デジタル情報とネット・ITをめぐる諸問題
検討すべき課題と構成
課題
「情報」はこれまで、コミュニケーション論、メディア論、あるいは諜報論として、人間理解の中心として、それなりに大きく位置づけられてきたが(とはいえ、「自然」や「人工物」よりも、扱いにくいと思われてきただろう。)、今、世界は、コンピュータ技術に支えられたITやAIで利用される「デジタル情報」の流通の高速化、劇的増加=氾濫によって、まさにハリケーンに急襲された状態だ。持続可能性と共に、解決すべき重要な問題だ。
ただ今後中長期的に、ITやAI、「デジタル情報」の氾濫が何をもたらすのか、実は誰にもわかりはしない(「世界の現在と未来を知るために」)。とはいえ、手を拱いてもいられないので、「情報」については、「問題解決と創造」の「環境:自然・人工物・情報」の「情報」において基本的な問題を取り上げ、更に「世界の複雑な問題群」の「デジタル情報の氾濫と法とルールの破綻」で、今喫緊の課題を取り上げる。
この項目では、「環境:自然・人工物・情報」における「情報」を踏まえた上で、デジタル情報とネット・ITをめぐって今起こっている、もっとも重要な問題の概要を眺めてみよう。
情報とデジタル情報
デジタル情報の特質
「情報」と「デジタル情報」について整理しよう。
まず「情報」の特質について、法学(情報法入門【第5版】:小向太郎)ではどう捉えているかを見てみよう。
同書は、「情報とは、有体物そのものではなく、有体物が存在するパターン(配列等) である」とし、「情報」の特性として、「①無体物であること 物理的排他的な支配が難しく、 複製や改ざんが容易であり、拡散されやすくそれを解消することは困難である。 ②媒体と伝送路に依存すること 情報の影響力や制御可能性は、どのような媒体と伝送路によって伝達されるかどうかに大きく左右される。③主観的要素の重要性が大きいこと 情報と行動の関係は予見可能な因果律に基づくものではなく、情報の価値や影響力は主観的かつ相対的である」とする。
その上で情報のデジタル化・ネットワーク化によって次のような問題が生じているとする。
①について「それでも従来の情報は、何らかの物と強く結びつくことが多かった。書類でも出版物でもレコードでも、物と情報は一体になっていた」、「従来の法制度では、情報を物に化体させてルールを適用することが多かった」が、「情報のデジタル化・ネットワーク化によって「対象物」が消失し、制度が有効に機能しなくなっている。法律には、有体物からの呪縛を解かれた情報をどのように規律してよいのかわからずに、今もまだ途方に暮れている。」。
②について「従来は、影響力の大きい情報伝達手段には、何らかのボトルネックがあり、そのボトルネックが法的または社会的な規律を及ぼす前提になっていた。例えば、放送や新聞、出版等のマス・メディアや電気通信事業者は、その担い手がかなり限定されていた」、「しかし、インターネットを構成する主体は多様かつ複雑で情報発信者の裾野も限りなく広い.こうしたことが情報に規律を及ぼすことを難しくしている」、「世界中の雑多なコンピュータの集合体であるインターネットでは、情報流通の把握、追跡、制御等が相当に難しい場合が多い.インターネットの匿名性と表現される問題である」。
③について「デジタル・ネットワークによって情報利用が飛躍的に進展し、新しい情報規律が求められるようになっているが、客観的統一的基準を確立することは困難な場合が多く、関係者の主観を尊重したものにならざるを得ない.制度設計においては、関係者の主観的要素をどのように制度に反映させるべきかという点が重要になっている。」。
これらは、情報法という限定された視点からの分析ではあるが、デジタル情報・ネットをめぐる諸問題を考察する上で当面の基準として差し支えないであろう。なお同書(情報法入門【第5版】:小向太郎(Amazonにリンク))の「1 デジタル情報と法律」は、法律に興味のない人にも、デジタル情報とネットの現状の問題点が手際よく説明されていてお勧めしたい。なお放送大学の講義ではまだ入手していないが、情報科学からのアプローチとして次のものがあるので、追って目をとおしたい。
- 情報理論とデジタル表現(’19)(テレビ・字幕) 加藤 浩、浅井 紀久夫
- 1 デジタル情報処理
- 2 数の符号化
- 3 情報理論のための数学1−対数・行列・剰余演算−
- 4 情報理論のための数学2−確率論の基礎−
- 5 情報量
- 6 エントロピー
- 7 ベイズの定理
- 8 通信のモデル
- 9 情報の圧縮
- 10 誤り検出と誤り訂正
- 11 テキストの符号化
- 12 音の符号化
- 13 画像の符号化
- 14 動画の符号化
- 15 暗号
これからの問題
さてもともと重要ではあるが目の届きにくかった「①無体物、②媒体と伝送路に依存、③主観的要素の重要性が大きい」という特質をもった「情報」が、「デジタル・ネットワーク」によって、便利なサービスや新しい価値がもたらされる一方、主観的な意図によって創作、複製や改ざんが容易な、制御困難な情報が拡散し、「ネット詐欺、電子掲示板・ブログ・SNS等での誹謗中傷、大量の迷惑メール、著作権侵害、個人情報流出、コンピュータウイルスやサイバー攻撃など」の問題が深刻化している。ここで検討しよう。
更にはこれらの問題に止まらず、人類がこれまで築き上げてきた「こころの情報」を交換し付き合わせることで成立する「民主主義」や、本を読むことで、解釈し、蓄積し、処理してきたこころの情報の英知も崩壊しようとしているのではないか。結局、「デジタル情報の氾濫・暴走によって法とルールが破綻しつつあるのではないか」という風景も見えてくるのである。これは「世界の複雑な問題群」の「デジタル情報の氾濫と法とルールの破綻」で取り上げよう。
次項で、「デジタル情報をめぐる問題Ⅰ 総論」を考察したあと、「デジタル情報をめぐる問題Ⅱ ネット・IT」を検討しよう。なお既に「環境:自然・人工物・情報」の「情報」で取り上げた「サイバー空間の病理と対応」、「情報法と判例」はここでもその出発点になるので、触れておこう。
デジタル情報をめぐる問題Ⅰ 総論
①…どんな問題があるのか
基礎情報学の西垣通は「こころの情報学」中で、情報が関連する分野として、次の8つを挙げる
- (1)コンピュータ科学分野
- (2)遺伝情報を扱う分子生物学や、動物コミュニケーションを研究する動物行動学など、生物学の関連分野
- (3)言語情報をはじめ諸記号の作用を研究する、記号学・哲学・言語学などの関連分野
- (4)マスコミをはじめ多様なメディア情報と社会・文化・歴史との関係を研究する、社会学・メディア論・メディア史などの分野
- (5)認知科学など、情報処理に関連した心理学の分野
- (6)図書館情報学など、事物や概念の分類法を研究する関連分野
- (7)情報経済や経営情報など、情報をめぐる経済学・経営学の分野
- (8)著作権など、情報に関する法学の分野
学者から見た俯瞰図としてもっともであるが、私は、(2)を除き、ほぼ横断的に、現在、何を解決すべきかという観点から「情報をめぐる問題」を取り挙げる必要があるだろう。西垣さんは、第2次人工知能ブームの時代に、アメリカでそれを実見したという経験があり、その経験を踏まえ、「ネットとリアルのあいだ-生きるための情報学」 、「ネット社会の「正義」とは何か 集合知と新しい民主主義」 、「集合知とは何か-ネット時代の「知」のゆくえ」 、「ビッグデータと人工知能 – 可能性と罠を見極める」 、「AI原論 神の支配と人間の自由 」 等の一般向けの「流れ」と距離をとる著書があり、参考になる。
ITやAIの問題は、若い人のイケイケどんどんだけでは、なかなか「正解」には達しない(なお「環境:自然・人工物・情報」の 「情報」でも西垣さんに触れた。)。
②…Computer Science
情報をめぐる次の問題として、Computer Scienceを利用した情報の創造、流通、処理等(ITやAI)が、今どこに到達し、今後何を成し遂げるかという問題から目を離すわけにはいかない。これについて私は「ウキウキ派」ではあるが、一方、西垣さんがいう生命情報と機械情報の差異、またITやAIが生み出す機械情報は、<数学ができることしかできない>という「コンピュータが仕事を奪う」(Amazonにリンク)等における新井紀子さんの指摘は、肝に銘じる必要がある。ITやAIについては、このWebでは様々な箇所に分散して記載しているが、いずれ再整理する必要があるだろう。いずれにせよITやAIは、情報の基礎に立ち返って考察することが大切である。
これとは別に、現在、IT・AI環境の利用について多くの人が多大なストレスを感じており、それをどう解消できるのかというのが目の前の大問題であり(「ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術:ラファエル A. カルヴォ & ドリアン・ピーターズ )(Amazonにリンク))、それをAIで成し遂げようというのは、やりたくはなるが、おそらく問題を複雑にするだけだろう。
備忘のために「Computer Science」の基本書を何冊か掲載しておこう。
基本書
教養としてのコンピューターサイエンス講義 今こそ知っておくべき「デジタル世界」の基礎知識:ブライアン・カーニハン
- 目次
- まえがき
- 第 0 章 はじめに
- 第 1 部 ハードウェア
- 第 1 章 コンピューターの中には何があるのだろう?
- 第 2 章 ビット、バイト、そして情報の表現
- 第 3 章 CPUの内部
- 第 2 部 ソフトウェア
- 第 4 章 アルゴリズム
- 第 5 章 プログラミングとプログラミング言語
- 第 6 章 ソフトウェアシステム
- 第 7 章 プログラミングを学ぶ
- 第 3 部 コミュニケーション
- 第 8 章 ネットワーク
- 第 9 章 インターネット
- 第 10 章 ワールド・ワイド・ウェブ
- 第 11 章 データと情報
- 第 12 章 プライバシーとセキュリティ
- 第 13 章 まとめ
- 原書注釈 用語集 謝辞 解説
みんなのコンピュータサイエンス:Wladston Ferreira Filho
- CONTENTS
- 1 基礎
- 2 計算量
- 3 戦略
- 4 データ
- 5 アルゴリズム
- 6 データベース
- 7 コンピュータ
- 8 プログラミング
- 9 おわりに
- 附録 Ⅰ 記数法 Ⅱ ガウスの逸話 Ⅲ 集合 Ⅳ カーデンのアルゴリズム
入門 コンピュータ科学 ITを支える技術と理論の基礎知識:J.Glenn Brookshear
- 目次
- まえがき
- 第0章 序章
- 第1章 データストレージ
- 第2章 データ操作
- 第3章 オペレーティングシステム
- 第4章 ネットワークとインターネット
- 第5章 アルゴリズム
- 第6章 プログラミング言語
- 第7章 ソフトウェア工学
- 第8章 データ抽象
- 第9章 データベースシステム
- 第10章 コンピュータグラフィックス
- 第11章 人工知能
- 第12章 計算の理論
- 付録
- 著者・訳者紹介 索引
コンピュータの構成と設計 第5版 上・下電子合本版:デイビッド・A・パターソン
- 目 次
- まえがき
- 【1】 コンピュータの抽象化とテクノロジ
- 【2】 命令:コンピュータの言葉
- 【3】 コンピュータにおける算術演算
- 【4】 プロセッサ
- 【5】 容量と速度の両立:記憶階層の利用
- 【6】 クライアントからクラウドまでの並列プロセッサ
- 【A】 アセンブラ、リンカ、SPIMシミュレータ
- 【B】 論理設計の基礎
③…規制とGDPR
政府による規制
次に企業や政府が取得、利用等する情報の問題であるが、これはもっぱら政府が法によって企業の情報利用を規制するという局面が問題となる。通常の「情報法務」である。実務書はたくさんあるが、「データ戦略と法律 攻めのビジネスQ&A」(Amazonにリンク)あたりが利用しやすい。
これとは別に、政府は、みずから情報をどう扱っているか、企業の情報利用を規制する能力があるかということが、最近、深刻である。
前者についていえば、世界でも、わが国でも、政府(政治家+官僚)が行政情報を隠匿しようという動きが顕著である(例えば、「武器としての情報公開」(著者:春日部聡)(Amazonにリンク)、「公文書問題 日本の「闇」の核心」(著者:瀬畑源)(Amazonにリンク))。その時いくらうまく立ち回り、もてはやされても、情報を隠匿すれば、後代から激しく弾劾されるというのが政治の常なのだが、前現首相は、ジャンク情報の氾濫の中でそれが見えなくなっているようだ。
後者の規制する能力があるかということは、要は政府が、多面的な情報の性格を的確にとらえて、必要不可欠な情報規制に係る政策を立案、実行しているかということである。新しさ、きらびやかさに飛びつく、政府の現状では、まず無理だろう。そうであれば批判し改善を促していかなければならない。その一番手は弁護士のはずだが、弁護士はどうも立法論、裁判所に弱く(これは個別事件の処理の場面では、当たり前であるが。)、心もとない。自戒しなければならない。
GDPR
政府の規制する能力とも関係するが、2018年5月からGDPRが施行されたことを踏まえ、「黒船来る」みたいな議論がされているが、GDPRの目的は何であろうか、本当にプライバシー保護の徹底だろうか。もちろんそういう体裁はとっているが、実際の問題は、ヨーロッパにおけるビジネス権益だろう。
Googleにせよ、Face bookにせよ、始まりはまさに「電脳」の理念だったろうが、それを維持拡大するために頭を絞って始めた広告に個人のデータが結びつき、いまやその手法がビジネスの主流になってしまった。それはヨーロッパでは許さないよというのがGDPRではないか。「さよならインターネット-GDPRはネットとデータをどう変えるのか」(著者:武邑 光裕)(Amazonにリンク)を読んでそんなことを感じた。ただ企業としては放っておけない。
④…知財
最後の問題として、インターネットで流通する情報を、知財(特に著作権)との関係で検討すべき局面がある。知財とは何か、知財はどう保護されるか(あるいは利用が促進されるか)は、相当程度、流動的であり、インターネットで流通する大量の情報について、いちいちその権利侵害性を問題にしてもあまり意味はないと思うが、許容できない侵害行為もあるだろう。一方、インターネットで流通している情報に対して、いったい何権なのかよくわからない「権利」(あるいは複合体)が主張され、これをめぐって紛争になることも多い。流通する情報量に比べれば、多いというより僅少というほうが正しいか。ただしっかりした見識を持って対応しないと、つまらない「炎上」騒動に巻き込まれる可能性がある。これはある表現に対して、根拠もないでたらめな情報をぶつける(流通させる)という問題と同じ構造である。
これらについて知財の概要を把握するために、「楽しく学べる「知財」入門」(著者: 稲穂 健市)(Amazonにリンク)、「こうして知財は炎上する ビジネスに役立つ13の基礎知識 」(著者: 稲穂 健市)(Amazonにリンク)等が参考になる。あと「著作権」の概説書に目を通すのがよいだろう。
検討
「②…Computer Science」は、本項の、「AIとは何か」(下位項目として「AI時代の弁護士業務」)、「DSが変えるビジネスと社会」、「DSを支える理論と技術」で検討する。
「③規制とGTPR」と「④知財」は、「IT・AI・DX法務」で検討しよう。
次項では、「ネット・IT」を検討する。
デジタル情報をめぐる問題Ⅱ ネット・IT
デジタル情報をめぐるその他の問題として、「ネット・IT」を検討しよう。ネットにおけるデジタル情報の問題は、「セキュリティ」に加えて、現実と対応しない虚偽情報が大量、高速に流通し、「法とルール」が破綻し社会が崩壊する危機にあるということである(「デジタル情報の氾濫と法とルールの破綻」)。これを「ネット・トラブル」とし、「セキュリティ」(含む「闇Web」)の問題も検討しよう。
なお現時点では(2020/11/9)、次のような本に目をとおしているが、まだ纏められていないので、追って分析する。
ネット・トラブル
- 正義を振りかざす「極端な人」の正体:山口 真一
- 炎上とクチコミの経済学:山口 真一
- ソーシャルメディアの生態系:オリバー・ラケット, マイケル ケーシー
- 闇ウェブ:セキュリティ集団スプラウト
- ネット・バカ~インターネットがわたしたちの脳にしていること:ニコラス・G・カー
- ネット・カルマ 邪悪なバーチャル世界からの脱出:佐々木 閑
- デジタル・ミニマリスト 本当に大切なことに集中する:カル ニューポート
セキュリティー
- サイバー攻撃
- 決定版 サイバーセキュリティー新たな脅威と防衛策:ブループラネットワークス
デジタル情報とネット・ITをめぐる次の問題
デジタル情報とネット・ITをめぐる次の問題は、「デジタル情報の氾濫と法とルールの破綻」であるが、「デジタル情報の氾濫」がもたらすものはある程度分析されている。次の本を備忘のために掲げておこう。「法とルールの破綻」は私が考えなくてはならない。
- デジタルで読む脳×紙の本で読む脳~「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる:メアリアン・ウルフ
- 操られる民主主義: デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか:ジェイミー バートレット;The People Vs Tech: How the Internet Is Killing Democracy (and How We Save It)
- ラディカルズ 世界を塗り替える <過激な人たち>:ジェイミー・バートレット
- デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 :福田直子
- アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治 (講談社現代新書):吉田徹