本の森

未読・半読・一読の本 序 (180410)

「未読・半読・一読(みどく・はんどく・いちどく)の本」では,ざっと目を通し,あるいはそれも途中で止めてしまった本,買っただけで目も通してもいない本,さらにはKindle本でサンプルだけダウンロードしそのうち買おうと思っている本,まとめれば積読本(つんどくぼん)を紹介していこうと思います。

本の森

これまで本の森で紹介する本は,主として「詳細目次」を紹介することだけでも意味があると思う専門書,一般教養書といわれる部類の本を対象としてきたが,そのような本の内容にきちんとコメントしようと思うとなかなかエネルギーがいるし,私の関心もどんどん目移りしていくしで,どうしても作業は「詳細目次」を作成するだけで停滞し,いつしか日の目を見ないままま埋没してしまうので,精神衛生上よろしくない。心の底では,紹介は,松岡正剛さんの「千夜千冊」ぐらいの詳細,緻密な記述にしたいという思いはあるが,あちらは優秀なスタッフを抱えたプロ,こちらは弁護士の仕事の片手間では,レベルが違い過ぎる。このような思いは,かえって埋没に拍車をかけてしまう。

ところで久しぶりに「千夜千冊」のことを思い出したので,Webを見てみると,最新の本(1670夜)は「国語入試問題必勝法(著者:清水義範)」であった。今,清水義範さんとは意表を突かれる思いだが,紹介された内容は,今読んでも昔と変わらず楽しい。

改めて「千夜千冊」にどんな本が紹介されているかを見ると,松岡さんの関心の広さには驚嘆する。私が手に取ったことがあるであろう本は約4分の1,内容に見当がつく本でもせいぜい半分というところだろうか。私も法律書は別にして,様々な機会に5000冊は処分(寄付)し,いまKindla本2500冊,リアル本1500冊ぐらを保有している,個人としてはまあまあの愛書家のつもりだったが,桁が違う。それに登山に情熱を傾けていた約10年間は,本よりも山の風が好きだったから,大きな差が開いてしまった。

松岡さんの基本は,思想・文学を中核にして,文化,歴史,社会にアプローチするということだろうか。それと松岡さんは,編集工学を提唱され,情報史にも興味をお持ちなので,その意味での広がりもある。「千夜千冊」もわかりやすいし,面白い。しかし松岡さん自身が書くものは「参考書」としては面白いが,問題に切り込む凄みに欠けるような気がしていた。

私は思想・文学を捨て,科学・論理を中核にしてアプローチするスタイルに転向したので,松岡さんのリストを見ると,松岡さんの関心外の本も,守備範囲であることが分かる。だから今後は,本の森本編では,私が立てた問題(このWebで紹介しているような問題だ)を解決すべく,主としてそのような本に切り込もう。

未読・半読・一読の本を紹介する

最近,山へも行かず,お酒も(少し)控えめなので,本を読んだり,勉強したりする時間が割とある。あるいは,出張に行くと往復の乗物だけでも時間があり,スマホでKindle本を読むのに最適の環境だ。先週,一泊で長崎に出張したが,新書のKindle本2冊全部と,その他にも目を通すことができた。

あるいは,昨日だったか久しぶりに「俳句 4合目からの出発(著者:阿部ショウ人)」という本が目に入ったので読み始めたが止まらない。Amazonのカスタムレビューに「俳句を絶対に作らせないという趣旨の本としか思えない。腐すこと腐すこと全編その姿勢」とあるように,あることをけなすにはどう表現すればいいかについての達人の書だ。あるいは題名だけは頭にこびりついている「読んでいない本について堂々と語る方法(著者:ピエール バイヤール )」は,その内容は忘れてしまったが,題名が魅力的なので,もういちど読みたいと思う。ただ単行本は捨てて(寄付して)しまったようなので,文庫本を買おう。

このように,上段に構えて真正面から振り下ろすのでなく,ざっと一読しただけの本,半分読んでやめてしまった本,あるいは未読の本,要するに積読だけの本も,備忘のために記録しておくことも大事だろう。

年をとってくると最も懸念されることは,一度買った本をもう一度買うことだが,幸いなことにKindle本ではその警告が出るので(過去にR本を買った場合も同じだが,R本はAmazonで買わないことも多い。),それは気にしないで済む。しかし,本が何千冊単位になると本の存在すら忘れてしまい,意識に上らなくなる。意識に上らないということは存在しないということだ。だから思い出すに足る本は,備忘のための記録をつけることには意味がある。

ということで,これから備忘のために記録しておいた方がいいと思う本は,できるだけ「未読・半読・一読」に記録することにしよう,それすらも忘れてしまうと困るが(これは,近未来の冗談です。)。

人の心と行動

痩せるのは簡単だ

痩せるのは簡単だ。食べる量を今までの半分にし,1日2時間早足でウォーキングをすれば,数ヶ月で10キロ以上痩せることは確実だ。でもそんなことはできないし,おそらく心と体はボロボロになるのではないだろうか。できないのは,意思の問題というより,行動が生活として不自然で継続不能なことにある。

問題は,肥満のメカニズムを理解した上で,(肥満状態にない人ではなく)現に肥満状態にある人が,どうしたらいいかということである。そこで,肥満状態にある私が,肥満のメカニズムを理解し,どうしたら痩せるか,考えてみることにした。なお,肥満というのは,BMI25以上(より大雑把にいえば,体重>身長-100)のお腹ブヨブヨの中高年を想定している。筋骨隆々のBMI30は,相手にしていない。

肥満のメカニズムを理解する

これについてはそれこそ山のよう情報が散乱しているだろうが,私は「マンガでわかる生化学」を熟読してまとめてみることにした(この本は「生化学」全体を概観するのに,とてもよい。Kindle本は,固定レイアウトなので,解像度のよいタブレットで横画面にして読むことをお勧めする。)。

肥満は,脂肪が体内に過剰に蓄積した状態であるが,私が一番大事だと思うことは,摂取エネルギーと消費エネルギーのバランスを,全体のメカニズムの中で考えることだと思う。

エネルギーの消費

摂取するエネルギーは,糖(グルコース),脂肪,たんぱく質である(ここでは主に前2者だけ考えることとする。)。

身体に入ったエネルギー源のうち,消費(ATP産出)エネルギーとして,まず,糖が細胞に取り込まれて,優先的に使用される。脂肪は,脂肪組織などの蓄積に回り,糖が使い切られて血糖値が低下してくると,エネルギー源として利用され始める。

脂肪が利用されるメカニズムは,脂肪組織に蓄積されたトリアシルグリセロールが,酵素の働きによって脂肪酸とグリセロールに分解されて血管をめぐり,脂肪酸は各臓器や筋肉の細胞に取り込まれ,β酸化という過程を経て,ATPに産出される。ひとつの脂肪酸(パルミチン酸)から129のATPが作られる(グルコース1分子からは38ATP)。この点で脂肪はとても効率のよいエネルギー貯蔵物質である,したがって,なかなか減らない。

体内の脂肪蓄積のメカニズム

摂取エネルギーから,基礎代謝+食事誘発性熱産生(約10%)+生活活動代謝の合計である消費エネルギーを除いた余剰エネルギーが,体内に脂肪として蓄積されることになる。体内に適切な量の脂肪が蓄積されていることは,生きていくうえでとても大切なことであるが,過剰な蓄積が問題である。

脂肪が体内に蓄積されるルートは,摂取された脂肪がそのまま脂肪として蓄積されるルートと,糖が脂肪に変化して蓄積されるルートがある。

摂取された脂肪は,「リポたんぱく質」(小腸でカイロミクロンに,肝臓でVLDLに含まれるトリアシルグリセロール)の形に可溶化され,代謝されない余剰の脂肪は,「リポタンパクリパーゼ」という酵素によって加水分解され,脂肪酸とグリセロールになり,脂肪組織に取り込まれる。

一方,摂取された糖(グルコース)は,細胞内に取り込まれ,解糖系で分解されてピルビン酸になり,ミトコンドリアに入ってアセチルCoAになり,オキサロ酢酸と一緒になってクエン酸になり,通常はクエン酸回路に入ってATPを産出するが,糖が余剰だと,肝臓や脂肪組織では,クエン酸回路に行かずに細胞質に出され,マロニエCoAとなり,いくつかの酵素反応を経て,脂肪酸(パルミチン酸)となる。

肥満のメカニズムから見た摂取エネルギーと消費エネルギー

以上が前提となる(なおこの詳細な過程は「からだの働きからみる代謝の栄養学」(著者:田川邦夫)がお薦めだ。ただこの本は個々の記述は比較的わかりやすいのだが,記述相互の関係,全体での位置づけがわかりにくく,何度読んでもなかな頭に入らない。それはこの本の問題というより,代謝過程そのものの複雑性によるのかもしれない。)。

問題は,摂取エネルギー<消費エネルギー(ATPとして産出,使用)は当然のこととして,過剰に肝臓及び脂肪組織に蓄積された脂肪を,ATPとして産出,使用して消費することである。まとめれば,①摂取エネルギー+②蓄積脂肪によって,③ATPを産出するということである。だから①を減らし,③を増やすのだ。

①については,要は,総量として減らすのが正解であろう。

糖を取り過ぎてインスリンが効かなければ高血糖(一方,インスリンが効いて肝臓に取り込まれると脂肪として蓄積されやすくなるから,肥満ホルモンといわれる。),脂肪は単位量当たりが高カロリーであるから取り過ぎはだめ,たんぱく質には窒素が含まれるから,取り過ぎるとその排出のために肝臓や腎臓に負担がかかる。どれも過ぎたるは及ばざるがごとしで,要するに,ビタミン,ミネラルも含めてバランスよく食べ,食べ過ぎない(腹八分)以上に的確な方針はない。ただし,病的な状態にあるときに短期間,このバランスを動かすこともあり得るだろう。

そうすると,焦点は③である。これを運動とまとめると嫌になってしまう。生体のエネルギー通貨といわれるATPをできる多く使う工夫をすることである。家事・仕事で動き回る,気晴らしを兼ねてのウォーキング(登山),体調をよくする簡単な筋トレ,ストレッチ等々,工夫するしかない。

食べる量を総体して減らすとどうしても食べ残しが出るが,それを気にしない「王侯貴族ダイエット」,好きなだけエネルギー通貨のATPを使う「王侯貴族浪費」,要は,現代の王侯貴族になり,肥満から解放されることだ。うまういくかなあ。

なお,以上の記述には誤りや,不正確なところもあると思うので,適宜,修正していきたい。

社会と世界

箱根は遠い

箱根の紅葉がきれいになったろうと思い、11月12日(日)に、ジージ&バーバで孫娘に、箱根の「蓬莱園」で落穂拾いをさせる計画を立てた。「蓬莱園」は、つつじで有名だが、確か紅葉もきれいだった記憶がある。言葉は悪いが荒れ果てた庭園で、孫娘が遊びまわるのに最適だ。帰りに温泉・スパの「小涌園ユネッサン」で遊べば最高だろう。早速、スマホの割引画面も用意した。

土日はいつもお寝坊な孫娘をやっと起こし、朝も食べずに出かけ、車中でシューマイ弁当を食べて東海道線の小田原駅で降りたのが、11時前。

いつもの私の箱根登山どおりバスで行くことにし、孫娘のバス車中のおもちゃも用意。ただ乗り込むとき、切符売りのおばさんが、「渋滞で箱根湯本まで1時間かかりますから、ご承知置きを。」といっていたが、まあオーバーな「警告」だろうと高を括る。ほら、出発しても車は少なく、スーイスイ。

ところが「上板橋」を過ぎるとピタリと動かなくなってしまった。まだ出発して2キロぐらいだろう。ジージ&バーバはゆっくりくつろげていいが、このまま孫娘を乗せ続けるのはつらい。そうだ、確か入生田に「生命の星・地球博物館」というのがあるから、そこを見て、それから電車で「蓬莱園」に向かえばいい。バーバによれば、途中の「鈴廣」で、かまぼこの手作り体験もできるという。

鈴廣「鈴なり市場」

「東風祭」でバスを降りて、少し歩くと鈴廣がやっている「かまぼこの里」の「鈴なり市場」だ。バーバによれば店の前の水がおいしいそうだ。私は鈴廣のかまぼこといえば、箱根登山の帰りに小田原で安価な袋入りの「甘くないさつま揚げ風のもの」を買って、車中のおつまみにするのが楽しみだ。孫娘は、かまぼこはあまり好きでないそうだから、何かあれば買おうぐらいののりだ。ところが中に入って驚いた。おいしいフルーツジェラード、おはぎ、干物、魚カツサンド、かまぼこバー(お酒も飲める)まである。どれもおいしそうで目移りしてしまう。人々が観光バスで乗りつけるのもむべなるかな。

とにかく3人でフルーツジェラードを食べ、お土産におはぎを買い、孫娘は中がピンクのハート形のリカちゃんかまぼこを買い、子供用の自動車風のおもちゃにも乗ったが、先を目指して早々に退散。かまぼこづくり体験は、満杯でパス。

「生命の星・地球博物館」

さて風祭から入生田までは一駅あるから少し遠い。途中で孫娘は、ジージだっこ。なぜかジージは、重くつらくてもうれしがる。

「生命の星・地球博物館」について、私はその名前を見て、しばらくの間はきちんと理解することなく、どこかの新興宗教がやっている多少いかがわしい博物館だろうと思っていた。でもれっきとした神奈川県立の「Museum of Natural History」だった。その誤解が解けた後も、入生田で途中下車することはなく、今回が初めての入館だ。

中は広く、展示も概して素晴らしい。とにかく、宇宙誕生から、地球誕生、生命の誕生、そして少し前までの自然を網羅していて、多少ピントがずれたり、作り物と実物が混在したり(これは当たり前だが)、開館して20年以上たっているので最新の知見かには疑問があったり等々するが、でもこれだけのものを維持管理することには敬服する。

思い出したのだが、最近はないが、私は登山の途中に地方都市の県庁所在地にいくと、たいてい、公園の中にある博物館(かなければ美術館)に行っていた。どこも予算が削られるからだろうか、かなり古くて貧相なところが多かったが、そこで石や動植物の展示をじっくりと見るのは楽しい。「山の自然学」の小泉武栄さんが、日本では、自然史がほとんど教えられていないと嘆くが、そう、私もあまり習った記憶がない。必然的に身近な自然も知らない。孫娘にはぜひ、自然を学んでもらいたいと思う。

孫娘は!

当の孫娘だが、宇宙、地球の誕生で圧倒され、巨大な恐竜の骨が何体もあり、天井にも巨大な「鳥」がいるのを見て、徐々に怖くなり、ジージにしがみついて、急いで駆け抜けようとする。途中の、昆虫や植物には、興味津々だが、向こう側に恐竜が見えると怖くなる。とにかく、足早という感じで外に出た。

退館しようとすると、色鉛筆でする昆虫の塗り絵を勧められる。ジージ&バーバは、見本の写真に忠実だが、孫娘は奔放な色使いだ。まず男性館員がそれを見てほめたたえる。続いて女性館員2名も絶賛して写真を撮らせてくれという。孫娘は、もう一度色を塗るポーズをとる。でもなぜか舌が出ていた。

帰りに横の河原で石遊びをする。孫娘は、集めた石でケーキ屋さんだ。「いらっしゃいませ、何にしますか。リンゴパイはありません。チョコレートケーキはいかがですか。」。

遊び終わり、ジージは石のケーキを持って帰るように勧められる。バーバがさっと、重いケーキは捨てたけど。ザックに石を詰めて歩くジージは、初心者登山部員だ。

帰りの東海道線で孫娘は爆睡だ。うちに帰って「ジージ、楽しかったね。また行こうね。」。もちろんですとも。でも今日は小田原巡りで終わり。箱根は遠かった。