IT活用を妨げるもの-生産性上昇の方法

2018-02-28

IT活用を妨げるもの

ビジネスあるいは生活の場で,ITはどのように受け止められているのだろうか。パソコンがセットされて「情報」「プログラミング」の授業を受けた世代はともかく,それより上の世代にとっては,「何かすごい能力を持っている」が,自分には「近寄りがたく面倒なもの」ということだろうか。

実際,我が国におけるITの活用は,企業も市民も決して十分ではない。二つの側面からみてみよう。

まず,ビジネス現場での「およそ7割が失敗するというシステム開発プロジェクト。その最悪の結末である「IT訴訟」」(「なぜ,システム開発は必ずモメるのか」(著者:細川義洋)の帯)というのは,決してオーバーな表現ではない。「システムの問題地図~で,どこから変える?使えないITに振り回される悲しき景色」(著者:沢渡 あまね)には,ビジネス現場の現状が分かりやすく説明されている。弁護士にとっては飯の種だが,我が国の経済にとっては,盲腸のようなものだ。この2冊は追って紹介しよう。

もう一つの側面は「サイバー攻撃」である。ネットの利用は,面白いが,深入りすると怖いことになるというのは,市民,企業の共通の「思い」だろう。

うまく使えないわ,怖いことが起こりそうだわでは,使えないのは当然だ。しかし,前者は,発注者とベンダーの開発,契約のやり方を変えていくことで徐々に克服できそうだし,「サイバー攻撃」も,敵を知り己を知ることに手間暇を惜しまなけば,克服できるだろう。「サイバー攻撃」(著者::中島明日香)も追って紹介したい。

ITと生産性の上昇

日本経済の問題は生産性が低いことらしい」で,我が国の生産性が,1990年頃から他国に比して低く,その原因はITの可能性があることを指摘したが,「経済史から考える~発展と停滞の論理」(著者:岡崎哲二)にも,そのことが指摘されていたので引用しておく(同書107ページ以下)。

「1990年代以降の(注:日本の経済成長と比し)米国の経済成長について、その原動力を情報技術(IT)の普及によるTFP(注:全要素生産性)上昇に求める見方が有力である。2007年版の「米大統領経済諮問委員会年次報告」は、特に90年代後半以降の米国の成長について、IT資本への投資が流通や金融などの幅広い産業で活発に行われ、それら産業でTFPが大幅に上昇したことを強調している。

他方、日本については、2000年代に入ってもIT資本の投資が米国より小さいこと、またIT投資がTFPを押し上げる効果も小さかったことが、複数の研究で示されている。ITは多くの産業部門における生産プロセスや技術革新(イノベーション)に影響を与える点で、歴史上の蒸気機関や電力と同様に典型的な汎用技術(GPT)である。1990年代以降の日本経済の相対的低成長の有力な原因の一つは、ITという新しい汎用技術の導入と普及の遅れにあると見ることができる。

一般に、汎用技術については、それが発明されてから、広く経済に普及し、実際に生産性上昇に結びつくまでに長い時間差がある。新しい汎用技術が経済・産業の幅広い側面と関連しており、それだけに、いったん導入・普及に成功すれば大きな効果が生じる反面、そこに到達するまでに多くの課題を解決しなければならないのである。」。

筆者は明治以降の発展を支えたイノベーションとして,製糸業の近代的工場組織を,自動車工業のフォード・システム(移動式組み立てラインによる大量生産)を挙げ,これらが定着した「経験は、新しい汎用技術を移植し、それを生産性上昇に結びつけるために、組織を含めて関連するさまざまな分野のイノベーションが必要であることを示している。そしてまた、これらイノベーションの結果、技術が原型とは異なるかたちで定着し、それが日本の産業の国際競争力の源泉となった。

ITは、近代的工場組織、大量生産技術に匹敵するスケールの汎用技術であり、その一層の利用が今後の日本経済の持続的成長のために必須なことは論をまたない。一方で、過去の経験に照らせば、これまでその普及と生産性向上効果が十分に進んでいないことは、決して異常でも悲観すべきことでもない。それは、関連分野のイノベーションを伴いながら、日本に固有なかたちでのITの普及・利用の条件が形成される過程と見ることができる。

現在、政策的に必要なことは、この過程を促進し、少なくとも阻害しないことである。例えば介護・医療は、急速な高齢化の下で、今後需要が拡大する分野であるとともに、ITによる生産性向上の潜在的可能性が大きい分野でもある。しかし、現行の制度の下では、介護・医療施設経営者にとって、新しい技術を導入して生産性を向上させても、それが利益の増加に結びつかないため、新技術導入へのインセンティブが弱い。「成長戦略」を議論する際に真剣に考慮すべき論点である。」。

同書によれば,例示した二つのイノベーションの定着として30年という数字をあげているので,ITも30年という含み(あと10年ある。)なのだろうか。

でも本当にあと10年でIT活用が定着するのか

私はIT活用を妨げるものは克服できると上述したし,岡崎氏も今は「関連分野のイノベーションを伴いながら、日本に固有なかたちでのITの普及・利用の条件が形成される過程」としているが,ITが普及・利用されるためには何をしたらいいのか。放っておいても定着するという問題ではない。

IT技術を支える基本を考えてみると,その中心は,<英語の略字イメージに基づく記号>の<論理的操作(数学)>である。要するに英語と数学の簡易バージョンだ。英語と数学を日常的に普通に使いこなせる能力を備えて,はじめてITの活用ができるといえよう。ITをブラックボックスにしないためには,ベンダーはもとよりユーザーも,ITを支える英語,数学の使いこなしが必須だ。そのレベルは高くはないだろうが,通常人が使用する情緒的な自然言語の世界から,頭を切り替えるのには,苦痛が伴う。それを乗り越えられるかどうかが,本当にあと10年でIT活用が定着するかどうかのポイントだろう。

さてそうなると,問題はさほど簡単ではない。10年のうちに誰が何をしたらいいんだろう。私にもできることがありそうだ。少し考えてみよう。