「AI時代の弁護士業務(試論)」について話をしました

2019-10-23

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ITが弁護士業務にもたらす影響

 弁護士が裁判所や検察庁に期待する、提出書面の電子情報による授受、テレビ会議システムを利用した弁論、尋問、接見等は、中期的には実現するのではないか。

 問題は、弁護士業務のIT化である。           

 ITを利用すれば、法関連情報の収集について弁護士に優位性はなくなる。単なる物知り弁護士は淘汰される。

 弁護士の専門性は、当事者から的確に情報を引き出したり広く法関連情報以外の情報を収集すること、あるいは収集したすべての情報を頭に入れ、筋道立てて思考、判断し、その結論を表現するという判断スキルにあるが、その判断スキルについても早晩かなりの部分でIT化されると思われる。判断スキルに長けていると自負していてもIT化について行けなければやはり淘汰される可能性がある。

1 現状

 政府は、2001年1月の「e-Japan戦略」において、官民の総力を挙げて我が国のIT革命を推進し「5年以内に世界最先端のIT国家」になるとの目標を掲げ、各種計画を策定してこれを実行してきた。そして2003年8月8日に「e-Japan重点計画一2003」を発表し、「2005年に世界最先端のIT国家となるという大目標を実現するとともに、2006年以降も世界最先端でありつづけることを目指す」とした。

 我が国のIT化の現状が「世界最先端」であるか否かの評価は分かれるとしても、政府の旗振りによって、行政、民間企業、医療機関、教育機関等々のあらゆる分野において多大な労力を払ってIT化への取り組みがなされ、「一昔前」には予想もできなかった状況となっていることは間違いない。

 しかし「e-Japan重点計画一2003」には、弁護士(法律事務所)に言及した部分はない。司法についても、わずかに「国民が必要な時に政治、行政、司法部門の情報を人手し、発言ができるようにすることで、広く国民が参画できる社会を形成する」として言及しているだけである。ただ裁判所は行政手続の「電子申請システム」を推進するという中に訴状の提出が含まれるとして、国民がインターネットを利用して訴訟の提起を行うことができるようにしようとしているが、広く裁判所において行われる手続全般を対象としてIT化を検討しているわけではない。裁判所も検察庁もIT化として念頭に置いているのは、内部事務の合理化を除けば上記のとおり国民に対する「情報提供」に止まるから、少なくても短期的には、裁判所や検察庁が主導してIT化による弁護士業務の劇的変化を迫ることはなさそうである。

 このような中で、弁護士(法律事務所)が、IT化への取り組みが最も遅れた「業界」のひとつであることは疑いなく、弁護士が行う業務の大半は、依然として「原始産業」の段階にとどまっていると考えられる。

 現在、弁護士会が取り組んでいるIT研修やHPを利用した情報提供は、一定の成果を上げているといえるが、弁護士業務そのもののIT化に直接結びつくものではない。もちろん、ITが弁護士業務の改革や法律事務所の運営の改善にさしたる意味を持たないのであれば、世の中の動きに同調することもないが、中長期的にはITが弁護士業務にもたらす影響は少なくないといわざるを得ない。

2 弁護士がITに求めるもの

 弁護士は、弁護士業務のIT化ということで何をイメージし、何を求めているのか。

 よくいわれるのが、①裁判所は、全ての判例を電子データベースとして公開すべきだ、ということである。②裁判所や検察庁における書面の授受を、Eメールを利用し電子情報で行いたいという要望も強い。③裁判所や検察庁の尋問調書、供述調書等を電子情報で交付すべきだという声もある。さらに、④証人尋問を含む法廷でのやりとりや被疑者、被告人との接見を、インターネットを利用したテレビ会議システムを利用して行うようにすることが大切である、と考える弁護士もいる。

 裁判所はこのうち①の判例の公開には、最近極めて積極的である。最高裁から下級審まで、法律的ないし社会的に意味があると思われる判例をHPで迅速に公開している。「全ての判例」が公開されても、整理して分類、解説されない限り、その全文を対象とするデータベースから有益な情報を引き出し、弁護士業務に使用可能な情報として蓄積するのは至難の業である。従って、「全ての判例」が公開される必要性については議論が分かれるだろう。

 既に46万件を超える判例等が収録されインターネットで検索できるLEX/DB、あるいはそれより収録判例数は少ないが解説もあり、法律雑誌(判例タイムズ、ジュリスト、判例百選、金融商事判例、金融法務事情、労働判例、最高裁判例解説)の判例、記事検索もできる「判例秘書」等の市販の判例データベースがあり、それに加えて裁判所が提供する最新の判例をフォローすれば、基本的には弁護士業務に必要な判例として充分であろう。

 ②③については、韓国で既に実現されているし、アメリカや他のIT化に積極的な国でも部分的に実現されている。これらには、電子認証の問題や、プライバシー保護の問題もあって、我が国における短期的な実現は無理かも知れないが、中期的(3年ないし10年程度)には、充分に実現されると思われる。これらの実現のために、弁護士会が裁判所や検察庁に対して強力に働きかけていく必要があろうが、逆に、「e-Japan」、「構造改革」、「司法改革」等の流れの中で、裁判所や検察庁が積極的となり、弁護士側かあたふたと対応に追われるという事態になることも充分にあり得ることである。

 ④については、裁判所はこの種の試みにある部分で熱心であり、いままでもテレビ会議装置や電話会議システムを導入してきており、これらの実現の有無はもっぱら今後のハード技術の進展の度合いや諸外国における進展状況、やる気の有無、さらに設備設置のための予算が獲得できるかどうか等の事情によるであろう。しかし実現に本質的な困難さはないものと思われる。ただし被疑者、被告人との接見について、仮にこれらの実現を阻むものがあるとしたら、それは警察庁や検察庁の「思想」であろう。

 いずれにせよ、「弁護士がITに求めるもの」は、弁護士の目の前にあるといえる。

 弁護士が弁護士業務のIT化としてイメージし、他に求めるものは、早晩実現するであろう。これらの実現によって弁護士はこれらの限定された領域についてある種の利便性を獲得し、弁護士業務遂行上の負担が少なからず軽減されよう。このようなIT化さえフォローできない弁護士は、今後、業務の遂行が著しく困難になることは確実である。

3 弁護士に求められるもの PartⅠ

 しかし、ITが弁護士業務にもたらす真の影響はそのようなところにあるのではないと思われる。

 弁護士に求められるものは、端的にいえば、弁護士としての「知の変容」である。

 弁護士業務の中核は大きな意味での情報処理であるから、その過程は、情報の収集(インプット)一情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)から構成されている。そしてこの過程は、外部からの命令ではなく弁護士自身の意思、決断に基づいて実行されており、又、この過程は一回性のものではなく、循環的に実行されている。

 ここでは、「情報の収集(インプット)」を、I.生の情報(事情聴取、尋問、契約書やその他の文書、その他生のデータから得られる情報)の収集に関わるスキル(以下「生情報スキル」と呼ぶ。)、Ⅱ.法関連情報(法令、判例、文献、その他)の収集に関わるスキル(以下「法情報スキル」という。)に分け、「情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)」をひとまとめにして、Ⅲ.収集した情報に基づく判断、表現(以下「判断スキル」という。)と分類してみよう。

 このように分類したとき、今後弁護士に求められる「知」は何であろうか。

 IT化の進展に伴って、法令や判例、法律雑誌やその他関係文献を検索して必要な法関連情報を収集することは、迅速、容易かつ網羅的にできるようになるから、法情報スキルは、これからの弁護士にとって必要条件ではあるが、十分条件ではない。

 もちろん、法情報スキルは「専門家」である弁護士にとって極めて重要なスキルである。今後このスキルに習熟した弁護士とそうでない弁護士の差は開く一方であろうが、しかし法情報スキルは、気の利いた(そして時間もある)ロースクールの学生の方がより巧みにできるあろうし、訓練を経て習熟すれば弁護士でなくても誰にでもできる。

 かつて多くの専門家といわれる人の知的作業の内実が、実は「文献読みと解釈」であったように、弁護士の「売り」の「専門知識」も、率直にいえば「文献読みと解釈」でしかなかった。しかし今後は多くの人が「文献読みと解釈」へのアクセスが容易になるから、このレベルで「専門知識」を振りかざしてもたいした敬意は受けないし、不十分な法情報の収集に基づく「専門知識」では、「素人さん」から反撃を受ける場面も増えるであろう。

 さてここまでの話は、法情報を収集し、せいぜいこれを整理する(補助記憶装置に格納する)段階までである。

 問題は、収集、整理した生情報と法情報を、頭(主記憶装置+演算装置)に入れ、筋道立てて思考、判断し(プログラムの実行)、その結論を表現(アウトプット)することである。これが判断スキルである。弁護士の頭の中で実行される「プログラム」は、入力された生情報、法情報を、法実務経験のエッセンスを踏まえ筋道立てて思考、判断し、結論を得て表現する過程を実行するものである。

 このように考えれば、実は弁護士の「専門性」が、この判断スキルにあるのは、明らかである。そして一人の弁護士が情報収集に割ける時間も、運用できるプログラムの種類(法分野)も頭の容量も限られているから、他の弁護士と区別される「専門性」成立の根拠がある。

 さらに生情報スキルは、弁護士の一般的な人間的としての実力が問われているといってよいであろう。人間に対する興味と洞察、そして経済や経営、社会の動き、歴史、自然科学等々に対する充分な知見があってはじめて有効な生情報の収集ができるのである。

 2003年11月に鹿児島で開かれた弁護士業務改革シンポジウム第2分科会「21世紀を生きる弁護士のためのIT-よりよい法律サービスを提供するために」において基調報告「法律実務におけるIT利用の現状と展望」をなされた佐野裕志鹿児島大学法文学部教授は、上記とほぼ同様の観点から次のような指摘をされた。

 「この事例では法律はどうなっているかとか、裁判例はどうか、などということを知っているだけでは、もう弁護士としては役に立たないのである。キーワードを入れて裁判例を検索すれば、済んでしまう。ものを知っているだけの専門家は、いずれ失業してしまう。今までは弁護士業への新規参入規制はもっとも厳しく、いったん弁護士登録さえしてしまえば、あとは業務独占の上にあぐらをかいて悠々と生活することもできたが、法曹人口が飛躍的に増大していけば、いずれ無能な弁護士は淘汰されていく。IT化の進展は、この序章なのであり、これがITの一つの面である。」、「如何にITが進もうが、事件の法的構成あるいは要件事実を念頭に置いた上での具体的事実の構成という部分はIT化することは難しく(当面、不可能であろう)、この点こそが、法律家の仕事の特質なのである。有能な法律家とは、このような技法に長けている者であり、単なる物知りでは価値がなくなっていく。事実を分析し、評価する能力が重要視されるようになり、さらに自分の考えをわかりやすく文章にまとめ、相手を説得する能力も当然のことながら必要となる。いわれてみれば当たり前のことが、IT化の進展により、誰もが、詳しい情報を簡単に引き出せる時代になり、誰もが驚嘆すべき博識になったことにより、よりいっそう明らかとなったのである。IT化は、有能な弁護士と、単なる物知りで昔取った杵柄だけで生き延びている無能な弁護士を、明確に峻別する恐ろしい面を持っている。」。

4 弁護士に求められるものPartⅡ

 しかし、前項の記述は、ITは知らないが、判断スキルにも生情報スキルにも長けていると自己評価し、かつ「有能」と自負している弁護士にとっては何らインパクトはないであろう。法情報スキルに代替性があるということは、その能力を備えた者を雇用し指揮命令すればいいのだから。

 しかし、実は、生情報スキルも、判断スキルも、今後激しいIT化の波にさらされると予想されるのであり、特にIT化された判断スキルについては代替はむつかしく、さらにIT化された全ての過程を代替させるような弁護士は、そもそも手間がかかりすぎて、実務的にはつかいものにならないといえよう。

 生情報スキルについては当面、音声情報、活字、筆記の文字情報のデジタル化が実用化されるであろう(全く偶然であるが、先日、弁護士会からのFAXで、裁判所が「法廷における証言等を記録化する方法として・・デジタル機器による音声認識技術を活用していく方法に発展させたい」ので、その実験法廷を設けたいとの連絡があった。)。なお、生情報に分類した個別事件を離れた一般分野の情報については、法情報スキルと同じ問題状況になる。

 そして、デジタル化して収集した生情報、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするIT技法の開発が急務である。

 例えば、弁護士が全ての証拠を踏まえて論証する書面(弁論要旨や最終準備書面)を作成するとき、必要な証拠部分を探して引用するのには膨大な時間がかかり、しかもなお不十分だと感じることはよくあるのではないだろうか。あるいは供述の変遷を辿ったり、証拠相互の矛盾を網羅的に指摘したいこともある。このような作業(の一部)は、パソコンの得意な分野である。

 また少なくても、当方と相手方の主張、証拠、関連する判例、文献等をデジタル情報として集約し、これらを常時参照し、コピー&ベイストしながら、書面を作成することは有益であるし、快感さえ伴う。

 これらの書面作成をいつまでも手作業ですることは質的にも問題であるし、実際これまで弁護士は忸怩たる思いを抱えながらこれらの作業をこなしていたのではなかろうか。

 目指すIT技法は、当面は進化したワードプロセッサー、データプロセッサーのイメージであるが、データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」があることも充分にあり得る。これらのIT技法の開発には、練達の弁護士の経験知をモデル化する必要があり、弁護士会がすすんで開発に取り組む必要があろう。

 もちろん、生情報スキル、法情報スキル、判断スキルのいずれの局面においても、IT化は、人間的な実力や法律家としての実力を補助するものにとどまるともいえる。しかし、少なくても 情報の検索能力、主記憶装置、補助記憶装置の容量と、演算装置の正確性、迅速性は、パソコンと人間では全く違うという特性だけは、充分に認識して議論する必要があろう。

5 残された問題

 さて私たち弁護士は、弁護士業務のIT化の先にある恐るべき弁護士淘汰の時代を見据えながら、クライアントにとって最適、最良の法的サービスを提供するために弁護士業務のIT化を推し進めなければならない。

 既に述べた、弁護士の知そのものに変容を迫る上記3つのスキルに加えて、法律事務所の円滑な運営のために、通信、スケジュール管理、経理、事件管理等、他のビジネス分野で開発されたIT技法を導入することは必須である(事件管理は、難しい点があるが。)。

 ところで、今年開校されたロースクールでは、そのかなりのエネルギーを学生にITスキルを修得させることに充てると予想されるので、今後ロースクール世代と研修所世代のITスキルには顕著な差が生じると思われる。

 研修所世代としてもITスキル如きで淘汰されるわけにはいかないので、弁護士会は、研修所世代がITスキルを修得するためのしっかりしたシステムを作る必要があろうし、さらに上記したように弁護士会が主導して弁護士のためのIT技法、プログラムを開発する必要がある。

 さらに弁護士会の業務自体のIT化、市民に対する情報提供のいっそうの推進も大切であろう。

 しかし、弁護士の存在意義が、個々のクライアントに対して最適、最良の法的サービスを提供することにある以上、個々人がITスキルを獲得することに全力を尽くすこと以外に進むべき道はないという分かり切った結論が、最も重要であることに疑いはないのである。

 

弁護士村本 道夫(第二東京弁護士会)

1954年、広島県生まれ。東京大学法学部卒業。司法研修所37期。マトリックス国際法律事務所代表弁護士。第二東京弁護士会業務委員会委員長、日弁連弁護士業務改革委員会副委員長等。 ITを活用した弁護士業務改革について興味を持っている。