をどうすればよいのかの実行手段が得られればいいわけだから、「世界」に関する知識と「問題解決と創造の方法」が結び付けられればよいわけだ。

どうやって「問題解決と創造」の地平にたどり着くのか

王道があるはずもなく、地道に本を読み、考え、表現し、実行することを繰り返して「問題解決の地平にたどり着く」のが「正解」であるが、今、それだけかということを考えている。
私は法に悪感情を持ち、大学は卒業はしたもののというクチだから、大学で学んだことはない。しかし、今、放送大学に接し、大学を捉え直すことにした。ここの講師の人々は、私に代わって各自、苦労して狭い分野を学び、問題を考え、整理し、印刷教材を作成して、テレビ、ラジオでできるだけ分かりやすくと思って話をしてくれる、私の作業を分業する同志である、と考えることにした。何より、放送大学の印刷教材+視聴というスタイルは、圧倒的だ。まず印刷教材を読んで概要をつかみ、わからないところ、込み入っているところは、ネットで該当部分に行き、視聴する。今やそれが可能なのだ。そういう学び方について「今から学び始める方法-オンライン講義と読書」で簡単に説明している。そこに書いた「自分の身体を講義の声が通過するということには(たとえうつらうつらしていても)意味がある。往々にして声を追うのは時間の無駄だから、本を読んだ方が速いし、声のように消え去らないからいいのではと思いがちだが、それは違うというのが、私の体験的な「感想」だ」は正しいが、それは学ぶ分野によるだろうというのが、今の私の考えである(数学、自然科学はまさにそのとおりだが、私が読むことで容易に理解できる分野もある。)。

とにかく放送大学の講義を使い倒そう。これからは、このコンテンツも、放送大学の講義がある部分は、それを紹介することにし、隙間を参考本で補おう。ついでに、2020年の放送大学の教養学部、大学院の全てを記載した「放送大学の講義一覧(2020)」を作成したので、参考のために投稿しておく(無味乾燥なものなので、投稿日付は遡らせた。)。

「問題解決と創造」の準備

問題の定義

「問題解決」という場合の「問題」とは、普通、私たちが存在する現実の世界における「目標と現状のギャップ」と定義される(これは、ハーバート・A. サイモンが、言い出したらしい。)。問題は、既に起きてしまっている発生型問題、より高い到達目標を設定することで見えてくる設定型問題、将来的に時間と共に問題になるという将来型問題に分けることが出来る。なお「創造」は「問題解決」の枠組みにとらわれないより伸びやかなものととらえてもいいが、「問題解決の方法」で検討するように、「問題解決」の一場面として位置づけることができるので、逐一区別しないことにする。

「問題」の対象は、大別すると、「個の問題」と「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」に分けることが出来ることは、上述した。

4要素5領域と問題解決の方法

ではこの「私たちが存在する現実の世界」はどのように構成されているのか。経済学等では、人(家計)、企業、政府の3主体を想定するのでこれを借用し、これに自然・人工物・情報からなる環境を加えると4要素(人、企業、政府、環境)になる。そして、これらの4要素の活動と相互作用によって、複雑な振る舞いをする現実の社会・世界が形作られていると考えることができる(普通、これは「システム」と呼称される。)。

このような整理を前提とすると、問題解決の対象は、人、企業、政府、環境という4要素固有の各問題領域、及び4要素の活動と相互作用によって形作られる社会・世界を加えた5領域になる(社会と世界を区別する場合は、異文化間、ないしそれを含む場合とすることを、上述した。)。

この「問題解決と創造」の各項目には、このような観点から、私自身が「問題解決」を実行するために(また皆様にもその手助けとなるように)、本やWebを読み、まとめ、批判し、自分の頭で考察した内容の記事を蓄積していきたい。目的は問題解決の実行だから、「問題解決の方法」はできるだけプラグマティックな内容になるように心がける一方、「世界」はますます拡大していくから、4分野5領域に関する知識はできるだけ範囲を広くとり、わかりやすく整理していきたい。ただ全部に力を入れていると二進も三進もいかないことが分かってきたので、できるだけ内容を、解決すべき問題-「個の問題」と「世界の複雑な問題群-複雑系と持続可能性-」に絞っていきたい。

なお、プラグマティックというと、役に立たないものは排除するというイメージだが、論理的、科学的な知がいつどこで役に立つかは予測できないし(特に数学ではよく言われることだ。)、物語や哲学等々の人文畑も、個人のフレームをチェンジしてどのイメージを沸き立たせ、新たな思考・アイデアを生み出すために「役に立つ」。役に立たないと断言できるのは、古い発想に固執する「学問」だけだ。

因果関係による問題の類型化(フレームワーク)

カネヴィンフレームワークの導入

ところで、問題を解決しようとする(現状を目変革する)場合に、実行する手段によって目標が達成されるか否かという、その「プロセス」=因果関係がポイントとなることは明らかである。ただ「問題解決の方法」で検討する、ごく単純と思われる「問題構造図式」でも、原因となる「入力」や「制約条件」「外乱(不可抗力)」が影響する「プロセス」を経て、結果となる「出力」が生じる」とするので、これだけでもその因果関係は単純ではない。

そこであらかじめ頭を整理するために、問題を因果関係の明確さによって類型化する「カネヴィンフレームワーク(cynefin framework)」を導入しよう(ここではCFと略称する。)。ただし最初からこれに付き合うのはくたびれるという人は、ひとまずこの項は飛ばそう。

「秩序系」、「非秩序系」、「無秩序」

CFでは、問題領域を大きく3つに分ける。「秩序系」、「非秩序系」、「無秩序」である。
そして因果関係の明確さによって、「秩序系」を、自明か、煩雑かで、「Obvious=自明(単純)系」と「Complicated=煩雑系」に、「非秩序系」を、複雑でわからないか、解明が不可能かで、「Complex=複合(複雑)系」と「Chaotic=混沌系」に分類する。
そして有効な問題解決の方法として、「秩序系」のうち、自明(単純)系では、「実行、ベストプラクティス、標準ルール、マニュアル化」、煩雑系では、「専門家に相談する、調べる、分析する、プロジェクトマネジメンント、PDCA」を挙げる。
「非秩序系」のうち、複合(複雑)系では、「試す、直感、セーフフェイルな探索をする」(人工知能や量子コンピュータを挙げる向きもある)、混沌系では、「決める、損害を抑制する、秩序を取り戻す、複合系に移動し思考や探索に時間を使えるようにする、長居しない」(緊急対応、レッド型組織、強いリーダーシップを挙げる向きもある)を挙げる(「不確実な世界を確実に生きる:コグニティブ・エッジ」)。

私が複雑な問題群として捉えている多くの問題は、煩雑系、複合(複雑)系、場合によっては、混沌系であろう。CFの枠組みで、複雑系科学、システム思考等を展開すれば、かなり問題の実態に迫れるであろう。AI(機械学習)で。自動的に可能となるという人もいるが、それはどうだろうか。

なお「カネヴィンフレームワーク」は、デイヴ・スノーデンさんが提唱し、日本では田村洋一さんが紹介している。YouTubeで、簡単な説明が見られる(本人の説明田村さんのインタビュー)。「ソーシャル・インパクト・アクト」というWebにも紹介がある(外部サイトの記事にリンク)。

「問題解決と創造」の構成

概要

「問題解決と創造」は、「山ある日々:創造と遊び」と「本の森:問題解決の知識」で構成する。その概要は以下のとおりである(今、修正中なので、追って掲載する。2023/03/20)。

最後に

私が今、もっとも取り組みたいことは、弁護士として「法を問題解決と創造に活かす」活動であり、「問題解決と創造」は、そのための、事実と論理を踏まえた準備作業、基礎作業となることを志している。このWebサイトも、やっとそういう情報発信ができるような準備が整いつつある気がする。まだ各項目の内容はバラバラだし、ITやAI、科学についての新しい知見・動向を知るには、英語文献、数学手法の読解が必須である。その意味で内容が整うまでには今しばらく時間がかかりそうだ。

ただ法を古臭い非科学的な「法学」という孤立峰から解き放ち、法の機能を社会の問題解決につなげようとしている試みとして、私がもっとも評価している「法と社会科学をつなぐ」(著者:飯田高)も、まだまだ準備段階である。学者と違う時間の使い方をしなければならない実務家(弁護士)である私にできることは限られている。ただ学者とは違うアイデア、ルートからの実践的なアクセスもできることを願っている。

Posted by murachan54