AIと法・再考

2021-03-21

「AIと弁護士業務」の執筆状況報告2

 

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「AIと法」を考える

「AIと法」の問題の所在

3層の問題

「AIと法」という問題を考えるとき,次の3つの層の問題が考えられる。

Ⅰ まず,IT・AIの発展が,法のあり方や法をめぐる実務にどのような変化をもたらす(ことができる)かという問題である。

Ⅱ 次に,①AIが将来,実用的なレベルに成熟して社会に浸透した場合に,どのような法律問題が生じるのか,②現在のITは「AI以前」であるとしても,実際は現在のIT・AIに生じている法律問題を解決するさえ困難なのではないか ,という問題である。

Ⅲ 最後に,法律に関連する業務で,IT・AIを使いこなすためにはどうすればいいのかという問題である。

検討

キラキラした魅力を発しているのは,もちろん,Ⅰである。対象には司法(裁判)のみならず,立法手法や行政過程も含まれるし,更には任意のルールや社会規範も含まれるであろう。私が今後考え,追い詰めていきたいのも,もちろんⅠである。これについては,「AIと法」のメインテーマとして今後「問題解決と創造に向けて」「世界:世界の複雑な問題群」の「AI問題」(作成中)において,集中的に検討し,論考を掲載していきたい

法律家はⅡ①を論じるのが好きだが,これはあくまで仮想の問題である。Ⅱ②について,現に頻発しているシステム開発やネットトラブルをめぐる紛争に,司法システムはきちんと対応できているだろうか。Ⅱについては「IT・AI法務IT・AI法務」で ,基本的な検討をする。

Ⅲは,法律家の「仕事の仕方」-生産性,効率性-の問題である。本項目は,「弁護士の仕事を知る」の下位項目であるから,対象を専ら弁護士業務に絞ってここで検討しよう。

その前提として,上記ⅠないしⅢを貫く「AIと法」の最も基本的な問題を,「AIに期待すること・しないこと」として指摘しておきたい。

AIに期待すること・しないこと

AIに期待すること

「私は,現時点で,(少なくても我が国の)法律家がする業務には大きな二つの問題があると考えている。ひとつは,法律が自然言語によるルール設定であることから,①文脈依存性が強く適用範囲(解釈)が不明確なことや,②適用範囲(解釈)に関する法的推論について,これまでほとんど科学的な検討がなされてこなかったこと。ふたつめは,証拠から合理的に事実を推論する事実認定においても,ベイズ確率や統計等の科学的手法がとられていなかったことである」と指摘し,これを変える「方向性を支えるのがIT・AIだとは思うが,まだ具体的なテクノロジーというより,IT・AIで用いられる論理,言語,数学(統計)を検討する段階にとどまっているようだ。前に行こう。」と書いた(「プロフェッショナルの未来」を読む)。

「そしてこれが実現できれば,「法律の「本来的性質」が命令であろうと合意であろうと,また「国家」(立法,行政,司法)がどのような振舞いをしようと,上記の観点からクリアな分析をして適切に対応できれば,依頼者に役立つ「専門知識」の提供ができると思う。」」とも考えているのである。

イギリスでの議論

「プロフェッショナルの未来」の著者:リチャード・サスカインドには,「Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future 」(by Richard Susskind)があり,これは,上述書の対象を法曹に絞り,さらに詳細に論じているようだ。

これに関連するKindle本を検索していて「Artificial Intelligence and Legal Analytics: New Tools for Law Practice in the Digital Age」(by Kevin D. Ashley)を見つけた。でたばかりの新しい本である。そしてその中に(1.5),内容の紹介として次のような記述があった。なお二人ともイギリスの人である。

Readers will find answers to those questions(How can text analytic tools and techniques extract the semantic information necessary for AR and how can that information be applied to achieve cognitive computing?) in the three parts of this book.

Part Ⅰ introduces more CMLRs developed in the AI&Law field. lt illustrates research programs that model various legal processes:reasoning with legal statutes and with legal cases,predicting outcomes of legal disputes,integrating reasoning with legal rules cases,and underlying values,and making legal arguments.These CMLRs did not deal directly with legal texts,but text analytics could change that in the near future.

Part Ⅱ examines recently developed techniques for extracting conceptual information automatically from legal texts. It explains selected tools for processing some aspects of the semantics or meanings of legal texts,induding: representing legal concepts in ontologies and type systems,helping legal information retrieval systems take meanings into account,applying ML to legal texts,and extracting semantic information automatically from statutes and legal decisions.

Part Ⅲ explores how the new text processing tools can connect the CMLRs,and their techniques for representing legal knowledge,directly to legal texts and create a new generation of legal applications. lt presents means for achieving more robust conceptual legal information retrieval that takes into account argument-related information extracted from legal texts. These techniques whihe enable some of the CMLRs Part Ⅰ to deal directly with legal digital document technologies and to reason directly from legal texts in order to assist humans in predicting and justifying legal outcomes.

Taken together, the three parts of this book are effectively a handbook on the science of integrating the AI&Law domain’s top-down focus on representing and using semantic legal knowledge and the bottom-up,data-driven and often domainagnostic evolution of computer technology and IT.

このように紹介されたこの本の内容と,私が「AIに期待すること」がどこまで重なっているのか,しばらく,この本を読み込んでみようと思う。

AIに期待しないこと

実をいうと,「IT・AIの発展が,法のあり方や法をめぐる実務にどのような変化をもたらすか?」という質問に答えれば,今後,我が国の法律実務の現状を踏まえ,これに対応するために画期的なAI技法が開発される可能性はほとんどないだろう。我が国の法律ビジネスの市場は狭いし,そもそも世界の中で日本語の市場自体狭い。開発のインセンティブもないし,開発主体も存在しない。ただ,英語圏で画期的な自然言語処理,事実推論についての技法が開発され,それが移植できるこのであれば,それはまさに私が上記したような,法律分野におけるクリアな分析と対応に応用できるのではないかと夢想している。

したがって当面我が国の弁護士がなすべきことは,AIに期待し,怯えることではない。今の時代は誰でも,自分の生活や仕事に,PC(スマホを含む)・IT・AIの技法を活かしている。弁護士も,仕事に役立つPC・IT・AI技法を習得して,業務の生産性と効率性の向上に力を注ぐことが大切ではないだろうか。それをしないと,弁護士の仕事をAIに奪われるのではなく,他の国際レベルで不採算の業種もろとも,自壊していくのではないかと,私には危惧されるのである。

弁護士の仕事とPC・IT・AI技法

以下,弁護士の仕事の限りで,役に立つPC・IT・AI技法を簡単に紹介する。ただし,現状の略述であって将来を見越したものではない。その前に,私の「IT前史」を振り返っておこう。

私が2004年に考えていたこと

私は,弁護士会の委員会でITを担当していた2004年に「ITが弁護士業務にもたらす影響」という論考を作成している(2004年に私が考えていた「ITが弁護士業務にもたらす影響」参照)。

その中で「デジタル化して収集した生情報(注:事実情報),法情報を,弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理,思考,判断し,結論を表現することを可能とするツールの開発が急務である。例えば,弁護士が全ての証拠を踏まえて論証する書面(弁論要旨や最終準備書面)を作成するとき,必要な証拠部分を探して引用するのには膨大な時間がかかり,しかもなお不十分だと感じることはよくあるのではないだろうか。あるいは供述の変遷を辿ったり,証拠相互の矛盾を網羅的に指摘したいこともある。このような作業(の一部)は,パソコンの得意な分野である。また少なくても,当方と相手方の主張,証拠,関連する判例,文献等をデジタル情報として集約し,これらを常時参照し,コピー&ベイストしながら,書面を作成することは有益であるし,快感さえ伴う。これらの書面作成をいつまでも手作業ですることは質的にも問題であるし,実際これまで弁護士は忸怩たる思いを抱えながらこれらの作業をこなしていたのではなかろうか。目指すは,当面は進化したワードプロセッサー,データプロセッサーのイメージであるが,データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」があることも充分にあり得る。これらのの開発には,練達の弁護士の経験知をモデル化する必要があり,弁護士会がすすんで開発に取り組む必要があろう。」と指摘している。今振り返るとこれこそ,弁護士業務におけるAIの活用そのものであるが,これは,当分,実現される見通しはない。

私が2017年に考えていたこと

その後,2012年に画像認識に劇的な変化があったが私はそんなことも知らず,だんだん世間がAIについて騒ぎ出した2017年9月になって「弁護士として「AIと法」に踏み出す」を作成している。

そこでは,①「これからは,AIやIoTの中味に少しでも立ち入ってソフトやハードに触れながら,これを継続して使いこなすのが大事だと思う。傍観し批評する「初心者消費者」から,これを使いこなす「主体的消費者」へ大変身」が必要であること,②「弁護士と「AIと法」との関わりは,怒濤のように進展するであろうAIやIoTの開発,製作,販売,提供,利用等をいかなるルールの上に載せて行うかという,自ずから国際的な規模とならざるを得ない立法,法令適用,契約,情報保護,及び紛争処理等の問題である。我が国での現時点での弁護士の取り組みは,今の法令ではこうなる,こうなりそうだという程度であるが,それでは法的需要は支えきれない。AIに「主体的」に係わり,弁護士としての仕事をしていく必要がある」ことを指摘している。

これは正しいが,②の方はまったく進展していない。我が国のAIやIoTの開発レベルは,外国の技術の導入に追われ,そのような需要をさほど多くは生み出していないのかもしれない。

主体的消費者としてPC・IT・AI技法を使う

AIする前に

AIが,コンピュータやインターネットの技術的進展とデータ量の増加を背景に,従前の機械学習(プログラミング)にディープラーニングの手法を組み込んだ情報処理技術の最前線だとすれば,AIに心をとらわれる前に,今あるコンピュータ,インターネット,プログラミングに基づくIT技法を使いこなすことが,弁護士がAIにつき進むための前提である(「AIする」(あいする)はギャグです)。

重要な法律関連情報の収集

弁護士が業務でする情報処理のうち,当面,もっとも重要なのは,法律関係情報の収集分析である。これについては,何種類かの,判例,法令,法律雑誌の検索システムが提供されている。私は,「判例秘書」を使っている。

通常,判例検索システムには掲載している雑誌に含まれる以外の論文等は掲載されていないので,補足のため「法律判例文献情報」を使っている。ただ,これは単に文献の名称や所在が分かるだけで,文献がオンラインで見れるわけではない。法律のきちんとしたコンメンタールが,ネットで検索等で利用できれば便利だろうが,今のところ限られたものしかないようである。私は,パソコン版の「注釈民法」は利用しているが,民法改正でどうなることやら。

ところでアメリカのレクシスネクシスが開発中の「Legal Advance Reserch」のデモを見たことがあるが,州によって法律が違うこともあって,法令,裁判例,陪審例,論文,関連事実等,膨大になる事実を収集し,一気に検索,分析,可視化できるデータベースとのことである。これまでアメリカの弁護士が膨大な時間を費やしていたリサーチの作業時間が一気に減り,弁護士のタイムチャージの減少(いや,弁護士の仕事の生産性の向上,効率化)とクライアントの経費削減が実現しつつあるようである。ついでにいうと,同じくアメリカの弁護士が膨大な時間を費やしてすることで依頼者の大きな負担になっているe-ディスカバリーも,AI導入で,これもタイムチャージの大幅な減少がはかられつつあるとのことである。我が国において「リーガルテック」とか「レガテック」とかをいう人がいるが,やがて多くの工夫に支えられてその方向に行くとは思うが,現状では単なる「商売」以上とは思えない。

判例,法令,文献検索以外の技法

そこで前項の重要な法律関連情報(判例,法令,文献等)の収集以外で,今行われている弁護士業務を支えるIT技法を集めている本「法律家のためのITマニュアル【新訂版】」,「法律家のためのスマートフォン活用術」を紹介する。いずれも私が昔所属していた「日本弁護士会連合会 弁護士業務改革委員会」の編著だ。

そのほかに,税理士さんがIT技法を駆使している「ひとり税理士のIT仕事術」(著者:税理士 井ノ上 陽一)(Amazonにリンク)も役立ちそうなので紹介しておく。

それともともと裁判所がワープロ「一太郎」を使っていたことから,私もワープロというより清書ソフトとして「一太郎」を使っていた。Wordには不慣れなので,いろいろと勝手なことをされて「頭に血が上る」ことが多い。そこで「今すぐ使えるかんたんmini Wordで困ったときの解決&便利技」(Amazonにリンク)と,「Wordのムカムカ!が一瞬でなくなる使い方 ~文章・資料作成のストレスを最小限に!」(著者:四禮静子)(Amazonにリンク)を紹介しておく。「頭に血が上る」のは,私だけではない。

普通の仕事では,Excelも重要だろうが,弁護士業務ではそんなには使わない。

  • 「法律家のためのITマニュアル【新訂版】」
  • 「法律家のためのスマートフォン活用術」
  • 「ひとり税理士のIT仕事術」(著者:税理士 井ノ上 陽一)
  • 「今すぐ使えるかんたんmini Wordで困ったときの解決&便利技」
  • 「Wordのムカムカ!が一瞬でなくなる使い方 ~文章・資料作成のストレスを最小限に!」(著者:四禮静子)

ここで紹介した5冊については「仕事に役立つIT実務書」として「詳細目次」を作成したので,それを見て必要な項目を参照すればいいだろう。

再掲-ここに欠けているもの

これらに決定的に欠けているものは上記したとおりであり,「法律が自然言語によるルール設定であることについて科学的な検討や,証拠から合理的に事実を推論する事実認定においてベイズ確率や統計等の科学的手法」が取り込まれた「人工知能」や,「進化したワードプロセッサー,データプロセッサー」」の実現の見通しもないというのが現状である。

でも何が起こるかは分かりませんよね。今後,「AIと法」について,「問題解決と創造に向けて」「世界:世界の複雑な問題群」の「AI問題」に,新しい情報,新しい考え方を集積していきたい。