小さな地球の大きな世界_への道標
書誌_小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発:ヨハン・ロックストローム,マティアス・クルム

短い紹介と大目次
短い紹介
本書は、「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という概念を軸に、人類の持続可能な開発への道筋を提唱している。人類の活動、特に1950年代半ば以降の「人類活動の巨大な加速」が、地球を1万年続いた安定した「完新世」から「人新世」という不安定な未知の領域に押しやり、気候変動や生態系破壊といった「四重の圧力」に直面させていると警鐘を鳴らしている。著者らは、破局的な転換点を回避し、地球の回復力を維持するためには、気候変動、生物多様性の損失、窒素・リンの過剰負荷など「九つのプラネタリー・バウンダリー」を特定し、その安全な範囲内で経済成長と貧困緩和を追求する新しい発展のパラダイムが不可欠であると論じている。
大目次
- 序文 変革への協力関係
- 重大な10のメッセージ
- 第一部 偉大なる挑戦
- 第1章 新たな苦難の時代・.
- 第2章 プラネタリー・バウンダリー
- 第3章 大きなしっぺ返し
- 第4章あらゆるものがピークに
- 第二部 考え方の大きな変革.
- 第5章 死んだ地球ではビジネスなどできない
- 第6章 技術革新を解き放つ.
- 第三部 持続的な解決策.
- 第7章 環境に対する責任の再考・
- 第8章 両面戦略
- 第9章 自然からの解決策
- あとがき 新たなプレイ・フィールド
- 写真に関する補足情報
- 主要な出典および参考文献.
- 著者紹介
- 謝辞
詳細目次も同じです。
一口コメント
要約と詳細目次
小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発に関するブリーフィング
要旨
本書の核心は、人類が安定した完新世(Holocene)から人間活動が地球システムを支配する「人新世(Anthropocene)」へ移行し、地球の生命維持システムの限界に直面しているという認識にある。
この課題に対処するため、本書は「プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)」という科学的フレームワークを提示する。これは、気候変動、生物多様性の損失、窒素・リン循環など9つの主要な地球システムプロセスについて、人類が破滅的な転換点を引き起こすことなく安全に活動できる「安全な機能空間(A Safe Operating Space for Humanity)」を定義するものである。現状分析では、9つのうち4つのバウンダリー(気候変動、生物圏の保全、土地利用の変化、生物地球化学的循環)をすでに超えており、人類は危険な領域に足を踏み入れていると警告されている。
この状況は、経済と社会の発展に関する根本的なパラダイムシフトを要求する。環境を「外部性」として扱う従来の成長モデルはもはや有効ではなく、「死んだ地球ではビジネスなどできない」という認識のもとに、持続可能性を中核的なビジネス戦略に組み込むことが不可欠である。繁栄は、地球の回復力を強化し生態系サービスを維持することでのみ達成可能となる。
解決策として、本書は「両面戦略」を提案する。短期的には世界経済の脱炭素化と持続可能な食料システムの実現という最も緊急な課題に集中的に取り組む。長期的には、社会と生物圏を再び結びつけ、地球の管理者としての人類の役割を再認識するより深い意識変革を促進することが求められる。技術革新、循環経済、自然由来の解決策は、この変革を実現するための強力な手段となる。
主要テーマと分析
新たな地質時代「人新世」と「人類活動の巨大な加速」
過去1万年以上にわたり、人類は「完新世」と呼ばれる、気候が温暖で安定した間氷期に繁栄してきた。この安定した環境が農業の発展、文明の勃興、現代社会の基盤を築いた。しかし産業革命以降、特に1950年代半ばからの「人類活動の巨大な加速(Great Acceleration)」により、人間活動は地球を変化させる最も大きな力となった。これにより地球は新たな地質時代「人新世」に突入した。
- 人類活動の巨大な加速: 1950年代以降、人口、GDP、エネルギー消費、肥料使用、二酸化炭素濃度、生物多様性の損失などの指標が急激に増大した。
- 四重の圧力: 人類は以下の四つの複合的な圧力に直面している。
- 人口増加と豊かさ: 2050年までに世界人口は約90億人に達し、世界経済の規模は約3倍になると予測される。これまで資源消費が少なかった多くの人々が、現行の高消費生活様式を求めている。
- 気候変動: 大気中の二酸化炭素濃度は産業革命前の約280 ppmから400 ppmを超え、今世紀末には最大で約4℃の気温上昇という破滅的な道筋をたどる可能性がある。
- 生態系の劣化: 過去50年間で人類は自らの厚生を支える主要な生態系サービスの約60%を損ない、地球の回復力を急速に弱めている。
- 予期せぬ出来事(サプライズ): 生態系は直線的に劣化するのではなく、閾値を超えると突然かつ不可逆的に変化する(転換点)。予期しない事象が新たな常態となりうる。
プラネタリー・バウンダリー:人類にとっての安全な機能空間
プラネタリー・バウンダリーの概念は、人類が完新世のような安定した地球の状態を維持するために超えてはならない科学的な「ガードレール」を定義する。これは成長を否定するのではなく、技術革新や繁栄を追求できる安全な活動領域を明確にするフレームワークである。
研究チームは地球の安定性に最も重要な9つのプロセスを特定し、それぞれに制御変数と限界値を設定した。
| 地球システムの主なプロセス | 制御変数 | プラネタリー・バウンダリー(不確実性領域) | 現状 |
|---|---|---|---|
| 気候変動 | 大気中のCO2濃度 | 350 ppm | 超過 (396.5 ppm) |
| 生物圏の保全 | 遺伝的多様性: 絶滅率 (E/MSY) | 10 E/MSY未満 | 超過 (100–1000 E/MSY) |
| 新人工物質 | 定義される制御変数なし | 特定されていない | — |
| 成層圏オゾン層の破壊 | 成層圏オゾン濃度 (DU) | 産業革命前レベルから5%未満の減少 | 安全圏内 |
| 海洋酸性化 | 海洋表面のアラゴナイト飽和度 | 産業革命前レベルの80%以上 | 安全圏内 |
| 生物地球化学フロー(リン) | 淡水システムから海洋へのリンの流れ | 年間11 Mt | 超過 (年間22 Mt) |
| 生物地球化学フロー(窒素) | 工業・農業による窒素固定量 | 年間44 Mt | 超過 (年間150 Mt) |
| 土地利用の変化 | 原生森林面積に対する森林面積の割合 | 75% | 超過 (62%) |
| 淡水利用 | 消費可能淡水の最大使用量 | 年間4000 km³ | 安全圏内 |
| 大気エアロゾルの負荷 | 地域ごとのエアロゾル光学的深度 (AOD) | 例: 南アジア 0.25 | 地域により超過 |
(出典: ソースコンテキスト 62ページ「プラネタリー・バウンダリーに関する2014年の現況」に基づく要約)
- 現状: 9つのバウンダリーのうち、気候変動、生物圏の保全(生物多様性の損失)、土地利用の変化、生物地球化学的フロー(窒素・リン)の4つがすでに安全な限界値を超えており、人類は危険な領域にいる。
- 相互作用: これらのバウンダリーは独立しておらず相互に作用する。一つの限界を超えると他の限界がシフトし、人類の選択肢がさらに狭まる可能性がある。特に気候と生物多様性は地球の状態を決定する「中核的限界値」と位置づけられる。
転換点と「大きなしっぺ返し」:地球の回復力の危機
地球システムへの圧力が閾値(転換点)を超えると、システムは突然かつしばしば不可逆的に状態変化を起こす。これは地球からの「大きなしっぺ返し」であり、人類にとって最大の脅威の一つである。
- フィードバックの変化: これまで地球は温室効果ガスの一部を吸収するなど、変化を緩和する「負のフィードバック」によって人類活動の影響を和らげてきた。しかし回復力が失われると、変化を自己増殖させる「正のフィードバック」へ転じ、地球は「友人から敵に変わる」可能性がある。
- 具体的事例:
- 極地の氷床: 2012年のグリーンランド氷床の全面的な表面融解や、西南極のスウェーツ氷河の不可逆的な融解開始は、海面上昇を加速させる転換点が近いことを示唆する。
- サンゴ礁: 海洋の温暖化・酸性化、汚染、乱獲により、硬質サンゴ生態系が藻類優勢の不毛な状態へ転換している。サンゴ礁は気候変動における「炭鉱のカナリア」である。
- 熱帯雨林: 森林破壊と気候変動により、自ら湿度を生成する「負のフィードバック」が乾燥を促進する「正のフィードバック」に転じ、熱帯雨林がサバンナへ不可逆的に変化するリスクがある。アマゾンの森林減少は、サンパウロの水不足の直接的な要因になり得る。
経済パラダイムの転換:「死んだ地球ではビジネスなどできない」
人新世において従来の経済モデルは限界に達している。地球システムを外部の「ただ乗り」できる資源と見なす時代は終わり、経済は生物圏の一部であるという認識への転換が急務である。
- 持続可能性はコアビジネス: 環境問題はもはや企業のCSRの範疇ではなく、中核的なビジネス戦略である。資源効率、循環型モデル、低炭素バリューチェーンは長期的に持続する企業にとって不可欠である。
- 生態系サービスの経済的価値: 自然は年間約125兆米ドル(世界のGDPの約1.5倍)に相当する生態系サービスを提供すると試算される。この「自然資本」の劣化を考慮すると、多くの国の経済成長は実質的でなくなる。
- GDPを超えて: GDPは社会の厚生を測る唯一の指標ではない。持続可能性、公平性、回復力、幸福などを組み込んだ新たな進歩指標が必要である。
- 安全かつ公正な空間: 人類の発展は、プラネタリー・バウンダリーという「環境的な天井」と、食料・水・健康・教育といった基本的ニーズを保障する「社会的な床」の間にある「安全かつ公正な空間」の中で追求されるべきである。
解決策への道筋:「両面戦略」と技術革新
状況は絶望的ではない。人類は課題を解決するための技術、知見、仕組みを既に有している。必要なのは、それらを大規模に展開するための世界観の転換と戦略的行動である。
短期的緊急課題
- エネルギーシステムの脱炭素化
- 実現可能性: 再生可能エネルギーの潜在供給量は世界需要を上回る。既存技術とエネルギー効率向上を組み合わせることで、今世紀半ばまでに世界経済の脱炭素化は可能である。
- 政策: 世界的な炭素価格(CO2 1トンあたり50〜100米ドル)の導入が移行を加速させる有効手段である。化石燃料への補助金(年間約5000〜6000億ドル)の廃止とクリーンエネルギーへの再投資が求められる。
- 持続可能な食料供給
- 新しい緑の革命: 食料生産は農地拡大を行わず(拡張ゼロ)、既存農地での生産性向上、環境負荷削減、水管理の持続可能性を同時に達成する必要がある。
- 具体的手法: 食品ロス削減(現状約30%)、保全耕作(不耕起農法)、栄養素の循環(生態学的下水処理による肥料化)、水管理改善、耐性のある多年生穀物などの開発に向けたバイオテクノロジー活用。
長期的意識改革とガバナンス
- ガバナンスの連携: 地球規模の規制や合意といったトップダウンのアプローチと、地域社会・市民・企業によるボトムアップのイノベーションを連携させる必要がある。国連の持続可能な開発目標(SDGs)はこの新しい開発論理を具体化する重要な一歩である。
- 計測と教育: 地球の現状をリアルタイムで計測し情報を広く共有することが不可欠である。「地球状況室」のような構想を通じて市民の意識を高め、教育カリキュラムに人新世やプラネタリー・バウンダリーの概念を組み込む必要がある。
自然由来の解決策と循環経済
- 自然に学ぶ: アザミからバイオプラスチックを製造する、ヘビ毒から心臓病治療薬を開発するといった、自然の仕組みに着想を得た革新的解決策が多く存在する。
- 循環経済への移行: 資源を採掘・生産・廃棄する直線的モデルから、使用済み製品から資源を回収・再利用する循環型経済への移行が、資源不足(ピークオイル、ピークリン、ピークメタル)と環境問題の同時解決の鍵となる。
重要な10のメッセージ
本書は行動を促すための10の核心的メッセージを提示している。
大事なことを最初にする: 短期的には気候変動や生物多様性損失など緊急課題に取り組み、長期的には自然との関係を再構築するための行動を両輪で進める。
目を開こう: 地球は歴史上かつてない環境圧力にさらされており、未来が危うくなる段階に達している。
危機は地球規模で差し迫っている: 我々は「小さな地球の大きな世界」に生きており、地球は環境ショックで応えている。
すべては密接につながっている: 自然、政治、経済は相互に連結しており、地域での行動が地球全体に影響を与える。
予期せぬことが起こる: システムの変化は突然かつ予期しない問題を引き起こす。予期せぬことが新たな日常となる。
プラネタリー・バウンダリーを尊重する: 破局的な転換点を避けるための科学的知見とデータが存在する。この限界を守れば安全な発展が可能である。
発想をグローバルに転換する: 人間と自然、社会と生物圏の関係を再構築するための発想転換が必要である。
地球の残された美しさを保全する: 人類の繁栄を守るため、自然が支える美しいシステムを保全すべきである。
私たちは状況を変えることができる: 知識、創造性、技術によって状況を好転させられる。グリーンな経済成長は実現可能である。
技術革新を解き放つ: プラネタリー・バウンダリーは制約ではなく、その範囲内で持続可能な技術革新を促す明確な指針である。
- 序文 変革への協力関係
- 重大な10のメッセージ
- 第一部 偉大なる挑戦
- 第1章 新たな苦難の時代・.
- 第2章 プラネタリー・バウンダリー
- 第3章 大きなしっぺ返し
- 第4章あらゆるものがピークに
- 第二部 考え方の大きな変革.
- 第5章 死んだ地球ではビジネスなどできない
- 第6章 技術革新を解き放つ.
- 第三部 持続的な解決策.
- 第7章 環境に対する責任の再考・
- 第8章 両面戦略
- 第9章 自然からの解決策
- あとがき 新たなプレイ・フィールド
- 写真に関する補足情報
- 主要な出典および参考文献.
- 著者紹介
- 謝辞
Mのコメント(言語空間・位置付け・批判的思考)
ここでは、対象となる本の言語空間がどのようなものか(記述の内容と方法は何か)、それは総体的な世界(言語世界)の中にどのように位置付けられるのか(意味・価値を持つのか)を、批判的思考をツールにして検討していきたいと思います。ただサイト全体の多くの本の紹介の整理でアタフタしているので、個々の本のMのコメントは「追って」にします。