法とルールの基礎理論Ⅱ 方法としての哲学

2021-01-12

方法としての哲学

実定法学から「法とルール」を眺める場合、「哲学」は役に立たないと思われていることは間違いないだろう。哲学が自然科学を含む諸学を論じていた時代には、法則とか、道徳、正義とかも含意する「法」に関する哲学は大きな地位を占めていたが、現代では「法哲学」は余り相手にされない。
しかし、「法とルールの基礎理論」を考察しようとする場合、その出発点は、人の行為、社会、ルール等々、実定法学では、せいぜい前提となる「既成概念」として扱われるだけの多くの「概念」の身分、機能等の根拠を探求せざるを得ないから、方法としての哲学を視野に入れ考察することは不可欠である。

法と社会…万人が万人を敵とする闘争状態

問題のひとつは、ホッブズ、ルソー、ヘーゲル等々が切り拓いた社会契約等の社会を規律する法という問題領域であり、これが重要なことはいうまでもない。
「社会契約」はフィクションだといわれるが、それは当然で、問題はかかる「原理」に基づく「人工物」がどこまで実際に機能するのかということである。特にホッブズが捉えた「万人が万人を敵とする闘争状態から抜け出せない」ことを中心とする国家論、自然法論は、今、ネット上の「言説」の氾濫がついにはアメリカの議事堂占拠に至る「戦争」の時代には、極めてリアリティ-を持っている。実際、ホッブズが生きたイギリスでは、宗教的、党派的な対立から悲惨な殺し合いが日常茶飯事であったことを見逃すわけにはいかない。しかもホッブスは、このような状態は、能力的に大した違いのない平等な人間が、敵愾心に基づき利益を、猜疑心に基づき安全を、自負心に基づき名声を、求めるから起こるのだとする(リバイアサン第1部12章)。非常に優れた分析だと思う。

存在、認識、実践(言語)

現代の哲学が探求すべき課題は、存在論、認識論、実践論(言語論)といわれるが、「法とルール」については、行為、言語、ルール、社会、価値等々が問題になるから、現代の最前線の哲学も必要であると一応はいえる。
ただ気がかりもある。私たちの問題は、現代の複雑な課題に対応して機能するこれからの時代の「法とルール」 を定立・運用することだとすれば、これらの哲学が対象としている問題やそこで検討される方法が役に立つかである。多分、カントとフッサール、それと併行・交錯して進行してきた経験論、言語哲学が方法論となろうが、そこに足を踏み入れるとそこで侃々諤々と論じられる固有の自足的な問題に足を取られ、そこから出て来られないような気がするのである。

哲学の出発点は、主観-客観図式の隘路といわれ、どうして主観が客観を取り込めるかが問題とされるが、哲学が想定してきた主観-客観とは異なり、現代的に捉え返した主観とは、要は「進化してきた動物としてのヒトの認知」であり(これらについては、放送大学教材の「比較認知学」、「知覚・認知心理学」を参照されたい。)、客観とは、究極的には「素粒子」で形成される、「実体」をとらえがたい物質、エネルギー、自然、情報、他人、社会、人工物等々であろう。ただしヒトの客観の認知については、「言語」が大きな役割を果たしている。

これらのスキームは、言語を除けば、従前の哲学とはずれており、今までの土俵で議論を続けても、隘路から抜け出すのは困難である。ただフッサールに始まる「協働」による「共同主観」は、不可欠であろう。

というわけで、「方法としての哲学」については、ここでは使用可能な「目録」を作成するという程度の付き合いとし、哲学という泥沼に足をすくわれないようにしよう。

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論の目録

この目録の構成

全体を6項目に分け、最初の4項を「ホッブズ・ルソーと社会契約論」、「カントと経験論」、「ウィトゲンシュタインと言語ゲーム」、「ヘーゲル・フッサール」とし、「ヘーゲル・フッサール」に全体を概観するために竹田青嗣の「哲学とは何か」を入れ込んだ。更に5項目目に「哲学全体」を再構成しようとした「廣松渉」を、最後にその他の「法とルールをめぐる哲学」を掲載する。

それぞれの項目に現時点で取り上げた書名を掲載した。書名の前に、全体を概観する簡単なまえがきを置くが、その作業は公開後にしよう。
そして各項目の詳説、詳細目次は、それぞれの補論の記事に掲載する。ただし哲学に労力を取られるのは本末転倒なので、あくまで参照に止めたい。

各補論と掲載書

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論① ホッブズ・ルソーと社会契約論

  • リバイアサン1、2(光文社古典新訳文庫)
  • 法の原理(ちくま学芸文庫)
  • ビヒモス(岩波文庫)
  • 物語イギリスの歴史 上下
  • 社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫):ルソー
  • 増補新版 法とは何か 法思想史入門 :長谷部恭男
  • 社会契約論 ──ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ:重田園江
  • 近代政治哲学-自然・主権・行政:國分功一郎
  • デカルト、ホッブズ、スピノザ 哲学する17世紀:上野修
  • 法の精神:モンテスキュー
  • 統治二論:ロック

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論② カントと経験論

  • 現代語訳 純粋理性批判 完全版(Kindle本)
  • NHK 100分 de 名著 カント『純粋理性批判』:西 研
  • カント入門:石川文康
  • プロレゴーメナ 人倫の形而上学の基礎づけ (中公クラシックス)
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編 (光文社古典新訳文庫)
  • 経験論から言語哲学へ (放送大学教材):勢力 尚雅、 古田 徹也
  • 功利主義入門 ──はじめての倫理学:児玉聡

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論③ ウィトゲンシュタインと言語ゲーム(Sprachspiel)

  • 哲学探究:ウィトゲンシュタイン(鬼界彰夫)
  • ウィトゲンシュタイン入門:永井均
  • 経験論から言語哲学へ (放送大学教材):勢力 尚雅)/ 古田 徹也
  • はじめての言語ゲーム:橋爪大三郎
  • 言語ゲームが世界を創る 人類学と科学:中川敏
  • ヒトの言葉 機械の言葉 「人工知能と話す」以前の言語学:川添 愛

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論④ ヘーゲル・フッサールと竹田青嗣

  • (ヘーゲル)
    • ヘーゲル・セレクション
    • エンチュクロペディー ワイド版世界の大思想 第3期〈3〉ヘーゲル
    • 精神現象学 上下 (ちくま学芸文庫)
    • 法の哲学ⅠⅡ(中公クラシックス)
    • 新しいヘーゲル (講談社現代新書):長谷川宏
    • 超解読!はじめてのヘーゲル『法の哲学』:竹田 青嗣、西研
    • 超解読!はじめてのヘーゲル『精神現象学』:竹田 青嗣、西研
    • 人間の未来 ヘーゲル哲学と現代資本主義 (ちくま新書) :竹田青嗣
  • (フッサール)
    • フッサール(人と思想):加藤精司
    • フッサール・セレクション
    • 現象学の理念:まんが学術文庫
    • 現象学という思考 <自明なもの>の知へ:田口茂
    • 医療ケアを問いなおす ──患者をトータルにみることの現象学:榊原達也
  • 哲学とは何か :竹田 青嗣


法とルールの基礎理論Ⅱ・補論⑤ 廣松渉

  • 廣松渉哲学論集 (平凡社ライブラリー678):廣松 渉 and 熊野 純彦
  • 新哲学入門
  • 哲学入門一歩前 モノからコトへ (講談社現代新書) :廣松渉
  • もの・こと・ことば(ちくま学芸文庫):廣松渉
  • 役割理論の再構築のために:廣松 渉
  • 権力 社会的威力・イデオロギー・人間生態系:山本健一
  • 弁証法の論理―弁証法における体系構成法 (1980年):広松 渉
  • 身心問題:廣松渉 
  • 世界の共同主観的存在構造:廣松渉 

法とルールの基礎理論Ⅱ・補論⑥ 法とルールをめぐる哲学

  • 法の概念(ちくま学芸文庫):H.L.A.ハート
  • 二十世紀の法思想:中山竜一
  • よくわかる法哲学・法思想
  • 人間にとって法とは何か (ちくま新書) :橋爪 大三郎
  • 仏教の言説戦略:橋爪 大三郎
  • 日常世界を哲学する~存在論からのアプローチ~ (光文社新書):倉田 剛
  • ワードマップ 現代形而上学 分析哲学が問う、人・因果・存在の謎
  • 科学を語るとはどういうことか 科学者、哲学者にモノ申す (河出ブックス): 須藤靖 and 伊勢田哲治
  • 規範とゲーム 社会の哲学入門 :中山 康雄
  • システムと自己観察 フィクションとしての<法>:村上淳一
  • 行為の代数学 スペンサー・ブラウンから社会システム論へ:大澤真幸
  • 〈現実〉とは何か ──数学・哲学から始まる世界像の転換:西郷甲矢人、 田口茂
  • 法と経済学の社会規範論:飯田高
  • 公共哲学 (放送大学教材):山岡 龍一/ 齋藤 純一