<バリ山行>を読む
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バリ山行|講談社|松永K三蔵|Amazonで開く|
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一見すると、何だ?と思うタイトルだが、バリが、バリエーションルートだと分かれば、山行に容易に結びつく。だがこの作品が、2024年の芥川賞を受賞したと聞くと、ほほー、どんな小説かなと覗いてみたくなる。私は小説をほとんど読まなくなって久しいが、題名につられてKindle本を買ってみた。少しだけ、コメントする。
コメント1ー概略
下手な介入はやめ、まず出版社の紹介文を掲載しよう。 「古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で職場で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。「山は遊びですよ。遊びで死んだら意味ないじゃないですか! 本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」(本文より抜粋) 会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。」。
コメント2ー登山
人が登山にのめり込むのは、多かれ少なかれ、うっとうしい日常生活と登山後の爽快感の対比に心奪われてのことではないかと思う(そこから日常生活を捨て、登山だけにのめり込む登山者も出現する。)。しかしその「感動」はなかなか上手く表現できなくて、下山後の温泉と酒でくだを巻いたり、人に登山の自慢をしたりでそれを表現しようとするので、登山好きは嫌われることが多い。 この小説を評価し、芥川賞に選考した人達は、もちろん、この山行を表現した小説世界に心惹かれたのだろうが、「会社も人生も山あり谷あり」、「圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する」というセンスだとすれば、いささか上滑りだ。 「本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ」という主人公のセリフは嘘っぽいし、「会社がどうなるかとかさ、そういう恐怖とか不安感ってさ、自分で作り出してるもんだよ」、「でも波多くん、あれは本物だったでしょ? あれはホント怖かったよね」というバリ山行をする同僚のセリフも、対比のために「創作」されている感じで、日常生活と登山を対比することはよく分かるが、少なくても私の感覚とは違う。 小説だから、ひとそれぞれのこの小説の言語世界を愉しめばよいのだが、私がお薦めするかといえば、人によるということになる。
コメント3ー六甲山のバリ
この小説のバリの山域は、六甲山である。私は六甲山には登ったことはないが、市街地に近く、通常の登山道を辿れば、ほぼハイキングコースのようだ。しかし登山道を外れれば、そこはバリということだろう。 バリについて私はコメントするほどの経験もないが、バリの要素は、雪山は除くと、藪漕ぎ、急勾配、岩、沢というところで、予めそれが分かっていて慎重に対応すれば、何とかなるのだろう。しかし問題は「道迷い」である。自分の現在地が分からなくなると、不安、恐怖から、何とか正規の登山道に出たい、というより麓に下ろうと焦り、無理に下山しようとして、急勾配、岩、沢で滑落する、転倒する、加えて藪漕ぎ体力を消耗することになるのだろう。 一昔前は、いったん道を失うと「地図」ではなかなか現在地を把握できなかったので「道迷い」は深刻な問題であった。しかしスマホの登場以来、スマホの登山地図上で現在地を表示・把握することができるようになったから、あわてずに現在地を把握することができれば、ルートを外れた地点まで戻る、少なくても登り返して登山道に戻ることは、容易になった。 この小説のバリは、同行者の後を追っており、先行する同行者がもう少しペースに配慮すれば、主人公が被ったようなダメージは軽減されただろう。ただそういう関係ではないということもこの小説の設定ではあるのだろうが。 ところで、小説のバリ山行場面は、長文で、その描写は詳細、緻密で美しい。それはそうだが、これは登山者の視点ではない。バリ山行をする主人公にはほとんど何も眼に入らないだろう。 ところで2024年9月5日の読売新聞オンラインに「「山を見くびらないで」…六甲山で行方不明・70代女性の家族、登山者に警告」という記事が掲載されている(Site Unreachable](https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20240904-OYO1T50029/)。 記事が掲載されなくなることもあるだろうから末尾の注意喚起谷部分を掲載しておく。「最高峰でも標高931メートルと低山が連なる六甲山系。市街地から近く、早朝に小高い山に登る「毎日登山」と呼ばれる文化があるように、気軽に登山を楽しめる。一方で、県警によると、2019~23年に計235人が道に迷ったといい、およそ半数の約45%が50歳代以上だった。 下山中に日が暮れると、脇道にそれてしまう傾向がある。県山岳連盟によると、特に南側は正規ルートを外れると傾斜がきつく、滑落の危険性があり、滝や崖に行き当たる確率も高いという。同連盟は「道を間違えた場合は、来た道を引き返す。基本を大切にしてほしい」と呼びかけている。」。 この小説の影響で、バリ山行が増えることが予想されるだろう。お気をつけて。
コメント4ー加藤文太郎
この記事を欠いているうちに思いだしたのだが、六甲山をホームグランドにしていて次々と高山に挑んだ登山者がいた。検索すればすぐ出でてくる。そう、加藤文太郎。 単独登山者として知られるが、「数年来のパートナーであった吉田富久と共に槍ヶ岳北鎌尾根に挑むが、猛吹雪に遭い天上沢で31歳の生涯を閉じる」と報じられている。その生涯が、小説として、新田次郎の「孤高の人」、谷甲州の「単独行者:新加藤文太郎伝」等に描かれている。
繋がり
さて、上述した「孤高の人」や「単独行者:新加藤文太郎伝」は「バリ山行」からの直接の繋がりだが、少し引いて、日本の登山の言語世界を復習してみよう。私は10年前に登山関係の本をもう読むことはないだろうと思いほとんど処分したので、ほとんど残っていない。そこで改めて手掛かりとして、次のkindle本を入手した。日本の重要に登山本の半数ぐらいは上げられているであろう。これを今後の手掛かりにすればよい。 そのなかにも挙げられているが、私が登山関係の本で最も熟読したのは、田部重治の「山と溪谷」である。これは地に足についた登山本である。
書誌
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