「持続可能性」 という思想

「持続可能性」という世界(社会)の捉え方もようやく定着してきたようである 。
現在の地球は,資源枯渇,環境汚染,生態系破壊,生物多様性の喪失,気候変動,格差拡大等の問題を抱えている。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」(1962年刊),ローマクラブの「成長の限界」(1972年刊)等がこれらの問題を指摘し,その後,「エコロジカルフットプリント」の提言,「成長の限界」執筆者グループ(デニス・L・メドウズ, ドネラ・H・メドウズ, ヨルゲン・ランダース)による,20年目,30年目,40年目の分析と報告,国際機関の様々な活動と報告等を経て,最初からすでに半世紀が経過したが,これらの問題を克服できて地球が持続可能なのか,見通しは必ずしも明るくない。
しかし2015年9月の国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までの「持続可能な開発目標」(SDGs)が採択され,そのうちに「持続可能性」についての多くの目標が掲げられ,多くの国際機関,各国政府,企業がこれを推進しようとしており,一応,「持続可能性」に向けた態勢は整いつつあるといえるだろう。だが,問題も多い。それについて検討する前に,「持続可能性」を理解するために
「地球のなおし方-限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵」(2005年刊)(デニス・L・メドウズ, ドネラ・H・メドウズ, 枝廣淳子)から,少し長いがそのさわりを引用しよう。

持続可能な世界を理解する

「宇宙に地球という星が誕生したのは,約46億年前といわれます。やがて,水をたたえ,緑あふれる星となった地球に,多くの生命が誕生し,深海から火山の火口まで,あらゆる場所にいのち輝く星となったのです。これまでにいったいどれぐらいの数の生命がこの地球上に生まれたのか,想像もできません。そうして,数十万年前に,私たち人類が地上に登場したのでした。…この地球という星に約40億年前に生命が誕生して以来,人間を含め,あらゆる生命はこの地球上に生まれて生きてきたということ,そして,今後も,すべての生命はこの地球上に生まれて生きていく,ということです。…私たち人間も含め,地球上の生命は「ごく短期間,地球に間借りしている旅人」のようなものかもしれません。 みなさんが地球で,入れ代わり立ち代わりやってくる,間借りする旅人たちに寝る場所や食べ物を出してあげていると想像してみてください。植物,微生物,虫たち,鳥たち,動物たち……。多くの旅人たちは,地球にも他の人にも迷惑をかけることなく,静かに訪れては立ち去っていきました。むやみに大勢で押し寄せたり,ごっそり食糧を持ち去ったり,来年のために取ってある種まで食べてしまったり,地下に埋まっているものを掘り出したり,無害化する方法も知らない有害なものをつくり出したり,ということはありませんでした-人間がその活動を拡大しはじめるつい100年ほど前までは。…世界のあちこちから,環境が悪化しつつあるという報告が寄せられています。温暖化が進み,南極の氷がどんどん溶け,北極の氷も薄くなり,珊瑚礁が白化し,海水面がじりじりと上昇しています。酸性雨によって森林が傷つき,かつて耕地や草地だったところが砂漠化しています。健全な森は燃えないはずなのですが,世界の各地で山火事が頻発しています。 はたして,人間の活動は,地球のようすを変えるほど,増大しているのでしょうか?地球は人間の活動を支えきれなくなってきているのでしょうか? この視点からわかりやすく現状を伝えてくれるのが,「エコロジカル・フットプリント」という考え方です。「フットプリント」とは,「足跡」のこと。私たちの暮らしや経済は,地球のどのくらいの面積を踏みつけているのか? 人間活動はどのくらいの面積に支えられているのか? ということです。 まず「自然に対する人間の影響の総量」を計算します。これは,世界が必要とする食糧や魚,木材,都市部の土地などの資源を提供したり,人間活動から排出される二酸化炭素を吸収するために必要な土地の合計の面積です。これを実際に利用できる土地面積と比較すると,「人類が地球に対して要求しているもの」と「地球が提供できる能力」との関係がわかるのです。…世界のエコロジカル・フットプリントは,1980年代後半から,地球が提供できる能力を超えてしまっていることがわかります。人間の現在の資源消費量は,地球が支えてくれる力(扶養力)を約20パーセントも上回っているのです。」(なお,WWFは,2017年で70%上回っているという数字を挙げている。)。

データとその科学的分析を知る

資源枯渇,環境汚染,生態系破壊,生物多様性の喪失,気候変動,格差拡大等について各別に議論する(局地戦をする)と,多くの異論が出てくる。私だって,地球温暖化だけをみると,過去の地球の激しい気候変動から見て現状は温室効果ガスが原因なのだろうかとか,生物多様性の喪失についていえば,過去5度の大量絶滅があったとか,いいたくなる。ただ同時並行的に起こっている多くの問題を,エコロジカル・フットプリントという観点から整理すると「人間の活動は,地球のようすを変えるほど,増大している」(オーバーシュート)ことは,確実だろう。
私はこの点については,「持続可能な世界」の「地球の現在と未来」において,出来るだけ最新かつ客観的なデータ,及び科学的な分析を提供したいと思う。2点を中心にしたい。ひとつは,過去,現在の生産,消費等のデータから未来を予測する「2052」(著者:ヨルゲン・ランダース)であり,もうひとつは「エコロジカル・フットプリント」(言い出したのは,マティース・ワケナゲルさんであるが,新しい分析もある。)である。
これとは別に最近「地球をめぐる不都合な物質」(ブルーバックス)を入手した。「成長の限界」にせよ「エコロジカル・フットプリント」にせよ,これまでのペースのままで人口と経済(生産,消費・廃棄)が拡大していけば,地球は持ちませんという話なのだが,「地球をめぐる不都合な物質」には,現在の化学物質(POPs,マイクロプラスチック,重金属,PM2.5,水銀)の汚染とその毒性には深刻な影響(回復不能な打撃)があることが述べられている。努力しようだけでは済まない問題のようだ。

しかし「持続可能な世界」に向き合うのはむつかしい

問題は,地球の現状についてデータを収集し,科学的分析を重ねて行動指針を作っても,なかなかそれが実際の持続可能性に向けた人と組織の行動に結びつかないということである。これについては,多くの人が問題の所在を知らないといういい方もできるし,知ってもそれが行動に結びつかない,あるいは何をすればいいかが分からないといういい方もできる。さらには,データと科学的分析を提供される側が,正しいことを押し付けられることを疎ましく思うという人間心理もあるかもしれない。
ただ視点を変えてみれば,私たちは,確実に自分自身の生存期間を延長することを知っている「ダイエット」を実行しようとしてもそれは往々にして頓挫し,
世界の「肥満率」は高まる一方らしい。そして私たちは生存期間を延長できないまま確実に死亡し,私の「世界」はなくなる。そういう私たちが,一人一人の行動とは距離のある「持続可能な世界」に向けて任意に行動するのはむつかしい。これは「データとその科学的分析」を踏まえた実効性のある「ルールづくりとその実行」という問題であろう。
ただそれにも障害がある。ひとつは「持続可能な世界」を支える大きな勢力にならなければならないアメリカで特異な行動が見られる現状(「気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解」(著者:ウィリアム・ノードハウス),「ルポ 人は科学が苦手~アメリカ「科学不信」の現場から~ 」(著者:三井 誠)),及び日本の知識人の動きも素直に現実に向き合っていなかったこと(「人類が永遠に続くのでないとしたら」(著者:加藤典洋))は理解しておく必要があろう。
もっとも1972年にローマクラブの「成長の限界」を書き,その後も,20年目に「限界を超えて」,30年目に「成長の限界 人類の選択」を書いた,デニス・L・メドウズさん, ドネラ・H・メドウズさん,ヨルゲン・ランダースさんらは,複雑なシステムの分析を専門とするシステム思考家で,自分の行動がシステムの動きに大きな影響を与えることを充分に理解している人達であり,自分の行動を除外して他人に警鐘を鳴らす人たちではない。ドネラ・H・メドウズさんは,学者からジャーナリストに転身したが,おそらくこれを痛感したからであろう。
「成長の限界」から40年目の2012年にはヨルゲン・ランダースさんが「2052」を書き,2052年までの破滅は何とか免れるだろうが,その後の見通しは危ういとする。SDGsという動きは歓迎すべきだが,決め手になるわけではない。

問題の焦点…宇宙船地球号

地球について,「宇宙船地球号」というとらえ方があるが,「地球の持続可能性」はその乗客である個々人には,直接には御しがたい問題だが,その運航をしている個々人が所属する政府・国連,生産・消費,廃棄の大きなウエイトを占める企業が解決への大きな糸口を握っているのは間違いない。
ただ政府を指導する政治家は,目の前の利害誘導による「選挙当選」が最大の問題だから,政治家主導はむつかしい。アメリカの現状も上記のとおりだ。
経営コンサルタントが,企業の課題としてのSDGsやESGについて様々な提言をしているが,どうしても企業的価値と社会的価値の両立という提言になる。しかしその前提として,地球が持続不可能の領域に突入すればそのような問題は雲散霧消してしまう(核戦争でもなければ壊れてなくなるわけではないが)。地球号が沈めば,そのような問題も吹っ飛ぶことを前提にして,痛みを伴うかもしれない考察をすべきである。

「持続する世界」の構成

以下,「地球の現在と未来」,「国際機関・政府の取り組み」,「企業の取り組み」,「私たちの取り組み」を検討する。
何度も書いたが,今,ホットな課題は,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までの「持続可能な開発目標」(SDGs)である。上記したように企業やコンサルがこれを取り上げるのは歓迎すべきではあるが,問題は,自分の行動がシステムの動きに大きな影響を与えるので,持続可能な世界のためには自分に大きな痛みがあることがあり得るということの自覚が薄いということである(政府も同様である)。
更に関連して「2052年を生きる」,「システム思考とビッグヒストリー」を考察しよう。