企業集団における内部統制制度

2021-01-25

序論

内部統制制度は子会社には重荷のことが多い

上場企業と連結計算書類を作成している子会社(の一部)は、親会社が、金融商品取引法(金商法)の内部統制報告書を作成し、監査法人の監査を受けて届け出て、公開するのに対応し、その内部統制制度の整備・運用について、親会社(の主として内部監査室)から評価され、監査法人の監査を受ける。

親会社にとっても負担の重いといわれる金商法の「内部統制制度」について、子会社としてその整備・運用をすることは、親会社と一体となってそのような体制を整備してきた場合は格別、例えば、M&Aによってグループ入りした場合を考えれば分かるように、なかなか大変である。「内部統制報告書」は親会社が作成・報告するものであるから、子会社にとっては、迷惑だというような声さえ、聞こえてくることがあるのである。

弁護士から見た金商法の内部統制制度

会社法では、子会社の統治について、親会社が子会社の株主権を行使すること以上のことはあまり考えられてこなかったが(戦後の会社法は、戦前の財閥の弊害を踏まえた独禁法による持株会社の禁止下に進展してきたこともあるだろう。)、大和銀行第一審判決の衝撃から、会社法上設けられた内部統制システムは、弁護士としての備範囲だとしても、金商法によって企業情報の開示として上場企業に課される内部統制制度については、会計畑のマターとしてあまり深入りすることはなかった。ただ「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」をはじめ、会計畑の人の議論は、企業集団(グループ)において、子会社サイドに「内部統制制度」についてどのような法的根拠に基づいてどのような義務があるのかについて必ずしも十分な検討がなされていないようにないように伺われる。金商法上の内部統制報告制度の解説書を見ても、直接この点に言及したものはないようである。
会社不祥事の多くは子会社に生じた(利用した)ものといわれ子会社抜きの内部統制報告制度は実効性がないこと(特に持株会社においては、子会社が事業の主体であること)等の状況に於いて子会社の内部統制の必要性が優先され、小規模の子会社にとって重い負担となる金商法上の内部統制報告制度の整備・運用をすることについて、十分説得的な議論がなされてこなかったという経緯もあるように思われる。

子会社から見た内部統制制度

上場して投資家から資金を集め、金融機関からの借入れ等をする親会社に対して、「内部統制」に関して様々な法的規制や義務が課せられることは容易に理解できるが、小規模な子会社からすると、なぜ親会社と同等の面倒な「内部統制制度」を、整備・運用し、評価手続を受忍しなければならないのか、法的根拠は何か等について、疑問が生じる余地があると思われる。そこで、「内部統制制度」について、会社法、金商法等の位置づけを整理し、企業集団の子会社サイドにおいて「内部統制制度」を整備・運用する必要性、及びその根拠について、企業集団各社の共通の理解に資するために、「企業集団における内部統制制度」をまとめることにした。
た。今後の「内部統制制度」の円滑な整備・運用についての参考とされたい。


   

第Ⅰ はじめに

1 内部統制制度の概要

⑴内部統制制度の概観

まず内部統制制度について簡単に概観する。
内部統制制度は、会社法の「内部統制制度」(法文にその表現はなく「内部統制システム」といわれてきたので、以下金商法と区別するために「内部統制システム」という。)、及び金商法上の「内部統制報告制度」が、別々の制度として定められている。いずれも後記のCOSOのフレームワークという大枠から説明されることが多く、実際の制度と乖離があって、理解が困難となる原因となっている。
現時点の会社法の内部統制システムは、後記Ⅰの法文からなり、金商法上の内部統制報告制度は後記Ⅱから構成されている。
乱暴に要約すれば、会社法の内部統制システムは、取締役の職務の執行が法令及び定款に適合するコーポレート・ガバナンスの一環としてのコンプライアンス体制を、金商法の内部統制報告制度は、会社がする財務報告が信頼できる体制を、それぞれ整備・運用することを目的としており、その意味で一部重なってはいるが、後述するように、法令上、前者は取締役にその整備・運用する責務を課していると解されるが、後者は「内部統制報告書」の作成・報告義務を課しているに過ぎない。
 それぞれの「内部統制」が対象とする範囲は前者の方が広いが(ただし、後者を構成する後記「6つの基本要素」、及び42例が示されている「評価項目」も広範なものである。)、監査法人の監査を伴うので後者の負担が大きいといわれている。

⑵会社法の内部統制システム

会社法では、取締役会は、会社法に規定された内部統制システム(取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制、取締役の職務の執行に係る情報の保存及び管理に関する体制、損失の危険の管理に関する規程その他の体制、取締役の職務の執行が効率的に行われることを確保するための体制、使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制、当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制、その他子会社、監査役設置会社についての体制)を決定し、監査役がその決定・運用状況を監査し、「事業報告」で報告することが規定されている。決定内容を履行することは、取締役の法的義務である。ただし会社法上、監査についての具体的な基準はない。

⑶金商法の内部統制報告制度

 一方、金商法上の内部統制報告制度は、「財務報告の信頼性」確保に特化した制度であり、上場会社の経営者が「当該会社の属する企業集団及び当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要なものとして内閣府令で定める体制」を評価して「内部統制報告書」を作成し、これを監査法人が監査して「財務報告の信頼性」に係る「内部統制監査報告書」を作成し、提出・公開する。金商法の目的は企業内容の開示であり、その限りでは、不備があれば不備があると報告すれば足り、金商法自体は、取締役が「財務報告の信頼性」を確保する義務を定めているわけではない。 そして財務報告に係る内部統制について、内部統制報告書は「一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の評価の基準に従う」とされ(内部統制府令1条1項)、内部統制監査報告書は「一般に公正妥当と認められる財務報告に係る内部統制の監査に関する基準及び慣行に従って実施された内部統制システムの監査の結果」を基づくとされ(同3項)、企業会計審議会が設定した後記の「内部統制基準」、「内部統制実施基準」がこれらに該当するとされている(同4項)。
 これらは、アメリカでのエンロン、ワードコム等の会社不祥事を受けて作成された(旧)COSOフレームワークを基に企業会計審議会が「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について」(意見書)」として作成したもので、「内部統制とは、基本的に、業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内の全ての者によって遂行されるプロセスをいい、統制環境、リスクの評価と対応、統制活動、情報と伝達、モニタリング(監視活動)及びIT(情報技術)への対応の6つの基本的要素から構成される」、「内部統制の目的を達成するため、経営者は、内部統制の基本的な要素が組み込まれたプロセスを整備し、そのプロセスを適切に運用していく必要がある」、「取締役会は、内部統制の整備及び運用に係る基本方針を決定する」、「経営者は、組織の全ての活動について最終的な責任を有しており」等の表現が見受けられる。
 金商法上の内部統制報告制度は、企業情報の開示により「財務報告の信頼性」を確保するために、上記の6要素の履行がなされているか否かの評価・監査・報告が求められるもので、上記の規定ぶりは、あたかも企業会計審議会が、「意見書」で、法的な「内部統制」の仕組み、義務を定めたかのような誤解を招く余地がある。
 内部統制の評価は、「全社的な内部統制」と「業務プロセスに係る内部統制」の評価に、分けられている(これとは違う観点で「IT統制」もいわれる。)。前者については、「内部統制実施基準」に「財務報告に係る全社的な内部統制に関する評価項目の例」として別紙添付の上述した42項目が挙げられており子会社の「全社統制」は、この項目(あるいは、これを膨らませた項目)に従って整備されていることが多い。通常、親会社の内部統制構築基本方針に従って内部統制体制を構築、運用することを取締役会で決議している」ととpして、子会社の取締役会で決議していれば、子会社が、「財務報告の信頼性」に係る内部統制を整備、運用する基本的な遵守義務はここにある。
 ただ問題は、係る方針を支える実質的な理由である。

⑷ 両者の関係

 会社法の内部統制システムは、大和銀行事件一審判決が「会社が営む事業の規模,特性などに応じたリスク管理体制 (いわゆる内部統制システム)を整備することを要する」と判示し取締役に1000億円を超える賠償義務を認容したことを受けて制度化され、金商法上の内部統制報告制度は、アメリカでのエンロン、ワードコム等の会社不祥事を受けて作成された(旧)COSOフレームワークに基づいて制度化されたが(いずれも巨額な損害が生じた事案である。)、両者の関係は、会社法上の計算書類と金商法上の有価証券報告書の連結計算書類の規定と同様に、併行して存在し、それぞれについて別様に規定されている。これらは違う目的の制度だという見解もあるが、同質の制度だと考えるのが多数である。
 上記したように、会社法の内部統制システムについては取締役が(大会社においては義務として)決定することが規定され、「財務報告の信頼性」については上場会社は、内部統制報告書の作成・報告が義務付けられている。
 そこで上場会社の中には、取締役会の内部統制システムの決定の内容として「財務報告の信頼性」を明記している会社もあるが、そうしていない会社も多い。
 単独の上場企業であれば、内部統制システムに明記すれば当然であるし、明記しない場合でも、これらを一連の制度として整備・運用し、コンプライアンスと「財務報告の信頼性」を合わせて確保しようとするのは、会社法の内部統制システムの決定義務、取締役の忠実義務の趣旨からして当然であろう(なお、NJHDの決定には直接の規定はないように思われる。)。

⑸企業集団の場合

 会社法も、金商法も、内部統制について「企業集団」の文言を有しており、両法が企業集団の内部統制に注目し、また経産省も「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」(2019/6)を発表して、企業集団のガバナンスを推し進めグループの企業価値を向上させようとしているのは明らかである。
 親会社単独の法律関係は上記のとおりであるが、だからといって子会社に直ちに法的義務が生じるわけではない。この点は、どのように考えるべきであろうか。次項で検討する。

第2 子会社の義務についての検討

2 子会社の株主であることに基づく親会社の権限の行使

 親会社は子会社の株主であるから、株主総会における決議(とりわけ役員の選任・解任)、質問権の行使、会社取締役等に対する監督是正権、親会社監査役等の子会社調査権(ただし「監査役は…子会社に対して事業の報告を求め、又はその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることができるが…子会社は、正当な理由があるときは、同項の報告又は調査を拒むことができる」(会社法381条3、4項))等により、子会社に内部統制制度を整備、運用させることができるが、これらは、上記の人事権等やこれに基づく事実上の指揮・命令等を通じて行うもので、子会社にとっての直接的な法的根拠とはならない。

3 会社法の内部統制システムについての義務

 会社法上、内部統制システムの基本となるのは、取締役会が決定すべき事項を規定した会社法362条4項6号の「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備」である。
 同6項で「大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない」とされている。
 上記下線部だけ見ると親会社のみが「体制の整備」を決定するように読めてしまう。しかし親会社だけが子会社を含む体制を整備しても、子会社にこれを履行する何らかの義務がなければ、企業集団の業務の適正を確保することはできない。
 この点、会社法規則では「次に掲げる体制その他の当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制」(規則100条1項5号)と明示されており、子会社が親会社等から成る企業集団の業務の適正を確保するための体制を整備することについても適用される規定であることがわかる。もともと企業集団文言は、規則にしかなかったが、平成26年改正法で会社法本体に「企業集団」文言が盛り込まれたのであるが、その時の規定ぶりが誤解を生じさせるものであったということである。会社法とその規則には、企業集団を対象にした内部統制システムについての一般的な規定があるのである。
 ただし会社法上これを「しなければならない」と法令上の一般的な義務とされているのは大会社だけである。大会社でない子会社の取締役は、会社の具体的な状況に於いてその業務執行として「当該株式会社並びにその親会社…から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制」を決定・履行することが適切である場合は、そのようにするのが取締役としての義務であり、その根拠は、善管注意義務であると解されている。大和銀行事件第一審判決が、リスク管理体制 (いわゆる内部統制システム)を整備する義務の根拠としたのも、善管注意義務(忠実義務)であり、会社法も同様の根拠に基づいて「内部統制システム」を」規定したものと解されている。

4 金商法上の内部統制報告制度

 金商法の「内部統制報告制度」は、経営者が「当該会社の属する企業集団及び当該会社に係る財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するために必要なものとして内閣府令で定める体制について、内閣府令で定めるところにより評価した報告書」を提出すると規定され、「経営者は、財務報告の信頼性に及ぼす影響の重要性の観点から必要な範囲について、財務報告に係る内部統制の有効性の評価を行わなければならない。…財務報告に係る内部統制の有効性の評価は、原則として連結ベースで行うものとする」(内部統制基準Ⅱ2(1))とされている。
 企業会計審議会が、「一般に公正妥当と認められる」基準を定める「意見書」に「原則として連結ベースで行うものとする」と書くことで、上場企業の子会社に何らかの法的効果を及ぼそうとすることは、法的根拠としては曖昧なものといえよう。
 ただし、内容的には、個別財務諸表から構成・修正される連結財務諸表の適切さを確保するため、親会社の経営者が、個別財務諸表を作成する個別子会社の決算・財務報告に係る業務プロセスを「評価」することでその適切さを確保しようとすることは理解できる。
 その根拠を補って考えれば、金商法上の「財務報告の信頼性」に係る内部統制も、大きな括りでは会社法上の内部統制に含まれていると解されるから、子会社の会社法上の内部統制システムの整備・運用の決定やこれに基づいて制定された規程の中に金商法の内部統制も含まれていると解すべきこと(文言上困難であれば追加すること)、個別子会社の経理実務としても、決算・財務報告に係る業務プロセスを適切化することは文書化されていなくても当然のことであり、文書化して関係者に「見える化」することがより望ましいこと、個別子会社のモチベーションとしても、全社統制や、決算・財務報告に係る業務プロセスの整備、運用により、企業集団としての企業価値の維持、増大をはかれることが、結局当該子会社の利益につながること等が挙げられよう。

5 まとめ

 法令関係のみをまとめれば以下のとおりである。


内部統制制度        会社法(内部統制システム)       金商法(財務報告の信頼性)
親会社(大会社・上場企業) 決定義務(法362条4項6号、6項)  評価・報告義務(法24条の4の4)
子会社          決定義務の有無は具体的な状況による  (法362条4項6号 ―


 そして上場企業である親会社に金商法上「内部統制報告書」を連結ベースで作成・提出する義務が課せられ、これが公開されて投資家等の会社評価の判断材料となっているという状況で、子会社が、親会社が金商法上求められる「財務報告の信頼性」を確保している旨の「内部統制報告」をするに足りる内部統制制度の整備、運用をしないことは、親会社のみならず、その株主、投資家、取引関係者、従業員等に損害をもたらす蓋然性の大きい行為であり、子会社の取締役の職務執行として善管注意義務反と評価されることから、子会社は親会社の内部統制制度に対応した「内部統制制度」の整備をする旨の取締役会決議、及びこれに添った運用をする旨の法的義務があると解される。
 もともと会社法の内部統制システムは、上記のとおり大和銀行事件第一審判決に衝撃を受けて制定されたと解されており、その制定根拠は取締役の善管注意義務といわれていたから、このまとめは当然のことを確認したというだけかも知れない。
 

第3 子会社の課題

6 子会社の課題

 内部統制制度をめぐって企業集団の子会社の取締役会には、忠実義務から親会社が整備・運用した「内部統制制度」に対応した制度を整備・運用する義務があることを前提としよう。
 そこで問題は、
1 親会社と子会社において親会社の内部統制報告書の作成・提出に対応するきちんとした「内部統制制度」の決定がされ、規定が作成されているか(多くの場合なされているであろう。)。
2 子会社の内部統制について親会社がする評価は、「全社的な内部統制」と「業務プロセスに係る内部統制」の評価に分けられている。これとは違う観点で「IT統制」も含まれることがある。これを一覧すると、問題はそう簡単ではなく極めて複雑になっていることが分かる。
3 前者については、形式的に書類が作成されているのではなく、実効的に機能しているかが問題である。この部分は監査役がする会社法上の「内部統制システム」監査と重なる部分多いだろう。 
4 子会社にとって負担となることが多いのは、後者の「業務プロセスに係る内部統制」である。簡単にいえば、連結計算書類が、正しい内容のきちんとした証憑に基づき作成されているかどうかということである。もちろんどの子会社も、虚偽や過誤はないというが(そして多くの場合それは正しいかも知れないが)、子会社として作成した「内部統制制度」の手続、内容をきちんと履行しているかが、問題であり、往々にして、「内部統制制度」は、書類の外形的な形式を整えるだけで、実際にその手続過程は実施していないことがあり、それでは「不備」ということになりかねないのである。要は、いつまでも書類の外形的な形式の遵守を手段にするのではなく、実質的に財務報告の信頼性を確保する別の手続、方法があれば、それに切り替えていくように、親会社、その監査法人と協議し、内容を改訂していくことがことがここでのポイントである。