戯れ言日録,IT・AI

記事を再開しよう

コロナ避難期は自宅にいてあれこれ考えたり本を読んだりしていたが、記事はずっと更新しなかった。大本に立ち返って整備したいという思いもあって毎日のようにkindle本を購入して目を通し全体を書きなおそうと思っていたが、一方、自宅にいると動くのがうっとうしくなってどうしても体調が悪くなるのと、そもそもいつまでも私が生きているわけではないからできることからやろう、それが結局早道なので、少し記事の内容を方向転換しようという気になったこともあって、暫時休憩(もっとも論稿の執筆もあったから半年ぐらいほとんど動いていない)。そろそろ再開していこう。

コロナ問題

今回の新型コロナは新しいウイルスということから、ワクチンや治療薬がなく、また感染がどのような事態をもたらすかが予想できなかったので、従前の感染症対応の経緯を踏まえつつ、科学的な根拠のあることをやっていくしかないという問題であった。個人としては、生活していく中で、可能な範囲で飛沫感染、接触感染しないように自衛し、感染しても死亡しないような対応をすることに尽きるし、公衆衛生を管轄する行政は、飛沫感染、接触感染が起きやすい機会を実効的に減少させ、発症した場合に死亡を避けるための治療を確保するためのルール作りと国民から託された金と人を有効に投入することがその役割であった。ただ、実際はどうだったろう。私などから見ると、政治家も専門家も、責任回避のパーフォーマンスのために、非科学的な不必要な旗振りと、お金のばらまきが目立ったように思う。ただ、2月から3月にかけて諸外国の急激な感染と死亡者の拡大の中で、慌てふためいたことは理解するが、それにしても非科学的な不必要な旗振りが多かったこと、そしてそれが今も継続していることはしっかりと検証した方がいい。しかも、そのどさくさの中で、総理大臣は思い付きで次々と馬鹿げたことを思い付き、憲法にコロナ収拾にはまったく不要な緊急事態宣言を盛り込むだの、自分になびく人間に地位と金をばらまくだの、その行為は目に余る。やがてアメリカのトランプ大統領と並び称されるのは確実だろう。持続可能な社会、そして日本をつくることに理解のある政治家はいないものだろうか。この問題は追って考えていこう。再開第1号は、IT tips①である。

32GBパソコンで、Windows10の最新2004にUpdateができた…2020年5月31日

私は3年ちょっと前に、全くの気の迷い(選択ミス)でDELLの32GBeMMCのノートパソコンを買った。32GBでofficeをインストールしても、いろいろと工夫を凝らせば使えないことはないが、問題は、WindowsのUpdateだ。確か1回は外付けのUSBを利用して出来たように思うが、ここ2年くらい何度試みてもうまくいかず、いつしかこのパソコンは使わなくなったが、この4月に1年生になった孫娘用にちょうどいいと思い直し、コロナ避難期を利用して、めげずに何度も何度もUpdateをやってみた。最初はWindowsのいろいろな箇所の指示どおりにやってみたがうまくいかない。
そのうち、私のインストールされているWindowsのバージョンが1803であることがわかり、これを1909や1903にすべく、ネット情報を加味して更に色々と試してみたが全滅。その過程の紹介はもういいだろう。
そこで別のPCで外付けUSBにWindows10をインストールし、そのUSBで起動して新しくクリーンインストールすることにした(https://www.microsoft.com/ja-jp/software-download/windows10)。結果的にこれでうまくいったのだが、そこで想定されているのは、BIOSを調整してUSBから起動するということだが、BIOSをいじっていたのはもう何年も前でどうするのか忘れてしまい、F2を押しても通常起動のようだった。ただUSBのファイルを見ると、exeファイルがあったので、エイヤッとクリック、それでインストールが始まった。うまく行かないかなと思ったが、何とこれで2004にUpdateができた。最後の過程はどうかなと思うが、別のPCでUSBにWindows10をインストールし、起動するということはやってみる価値がある。
しかも、私の場合、2004でWindowsに使われるのは13GBちょっと。残りが15GBあれば少々、アプリをインストールしても、これからはWindowsのUpdateに困らないだろう。これで長年の胸のつっかえがとれた。

法とルール,IT・AI

この論稿の紹介

この論稿「AI時代の弁護士業務」は、「法の支配」(2020年4月号)に掲載されたが、その内容は「固定頁」で適宜バージョンアップしていく。

はじめに-AI時代を迎えて

1 「AI時代の弁護士業務」を考える

⑴本稿の趣旨

編集部から私に与えられた課題は「AI時代の弁護士業務」である。これは、最近頻繁にメディアに登場する、「AI」(人工知能)という囲碁の世界名人さえ打ち破る何やら恐ろしげなテクノロジーによって、一応「弁護士特化型の知能」によって実行されていると認められていると思われる「弁護士業務」が、AIの登場によってどのようになっていくかについての、率直な問いかけであろう。

その根底には、弁護士はAIに駆逐され、職業として生き残れないのではという「興味」(弁護士にとっては「恐怖」)もあるかも知れない。

私は、15年以上前になるが、日弁連の弁護士業務委員会のIT部会に関わっていたことがあり、「ITが弁護士業務にもたらす影響」(日弁連弁護士業務委員会編「いま弁護士は、そして明日は?」所収。第一法規:2004年12月。以下「ITと弁護士業務」という)という簡単な論稿を書いたことがある(内容の要旨はⅡ項4⑴)。

デジタルが推し進めたそれからの社会の変化は目まぐるしく、今はITに代わってAIが注目を浴びている。そこで、この間弁護士業務に何が起きたのか、今後どうなるのかを、ITをAIに置き換えて考察してみよという趣旨で、私に執筆依頼があったのだろう。ただ私はAI開発に携わっているわけではなく、以下のほとんどの記述は「座学」なので、開発者から見ると的外れな点もあるかも知れないが、ご容赦いただきたい。

以下、問題の所在を明確にし、かつできるだけ多様な観点から考えてみようと思う。そのために私が作成した次の「問題の整理表」に添って検討することにする。

問題の整理表
弱いAIとAGⅠ ⑥世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)の変容 法とルールの対応(AI法)
③ビジネスと公共サービスの激変 ⑤弁護士業務 ⅲ 核心部分:
  法と事実の提出
  論証と起案
ⅱ 対象:法と裁判
ⅰ性質:プロフェッショナル
 ④DX
② デジタル化(PC・IT・AI)
➀ GAFAM(プラットフォーム)
テクノロジー・インターネットの進展

 

⑵「問題の整理表」の説明

 「問題の整理表」の内容を簡単に説明しよう。

ア 「AI時代」とは

「AI時代の弁護士業務」の「AI時代」とは、「テクノロジー・インターネットの進展」の中で、「①その影響力が国家にも優るともいわれる「GAFAMBAT」等が独占的に提供するプラットフォーム」を利用する「②PC・IT・AI等によるデジタル化(DigitizationないしDigitalization)」が飛躍的に発展した結果、現在から近未来にかけての「③ビジネス(商品やサービス)と公共サービス」が「④DX(デジタル・トランスフォーメーション)」によって激変し、「⑥世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)も大きく変容する」ことが予想され、かつその重要な部分を支える技術が「弱いAI」である時代ととらえることができよう。

この部分については、後記参考文献に譲り逐一検討はしないが、議論を混乱させないために、出発点として「弱いAIとAGI」を理解することが必要と思われるので、それについてⅠ項「デジタル私史と弱いAI・AGI」で検討する。

イ 「弁護士業務」とは

AI時代における「⑤弁護士業務」の問題は、ビジネスの一分野である弁護士業務全体の「④DX」の問題であると同時に、「⑤弁護士業務」固有の、「ⅰ性質:プロフェッショナル、ⅱ対象:法と裁判、ⅲ核心部分:法と事実の提出、論証と起案」のデジタル化の問題と位置付けることができよう(Ⅱ項「弱いAIが切り拓く弁護士業務の近未来」で詳述する。)。

ウ 「AI法」とは

これとは別に、AI時代は、「法とルール」による対応を迫られる様々な「AI法」の問題を惹起し、これが弁護士業務の対象となるが、これは他の論稿と重なると思われるので、Ⅲ項「弁護士業務の対象としての「AI時代の法」」で簡単に検討するに止める。

2 本稿で言及する本

私が「問題の整理表」に記載した事項に関わる本は、既に山のように刊行されているし、その山は日々更新されつつある。本稿を記述するにあたって多くの本に少しずつ感化を受けたが、逐一言及するのは煩雑に過ぎるので、本稿で言及するのは、後記参考文献記載の本に限らせていただく。各書の末尾に本稿での略称を掲げた。なおほとんどkindle本なので頁数は挙げていない。

 

Ⅰ デジタル私史と弱いAI・AGI

1 私のデジタル私史

人それぞれにデジタルに引き付けられた歴史があるだろう。私は大学で、Fortranをパンチカードで入力した記憶があり、弁護士になりたての頃、Appleのマッキントッシュやハイパーカード、その後iPod touchにはまったこともある(裁判所が一太郎を採用したこと等を契機に、Windowsを利用するようになった。)。

その頃、日本でもAIブームが起き、法律エキスパートシステムを開発する動きがあったこと、いつしかその動きがなくなりどうなったのだろうと思ったことも何となく記憶している。ITが喧伝されだした時も興味を持ち、日弁連の弁護士業務委員会のIT部会に関与した。最初にGoogleの検索に触ったときには衝撃を受けたし、AmazonのKindle本の保有は、3500冊を超えている。GAFAMのうち、Facebookは避けているが、他4社の活動には相変わらず強い関心を持っている(ただしGAFAMが「永続」するわけではないと思っている)。BATの内容は、中国ビジネスとの関係でわずかにもれ聞く程度だが、その発展のスピードに驚嘆させられる。androidスマホも便利に使っている。ただ実際の弁護士業務では、ワープロ、エクセル、メール、判例検索、Google検索、Google翻訳を利用するくらいだろうか。

この私のデジタル私史は、「問題の整理表」の「テクノロジー・インターネットの進展」、「①GAFAM(プラットフォーム)」、「②デジタル(PC・IT・AI)」の展開と併走している。それぞれの具体的な内容は、「岡嶋IT」、「松尾人工知能」、「Newton人工知能」、「合原人工知能」、「淺井人工知能」、「尾原アルゴリズム」等に譲る。

2 弱いAIとAGI

⑴AIとAGI

AIの定義はいろいろあるが、「松尾人工知能」は「人工的につくられた人間のような知能、ないしはそれをつくる技術」とし、「テグマーク・LIFE3.0」は「非生物学的な「複雑な目標を達成する能力」」とする。ただいずれにせよソフトウェアないしアプリである。今AIは、ITと共に利用されることがほとんどである。

AIが最初に問題提起されたのは1950年代であるが、最近のコンピュータや周辺機器、インターネットやクラウド等の性能、容量、速度等の飛躍的な向上のなかで、2012年頃から第3次AIブームが到来したといわれ、画像認識、翻訳、ゲーム等について、AIが人間を超えたとまでいわれるようになった。これを支えているのは、機械学習、とりわけ深層学習である。深層学習が成果を上げるためには、「ビッグデータ」が必要とされる。

AIには「弱いAI」と「強いAI」、あるいは「特化型AI」と「汎用型AI」があるとされて混乱するが(前者は「人間の意識や知性を持つかどうか」、後者は「さまざまな範囲の課題を総合的に処理できる」かどうかという観点からの分析とされるが、多くは重なっているだろう)、「テグマーク・LIFE3.0」等では、人間レベルの汎用AIを「AGI(Artificial General Intelligence.)」と呼ぶので、いま現在利用され、発展しつつある「弱いAI」、「特化型AI」を「弱いAI」と呼び、将来実現するかも知れない「AGI」と対比すると分かりやすいだろう。「ボストロム・スーパーインテリジェンス」では更に先を行く「超知能」だが、それもAGIに含めて考えよう。

⑵「知性」から対比する

弱いAIとAGIの違いについては、様々な捉え方があり得るが、「芝原最強AI」は「知性」(知能)を「課題を自分で見つけて解決する」流れであるとしその要素として「4つの力」を挙げる(「4つの力」は少し分かりにくい表現であるが、「ⅰ解くべき課題を見つける=動機、ⅱどうなったら解けたとするかを決める=目標設定、ⅲ解く上で検討すべき要素を絞る=思考集中、ⅳ課題を解く要素を見つける=発見」である)。AIがこの「4つの力」を備えれば、文句なしにAGIだが、同書は、現状の弱いAIは、ⅰⅱのほとんどは人間が行い、ⅲが乗り越えるべき大きな問題で(人間では直観と、ⅰⅱを組み込んだ「計画性」が機能する)、ⅳはAIに優位性があるとする。

⑶「言葉」「意味」から対比する

もう一つの捉え方として自然言語を理解し処理できるかどうかという問題の立て方がある。「川添人工知能」は、「言葉を理解するために必要な条件」として、「①音声や文字の列を単語の列に置き換えられること、②文の内容の真偽が問えること、③言葉と外の世界を結びつけられること、④文と文との意味の違いが分かること、⑤言葉を使った推論ができること、⑥単語の意味についての知識を持っていること、⑦相手の意図が推測できること」があるとし、これを機械に組み込もうとすると、「A機械のための「例題」や「知識源」となる、大量の信頼できるデータをどう集めか?B機械にとっての「正解」が正しく、かつ網羅的であることをどう保証するのか?C見える形で表しにくい情報をどうやって機械に与えるか?」を解決する必要があるとする。これが解決できればAGIである。ただ後述する「BERT(バート)」とその後継アプリは、A、Bにはかなり迫りつつあるように見える。

その他、「生命」、「意識」、「脳のエミュレーション」等からの捉え方もあるが、問題から遠ざかる気がする。

⑷本稿はAGIを考慮しない

弁護士業務には「課題を自分で見つけて解決する」流れのすべてが関わり、対象とするデータのほとんどが自然言語によるものであるから、これらを実行できるAGIが登場すれば果たして、法と裁判の分野でもうまくいくかという疑問は残るが、大きな影響があるのは必至である。

しかしAGIが現時点では実現されていないこと、すなわち今、開発、運用されているすべてのAIが弱いAIであることに異論はなく、そもそもAGIが実現されるのか、実現されるとしていつ頃実現されるのかについてあれこれ推測する意見は述べられても決め手はなく、結局「分からない」とする認識もほぼ共有されている。「AI時代の弁護士業務」などといわれると、どうしてもAGIが実現した場合の弁護士業務を考えたくなるが、それは「将来の課題」としかいえず、弱いAIが発展する中での弁護士業務のあり方を考えようというのが本稿の立場である。

3 「AGIに挑む3書」の紹介

そうはいってもAGIの問題はとても面白く、弁護士業務を考える場合も参考になるので、ここでは「AGIに挑む3書」を簡単に紹介しよう。

「テグマーク・LIFE3.0」は、AGIの実現可能性とそのもたらす影響について、①「技術懐疑論者」vs.②「デジタルユートピア論者」と③「有益AI運動の活動家」の2立場3学派に分けて考察できるとする。①vs.②の、そもそも「分からない」ことについての不毛な論争から、「分からない」としつつその可能性もあるのでそれに備える必要があるとし、人類はAIを制御できるかという「AIコントロール問題」に真正面から向き合ったのが、③に位置づけられる「ボストロム・スーパーインテリジェンス」である。ボストロム氏は、分析哲学のほかに、物理学、計算論的神経科学、数理論理学の研究も行う研究者で、同書はこの問題を緻密に論証した嚆矢となる本で参考になる。

この延長上にあるのが、「テグマーク・LIFE3.0」である。同書は、充分に「冷静に」AGIの実現可能性を検討し、「分からない」として「有益AI運動」を導いている。しかしテグマーク氏は、宇宙物理学者で、前著の「数学的な宇宙 究極の実在の姿を求めて」において、私たちの生きる物理的な現実世界は、数学的な構造をしているという「数学的宇宙仮説」、更には究極の多宇宙理論を展開した研究者であり、AGIについても宇宙の始原と物質の視点から当然に実現することを念頭に置いての壮大な構想を展開している。技術懐疑論者以外には、面白い本である。

少し違う観点からAGIを論じた本に「リース・人類の歴史とAI」がある。原題は「The Fourth Age」であり、人類史を、言語と火(10万年前)、農業と都市(1万年前)、文字と車輪(5千年前)、そして第4の時代:ロボットとAI(5百年前)と分け、第4の時代のテクノロジーの指数関数的進化に着目する。そして今後「ロボットとAI」がAGIになるかを考えるメルクマールとなる3つの大きな問いとして、①宇宙は何からできているのか…一元論(一つの物質原子)or二元論(物理的なモノ+スピリチュアルor精神的なモノ)か、②私たちは結局何なのか…ⅰ機械、ⅱ動物、ⅲ人間(私たちの中に機械、動物とは違う何かがあるのか)、③「自己」とは何か…ⅰ脳の巧妙なトリック、ⅱ創発する心、ⅲ魂、を挙げる。AGIの実現可能性とこれらの問いにどう答えるかは密接に関連するのでこれに答えられるまではAGIの実現可能性に答えるのは難しいだろうとする。①が一元論であれば、②③で様々な紆余曲折があったとしても、いずれはAGIが実現するだろうと考えることはおかしくはなく、それはテグマーク氏の議論と重なるだろう。

4 弱いAIの最前線

⑴最強AI

AGIに目を奪われる余り、弱いAIは駄目だなと思うのは勘違いである。「柴原最強AI」は、弱いAIの最前線を支える「最強AI」として、画像系の「ResNet(レズネット)」(2015年)、言語系の「BERT(バート)」(2018年)、ゲーム系の「AlphaZero(アルファゼロ)」(2017年)を紹介している。

 画像系は第3次AIブームを切り拓いた分野であり、着々と進展しつつあるようだ。

言語系はこれまで「意味」や「フレーム問題」が関わり、AIの中では特に弱い分野とされてきたが、「BERT(バート)」は、転移学習を基本として様々な工夫がなされ、更にその弱点を克服する後継AIも開発されており、言語を対象とする弁護士業務にとって注目されるが、少なくても後述する弁護士業務の核心部分に届くにはまだ距離がありそうだ。

ゲーム系の「アルファゼロ」は、ルールを教えられるだけで過去の対戦等を参照せずに自己対戦を繰り返すことで、短時間で人間を超える最強ソフトに成長するとのことである。「恐怖」さえ感じるが、ゲーム開発者の三宅陽一郎氏は、あるインタビューで「ゲームの人工知能は現実に応用できますか」と問われ「難しいと思います。仮想空間ではAIの研究が、かなり加速的にできます。そこでわかってきたことは、仮想空間というのは、ノイズがないということです。センサーで完全に情報が取れ、完全に行為を実現できます。それは現実世界の知能に似ているかというと実はあまり似ていません。本物の知能は常にノイズとか不確定性の中で動いているので、そこが知能の本質だったりするんですね。現実世界でAIを動かすときは、ゲーム空間の純粋なロジック空間で培った人工知能はあまり役に立たないんです」と述べている。

⑵東ロボくん

 新井紀子氏が率いる「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトは、開発したAI群で、センター入試模試と東大模試を受験し(問題はデジタル化)、2016年にはMARCH、関関同立クラスの大学に入学できる偏差値を得たが、その後は、英語チームが導入した上述の「BERT(バート)」でいくつかの問題群で成績を伸ばしたものの、結局、東大に合格できる見込みは立たなかったという(「新井AI」、「新井プロジェクト」)。これは現時点の弱いAIの限界と共に、これから弱いAIが代替可能な仕事の分野が広範にあることを表している。

 要するに、弱いAIは、適用範囲を見極めれば、今後、思いもかけない大きな発展が見込まれるということである。

 

Ⅱ 弱いAIが切り拓く弁護士業務の近未来

1 DXから見た弁護士業務

⑴弁護士業務の概要

まず弱いAIが今後切り拓くであろう弁護士業務の概要を整理しておこう。

弁護士業務の多くは、法と裁判を対象とする業務である。法については、裁判の前提になる場合がほとんどで、弁護士がその作成や施行に関与することは多くはない。

裁判は、抽象的にいえば、ⅰ法に、ⅱ事実を当てはめ、ⅲ法的推論によって結論を得る過程である(以下「抽象モデルとしての裁判」ということがある)。裁判に関する弁護士業務(下記DXの対象である「ⅱ業務プロセス」)は、A.裁判の進行に伴う諸事務の把握・管理(以下「管理業務」という)と、B.弁護士が勝訴に向けてする活動の核心部分である主張と立証の選択と提出(法と事実の提出。「尋問」も含む)及び判断権者である裁判官を誘導・説得する書面の作成・提出(論証と起案)(以下「核心部分」と総称する)に分けることができよう。

法律事務所の事務スタッフは、主として管理業務を担当し、弁護士の指示により核心部分の補助(法令判例文献検索や、一般的な事実の調査等)を担当することもある。

因みに、裁判所の業務もほぼ同様の構造であり、裁判官は法廷を主宰し、法廷に提出された法と事実に基づいて、弁護士の論証と起案を考慮してその判断を示す判決書を作成する。管理業務は、書記官が担当する。

その他、弁護士業務には、契約書の作成、チェック、意見書の作成等も含まれるが、核心部分の応用というより、その前段階と考えて、差し支えないだろう。

なお刑事分野は、証拠収集や量刑等にAIが現に活用されつつあり、注目度も高いが、本稿では紙数の関係で、民事・行政分野に限定して検討する。

⑵DXとは何か

今、すべてのビジネス(そして公共サービス)にとって、DX(デジタル・トランスフォーメーション。DS(デジタル・シフト)ともいわれる)への取り組みが、喫緊の課題であるとされている

「ウェスタ―マン・デジタルシフト戦略」によれば、DXの対象は「ⅰ顧客体験、ⅱ業務プロセス、ⅲビジネスモデル」に大別できる。その核心は「ヒトではなく、電子を走らせろ。電子は疲れない」とされる(プレジデント社デジタル)。実際、多くの顧客がプラットフォームを使いこなしデジタル化していく中で、ビジネスと公共サービスは、新しい顧客体験やビジネスモデルを創造しその業務プロセスを改革していかなければ、取り残されるのは当然である。

ただし今多くの企業でDXへの取組みは難しいといわれているが、私は、その手掛かりとして、顧客体験についてはデザイン思考が、上記の全体を通じてシステム思考が有効であると考えている。「稗方システム思考」の「DXが注目されるこの時代、時には「AIを使えば問題は解決できる。とにかくAIを入れろ」という乱暴な話を聞くことがあるかもしれない。しかし、AIは魔法の杖ではない。現実には限りある予算や資源を用いて、AIやその他の新技術を活用して目標を達成するには、「どこに(どの業務に)」「何の目的で(どんな効果のために)」導入すればよいのかを見極めなければならない。そのためには、当事者の「人」まで含んだ大きなシステムとして検討対象を認識し、問題設定することが必要である。このような問題設定をシステム思考に基づいて行い、さまざまな施策・シナリオについてシステム・ダイナミクスを用いて比較検討をすることで、ステークホルダーは主体的に、自信を持って、認識の共有を維持しながら、施策の選択と実行のリードができるだろう」との指摘に賛同する。

⑶DXから見た弁護士業務

ア 弁護士業務もビジネスとして当然DXの対象である。

弁護士の「ⅱ業務プロセス」のDXは、事務スタッフが担当する管理業務でこれまでもある程度行われてきた(事件管理システム等)。しかしこの分野のDXは、大規模事務所はともかく、小規模事務所においてはさほどメリットがあるわけではないし、かえって煩雑で負担になり、途中で使用を中止することも多い。

イ 弁護士の「ⅱ業務プロセス」のDXとして主として問われるべきは、その核心部分である。ただこれは、「プロフェッショナル」論や「法と裁判」のあり方を踏まえて検討すべきであると考えるので、2項以下で、弁護士業務について、ⅰ性質:プロフェッショナル、ⅱ対象:法と裁判、ⅲ核心部分:法と事実の提出、論証と起案に分けて検討することとする。

ウ 「ⅰ顧客体験」から見た弁護士業務のDXの現れはどうか。顧客が、より早く、より安く、より分かりやすく、より便利にと思うのは当然であるから、DXの活用の余地はあるが、顧客に対して迅速・丁寧に対応すれば、DXを待つまでもなく顧客体験が向上するのは明らかであるから、費用対効果を考慮すると、DXとして何が有効なのかはよく見えてこない(宣伝、広告等は横に置こう)。

また顧客は、弁護士に依頼したことでより良い結果を獲得する「ⅰ顧客体験」を得たいのは当然であり、それは基本的には依頼した弁護士が実行した「ⅱ業務プロセス」の核心部分の有効性の問題ではあるが、その結果には、担当裁判官の判断の妥当性、法や判例の内容、解釈、更に立法のあり方、その他わが国で歴史的に形成されてきた裁判制度やその業務を独占する裁判所という「行政組織」や政治過程のあり方等々も関係し、複雑な問題となる。弁護士の「ⅱ業務プロセス」を改善すれば済む問題ではない。

弁護士業務を含む法律関連業務のDX(IT化、AI化)の議論が、往々にして軽率に聞こえるのは、そのような複雑な問題を等閑に付したままで議論が展開されるからであろう。

⑷DXから見た裁判所の業務

「ITと弁護士業務」で私は、裁判実務を担当する弁護士が裁判所に求めていることとして(私が全部賛同していたわけではない)、要旨「①裁判所は、全ての判例を電子データベースとして公開すべきだ。②裁判所や検察庁における書面の授受を、Eメールを利用し電子情報で行いたい(注:市民からいえば、電子申請)。③裁判所や検察庁の尋問調書、供述調書等を電子情報で交付すべきだ。さらに、④証人尋問を含む法廷でのやりとりや被疑者、被告人との接見を、インターネットを利用したテレビ会議システムを利用して行うようにすることが大切である」を挙げ、「費用と熱意の問題であるが、早晩(4、5年で)、実現する」とした。

それが15年前で、最近やっとこの一部が実現しようとしている(2020年3月10日、政府(最高裁や法務省、内閣官房などが参加する民事司法制度改革に関する関係府省庁連絡会議)は、民事裁判手続きの全面的なオンライン化などを盛り込んだ民事司法制度改革の最終案をまとめた。まず訴訟の代理人弁護士に裁判関係書類のオンラインでの提出を義務付け、最終的には口頭弁論や記録閲覧などのIT(情報技術)化を実現する方針だ。高齢者を中心にITに詳しくない利用者がいることも想定され、司法へのアクセスの確保に配慮するよう求めた。最高裁が利用者全員にとって使いやすいシステムを構築する。2022年の民事訴訟法改正をめざす。柳瀬昇「AIと裁判」(山本AI所収)は、「AIをはるか彼方にながめつつIT化を議論するわが国の現状」と揶揄する)。

これは国民、市民のデジタル化に対応した裁判所のDX(顧客体験、業務プロセスの改善)の問題であり、実現すれば「便利」ではあるのだが、裁判でのやり取りは、センシティブで秘密性の高いものが多く、オンラインはセキュリティーの面から、どうだろうという問題がある。実現すれば必ず秘密漏洩の問題が生じるから、それを前提に制度内容を考える覚悟が必要だ。

2 弁護士業務の性質:プロフェッショナル

⑴弁護士はプロフェッショナルである

「AI時代の弁護士業務」を検討していくが、まず弁護士業務は、その性質として、プロフェッショナルによるビジネス(私的サービス)である(裁判所は、プロフェッショナルによる公共サービスである)。これについて「サスカインド・プロフェッショナルの未来」が次のような指摘をしている。

「これまでの専門職は、社会において知識の管理・活用を任された「門番」のような存在であったと位置付けられている。人間が一人であらゆる知識を頭に詰め込み、活用するなどということはできない。そこで私たちは、専門家に個々の専門領域における知識の管理を任せ、その役割に見合う特権的な地位を与えた。しかしいま、社会は「印刷を基盤とした産業社会」から、「テクノロジーを基盤としたインターネット社会」へと変貌を遂げつつある。変化はまだ完了しておらず、移行期特有のさまざまな弊害が表れているものの、「テクノロジーを基盤としたインターネット社会」においては、知識の生産・流通のあり方が大きく変わる。専門家の役割も大きく変わる。その仕事は細かなタスクに分解され、他の人々に任せることができるものは委託され、一部は高度に進化した機械によって置き換えられるだろう。こうして知識を生産・流通する新たなモデルが生まれ、専門職に携わる人々も、その中で新たな役割(それは従来の「専門家」とはかけ離れたものになるかもしれない)を見出すようになると考えている」。

⑵著者リチャード・サスカインド氏について

著者のリチャード・サスカインド氏は、イギリスの法律家で、法律エキスパートシステムの開発にも関与し、かねてから法律業務をターゲットにして、「The End of Lawyers?:Rethinking the nature of legal services」や「Tomorrow’s Lawyers: An Introduction to Your Future」を書いて、ITやAIが法律業務をどう変えるのかということについて論陣を張ってきた、この分野でもっとも注目に値する人物である。この本は、子ダニエルとの共著で、視野を専門職一般に広げ、ITとAIが変えるこれからの専門職のありかたを、詳細、緻密に論じている。取り上げられているのは、医療、教育 、宗教、法律、ジャーナリズム、経営コンサルティング、税務と監査、建築であり、ITやAIの影響について、まっとうな観点からの新しい情報として一読に値する(同書2章。特に医療は、今後完全にITとAIに制覇されるし、それが必要不可欠なことがよくわかる)。

上記であげられた専門職の中でこれまでの仕事のありかたを変えることに抵抗があるのは、法律と教育ぐらいであろうが、教育は予算が付けば柔軟に変わるだろう。この本は、頑として動かない法律家をターゲットにしている。

⑶「門番」としての検索

これまで社会において法律知識の管理・活用を任された「門番」である弁護士は、今、その初動部分(「法と事実」の把握の一部)は、確実にgoogle検索にその地位を奪われている。それどころか弁護士も問題の把握をgoogle検索に頼ることが多い。ただ、弁護士業務の核心部分が「高度に進化した機械によって置き換えられる」ことはAGIが登場しなければあり得ないというのが私の見通しである。

3 弁護士業務の対象:法と裁判

⑴法と裁判に関わる裁判官と弁護士の違いは何か

 上述したように裁判官は、法廷を主宰し、弁護士の論証と起案を考慮して、法廷に提出された法と事実に基づいて判断を示す判決書を作成する。「AI裁判官」といわれるように、法と裁判は、裁判官の目から見た「抽象モデルとしての裁判」が念頭におかれることが多い。

一方、弁護士は、裁判官が法的推論によって結論を得る過程を誘導・説得する書面を作成・提出(論証と起案)をする(「Legal Reasoning & Legal Writing」といわれる(田中法律文書」の表紙にも記載されている)と共に、法廷に裁判官の判断の対象となる法と事実の提出をしなければならない。

似たようなことをしているように思えるが、弁護士が「法と事実の提出」をする点において決定的な違いがある。

裁判官は、弁護士(当事者)が提出した限られた法と事実の範囲で判断すれば足りるが、弁護士が、探索、適用すべき法とルールは、法律、条例、ガイドライン、様々な自主ルール、更には(問題によっては)世界の法とルールと際限なく広がるし、事実に至っては、無限に広がる事実連鎖のなかで真偽の確率を踏まえ、依頼者勝訴の根拠となる法とルールに当てはまる依頼者に有利な事実を拾い出して証拠化し提出しなければならない。法と事実の提出に至る過程は容易ではない。ただし弁論終結後は、弁護士と裁判官が処理すべき対象は同じである(もっとも普通の弁護士の「頭脳」では、自身がそれまでに「体験した法と事実」と、「実際に提出されている法と事実(その中には相手方が提出したものも含まれる)」を、直ちに截然とは区別できないのだが)。

このように弁護士が処理しなければならない法とルール及び事実の情報量は厖大なので、AI処理になじむといえる。この点で、判例法圏の裁判と似た面がありそうだ。

⑵法と裁判についてのAI研究・開発の歴史

AIの研究・開発の歴史において、法は、論理的な推論を得意とするコンピュータの利用になじむものと考えられ、第1次AIブーム(推論ベースのAI)時から焦点が当たり、第2次AIブームでは「知識ベース」に検索や推論を組み合わせて専門家を代行する法律エキスパートシステムの研究・開発の対象となってきた。

最近では、Kevin D. Ashley氏の「Ashley・Legal Analytics」が、これらを網羅的に研究、検討している。同書は「第Ⅰ部 法的推論の計算モデル」、「第Ⅱ部 法的テキスト分析」、そして第Ⅲ部でこれらを結び付け「計算推論モデルと法的テキストの連結」を論じている。第Ⅲ部では、実務的な法アプリの紹介もされている。

これらが念頭に置くのは、主として「抽象モデルとしての裁判」であるが、判例法圏と制定法圏では、裁判における判例の位置付けが全く異なるから、これらの研究が直ちにわが国で活かせるかどうかはよくわからない。

⑶わが国の法と裁判についてのAI研究・開発の現状

わが国においても、法と裁判についてのAI研究・開発を掘り下げようとする動きがある。これについては、2019年1月に日本学術会議情報学委員会が主催した「AIによる法学へのアプローチ」が重要で、そこで発表された報告の資料である「AI法学への応用の歴史」(新田克己氏)、「AIの法学への応用研究の現状」(佐藤健氏。なお「AIに裁判の結果を説明させる」(Newton人工知能)所収参照)、「法学者からのAI技術導入についての期待」(太田勝造氏)はいずれも有益である(http://research.nii.ac.jp/~ksatoh/ai-law-symposium/#Aims%20and%20Scope)。なお「野村AI」に、これに参加した宮内宏弁護士の報告が紹介されている。

このうち、太田氏は、「抽象モデルとしての裁判」の過程について、事実認定のベイジアン・モデルは大量のデータが必要で実現困難、当てはめも深層学習、自然言語処理では説明ができない、法的推論は論理プログラミングによる実現が困難と指摘し、シンギュラリティまでは、AIによる裁判支援システムを活用するに止まることになろうとする。

また、新田氏と佐藤氏は、Kevin D. Ashley氏も共著者として「新田・佐藤応用」で「人工知能の法律分野への応用について」検討している。その中で、法学においては結果の説明が必要なので、深層学習の技術では実現不可能であること、より高度な法的推論の解析や実現が必要であること、Prolog(言語)により具体的な法律についてどのように機械推論化するかの具体的な方法論は未だないことが指摘されている。

このように、法や裁判の過程が「論理的」であることを前提として真正面から「抽象モデルとしての裁判」」を解き明かそうとする試みは、なかなかうまくいきそうもない。ただ、既に紹介した「BERT」とその後継アプリ(柴原最強AI)、「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトでの試行錯誤(新井プロジェクト)、そして金山博「Watsonの質問応答からコグニティブ。コンピューティングへ」(「合原人工知能」所収)等による自然言語研究は、今後、徐々に機能していくであろう。

なお法律分野のAIは、判例法圏であることとの関係があるかも知れないがアメリカやイギリスでの研究・開発の動きが大きく(Legal Tech)、わが国でも「リーガル テック」を進めようとする動きがある。しかし多くは、諸外国での検索やe-discovery、フォレンジック、契約書作成アプリ等を紹介し、導入しようとするものであり、直ちにわが国の弁護士業務に大きな影響があるものではないと思われる。

(4)ボストロム氏の指摘

ところで既に紹介した「ボストロム・スーパーインテリジェンス」は、AGIがルールを作成することについて「おそらく、それにもっとも近いのは、われわれ人間が社会で生活を送る上での行動基準を定めた法律制度ということになるかもしれない。しかし、既存の法律制度は、人類の長年の試行錯誤の末に実現されたものである。なおかつ、変化の速度が比較的ゆっくりした人間社会を対象としている。しかも、法律というものは、内容が現実に合わなければ、必要に応じて個別規定を改めることもできる。そして、もっとも大事な点は、法律制度には、裁判官や陪審員といった人たちが法の番人として存在していて、しかも、彼らは、論理的に可能な解釈であっても、人間の一般常識や普遍的良識という尺度に照らして、法文の解釈が立法者の意思に反することが分明である場合は、その解釈を強いて適用するようなことはしない、ということだ。つまり、詳細なルールからなる非常に複雑なシステム(制度)を綿密に構築し、しかも、完全完璧なシステムを最初の試みで成功裏に完成させて、非常に多様な状況に適切に対応可能なシステムとして誕生させるような所業はおそらく人間の力を超えている」と指摘している。法と裁判の問題は、AGIにとっても一筋縄ではいかないことを示唆している。

4 弁護士業務の核心部分:法と事実の提出、論証と起案

⑴「ITと弁護士業務」における私の考え

上述したように法と裁判を真正面からAIの対象とする試みは、難しそうだが、その一部を構成する弁護士業務、とりわけその核心部分である「法と事実の提出、論証と起案」についてのDX(IT、AI)はどうか。これについて私は、15年以上前の「ITと弁護士業務」に、要旨、下記の指摘をした。今読み返しても、問題状況はほとんど変わっていない(ということは、ITやAIは、未だ弁護士業務に大した影響を与えていない)ことに驚いてしまう(若干字句を修正した)。

①弁護士業務の中核は大きな意味での情報処理であり、その過程は、情報の収集(インプット)一情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)から構成されている。「情報の収集(インプット)」を、I.生の情報(事情聴取、尋問、契約書やその他の文書、その他生のデータから得られる情報)の収集に関わるスキル(「生情報収集スキル」という)、Ⅱ.法関連情報(法令、判例、文献、注釈書、その他)の収集に関わるスキル(「法情報収集スキル」という)に分ける。そして「情報の処理(記憶一演算)一情報の表現(アウトプット)」をひとまとめにして、Ⅲ.収集した情報に基づく判断、表現(「判断表現スキル」という)と分類すると、今後弁護士に求められる「知」は何であろうか。

②「法情報収集スキル」は(筆者注:当時でも)広く行き渡っているので、「生情報収集スキル」と「判断表現スキル」が弁護士の「知」であると一応はいえる。

③弁護士業務の最大の問題は、収集、整理した生情報と法情報を、頭(主記憶装置+演算装置)に入れ、筋道立てて思考、判断し(プログラムの実行)、その結論を表現(アウトプット)することである。弁護士の頭の中で実行される「プログラム」は、入力された生情報、法情報を、法実務経験のエッセンスを踏まえ筋道立てて思考、判断し、結論を得て表現する過程を実行することである。このように考えれば、実は弁護士の「専門性」が、この「判断表現スキル」にあるのは、明らかである。そして一人の弁護士が情報収集に割ける時間も、運用できるプログラムの種類(法分野)も頭の容量も限られているから、他の弁護士と区別される「専門性」成立の根拠がある。

④さらに「生情報収集スキル」は、弁護士の一般的な人間的としての実力が問われているといってよいであろう。人間に対する興味と洞察、そして経済や経営、社会の動き、歴史、自然科学等々に対する充分な知見があってはじめて有効な生情報の収集ができるのである。「生情報収集スキル」については当面、音声情報、活字、筆記の文字情報のデジタル化が実用化されるであろう。なお、生情報に分類した個別事件を離れた一般分野の情報については、「法情報収集スキル」と同じ問題状況になる(筆者注:レクシスネクシスの「Lexis Advance」(https://www.lexisnexis.jp/global-solutions/lexis-advance)等が開発されている)。

⑤そして、デジタル化して収集した生情報、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするIT技法の開発が急務である。例えば、弁護士が全ての証拠を踏まえて論証する書面(最終準備書面や上訴の理由書、刑事の弁論要旨)を作成するとき、必要な証拠部分を探して引用するのには膨大な時間がかかり、しかもなお不十分だと感じることはよくある。あるいは供述の変遷を辿ったり、証拠相互の矛盾を網羅的に指摘したりしたいこともある。このような作業(の一部)は、デジタルの得意な分野である。また少なくても、当方と相手方の主張、証拠、関連する判例、文献等をデジタル情報として集約し、これらを常時参照し、コピー&ペーストしながら、書面を作成することは有益であるし、快感さえ伴う。目指すIT技法は、当面は進化したワードプロセッサー、データプロセッサーのイメージであるが、データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」があることも充分にあり得る。

⑵若干の付加的検討

ア 「デジタル化して収集した生情報、法情報を、弁護士の頭の替わりに(ないしこれに加えて)パソコンで稼働させるプログラムによって整理、思考、判断し、結論を表現することを可能とするIT(AI)技法の開発」は重要であるが、現状では、弁護士の「頭の替わりに」ではなく、「加えて」が正しいだろう。自然言語の論理処理(法的三段論法)や法への言語で表現された事実の当てはめの困難さという根本的な問題が解決されない限り、「頭の替わり」はできない。「加えて」、

だけでも言語分野における日本語市場の狭さ、その中での弁護士市場の狭さにより、これを実現するには、弁護士がやるしかないという状況だ。ただイギリスやアメリカで開発された技法が移植される可能性はあるかも知れないし、自然言語処理にも進展があるだろいという点は指摘した。「データ処理自体に対する考え方の「革命的変化」」が、まさに深層学習であろうが、これまでの検討によれば、弁護士業務の核心部分においては、当面、決定打たり得ないようだ。

イ 上記では、「法と事実の提出」と「論証と起案」の段階が、区別されていない嫌いがあるが、当時はまだ「デジタル情報爆発」という時代でもなく、そこに余り注意が向いていなかった。今弁護士は、普通の事件でも「論証と起案」以上に、「デジタル情報の提出」(メールやLINE等のデジタル情報の整理、解読)に労力を割かれることが多い。

ウ ただ、百年河清を待っていても仕方がないので、とりあえず弁護士は身近なIT技法を習得するのが重要であろう。少し古いが次の3書を挙げておく。

弁護士業務改革員会「法律家のためのスマートフォン活用術」」(第一法規:2013年10月)

弁護士業務改革員会「法律家のためのITマニュアル新訂版」」(第一法規:2015年10月

高田靖也「法文書作成のためのMicrosoft Word 2016 」(カットシステム :2017年1月)

さらに弁護士業務の「論証と起案」は、「弁護士が法実務経験のエッセンスを踏まえて」を除いて「筋道立てて思考、判断し、結論を得て表現する過程」だけを取り出せば、情報を整理して論文を執筆する過程と重なるから、他分野のそのようなアプリが参考になるだろう。医学分野でEnd Noteというアプリがあるので、これが使用可能かも知れない(ただし、医学分野ではこのアプリにすぐに取り込んで使える膨大なデータベースが完備されており、法律分野でそのように使えるわけではない)。

讃岐 美智義 「最新EndNote活用ガイド デジタル文献整理術 第7版」(克誠堂出版:2018年2月)

エ 「論証と起案」については、弁護士と裁判官の作業内容は基本的には同じである。「佐藤・新田応用」に「裁判官支援プロジェクト」として紹介されている内容の多くは上記と重なるが、開発状況はどうなのだろうか。

私はAIになじむという点からも要件事実論(上記佐藤健「AIの法学への応用研究の現状」参照)は評価しているが、新様式判決書は、裁判官の事実認定を情緒的、非科学的にし、要件事実論を台無しにしているとの認識があるが、ここでは指摘に止める。

 続いて「AI時代の法」について簡単に検討する。

 

Ⅲ 弁護士業務の対象としての「AI時代の法」

1 AI時代の法について

これについては本特集の別の論稿で論じられているし、最近はAI法について刊行される本も増えている(私の手許にも20冊近くある)。特に「小塚AI法」は、AI時代の法の問題について、様々な観点を踏まえた見通しのよい議論をしており、頭が整理できるので紹介しておく。

以下、私が弁護士業務の対象としての「AI時代の法」を考える場合に、今行われている議論で特に留意すべきだと思う点、ないし不十分だと思う点だけ、簡単に指摘しておきたい。

2 AI時代の法と政策

現在、行政機関が先頭に立ち、AIについての法とルールの作成のみならず、「産業政策」としてのAI開発の方向性にさえ立ち入ってこれをリードしようとしている。率直に振り返えれば我が国の「産業政策」が成功したことはほとんどなく(「高度成長」は、戦争による古い生産設備の破壊と人工ボーナスによるものであろう)、GAFAMの発展や第五世代コンピュータの失敗を見ればわかるように、AIは自由な発想が不可欠な分野で、「役人」が介入するにもっとも不向きな分野である。

また法とルールは、国民の権利と義務を定めるわけだが、行政機関がお膳立てして作成される法やルールの妥当性について紛争が生じたとき、行政機関がどのような対応をし、わが国の裁判所が扱うのかということについて、リアルな認識が必要である(簡単にいえば内容以前に総力を挙げて訴えを却下しようとするのが「実務」である)。

このような実情を踏まえて、「民」は、行政機関がするAIについての法とルールや政策の提案に向き合うべきであろう。官民一体は、望ましいことではない。

3 AI時代の倫理

法は、国家が制裁付きで強制する規範であるが、社会規範や道徳等との関係はどうか、特にAI法は、AIという新しい現実についての規範であるから、根本的な価値に遡ってよく考えるべきであることに異論はあるまい。西垣AI倫理は、人間と機械は違う、機械は意味、価値を理解しないという観点から、AI時代の倫理を考察している。西垣氏は、技術懐疑論者で議論がそこに集中しすぎる嫌いがあって必ずしも同意できない点もあるが、目前の利益の優劣で法やルールを作成しても、全体最適から見るといいことが何もないことは確かだろう。

4 AIの目的は何か

そもそもAIを研究・開発することの目的は何だろうか。「便利」になるなどということの優先度は極めて低い。

AIによって世界(人と情報・自然・人工物の動的関係)そのものが大きく変容する中で、持続可能な社会を築くことを最優先すべきことは当然であるし(気候変動、環境破壊、資源枯渇、原発事故、兵器の暴走、自然災害、疫病、地方衰退、インフラの壊滅等、AIが問題を整理し解決に役立つことが期待されている分野は山ほどある)、その中で人間の生存が、意味や価値に充たされることが重要である。

AI法がその方向を目指しているかどうか。自動運転車が、そこいら中を走り回る必要があるのだろうか。

 

参考文献

  • 岡嶋裕史「いまさら聞けないITの常識 」(日経新書:2019年7月)(岡嶋IT)
  • 松尾豊「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」 (角川EPUB選書:2015年2月)(松尾人工知能)
  • Newton別冊「ゼロからわかる人工知能 基本的な仕組みから応用例、そして「未来まで」(Newton Press:2018年5月)(Newton人工知能)
  • 合原一幸等「人工知能はこうして創られる」(ウエッジ:2017年9月)(合原人工知能)
  • 淺井登「はじめての人工知能 増補改訂版 Excelで体験しながら学ぶAI」(翔泳社:2019年2月)(淺井人工知能)
  • 尾原和啓「アルゴリズム フェアネス もっと自由に生きるために、ぼくたちが知るべきこと」(KADOKAWA:1020年1月)(尾原アルゴリズム)
  • 柴原一友等「続AIにできること、できないこと すっきり分かる「最強AI」のしくみ」(日本評論社:2019年11月)(芝原最強AI)
  • 川添愛「働きたくないイタチと言葉がわかるロボット 人工知能から考える「人と言葉」」(朝日出版社:2017年6月)(川添人工知能)
  • マックス・テグマーク「LIFE3.0 人工知能時代に人間であるということ」(紀伊國屋書店:2017年(原書))(テグマーク・LIFE3.0)
  • ニック・ボストロム「スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運」(日本経済新聞出版社:2014年(原書))(ボストロム・スーパーインテリジェンス) 
  • バイロン・リース「人類の歴史とAIの未来」(ディスカヴァー・トゥエンティワン:2018年(原書))(リース・人類の歴史とAI」)
  • 新井紀子「AIに負けない子どもを育てる」(東洋経済新報社:2019年9月)(新井AI)
  • 新井紀子等「人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」: 第三次AIブームの到達点と限界 」(東京大学出版会:2018年9月)(新井プロジェクト)
  • ジョージ・ウェスタ―マン等「一流ビジネススクールで教えるデジタル・シフト戦略 テクノロジーを武器にするために必要な変革」(ダイヤモンド社:2014年(原書))(ウェスタ―マン・デジタルシフト戦略)
  • プレジデント社経営企画研究会「Why Digital Matters? ~“なぜ"デジタルなのか~」(プレジデント社:2018年12月)(プレジデント社デジタル)
  • 稗方和夫等「システム思考がモノ・コトづくりを変える デジタル・トランスフォーメーションを成功に導く思考法 」(日経BP社:2019年1月)(稗方システム思考)
  • リチャード・サスカインド等「プロフェッショナルの未来 AI、IoT時代に専門家が生き残る方法 」(朝日新聞出版:2015年(原書))(サスカインド・プロフェッショナルの未来)
  • 山本龍彦等「AIと憲法」(日本経済新聞出版社:2018年8月)(山本AI)
  • Kevin D. Ashley「Artificial Intelligence and Legal Analytics: New Tools for Law Practice in the Digital Age」(CAMBRUDGE UNIVERSITY PRESS:2017年)(Ashley・Legal Analytics)
  • 佐藤健・新田克己・Kevin D. Ashley「人工知能の法律分野への応用について」(信山堂「法と社会研究 4号」所収:2019年5月)(佐藤・新田応用)
  • 野村直之「AIに勝つ! 強いアタマの作り方・使い方 (日本経済新聞出版社:2019年6月)(野村AI)
  • 田中豊「法律文書作成の基本[第2版]」(日本評論社:2019年7月)(田中法律文書」)
  • 小塚荘一郎「AIの時代と法」(岩波新書:2019年11月)(小塚AI法)
  • 西垣通等「AI倫理-人工知能は「責任」をとれるのか」(中公新書ラクレ:2019年9月)(西垣AI倫理)

 

 

法とルール

この論稿の内容

この論稿は「予防訴訟と仮救済制度が問題となった事件」ということで執筆したものであるが、行政訴訟において問題となるどの訴訟類型を選択すればいいのかという「訴訟類型の選択」について網羅的に検討したものとなっているので、参考になると思い、掲載する。現時点では、まだほとんど元の原稿のままであるが、「訴訟類型の選択」ー裁判所に却下させないためにどのような訴訟を提起すべきかということに焦点をあてた論稿にすべく、適宜手を入れていきたい。

Ⅰ 予防訴訟と仮救済制度の概要

⑴本章で取り上げる「予防訴訟と仮救済制度」は、「行政庁の処分その他公権力の行使」(以下、「行政処分」ないし「処分」ということがある。)により、あるいは行政処分ではないが行政庁(以下、「行政機関」ないし「行政」ということがある)の行為が関わることにより発生する、国民の不利益ないし被害・損害を(恒久的に、あるいは暫定的に)予防し、現状を維持する手続であるという共通点がある。

⑵「予防訴訟」は一般的な概念であり、その範囲が明確なわけではないが、「差止めの訴え」(行訴3条7項。以下「差止訴訟」という)が中心的に検討され、「(非申請型)義務付けの訴え」(行訴3条6項1号。以下「(非申請型)義務付け訴訟」という)、「無効等確認の訴え」(行訴3条4項。以下「無効等確認訴訟」という)、「公法上の法律関係に関する確認の訴えその他の公法上の法律関係に関する訴訟」(行訴4条後段。以下「実質的当事者訴訟」という)等も予防訴訟に含めて考えることができる場合があるし、民事上の差止請求も予防訴訟の機能を有する。

⑶また、「仮の救済」(以下「仮救済制度」という)は、取消訴訟等についての「執行停止」(行訴25条、26条)、差止訴訟についての「仮の差止め」(行訴37条の5)、義務付け訴訟についての「仮の義務付け」(同)である。実質的当事者訴訟については、後述するように民事保全法上の仮処分が利用できると解すべきである。

⑷本章で検討する、予防訴訟、仮救済制度は、いずれも平成16年の行政訴訟法の改正(以下「平成16年改正」という)において、国民の権利利益のより実効的な救済手段を確保するために新設ないし整備された規定であり、その立法趣旨の実現を目指すという観点から検討することが重要である

 行訴附則50条の「法律の施行後5年を経過した場合において、新法の施行の状況について検討を加える」を踏まえ、平成22年12月から24年1月にかけて「改正行政事件訴訟法施行状況検証研究会」(以下、「検証研究会」という)が開催され(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00037.htmlにその配布資料、議事録が掲載されている)、その内容をまとめた「改正行政事件訴訟法施行状況検証研究会報告書」(以下、「検証報告書」という。http://www.moj.go.jp/content/000104214.pdf)が公表されているので、必要に応じて、これを参照する(検証研究会で検討された論点については、これに参加した深澤龍一郎教授の「改正行政事件訴訟法施行状況検証研究会の論点」(「論及ジュリスト8号」64~70頁)に要領よくまとめられている)。

⑸以下本章では、法文から明らかな裁判手続やその効力に関する記述は概説書に譲り、「問題点」のみ取り上げることとする。

 

Ⅱ 仮救済制度と執行停止

1 仮救済制度の概要

(1)仮救済制度についての平成16年改正

平成16年改正前の行政事件訴訟法で認められていた仮救済制度は、取消訴訟、無効等確認訴訟を提訴した場合に当該行政処分の効力等の停止を求める執行停止だけであった。しかし執行停止が認められる事案は多くはなかった。また、いわゆる授益的行政処分が拒否された場合に取消訴訟を提起しても執行停止制度は機能しないし(拒否処分が執行停止されても、授益的行政処分がなされる状態になるわけではないし、行政庁に再度の審査義務が生じるわけでもない)、仮処分も利用できないので、この場合、国民の権利救済の方法がないという大きな問題点があった。そこで平成16年改正法は、拒否処分に対して、義務付け訴訟が提起できることとし、その場合の仮救済制度として仮の義務付けが規定された。

また執行停止制度についても、その積極要件が「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」から、「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(以下「重損要件」という)に改められた。

さらに差止訴訟が法定され、仮救済制度として仮の差止めが規定された。

⑵仮救済制度の概要

ア 行政事件訴訟法における仮救済制度は、次の【表1】のとおりである。

【表1】

本案訴訟

仮救済制度

条文
(行訴法)

 

行政処分前

行政処分後

 

抗告訴訟

取消訴訟

執行停止

25条、29条

 

無効等確認の訴え

執行停止

38条3項

 

不作為の違法確認の訴え

規定なし

 

義務付けの訴え

仮の義務付け

37条の5

 

差止めの訴え

仮の差止め

37条の5

 

当事者訴訟

執行停止の準用なし、仮処分

7条

 

争点訴訟

執行停止の準用なし、仮処分

7条

 

民衆訴訟・機関訴訟

43条2項の場合以外は執行停止の準用なし

43条2項

 
 

 

イ 仮救済制度の、本案訴訟、根拠条文、準用条文は、次の【表2】のとおりである。仮救済制度については、すべて適法な本案訴訟の提起、係属が前提となっており、しかも裁判所は申立てがあって初めて判断できるものであって、職権ではできない(行訴25条2項、37条の5第1項・2項)。

また、仮救済制度には、内閣総理大臣の異議制度が定められている(行訴27条、37条の5第4項)。これは最近では、ほとんど利用されないが、予防訴訟等において利用されることがあれば、その妥当性の問題が再燃する可能性はあるだろう。

【表2】

仮救済制度

本案訴訟

根拠条文

準用条文

 

執行停止

処分の取消しの訴え

25条~28条

 

 

32条2項

32条1項

 

33条4項

33条1項

 

裁決の取消しの訴え

29条

25条~28条

 

無効等確認の訴え

38条3項

25条~29条、

32条2項

 

仮の義務付け

義務付けの訴え

37条の5第1項、3項~5項

25条5項~8項、

26条~28条、

33条1項

 
 

仮の差止め

差止めの訴え

37条の5第2項~4項

 

 次項では、執行停止を取り上げ、仮の差止め、仮の義務付けは本案訴訟と併せ、第Ⅲ項で検討する。

2 執行停止

(1)執行停止とは

ア 執行停止とは、取消訴訟や無効等確認の訴えが提起されても、「処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない」(行訴25条1項))ことから、「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもって、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止をする」制度である(行訴25条1項・2項、29条、38条3項)。

 上記の重損要件を「判断するにあたっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質および程度並びに処分の内容および性質をも勘案する(考慮事項。行訴25条3項)。消極要件として「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき(行訴25条4項)、本案について理由がないとみえるとき(同)」が規定されている。

処分の効力の停止が最も広い概念であり、処分の執行や手続の続行は、その一部と解されている。したがって、「処分の効力の停止は、処分の執行又は手続の続行の停止によって目的を達することができる場合には、することができない」(行訴25条2項ただし書)。

イ 執行停止の具体的な事案として、処分の対象である本人がする場合として、建築物の除却処分、懲戒処分(公務員、弁護士)、退去強制処分(強制送還部分、収容部分)、許可取消処分(公共施設利用許可)、免許や指定の取消処分(運転免許、医師免許、保険医登録、保険医療機関指定、介護保険法上のサービス事業者指定)、営業許可停止処分(風俗営業法、海上運送法上の許可等)等、第三者に対する処分についてする場合として、建築確認、産業廃棄物処理施設の許可処分、情報公開法に基づく開示決定)、保育園の指定管理者指定処分等が考えられる(大橋洋一「行政法Ⅱ 現代行政救済論」296、297頁)。

⑵執行停止に関する裁判例・問題点の検討

ア 検証研究会における配付資料によれば、平成16年改正以降、毎年執行停止は年間約200件程度申し立てられ、そのうち、約3分の1ないし半数が認容されているとされる。これは新受件数、認容件数とも上向いているが、改正前からさほど増加しているわけではないようであり、その後もほぼ同様の傾向にあるものと思われる。検証報告書に、認容事案、却下事案が紹介されているので参照されたい。検証研究会では、裁判所の運用について、重損要件が認められると思われるのに否定された事案がある、重損要件はなお過大な負担を申立人に強いているのでこれを軽減すべきである、第三者の損害がこれに含まれることが曖昧である、等の指摘がなされている。

イ 重損要件、及びその考慮事項である「重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする」という要件について、どのように理解し、裁判において、主張、立証すべきか。

平成16年改正前の「回復の困難な損害」についても、原状回復不能または金銭賠償不能な損害のみではなく、金銭賠償が可能であっても、その損害の性質・態様などから、社会通念上金銭賠償だけでは損害が補填されないと解釈される著しい損害も含むと解されてはいたが、結局、後で金銭的補償を受けることによって償えるかどうかという「性質」判断に大きく影響されていたというのが実際であった。

平成16年改正法は、積極要件を、「回復の困難な損害」という損害の絶対的「性質」から、「重大な損害」という比較が可能な損害の相対的な「量」に改めることにより、解釈の柔軟性を増そうとしたといえる。更に平成16年改正法で新しくつけ加えられた考慮事項が、「損害の性質および程度」のみではなく、「当該処分の内容および性質」をも勘案することとしたことにより、損害についてその回復の困難の程度が著しいとまでは認められない場合であっても、具体的な処分の内容および性質をも勘案したうえで、損害の程度を勘案して「重大な損害」が生じると認められるときは、執行停止を認めることができると解されている(小林久起「行政事件訴訟法」279頁)。

たとえば、情報開示決定によって不利益を受ける第三者が取消訴訟を提起しても、本案訴訟の間に開示されてしまえば、開示決定を取り消す利益は失われ、事後的な損害賠償によってその不利益を完全に償うことは困難であるので、「回復の困難な損害を避けるための緊急の必要がある」として執行停止が認められるべきであろう。地方議会議員の除名処分や弁護士の業務停止処分、除名処分等も同じことがいえる。

また事業者の営業停止処分について、営業が完全に破綻するとまでは認められないとしても、営業が悪化して重大な影響が生ずるおそれがあり、通常の営業に回復するまでに重大な損害が起こり得るというような場合においては、このような損害の回復の困難の程度や損害の程度をも考慮に入れ、事案の実情に即して執行停止が認められるべき場合もあろう。

さらに考慮事項について、損害の性質だけでなく当該処分がその内容および性質において申立人に与える影響のみならず、当該処分が広く多数の者の権利義務に対してどのような影響を与えるものであるかどうかなどを含めて、全体的な比較衡量をしたうえで当該処分の執行を停止することによる影響を適切に考慮しようとしたものであることも指摘されている(小林・前掲・280頁)。なお「緊急の必要があるとき」は、「重大な損害」の別の要件ではなく、両者は一体ないしその一要素であると解されている。

ウ 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」との消極要件は、これまで、デモ行進、公共施設での集会、土地収用等で適用が認められたことがあるだけで、通常は、適用されることが少ない要件である。実際には、「重大な損害」や「本案について理由がないとみえる」に吸収されて判断されるといえる。

「本案について理由がないとみえる」か否かの判断は、事案の性質によって異なる。執行停止を認めることによって申立人が本案でも勝訴したのと同じ結果を得ることになる場合には、そうでない場合に比べて、より慎重に判断されることになろう。しかし、これは「理由があるとみえる」という積極要件ではなく、あくまで「理由がないとみえる」という消極要件であり、主張・疎明の責任は、行政機関にある。

 

Ⅲ 差止訴訟、非申請型義務付け訴訟、当事者訴訟及びその仮救済制度

1 予防訴訟における各訴訟の位置付け

差止訴訟等が新設された平成16年改正前にも、行政処分がなされる前に、その行政処分がなされること自体を差し止める無名抗告訴訟としての「予防訴訟(予防的不作為訴訟)」の活用が議論され、実際にそのような訴訟が提起されたこともあった(数は少ないが、差止めが認容された裁判例もあった)。平成16年改正法は、このような予防訴訟の機能に着目し、新たに行政処分がされることの予防を求める差止訴訟を法定した(行訴37条の4)。なお行政処分を差し止めるのとは逆に、行政処分を求めるのが、義務付け訴訟(同37条の2項、3)であり、これも平成16年改正法で新設された。義務付け訴訟のうち非申請型、更に成16年改正法で「公法上の法律関係に関する確認の訴え」が確認的に付加された実質的当事者訴訟も、予防訴訟として機能する場合があると考えられるので、本項で簡単に検討する。

これらが予防訴訟の類型ではあるが、そのすべてを網羅したものではなく、無名抗告訴訟としての予防訴訟もあり得る。しかし、まずは、これらについてその実効性と限界を検討し、これらによっては対処できない場合に、無名抗告訴訟としての予防訴訟が検討されるべきことになろう。

以下、差止訴訟(3項)、非申請型義務付け訴訟(4項)、仮の差止と仮の義務付け(5項)、実質的当事者訴訟と仮処分(6項)について検討する。

なお次項において、差止訴訟、非申請型義務付け訴訟、仮の差止と仮の義務付けの要件をまとめた。更に当然ではあるが、最も重要なのは、本案勝訴要件であることを確認する。

 

2 差止訴訟、非申請型義務付け訴訟及びその仮救済制度の要件の概要

⑴要件の概要

も止訴訟、非申請型義務付け訴訟及びその仮救済制度の訴訟要件等をまとめると、以下の【表3】のとおりである。

訴訟類型

(仮の救済の類型)

訴訟要件

(積極要件)

考慮事項

本案勝訴要件

(消極要件)

差止めの訴え

ⅰ 一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること。
ⅱ  ただし、その損害を避けるため他に適当な方法があるときはこの限りでない(行訴37条の4第1項)
ⅲ 行政庁が一定の処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者であること(行訴37条の4第3項) 
ⅳ 処分または裁決がなされる蓋然性があること

重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案する(行訴37条の4第2項)

・行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められるとき(行訴37条の4第5項)

・行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき(同)

仮の差止め

ⅰ 差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとき(行訴37条の5第2項)
ⅱ 本案について理由があるとみえるとき(行訴37条の5第2項)

 

公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき(行訴37条の5第3項)

(非申請型)

義務付けの訴え

ⅰ 一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあること(行訴37条の2第1項)
ⅱ その損害を避けるため他に適当な方法がないとき(同)
ⅲ 行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者であること(行訴37条の2第3項)

重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案する(行訴37条の2第2項)

・行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められるとき(行訴37条の2第5項)

・行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき(同)

仮の義務付け

ⅰ 義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるとき(行訴37条の5第1項)
ⅱ 本案について理由があるとみえるとき(同)

 

公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき(行訴37条の5第3項)

執行停止

処分、処分の執行または手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき(行訴25条2項)

重大な損害を生ずるか否かを判断するにあたっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質および程度並びに処分の内容および性質をも勘案する(行訴25条3項)

ⅰ 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき(行訴25条4項)
ⅱ 本案について理由がないとみえるとき(同)

 

⑵最も重要な要件は何か

ア 差止訴訟にせよ、非申請型義務付け訴訟にせよ、最も重要なことは、本案訴訟において勝訴すること、すなわち本案勝訴要件の充足である(仮の差止めや仮の義務付けが認められるためにも「本案について理由があるとみえる」ことが必要である)。

そして、本案勝訴要件は、覊束処分の場合は「行政庁がその処分をすべきであること、又はすべきでないことの処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められるとき」である。

裁量処分の場合は「行政庁がその処分をしないことが又はその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」である。

なお、本案勝訴要件は判決の要件であるから、遅くとも事実審の口頭弁論終結の時点で、そのような状態にあると認められる必要がある。

前者は限られた場合しか考えられないだろうから、本案勝訴のために重要なのは、後者の裁量処分について、行政機関が、一定の処分」をすること若しくはしないことが、「裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」が主張、立証できるか否かだと考えられる。

訴訟要件は本案判断の前提に過ぎず、本案勝訴要件が存在する(とみえる)のに、重損要件がないので却下されることは例外的な場合であろう(もちろん、裁判所はそのような順序では判断しないが)。そしてその場合であれば、「一定の処分」について、その後も、相応の争う手段があり得るだろう。

イ 訴訟提起にあたっては、差止訴訟や非申請型義務付け訴訟、取消訴訟、無効等確認訴訟、実質的当事者訴訟のそれぞれの本案勝訴要件を勘案し、どれが選択できどれであれば本案訴訟の勝訴に結び付くか、更に仮の救済を得ることが必要か否かを、選択・判断することになる。

3 差止訴訟

(1)差止訴訟とは

差止訴訟の具体的な事案として、処分の対象である本人がする場合として、公務員に対する懲戒処分、営業許可の取消処分、行政庁の規制・監督権限に基づく事業者への制裁処分の公表等が、第三者に対する処分についてする場合として、建築確認や廃棄物処理施設の設置許可、情報公開制度による開示決定等が考えられる。

 「公権力の行使による侵害を未然に防ぐという意味において、差止訴訟は法治国家原理に結合が容易であるという側面をもともと持っているとともに、処分に先行して、制定法上に公表、回答などの法的しくみが活用されていること、現代の情報社会の下では、規制的処分の波及効果が大きいことから、その必要性が増している」(塩野宏「行政法Ⅱ〔第5版〕」*頁))として、国民の権利利益の救済のために、差止訴訟が重要な役割を担うことが指摘されている。

⑵ 差止訴訟に関する問題点・裁判例等の検討

ア 本案勝訴要件と訴訟要件について簡単に検討する。

本案勝訴要件は、上述したとおりであるが、本案訴訟が最終的に認容された事案は多くはなく、タクシーの運賃関係の事案、「鞆の浦事件」(百選)が見当たるぐらいである。

イ 訴訟要件全般については、第Ⅳ項1⑶で検討する「日の丸・君が代訴訟」が重要である。

(ア)訴訟要件のうち「一定の処分」は、裁判所の判断が可能な程度に特定される必要があるが、一義的に確定している必要はない(「」東京地判:平成20年1月29日判時2000号27頁)は疑問である。なお、差止訴訟においては、民事訴訟であれば認められる(「一定の処分又は裁決」によって生じた)結果の差止めは認められず、その結果の原因となる「一定の処分又は裁決」の差止めを求めなければならない。

(イ)訴訟要件のうち重損要件が争点になることも多い。行政処分後に取消訴訟を提起し、執行停止を申し立てるルートもあるのだから、重損要件は、それでは十分な救済が得られない場合に、当該処分の差止めが認められるための要件だとされる。

一見分かりやすい説明だし、両ルートの選択についてのメルクマールが必要なのは当然であるが、差止訴訟は、「一定の処分」についての本案勝訴要件(裁量権の範囲を超え若しくはその濫用)+重損要件+(仮の差止め)のルート、取消訴訟は、過去の具体的な処分についての本案勝訴要件(違法性)+執行停止(重損要件)のルートだから、差止訴訟の重損要件が直ちにそのような機能を有しているとはいえない。

問題は「一定の処分」がなされる蓋然性がある(その蓋然性にも幅がある)ことを前提として、想定される処分がどこまで切迫していて具体的か、その処分後にする違法性判断と救済は容易か、その処分を取り消すというのが現実的か等を勘案し、本案勝訴要件(裁量権の範囲を超え若しくはその濫用)に踏み込んで判断することが妥当か否かを見極めることが、重損要件とその考慮事項に期待されることであろう。

例えば第Ⅳ項で検討する「第4次厚木基地訴訟」における自衛隊機の運航が将来の処分であるとしてもその取消しはそもそも想定しがたいから、容易に重損要件が認められる。

一方、「君が代・日の丸訴訟」では、「懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では、懲戒処分の消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に、懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になる」からとして重損要件を認めた。

エ 但し書きの「補充性」は、法令上、先行する処分の取消訴訟を提起すれば、後続の処分を争うことができないという特別の手続上のしくみが定められているような場合と解される。個別法において一定の処分を猶予する特別の救済手段を定めているので消極要件に該当する場合として、国税徴収法90条3項、国家公務員法108条の3第8項、地方公務員法53条8項等があげられている。したがって、民事訴訟による差止請求が可能であるとか、実質的当事者訴訟が可能であることから、消極要件に該当するとはいえない。

 

4 非申請型義務付け訴訟

 (1)義務付け訴訟とは(2類型)

ア 義務付け訴訟は、「行政庁が処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟」であり、非申請型義務付け訴訟(一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がない場合。行訴3条6項第1号。)と、申請型義務付け訴訟(法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされない場合。行訴3条6項第2号)で、「当該法令に基づく申請又は審査請求に対し相当の期間内に何らの処分又は裁決がされないこと」(不作為型。行訴37条の3第1項1号)、又は、「法令に基づく申請又は審査請求を却下し又は棄却する旨の処分又は裁決がされた場合において、当該処分又は裁決が取り消されるべきものであり、又は無効若しくは不存在である場合」(拒否処分型。行訴37条の3第1項2号)がある。

実際に多く利用されるのは、申請型義務付け訴訟であるが、ここでは、予防訴訟として非申請型義務付け訴訟を検討する。

イ 非申請型義務付け訴訟のうち、自分に対して職権発動をして行政処分をすることを義務付ける訴訟もあり得るが(在留特別許可の義務付け等が該当するであろう)、第三者に対する規制権限の発動を求める訴訟が典型である。例えば、行政機関に対し、産業廃棄物処理場の周辺住民が産業廃棄物の処分について代執行ないし措置命令を命ずること、原子炉周辺の住民がこれを設置管理している電力会社へ運転停止命令を出すこと、周辺住民が違法建築物について是正命令を出すことを求めること等が、非申請型義務付け訴訟である。第Ⅳ項で検討する「大阪空港騒音差止訴訟」は、離着陸の禁止を行政機関に求める非申請型義務付け訴訟に該当すると解されよう。

(2)非申請型義務付け訴訟に関する問題点・裁判例の検討

検証報告書を見ると、非申請型義務付け訴訟の認容事例として、産業廃棄物施設の設置許可処分を取り消すことや措置命令を求めた具義務付け訴訟が認容された事例があるぐらいである。その後も目立った事例はない。問題はやはり本案勝訴要件である「行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」を認めさせるのがなかなか困難であるということである。

行政機関を相手方に非申請型義務付け訴訟をするのがよいのか、民間事業者を相手に民事差止請求をするのがより良いのかという問題である。

 

5 仮の差止め・仮の義務付け

⑴ 仮の差止め、仮の義務付けの積極要件、解釈規定、消極要件は、上記したとおりである。また仮仮の差止め・の義務付けの裁判の手続と効力については、執行停止の規定が準用されている(行訴37条の4。31条1項は準用されていない)。

⑵仮の義務付け・仮の差止めに関する裁判例・問題点の検討

ア 積極要件、その他

 仮の差止め・仮の義務付けの、一つ目の積極要件は、「償うことのできない損害」である。

 差止訴訟、非申請型義務付け訴訟の積極要件は、重損要件であるが、仮の差止め・仮の義務付けは、本案判決の前に、裁判所が、行政庁が仮に具体的な処分をすべきことまたはすべきでないことを命ずる裁判であり、本案訴訟の結果と同じ内容を、仮に実現するものであるから、より厳格な要件を規定していると考えられる。したがって、「償うことのできない損害」とは、「重大な損害」よりも、損害の回復の困難の程度が比較的著しい場合をいうものと考えられよう。

 どのような場合が「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」がある場合に該当するかは、裁判所が、個別具体的な事情に即して判断すべきことであるが、「償うことのできない損害」といっても、金銭賠償が可能であれば除かれるものではなく、社会通念に照らして金銭賠償のみによることが著しく不相当と認められるような場合を含むものと考えられよう。

 「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」がある場合として具体的に想定される事例としては、たとえば、①仮の差止めであれば、本案判決が確定するまでの間に営業停止などの制裁処分が公表されて信用が害される場合、②仮の義務付けであれば、年金や公的保険などの資格認定やその給付が、本案判決が確定するまでの間の生活の維持に必要不可欠である場合などが考えられる。

 このような場合に、仮の救済の必要性という観点から、事業活動や生活の基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあるかどうか、回復が著しく困難な状況を生じさせるおそれがあるかどうかなど、それぞれの事案に応じて様々な事情を考慮したうえで、「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるか否かを判断することになる。

 二つ目の積極要件として、申立てを認める決定は、いずれも、「本案について理由があるとみえるとき」にすることができるとされている。この点、執行停止は、「本案について理由がないとみえるときは、することができない」と消極要件とされているが、仮の義務付けまたは仮の差止めの決定をするには、本案について理由があると一応認められる必要がある。

 「本案について理由があるとみえるとき」とは、本案訴訟である義務付けの訴えまたは差止訴訟に関して主張する事実が、法律上、その判決をする理由となる事情に該当すると一応認められ、かつ、その主張する事実が一応認められる場合と考えられよう。

仮の義務付けについて、検証報告書には、障害をもつ子供について町立幼稚園への入園を仮に義務付けた徳島地方裁判所の決定(徳島地決平成17・6・7最高裁ウェブサイト)、をはじめとして、生活保護、入園・入学等について10件弱の認容事例が掲戴されている。このような申請型義務付けの場合は比較的活用されているようである。

しかし非申請型の仮の義務付けや、仮の差止めについては、本案訴訟の認容事例自体がほとんどないこともあって、認容事例もほとんどない。

 

6 実質的当事者訴訟と仮処分

⑴当事者訴訟

 取消訴訟の対象である「行政庁の処分その他公権力の行使」ではない行政機関の行為を契機として争いが生じた場合に権利救済を求めるには、「公法上の法律関係に関する訴訟」(実質的当事者訴訟:行訴4条後段)を提起することが可能である。

 これには、①処分ではない行政の行為についての、(a) 処分ではない行為の無効を前提として公法上の権利義務を争う訴訟、(b) 処分ではない行為に対する訴訟、②公法上の権利義務を争う訴訟、③処分の無効を前提に公法上の権利義務を争う訴訟の3類型があると指摘されている(大橋洋一「行政法Ⅱ」272頁)。 

➀(a)として、例えば、政令・省令などの行政立法、条例などの自治立法、省令に基づく公示、通達、行政計画等について、そこから生じる負担や義務がないことの法律上の地位の確認を求める場合が挙げられる。なお処分ではない行政の行為そのものを訴訟の対象とするのが適切な場合に認められるのが、①(b)である。これらは、平成16年改正で行訴4条に付加された「公法上の法律関係に関する確認の訴え」の活用として考えられるべきものである。後述する「君が代・日の丸訴訟」の「処分以外の不利益措置」を予防するために「起立・斉唱・伴奏」義務がないことを求める確認訴訟が、これに該当することが認められた。

➁は、伝統的に公法上の法律関係とされてきた社会保険、社会保障、公務員・議員の法律関係に関する訴訟である。

③は抗告訴訟である無効等確認訴訟の利用が制限される場合(行訴36条)である。

実質的当事者訴訟として、「薬事法改正違憲判決」「在外国民選挙権訴訟」(百選Ⅱ)、「国籍法違憲判決」、「医薬品ネット販売規制違憲判決」等の存在活用が指摘されており(櫻井敬子「行政救済法のエッセンス」185~189頁)、今後もその活用が期待され。

⑵仮処分の利用

行政事件訴訟法44条は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に「仮処分をすることができない」としているが、これについて「公権力の行使」が関係する場合は広く「仮処分」が排除されるとの見解があった。しかし、行政事件訴訟法44条は、行政事件訴訟法が仮処分とは別の仮救済制度を用意している抗告訴訟(公権力の行使に関する不服の訴訟)において仮処分の利用を排除している規定であると理解すれば十分である。検証報告会でも「公法上の法律関係の争いについては、公権力の行使に当たる行為であれば執行停止等の仮の救済を利用することになり、他方で、それ以外のものについては行政事件訴訟法7条により民事仮処分を利用すること」(検証研究会報告書)と理解されている。

Ⅳ 予防訴訟における訴訟類型の選択についての諸問題

1 訴訟類型の選択の困難さ

(1)現在の行政訴訟制度については様々な評価があるだろうが、その大きな問題点として、原告適格、訴えの利益、行政処分の範囲の曖昧さ、難解さ、更には「法律上の争訟」ではないとの切り捨て(「宝塚市パチンコ条例事件」(百選Ⅰ-109事件)等と並んで、どういう訴訟で争うかという訴訟類型の選択の困難さという問題があることに異論はないであろう。

特に予防訴訟については、本案の内容よりも、それに先立つ訴訟類型の選択とその適法性の問題が大きな論点となってきた。せっかく本案の内容について詳細な主張、立証を展開しても、当該訴訟類型を選択したことが不適法であるとして却下されるのでは、それまでの訴訟追行の努力のすべてが無に帰してしまう。しかし実際は、行政訴訟では、単純かつ典型的な取消訴訟以外では、そのような事態が頻発してきたのである。そのため、予防訴訟に限らず、典型的な取消訴訟に該当するとはいえない場合に、行政機関の行為を争おうとする国民側の訴訟代理人は、訴訟類型を網羅した請求の趣旨を掲げて、行政側代理人の執拗な「却下」攻撃と、それに同調しがちな裁判所と闘わざるを得なかったのである。

ただそれは、以下検討する「日の丸・君が代訴訟」や「第4次厚木基地訴訟」における最高裁判決によって、ある程度整理されたととらえることができる。

⑵公共施設の設置・供用の瑕疵をめぐる訴訟

ア ここで予防訴訟の典型と考えられる公共施設の設置・供用の瑕疵を争う訴訟についての、訴訟類型の選択の問題について検討してみよう。

この問題を検討するときは、設置・供用主体が、行政機関か民間か、設置・供用に先行する行政機関の行為が処分性を有するか否か、設置・供用の瑕疵について将来的に行政の「一定の処分」が考えられるか否かで異なった検討することになる。細かい点は措き、私見によれば現時点での実務的な扱いを抽象的にまとめれば、次の【表4】のとおりである。なお訴訟類型の説明については、後記【表5】を参照されたい。

【表4】

番号

主体

先行行為の処分性の有無

「一定の処分」の有無

訴訟類型

事案

1

行政

取消・無効確認、差止・義務付け

第4次厚木基地

2

取消・無効確認

 

3

当事者、差止・義務付け

大阪空港騒音

4

当事者、民事差止

ゴミ焼却場設置

5

民間

取消・無効確認、差止・義務付け、民事差止

原子炉設置

6

取消・無効確認、民事差止

 

7

差止・義務付け、民事差止

 

8

民事差止

 

 

イ まず公共施設の設置・供用の根拠となる先行する行政機関の行為の処分性について、「判例は、行政の一連の行為を一体的に把握して処分性を論じるのではなく、個々の法的行為に分解して分析する方法をとっている。その結果、公共施設の設置や供用については、処分性が否定され、これに対する抗告訴訟は認められないが、民事差止訴訟が可能であると解されるから、救済に欠けることはない」(中原茂樹「基本行政法第3版」284頁)と指摘される(「大田区ゴミ焼却場設置差止訴訟」(最判昭和39年10月29日:百選)は、上記表4の4に該当しよう)。ただ民事差止訴訟の根拠は、人格権や環境権という抽象的な権利であることが多く、差止めが認容される要件も厳しいので、処分性が肯定され、取消訴訟や無効確認訴訟による争いの方が適切なこともある。

ウ 電力会社が運営する原子力発電所の原子炉の設置、運転については、周辺住民による原子炉設置許可処分に対する取消訴訟や無効確認訴訟と、民事上の差止訴訟が併存して認められてきている。「運転停止等に係る一定の処分」を命じる非申請型義務付け訴訟も認められよう(上記表4の5に該当する)。ただし本案についての判断で、行政訴訟、民事訴訟のどちらが争いやすく、目的を達成する可能性があるのかは、難問である。

エ 騒音被害をもたらす航空機の運航についての空港や基地供用の瑕疵

(ア)騒音被害をもたらす航空機の運航について、国営空港や自衛隊基地の供用の瑕疵について、どのような訴訟類型で争うべきなのかということが、長年にわたって争点となり、解決を見なかった。

このような事態を招いた元凶ともいうべき「犯人」が、国営空港の供用についての、最高裁の「大阪国際空港夜間飛行禁止等請求訴訟」(以下「大阪空港騒音差止訴訟」という)についての判決(最判昭和56年12月16日:百選Ⅱ※)であるといえる。

それまでは、国営空港に離発着する航空機騒音について民事訴訟による差止請求が不適法とは考えられていなかったのに、同判決は、大阪空港を「国営空港とした本旨」を強調した上で「本件空港の離着陸のためにする供用は運輸大臣の有する空港管理権と航空行政権という二種の権限の、総合的判断に基づいた不可分一体的な行使の結果であるとみるべきであるから、住民らの請求は、事理の当然として、不可避的に航空行政権の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することとなるものといわなければならない。したがつて、住民らが行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして、国に対し、いわゆる通常の民事上の請求として前記のような私法上の給付請求権を有するとの主張の成立すべきいわれはないというほかはない。以上のとおりであるから、住民らの本件訴えのうち、いわゆる狭義の民事訴訟の手続により一定の時間帯につき本件空港を航空機の離着陸に使用させることの差止めを求める請求にかかる部分は、不適法というべきである」としたのである。

同判決による不意打ち的な判断、及び「行政訴訟の方法により何らかの請求をすることができるかどうかはともかくとして」などという無責任な物言いは、以後強く批判され、平成16年改正につながったといえよう。

しかしその後も、どのような要件があれば騒音被害をもたらす航空機の運航を差し止める訴訟が適法であるのかを顧慮することもなく、民事訴訟を却下し、一方、行政訴訟も却下する裁判例が相次いだ。

(イ)しかし最高裁は、自衛隊が設置する飛行場における自衛隊機の運航の差止めに係る「厚木基地第4次航空機運行差し止め訴訟」(最判平成28年12月8日:百選Ⅱ※)(以下「第4次厚木基地訴訟」という)で、「住民らの主張する自衛隊機の運航により生ずるおそれのある損害は、処分がされた後に取消訴訟等を提起することなどにより容易に救済を受けることができるものとはいえず、本件飛行場における自衛隊機の運航の内容、性質を勘案しても、住民らの自衛隊機に関する主位的請求(運航差止請求)に係る訴えについては、「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる」として、少なくても「防衛大臣の権限の行使」によって行われる自衛隊機の運航については、差止訴訟が適法であることを認めた。

(ウ)自衛隊機の運航の差止めが(少なくても)抗告訴訟によって可能なのに、国営空港における民間機の離発着について差止めの請求ができないというのでは、いかにも均衡を失する。

上記に当てはめれば、自衛隊機の運航の差止めは上記表4の1に、国営空港における離発着への供用の差止めは、上記表4の3に該当するから、それぞれ少なくても抗告訴訟(差止訴訟、非申請型義務付け訴訟)で争うことは適法である。しかし上記表4の1の場合はともかく、上記表4の3の場合に民事差止訴訟を不適法とすることは、なお疑問が残る。

⑶「日の丸・君が代訴訟」による訴訟類型の整理

ア 次に国民への処分、損害についての「予防訴訟」の訴訟類型が問題となった「東京都教職員国旗国歌訴訟」(最判平成24年2月9日:)百選Ⅱ※)(以下「日の丸・君が代訴訟」という)を検討する。

これは次のような事案であり、教職員らの本案訴訟は退けられたが、予防訴訟の訴訟類型の選択についての問題を詳細に判示し、これまで予防訴訟の提起にあたって却下を恐れ、網羅的に請求の趣旨を掲げざるをえなかった実務の混乱を、整理しようとしたものという限りで評価することができる。

「東京都教育委員会の教育長は、都立学校の各校長に対し、教職員に対して、入学式、卒業式等において国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること、ピアノ伴奏をすること(以下「起立・斉唱・伴奏」という)を命ずるよう通達した(本件通達)。校長らはこれに従って、入学式や卒業式等の式典に際し、そのつど、教職員に対し、職務命令書によって個別に起立・斉唱・伴奏を命じている(本件職務命令)。教育長は、本件職務命令に従わなかった教職員に対し、1回目は戒告、2回目は減給1ヵ月、3回目は減給6ヵ月、4回目は停職1ヵ月という基準で懲戒処分を行っている。なお、過去に他の懲戒処分歴のある教職員に対しては、より重い処分がされているが、免職処分がされた例はない」。

イ まず最高裁は、本件通達と、本件職務命令が行政処分であることを否定した上で、次のような救済法方法があるから「争訟方法の観点から権利利益の救済の実効性に欠けるところがあるとはいえない」とした。行政処分であるか否かが明確なものであれば問題がないが、解釈が分かれる余地があるものは、なお訴訟選択の問題が残ることになる。

ウ 差止訴訟の適法性

最高裁は、ⅰ免職を除き「本件職務命令違反を理由とする停職、減給または戒告の懲戒処分」について「一定の処分」と認められる、ⅱ「本件通達を踏まえて懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険が現に存在する状況の下では、事案の性質等のために(懲戒処分の)取消訴訟等の判決確定に至るまでに相応の期間を要している間に、毎年度2回以上の各式典を契機として……懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされていくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると、「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められる、ⅲ補充性の要件を満たす、ⅳ処分の名宛人となるものが訴訟を提起しているので原告適格がある、として、差止訴訟が適法であるとした。

エ 本件職務命令による起立・斉唱・伴奏義務がないことの確認訴訟

(ア)これについては、「将来の処分の予防を目的とする場合」は、法定外抗告訴訟と認められるが、差止訴訟が可能なので、法定抗告訴訟との関係で事前救済の争訟方法としての補充性を欠き、他に適当な争訟方法があるものとして不適法である。

(イ)しかし「処分以外の不利益の予防を目的とする場合」は、「本件通達を踏まえて処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険が現に存在する状況の下では、毎年度2回以上の各式典を契機として上記のように処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大していくと事後的な損害の回復が著しく困難になることを考慮すると、本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件確認の訴えは、行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に関する確認の訴えとしては、その目的に即した有効適切な争訟方法であるということができ、確認の利益を肯定することができるものというべきである」。

 以上の検討を踏まえ、予防訴訟における訴訟類型の選択について次項でまとめてみよう。

 

3 予防訴訟における訴訟類型の選択についてのまとめ

  • 最後に予防訴訟において選択可能と考えられる訴訟類型をまとめると、下記【表5】」のとおりである。

【表5】

請求の対象

  行政の行為

過去の行為

現在の法律関係

将来の法律関係

 

処分

➀取消訴訟

 

⑤(一定の処分の)差止訴訟
⑥(一定の処分の)義務付け訴訟

 

②無効等確認訴訟 ※1

③ ※2´

 

非処分

③実質的当事者訴訟
④民事訴訟

⑦民事訴訟

 
 
 

※1  行訴36条前段は「予防訴訟」と解される
※2  行訴36条後段の「現在の法律関係に関する訴え」や争点訴訟(民事訴訟)が考えられる

 

 

  • 表5の説明

ア 法的紛争に関わる訴訟は、過去の行為そのものを対象とするのではなく、現在の法律関係に引き直して争うのが原則であるが、行政処分の法的効果を争うには、過去の行為である行政処分を取り消す訴訟によらなければならないとされ(①取消訴訟の排他的管轄)、行政処分以外についての紛争は、「実質的当事者訴訟」(③)によって争うものとして明確に区別されている。

イ 行政処分については上述した「大田区ゴミ焼却場設置訴訟」が判示した「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」が「定式」とされるが、これは、行政事件訴訟特例法の「処分」についての判断であり、行政事件訴訟法ではこれに「その他公権力の行使に当たる行為」が加えられた。これには上記「処分」に加えて、公権力的事実行為も含まれるが、その性質上継続性のない事実行為は取消訴訟の対象外であるとされた(「事例研究行政法」※頁)とされた。したがって継続性のない公権力的事実行為も、取消訴訟以外の抗告訴訟の対象となる。

ウ しかし、行政処分に「重大明白な瑕疵があって無効」な場合(多くは、取消訴訟の出訴期間が徒過した場合に問題となる)は、原則に戻って、無効な行政処分を前提とする「現在の法律関係に関する訴訟」である「実質的当事者訴訟」や民事訴訟である「争点訴訟」(③)※2)で争うこととなる。

しかし行政事件訴訟法は、これに加えて、過去の行政処分についての「無効等確認訴訟」(②)を認めたので、「実質的当事者訴訟」との関係が問題となる。これについて行訴36条は、「無効等確認の訴えは、(ⅰ該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれのある者)(ⅱその他当該処分又は裁決の無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、ⅲ当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り)、提起することができる」とした(なおⅲがⅰにもかかるのかという争いがあったが、ⅰと、ⅱ+ⅲが、それぞれ無効等確認訴訟の原告適格を定めているというのが判例の考え方とみられる)。

したがって36条後段(ⅱ+ⅲ)の要件を満たす場合には、 無効等確認訴訟を提起し、 それ以外の場合は、「実質的当事者訴訟」で争うという振分けがなされている。ここでⅲの「現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができない」(補充性)という要件は、「実質的当事者訴訟」が利用できるだけでなく、無効等確認訴訟の方が、より直截的で適切な争訟形態であるという場合を含むと解されている。

なお36条前段は、「予防訴訟」を定めていると解されており、その例として、無効な建築物除却命令に基づく代執行を阻止するために提起される当該除却命令の無効等確認訴訟や、重大明白な瑕疵のある課税処分に基づいて滞納処分を受けるおそれがある者がする課税処分無効確認訴訟等が挙げられている。

 なお「実質的当事者訴訟」の3類型について、Ⅲ6項で整理した。

エ 上記した「日の丸・君が代訴訟」にの最高裁判決が何を論じたかを確認すると、本件通達や本件職務命令には処分性がないので、これらの①取消訴訟はできない、しかし、将来、停職、減給、戒告の懲戒処分がなされる蓋然性がある等の⑤差止訴訟の訴訟要件を満たすので、差止訴訟は適法である(差止訴訟の本案勝訴要件(行政庁がその処分をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき)は認められない)。

本件職務命令による起立・斉唱・伴奏義務がないことの確認訴訟につき、「将来の処分の予防を目的とする確認訴訟」は、「無名抗告訴訟」であるが、⑤差止訴訟が認められるので不適法である、「処分以外の不利益の予防を目的とする確認訴訟」は④「実質的当事者訴訟」として適法であるが、本案勝訴要件である本件職務命令が違憲無効であって起立・斉唱・伴奏義務がないとはいえないとされた。