世界史の中の経済史

歴史と経済

経済史」(著者:小野塚知二)は,必ずしも経済活動だけに焦点が当てられているわけではないが,文明,文化,思想,宗教等についての扱いが二次的になるのはやむを得ない。

ところで,つい最近まで,私たちの関心や知的エネルギーの多くは,文化とか思想や政治とかに割かれていたと思うのだが,今はそのほとんどが経済に割かれている。何か,情けない思いもするが,ただ経済といっても,誰もがお金儲けのことだけを考えているということではなく,文明,文化,政治,思想等を,人間の存続基盤である経済活動を通して整理して考えているというのが,実情に近いのかもしれない。

経済史はもちろん世界史の一部であるのだが,多様に変化する世界史の枠組みから経済史を見ると,問題が立体的にみえてくる。

経済と世界史

教養としての「世界史」の読み方」(著者:本村 凌二)は,ローマ史を専門とする本村さんが,世界史を,横断的に眺めた「歴史総論」とでもいうべきもので,とても面白い。特に「文明はなぜ大河の畔から発祥したのか」,「ローマはなぜ興隆し,そして滅びたのか」,「なぜ人は大移動するのか」,「宗教を抜きに歴史は語れない」を,特にお勧めしたい。

さわりを紹介すると,「文明はなぜ大河の畔から発祥したのか」の大きな要素は,大規模な乾燥化だそうだ。「アフリカや中東の乾燥化が進んでいったことで,そこに住んでいた人々が水を求め,大きな川や水の 畔 に集まっていきました。それがアフリカの場合はナイル川の畔であり,中東の場合はティグリス・ユーフラテス川の畔であり,インドの場合はインダス川の畔であり,中国では黄河や揚子江といった大きな川の畔だったのです。」「少ない水資源をどのようにして活用するかと,ということに知恵を絞る」(文字の使用等)ことが文明につながる。「日本は水に恵まれていたがゆえに,なかなか「文明」に至りませんでした」ということになる。

さらに著者は,「文明発展」の大きな要素の一つに馬の使用があるという。武力,馬力,情報の迅速な移動のいずれにおいても,馬は大きな意味を有している。馬がいなければ,人間はいまだ「古代世界」にとどまっていたかもしれないという。著者の競馬好きを差し引いても,なるほどと思わせる。

あと面白いのは,ローマ人と日本人の類似性の指摘だ(もちろんこういう指摘は,任意の2民族でいかようにも可能ともいえるが,しばし著者の言を聞こう。)。

「文明は,一度発達し始めると,なかなか一定段階にとどまっていられない性質があります。今あるものを工夫して,どんどん新しいものが生み出されていくわけですが,そのときより創意工夫をして,いいものを作り出した者が最終的に勝利することになります。このソフィスティケートしていくことが得意なのが,実はローマ人と日本人です」,「ここでとても大切なことは,ソフィスティケートする能力の真髄は,「ごまかさない」能力,つまり,正直さとか誠実さに根ざした能力だということです…日本がこの「ごまかさない」という一番大切なことを忘れた」結果,今の日本があるというロジックだ。このあたりになると「文明批評」だが,数ある「文明批評」のなかでは,本質をついているような気がする。これがイノベーションを支える基本的な資質だとすれば,我が国もまだ間に合う。

その他,この本は「アイデアをカタチに」する「創意工夫」が満載なので,そういう意味でも,お薦めしたい。

経済と日本史

日本史における市場を中心とする「経済史」を丹念にたどっているのが,「マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史」(著者:横山 和輝)である。そのような日本史を世界史の中で捉えようとするのが,「世界史とつなげて学べ 超日本史 日本人を覚醒させる教科書が教えない歴史」(著者:茂木 誠)である。いささかスケールが小さくなるが,今の私たちを理解するためには,いずれも必要な視点である。ただまだ十分に消化できていないので,とにかく書名と詳細目次をあげておきたい。

3冊の詳細目次を掲載しておく。

 

「教養としての「世界史」の読み方」(著者:本村 凌二)

目次

はじめに

序章 「歴史に学ぶ」とは何か? ─愚者は経験に学び,賢者は歴史に学ぶ

グローバルスタンダードの「教養」とは何か/なぜ人は「歴史に学ぶ」ことができないのか/トルストイの痛烈な歴史家批判/「教養」を身につけるための七つの視点/なぜ,今「世界史」がブームなのか

第1章 文明はなぜ大河の畔から発祥したのか ─文明の発達から都市国家と民主政の誕生まで

「文明は都市」「文化は農業」と密接に結びつく/「四大文明」が通用するのは日本人だけ/文明発祥に必須な条件とは?/恵まれた環境に文明は生じない/ローマ人と日本人が持つ特異で稀な能力とは?/ソフィスティケートの真髄は「誠実さ」にある/都市国家はどのように誕生したのか/古代ギリシアの民主政は,戦争を機に生まれた

第2章 ローマとの比較で見えてくる世界─ローマはなぜ興隆し,そして滅びたのか

オバマ大統領と皇帝セプティミウス・セウェルスの共通点/ハード・パワーの衰退とソフト・パワーの繁栄/ローマは,なぜ帝国になりえたのか─ギリシアとローマの違い/ローマ史を考察する価値/世界を席巻した大英帝国もローマに学んだ/自らを演出したローマ皇帝,神秘性を重んじるアジアの皇帝/文明度はローマを基準に考える─古代ローマと江戸の上下水道/「名誉心」が国家を支えた-「武士道」と「父祖の遺風」/ローマ帝国はどうして偉大になったのか-「ローマの寛容について」/「寛容」で成長したローマは「傲慢」で滅ぶ/「知識」のギリシア,「お金儲け」のカルタゴ,「勝利」のローマ

第3章 世界では同じことが「同時」に起こる─漢帝国とローマ帝国,孔子と釈迦

「ザマの戦い」と「垓下の戦い」は,同じ前二〇二年に起きた/ローマ帝国と漢帝国を襲った「三世紀の危機」/なぜ教養として「歴史の同時代性」を考えるのか/「アルファベット,一神教,貨幣」が同時代に誕生した/ソクラテス,ゾロアスター,ウパニシャッド,釈迦,孔子の枢軸時代,マルコ・ポーロを超える,東西発見の功績を成し遂げた人物とは?/「産業革命」はなぜイギリスで起き,アジアで起きなかったのか

第4章 なぜ人は大移動するのか─ゲルマン民族,モンゴル帝国,大航海時代から難民問題まで

人類史は民族移動とともにある/民族移動にはパターンがある/古代の地中海世界は「近代的」だった/大航海時代による大規模移民/奴隷制度は人為的な民族移動となった/ユグノーの弾圧がオランダの興隆に繋がった-宗教弾圧による民族移動/「ゲルマン民族の大移動」はヨーロッパ世界を一変させた/日本人の常識からではわからない騎馬遊牧民の行動/今,欧米人は異民族が多数派になる恐怖を感じている/民族移動がもたらす価値観の対立が国家を揺るがす/ウクライナ問題はなぜ解決できないのか

第5章 宗教を抜きに歴史は語れない─ 一神教はなぜ生まれたのか

日本人にはわかりづらい宗教の力/かつて人は神々の声に従って行動していた/占いは「神々の声」の代用品/二分心は科学的にあり得るのか/初めての近代人オデュッセウス/人はなぜ唯一神を必要としたのか/古代世界の分岐点/一神教の誕生─古代エジプトのアテン神信仰/ユダヤ教はなぜ普及しなかったのか/宗教対立は一神教の宿命/イスラム教対キリスト教という構図の嘘/ローマは欧米人の自負心の源である/戦争は今のままの宗教ではなくならない

第6章 共和政から日本と西洋の違いがわかる-なぜローマは「共和政」を目指したのか

プラトンは独裁政,アリストテレスは貴族政を推奨した/ギリシアで民主政が評価されなかった理由/ギリシアは内紛が多かったので大国になれなかった/古代ローマの共和政は「王者の集まりの如く」だった/ローマ人はなぜ「権威」を大切にしたのか/なぜアテネ・スパルタではなく,ローマのみが強国になれたのか/ローマとヴェネツィアから見る共和政のメリットとデメリット/日本に共和政が根づかない理由/社会主義国が「共和国」を名乗る理由

第7章 すべての歴史は現代史である-「今」を知るために歴史を学ぶ

人に読まれない「歴史」は何の意味もない/歴史に学ぶと未来が見えてくる/中国が推し進める中華民族という虚像/なぜ中国では民主主義が根づかないのか/世界初!国内植民地政策/中世はなぜ暗黒時代と言われたのか/世界史における二つの暗黒時代/すでに第三次世界大戦は始まっている/イギリスのEU離脱の背景にあるのはドイツへの不信感/なぜEUはギリシアを見限れないのか/民族の繋がりを無視した国境が招いた悲劇/平和と繁栄が続くとなぜ人は退廃するのか

おわりに

世界史とつなげて学べ 超日本史 日本人を覚醒させる教科書が教えない歴史 著者:茂木誠

もくじ

はじめに

【第1章】そもそも日本人はどこから来たのか?

大陸から日本列島への民族移動は存在したか/大正~昭和時代に過熱した「日本人起源論争」/「Y染色体」と「ミトコンドリアDNA」/DNAが解き明かした日本人の起源とは/縄文人と平和的に共存していた弥生人

【第2章】神話と遺跡が語る日本国家の成り立ち

「縄文の王権」は存在しなかったのか/「国譲り神話」が語る弥生への平和的移行/卑弥呼と同じ時代を生きた天皇は?/「神武東征」神話の謎を解き明かす/「三種の神器」の八咫鏡が見つかった!/放浪の皇子と草薙剣をめぐる伝説

【第3章】巨大古墳の時代と「東アジア版民族大移動」

東の漢帝国,西のローマ帝国の崩壊/中華帝国崩壊後の朝鮮半島情勢/歴史教科書から消された「三韓征伐」とは/国際的なモニュメントだった巨大古墳群

【第4章】白村江の敗戦から「日本国」の独立へ

継体天皇の即位と朝鮮半島情勢との関連/新羅と北陸地方はつながっていた!/なぜ『日本書紀』は蘇我馬子を逆賊にするのか/「瀬戸際外交」を担った馬子・太子政権/蘇我氏を倒し,百済に援軍を送った中大兄皇子/壬申の乱は,唐と新羅の代理戦争だった

【第5章】大唐帝国から見た「東方の大国」日本

日本の国号問題は,なぜうやむやになったのか/二百年間,日本に朝貢を続けた渤海の狙い/唐の宮廷で,新羅と席次を争った日本/幻に終わった奈良時代の「新羅遠征計画」

【第6章】動乱の中国から離れて国風文化が開花した

平安時代の地方は「無政府状態」だった/「毒をもって毒を制す」に失敗した唐帝国/唐帝国崩壊後,再び動乱に陥った東アジア/遣唐使の廃止,そして国風文化の確立へ

【第7章】日本史を東アジア史から分かつ「武士の登場」

「武士」とは武装した開拓農民である/なぜ名門出身の平将門は関東にいたのか/「ミイラとりがミイラ」になった藤原純友/博多に襲来した「刀伊」の正体とは/海賊衆に支えられて力をつけた伊勢平氏

【第8章】シーパワー平氏政権 vs ランドパワー鎌倉幕府

「国家社会主義」から「市場経済体制」へ/グローバリスト清盛と南宋の平和外交/「次は日本を攻める。一〇万の兵を編制せよ」/わずか一日の戦闘で終わった文永の役/旧南宋軍を棄民にした日本遠征の結末

【第9章】国際商業資本が支えた室町グローバリスト政権

鎌倉幕府は経済失政によって滅んだ/沈没船が教えてくれる日元貿易の実態/明の洪武帝はなぜ「海禁令」を出したのか/最強のグローバリスト・足利義満の勝利/無国籍の海上勢力「倭寇」の台頭

【第10章】ポルトガル産の硝石を求めた戦国大名たち

マルコ・ポーロ「ジパング」の情報源とは/石見銀山を押さえた大内氏の盛衰/驚くべき速さで伝わった鉄砲技術/火薬の原料=硝石輸入の窓口となった堺/ポルトガルの「勢力圏」とされていた日本/日本人奴隷貿易に加担したキリシタン大名たち

【第11章】豊臣秀吉の伴天連追放令と朝鮮出兵

九州が「フィリピン化」した可能性

日本への軍事侵攻を働きかけたのは誰か/「日本征服は不可能」と結論づけたスペイン/サン・フェリペ号事件と二六聖人の殉教/秀吉以前にも明国征服計画は存在した/朝鮮出兵中,マニラにも服属を求めた秀吉

【第12章】「鎖国」を成立させた幕府の圧倒的な軍事力

徳川幕府の誕生とオランダの台頭/大砲の進化が世界の歴史を変えた/日本史上初の大砲撃戦だった大坂の陣/海賊停止令と朱印船貿易の真実/日本人傭兵が東南アジア史を動かす/なぜ島原の乱にポルトガルは不介入だったか/「鎖国」という重武装中立のシステム

【終章】徳川の平和,そして明治維新を可能にしたもの

江戸の花火─大砲技術の平和利用/ロンドンの花火─戦争の継続と技術革新/なぜ日本は独立した文明を維持できたのか

おわり

マーケット進化論 経済が解き明かす日本の歴史  著者:横山 和輝

目次

序章 マーケットの進化を捉える意義

1 本書の内容と目的

本書の内容/市場は便利だが不完全/マーケットの進化:7つの局面/マーケットの進化を捉える現代的意義・歴史を捉える経済学的意義

2 市場経済の源流

マーケットの語源/モノを手放すということ/市場経済に先行する2つの形態:慣習と指令

3 市場経済に必要な条件 マクミランの指摘/ 計算能力

第1章 神仏とマーケット

1 律令制の二側面:指令経済と市場取引 藻塩を焼く,あまおとめ/律令政府の資源配分:調庸の徴収,そして交易/律令制下の商業セクター:寺社,国司,および村落民 2 荘園制:市場経済の発達 律令制から荘園制へ/荘園制と分業化/マッチングの工夫:商人,定期市,および貨幣 3 座 塩の荘園/塩座/大山崎神人 4 トラブルの解決 鎌倉・室町幕府の司法/神仏とマーケット

第2章 安心とマーケット

1 荘園制の形骸化 荘園領主への打撃/室町幕府の権威失墜 2 戦国大名の登場 戦国大名/戦国時代の資源配分/戦国大名の課題と壁 3 市場法 市場法/楽市楽座/城下町 4 撰銭令 多様な通貨/戦国大名の模索/安心とマーケット

第3章 徳川とマーケット

1 徳川の支配 徳川の大名支配/大名の支配と商業 2 両替商 三貨体制/両替商/決済手段の提供,資金の提供 3 株仲間 問屋組織/同業者組合単位の統制/株仲間

第4章 権利とマーケット

1 法,権利そして金融 出入筋と内済/相対済令/米切手の取引 2 流通における利害対立と調整の失敗 大坂廻着の構造変化/在郷商人/株仲間の解散と再結成

第5章 産地とマーケット

1 開国 開国/物価騰貴/ビジネスチャンスとしての横浜開港 2 明治維新

外交官の見た横浜貿易/維新政府による制度整備/博覧会/株式会社制度 3 産地のコーディネーション 産業の分化/ブランディング

第6章 震災とマーケット

1 金融市場の発達 民間金融資産の推移/株式市場の時代 2 関東大震災 震災/復興/金融不安 3 電力化 震災への電力会社の対応/電力化と産業化

第7章 昭和とマーケット

1 金解禁 金本位制/金解禁論争/昭和恐慌 2 昭和とマーケット 高橋財政下の景気回復/官僚主導体制の確立,そして企業システムの変化

第8章 面積と土地制度

1 律令政府の条里プラン かけ算九九/条里プラ 2 徳川政権の検地

検地と石高制/検地における面積測定

第9章 交通のイノベーション

1 遠く離れた場所へ 自宅から研究室まで/色 2 道 律令制と道/駅/ハタコセン 3 線路 馬車/鉄道/鉄道と町

第10章 金利計算と金融教育

1 金利計算 複利にピンとこない小学生/歴史のなかの複利/金融リテラシー教育 2 昭和金融恐慌 台湾銀行と東京渡辺銀行/3月の騒動/4月の騒動/銀行の集中,郵貯の進展

第11章 小学校教育と経済発展

1 教育 様々な授業/小学校教育の歴史的前提/小学校の登場 2 小学校教育のニーズと成果 小学校教育のニーズ/壮丁教育調査/恐るべき子どもたち

あとがき