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フランスでの哲学とは何か:バカロレアの哲学試験

目次

バカロレアの哲学試験をめぐって

哲学の「本_を読む」

「「本_を読む」(本が読めない)問題への対応_試論」で、「国語問題」と「記号接地問題」から言語空間(テキスト)を眺めてみた。
次は実際の本に向かってみよう。当然「哲学」の本だ。
私は、哲学は、概念(観念)とその周辺を整序するツールだと思う。したがって、「国語問題」と「記号接地問題」を乗り越えてうまく利用できれば、概念→論理→思考の基礎として役に立つはずだ。まあ当面、日本の哲学書(ほとんどは外国の哲学の紹介書だが)が読めなくても気にしないことにしよう。
ただ私が普段読めないなあと思っているのは、「哲学書」というより現実を抽象的に論じようとする「思想書」だ。「哲学書」は、思い立って、デカルトだ、アリストテレスだ、フッサールだと手に取るくらいだ。それでわからないなあという結論だ。

そこで今回は、哲学が、「概念→論理→思考の基礎として役に立つ」ように、「哲学書」の読み方を考えてみた。

バカロレアの哲学試験とは

フランスに「バカロレア」という制度がある。高等学校教育の修了(大学入学)資格の認定試験だ。その必修科目に「哲学」の小論文があり、コースによって多少違いはあるが, その比重はかなり大きいそうだ。最近は、該当年齢の80%がバカロレアを取得しているという記述も見たので、フランスでは猫も杓子も「哲学者」だ。
2020年ころ制度が少し変わり、正確な事実は把握しづらいのだが、注目すべきことは、担当省が定めている「哲学」として習得する事項、及び実際の小論文試験の「出題」内容だ。
習得する事項は、「視座」、「概念」、「哲学者」、「手掛かり」(表現上の対概念のリスト)が規定されている。大きな「視座」から17の「概念」を理解し使いこなすこと、これらの概念を哲学者(60数名が列記されている)のテキストを引用し、「手掛かり」(27組ある)を利用して表現できることが、小論文の課題である。

視座
  • 新しく導入された最上位のカテゴリーであり、 単にバラバラな「概念(観念)」を学ぶのではなく、「人間が世界とどう関わるか」という3つの大きな切り口が設定された。17個ある「観念」は、必ずしもどれか1つの視座に固定されるわけではないが、これら3つの視座のいずれか(あるいは複数)を通して考察することが求められる。
    • L’existence humaine et la culture(人間存在と文化)
      • 人間とは何か、社会の中でどう生きるか、言語や芸術の役割などを問う視点。
    • La morale et la politique(道徳と政治)
      • 善悪、義務、正義、国家の役割、自由の権利などを問う視点。
    • La connaissance(知識・認識)
      • 真理とは何か、科学的証明、理性の限界、現実の捉え方を問う視点。
概念(観念)
  • 人間・文化
    • 芸術 (L’art)、幸福 (Le bonheur)、意識 (La conscience)、無意識 (L’inconscient)、言語 (Le langage)、時間 (Le temps)、労働 (Le travail)、技術 (La technique)
  • 道徳・政治
    • 義務 (Le devoir)、国家 (L’État)、正義 (La justice)、自由 (La liberté)
  • 知識・科学
    • 自然 (La nature)、理性 (La raison)、宗教 (La religion)、科学 (La science)、真理 (La vérité)
哲学者

古代・中世(Antiquité et Moyen Âge)
*ソクラテス以前の哲学者たち(Les Présocratiques)*
*プラトン(Platon)*
*アリストテレス(Aristote)*
*荘子(Zhuangzi)※新追加*
*エピクロス(Épicure)*
*キケロ(Cicéron)*
*ルクレティウス(Lucrèce)*
*セネカ(Sénèque)*
*エピクテトス(Épictète)*
*マルクス・アウレリウス(Marc Aurèle)*
*ナーガールジュナ / 龍樹(Nāgārjuna)※新追加*
*セクストス・エンペイリコス(Sextus Empiricus)*
*プロティノス(Plotin)*
*アウグスティヌス(Augustin)*
*アヴェロエス / イブン・ルシュド(Averroès)*
*マイモニデス(Maïmonide)※新追加*
*トマス・アクィナス(Thomas d’Aquin)*
*オッカムのウィリアム(Guillaume d’Ockham)*
近世・近代(Époque moderne)
*マキャヴェリ(Machiavel)*
*モンテーニュ(Montaigne)*
*ベーコン(Bacon)*
*ホッブズ(Hobbes)*
*デカルト(Descartes)*
*パスカル(Pascal)*
*スピノザ(Spinoza)*
*ロック(Locke)*
*マルブランシュ(Malebranche)*
*ライプニッツ(Leibniz)*
*ヴィーコ(Vico)*
*バークリー(Berkeley)*
*モンテスキュー(Montesquieu)*
*ヒューム(Hume)*
*ルソー(Rousseau)*
*ディドロ(Diderot)*
*カント(Kant)*
*アダム・スミス(Smith)*
*ヘーゲル(Hegel)*
*ショーペンハウアー(Schopenhauer)*
*コント(Comte)*
*クールノー(Cournot)*
*ミル(Mill)*
*キルケゴール(Kierkegaard)*
*マルクス(Marx)*
*ニーチェ(Nietzsche)*
*フロイト(Freud)*
現代(Époque contemporaine)
*デュルケーム(Durkheim)*
*フッサール(Husserl)*
*ベルクソン(Bergson)*
*アラン(Alain)*
*ラッセル(Russell)*
*バシュラール(Bachelard)*
*ハイデガー(Heidegger)*
*ウィトゲンシュタイン(Wittgenstein)*
*ポパー(Popper)*
*サルトル(Sartre)*
*ハンナ・アーレント(Arendt)※新追加*
*レヴィナス(Levinas)*
*シモーヌ・ド・ボーヴォワール(Beauvoir)※新追加*
*メルロ=ポンティ(Merleau-Ponty)*
*シモーヌ・ヴェイユ(Weil)※新追加*
*フーコー(Foucault)*

手がかり(Les Repères)

これらは対概念(ついがいねん)のリストです。哲学的な問題に取り組む際、定義を明確にしたり、議論の曖昧さを回避したりするために使用します。 ※全27組あります(アルファベット順)。
Absolu / Relatif(絶対的 / 相対的)
Abstrait / Concret(抽象的 / 具体的)
En acte / En puissance(現実態 / 可能態)
Analyse / Synthèse(分析 / 総合)
Concept / Image / Métaphore(概念 / イメージ / 隠喩)
Contingent / Nécessaire / Possible(偶有的 / 必然的 / 可能的)
Croire / Savoir(信じる / 知る)
Essentiel / Accidentel(本質的 / 偶有的・付随的)
Expliquer / Comprendre(説明する / 理解する)
※「説明」は因果関係(科学的)、「理解」は意味や意図(解釈学的)に使います。
En fait / En droit(事実として / 権利・正当性として)
Genre / Espèce / Individu(類 / 種 / 個体)
Idéal / Réel(理想的 / 現実的)
Identité / Égalité / Différence(同一性 / 平等・等しさ / 差異)
Intuitif / Discursif(直観的 / 論証的・推論的)
Légal / Légitime(合法的 / 正当的)
Médiat / Immédiat(媒介的 / 直接的)
Objectif / Subjectif / Intersubjectif(客観的 / 主観的 / 間主観的)
Obligation / Contrainte(義務 / 強制)
※「義務」は内発的・道徳的、「強制」は外発的・物理的です。
Origine / Fondement(起源 / 基礎・根拠)
Persuader / Convaincre(説得する / 納得させる)
Ressemblance / Analogie(類似 / 類推)
Principe / Cause / Fin(原理 / 原因 / 目的)
Public / Privé(公的 / 私的)
Théorie / Pratique(理論 / 実践)
Transcendant / Immanent(超越的 / 内在的)
Universel / Général / Particulier / Singulier(普遍的 / 一般的 / 特殊的 / 単独的)
Vrai / Probable / Certain(真 / 蓋然的 / 確実)

フランス人が学ぶ哲学

高校の授業には共通する教科書はなく各教師に任されるそうなので、ここでは受験参考書の「フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書:シャルル・ペパン」をみてみよう。その前に実際の小論文試験の「出題」を確認する。

どのような試験問題なのか

試験の小論文の「出題」は、次のようなものである(「バカロレア幸福論 フランスの高校生に学ぶ哲学的思考のレッスン:坂本尚志」が紹介する2017年度の問題) 。

  • 文科系
    • 1.認識するためには観察するだけで十分だろうか?
    • 2.私が行う権利を持っていることすべては正しいのだろうか?
    • 3.ルソー『人間不平等起源論』からの抜粋の説明
  • 経済社会系
    • 1.理性によってすべてを説明することができるのか?
    • 2.芸術作品とは必ず美しいものだろうか?
    • 3.ホッブズ『リヴァイアサン』からの抜粋の説明
  • 理科系
    • 1.自分の権利を擁護することは、自分の利益を擁護することだろうか?
    • 2.自分自身の文化から自由になれるだろうか?
    • 3.フーコー『思考集成』からの抜粋の説明

フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書:シャルル・ペパン

「フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書」は、非常に興味深い。

興味深いと思う何点かの問題

まず、上掲の「フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書_を読む」の中でも指摘したが、大半のフランス人がバカロレアの哲学試験を経過して理解する哲学の問い(例えば、「理性は現実を捉えることができるのか、それとも現実は理性では捉えきれないものなのか」)とその回答(Yes,Noとその論証)がフランス人の「哲学」を構成している。しかし日本語の「理性」、「現実」は記号接地しておらず、そもそもこのような問題が成立するとも(私も含め)思っていないのではないか。いわば仮想の問題である。これが「問題」であると納得することが「西洋哲学」を理解するということだろう。そのためにはそのような概念地図を頭の中に築くしかない・

ただスンナリとはいかないだろう。なぜなら中世以降展開された西洋哲学の概念地図には、唯一絶対神が存在し、すべての概念はそれとの関係で位置付けられ存在していると思われるからである。上掲の「教科書」に「神の存在証明」が掲載されていることは、私たちは理解できない。もっとも、戦前の教科書に「天皇が神」と書かれていたこともフランス人には理解できないだろう。

神が存在するという証明

だが、ひとつだけ、卓越した論証が存在する、いや少なくとも私は存在すると思っている。あなたも驚くだろう。聖アンセルムスがその著書『プロスロギオン』に記したものだ。よく考えてみてほしい。「それ以上大きなものが考えられないような存在」は神以外にあり得るだろうか。確かにそうだ。神が存在するとは言えないまでも、存在しうる、存在すると想像することはできる。たとえ、無神論者でも、神という概念それ自体はもつことができる。
今度は、「神は存在しない」可能性について考察してみよう。実際に神は存在しないとしても、頭の中には存在する。たとえ無神論者であろうと、「それより大きなものが考えられない存在」があると認める人の頭の中には存在する。  
だが、そのようなものが実際に存在するのである。「それより大きなもの」が考えられないのは、それが概念において最大であるからであり、そこに現実の存在が加われば、それが最大になる。よって、神は現実に存在しない場合こそ、「それ以上大きなものが考えられないような存在」になる。これが、「神は存在しない」という考えから行きつく、ひとつめの理論的帰結である。  
だが、もうひとつ、理論的帰結として、神が実在しないなら、「それ以上大きなものがないような存在」もないという考え方もできる。というのも、「それ以上大きなもの」が考えられるとしたら、無神論者の頭のなかの神という概念と神の現実的な存在が両方存在する場合こそが「最大の存在」のはずであり、その時点ですでに神は「それより大きなものが考えられない存在」ではないことになる。  
つまり、「神は存在しない」という言葉を突きつめていくとふたつの矛盾する真実にゆきつく。一方では「それ以上大きなものがないような存在」でありえることになり、もう片方ではありえないことになる。よって、「神は存在しない」という論は成立しない。神という概念をもつだけで、神は存在することになり、神が存在可能ならば、神は必要なのである。そもそも、神という存在を想像できるということが起点となっているのだから。
デカルトも同様である。彼は神が人間のなかに存在することから出発して、現実に神は存在すると結論した。ヘーゲルにとっての神は、存在することでしか承認されない神であった。聖アンセルムスの冗談めいた理論はその後も引き継がれるのである。

今後の展開

ただ依然として「西洋哲学」が、概念→論理→思考の基礎となる場面があることは否定できないので、今後、西洋人がまとめたわかりやすい「哲学書」、日本人哲学学者がまとめたわかりやすい「哲学書」をフォローしよう。そしてそこから「科学的思考」に向かおう。間を仲介するのは「自然主義哲学」だろう。次の本の検討を予定している。

  1. 哲学はこんなふうに (河出文庫):アンドレ・コント=スポンヴィル
  2. 哲学するってどんなこと:金杉武司
  3. 問いを問う──哲学入門講義:入不二基義
  4. 哲学ってどんなこと とっても短い哲学入門:トーマス・ネーゲル
  5. 使える哲学 私たちを駆り立てる五つの欲望はどこから来たのか:荒谷大輔
  6. 自然主義入門 知識・道徳・人間本性をめぐる現代哲学ツアー:植原亮
  7. 科学的思考入門:植原亮
  8. 思考力改善ドリル 批判的思考から科学的思考へ:植原亮
  9. THIRD MILLENNIUM THINKING アメリカ最高峰大学の人気講義 1000年古びない思考が身につく:ソール・パールマッター; ジョン・キャンベル; ロバート・マクーン
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