陸山会事件
第1 はじめに-この記事の内容-
陸山会事件についての情報を求めて指定弁護士である(今は「あった」であるが)私のサイトにアクセスしてくれる人もいると思うが、これまでは事件の係属中にあれこれ述べるのは立場上適当でないと考え、何も述べなかった。しかし上告しなかったことで裁判に決着が付いたので、私自身の気持ちに区切りをつけ、これからはこのサイトに何の躊躇いもなく仕事や山行の記事、あるいは自分の「政治的見解」も記載できるようにするリセットのために、陸山会事件について簡単なまとめをしておきたいと思う。
もっともこれまでどおり沈黙するというのも賢明な方法と思うが、この事件が決着した今、私にはこのままでは気がかりな点があるのである。それは人びとが「あの陸山会事件」といって思い浮かべるイメージが、私の知人も含めて人によって余りにも異なり、基本的な事実関係を誤解している人も多くいるように見受けられることである。そこで陸山会事件についての人びとのイメージや事実関係の理解をできるだけ実態に近づかせ、その上で議論なり論争なりをしていただければと思い、主としてそもそも陸山会事件はどういう状況のもとで立件され、なぜ強制起訴議決されたのか、裁判では指定弁護士は何を主張し、どういうことが実質的な争点であったのか、それについて裁判所は何をどう判断したのか、それでこの事件について何が解明され、何が残された問題なのかという、という観点からできるだけ「冷静」かつ「客観的」なまとめをしてみることにした。距離を保つため、直截的な表現を避けたことから、持って回った分かりにくい表現になっている点も多いと思うが、お許しいただいたい。参考のために、証明予定事実記載書、第一審判決、指定弁護士の控訴趣意書1(添付表),これに対する控訴審裁判所の応答である控訴審判決ー陸山会もアップしておくので、それぞれの評価は、読む人に任せたい。
なお石川、池田、大久保氏は、本件裁判時にはすべて秘書を辞し元秘書であるが、便宜上、すべて秘書と表示する。
指定弁護士でなくなった時点で、記録はすべて検察庁に返還したので、私の手許にあるのは法廷で朗読された書類、判決ぐらいなので、本記事は基本的には記憶に頼って書いている。将来的に事実関係に間違いがあっときは「訂正」するが、表現は読みやすくするために適宜改めるものの、いちいちその旨断らない。
第2 検察による陸山会事件の捜査と不起訴処分
1 「国策捜査」をめぐって
私は、日本の刑事司法の現状について、検察についても裁判所についても、余り高い評価はしていない。いずれもよりよいあり方があるだろうなと思っている。ただしそれは、弁護士が司法において果たしている役割についても同様であり、さらには日本の社会で見受けられる政治家や行政機関、企業、公私のメディア等の様々なありようについても同様である。どこかの誰かが飛び抜けて駄目なのではなく、全体として多少凸凹はあるだろうが、同じような発想と行動原理に基づいていて、誰もが同程度にあるべき役割を果たしておらず、仕組みがうまく機能していないのが現状であろう。つまるところ個々人が担当する現場での創意工夫や知恵(司法でいえば、公平性や正義感、妥当性等々も含むだろう。)が足りないのではないかという、ありふれた意見を持っているに過ぎない(急いでいうが、その場合も足の引っ張り合いをするのではなく、十分に優れた存在である他者とどう問題を解決していけばいいのか、共同してことに当たるべきべきであると思う。)。
その中で、これまで検察がした政財官に関わる多くの「国策捜査」といわれる事件の捜査、立件、裁判について、個々の事件の詳細は具体的な記録や事実に接していないので分からないが、「狙い撃ち」とか、「無理矢理に作り上げた事件」とか、「ある種の政治的意図を持った事件」とかいう評価が当てはまる事件もあると思っている。またなべて捜査機関は、捜査対象の事件をできるだけ実行者の悪意のある事件として立件しようとする傾向があるのは経験的な事実である。ただ難しいのは、捜査機関が、物わかりのよい、人のよい、騙されやすい機関になればいいというわけでもないことである。
2 西松建設事件について
陸山会事件に隣接する「西松建設事件」は、西松建設の社員等が会員になっている政治団体からの寄附が、実はその実態が企業である西松建設からの寄附(寄附の源泉が企業から社員等への給与等の「上乗せ分」)であるので、寄附主体を偽った虚偽記載であるということで立件されている。
私はこの事件の証拠そのものは見ていないので、メディア等の報道に基く判断だが、ここにはふたつの問題があると思う。
ひとつは、立件の背景には、このような企業関係者が政治団体を設立して行う献金は違法な企業献金の脱法行為だという考え方があるのだろうが、しかし企業献金についての政治資金規正法の取扱いはこれまでも顕著に変遷してきたし、今後どうすべきかという考え方も分かれている。少なくても現時点では、ある場合について政策的に禁止されているだけであってそれも流動的であり、企業献金はそもそも許されないというような性質の行為ではない。しかも、政治家が代表である資金管理団体ではなく政党支部に寄附すれば(その当否はともかく、現時点の法令では)、企業献金として違法ではない。「脱法」しなくても容易に「適法」となる行為があるのだから、脱法行為というような曖昧、かつ情緒的な判断要素を介在させることなく、端的に問題となる献金が、企業献金なのか、政治団体献金なのか判断し、適法か、違法かを判断すれば足りる。
そしてその判断にあたっては、例えば、当該政治団体の構成員の大半が、その団体の存在を知らず給与から会費が支払われていることも知らないというようなケースであれば、それは政治団体からの寄附であることを仮装した企業献金であろうが、その構成員の大半が政治団体の会員になっていることや、寄附の仕組みを承知していれば、それはそのような仕組みをとった政治団体からの寄附そのものであると考えるべきである。
次の問題は、大久保秘書について実際に立件されているのは、違法な企業献金の授受ということではなく、収支報告書にこれを政治団体からの寄附として記載したが、その実態は企業献金であるから、他人名義を記載した虚偽記載だという容疑であるという点である。現に設立、運営されている政治団体からの寄附を、その実態がないことを知っているはずだから(それも程度問題だろう。)、西松建設からの寄附と記載しなければ適法な記載ではない、という判断には、賛成できない。この場合、西松建設と記載しても適法かも知れないが(その代わり、違法な企業献金を受け入れている「自白」となるから、不可能を強いることになる。)、政治団体からの寄附と記載することもまた適法であろう。
この「西松建設事件」の立件は、いずれにせよ検察が、小澤氏の近くに迫りたいという「国策捜査」の匂いが消えない事件処理である。
3 強制起訴前史
陸山会事件の捜査は、上述した「西松建設事件」の延長上に行われたものである。検察は、陸山会の収支報告書に記載のない平成16年10月に陸山会の口座に入金された4億円近いお金(小澤氏が陸山会に提供した4億円(以下「本件4億円」という。)から、既に支払った本件土地の手付金が除かれている。)について、これはゼネコンからの賄賂だから記載しなかったのではないかという「見込み」に基づいて捜査したということが、様々なルートで明らかになっている。
しかし結局、この時期に5000万円が授受された可能性はあるものの(指定弁護士は、本件4億円の中に5000万円が入っているとは主張しなかった。)、これを除いては全く見当違いであったようであり、まさに「見込み違い」であった。
このような捜査が行われた時期が、民主党への政権交代が行われようとした時期であったから、これは「国策捜査」であると批判されている。結果的にはそのとおりであるが、東北地方の公共工事への小沢事務所の関与についてあれこれ報道されていたし、捜査に当たってある「仮説」を想定することもあり得ることだから、この捜査だけを取り上げれば直ちに「国策捜査」とまでいえるかどうかは微妙だが、本件4億円を賄賂と結びつけようとして、秘書を逮捕してまで取り調べたのは強引すぎたといえよう(ただこの点も、秘書のひとりが所在不明になったという事情はある。)。
しかし検察は、秘書を取り調べた結果、本件4億円そのものはゼネコンからの賄賂に結びつかないと判断し、陸山会の収支報告書の虚偽記載(本件4億円の不記載等)への関与が明らかと思われる秘書3名をその罪状で起訴し、小澤氏については不起訴とした。
検察の対応は、小澤氏に対する、本件4億円=賄賂との「見込み」捜査は誤りだったのでそれについては幕引きし、秘書3名は、収支報告書の虚偽記載の背景事情については曖昧な供述をしていてよく分からないままだが、直接その作成に関与していない大久保秘書も含めて3人とも虚偽記載については認めているので、問題なく有罪と認められるが、一方、小澤氏の虚偽記載への関与は、賄賂でない以上そもそも関心外ということもあるし、収支報告書に虚偽記載をした背景事情や、石川秘書の小澤氏への「報告と(小澤氏の)了承」についての供述も曖昧で、「報告と了承」は後に覆る可能性もあるので直ちに小澤氏には結びつかないという判断に基くものであった。
その後、何人かの人が、小澤氏について収支報告書の虚偽記載について秘書と共謀したとして告発したが、検察はこれを二度にわたって不起訴にした。ここまでが、検察が行った一連の事件処理であり、「国策捜査」として批判の対象となるのは、ここまでである。
ところが検察の不起訴処分にも関わらす、事件は思わぬ展開をする。小澤氏は、検察審査会によって、ⅰ平成16年に小澤氏が陸山会に提供した本件4億円を収支報告書に記載しなかったこと(以下「強制起訴議決事実ⅰ」ないし「本件4億円の簿外処理」という。)、ⅱ本件土地の取得と土地代金の支出の収支報告書への記載を平成16年にはせず、翌年廻しにしたこと(以下「「強制起訴議決事実ⅱ」ないし本件土地公表の先送り」という。)で、強制起訴議決されたのである。
これ以降は、検察審査会、指定弁護士、裁判所、小澤氏、秘書3名(秘書3名は、自身の公判でも一斉に虚偽記載の否認に転じた。)、弁護人による、本件において一体何があったかの事実を巡る「争い」が続いたのであり、検察のそれまでの行動はその材料に過ぎず、検察がこれらの事実を巡る「争い」に登場する余地はなかった。
第3 検察審査員が考えたこと
1 検察審査会が強制起訴議決をした理由
検察審査会が強制起訴議決をした理由を私なりにまとめると、一つは、秘書が「本件4億円の簿外処理」、「本件土地公表の先送り」について起訴され(ただし、本件土地の資産計上(所有権移転)の時期を除く。)、石川秘書らは小澤氏に対する「報告と了承」があった旨の供述をしているので、小澤氏と秘書らの関係からして(小澤氏は秘書らに細かな指示を出しすべてについて報告を求める関係があると想定された。)、小澤氏に「本件4億円の簿外処理」、「本件土地公表の先送り」について「共謀」が認められるのではないかということである。
もう一つは、検察審査員が、次項に述べる秘書がした理解困難な行動に直面し、これは小沢事務所ぐるみで何かを隠すために実行したものであり、強制起訴議決した収支報告書の虚偽記載もその一部であると判断できるのではないか、したがって当然に小澤氏はこれに関与しているのではないかということである。
強制起訴議決書には、もう少しちゃんと捜査しろという注文も付いていた。
2 検察審査員、そして指定弁護士が直面した秘書らの理解困難な行動について
ここでいささか煩雑となるが(しかし以下述べるように、ここに本件の最大のポイントがある。)、検察審査員が本件の記録を読んで直面したであろう(そしてこれは指定弁護士が直面した問題そのものでもある。)、秘書がした何かの表に出ていない目的・動機の下に実行されたものと思われるがその意味合いを理解することが困難な行動についてその概要をまとめておく。ただし、この中には後で分かった問題もあり、検察審査員はもっぱら、①~④の一部を問題にしていた。以下、これらを「秘書らの行動①~⑥」という。@は、前提となる事実である。
@ 大久保秘書は、結婚する秘書がいるので家族寮とするために新たな秘書寮を建築しようと考え、平成16年9月下旬、不動産屋に行き、「『100~130㎡の土地を購入したい』旨を伝えて、本件土地(476㎡)を含む資料をもらい、翌日か、翌々日までには、約3億4000万円の本件土地全部を、即金で購入する旨を伝えたこと」(大久保秘書や不動産の担当者の証言)、それから10日くらいで手付金を支払ったこと(※1)
① 石川秘書は、小澤氏の関連政治団体の資金で本件土地を購入すると、各政治団体の資金繰りに支障を来す状況にあった中で、小澤氏から本件4億円を提供されたので、2週間かけて既に支払った手付金を除く4億円近いお金を陸山会の多数の預金口座に分散して入金し、売買代金の決済直前にりそな銀行衆議院支店の代金決済口座に集中入金したこと(※2)。
② 石川秘書は、売買代金の決済の数日前から、本件土地の決済ないし登記の移転を翌年廻しにするように売主に働き掛け、「代金決済時には仮登記のみ行い、本登記は翌年行う」ことの了解を得たこと
③ 石川秘書は、売買代金の決済の前日の午前中までに売主から上記了解を記載した書面を作成してもらい、夕方、りそな銀行衆議院支店に行き、初めて小澤氏名義で4億円の融資を申し込み、翌日の売買代金決済後に、小澤氏に借入書類に自署してもらい、④を担保にして4億円を借り入れたこと(以下「りそな4億円」という。)
③’そして、りそな4億円の利息は、1年後の2億円の借り換え後の分も含め、小澤氏の個人口座から支出されたが、陸山会の収支報告書には陸山会が負担したと記載したこと
④ 石川秘書は、売買代金の決済の当日、小澤氏の関連政治団体から4億円をかき集め、これでりそな4億円の担保とするための定期預金を組んでいること
⑤ その後池田秘書は、2年間で④の定期預金4億円を取り崩してりそな4億円を返済し、収支報告書から「小澤一郎借入金4億円」を消去した結果、本件4億円は陸山会に入金されたまま、陸山会の収支報告書から「小澤一郎借入金4億円」の記載が消えたこと(※2)
⑥ 石川秘書、池田秘書は、陸山会の収支報告書の虚偽記載として「本件4億円の簿外処理」、「本件土地公表の先送り」を実行した他、④の担保とするために小澤氏の関連政治団体から陸山会に移転した資金やその戻しをすべて記載してないこと(一方、そのために生じた各政治団体の収支の数字合わせのために多額の架空の資金移動を記載したこと)、平成19年に小澤氏に返済された本件4億円も記載していないこと
※1 後述するように、これをそのまま前提としていいのかどうかが本件を理解する上での重要な論点である。高級宅地である本件土地上に時期を異にして簡易な「秘書寮」2棟が建てられたのは事実であるが土地は「スカスカ」の状態であること、小澤和子氏所有の旧秘書寮も多額の賃料を支払ってそのまま使用されていたことや、結婚予定の秘書がいるとしても秘書は政治家になったり辞めたりと流動的であること等から、一時的にはともかく将来は別の用途で使用する意図の下にこのような高級宅地を購入したのではないか、大久保秘書が供述する経緯からして本件土地の購入は小澤氏が決定し積極的に本件4億円を提供したのではないかという疑問がある。
※2 ①だけは、②以降の石川秘書らの行動と整合性がなく、①と②の間で第三者(石川秘書は、元秘書の樋高議員の名前を挙げた。)のアドバイスがあり大きく方向転回したものと考えられる。したがって①は石川秘書の独自の「考え」に基く行動で、恐らく「失敗」した行動と思われるので、それだけ理解が困難であるが、後述する問題との関係でいえば、石川秘書はこれで小澤氏から提供された本件4億円を隠せると考えたものと思われる。
第4 本件裁判の展開
1 検察の捜査結果と指定弁護士の出発点
(1)指定弁護士への選任
私は、平成22年10月22日に指定弁護士に選任され、以後、本件の捜査と起訴、公判の維持に当たり、控訴審判決後の平成24年11月19日に上訴権を放棄し指定弁護士でなくなった。証明予定事実記載書、論告、控訴趣意書の相当部分の起案をし、石川秘書、池田秘書、田代元検事らの尋問を担当したから、この2年間、かなりの労力をこの事件に割いてきた。
(2)本件裁判で何が争われたのか
この2年間の裁判は、指定弁護士が、石川秘書、池田秘書、小澤氏との間で、秘書らの行動①~⑥は何であったのかを必死に解明しようとし、石川秘書らはこれをぼやかそうとする争いであったというのが実態である。指定弁護士はそれに半ば成功し、半ば失敗した。
多くの人は、本件を、「西松建設事件」とゼネコン賄賂疑惑についての検察の「見込み捜査」の延長上に理解し、検察が描いたゼネコン賄賂というストーリーが崩れたのであるから、本件の起訴はもともと無理筋であったと理解しているのかもしれない。しかしそれは違う。本件4億円が賄賂であれば、多額の賄賂について小澤氏の関与なく処理されることはあり得ないから、石川秘書がした「本件4億円の簿外処理」について、当然に小澤氏の「共謀」に手が届くが、その前提が崩れたのであるから、この「仮説」がそもそも成り立ち得ない無理筋であったということは確かである。
しかし、本件4億円が賄賂でなくても、石川秘書、池田秘書が「本件4億円の簿外処理」、「本件土地公表の先送り」を含む秘書らの行動⑥の収支報告書の虚偽記載を実行し、その背後に、秘書らの行動①~⑤という、何かの表に出ていない目的・動機の下に実行されたものと思われるがその意味合いを理解することが困難な行動が存在する事実はそのままである。
この秘書らの行動①~⑤の意味合いが、過不足なく理解できれば、これと「本件4億円の簿外処理」、「本件土地公表の先送り」を含む秘書らの行動⑥の収支報告書の虚偽記載との関係、及び小澤氏との「共謀」の有無は直ちに明らかになるだろう。そして有無といっても、実際は今に至るまで、秘書らは「秘書らの行動①~⑥」について明確に説明できていないこと、そしてこれを明確にすることが小澤氏の関与を否定する方向に働くのであればそれをしない理由はあり得ないから、秘書らの行動①~⑤は、小澤氏の「共謀」に結びつくと考えて間違いない。明確に説明しているのだと考える人もいるかも知れないが、そうであれば、判決が「可能性がある」を乱発して結論を導き出す理由がない。
(3)検察の捜査結果と指定弁護士の出発点
上述したように、本件4億円が賄賂であれば、誰が何の目的・動機で秘書らの行動①~⑥を考え出し秘書らがこれを実行したのかを、ギリギリと詰める必要はない。検察が実際にしていた捜査は、本件4億円が賄賂であることを「期待」してか、まさにそういうものであった。検察は、石川秘書、池田秘書、大久保秘書らが秘書らの行動①~⑥についてそれぞれが説明する内容について調書を取っているが、それはいわれっぱなしに近いもので、秘書らの行動①~⑥について、到底、真相に迫っているとは評価できないものだった。またこれらの供述の真偽を裏付けをとるための捜査もほとんどしていない。特に、上述したように、本件土地購入の経緯・目的については、多くの疑問があるのに、ここが手つかずだった。
だからこそ、本件4億円が賄賂であるという前提が崩れると、石川秘書が「本件4億円の簿外処理」について認め、「本件土地公表の先送り」を認め、それについて小澤氏への「報告と了承」を認めていても、秘書らの行動①~⑥が押さえられておらず後に「報告と了承」も覆る可能性があるので、小澤氏を不起訴にせざるを得なかったのである。
小澤氏は、検察が捜査しても起訴できなかったというのではなく、検察が秘書らの行動①~⑥(そしてその前提である0の本件土地購入の目的・動機)について必要な捜査をしなかったから起訴できなかったというしかない。
そして、指定弁護士も、検察の捜査の結果を受けて、本件4億円は賄賂ではない、秘書らの行動①~⑥については十分な捜査がなされずその意味合いが解明されず理解困難なまま残されているというのが、その出発点であった。もっともこんなことも追々分かってきたのであるが。
このように、指定弁護士は検察が十分に捜査をした上で無駄なものを受け取ったのではなく、検察が大事な点の捜査をしないまま放り出したものをあてがわれたので、苦しい闘いを強いられたのである。
なお本件について、秘書らの行動①~⑥を問題にせず、検察の「暴挙」で片付けようとする向きがある。しかし、「国策捜査」は、検察が2度にわたって不起訴にした時点で終了し、その後の展開は、別の問題であるというのが公平な判断であろう。またその後について、田代元検事作成の捜査報告書が、検察審査会に提出された「謀略」によって強制起訴されたと理解する人もいる。しかし、検察審査会が強制起訴議決した理由のひとつとして、この捜査報告書を見ると、石川秘書から小澤氏に対する「報告と了承」があったとの供述は信用できるとの判断があったことはそうだろうが、上述したようにこれは強制起訴議決に至った理由のひとつに過ぎないし、「報告と了承」が記載されている調書は取調べが違法であったとして証拠に採用されなかったが、「報告と了承」そのものががなかったとされたわけではない。
また早い時期に事件の中味に踏み込んで、「本件4億円は収支報告書に記載されている。本件土地が平成17年に資産計上されていること(期ずれ)は大したことではなく事件性はない」とする見解があった。しかし、本件4億円が収支報告書に記載されていないことは、第一審判決も控訴審判決も明確に認めているし、秘書らの行動⑤③からして、誤りであることは明らかである。「期ずれ」を実行した理由については、決着が付いていない。
2 本件裁判の展開
(1)指定弁護士に届いた一件記録
私が指定弁護士に選任された時点で用意されていた本件の一件記録は、恐らく検察審査員が検討したものと同じものだと思う。石川秘書、池田秘書の一部の供述調書や陸山会等の口座の資金移動の分析資料等はあるものの、検察官作成の不起訴にする理由を滔々と述べた書面等も含まれ、およそ一件記録のイメージとはほど遠く、量もファイル数冊のわずかなものであった。もちろんゼネコン関係の記録は含まれていなかった。考えて見れば小澤氏固有の捜査記録はごくわずかしかないはずだし、西松建設事件や陸山会秘書事件から関係するとしてピックアップされた証拠も多くなかった。そしてすぐに、本件に関連するかも知れない証拠は、膨大な西松建設事件や陸山会秘書事件の証拠(事件記録となっているものもあるが、ほとんどは押収された状態で段ボール箱に入れられたままであった。)の中にこれらの事件固有の証拠と区別されず、中味もほとんど分からない状態で存在していることが分かった。それで指定弁護士は、事務官を介して公判部にその中に存在するのではないかと思われる証拠を想定し「こういうものがありせんか。」と探してもらい、存在していれば入手するという、手探りで証拠を探り当てる状態が、当初の捜査のほとんどですべてあった。もちろん、関係する証拠があると思われる証拠が入っていると思われる段ボール箱をそのまま持って来てもらったこともあるし、別のソースから資料を取り寄せて証拠としたり、証人の取調べもしたが、それは多くはなかった。
このような一件記録の存在形態は「西松建設事件」に端を発した本件の捜査固有の問題であろうが、とにかく関係する証拠が把握できないというのは外部からきて「検察官の職務を行う」指定弁護士にとって大きな支障になるので、このような事件についても、指定弁護士が公訴提起準備のために速やかに関係証拠の全体を把握できる仕組みが考えられてよいだろう。
(2)本件裁判の主張・立証の基本的な構造と問題点
ところで指定弁護士が本件裁判でする主張・立証の対象は、強制起訴議決事実ⅰⅱ(=公訴事実)、即ち、秘書らが実行した陸山会の収支報告書上の「本件4億円の簿外処理」と「本件土地公表の先送り」が政治資金規正法に違反する犯罪として成立し、これについて小澤氏との「共謀」があったことである。
しかし秘書らの行動①~⑤等を含む秘書らの行動は、必ずしも「公訴事実」の実現を目的・動機として実行されているわけではない。「公訴事実」は、社会的な事実の一部分を、政治資金規正法に違反する行為であるという観点から切り取ったものに過ぎない。そして収支報告書の虚偽記載という「公訴事実」は、それ自体を目的・動機とするというよりも、他の何らかの目的・動機を実現するための手段・方法であることが多いであろう。「本件4億円の簿外処理」や「本件土地公表の先送り」もそれ自体の実現そのものに意味がある目的・動機とは考えられず、これは他の何らかの目的・動機を実現するための手段・方法と考えられる。したがって「共謀」も、他の何らかの目的・動機の「共謀」があれば、「公訴事実」についても「共謀」があったといえるという関係にある。
例えば「本件4億円の簿外処理」について、収支報告書に「小澤一郎借入金4億円」と記載したのだから「本件4億円の簿外処理」の故意はないというのが、石川秘書の公判供述であり、弁護人の主張であった。しかし問題は、本件4億円を記載せず、りそな4億円を記載し、しかもりそな4億円が2年間で返済されることで、収支報告書から「小澤一郎借入金4億円」が消し去られており、その動機・目的は何かという形で問われるべきことである。
しかし裁判ではどうしても、当面の主張・立証命題である、強制起訴議決事実ⅰⅱ(=公訴事実)の目的・動機は何かという短絡的な判断に傾きやすく、そのことも本件裁判を錯綜させる原因のひとつになったといえるであろう。
(3)本件裁判における主張・立証の方向性
指定弁護士が本件裁判でする主張・立証として、大きく分けると二つの方向性が考えられた。
一つは実行行為者である秘書らの「秘書らの行動①~⑥」の全体を通じた目的・動機はとりあえず横に置き、「本件4億円の簿外処理」と「本件土地公表の先送り」について「証拠上認められる」事実、その他の間接事実(特に小澤氏と秘書等の関係)を総合して、「本件4億円の簿外処理」や「本件土地公表の先送り」を秘書らが小澤氏への「報告と了承」なしに行うことはあり得ないという立証の方向性である(上述した、検察審査会が強制起訴議決をした理由の一番目に相当する。)。
一方、秘書らの行動①~⑥の全体を通じた目的・動機を「立証」し(ただし、これは「立証」というより推論の一方法であるアブダクションにおける「仮説形成」といえるだろうか。)、そこから当然に小澤氏との「共謀」を演繹ないし推認するという方向性である(上述した、検察審査会が強制起訴議決をした理由の二番目に相当する。)。
後者の方が優れていることは間違いないが、本件においてそれが可能なのかということが問題である。
(4)指定弁護士が本件裁判で試みた主張・立証
指定弁護士が本件裁判で実際にした主張・立証は前者であった。
石川秘書は、要旨、「大久保秘書から、「秘書寮」として4億円で本件土地を購入し、建物を建築したい旨の相談を受けた。4億円を出すと政治団体の資金繰りに支障を来すので小澤氏にその資金について相談に行ったら、小澤氏が4億円を用立てるといってくれた。小澤氏は本件土地を見に行った。本件4億円はその出処について詮索されないように隠したかった。りそな4億円を借りたのはそれまでの陸山会の「慣行」に従った。「本件土地公表の先送り」は民主党代表選挙への影響を考えたからだ。小澤氏には、適宜報告し了承してもらった。」と供述していた。
しかし、これらは秘書の行動①~⑥の全体を説明するものではなく核心部分で信用できないものを含んでいると思われた。特にりそな4億円の借入れは理由になっていないし、民主党の代表選挙云々は、時系列から明らかに辻褄が合わず、かえってこれらの石川秘書の供述が信用できないことを物語るものであった。前者については、本件4億円の存在を隠し本件土地の購入原資をりそな4億円と偽るためであることは明らかであるし、後者については、少なくても、本件4億円を簿外処理するための工作をするための時間稼ぎであると考えられたので、そのように主張した(正確には控訴趣意書で主張したように、時間稼ぎプラス「小澤一郎借入金4億円」の記載と本件土地の取得を、同一年度の収支報告書に記載しないためであったのだろう。)。
このような石川秘書の供述を根幹にして、「間接事実」として「ⅰ小澤氏の秘書らが従前作成していた陸山会の収支報告書の記載内容に比し本件4億円を簿外処理するなどした平成16年及び17年の収支報告書が異質である」こと(小澤氏の関連政治団体ではそれまでその7割近くを不動産関係に支出してきたがその関係は正確に記載されていること)、ⅱ「本件4億円を簿外処理し本件土地の所有権移転登記手続を遅らせりそな4億円を借り入れることは小澤氏の意向、利害ときわめて深く関わる一方、大久保、石川らには小澤氏の意向、利害を離れてこれらのことをする固有の動機はなくまた秘書らが重要な問題について小澤氏の指示を仰がず独自の判断で行動することはなかった」こと、ⅲ「本件4億円を簿外処理したことからその後その辻褄合わせのためにさまざまなことが行われたが小澤氏はこれらにも関与していた」こと、ⅳ「小澤氏は資産公開に当たっても本件転貸金のみ公表し本件4億円は隠蔽した」こと、ⅴ「小澤氏と陸山会との間では平成16年の本件4億円以外にも巨額な現金の授受がなされているがそれらはいずれも簿外で処理されたこと」等を挙げ、小澤氏の「共謀」が認められるとの主張・立証を試みた。
上述したようにこの主張・立証の中心にした石川秘書の供述は、秘書らの行動①~⑥を十分に説明するものではなく、「本件4億円の簿外処理」や「本件土地公表の先送り」の説明は虚偽であって修正して主張・立証せざるを得ず、特に小澤氏との「共謀」に繋がる重要な部分については真実が隠されているというのが私の判断であったが、石川秘書から小澤氏へなされたある種の「報告と了承」、直接は「共謀」に結びつかないがそれだけに真実を述べていると思われる何点かの重要な間接事実に関する供述、及び上に挙げた間接事実を総合すれば、「共謀」の立証は可能であろうと判断したのである。
(5)石川調書、池田調書の不採用と第一審判決
しかし、検察審査会の起訴議決を受け、石川秘書の保釈後に行われた田代元検事の取調べ状況の録音に端を発し、まず秘書公判で、そして本件裁判でも、田代元検事の石川に対する取調べが違法だという理由でその供述調書の大半が証拠に採用されず、池田秘書についてもやはり取調べが違法だということで、相当数が採用にならなかった。指定弁護士は、本件裁判の主張・立証を組み立てる際も、その後も、石川秘書の供述は重要なことを隠しており信用できないところも多いが、その分、石川秘書は自分の言い分を通しているので、その取調べが違法だとして排除されるようなことは全く想定していなかった。
録音された取調べの内容であるが、この取調べの目的は小澤氏との「共謀」についてその時点での石川秘書の供述を確認する趣旨であったのに、検事にはそれを一から確認しようという姿勢が見られずその目的はともかく従前の供述を維持させようとしたものであったこと(このときの石川秘書の検事に対する供述は、事前に準備してきたと思われる必ずしも合理性のないストーリーを繰り返すものであった。検事が「共謀」について従前から供述内容が後退していると判断すればそれをそのまま調書にするか、他の秘書がそうであったように調書を作成しなければいいのに、石川秘書の供述を退け、従前の供述を維持する調書を作成した。)、検事の取調べの「口調」が親しい間柄の先輩、後輩の関係のようで取調べにはふさわしくないものであったこと等の問題があるが、その内容をよく分析すると、過去に威迫による取調べがあったと認められるようなものとは考られえなかった。したがってこの録音から田代元検事の取調べが違法とされることには今でも異論がある。
ただ、捜査報告書(供述調書ではない)は、明らかにその内容が録音とは異なっており、第一審裁判所が、これを重視し、かつ秘書公判で多分にその内容を誤解して証拠に採用していない前例があったことから、結論的に、石川秘書や池田秘書の供述調書を証拠として採用しなかったのはやむを得ないと受け入れるしかなかった。
しかし、石川秘書や池田秘書の証人尋問は、これらの者の供述調書の採用を前提に、尋問時間の確保やその配分、尋問内容も組み立てていたので、これらが採用されなかったことから、「共謀」そのものより、周辺の重要な客観的事実や細かな経緯に関する部分が、石川秘書や池田秘書とも飛んでしまい、片肺飛行を強いられたのは事実である。さして信用もしていない石川秘書の供述捜査の不採用に大きな影響を受けたのは、極めて不本意であった。
それでも、第一審判決は、石川秘書の供述の顕著な変遷、小澤氏の面前で秘書らが信用できない公判供述を繰り返したという「実体験」をもとに、「本件4億円の簿外処理」や「本件土地公表の先送り」についての石川秘書の犯罪の成立(故意)を認め、かつこれについて小澤氏への途中までの「報告と了承」も認定したが、最後に、小澤氏が調書でも公判でもどこにも述べていないことについてそのように認識していた可能性があるという極めておかしなロジックで小澤氏を無罪にした(この点は、控訴趣意書をご覧いただきたい。)。なお、第一審判決は、秘書らの行動①~⑥の一部については説明を試みようとしたが、全体を解明するものではなかった。だからこそ「無罪」であるのだが。
刑事裁判は、必ずしも「真実」を明らかにするものではなく、無罪というのは、訴追側が刑事裁判上の「ルール」にしたがった「立証」ができなかったということに止まる。しかし第一審判決は指定弁護士が「立証」できなかったというより、最後のおかしなロジックであるべき結論をひっくり返したと受け止めざるを得ないものであった。
(6)指定弁護士が試みようとした別の主張・立証
本件裁判で指定弁護士が実際にした主張、立証ではなく、既に指摘した秘書らの行動①~⑥の全体を通じた目的・動機を「立証」し(仮説形成し)、そこから当然に「共謀」を演繹ないし推認するという方向性も可能性としては存在した。
私が平成22年10月に最初に本件の一件記録を読んで思ったのは、「小澤氏は本件4億円を陸山会に沈めっぱなしにするのだろう。それでも本件土地は自分名義になったのだから、問題ないと考えたのではないか。」、要するに「本件4億円で自分のために本件土地を購入した」ことを隠そうとしたのではないかということであった。政治団体で購入しても登記名義は代表者個人になること、そして後に政治団体の代表者を変えればその名義変更(譲渡)に係る税負担なしに登記名義の変更ができること、政治団体が政治資金で購入したことすれば、通常課税当局は、収支報告書上それが確認できれば、それ以上資金の出処や登記名義が政治団体の代表者であることについて追及しないであろうこと等の知識があったからである。
ただふたつ問題があった。一つは、文字どおり「沈めっぱなしにする」のであればそれは「寄附金」になり、そうであれば強制起訴議決された公訴事実を「借入金」から「寄附金」に変更しなければならないことになるが(そしてこれは寄附制限違反でもあり、起訴できないとしても問題はより重大になる。)、既に4億円が簿外で「返済」されている状況で、確信をもってそのように変更できる証拠があるとはいえないので、本件裁判においては、「当面返済される予定はなかった」としたものの、「借入金」であるとの前提は崩さなかった。
ふたつめは、「自分のために本件土地を購入した」といっても、これだけでは、制度上、事実上そうかも知れないという程度で、目的・動機としての具体性にかけるし、現に「秘書寮」が建てられているので、なかなか、小澤氏が「陸山会に本件4億円を貸し付け陸山会が秘書寮用地として本件土地を購入した」という前提を崩すのが難しいという問題である。確かに上述したように、本件土地の購入の経緯や本件土地を秘書寮用地として購入することの不自然さ、及び秘書の行動①~⑥の「仮説」として小澤氏が「自分のために本件土地を購入した」と推認することはできるが、証拠があるかと言われると苦しいところがあるのも事実である。
このようなことから、本件裁判においてこの主張は、最初は真正面から述べることはせず、部分的に一種の背景事情として述べるに止めた。また石川秘書の供述調書が不採用になってからは、「石川らが本件4億円の簿外処理(りそな4億円の借入れ)を実行したのは、小澤氏が4億円もの巨額の個人資産を陸山会に提供し陸山会が本件土地を購入したことについて想定される追及的な取材と批判的な報道(小澤氏が4億円もの巨額な個人資産を有していることやその原資が何かの疑問、及び小澤氏は最終的に本件土地を小澤氏に帰属させる意図の元に、陸山会が用意できない購入資金(政治資金)を個人資産から一時的に貸付けしてまでこれを購入したのではないか等)を避けるため」であったというように(控訴趣意書)、直接、小澤氏個人の目的・動機としてではなく、「追及的な取材と批判的な報道」を媒介にした、いささか屈折した形で主張した。これは本件裁判は、公判前整理手続を経由しているので、目的・動機の変更としては、主張できないと考えたからであるが、第一審判決や、控訴審判決の余りにも「自由な事実認定」をみると、本当に公判前整理手続を経由するとこのような主張・立証が制限されるのか、今思えば多分に疑問であった。
このように、私はこれについての細部についての考え方や重点の置き方は、2年間の内にいろいろと変転したが、結局小澤氏は「陸山会を介在させて自分が支配する本件4億円で自分のために本件土地を購入したが、その事実を第三者の目から隠したかった」ということが、基本的に本件の核心を突いており、石川秘書らが、秘書らの行動①~⑥の行動を取った目的・動機をもっともよく説明する「仮説」であると考えたが、残念ながら裁判所を説得することができなかった。
3 判決について
(1)第一審判決について
上述したように第一審判決は、相当程度、秘書らの行動①~⑥に迫ろうとしたが、小澤氏を無罪に導いたそのロジックはどうしてもおかしいということに尽きる。
(2)控訴審判決について
控訴審判決については、指定弁護士は上告せず、裁判手続において意見を述べていないので、あれこれ論評することは不適当であろう。ただこの判決は、これこれの可能性がある、断定できない等々とし、そのほとんどを石川秘書の公判供述に依拠して無罪を導いているが、石川供述が信用できないのは、それまでの石川秘書の供述の変遷、公判における供述態度とその内容、秘書らの行動①~⑥をまともに説明していないその場しのぎのものであることは、少しまともに記録を読み込めば明らかであるのに、「無罪」という結論ありきで事件に踏み込むことを避け、説得力のない言葉を重ねただけの判決であるというのが私の感想である。ただ、刑事訴訟法に定める上告理由はなく、事実認定を争うのは事件の性質上相当でないと判断し、上告は断念した。
第5 まとめ
1 陸山会事件について
できるだけ簡潔に書こうと思ったが、内容に踏み込まず「入口」をなぞっただけでもこの程度の長さになってしまった。やはり本件は様々な要素が絡み合って複雑・難解になってしまったので、なかなか一筋縄ではいかないというのが、率直な感想である。
結局私が確実にいえることは、刑事裁判は、必ずしも「真実」を明らかにするものではなく、無罪というのは、刑事裁判上の「ルール」にしたがって「立証」できなかったということに止まること、本件裁判には、秘書らが陸山会の収支報告書の虚偽記載をした背景事情として秘書らの行動①~⑤という解明すべき固有の問題があり、まさにそこが争点になったが、結局、秘書らの行動①~⑥の意味合いは第一審判決によっても控訴院判決によっても何ら解明されなかったこと、そして無罪判決の確定にも拘わらず、依然として、「小澤氏は陸山会を介在させ、本件4億円で自分のために本件土地を購入したが、そのことを第三者の目から隠したかった」ので、「本件4億円の簿外処理」と「本件土地公表の先送り」が実行されたのではないかという仮説が有力なまま残されているということである。
「刑事事件」としては、異例なほど社会に注目された事件であり、私としてはできるだけその全体像を明らかにしたかったが、結果を一言でいえば「不完全燃焼」であったというしかない。
指定弁護士として反省すべきは、本件土地購入の経緯や目的について検察の捜査結果を当てにせず十分に捜査すべきであったこと、それができなかったため本件裁判で上記の「仮説」に基く主張・立証が十分にできなかったこと、公判前整理手続を選択したこと等であり、これらのことと石川秘書、池田秘書の供述調書が不採用になったかことが大きく影響し、「無罪」になってしまったということである。
2 政治資金規正法について
なお、政治資金規正法は、政治家にとって極めて分かりにくく使いにくい法律となっている。これについては、政治家個人で扱う政治資金、選挙運動費用、及び資金管理団体、関連政治団体の扱う政治資金収支を一本化して収支報告をし、その上で、政治家がこれらの報告について責任を持つ制度にすべきであるというのが私の考え(立法論)である。
本件についていえば、少なくても、政党支部が堂々と政治家個人の政治団体として扱われていること、政治家が一度も収支報告書を見ていないと公言することが政治家の無罪につながるが如き制度は改めるべきであろう。
3 検察審査会、指定弁護士制度について
私はこれらについてそれほど意見があるわけではない。
検察審査会については、本件について「無罪」がでたが、これで萎縮せずに今後も地道に活動して頂きたいと思うばかりである。一方、検察に対する市民の監視が「起訴しろ」という方向だけの制度しかないが、これについて「起訴不相当」というようにこれに制限を加える制度はあり得ないだろうか。
指定弁護士制度については、上述したように、どのような事件であれ証拠の全体像が把握できるような仕組みをつくれないかと考える。
あと指定弁護士は証拠がないと思えば、果敢に捜査すべきだということであろうか。
4 社会事象の判断の難しさ
本件については、多くの人が関心を持ち、メディアやネットを通じて膨大な量の情報が発信された。しかし、私から見て核心に届いている情報は、ほとんどなかった。
要するに今の情報構造の中で真実を見極めたいと考える人が、その情報の海の中で「正解」を求めようとしても極めて困難であり、別の現場で訓練し、鍛え上げた目で、謙虚に事案を考え抜くことではじめて「正解」に近づくのかなという感想を抱いた。もって他山の石とすべし。
なお人間の認識がいかに誤りやすいかについて、やっとノーベル経済学賞受賞の心理学者ダニエル・カーネマンの「Thinking,Fast and Slow」の翻訳「ファスト&スロー 」(早川書房)がでた。広くお薦めしたい。