本の森

未来予測を嗤え! (oneテーマ21)

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神永 正博 小飼 弾
KADOKAWA/角川書店
売り上げランキング: 11,320

一口コメント

冒頭部は切れ味鋭く世界の現在を垣間見せてくれる。ただ、その後は、雑多な親父トークも多く、多少迷路のようだ。ともあれ、使えるアイディアに満ちているので一読をお勧めする。

私的書評

この本の構成

この本は、数学者である神永氏とプログラマー・投資家で書評家の小飼氏の対談に、「はじめに」を書いている構成担当の山路氏が加わった鼎談ともいえるが、帯に「いま最強の理系講義」とあるように、神永氏と小飼氏がよってたかって質問者に「講義」していると見るほうがわかりにくい。数学については神永氏の、経営については小飼氏の発言の方が安心できるが、両氏とも入り混じって発言しているし、多少なりとも異論を述べている部分はごくわずかなので、両氏を区別することにはあまり意味がない。最近この手の発言者が区別しにくい「対談」が多いが、どう考えたらいいのだろうか。

すばらしい冒頭部

さて、両氏は冒頭部で、「未来は確定しているけれど人間が予測できないケースが多い」、例えば「カオスが、ランダムではなく現象は完全に決定論的だが、振る舞いが複雑すぎて長期的な予測は不可能だ」、「私たちが考えているほとんどは外界の刺激に対応しているだけだが、全体としてみると複雑すぎてわからないだけかも知れない。自由意思も単なるカオスなのかもしれない」、「統計学の回帰分析も、本当の説明変数は複雑な関係になっているかもしれないが、それを単純な式(多くは一次式)で表してみたというだけで、これで本質的に何が分かるかはかなり難しい問題で実際にはおまじないが進化したようなものかも知れない」、「経済や株価のデータを精密に研究したところ、分散(ランダムネス(無作為の度合い)がおとなしいこと)が存在しないことが分かってきたので、統計は意味がない、唯一そこに挑戦しているのはフラクタル理論を築いたマンデルプロたちくらいだ」、「物理的な制約の中にあるものは観測の精度を上げることで大体予測出来るが、人間の社会は幻想を共有することで成り立っているため、物理的な制約に縛られない変な制約が出てくる」等々と畳みかける。

そして第1講の最後で神永氏は「予測出来ない現象について価値を最大化したいなら、方法は一つ。手堅い商売をしつつ、確率は低いけど大当たりするかも知れないポジティブな結果をもたらすブラックスワンにも掛金を積むということしかない」と述べる。

わずか数ページの中に述べられた指摘は、きわめて重要だと思う。

その他印象に残った議論

第2講以降は、この冒頭部を踏まえた議論もあるし、そうでないものもあって、雑然としている印象を受ける。神永氏が情熱をもって語る教育論や、小飼氏が展開する経済政策論としての「ベイシック・インカム」、「オーナーシップを分配するベーシック・アセット」論は、やはり異論もあるだろう。面白いのは神永氏が 日本の国家が基礎科学の研究支援をおろそかにしているとの指摘の中で「分野によって優れているところはないか」、「国文学研究などであれば勝てるでしょう」は嗤える。

その中で印象に残った議論を何点か指摘したい。

  • ビッグデータの時代では理論モデルが不要となることはないが、部分から全体を推定するという意味での推測統計学の価値が下がる。
  • 株の超高速取引(裁定取引)にとって重要なのは証券取引所のホストコンピューターとの距離であるが、証券取引所が行っているコロケーションサービスは「買付け者間の公平性確保」を謳う金融商品取引法に違反しているのではないか。
  • 優秀な人材と強力なコンピュータ技術の両方を握った企業が圧倒的な商勝者社になる。Google,Apple,Amazon,Facebookといった企業に、オセロの4隅を押さえられた状態になっている。
  • 少し前まで弁護士は無敵の資格であったが、それは国家が差を作って需給のバランスをとっていたからである。弁護士を増やしたことで需給バランスが崩れてしまい、魅力的な資格でなくなった。
  • 経済活動は「差」を見つけて儲けることである。今の資本主義社会ではcomparableな(比較可能な)差をめぐって争うが、どうでもよい差に悩まされていてはダメで、incomparableで(比較不可能な)nontrivialな(自明ではない、重要な)差に目を向けるべきだ。視点をばらけさせないとダメだ。
  • 自分がやっていることが人の役に立つためには、2つの条件がある。一つは、人の話を聞き、自分のやっていることを説明出来るコミュニケーション能力、もう一つは他人が「へえーっ」といいたくなるもの(incomparableな差)
    を持っていることだ。
  • 仕事の究極の形は、要するに人を動かすことだから、本質的に詐欺師がやっていることと同じだ。
  • みんな世の中のことを大して分かっていない。調べて初めて分かることがいっぱいある。科学技術が発達したことで人間は何でも分かっているような、できるような気になっているが、実際はまだ探求されていない「穴」はたくさんある。分かっていることの方がわずかだ。

 

本の森

6冊?

2014年の大晦日なので、今年、読んだ本のうち記憶に深くとどめるべき本についてまとめておこう。ただしこれは今年刊行された本という意味ではない。私が今年少しまじめに取り組んで示唆を受けたぐらいの意味だ。

といっても、ホームページの整理を考えはじめたのが2ヶ月前なので、まだ本のことにまで十分な手が回らない。だからとにかく最近読んで今の私にとって(仕事や社会貢献等を含んで)重要だと思った本6冊について簡単にまとめておこう。6冊なのは、思いつくままで、適当な数だ。

ただ重要だと考える基準は、知的好奇心を満たすとか、面白いとかよりも(もちろんいずれもそうなのだけれども)、私が現在取り組もうと思っている、価値と健康の創造に添ったものになっている。人も多少は進歩するのだ。

この本6冊

次の6冊だ。

  1. 繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史
    マット・リドレー、
    The Rational Optimist by Matt Ridley
  2. 暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る
    山極 寿一
  3. 貧困の終焉: 2025年までに世界を変える
    ジェフリー サックス
    The End of Poverty: Economic Possibilities for Our Time by Jeffrey Sachs
  4. 経済的価値と社会的価値を同時実現する 共通価値の戦略
    マイケル.E.ポーター
  5. GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス
    ジョンJ.レイティ、 リチャード・マニング
    Go Wild: Free Your Body and Mind from the Afflictions of Civilization by John J. Ratey and Richard Manning
  6. 哲学入門
    戸田山 和久

簡単なメモ

私が、世界における価値創造ということに目を開かれたのが1だ。これをもう少し遡って動物としてのヒトから考える基本が2だ。更に国際的な経済展開として開発途上国の現在の価値創造を実践しているのが3で、それをより深く考える視点を4が与えてくれる。

これらは3、4はともかく、進化論を基本とするものだが、それをもとにヒトの心身論を考察している最新の本が5である(ただし、この本の糖と炭水化物に関する議論は、単純すぎる。)。さらにこれらを、原理的に考察しているのが6だ。

これらの分野は日々新しい成果生まれている。私の本のストックもたくさんある。来年は、自分自身で少しでも創造に足を踏み入れたい。

本の森

結果から原因を探る数学

一言コメント

充満したおやじギャグと展開された数式の間には深い闇がある。

入口にて

とても読んだとはいえないけれども

私はこの本の数式部分は飛ばし読みするしかないけれども(もっとも数学の本だから論述の大部分は数式に支えられているが)、活字部分を追っていくだけでも、新鮮な感動(快感)を覚えた。数式部分がわずかでも追えれば、その感覚ははるかに深まるだろうと思われるが、この本は数式に「暗い」私に、過去の不勉強の悔恨を強いる。

何が書かれているのか

逆問題とは普通「現象の原因を観測結果から、法則に基づく逆のパスを通して、定量的に決定あるいは推定する問題を総称していう」が、この本では「分割された要素(=原因)達のある規則(=法則)に基づく積み重ねで得られる包括(=結果)から要素を決定または推定する問題」と定義される。具体的には、後記の目次を見ていただければいい。

私がこの本のほとんどが分からないまま最後まで目を通したのは、取り上げられた恐竜の絶滅とか、海洋循環逆問題が面白いこと、それと逆問題の解は、観測誤差に対して鋭敏になるとの指摘があること(それは、観測データによっては解が存在しない、その点に目をつむって現実には解があるとしても、解はパラメーターの変動に対して安定にならない非適切性が原因であること)、そしてこのような非適切問題について、適切問題に近似しつつ解いていく「正則化法」があるが、それは数学自身の役割への問いかけであること、等が面白かったからである。

例えば、ダーウィンの「進化論」も。逆問題かなあとか、複雑化科学でいわれるバタフライ効果も「観測誤差に対して鋭敏になる」ことと関係があるかなあと思ったりもした。

あと、「自然現象はなぜ数式で記述できるのか」という新書があって、筆者は「人間にはまったく関係がない純粋な自然現象が、自然界に存在するわけではなく、100%人間が創造した数式で完璧に記述されるわけです。不思議なことではありませんか。私には、これが身体が震えるほど不思議で仕方がないのです。」との感想を繰り返し、なにやらSomething Greatを持ち出すのだが、この本の筆者のように「もともと、数学は自然現象を理解するための学問ではない。しかし、結果的には自然現象を理解するのに決定的な役割を果たしてきた。これもまた、数学が実在として自然に組み込まれているからである。」との記述の方が、私にはよほど合点がいく。ただいずれにせよここでの私の感想は「素人の戯言」に過ぎない。

オシツオサレツ(※①)

耕作中

出口と展望

耕作中

書誌と評価

書名  逆問題の考え方
著者(編者)  上村豊
出版社  講談社ブルーバックス
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本のタイプ(※②) ①参照・②簡単・③そこそこ・④かなり・⑤ものすごく
読込度(※③) 眺め読み・点読・通読・精読・熟読  →
評価 ◎・〇・△・×・?
ISBN  9784062578936

目次

  • ■第1章 逆問題とはなにか
  • 未知なるもの/内部を探る/逆問題の規定/誤差に対する鋭敏性/演算の方向/重力探査/積分方程式と逆問題
  • ■第2章 史上最大の逆問題
  • 逆問題の哲学/衝突仮説/地上からの隕石推定/衝突の論文/恐竜絶滅のクレーター探し/チチュルブクレーターの直径/決定的証拠
  • ■第3章 振動の逆問題
    振動と順問題/バネの等時性/振り子の運動/ホイヘンスの振り子/逆問題/逆解析/追加すべき観測データ/最終回答/からくり
  • ■第4章 プランクのエネルギー量子発見
  • 壮麗な逆問題/黒体放射/1段目の滝、放射公式/新たな展望/2段目の滝、エネルギー量子の発見/逆問題:エネルギー量子の決定/プランクからアインシュタインへ
  • ■第5章 海洋循環逆問題
  • 海洋学と逆問題/コリオリの力と地衡流/地衡流の運動方程式/地衡流の力学計算/基準速度を決定する逆問題/逆解析の原理/逆のパス
  • ■第6章 逆問題としての連立1次方程式
  • 最小2乗解/過剰決定系・不足決定系/最小2乗解の方程式/長さ最小の最小2乗解/ムーア-ペンローズ逆行列/特異値分解
  • ■第7章 逆問題のジレンマ
  • 正則化法/クイズ/チホノフ正則化解/特異値分解とチホノフ正則化/積分方程式の不安定性/逆問題源流探訪/放射性物質逆問題の正則化解
  • ■第8章 量子散乱の逆問題
  • 量子力学速成コース/シュレディンガー/量子散乱/ハイゼンベルクのS行列/散乱の逆問題/逆スペクトル問題/非線形波動

参考

※① オシツオサレツは「哲学入門」(戸田山和久著)から拝借。もともとは、ドリトル先生シリーズにでてくる動物オシツオサレツ(Pushmi-pullyu)の翻訳らしい。

※② 「本のタイプ」は、佐藤優さんの「読書の技法」が紹介する、②簡単に読むことができる本、③そこそこ時間がかかる本、⑤ものすごく時間がかかる本に、①必要なときに参照する本、④かなり時間がかかる本を加えて、5分類にした。

※③ 「読込度」は、M.J.アドラーの「本を読む本」に準じ、第2レベル「点検読書」を、「点読」、「通読」に、第3レベル「分析読書」を「精読」に、第4レベル「シントピカル読書」を「熟読」にし、さらに、それ以前の段階の「眺め読み」を加えた。紹介する時点では、ほとんど「眺め読み」、「点読」、「通読」だが、将来、より詳細な読み方をする必要があると感じているときは→を付加する。