気になっていたこと

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「哲学入門」と「The Roots of Reason」

気になっていたこと

誰でも,どうでもいいことが気になり,忘れられないことがある(大事なことで忘れることは無数にあるが)。

私の場合,そのひとつに,戸田山さんが「哲学入門」で,David Papineauが挙げる認知デザインは6段階あるとしながら,4,5段階(6段階目は人間)については重要でないとして,まったく触れておらず,それが何か気になって仕方なかった(ググっても見つけられなかった)。それで2018年9月にそれが書いてあるはずの「The Roots of Reason: Philosophical Essays on Rationality, Evolution, And Probability」(Amazonにリンク)を買おうと思ったが,一口では言えない手際の悪さで,間違って,高額なKindle本の「Thinking about Consciousness」を買ってしまった(「「哲学入門」を読む 2」)。

それでめすっかりげていたのだが,半年余りが経過し,なにがあったのか,上記の経緯もすっかり忘れてしまったので,改めて古本で「The Roots of Reason」を買ったのである。

認知デザインの6段階は何か,その他

戸田山さんは第1段階からはじめるが,David Papineauは,Lebel 0からだ(第3章の「The Evolution of Means-End Reasoning」にある)。人間に至る5段階は,以下のとおりである。

  • Lebel 0 Monotoma-Do R
  • Lebel 1 Opportunists-If C,do R
  • Lebel 2 Needers-If C and D,do R
  • Lebel 3 Choosers-If Ci and Di,do Ri, when Di is the dominant need
  • Lebel 4 Learners-after experience shows that Ci,Di and R lead to reward,then(as before):If Ci and Di,do Ri, when Di is the dominant need

分かったからなんということはないが,とりあえず一安心。せっかくだから,「The Roots of Reason」(論文集だが)を読もうと思ったが,どうも最近(年をとってきたからという意味だが),古本のほこり(ダニ)に弱く,かゆくなってきてたまらない。まずは,アルコール噴射,そして虫干しだ。

ところで「哲学入門」を読む 2」には,目的手段推論は英語で何というか気になるので確かめたいとも書いているが,そのことはすっかり忘れていた。これは多分,章題の「Means-End Reasoning」だろう。ついでに,この記事の末尾に「「啓蒙思想2.0」を手にしたところ,「直感」と「理性」の正確な分析とその使い途を踏まえ,「政治・経済・生活を正気に戻すために」どうすればいいのかについて詳細な検討がされていることに気がつき,興味津々,今の「情況」を切り拓く手掛かりになりそうだ,次はこれを紹介しよう」とあるが,これも忘れていた(というより,これは試みていたが,そのままになってしまった。細目次がない本は本当にやりにくい)。

自立

分業と自立,若者の自立

ところで年をとってきて古本のほこり(ダニ)に弱くなった関連で話は飛ぶが,最近よく「自立」ということを考える。

もともとは,「この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた」(著者:ルイス ダートネル )(Amazonにリンク)や,そこでも引かれている「ゼロからトースターを作ってみた結果 」著者:トーマス トウェイツ)(Amazonにリンク)(この本は「現代経済学 ゲーム理論・行動経済学・制度論」(著者:瀧澤弘和)(Amazonにリンク)で「われわれの文明がいかに分業と交換の複雑なシステムで構成されているのかがわかる。しかも、この複雑な依存関係は、比較的簡単な人工物自作できないほどのものなのだ」として紹介されている)で,われわれはある日,文明(分業と交換)がなくなると,何ができるのだろう,われわれは,他者(文明・分業)に依存せず世界から何を引き出せるのだろうという文脈で考えていたことである。

さらに古くは,「自立」は,「自立の思想的拠点」(著者:吉本隆明)で,私の気に入っていた観念であったが,久しく忘れていた。これも忘れていたが,高橋和巳にも「自立の思想」という本もあった。政治的文脈はともかく,昔の若者(であった私)にとって「自立」は,いかにも魅力的な観念であった。

中高年の自立

でも今「自立」は,中高年こそ考えるべきことであろう。

高齢者にとって,その生活と行動の「自立」は切実な問題である。私が今準備している「高齢者の法律問題」の項目に,私にとっても切実な,生活と行動の「自立」を加えて考えていこう。

更に中年(壮年)にとっては,自分は社会の「分業と交換」においてある重要な役割を担っていると自負していても,ある日そこから引きはがされたときに,形は変わっても同レベルのことができるのかという問いかけこそ,「自立」の問題であろう。特に「PC・IT・AI」の時代に,何によって「自立」できるのか,若者は,とりあえず「起業」というスタイルを用意している(「THE END OF JOBS 僕たちの20年戦略 」(著者:テイラー・ピアソン)(Amazonにリンク)。

ビジネスでよく見かける中年(壮年)のフレーズは,「培った人脈を生かす」であるが,問題はその人脈を生かして何ができるかということであろう。人脈そのものは,依存でしかない。

「自立」とは何か

少し話を急ぎすぎた。「自立」は,人の生活と行動(あるいは組織)全体を貫く問題であるが,「自立」という観念はどう捉えたらいいのだろうか。。

とりあえず私の「自立」とは何かについての仮説(概念整理)は,「世界と距離を保ち飲み込まれずに見る(理解する)ことができるということ」である。私はこのWebで「問題解決と創造」を」サブテーマにしているが,問題解決は,世界から降りかかってくることに対応することであり,(価値)創造は,世界に参加することであると位置づけられるだろう。そうすると私と世界の関係について,対応する,参加するほかに(前提としてというべきか),距離を保ち飲み込まれずに見る(理解する)ことがあるということである。問題解決,創造,自立という観念を回しながら,世界と関わるのは楽しそうである

これからはこのWebの「問題解決と創造」に「自立」という観点も含めて考えていこうと思う。そしてこれは多分,人間は,目的手段推論付きオシツオサレツ動物ということと重なっている。

 

 
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