法とルール

この投稿は,固定ページ「法を問題解決と創造に活かす」の記事を投稿したものです。固定ページの方はその内容を,適宜,改定していきますので,この投稿に対応する最新の内容は,固定ページ「法を問題解決と創造に活かす」をご覧ください。

法を問題解決と創造に活かす

記事の内容の紹介

「法を問題解決と創造に活かす」には,「問題解決と創造の頁」の一般的な議論を踏まえつつ,法を問題解決と創造に活かすという観点から,その原理や方法を考察,紹介する記事を,掲載していきたい。下位メニューには,「法とルールの基礎理論」,「仕事に役立つIT技法」,「立法と法解釈を考える」,「裁判と事実認定を考える」(作成中),「法制史・外国法」(作成中)等を掲載するが(これらについては,適宜,その内容を見直す。),「ブログ山ある日々」に投稿するこれらに収まらない記事も「法と問題解決・創造(投稿)」に新しい順に掲載される。

法を問題解決と創造に活かすとはどういうことか

このWebサイト「弁護士村本道夫の山ある日々」の「副題」(キャッチフレーズ)は,「法を問題解決と創造に活かす」だが,いったいこれは何だろうと不審に思われた閲覧者の方も多いであろう。「法を問題解決に活かす」だけであれば,法律問題が生じた人や企業が依頼する弁護士の主要な役割は,正しく法を適用して足下の紛争や法律問題を解決することであるから,これは当然のことである。加えて法律問題の解決によってそれまでの状況が一掃されて新たな地平が開ける場合も多いから,この場合は「創造」といっても,まあいいかなぐらいにはなるであろうか。ただ私は,もう少し違うことも考えていた。

弁護士は法律実務家であるから,具体的な依頼事項について,現行の法令がこうなっており,それに法令を適応した結果,こうなるとか,裁判になった場合は,証拠や裁判所の実務を踏まえると,こうなりそうだという「見通し」を持つことは重要ではあるが,法令を起案した官僚や判決をする裁判所の「見解」や「実務」を鵜呑みにするだけでは,単なる「慣行の奴隷」,「権力の下僕」になってしまう。①正義,平等,あるいは憲法の「理念」や,そこから流出する原理・原則に遡ったり,②社会が急速に変化,流動化し,人の行動を支えるルールも激変しつつあるという現実の中で,この問題についての法解釈や裁判はこうあるべきだという「見直し」を促したりする活動も重要だ。前者について弁護士はこれまでそこそこ頑張ってきたが,後者はこれからだ。いずれにせよ「見通し」は思ったほど確実ではない。更には,③更に主に②を踏まえ,今後,立法や裁判実務はこうあるべきだという提言や改革していく活動も重要だ。①は,「立法と法解釈を考える」,「裁判と事実認定を考える」で触れるが,この「法を問題解決と創造に活かす」では,主に②③を検討することになろう(これを「法システムの変革」という。)。

法をこれから始める(見直す)ビジネスの問題解決と創造に活かす

ところで「法を問題解決と創造に活かす」べき主要な場面は,上述した①②の既に法律問題が生じているケースよりも,④企業や個人が,これから解決すべき「問題」として,ビジネスや生活・仕事を始める(見直す)場合であろう。この場合は,いかに法・ルールの全体を把握し,距離を取るかが重要だ。

すなわち,当該ビジネスや行動に係わる法・ルールという枠組みが,どのように機能,規制,支援,関係しているのかを,中央政府,地方政府,外国政府,国際機関等の法令,規則,業界の自主規制,慣行等々を可能な限り明確化し(法・ルールに係わるフレームワーク(「法フレーム」という。)の言語化・明確化),現在及び将来的に,法フレームがビジネスや行動の支障とならないように,行動範囲を定め,調整することが必要である(かならずしも,法フレームに触れないようにするということではない。)。もちろん許認可,知財,補助金等の関係で,法フレームを利用する局面もあるが,さほど多くはないであろう。

これだけでは,法フレームに戦々恐々として内に籠ることを薦めているようにも思えるが,そうではない。どこに「爆弾」があるかの予想もせずに,大きなビジネスや行動に乗り出すのでは,かえって不安定で,気が付いたときには収拾がつかなくなる。しかし,法フレームの言語化・明確化をした上で,これを適宜反芻し,これからの逸脱があったり,これに関して問題が生じた場合は,随時,まず現場で当該ビジネスや行動に支障を与えないような方法を考え出し,可能な変更・対応をするという経験を積み重ね,組織的に共有化していけば,破滅的な事態を避けられる可能性が大きい(これは内容的には,下述の「まず頭に入れること」と同じことである。)その場合,大切なのは,法フレームはあくまで外枠であって,ビジネスや行動を主体にして考えることである。法フレームとビジネスや行動が両立せず,あるいは致命的なエラーが生じる場合は多くはないであろう(そのようなビジネスや行動は通常選択しないだろう。仮に選択したのであれば,撤退あるのみである。)。

このような意味で,「法をこれから始める(見直す)ビジネスの問題解決と創造に活かす」ためには,弁護士に「法律顧問」や「分野別法務支援」を依頼することが有益である。その他「新しい法律問題(投稿)」」にもこのような観点から書かれた記事が掲載されている。

法システムの変革について

問題の把握と対応策

私たちが,解決すべき「問題」の所在を把握し,これに対する対応策を「設計-決定-実施-評価」するという過程は,社会を構成する3主体(政府,企業,個人)や対象とする問題について共通している(「公共政策」という「窓」を通して社会の構造を理解する)。法システムについての問題の解決(法システムの変革)も同様であるが,ここで重要なのは,次の点である。

まず頭に入れたいこと

経済は「予想外のつながり」で動く」(著者:ポール・オームロッド)は,「公共政策」についてであるが,「21世紀のネットワーク化された現実における特効薬は単純である。特効薬なんてないと認識することだ。意思決定を分散化し,実験を繰り返し,実験の大部分は失敗に終わるのを認識しても,直接にお金が転がり込んできたりはしない。しかし,本当にうまくいくやり方を見つけ,どのやり方ならインセンティブ単独よりもはるかに大きな変化をもたらすネットワーク効果が引き出せ,ポジティブ・リンキングを起こせるのかは,実験してみないとわからない」と記述しているが,この捉え方が重要だ。

公共政策のみならず,法システムを形作り変革することは,このようなもの(同書はネットワーク効果全般についてだが「頑健だが脆弱」としている)であるという事実を頭に入れて,適切な対応を繰り返していくことだ。

法システムをとらえなおす

ところで法フレームという枠組みは,どのような性質,性格を有しているのであろうか。現在の我が国では,膨張化・強大化する政府(行政)が,長文,複雑,難解な法令を作成し,それに基づいて企業と個人を規制しようとする姿勢が顕著である。このような事態については,政治と行政の係わりという観点から,自由を抑圧する,民主的でないと批判されてきた。それはそれでもっともであるが,「本当に必要不可欠であるのなら,仕方ないんじゃない」という批判には弱い。さらに法律家は,憲法を頂点とする法秩序というフィクションに弱く,仕事柄,視野に入るのは法令だけであるから,法秩序とそれを持ち上げ遵守させようとする官僚制という枠組みから離れて思考することはむつかしい。

しかしこのような,公共政策の実態や帰趨を離れて,法システムを固定してその縛りのもとに公共政策を運用し続けようとする,トップダウンというか,権威主義的というか,そういうやり方は,必ず挫折するというのが,上記の「「経済は「予想外のつながり」で動く」の見方であり,私も賛同する。「意思決定を分散化し,実験を繰り返す」こと,したがって法システムがフレキシブルに作成・運用されることが重要だ。法システムには,そのような相対的に有効な公共政策を実行する手段という意味しかない。

法システムについての追加的な4点の指摘

法システムについて,4点指摘しておく。

1点目は,上述したように,法律家の「法秩序」という幻想を離れてみれば,公共政策を実行するための言語的ルールである法は,手段,形式でしかなく実態は別のところにあるということである。しかもそのような「法」を作成するのは,企業と個人に係わる大部分の政策立案においても立法においても,「素人」である官僚であり(このような言い方には抵抗があるかもしれないが,実態はそうである。「入門 公共政策学」,「行政学講義」等々),しかも立法の監督役である内閣法制局は,論理性を欠く,言語技術の提供者にすぎないことが分かってしまった。我が国におけるトップダウンの,権威主義的な法は,このような人々が右往左往して「失敗作」を作り続けているのである。法システムがずっと身近になる。

2点目は,トップダウンの法システムは現場での試行錯誤を経ていないから,きわめて脆弱であることである。「進化は万能である」(著者:マット リドレー)が指摘するように「アングロスフィアの人々が,政府をまったく起源としない法に基づいて生きていることは,ほとんどの人が忘れているが,これは驚くべき事実だ。イギリスとアメリカの法は,けっきょくはコモンロー(慣習法・判例法) に由来する。コモンローとは,誰が定めたわけでもなく人々のあいだで自然に定まった倫理規範を指す。したがって,十戒やほとんどの制定法と違い,コモンローは先例や当事者の申し立てを通して現れ出てきて進化する。法学者アラン・ハッチンソンの言葉を借りると,コモンローは「徐々に進化するのであって,発作的に飛躍したり,漫然と停滞したりはしない」。それは「永遠に進行中の作業であり,移ろいやすく,ダイナミックで,混乱しており,建設的で,興味をそそり,ボトムアップだ」。著述家のケヴィン・ウィリアムソンは,次の事実を挙げて私たちをあらためて驚愕させる。「世界で最も成功し,最も実用的で,最も大切にされている法体系には,制定者がいない。それを立案した人もいなければ,考案した崇高な法の天才もいない。言語が現れ出てきたのとちょうど同じように,反復的,進化的なかたちで現れ出てきたのだ」。合理的に立案した法をもってコモンローに替えようとするのは,現存するものよりも優れたサイを研究室でデザインしようとするようなものだろうと,彼は冷やかし半分に言う。」。もちろん我が国はコモンローの国ではないから,ここで重要なのは,トップダウンの法システムが,そもそも論として,脆弱であるということである。

3点目は,だから私たちも,立法活動に参加し,遠慮なく失敗すべきであろうということである。これまでは,立法という権威的な匂いの近寄りがたさと,法令執務の面倒臭さが,アクセスを退けていたが,前者は枯れ尾花であり(これからも再生産され続けるであろうが),後者も核心部はわずかだ。

日本のヤフーの企業内弁護士(執行役員)が書いた「ビジネスパーソンのための法律を変える教科書」という本があるが,要するに,企業の利害に係わる法令について,政治家,官僚の間を飛び回って法を変えたという「技術的」な話で,我が国の法令実務の実態の参考にはなるが,少なくても求めるべき方向ではない。ではどうするかが,今後の私の課題だ(一時期やっていた「民間法制局」もいいのだけれど。)。

最後に,今わが国で作成されつつある法令は,やがて破たんするであろうことを考えたい。我が国の法令数は,憲法1,法律約1800,政令約1800,府省令等約3200,その他90といわれているそうである(「立法学」(著者:大島稔彦)の記述による。これの法令の原本は,手書きの紙だという話をどこかで読んだ記憶がある。)。

これ自体はさほど多くはないようだが,問題は,「溶け込み方式」の立法を取る中で,様々な他法令の,引用,準用をするという仕組みを作った結果,あるハブとなる法令を改正しようとするとそれに関係する膨大な法令に影響があるということである。要するにこのような仕組みを始めた人は,「順列・組み合わせ」。「大数」の知識がなかったのである。今後,権威主義的な政府が,ますます法令を長大化,複雑化すれば,その点検は,人知では不可能となり,AIに依拠するしかない。そのような法令順守(コンプライアンス)はAIにしかできないことは容易にわかる。

この点,例えば,誰もが使用することを予定された会社という組織について,単に利害関係者との調整を図る法令に過ぎない会社法について,1000条近い条文を用意し,さらには膨大な会社法施行規則,会社法会計規則を上乗せし,会社のガバナンスが云々といっている「立法者」たちは,日本経済を窒息させかねないかなりの原因を自分たちが負っていると自覚した方がいいのではないかというのが私の従来からの私見である。それでも当面は,これを前提にして見通しを立てるしかない。企業の管理部門が膨れ上がるのは当然だ。

どこまでできるかわからないが,「法とルールの基礎理論」等を踏まえ,法システムの変革に取り組んでいきたい。

法とルール

依頼者が海外との仕事をする際,その仕事に弁護士として参加,支援するために必要となる準備事項・前提事項をまとめておく。なおこの項目については,日弁連が実務研修をしている事項が多いので,適宜それを引用する(日弁連「…」とする。)。内容について疑問があれば問い合わせていただきたい。

国際法と異文化理解

海外との仕事をするということは,日本国に属する私たちと,X国に属するY企業が向き合う関係だから,国と国との慣習,マナーである最低限の国際法を踏まえる必要がある。そうでないと思わぬ対立を招く。手頃な入門書として「国際法第3版」を紹介しておく。

また,人間対人間だからわかるだろうという前に,「異文化を理解する」姿勢を持つことが重要だ。これについては,まず「異文化理解 相手と自分の真意がわかるビジネスパーソン必須の教養」という本を読んでみることだ。個別事案への対応はそれからだろう

国際貿易

日本企業が輸出入に関与することはそれこそ日常茶飯時だから,弁護士がその実務に関与することは少ないが,対象商品に問題が生じた場合に,その対応を依頼されることが多い。多いのは輸入商品であるが,交渉レベルで解決すればともかく,裁判,執行の問題になることも多いが,海外で回収できる場合は少ない。日弁連「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第1回 海外取引に関する法的留意点」及び「貿易実務~中小企業の海外展開を支援するために必要な知識を中心に~」が参考になる。

国際私法と国際裁判管轄,及び国際租税

国際私法と国際裁判管轄は,海外との取引に紛争が生じた場合に,どこの裁判所に管轄があり,どこの法律が適用になるかという問題である。法律学の一分野であり,論理適用の問題であるが,その実効性が問題である。日弁連「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第2回 海外進出に関する法的留意点」及び「国際取引分野における国際私法の基本体系と動向」が参考になる。

海外との取引に関する税務問題も重要である。日弁連「税務面を考慮した中小企業海外取引の法的構造」は得難い情報である。

国際契約

海外との仕事の出発点は契約だ。さすがにすべて口頭でというケースはないが,重要なことの検討が不十分な契約書が多い。国際契約については,英文契約書がモデルになるメースが圧倒的に多い。日本での契約書にもその影響がある。

英文契約書を学ぶには,まず「はじめての英文契約書の読み方」(著者:寺村淳)をじっくり読みこむのがいい。そのうえで,「米国人弁護士が教える英文契約書作成の作法」(著者:チャールズ・M・フォックス(原書:Working with Contracts: What Law School Doesn’t Teach You by Charles M. Fox)がよさそうだ。

日弁連の研修には,「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題 第3回 英文契約の基礎知識(総論)及び国際取引契約の基礎(各論)」,及び「英文契約書作成の実務」の「第1回 英文ライセンス契約書作成の留意点」「第2回 英文製造委託契約書作成の留意点」「第3回 国際販売店契約の基礎」がある。復習用にいい。

海外進出実務

アメリカ,EU,中国,韓国についてはすでに十分な蓄積があるし,割と身近に実例も多くて,見当もつけやすいだろう(EUは,分かりにくいところもあるが,まずJETROで情報収集すべきであろう。)。アジアについては,「海外進出支援実務必携」に網羅的な情報が記載されている。

ここではASEANを考える。

ASEANに企業進出する際の基本的な問題点は,日弁連「海外子会社管理の実務~ケーススタディに基づくポイント整理~」,及び「中小企業の海外展開サポートにおける法律実務~失敗事例から学ぶ成功ノウハウ~」に貴重な情報がある。

そのうえで各国別の情報を丹念に検討すればいい。日弁連の研修には,「中小企業の海外展開業務に関わる実務上の諸問題」「第4回 現地法の基礎知識-中国法・ベトナム法」「第5回 現地法の基礎知識-発展途上国との取引の注意点」,「現地法の基礎知識-タイ法」,「現地法の基礎知識-インドネシア法」がある。

注意すべき点

金銭移動が伴う海外案件で注意すべき点だが,昔は外為法がとても大きな意味を持ったが今は基本的には事務的なことと理解していいだろう(日銀Web)。それに変わって今大きな意味を持つのが,マネーロンダリングである。これについて実務家は,今,細心の注意を払う必要がある(外務省Web)。そうではあるが,マネーロンダリングは,①犯罪収益,②テロ資金,③脱税資金の監視ということであり,①はさほど大きな拡がりを持つものではないし,②はかなり限定された時期,地域の「政治的な問題」である。③は国によって考え方が違う。また仮装通貨が多用されるとこれはどうなるのかという疑問もある。

 

 

法とルール

前置き

私の友達に,診療所(医療法人)を経営,診療しているお医者さんがいる。彼が抱えている問題について,簡単なレポートを書いて見たので,デフォルメして紹介する。私と同年代の中高年のお医者さんの参考になるのではないかと思う。経済学徒と孫守り転じて,久しぶりの法律関連記事の投稿だ。

前提となる簡単な事実

診療所の売上は多く,報酬も少なくない。でもそうなったのは開業してからで,大学病院勤務時代は貧しかったという。

子供は,大学生だが,医者の途には進まなかった。

医療法人は持分あり法人で,余剰金が計上されている。

最近,MS法人で不動産を購入した。

税務署がやってきて,MS法人への経費支出の一部を問題にされた。

お医者さんは,MS法人で社会的に有意義なことをやりたいと考えている。

問題の所在とその考え方

(1)はじめに

上記の状況を一覧すると,良好な収入,資産状況にあり,特段の問題はないようにも思われる。

ただ医療法人の態勢,その年齢と子供の現況等を考えると,医業の承継ないし相続について,現在から十分な対応を考えておくのが望ましいといえよう(もちろん誰でも死後のことなどどうでもいいが,医療法人の剰余金は,放っておけば雲散霧消してしまう。)。

またこのような状況をもたらすために休みなく稼働しているが,そのような状況について再考し,その労力(収入)の一部を他の有意義な活動に振り向けるということも考えるべきである。

ただし,これらは今後相応の期間,現在の収入,稼働状況が継続することが前提であり,医療法人がトラブルに巻き込まれないような十分な防御態勢も考えておく必要がある(健康であることは当然である。)。

(2)医業の承継と相続

ア まず一般的に死亡時に保有する財産が相続の対象となることは当然であるが,このまま推移すると,医療法人の持分,及びMS法人の株式も,多額の相続財産となる可能性がある。

イ 現在,新規に設立される医療法人は,持分なし法人である(したがって,持分の相続ということはあり得ない。)。当局は今,強力に持分なし法人への移行を進めようとしているが,ほとんど移行は進んでいない。医療法人の理念で旗を振りながら,移行の際に医療法人に贈与税が課されることがあるなどといわれてまともに考える人はあまりいない(「持分なし医療法人」への 移行を検討しませんか?」参照。)。ただ将来,当局が強引に移行ないし持分あり法人に不利益を課すのではないかと危惧する人もいる。

医業の継続を考えると,持分権者の死亡時に,その相続人に医療法人から持分を払い戻すことがなくなるというのは魅力的である。医療法人に余剰があれば,医業に貢献した医師に「退職金」を支払えばいいのである。医業の承継も,評議員,理事の交代時に,「退職金」を支払うことで実行できる。

ただし本件では,子供による承継はなさそうなので,①第三者にどのタイミングでどのような費用を負担させて承継させるか,その時点で持分あり法人と持分なし法人のどちらがよいか,あるいは②第三者に承継させずに(相続時に)法人を解散して残余財産を分配するのか,ということを想定してみる必要がある。少なくても,現在の医療法人の余剰金が雲散霧消しない対応が必要である。

ウ 一般に,MS法人のメリットとして,事業面から,医療法人で実施できない事業を行なえる,経営負担の分散が行える,転用可能な不動産を取得できる,就業規則を分けることができる等,税務面から,役員報酬の支給を通じた所得分散。交際費の損金算入限度の増加,役員報酬の取得,軽課法人税率適用額の増加,共同利用設備の少額資産化,消費税の納税義務の判定等があるとされる(「メディカルサービス法人をめぐる法務と税務」(著者:佐々木克典))。

このように利用される場合もあるであろうが,実態としては,医療法人に課せられた業務制限,非営利性,剰余金の配当の禁止という規制を潜脱するために利用されているといわれる(特に最後)。ただこれも少しピントがずれていて,要は,剰余金について,医師に対する所得税45%が課税される報酬として持ち出すか,MS法人に経費として持ち出し,それを利用するかという問題である。しかし後者が否認されると,追徴課税等の問題が生じてしまう。

これらについて,MS法人の不適切な利用をやめさせるため,税務の前に考え直させそうとしたのが,「取引報告義務制度」と考えることができよう。

MS法人に対する経費支払の一部否認というのも,そういう問題であったと思われる。またその収入に継続性があるかも疑問である。

(3)MS法人によるビジネス

このように考えると,現時点では,労力(収入)の一部を他の有意義な活動に振り向ける方法として,MS法人に対して医療法人の余剰金をどう持ち出して,どう有効活用するかという問題の立て方はあまり適切ではないかもしれない。

それはさておき,まずどういう活動(ビジネス)が考えられるだろうか。

ありふれたアイデアであるが,医療法42条により定款にいれて…(略)…をすれば,直接あるいはMS法人外注して行うことができるのではないだろうか。これらにより医療費の増大を抑える方向性が見つかれば,社会的意義も大きい。

そしてこのような研究からMS法人が行うべきビジネスも見えてくるかもしれないが,実際は,なかなか魅力的なビジネスの開発はむつかしい。私は,Apple,Google,Amazonに絶えず心を揺すぶられてきた。小さくても,そういう揺さぶりのあるビズネスを探すのがよい。

(4)医療法人の防御

上記(2)(3)は医療業務が順調に推移することを前提としているが,思わぬ事態が発生してこれが瓦解することもあり得るから,十分な防御態勢を立てておく必要がある。

これまで,医療機関においてそのような意味で大きな問題となってきたのは,①医療事故(とその対応),②スタッフの労働問題,③診療報酬の不正請求等であるが,近時は,④行政が医療機関に求める様々な法規制についてこれを理解し適切に対応することも重要である。③はともかく,①②④は弁護士マターであるから,適宜相談されたい。

①は,仮にミスがあったとしてもどう適切に対応できるかが重要であるし,ミスがなかった場合も,放っておいていいわけではない。むしろこちらの対応の方が,こじれることが多い。②は,法令に定められたルールに従うということである。

④は,行政は「後出しじゃんけん」であれこれいってくることがあることを十分に理解すべきである。

これが,上記(2)(3)を進めるための前提となる。