IT・AI・DX法務
検討すべき課題と構成
課題
未だIT・AI・DX法務という固有の分野があるとはいえないだろう。これまでは「情報法」や「IT法」として、主として、個人情報、インターネット上のトラブル、システム開発等をめぐる問題が取り上げられ、今、「AI法務」として、「IoTやAIが普及すれば何が問題となるか」を、既存の法的な枠組(や行政畑の様々な「審議会文書」)に基づいて検討しようとする試みがなされている。
それはそれで意味はあるが、私はそれだけでは不満だ。「これからの社会を切り拓くIT・AI・DXを支えるプラットフォームとなる法とルール」の検討こそが、もっとも重要なIT・AI・DX法務である。
その基本は、実際のIT・AI・DXの開発・使用の実態に即した「ルール」(合意)である。例えば我が国のこれまでのシステム開発をめぐる紛争の多発とその惨状は、現実の開発や使用の実態に即した適切な「ルール」(合意)を、法律家が理解していなかったことが大きい。
そこでは「要件定義」が不十分だったといわれるが、ではこれからのアジャイル開発手法によるIT・AI・DXはどうなるのか。民法の改正が重大問題のようにいわれるが、それは「ルール」(合意)がなかった場合の処理に過ぎない。大切なのは、「今後、IoTやAIが普及すれば何が問題となるか」という仮想の問題ではなく、実際のIT・AI・DXの開発・使用の実態に即した「ルール」(合意)づくり、すなわち契約書の作成である。その検討は緒に就いたばかりである。しかし既存の問題(ネットやセキュリティの問題)もなかなか手強く、これに対応できなくては実務では役に立たない。
構成
まず既存の問題(ネットやセキュリティ等の問題)を「情報法」と「IT・AI法」に分けて検討しよう。更に「仕事とPC・IT・AI技法」、「「AIと法」を考える」を検討する。
情報法
「情報法入門」の目次を読む
まず、「情報法入門」の「詳細目次」で、情報法の分野を眺めよう。
1 デジタル情報と法律
- 1-1 デジタル・ネットワークの衝撃
-
- 1-1-1 情報法とデジタル・ネットワーク
- 1-1-2 デジタル情報の特徴
- 1-1-3 インターネットの特徴
- 1-1-4 インターネットと匿名性
- 1-2 デジタル・ネットワークと法律
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- 1-2-1 情報と法制度
- 法律は遅れているのか/法制度は何ができるか
- 1-2-2 表現の自由とインターネット規制
- 表現の自由と匿名表現/インターネットに対する規制/インターネットと報道/自主規制と共同規制、アーキテクチャ
- 1-2-3 通信の秘密
- 1-2-4 国境を越える情報
- 1-2-1 情報と法制度
- 1-3 情報化関連政策
- 1-3-1 情報化促進政策
- 情報化の促進/IT総合戦略本部/総務省、経済産業省/知的財産戦略本部/サイバーセキュリティ基本法
- 1-3-2 情報化を阻害する法制度
- デジタル化の障害となる法律/対面や書面を義務づける法律/e-文書法/デジタル手続法
- 1-3-3 情報化の基盤となるルール
- デジタル情報と真正性/電子記録債権/電子マネー・電子決済/消費者保護
- 1-3-1 情報化促進政策
2 ネットワーク関連事業者
- 2-1 通信と放送
-
- 2-1-1 電気通信事業
- 電気通信と競争導入/競争導入後の規制/ユニバーサルサービス/ネットワークの中立性/電波政策
- 2-1-2 放送事業
- 放送事業とコンテンツ規制/表現の自由との関係/放送制度の改革
- 2-1-3 通信と放送の融合
- 融合とは何か/放送と通信の秘密/放送番組規律の範囲
- 2-1-1 電気通信事業
- 2-2 ネットワーク上の媒介者
-
- 2-2-1 媒介者の責任
- なぜ問題になるのか/手段・機会の提供に関する先例/不法行為責任/契約責任/刑事責任/訴訟手続と発信者の特定
- 2-2-2 名誉毀損に関する係争例
- ニフティ現代思想フォーラム事件/都立大学事件/2ちゃんねる対動物病院事件/大学受験掲示板事件/学校裏サイト事件/産能大学事件/米国の事例
- 2-2-3 著作権侵害に関する係争例
- カラオケ法理/ファイルローグ事件/罪に濡れたふたり事件/番組録画サービス/MYUTA事件/TVブレイク事件/米国の事例
- 2-2-4 プロバイダ責任制限法
- 検討の経緯/プロバイダ責任制限法の規定/発信者情報開示訴訟/ガイドライン等/諸外国の立法例
- 2-2-1 媒介者の責任
- 2-3 プラットフォーム事業者
-
- 2-3-1 プラットフォーム事業者とは
- プラットフォーム事業者の特徴/二面市場とネットワーク効果
- 2-3-2 プラットフォームと競争法
- 独占禁止法の概要/プラットフォームと独占禁止法/プラットフォーム規制に関する議論動向
- 2-3-3 プラットフォームと媒介者責任
- 情報への関与態様/忘れられる権利
- 2-3-1 プラットフォーム事業者とは
3 情報の取扱いと法的責任
- 3-1 取得・保有・提供
-
- 3-1-1 情報取得と法的責任
- 情報の取扱いに関するルール/情報取得/国家秘密/営業秘密
- 3-1-2 情報保有と法的責任
- 情報保有と情報公開制度/情報セキュリティの確保
- 3-1-3 情報漏洩等に関する係争例
- 宇治市住民票データ流出事件/北海道警察捜査情報漏洩事件/Yahoo! BB顧客情報流出事件/TBCアンケート情報流出事件/ベネッセ顧客情報流出事件
- 3-1-4 情報発信と法的責任
- 名誉毀損/プライバシー侵害/肖像権侵害/情報の瑕疵/刑事罰を受ける情報発信/迷惑メール規制
- 3-1-1 情報取得と法的責任
- 3-2 サイバー犯罪と青少年保護
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- 3-2-1 サイバー犯罪と処罰規定
- サイバー犯罪とサイバー攻撃/コンピュータ犯罪と処罰規定
- 3-2-2 サイバー犯罪と捜査
- 通信傍受等に関する制度/サイバー犯罪条約とサイバー刑法
- 3-2-3 青少年保護と有害情報
- 青少年保護/青少年インターネット環境整備法/児童ポルノのブロッキング/青少年有害情報と犯罪の予防
- 3-2-1 サイバー犯罪と処罰規定
- 3-3 知的財産の保護
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- 3-3-1 情報化と知的財産制度
- 知的財産権とは/デジタル化・ネットワーク化の影響
- 3-3-2 著作権制度の概要
- 著作者の権利/権利制限規定/デジタル化・ネットワーク化に対応する規定
- 3-3-3 デジタル・ネットワークと著作権
- コンピュータ処理と複製/権利制限規定の拡大/違法複製物のダウンロード/テレビ番組と権利処理
- 3-3-1 情報化と知的財産制度
- 3-4 個人情報保護
-
- 3-4-1 プライバシーと個人情報保護
- デジタル・ネットワークと個人情報/プライバシー権とは/自己情報コントロール権と個人情報保護
- 3-4-2 個人情報保護法
- 成立の背景/個人情報保護法の概要/目的外利用・第三者提供/リスト販売事業者対策/グローバル化対応
- 3-4-3 行政機関と個人情報保護
- 行政機関個人情報保護法/住基ネット/マイナンバー制度
- 3-4-4 諸外国の個人情報保護制度
- 米国の個人情報保護制度/欧州の個人情報保護制度/OECDプライバシー8原則
- 3-4-5 今後の課題
- 諸外国で導入されている制度/技術革新と新たな懸念
- 基本的枠組みと制度見直し
- 3-4-1 プライバシーと個人情報保護
- 事項索引 法令索引 判例索引 外国判例
「情報・メディアと法」の目次を読む
次に「情報・メディアと法:児玉靖男」(放送大学の印刷教材)の目次を眺めよう。これは、ネットで聴取できる(「今から学び始める方法-オンライン講義と読書」参照)。
- 1 情報・メディアの法体系
- 1.はじめに
- 2.IT基本法と情報・メディア法
- 3.知的財産基本法と知的財産法
- 4.コンテンツ基本法と著作権法
- 5.情報セキュリティと情報・メディアのオープン化に関する基本法
- 6.おわりに
- 2 IT重点計画とIT基本法
- 1.はじめに
- 2.IT重点計画
- 3.IT基本法
- 4.官民データ活用推進基本法
- 5.おわりに
- 3 情報公開と個人情報の保護
- 1.はじめに
- 2.情報公開法
- 3.個人情報保護法
- 4.特定秘密保護法とマイナンバー法
- 5.おわりに
- 4 プロバイダの責任と不正アクセスの禁止
- 1.はじめに
- 2.プロバイダ責任制限法
- 3.不正アクセス禁止法
- 4.ネット環境の不正行為の法的対応
- 5.おわりに
- 5 電子商取引
- 1.はじめに
- 2.フィンテックと仮想通貨が誘引する法的対応
- 3.電子商取引における既存法の対応
- 4.電子商取引における特別法の対応
- 5.おわりに
- 6 通信と放送の融合
- 1.はじめに
- 2.電気通信事業法と放送法
- 3.情報通信法(仮称)
- 4.放送機関の保護に関する条約案
- 5.おわりに
- 7 知的財産推進計画と知的財産基本法
- 1.はじめに
- 2.知的財産推進計画
- 3.知的財産基本法
- 4.新たな情報財
- 5.おわりに
- 8 発明・考案・意匠の創作
- 1.はじめに
- 2.発明・考案・意匠の創作
- 3.発明者・考案者・意匠の創作者と特許権者・実用新案権者・意匠権者
- 4.特許権・実用新案権・意匠権
- 5.おわりに
- 9 商標
- 1.はじめに
- 2.トレードマークとサービスマークおよび登録商標
- 3.商標の使用者
- 4.商標権
- 5.おわりに
- 10 不正競争の防止
- 1.はじめに
- 2.営業秘密
- 3.技術的制限手段
- 4.不正競争の防止および不正競争に係る損害賠償等に関する措置
- 5.知的財産法と独占禁止法との関係
- 6.おわりに
- 11 コンテンツ事業振興とコンテンツ基本法
- 1.はじめに
- 2.コンテンツ事業振興
- 3.コンテンツ基本法
- 4.教育コンテンツ
- 5.おわりに
- 12 著作物とその伝達行為
- 1.はじめに
- 2.著作物とその伝達する行為
- 3.著作者と著作隣接権者
- 4.著作者の権利とそれに隣接する権利
- 5.おわりに
- 13 知的財産権管理
- 1.はじめに
- 2.コンテンツ基本法の権利管理
- 3.著作権法と著作権等管理事業法の権利管理
- 4.産業財産権法と信託業法の権利管理
- 5.おわりに
- 14 情報セキュリティと倫理
- 1.はじめに
- 2.サイバーセキュリティ基本法
- 3.情報倫理
- 4.情報活用能力
- 5.おわりに
- 15 情報・メディアのオープン化
- 1.はじめに
- 2.オープンサイエンスとオーブンアクセスの法的な課題
- 3.オープンアクセスの対象
- 4.オープンアクセスの対象に対する法的な対応
- 5.おわりに
何が問題か
これらを眺めていると、何が問題かが浮かび上がってくる。
個人・組織を通じ「ネット上のトラブル(名誉毀損、炎上、秘密漏洩等)についての相手方の特定と法的手段、個人情報の保護、行政機関の情報開示等が問題となる。
会社にとっては、その他、著作権、商標、コンテンツをめぐる問題、電子商取引、文書のデジタル対応(当然、セキュリティが問題となる)等であろうか。
著作権、商標等をめぐる問題は、従前から知的財産権という独立した法領域であったが、デジタル化・ネット化の状況の中で大きな焦点があたっている(「情報・メディアと法」では、7~13章が割かれている。これは重要性というより著者の「専門」と考えた方が良さそうだ。)。この問題は、別に下位項目として作成しよう。
IT・AI法務
コメント
この項目の本は少し古いのですが、とにかく項目を作っておきます。おって修正します(2020/11/9)。
基本書
- ①法律家・法務担当者のためのIT技術用語辞典
- ②インターネット新時代の法律実務Q&A<第3版>
- ③IoT・AIの法律と戦略
- ④インターネットにおける誹謗中傷 法的対策マニュアル
- ⑤裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務
- ⑥Iotビジネスを成功させるための法務入門
- ⑦ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門
基本書の簡単な説明
まずこの分野全体の「言葉」を理解するために、①「法律家・法務担当者のためのIT技術用語辞典」(影島広泰編著)をお勧めする。用語だけでなく、間に挟まれた「法令・判例と実務」が参考になる。
②「インターネット新時代の法律実務Q&A<第3版>」(田島正広編著)、ⅲ「IoT・AIの法律と戦略」(西村あさひ法律事務所)は、問題を網羅的に取り上げている。
インターネットトラブル対応には④「インターネットにおける誹謗中傷 法的対策マニュアル」(中澤佑一著)が、システム開発上のトラブルには⑤「裁判例から考えるシステム開発紛争の法律実務」(桃尾・松尾・難波法律事務所)がよい。IoTは、⑥「IoTビジネスを成功させるための法務入門」(中野友貴著)を紹介しておこう。
IoTやAIが喧伝される前にIT全般について緻密に検討した当事務所の石井邦尚弁護士著の⑦「ビジネスマンと法律実務家のためのIT法入門」も紹介させていただこう。
詳細目次へのリンク
仕事とPC・IT・AI技法
以下、(弁護士の)仕事の限りで、役に立つPC・IT・AI技法を簡単に紹介する。ただし、現状の略述であって将来を見越したものではない。その前に、私の「IT前史」を振り返っておこう。
私が2004年に考えていたこと
私は、弁護士会の委員会でITを担当していた2004年に「ITが弁護士業務にもたらす影響」という論考を作成している(2004年に私が考えていた「ITが弁護士業務にもたらす影響」参照)。
その中で「デジタル化して収集した生情報(注:事実情報)、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするツールの開発が急務である。例えば、弁護士が全ての証拠を踏まえて論証する書面(弁論要旨や最終準備書面)を作成するとき、必要な証拠部分を探して引用するのには膨大な時間がかかり、しかもなお不十分だと感じることはよくあるのではないだろうか。あるいは供述の変遷を辿ったり、証拠相互の矛盾を網羅的に指摘したいこともある。このような作業(の一部)は、パソコンの得意な分野である。また少なくても、当方と相手方の主張、証拠、関連する判例、文献等をデジタル情報として集約し、これらを常時参照し、コピー&ベイストしながら、書面を作成することは有益であるし、快感さえ伴う。これらの書面作成をいつまでも手作業ですることは質的にも問題であるし、実際これまで弁護士は忸怩たる思いを抱えながらこれらの作業をこなしていたのではなかろうか。目指すは、当面は進化したワードプロセッサー、データプロセッサーのイメージであるが、データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」があることも充分にあり得る。これらの開発には、練達の弁護士の経験知をモデル化する必要があり、弁護士会がすすんで開発に取り組む必要があろう。」と指摘している。今振り返るとこれこそ、弁護士業務におけるAIの活用そのものであるが、これは、当分、実現される見通しはない。
なお、これについては、「AI時代の弁護士業務」で包括的な検討をしている。
私が2017年に考えていたこと
その後、2012年に画像認識に劇的な変化があったが私はそんなことも知らず、だんだん世間がAIについて騒ぎ出した2017年9月になって「弁護士として「AIと法」に踏み出す」を作成している。
そこでは、①「これからは、AIやIoTの中味に少しでも立ち入ってソフトやハードに触れながら、これを継続して使いこなすのが大事だと思う。傍観し批評する「初心者消費者」から、これを使いこなす「主体的消費者」へ大変身」が必要であること、②「弁護士と「AIと法」との関わりは、怒濤のように進展するであろうAIやIoTの開発、製作、販売、提供、利用等をいかなるルールの上に載せて行うかという、自ずから国際的な規模とならざるを得ない立法、法令適用、契約、情報保護、及び紛争処理等の問題である。我が国での現時点での弁護士の取り組みは、今の法令ではこうなる、こうなりそうだという程度であるが、それでは法的需要は支えきれない。AIに「主体的」に係わり、弁護士としての仕事をしていく必要がある」ことを指摘している。
これは正しいが、②の方はまったく進展していない。我が国のAIやIoTの開発レベルは、外国の技術の導入に追われ、そのような需要をさほど多くは生み出していないのかもしれない。
主体的にPC・IT・AI技法を使う
AIする前に
AIが、コンピュータやインターネットの技術的進展とデータ量の増加を背景に、従前の機械学習(プログラミング)にディープラーニングの手法を組み込んだ情報処理技術の最前線だとすれば、AIに心をとらわれる前に、今あるコンピュータ、インターネット、プログラミングに基づくIT技法を使いこなすことが、弁護士がAIにつき進むための前提である(「AIする」(あいする)はギャグです)。
重要な法律関連情報の収集
弁護士が業務でする情報処理のうち、当面、もっとも重要なのは、法律関係情報の収集分析である。これについては、何種類かの、判例、法令、法律雑誌の検索システムが提供されている。私は、「判例秘書」を使っている。
通常、判例検索システムには掲載している雑誌に含まれる以外の論文等は掲載されていないので、補足のため「法律判例文献情報」を使っている。ただ、これは単に文献の名称や所在が分かるだけで、文献がオンラインで見れるわけではない。法律のきちんとしたコンメンタールが、ネットで検索等で利用できれば便利だろうが、今のところ限られたものしかないようである。私は、パソコン版の「注釈民法」は利用しているが、民法改正を踏まえてでどうなるのだろう。
ところでアメリカのレクシスネクシスが開発中の「Legal Advance Research」のデモを見たことがあるが、州によって法律が違うこともあって、法令、裁判例、陪審例、論文、関連事実等、膨大になる事実を収集し、一気に検索、分析、可視化できるデータベースとのことである。これまでアメリカの弁護士が膨大な時間を費やしていたリサーチの作業時間が一気に減り、弁護士のタイムチャージの減少(いや、弁護士の仕事の生産性の向上、効率化)とクライアントの経費削減が実現しつつあるようである。ついでにいうと、同じくアメリカの弁護士が膨大な時間を費やしてすることで依頼者の大きな負担になっているe-ディスカバリーも、AI導入で、これもタイムチャージの大幅な減少がはかられつつあるとのことである。我が国において「リーガルテック」とか「レガテック」とかをいう人がいるが、やがて多くの工夫に支えられてその方向に行くとは思うが、現状では単なる「商売」以上とは思えない。
判例、法令、文献検索以外の技法
そこで前項の重要な法律関連情報(判例、法令、文献等)の収集以外で、今行われている弁護士業務を支えるIT技法を集めている本「法律家のためのITマニュアル【新訂版】」、「法律家のためのスマートフォン活用術」を紹介する。いずれも私が昔所属していた「日本弁護士会連合会 弁護士業務改革委員会」の編著だ。
そのほかに、税理士さんがIT技法を駆使している「ひとり税理士のIT仕事術」(著者:税理士 井ノ上 陽一)(Amazonにリンク)も役立ちそうなので紹介しておく。
それともともと裁判所がワープロ「一太郎」を使っていたことから、私もワープロというより清書ソフトとして「一太郎」を使っていた。Wordには不慣れなので、いろいろと勝手なことをされて「頭に血が上る」ことが多い。そこで「今すぐ使えるかんたんmini Wordで困ったときの解決&便利技」(Amazonにリンク)、「Wordのムカムカ!が一瞬でなくなる使い方 ~文章・資料作成のストレスを最小限に!」(著者:四禮静子)(Amazonにリンク)と「法文書作成のためのMicrosoft Word 2016 」(著者:高田靖也)(Amazonにリンク)を紹介しておく。「頭に血が上る」のは、私だけではない。
普通の仕事では、Excelも重要だろうが、弁護士業務ではそんなには使わない。
- 「法律家のためのITマニュアル【新訂版】」
- 「法律家のためのスマートフォン活用術」
- 「ひとり税理士のIT仕事術」(著者:税理士 井ノ上 陽一)
- 「今すぐ使えるかんたんmini Wordで困ったときの解決&便利技」
- 「Wordのムカムカ!が一瞬でなくなる使い方 ~文章・資料作成のストレスを最小限に!」(著者:四禮静子)
- 「法文書作成のためのMicrosoft Word 2016 」(著者:高田靖也)
ここで紹介した6冊については「仕事に役立つIT実務書」として「詳細目次」を作成することにしたい(いったん掲載したのだが、Webを改定するなかで紛失してしまった。)。
再掲-ここに欠けているもの
これらに決定的に欠けているものは上記したとおりであり、「法律が自然言語によるルール設定であることについて科学的な検討や、証拠から合理的に事実を推論する事実認定においてベイズ確率や統計等の科学的手法」が取り込まれた「人工知能」や、「進化したワードプロセッサー、データプロセッサー」」の実現の見通しもないというのが現状である。でも何が起こるかは分かりませんよね。今後、「AIと法」について、新しい情報、新しい考え方を集積していきたい。
追加
「技法」としてアプリと本を追加しておく(2020/11/10)。ⅰは、キーボードの役割からショートカットキーを理解して使いこなそうという本、ⅱはGoogleを利用する学術的な情報収集と蓄積のアプリ、ⅲは、アウトラインプロセッサー、いずれの今私がハマっている「技法」である。
- 脱マウス最速仕事術-年間120時間の時短を実現した50のテクニック :森新
- paperpile https://paperpile.com/?welcome
- dynalist
「AIと法」を考える
問題の所在
3層の問題
「AIと法」という問題を考えるとき、次の3つの層の問題が考えられる。
Ⅰ まず、IT・AIの発展が、法のあり方や法をめぐる実務にどのような変化をもたらす(ことができる)かという問題である。
Ⅱ 次に、①AIが将来、実用的なレベルに成熟して社会に浸透した場合に、どのような法律問題が生じるのか、②現在のITは「AI以前」であるとしても、実際は現在のIT・AIに生じている法律問題を解決するさえ困難なのではないか 、という問題である。
Ⅲ 最後に、法律に関連する業務で、IT・AIを使いこなすためにはどうすればいいのかという問題である。
検討
キラキラした魅力を発しているのは、もちろん、Ⅰである。対象には司法(裁判)のみならず、立法手法や行政過程も含まれるし、更には任意のルールや社会規範も含まれるであろう。私が今後考え、追い詰めていきたいのも、もちろんⅠである。これについては、「AIと法」のメインテーマとして今後「問題解決と創造に向けて」「世界:世界の複雑な問題群」の「AI問題」(作成中)において、集中的に検討し、論考を掲載していきたい
法律家はⅡ①を論じるのが好きだが、これはあくまで仮想の問題である。Ⅱ②について、現に頻発しているシステム開発やネットトラブルをめぐる紛争に、司法システムはきちんと対応できているだろうか。Ⅱについては「IT・AI法務IT・AI法務」で 、基本的な検討をする。
Ⅲは、法律家の「仕事の仕方」-生産性、効率性-の問題である。本項目は、「弁護士の仕事を知る」の下位項目であるから、対象を専ら弁護士業務に絞ってここで検討しよう。
その前提として、上記ⅠないしⅢを貫く「AIと法」の最も基本的な問題を、「AIに期待すること・しないこと」として指摘しておきたい。
AIに期待すること・しないこと
AIに期待すること
「私は、現時点で、(少なくても我が国の)法律家がする業務には大きな二つの問題があると考えている。ひとつは、法律が自然言語によるルール設定であることから、①文脈依存性が強く適用範囲(解釈)が不明確なことや、②適用範囲(解釈)に関する法的推論について、これまでほとんど科学的な検討がなされてこなかったこと。ふたつめは、証拠から合理的に事実を推論する事実認定においても、ベイズ確率や統計等の科学的手法がとられていなかったことである」と指摘し、これを変える「方向性を支えるのがIT・AIだとは思うが、まだ具体的なテクノロジーというより、IT・AIで用いられる論理、言語、数学(統計)を検討する段階にとどまっているようだ。前に行こう。」と書いた(「プロフェッショナルの未来」を読む)。
「そしてこれが実現できれば、「法律の「本来的性質」が命令であろうと合意であろうと、また「国家」(立法、行政、司法)がどのような振舞いをしようと、上記の観点からクリアな分析をして適切に対応できれば、依頼者に役立つ「専門知識」の提供ができると思う。」」とも考えているのである。
イギリスでの議論
「プロフェッショナルの未来」の著者:リチャード・サスカインドには、「Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future 」(by Richard Susskind)があり、これは、上述書の対象を法曹に絞り、さらに詳細に論じているようだ。
これに関連するKindle本を検索していて「Artificial Intelligence and Legal Analytics: New Tools for Law Practice in the Digital Age」(by Kevin D. Ashley)を見つけた。でたばかりの新しい本である。そしてその中に(1.5)、内容の紹介として次のような記述があった。なお二人ともイギリスの人である。
Readers will find answers to those questions(How can text analytic tools and techniques extract the semantic information necessary for AR and how can that information be applied to achieve cognitive computing?) in the three parts of this book.
Part Ⅰ introduces more CMLRs developed in the AI&Law field. lt illustrates research programs that model various legal processes:reasoning with legal statutes and with legal cases,predicting outcomes of legal disputes,integrating reasoning with legal rules cases,and underlying values,and making legal arguments.These CMLRs did not deal directly with legal texts,but text analytics could change that in the near future.
Part Ⅱ examines recently developed techniques for extracting conceptual information automatically from legal texts. It explains selected tools for processing some aspects of the semantics or meanings of legal texts,induding: representing legal concepts in ontologies and type systems,helping legal information retrieval systems take meanings into account,applying ML to legal texts,and extracting semantic information automatically from statutes and legal decisions.
Part Ⅲ explores how the new text processing tools can connect the CMLRs,and their techniques for representing legal knowledge,directly to legal texts and create a new generation of legal applications. lt presents means for achieving more robust conceptual legal information retrieval that takes into account argument-related information extracted from legal texts. These techniques whihe enable some of the CMLRs Part Ⅰ to deal directly with legal digital document technologies and to reason directly from legal texts in order to assist humans in predicting and justifying legal outcomes.
Taken together, the three parts of this book are effectively a handbook on the science of integrating the AI&Law domain’s top-down focus on representing and using semantic legal knowledge and the bottom-up,data-driven and often domainagnostic evolution of computer technology and IT.
このように紹介されたこの本の内容と、私が「AIに期待すること」がどこまで重なっているのか、しばらく、この本を読み込んでみようと思う。
AIに期待しないこと
実をいうと、「IT・AIの発展が、法のあり方や法をめぐる実務にどのような変化をもたらすか?」という質問に答えれば、今後、我が国の法律実務の現状を踏まえ、これに対応するために画期的なAI技法が開発される可能性はほとんどないだろう。我が国の法律ビジネスの市場は狭いし、そもそも世界の中で日本語の市場自体狭い。開発のインセンティブもないし、開発主体も存在しない。ただ、英語圏で画期的な自然言語処理、事実推論についての技法が開発され、それが移植できるこのであれば、それはまさに私が上記したような、法律分野におけるクリアな分析と対応に応用できるのではないかと夢想している。
したがって当面我が国の弁護士がなすべきことは、AIに期待し、怯えることではない。今の時代は誰でも、自分の生活や仕事に、PC(スマホを含む)・IT・AIの技法を活かしている。弁護士も、仕事に役立つPC・IT・AI技法を習得して、業務の生産性と効率性の向上に力を注ぐことが大切ではないだろうか。それをしないと、弁護士の仕事をAIに奪われるのではなく、他の国際レベルで不採算の業種もろとも、自壊していくのではないかと、私には危惧されるのである。
AI時代の弁護士業務
この項目については、「AI時代の弁護士業務」でより包括的な検討をしている。