「ルールを守る心」を読む

ルールを守る心~ 逸脱と迷惑の社会心理学 ~(Amazonにリンク

著者:北折充隆

出版社等による内容の紹介の要約

私たちは,生まれてから死ぬまで,ずっとルールに従って生きています。しかしながら,ルールを守る,破るとはどういうことなのか,社会規範から逸脱するとはどういうことなのか,迷惑行為を抑止するためにはどうしたらよいのか……といったことについては突き詰めるとよく分かっていないのが実情ではないでしょうか。本書では,そのような問題について社会心理学の立場から長年研究を重ねてきた著者が,概念の混乱を整理しながら,これまでに行われてきた研究を分かりやすく紹介します。さらに,それらの知見を踏まえて,「考える」ことの大切さも強調しています。

私のコメント

社会心理学の立場から,「ルール」について概念の混乱を整理しながら検討するということで期待して読んだのだが,私の期待とは違う本であった。

「私たちは,生まれてから死ぬまで,ずっとルールに従って生きています」という記述は,人の行動が,特に言語の獲得以降,すぐには気が付かないものも含め多くの「ルール」に従っており,そこが人工知能のアポリアになっているという意味で,きわめて重要な指摘であるが,著者はそういう見方はしないようだ。

その上で,ルール,規則,法,社会規範,道徳,マナー等を適切に概念整理し,それぞれの機能と異同,及びそれらに従う人の行動の特質,遵守させる方法等を,実験に基づいて記述することができれば,ルールについて,心理学,哲学・倫理学,法学の架橋ができる素晴らしい本になったでだろう。

実は私が高く評価する「啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために」の著者であるジョセフ・ヒース には,「ルールに従う―社会科学の規範理論序説」という浩瀚な著書があり,「社会科学においてもっとも基礎的な問題である規範問題について、哲学、社会心理学的実験、進化理論、社会学や経済学の知見を用いて基礎理論を構築する。社会科学を統合するまったく新しい試み」と紹介されるのだが,訳者による「概要」の記述さえ膨大で頭に入りにくく,読み始めるのを躊躇している。その「先払い」にでもなればと思ったのだが,そうはいかなかった。

副題の「 逸脱と迷惑の」という意味もよくわからないし,社会的迷惑行為に「こころ」を対置するのでは,単なる道徳おじさんになってしまう。社会心理学は,哲学・倫理学,法学にはない,科学的手法でルールの解明に挑めるのだから,ぜひそちらを伸ばしてもらいたい。

なお,命令的規範と記述的規範,6つの道徳発達段階,視点が変われば正しいも変わる,返報性(互恵性),社会的公正の4分類,BIS(行動抑制システム)とBAS(行動接近システム)等々,個々の記述には参考になる記述も多い。

再読する機会があれば,このあたりを補足したい。

詳細目次

1 社会的迷惑とは何か
  社会的迷惑とは  言い訳の類型  社会考慮について  バカッター騒動
  迷惑とは考えないこと

2 逸脱行為とは何か
  社会規範とは  社会規範の所在について  すべての規範は集団規範
  当為について  社会心理学の切り口から見た二つの社会規範  社会規範の周辺概念  道徳性と社会規範  同調行動と社会規範  本章のまとめ

3 正しいを考える
  正しいを疑ってみる  時が経てば正しいも変わる  視点が変われば正しいも変わる  返報性について(時代や国境を越えたルール) 社会的公正と迷惑行為  正しいの概念整理

4 迷惑行為・ルール違反の抑止策
  抑止策の理論的背景  危ないからルールが必要なのか、ルールで決められたから危ないことなのか?  自制のメカニズム  BISに基づく迷惑行為の抑止
  恥の喚起とルール違反の抑止  BASに基づく迷惑行為の抑止
  相手が見えるとルールを守る?  親切に応えてルールを守る?
  教育側面からのアプローチについて  共感性の涵養に基づくルール違反・社会的迷惑の抑止  囚人のジレンマゲームに基づくルール違反・社会的迷惑の抑止
  考えることの大切さ  厳罰化の懸念

5 ルール研究の今後
  調査手法の課題と可能性  調査の信頼性と妥当性  社会的望ましさのハードル  倫理的な問題  フィールドに飛びだそう  バーチャル・リアリティの可能性  社会に関心を持ちましょう

6 ルールを突き詰める
  行き着くところは“考える”こと  “正しくない”を再考する  “自由は正しい”を疑う  ルールも迷惑も繰り返す  どう立ち回るべきか  まとめ

おわりに
引用文献