AI時代の弁護士業務

2020-03-26

この論稿の紹介

この論稿「AI時代の弁護士業務」は、「法の支配」(2020年4月号)に掲載されたが、その内容は「固定頁」で適宜バージョンアップしていく。

はじめに-AI時代を迎えて

1 「AI時代の弁護士業務」を考える

⑴本稿の趣旨

編集部から私に与えられた課題は「AI時代の弁護士業務」である。これは、最近頻繁にメディアに登場する、「AI」(人工知能)という囲碁の世界名人さえ打ち破る何やら恐ろしげなテクノロジーによって、一応「弁護士特化型の知能」によって実行されていると認められていると思われる「弁護士業務」が、AIの登場によってどのようになっていくかについての、率直な問いかけであろう。

その根底には、弁護士はAIに駆逐され、職業として生き残れないのではという「興味」(弁護士にとっては「恐怖」)もあるかも知れない。

私は、15年以上前になるが、日弁連の弁護士業務委員会のIT部会に関わっていたことがあり、「ITが弁護士業務にもたらす影響」(日弁連弁護士業務委員会編「いま弁護士は、そして明日は?」所収。第一法規:2004年12月。以下「ITと弁護士業務」という)という簡単な論稿を書いたことがある(内容の要旨はⅡ項4⑴)。

デジタルが推し進めたそれからの社会の変化は目まぐるしく、今はITに代わってAIが注目を浴びている。そこで、この間弁護士業務に何が起きたのか、今後どうなるのかを、ITをAIに置き換えて考察してみよという趣旨で、私に執筆依頼があったのだろう。ただ私はAI開発に携わっているわけではなく、以下のほとんどの記述は「座学」なので、開発者から見ると的外れな点もあるかも知れないが、ご容赦いただきたい。

以下、問題の所在を明確にし、かつできるだけ多様な観点から考えてみようと思う。そのために私が作成した次の「問題の整理表」に添って検討することにする。

問題の整理表
弱いAIとAGⅠ ⑥世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)の変容 法とルールの対応(AI法)
③ビジネスと公共サービスの激変 ⑤弁護士業務 ⅲ 核心部分:
  法と事実の提出
  論証と起案
ⅱ 対象:法と裁判
ⅰ性質:プロフェッショナル
 ④DX
② デジタル化(PC・IT・AI)
➀ GAFAM(プラットフォーム)
テクノロジー・インターネットの進展

 

⑵「問題の整理表」の説明

 「問題の整理表」の内容を簡単に説明しよう。

ア 「AI時代」とは

「AI時代の弁護士業務」の「AI時代」とは、「テクノロジー・インターネットの進展」の中で、「①その影響力が国家にも優るともいわれる「GAFAMBAT」等が独占的に提供するプラットフォーム」を利用する「②PC・IT・AI等によるデジタル化(DigitizationないしDigitalization)」が飛躍的に発展した結果、現在から近未来にかけての「③ビジネス(商品やサービス)と公共サービス」が「④DX(デジタル・トランスフォーメーション)」によって激変し、「⑥世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)も大きく変容する」ことが予想され、かつその重要な部分を支える技術が「弱いAI」である時代ととらえることができよう。

この部分については、後記参考文献に譲り逐一検討はしないが、議論を混乱させないために、出発点として「弱いAIとAGI」を理解することが必要と思われるので、それについてⅠ項「デジタル私史と弱いAI・AGI」で検討する。

イ 「弁護士業務」とは

AI時代における「⑤弁護士業務」の問題は、ビジネスの一分野である弁護士業務全体の「④DX」の問題であると同時に、「⑤弁護士業務」固有の、「ⅰ性質:プロフェッショナル、ⅱ対象:法と裁判、ⅲ核心部分:法と事実の提出、論証と起案」のデジタル化の問題と位置付けることができよう(Ⅱ項「弱いAIが切り拓く弁護士業務の近未来」で詳述する。)。

ウ 「AI法」とは

これとは別に、AI時代は、「法とルール」による対応を迫られる様々な「AI法」の問題を惹起し、これが弁護士業務の対象となるが、これは他の論稿と重なると思われるので、Ⅲ項「弁護士業務の対象としての「AI時代の法」」で簡単に検討するに止める。

2 本稿で言及する本

私が「問題の整理表」に記載した事項に関わる本は、既に山のように刊行されているし、その山は日々更新されつつある。本稿を記述するにあたって多くの本に少しずつ感化を受けたが、逐一言及するのは煩雑に過ぎるので、本稿で言及するのは、後記参考文献記載の本に限らせていただく。各書の末尾に本稿での略称を掲げた。なおほとんどkindle本なので頁数は挙げていない。

 

Ⅰ デジタル私史と弱いAI・AGI

1 私のデジタル私史

人それぞれにデジタルに引き付けられた歴史があるだろう。私は大学で、Fortranをパンチカードで入力した記憶があり、弁護士になりたての頃、Appleのマッキントッシュやハイパーカード、その後iPod touchにはまったこともある(裁判所が一太郎を採用したこと等を契機に、Windowsを利用するようになった。)。

その頃、日本でもAIブームが起き、法律エキスパートシステムを開発する動きがあったこと、いつしかその動きがなくなりどうなったのだろうと思ったことも何となく記憶している。ITが喧伝されだした時も興味を持ち、日弁連の弁護士業務委員会のIT部会に関与した。最初にGoogleの検索に触ったときには衝撃を受けたし、AmazonのKindle本の保有は、3500冊を超えている。GAFAMのうち、Facebookは避けているが、他4社の活動には相変わらず強い関心を持っている(ただしGAFAMが「永続」するわけではないと思っている)。BATの内容は、中国ビジネスとの関係でわずかにもれ聞く程度だが、その発展のスピードに驚嘆させられる。androidスマホも便利に使っている。ただ実際の弁護士業務では、ワープロ、エクセル、メール、判例検索、Google検索、Google翻訳を利用するくらいだろうか。

この私のデジタル私史は、「問題の整理表」の「テクノロジー・インターネットの進展」、「①GAFAM(プラットフォーム)」、「②デジタル(PC・IT・AI)」の展開と併走している。それぞれの具体的な内容は、「岡嶋IT」、「松尾人工知能」、「Newton人工知能」、「合原人工知能」、「淺井人工知能」、「尾原アルゴリズム」等に譲る。

2 弱いAIとAGI

⑴AIとAGI

AIの定義はいろいろあるが、「松尾人工知能」は「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術」とし、「テグマーク・LIFE3.0」は「非生物学的な「複雑な目標を達成する能力」」とする。ただいずれにせよソフトウェアないしアプリである。今AIは、ITと共に利用されることがほとんどである。

AIが最初に問題提起されたのは1950年代であるが、最近のコンピュータや周辺機器、インターネットやクラウド等の性能、容量、速度等の飛躍的な向上のなかで、2012年頃から第3次AIブームが到来したといわれ、画像認識、翻訳、ゲーム等について、AIが人間を超えたとまでいわれるようになった。これを支えているのは、機械学習、とりわけ深層学習である。深層学習が成果を上げるためには、「ビッグデータ」が必要とされる。

AIには「弱いAI」と「強いAI」、あるいは「特化型AI」と「汎用型AI」があるとされて混乱するが(前者は「人間の意識や知性を持つかどうか」、後者は「さまざまな範囲の課題を総合的に処理できる」かどうかという観点からの分析とされるが、多くは重なっているだろう)、「テグマーク・LIFE3.0」等では、人間レベルの汎用AIを「AGI(Artificial General Intelligence.)」と呼ぶので、いま現在利用され、発展しつつある「弱いAI」、「特化型AI」を「弱いAI」と呼び、将来実現するかも知れない「AGI」と対比すると分かりやすいだろう。「ボストロム・スーパーインテリジェンス」では更に先を行く「超知能」だが、それもAGIに含めて考えよう。

⑵「知性」から対比する

弱いAIとAGIの違いについては、様々な捉え方があり得るが、「芝原最強AI」は「知性」(知能)を「課題を自分で見つけて解決する」流れであるとしその要素として「4つの力」を挙げる(「4つの力」は少し分かりにくい表現であるが、「ⅰ解くべき課題を見つける=動機、ⅱどうなったら解けたとするかを決める=目標設定、ⅲ解く上で検討すべき要素を絞る=思考集中、ⅳ課題を解く要素を見つける=発見」である)。AIがこの「4つの力」を備えれば、文句なしにAGIだが、同書は、現状の弱いAIは、ⅰⅱのほとんどは人間が行い、ⅲが乗り越えるべき大きな問題で(人間では直観と、ⅰⅱを組み込んだ「計画性」が機能する)、ⅳはAIに優位性があるとする。

⑶「言葉」「意味」から対比する

もう一つの捉え方として自然言語を理解し処理できるかどうかという問題の立て方がある。「川添人工知能」は、「言葉を理解するために必要な条件」として、「①音声や文字の列を単語の列に置き換えられること、②文の内容の真偽が問えること、③言葉と外の世界を結びつけられること、④文と文との意味の違いが分かること、⑤言葉を使った推論ができること、⑥単語の意味についての知識を持っていること、⑦相手の意図が推測できること」があるとし、これを機械に組み込もうとすると、「A機械のための「例題」や「知識源」となる、大量の信頼できるデータをどう集めか?B機械にとっての「正解」が正しく、かつ網羅的であることをどう保証するのか?C見える形で表しにくい情報をどうやって機械に与えるか?」を解決する必要があるとする。これが解決できればAGIである。ただ後述する「BERT(バート)」とその後継アプリは、A、Bにはかなり迫りつつあるように見える。

その他、「生命」、「意識」、「脳のエミュレーション」等からの捉え方もあるが、問題から遠ざかる気がする。

⑷本稿はAGIを考慮しない

弁護士業務には「課題を自分で見つけて解決する」流れのすべてが関わり、対象とするデータのほとんどが自然言語によるものであるから、これらを実行できるAGIが登場すれば果たして、法と裁判の分野でもうまくいくかという疑問は残るが、大きな影響があるのは必至である。

しかしAGIが現時点では実現されていないこと、すなわち今、開発、運用されているすべてのAIが弱いAIであることに異論はなく、そもそもAGIが実現されるのか、実現されるとしていつ頃実現されるのかについてあれこれ推測する意見は述べられても決め手はなく、結局「分からない」とする認識もほぼ共有されている。「AI時代の弁護士業務」などといわれると、どうしてもAGIが実現した場合の弁護士業務を考えたくなるが、それは「将来の課題」としかいえず、弱いAIが発展する中での弁護士業務のあり方を考えようというのが本稿の立場である。

3 「AGIに挑む3書」の紹介

そうはいってもAGIの問題はとても面白く、弁護士業務を考える場合も参考になるので、ここでは「AGIに挑む3書」を簡単に紹介しよう。

「テグマーク・LIFE3.0」は、AGIの実現可能性とそのもたらす影響について、①「技術懐疑論者」vs.②「デジタルユートピア論者」と③「有益AI運動の活動家」の2立場3学派に分けて考察できるとする。①vs.②の、そもそも「分からない」ことについての不毛な論争から、「分からない」としつつその可能性もあるのでそれに備える必要があるとし、人類はAIを制御できるかという「AIコントロール問題」に真正面から向き合ったのが、③に位置づけられる「ボストロム・スーパーインテリジェンス」である。ボストロム氏は、分析哲学のほかに、物理学、計算論的神経科学、数理論理学の研究も行う研究者で、同書はこの問題を緻密に論証した嚆矢となる本で参考になる。

この延長上にあるのが、「テグマーク・LIFE3.0」である。同書は、充分に「冷静に」AGIの実現可能性を検討し、「分からない」として「有益AI運動」を導いている。しかしテグマーク氏は、宇宙物理学者で、前著の「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて」において、私たちの生きる物理的な現実世界は、数学的な構造をしているという「数学的宇宙仮説」、更には究極の多宇宙理論を展開した研究者であり、AGIについても宇宙の始原と物質の視点から当然に実現することを念頭に置いての壮大な構想を展開している。技術懐疑論者以外には、面白い本である。

少し違う観点からAGIを論じた本に「リース・人類の歴史とAI」がある。原題は「The Fourth Age」であり、人類史を、言語と火(10万年前)、農業と都市(1万年前)、文字と車輪(5千年前)、そして第4の時代:ロボットとAI(5百年前)と分け、第4の時代のテクノロジーの指数関数的進化に着目する。そして今後「ロボットとAI」がAGIになるかを考えるメルクマールとなる3つの大きな問いとして、①宇宙は何からできているのか…一元論(一つの物質原子)or二元論(物理的なモノ+スピリチュアルor精神的なモノ)か、②私たちは結局何なのか…ⅰ機械、ⅱ動物、ⅲ人間(私たちの中に機械、動物とは違う何かがあるのか)、③「自己」とは何か…ⅰ脳の巧妙なトリック、ⅱ創発する心、ⅲ魂、を挙げる。AGIの実現可能性とこれらの問いにどう答えるかは密接に関連するのでこれに答えられるまではAGIの実現可能性に答えるのは難しいだろうとする。①が一元論であれば、②③で様々な紆余曲折があったとしても、いずれはAGIが実現するだろうと考えることはおかしくはなく、それはテグマーク氏の議論と重なるだろう。

4 弱いAIの最前線

⑴最強AI

AGIに目を奪われる余り、弱いAIは駄目だなと思うのは勘違いである。「柴原最強AI」は、弱いAIの最前線を支える「最強AI」として、画像系の「ResNet(レズネット)」(2015年)、言語系の「BERT(バート)」(2018年)、ゲーム系の「AlphaZero(アルファゼロ)」(2017年)を紹介している。

 画像系は第3次AIブームを切り拓いた分野であり、着々と進展しつつあるようだ。

言語系はこれまで「意味」や「フレーム問題」が関わり、AIの中では特に弱い分野とされてきたが、「BERT(バート)」は、転移学習を基本として様々な工夫がなされ、更にその弱点を克服する後継AIも開発されており、言語を対象とする弁護士業務にとって注目されるが、少なくても後述する弁護士業務の核心部分に届くにはまだ距離がありそうだ。

ゲーム系の「アルファゼロ」は、ルールを教えられるだけで過去の対戦等を参照せずに自己対戦を繰り返すことで、短時間で人間を超える最強ソフトに成長するとのことである。「恐怖」さえ感じるが、ゲーム開発者の三宅陽一郎氏は、あるインタビューで「ゲームの人工知能は現実に応用できますか」と問われ「難しいと思います。仮想空間ではAIの研究が、かなり加速的にできます。そこでわかってきたことは、仮想空間というのは、ノイズがないということです。センサーで完全に情報が取れ、完全に行為を実現できます。それは現実世界の知能に似ているかというと実はあまり似ていません。本物の知能は常にノイズとか不確定性の中で動いているので、そこが知能の本質だったりするんですね。現実世界でAIを動かすときは、ゲーム空間の純粋なロジック空間で培った人工知能はあまり役に立たないんです」と述べている。

⑵東ロボくん

 新井紀子氏が率いる「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトは、開発したAI群で、センター入試模試と東大模試を受験し(問題はデジタル化)、2016年にはMARCH、関関同立クラスの大学に入学できる偏差値を得たが、その後は、英語チームが導入した上述の「BERT(バート)」でいくつかの問題群で成績を伸ばしたものの、結局、東大に合格できる見込みは立たなかったという(「新井AI」、「新井プロジェクト」)。これは現時点の弱いAIの限界と共に、これから弱いAIが代替可能な仕事の分野が広範にあることを表している。

 要するに、弱いAIは、適用範囲を見極めれば、今後、思いもかけない大きな発展が見込まれるということである。

 

Ⅱ 弱いAIが切り拓く弁護士業務の近未来

1 DXから見た弁護士業務

⑴弁護士業務の概要

まず弱いAIが今後切り拓くであろう弁護士業務の概要を整理しておこう。

弁護士業務の多くは、法と裁判を対象とする業務である。法については、裁判の前提になる場合がほとんどで、弁護士がその作成や施行に関与することは多くはない。

裁判は、抽象的にいえば、ⅰ法に、ⅱ事実を当てはめ、ⅲ法的推論によって結論を得る過程である(以下「抽象モデルとしての裁判」ということがある)。裁判に関する弁護士業務(下記DXの対象である「ⅱ業務プロセス」)は、A.裁判の進行に伴う諸事務の把握・管理(以下「管理業務」という)と、B.弁護士が勝訴に向けてする活動の核心部分である主張と立証の選択と提出(法と事実の提出。「尋問」も含む)及び判断権者である裁判官を誘導・説得する書面の作成・提出(論証と起案)(以下「核心部分」と総称する)に分けることができよう。

法律事務所の事務スタッフは、主として管理業務を担当し、弁護士の指示により核心部分の補助(法令判例文献検索や、一般的な事実の調査等)を担当することもある。

因みに、裁判所の業務もほぼ同様の構造であり、裁判官は法廷を主宰し、法廷に提出された法と事実に基づいて、弁護士の論証と起案を考慮してその判断を示す判決書を作成する。管理業務は、書記官が担当する。

その他、弁護士業務には、契約書の作成、チェック、意見書の作成等も含まれるが、核心部分の応用というより、その前段階と考えて、差し支えないだろう。

なお刑事分野は、証拠収集や量刑等にAIが現に活用されつつあり、注目度も高いが、本稿では紙数の関係で、民事・行政分野に限定して検討する。

⑵DXとは何か

今、すべてのビジネス(そして公共サービス)にとって、DX(デジタル・トランスフォーメーション。DS(デジタル・シフト)ともいわれる)への取り組みが、喫緊の課題であるとされている

「ウェスタ―マン・デジタルシフト戦略」によれば、DXの対象は「ⅰ顧客体験、ⅱ業務プロセス、ⅲビジネスモデル」に大別できる。その核心は「ヒトではなく、電子を走らせろ。電子は疲れない」とされる(プレジデント社デジタル)。実際、多くの顧客がプラットフォームを使いこなしデジタル化していく中で、ビジネスと公共サービスは、新しい顧客体験やビジネスモデルを創造しその業務プロセスを改革していかなければ、取り残されるのは当然である。

ただし今多くの企業でDXへの取組みは難しいといわれているが、私は、その手掛かりとして、顧客体験についてはデザイン思考が、上記の全体を通じてシステム思考が有効であると考えている。「稗方システム思考」の「DXが注目されるこの時代、時には「AIを使えば問題は解決できる。とにかくAIを入れろ」という乱暴な話を聞くことがあるかもしれない。しかし、AIは魔法の杖ではない。現実には限りある予算や資源を用いて、AIやその他の新技術を活用して目標を達成するには、「どこに(どの業務に)」「何の目的で(どんな効果のために)」導入すればよいのかを見極めなければならない。そのためには、当事者の「人」まで含んだ大きなシステムとして検討対象を認識し、問題設定することが必要である。このような問題設定をシステム思考に基づいて行い、さまざまな施策・シナリオについてシステム・ダイナミクスを用いて比較検討をすることで、ステークホルダーは主体的に、自信を持って、認識の共有を維持しながら、施策の選択と実行のリードができるだろう」との指摘に賛同する。

⑶DXから見た弁護士業務

ア 弁護士業務もビジネスとして当然DXの対象である。

弁護士の「ⅱ業務プロセス」のDXは、事務スタッフが担当する管理業務でこれまでもある程度行われてきた(事件管理システム等)。しかしこの分野のDXは、大規模事務所はともかく、小規模事務所においてはさほどメリットがあるわけではないし、かえって煩雑で負担になり、途中で使用を中止することも多い。

イ 弁護士の「ⅱ業務プロセス」のDXとして主として問われるべきは、その核心部分である。ただこれは、「プロフェッショナル」論や「法と裁判」のあり方を踏まえて検討すべきであると考えるので、2項以下で、弁護士業務について、ⅰ性質:プロフェッショナル、ⅱ対象:法と裁判、ⅲ核心部分:法と事実の提出、論証と起案に分けて検討することとする。

ウ 「ⅰ顧客体験」から見た弁護士業務のDXの現れはどうか。顧客が、より早く、より安く、より分かりやすく、より便利にと思うのは当然であるから、DXの活用の余地はあるが、顧客に対して迅速・丁寧に対応すれば、DXを待つまでもなく顧客体験が向上するのは明らかであるから、費用対効果を考慮すると、DXとして何が有効なのかはよく見えてこない(宣伝、広告等は横に置こう)。

また顧客は、弁護士に依頼したことでより良い結果を獲得する「ⅰ顧客体験」を得たいのは当然であり、それは基本的には依頼した弁護士が実行した「ⅱ業務プロセス」の核心部分の有効性の問題ではあるが、その結果には、担当裁判官の判断の妥当性、法や判例の内容、解釈、更に立法のあり方、その他わが国で歴史的に形成されてきた裁判制度やその業務を独占する裁判所という「行政組織」や政治過程のあり方等々も関係し、複雑な問題となる。弁護士の「ⅱ業務プロセス」を改善すれば済む問題ではない。

弁護士業務を含む法律関連業務のDX(IT化、AI化)の議論が、往々にして軽率に聞こえるのは、そのような複雑な問題を等閑に付したままで議論が展開されるからであろう。

⑷DXから見た裁判所の業務

「ITと弁護士業務」で私は、裁判実務を担当する弁護士が裁判所に求めていることとして(私が全部賛同していたわけではない)、要旨「①裁判所は、全ての判例を電子データベースとして公開すべきだ。②裁判所や検察庁における書面の授受を、Eメールを利用し電子情報で行いたい(注:市民からいえば、電子申請)。③裁判所や検察庁の尋問調書、供述調書等を電子情報で交付すべきだ。さらに、④証人尋問を含む法廷でのやりとりや被疑者、被告人との接見を、インターネットを利用したテレビ会議システムを利用して行うようにすることが大切である」を挙げ、「費用と熱意の問題であるが、早晩(4、5年で)、実現する」とした。

それが15年前で、最近やっとこの一部が実現しようとしている(2020年3月10日、政府(最高裁や法務省、内閣官房などが参加する民事司法制度改革に関する関係府省庁連絡会議)は、民事裁判手続きの全面的なオンライン化などを盛り込んだ民事司法制度改革の最終案をまとめた。まず訴訟の代理人弁護士に裁判関係書類のオンラインでの提出を義務付け、最終的には口頭弁論や記録閲覧などのIT(情報技術)化を実現する方針だ。高齢者を中心にITに詳しくない利用者がいることも想定され、司法へのアクセスの確保に配慮するよう求めた。最高裁が利用者全員にとって使いやすいシステムを構築する。2022年の民事訴訟法改正をめざす。柳瀬昇「AIと裁判」(山本AI所収)は、「AIをはるか彼方にながめつつIT化を議論するわが国の現状」と揶揄する)。

これは国民、市民のデジタル化に対応した裁判所のDX(顧客体験、業務プロセスの改善)の問題であり、実現すれば「便利」ではあるのだが、裁判でのやり取りは、センシティブで秘密性の高いものが多く、オンラインはセキュリティーの面から、どうだろうという問題がある。実現すれば必ず秘密漏洩の問題が生じるから、それを前提に制度内容を考える覚悟が必要だ。

2 弁護士業務の性質:プロフェッショナル

⑴弁護士はプロフェッショナルである

「AI時代の弁護士業務」を検討していくが、まず弁護士業務は、その性質として、プロフェッショナルによるビジネス(私的サービス)である(裁判所は、プロフェッショナルによる公共サービスである)。これについて「サスカインド・プロフェッショナルの未来」が次のような指摘をしている。

「これまでの専門職は、社会において知識の管理・活用を任された「門番」のような存在であったと位置付けられている。人間が一人であらゆる知識を頭に詰め込み、活用するなどということはできない。そこで私たちは、専門家に個々の専門領域における知識の管理を任せ、その役割に見合う特権的な地位を与えた。しかしいま、社会は「印刷を基盤とした産業社会」から、「テクノロジーを基盤としたインターネット社会」へと変貌を遂げつつある。変化はまだ完了しておらず、移行期特有のさまざまな弊害が表れているものの、「テクノロジーを基盤としたインターネット社会」においては、知識の生産・流通のあり方が大きく変わる。専門家の役割も大きく変わる。その仕事は細かなタスクに分解され、他の人々に任せることができるものは委託され、一部は高度に進化した機械によって置き換えられるだろう。こうして知識を生産・流通する新たなモデルが生まれ、専門職に携わる人々も、その中で新たな役割(それは従来の「専門家」とはかけ離れたものになるかもしれない)を見出すようになると考えている」。

⑵著者リチャード・サスカインド氏について

著者のリチャード・サスカインド氏は、イギリスの法律家で、法律エキスパートシステムの開発にも関与し、かねてから法律業務をターゲットにして、「The End of Lawyers?:Rethinking the nature of legal services」や「Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future」を書いて、ITやAIが法律業務をどう変えるのかということについて論陣を張ってきた、この分野でもっとも注目に値する人物である。この本は、子ダニエルとの共著で、視野を専門職一般に広げ、ITとAIが変えるこれからの専門職のありかたを、詳細、緻密に論じている。取り上げられているのは、医療、教育 、宗教、法律、ジャーナリズム、経営コンサルティング、税務と監査、建築であり、ITやAIの影響について、まっとうな観点からの新しい情報として一読に値する(同書2章。特に医療は、今後完全にITとAIに制覇されるし、それが必要不可欠なことがよくわかる)。

上記であげられた専門職の中でこれまでの仕事のありかたを変えることに抵抗があるのは、法律と教育ぐらいであろうが、教育は予算が付けば柔軟に変わるだろう。この本は、頑として動かない法律家をターゲットにしている。

⑶「門番」としての検索

これまで社会において法律知識の管理・活用を任された「門番」である弁護士は、今、その初動部分(「法と事実」の把握の一部)は、確実にgoogle検索にその地位を奪われている。それどころか弁護士も問題の把握をgoogle検索に頼ることが多い。ただ、弁護士業務の核心部分が「高度に進化した機械によって置き換えられる」ことはAGIが登場しなければあり得ないというのが私の見通しである。

3 弁護士業務の対象:法と裁判

⑴法と裁判に関わる裁判官と弁護士の違いは何か

 上述したように裁判官は、法廷を主宰し、弁護士の論証と起案を考慮して、法廷に提出された法と事実に基づいて判断を示す判決書を作成する。「AI裁判官」といわれるように、法と裁判は、裁判官の目から見た「抽象モデルとしての裁判」が念頭におかれることが多い。

一方、弁護士は、裁判官が法的推論によって結論を得る過程を誘導・説得する書面を作成・提出(論証と起案)をする(「Legal Reasoning & Legal Writing」といわれる(田中法律文書」の表紙にも記載されている)と共に、法廷に裁判官の判断の対象となる法と事実の提出をしなければならない。

似たようなことをしているように思えるが、弁護士が「法と事実の提出」をする点において決定的な違いがある。

裁判官は、弁護士(当事者)が提出した限られた法と事実の範囲で判断すれば足りるが、弁護士が、探索、適用すべき法とルールは、法律、条例、ガイドライン、様々な自主ルール、更には(問題によっては)世界の法とルールと際限なく広がるし、事実に至っては、無限に広がる事実連鎖のなかで真偽の確率を踏まえ、依頼者勝訴の根拠となる法とルールに当てはまる依頼者に有利な事実を拾い出して証拠化し提出しなければならない。法と事実の提出に至る過程は容易ではない。ただし弁論終結後は、弁護士と裁判官が処理すべき対象は同じである(もっとも普通の弁護士の「頭脳」では、自身がそれまでに「体験した法と事実」と、「実際に提出されている法と事実(その中には相手方が提出したものも含まれる)」を、直ちに截然とは区別できないのだが)。

このように弁護士が処理しなければならない法とルール及び事実の情報量は厖大なので、AI処理になじむといえる。この点で、判例法圏の裁判と似た面がありそうだ。

⑵法と裁判についてのAI研究・開発の歴史

AIの研究・開発の歴史において、法は、論理的な推論を得意とするコンピュータの利用になじむものと考えられ、第1次AIブーム(推論ベースのAI)時から焦点が当たり、第2次AIブームでは「知識ベース」に検索や推論を組み合わせて専門家を代行する法律エキスパートシステムの研究・開発の対象となってきた。

最近では、Kevin D. Ashley氏の「Ashley・Legal Analytics」が、これらを網羅的に研究、検討している。同書は「第Ⅰ部 法的推論の計算モデル」、「第Ⅱ部 法的テキスト分析」、そして第Ⅲ部でこれらを結び付け「計算推論モデルと法的テキストの連結」を論じている。第Ⅲ部では、実務的な法アプリの紹介もされている。

これらが念頭に置くのは、主として「抽象モデルとしての裁判」であるが、判例法圏と制定法圏では、裁判における判例の位置付けが全く異なるから、これらの研究が直ちにわが国で活かせるかどうかはよくわからない。

⑶わが国の法と裁判についてのAI研究・開発の現状

わが国においても、法と裁判についてのAI研究・開発を掘り下げようとする動きがある。これについては、2019年1月に日本学術会議情報学委員会が主催した「AIによる法学へのアプローチ」が重要で、そこで発表された報告の資料である「AI法学への応用の歴史」(新田克己氏)、「AIの法学への応用研究の現状」(佐藤健氏。なお「AIに裁判の結果を説明させる」(Newton人工知能)所収参照)、「法学者からのAI技術導入についての期待」(太田勝造氏)はいずれも有益である(http://research.nii.ac.jp/~ksatoh/ai-law-symposium/#Aims%20and%20Scope)。なお「野村AI」に、これに参加した宮内宏弁護士の報告が紹介されている。

このうち、太田氏は、「抽象モデルとしての裁判」の過程について、事実認定のベイジアン・モデルは大量のデータが必要で実現困難、当てはめも深層学習、自然言語処理では説明ができない、法的推論は論理プログラミングによる実現が困難と指摘し、シンギュラリティまでは、AIによる裁判支援システムを活用するに止まることになろうとする。

また、新田氏と佐藤氏は、Kevin D. Ashley氏も共著者として「新田・佐藤応用」で「人工知能の法律分野への応用について」検討している。その中で、法学においては結果の説明が必要なので、深層学習の技術では実現不可能であること、より高度な法的推論の解析や実現が必要であること、Prolog(言語)により具体的な法律についてどのように機械推論化するかの具体的な方法論は未だないことが指摘されている。

このように、法や裁判の過程が「論理的」であることを前提として真正面から「抽象モデルとしての裁判」」を解き明かそうとする試みは、なかなかうまくいきそうもない。ただ、既に紹介した「BERT」とその後継アプリ(柴原最強AI)、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトでの試行錯誤(新井プロジェクト)、そして金山博「Watsonの質問応答からコグニティブ。コンピューティングへ」(「合原人工知能」所収)等による自然言語研究は、今後、徐々に機能していくであろう。

なお法律分野のAIは、判例法圏であることとの関係があるかも知れないがアメリカやイギリスでの研究・開発の動きが大きく(Legal Tech)、わが国でも「リーガル テック」を進めようとする動きがある。しかし多くは、諸外国での検索やe-discovery、フォレンジック、契約書作成アプリ等を紹介し、導入しようとするものであり、直ちにわが国の弁護士業務に大きな影響があるものではないと思われる。

(4)ボストロム氏の指摘

ところで既に紹介した「ボストロム・スーパーインテリジェンス」は、AGIがルールを作成することについて「おそらく、それにもっとも近いのは、われわれ人間が社会で生活を送る上での行動基準を定めた法律制度ということになるかもしれない。しかし、既存の法律制度は、人類の長年の試行錯誤の末に実現されたものである。なおかつ、変化の速度が比較的ゆっくりした人間社会を対象としている。しかも、法律というものは、内容が現実に合わなければ、必要に応じて個別規定を改めることもできる。そして、もっとも大事な点は、法律制度には、裁判官や陪審員といった人たちが法の番人として存在していて、しかも、彼らは、論理的に可能な解釈であっても、人間の一般常識や普遍的良識という尺度に照らして、法文の解釈が立法者の意思に反することが分明である場合は、その解釈を強いて適用するようなことはしない、ということだ。つまり、詳細なルールからなる非常に複雑なシステム(制度)を綿密に構築し、しかも、完全完璧なシステムを最初の試みで成功裏に完成させて、非常に多様な状況に適切に対応可能なシステムとして誕生させるような所業はおそらく人間の力を超えている」と指摘している。法と裁判の問題は、AGIにとっても一筋縄ではいかないことを示唆している。

4 弁護士業務の核心部分:法と事実の提出、論証と起案

⑴「ITと弁護士業務」における私の考え

上述したように法と裁判を真正面からAIの対象とする試みは、難しそうだが、その一部を構成する弁護士業務、とりわけその核心部分である「法と事実の提出、論証と起案」についてのDX(IT、AI)はどうか。これについて私は、15年以上前の「ITと弁護士業務」に、要旨、下記の指摘をした。今読み返しても、問題状況はほとんど変わっていない(ということは、ITやAIは、未だ弁護士業務に大した影響を与えていない)ことに驚いてしまう(若干字句を修正した)。

①弁護士業務の中核は大きな意味での情報処理であり、その過程は、情報の収集(インプット)一情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)から構成されている。「情報の収集(インプット)」を、I.生の情報(事情聴取、尋問、契約書やその他の文書、その他生のデータから得られる情報)の収集に関わるスキル(「生情報収集スキル」という)、Ⅱ.法関連情報(法令、判例、文献、注釈書、その他)の収集に関わるスキル(「法情報収集スキル」という)に分ける。そして「情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)」をひとまとめにして、Ⅲ.収集した情報に基づく判断、表現(「判断表現スキル」という)と分類すると、今後弁護士に求められる「知」は何であろうか。

②「法情報収集スキル」は(筆者注:当時でも)広く行き渡っているので、「生情報収集スキル」と「判断表現スキル」が弁護士の「知」であると一応はいえる。

③弁護士業務の最大の問題は、収集、整理した生情報と法情報を、頭(主記憶装置+演算装置)に入れ、筋道立てて思考、判断し(プログラムの実行)、その結論を表現(アウトプット)することである。弁護士の頭の中で実行される「プログラム」は、入力された生情報、法情報を、法実務経験のエッセンスを踏まえ筋道立てて思考、判断し、結論を得て表現する過程を実行することである。このように考えれば、実は弁護士の「専門性」が、この「判断表現スキル」にあるのは、明らかである。そして一人の弁護士が情報収集に割ける時間も、運用できるプログラムの種類(法分野)も頭の容量も限られているから、他の弁護士と区別される「専門性」成立の根拠がある。

④さらに「生情報収集スキル」は、弁護士の一般的な人間的としての実力が問われているといってよいであろう。人間に対する興味と洞察、そして経済や経営、社会の動き、歴史、自然科学等々に対する充分な知見があってはじめて有効な生情報の収集ができるのである。「生情報収集スキル」については当面、音声情報、活字、筆記の文字情報のデジタル化が実用化されるであろう。なお、生情報に分類した個別事件を離れた一般分野の情報については、「法情報収集スキル」と同じ問題状況になる(筆者注:レクシスネクシスの「Lexis Advance」(https://www.lexisnexis.jp/global-solutions/lexis-advance)等が開発されている)。

⑤そして、デジタル化して収集した生情報、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするIT技法の開発が急務である。例えば、弁護士が全ての証拠を踏まえて論証する書面(最終準備書面や上訴の理由書、刑事の弁論要旨)を作成するとき、必要な証拠部分を探して引用するのには膨大な時間がかかり、しかもなお不十分だと感じることはよくある。あるいは供述の変遷を辿ったり、証拠相互の矛盾を網羅的に指摘したりしたいこともある。このような作業(の一部)は、デジタルの得意な分野である。また少なくても、当方と相手方の主張、証拠、関連する判例、文献等をデジタル情報として集約し、これらを常時参照し、コピー&ペーストしながら、書面を作成することは有益であるし、快感さえ伴う。目指すIT技法は、当面は進化したワードプロセッサー、データプロセッサーのイメージであるが、データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」があることも充分にあり得る。

⑵若干の付加的検討

ア 「デジタル化して収集した生情報、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするIT(AI)技法の開発」は重要であるが、現状では、弁護士の「頭の替わりに」ではなく、「加えて」が正しいだろう。自然言語の論理処理(法的三段論法)や法への言語で表現された事実の当てはめの困難さという根本的な問題が解決されない限り、「頭の替わり」はできない。「加えて」、

だけでも言語分野における日本語市場の狭さ、その中での弁護士市場の狭さにより、これを実現するには、弁護士がやるしかないという状況だ。ただイギリスやアメリカで開発された技法が移植される可能性はあるかも知れないし、自然言語処理にも進展があるだろいという点は指摘した。「データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」」が、まさに深層学習であろうが、これまでの検討によれば、弁護士業務の核心部分においては、当面、決定打たり得ないようだ。

イ 上記では、「法と事実の提出」と「論証と起案」の段階が、区別されていない嫌いがあるが、当時はまだ「デジタル情報爆発」という時代でもなく、そこに余り注意が向いていなかった。今弁護士は、普通の事件でも「論証と起案」以上に、「デジタル情報の提出」(メールやLINE等のデジタル情報の整理、解読)に労力を割かれることが多い。

ウ ただ、百年河清を待っていても仕方がないので、とりあえず弁護士は身近なIT技法を習得するのが重要であろう。少し古いが次の3書を挙げておく。

弁護士業務改革員会「法律家のためのスマートフォン活用術」」(第一法規:2013年10月)

弁護士業務改革員会「法律家のためのITマニュアル新訂版」」(第一法規:2015年10月

高田靖也「法文書作成のためのMicrosoft Word 2016 」(カットシステム :2017年1月)

さらに弁護士業務の「論証と起案」は、「弁護士が法実務経験のエッセンスを踏まえて」を除いて「筋道立てて思考、判断し、結論を得て表現する過程」だけを取り出せば、情報を整理して論文を執筆する過程と重なるから、他分野のそのようなアプリが参考になるだろう。医学分野でEnd Noteというアプリがあるので、これが使用可能かも知れない(ただし、医学分野ではこのアプリにすぐに取り込んで使える膨大なデータベースが完備されており、法律分野でそのように使えるわけではない)。

讃岐 美智義 「最新EndNote活用ガイド デジタル文献整理術 第7版」(克誠堂出版:2018年2月)

エ 「論証と起案」については、弁護士と裁判官の作業内容は基本的には同じである。「佐藤・新田応用」に「裁判官支援プロジェクト」として紹介されている内容の多くは上記と重なるが、開発状況はどうなのだろうか。

私はAIになじむという点からも要件事実論(上記佐藤健「AIの法学への応用研究の現状」参照)は評価しているが、新様式判決書は、裁判官の事実認定を情緒的、非科学的にし、要件事実論を台無しにしているとの認識があるが、ここでは指摘に止める。

 続いて「AI時代の法」について簡単に検討する。

 

Ⅲ 弁護士業務の対象としての「AI時代の法」

1 AI時代の法について

これについては本特集の別の論稿で論じられているし、最近はAI法について刊行される本も増えている(私の手許にも20冊近くある)。特に「小塚AI法」は、AI時代の法の問題について、様々な観点を踏まえた見通しのよい議論をしており、頭が整理できるので紹介しておく。

以下、私が弁護士業務の対象としての「AI時代の法」を考える場合に、今行われている議論で特に留意すべきだと思う点、ないし不十分だと思う点だけ、簡単に指摘しておきたい。

2 AI時代の法と政策

現在、行政機関が先頭に立ち、AIについての法とルールの作成のみならず、「産業政策」としてのAI開発の方向性にさえ立ち入ってこれをリードしようとしている。率直に振り返えれば我が国の「産業政策」が成功したことはほとんどなく(「高度成長」は、戦争による古い生産設備の破壊と人工ボーナスによるものであろう)、GAFAMの発展や第五世代コンピュータの失敗を見ればわかるように、AIは自由な発想が不可欠な分野で、「役人」が介入するにもっとも不向きな分野である。

また法とルールは、国民の権利と義務を定めるわけだが、行政機関がお膳立てして作成される法やルールの妥当性について紛争が生じたとき、行政機関がどのような対応をし、わが国の裁判所が扱うのかということについて、リアルな認識が必要である(簡単にいえば内容以前に総力を挙げて訴えを却下しようとするのが「実務」である)。

このような実情を踏まえて、「民」は、行政機関がするAIについての法とルールや政策の提案に向き合うべきであろう。官民一体は、望ましいことではない。

3 AI時代の倫理

法は、国家が制裁付きで強制する規範であるが、社会規範や道徳等との関係はどうか、特にAI法は、AIという新しい現実についての規範であるから、根本的な価値に遡ってよく考えるべきであることに異論はあるまい。西垣AI倫理は、人間と機械は違う、機械は意味、価値を理解しないという観点から、AI時代の倫理を考察している。西垣氏は、技術懐疑論者で議論がそこに集中しすぎる嫌いがあって必ずしも同意できない点もあるが、目前の利益の優劣で法やルールを作成しても、全体最適から見るといいことが何もないことは確かだろう。

4 AIの目的は何か

そもそもAIを研究・開発することの目的は何だろうか。「便利」になるなどということの優先度は極めて低い。

AIによって世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)そのものが大きく変容する中で、持続可能な社会を築くことを最優先すべきことは当然であるし(気候変動、環境破壊、資源枯渇、原発事故、兵器の暴走、自然災害、疫病、地方衰退、インフラの壊滅等、AIが問題を整理し解決に役立つことが期待されている分野は山ほどある)、その中で人間の生存が、意味や価値に充たされることが重要である。

AI法がその方向を目指しているかどうか。自動運転車が、そこいら中を走り回る必要があるのだろうか。

 

参考文献

  • 岡嶋裕史「いまさら聞けないITの常識 」(日経新書:2019年7月)(岡嶋IT)
  • 松尾豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」 (角川EPUB選書:2015年2月)(松尾人工知能)
  • Newton別冊「ゼロからわかる人工知能 基本的な仕組みから応用例、そして「未来まで」(Newton Press:2018年5月)(Newton人工知能)
  • 合原一幸等「人工知能はこうして創られる」(ウエッジ:2017年9月)(合原人工知能)
  • 淺井登「はじめての人工知能 増補改訂版 Excelで体験しながら学ぶAI」(翔泳社:2019年2月)(淺井人工知能)
  • 尾原和啓「アルゴリズム フェアネス もっと自由に生きるために、ぼくたちが知るべきこと」(KADOKAWA:1020年1月)(尾原アルゴリズム)
  • 柴原一友等「続AIにできること、できないこと すっきり分かる「最強AI」のしくみ」(日本評論社:2019年11月)(芝原最強AI)
  • 川添愛「働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」」(朝日出版社:2017年6月)(川添人工知能)
  • マックス・テグマーク「LIFE3.0 人工知能時代に人間であるということ」(紀伊國屋書店:2017年(原書))(テグマーク・LIFE3.0)
  • ニック・ボストロム「スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運」(日本経済新聞出版社:2014年(原書))(ボストロム・スーパーインテリジェンス) 
  • バイロン・リース「人類の歴史とAIの未来」(ディスカヴァー・トゥエンティワン:2018年(原書))(リース・人類の歴史とAI」)
  • 新井紀子「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済新報社:2019年9月)(新井AI)
  • 新井紀子等「人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」: 第三次AIブームの到達点と限界 」(東京大学出版会:2018年9月)(新井プロジェクト)
  • ジョージ・ウェスタ―マン等「一流ビジネススクールで教えるデジタル・シフト戦略 テクノロジーを武器にするために必要な変革」(ダイヤモンド社:2014年(原書))(ウェスタ―マン・デジタルシフト戦略)
  • プレジデント社経営企画研究会「Why Digital Matters? ~“なぜ"デジタルなのか~」(プレジデント社:2018年12月)(プレジデント社デジタル)
  • 稗方和夫等「システム思考がモノ・コトづくりを変える デジタル・トランスフォーメーションを成功に導く思考法 」(日経BP社:2019年1月)(稗方システム思考)
  • リチャード・サスカインド等「プロフェッショナルの未来 AI、IoT時代に専門家が生き残る方法 」(朝日新聞出版:2015年(原書))(サスカインド・プロフェッショナルの未来)
  • 山本龍彦等「AIと憲法」(日本経済新聞出版社:2018年8月)(山本AI)
  • Kevin D. Ashley「Artificial Intelligence and Legal Analytics: New Tools for Law Practice in the Digital Age」(CAMBRUDGE UNIVERSITY PRESS:2017年)(Ashley・Legal Analytics)
  • 佐藤健・新田克己・Kevin D. Ashley「人工知能の法律分野への応用について」(信山堂「法と社会研究 4号」所収:2019年5月)(佐藤・新田応用)
  • 野村直之「AIに勝つ! 強いアタマの作り方・使い方 (日本経済新聞出版社:2019年6月)(野村AI)
  • 田中豊「法律文書作成の基本[第2版]」(日本評論社:2019年7月)(田中法律文書」)
  • 小塚荘一郎「AIの時代と法」(岩波新書:2019年11月)(小塚AI法)
  • 西垣通等「AI倫理-人工知能は「責任」をとれるのか」(中公新書ラクレ:2019年9月)(西垣AI倫理)