問題解決と創造,IT・AI・DX

坂村健さん

先日(2021年3月16日),あるオンラインセミナーで坂村健さんの話を聞いた。話したことは「イノベーションはいかに起こすか AI・IoT時代の社会革新 (NHK出版新書) :坂村 健」(Amazonにリンク)のエッセンスだといっていたから,聞く機会のなかった人はこれに目を通せばいいだろう。

まず話の核心部分はとても有益であること,そしてまずは私自分がノベーションを試みなくては駄目だよなということは前提にしよう。

その上で,何点かコメントしよう。

まず坂村さんの視点は「専門分野」の「高み」にあり,そこから見える「今現在」の問題点を指摘するのだが(その限りでは優れている,),そこから降りてもっと根本的な観点から問題を考察しようとはしないように思われる。

生物である人のこころの働きや行動,あるいは社会が複雑なシステムであること(例えば西垣通さんの「基礎情報学」では,情報を,生命情報,社会情報,機械情報に分別するが,坂村さんは,ほぼ機械情報岳を見据えているように思われる。ただ西垣さんは西垣さんでその分析で足踏みをしているような感じで,坂村さんが問題にしているような「今現在」の問題には,なかなか届かない。)。

あと政府とか法制度の捉え方が,単純すぎる。坂村さんも西垣さんも社会情報については不十分だ。といっても,この分野は法律実務家こそが追い詰めなければならない問題であり,文句があるなら要は私がやらなければならないことだ。文句のある私がちゃんと法の基礎理論を踏まえ,(坂村+西垣)問題を検討すればいいのだ。

足りないのはイノベーションの考察

坂村さんは,DXとそれを支えるイノベーションを持ち上げるのだが,残念ながら取り上げた「ケーススタディ」が,AI,プログラミング教育 ,フィンテック,電子政府(それと自身の東洋大学やTRONの経験も入るだろう。)なので ,イノベーション論が足りない。これは買ったばかりでまだ論評できないが「人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する:マット・リドレー」(Amazonにリンク)が役立ちそうだ。しかしマット・リドレーさんは,分業を取り上げた「繁栄 明日を切り拓くための人類10万年史」(Amazonにリンク),大きな変化を起こす意図のない無数の人によってもたらされた「ボトムアップ」による偶然で予想外の現象が人類に進歩を切り拓いてきたとする「進化は万能である 人類・テクノロジー・宇宙の未来」(Amazonにリンク)も,全体の構想と材料の収集がすばらしい。多分「人類とイノベーション」も期待を裏切らないだろう。イノベーションというと必ずシュンペータ-が出てくるが,ウルリケ・ヘルマンはシュンペーターの「競争は…売上げや既存の会社の限界収益を増やすのではなく,その土台とその存続を揺るがす」を引用し,「シュンペーターは新古典派の決定的誤りを非常に明快に批判する。新古典派は「資本主義が既存の構造をいかに管理運営しているか」を記述すれば事足りると信じているが、「資本主義がその構造をいかに創出し、破壊しているかということこそが重要な問題なのだ」とする(「スミス・マルクス・ケインズ――よみがえる危機の処方箋」(Amazonにリンク))。理解して持ち上げるのならいいのだが。

戦略も見据えよう

「今現在」の問題は,イノベーションだけではなく戦略(経営戦略に止まらない)という観点から考えるのも重要だろう。これも経営学者はうっとおしいので(ドラッカーはファンなので,例外にさせてもらおう。),生物の進化から考えると,面白い。稲垣栄洋さんの「弱者の戦略」(Amazonにリンク)や,「Learned from Life History 38億年の生命史に学ぶ生存戦略」(Amazonにリンク)で,生物進化の場面でリアルに考えたい

そういえば生物からイノベーションを考える「生物に学ぶイノベーション 進化38億年の超技術:赤池学」(Amazonにリンク)も面白かった。

以上,乱暴な記述で申し訳ないが,これからは余り問題を抱えこむことなく,以後の作業のために,アイデアの「備忘」として適宜このような記事を作成しようと思う。関係者には不愉快かも知れないが,主観的な備忘なのでご容赦いただきたい。

問題解決と創造,複雑な問題群

プラトンとフッサール

さて前回の記事が1月25日なので2ヶ月近く間が空いてしまった。

ただこの間,(本人としては)無駄に過ごしていたわけではなく,竹田青嗣さん(「哲学とは何か」(Amazonにリンク))や西研さん(「哲学は対話する」(Amazonにリンク))が注目し新しい目線で切り拓いたプラトン(アリストテレス),フッサールを見て,いったん別れを告げ,認知科学に入り込んだ。そうこうしている間に少し忙しくなってしまった。

フッサールは,人は自分の認識世界から出られないという当たり前のことを確認したわけだが,それがどうしたの,人の実際の認識世界がどうなっており,どのように活用するかが問題である。

こころの材料

認識世界のたどり方はあれこれあるが,まず神経心理学の山鳥重さんを読んでみた(精神現象学から認知科学へ)。この人は医師として,脳に障害があることから生じる失語症等と向き合い,人のこころの世界を「情・知・意」でとらえ(「知・情・意の神経心理学」(Amazonにリンク),「心は何でできているのか」(Amazonにリンク)),豊富にこころの材料を提供する。

認知科学とマインドフルネス

ただ,材料としてのこころだけでは,現実を動かすツールとしては不十分なので,認知科学(「脳神経科学がわかる、好きになる:櫻井武」(Amazonにリンク),「基礎から学ぶ認知心理学 人間の認識の不思議 (有斐閣ストゥディア):服部 雅史/ 小島 治幸/ 北神 慎司」(Amazonにリンク)を一瞥したあと,後者で紹介されていた「シャーロック・ホームズの思考術 (ハヤカワ文庫NF) :マリア コニコヴァ」(Amazonにリンク)にたどり着いた。

これは問題解決学としては面白いのだが,この人の叙述は若干混乱している(本人もどこかに自分は文章が余りうまくないと書いてあった気がする。)。そこで問題をより広く捉えていると思われる「フォーカス:ダニエル・ゴールマン」(Amazonにリンク)を読み返したが,これは各章のつながりを故意に分かりにくくして読者が注意深く整理しろと挑戦しているように思われ,読み解くのが大変だ。

これらが方法としてマインドフルネスを挙げていたのでそれを一瞥し(「スタンフォード大学 マインドフルネス教室 :スティーヴン・マーフィ重松」(Amazonにリンク),「心と体をゆたかにするマインドエクササイズの証明 :ダニエル・ゴールマン ,リチャード・J・デビッドソン」(Amazonにリンク)),ついでにマインドフルネスがもっとも効果をもたらすと思われる依存症の脱却をテーマとする,「あなたの脳は変えられる:ジャドソン・ブルワー」(Amazonにリンク)も復習だ。

問題解決の思考

依存症と並ぶ個のもう一つの問題である課題の設定・達成としては,チップ・ハース, ダン・ハースの「決定力! 正解を導く4つのプロセス」(これは意思決定論)(Amazonにリンク),「 スイッチ! ― 「変われない」を変える方法」(これは変革・行動論)(Amazonにリンク),「アイデアのちから」(これは表現・説得論)(Amazonにリンク)も面白い。

ロルフ・ドベリの「Think right 誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法」(Amazonにリンク),「Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法」(Amazonにリンク),「Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法」(Amazonにリンク)は,行動経済学+ストア派というところだろうか。

これらのあとは,問題解決を支える高度な思考論として「認知言語学:大堀壽夫」(Amazonにリンク)と「数学の認知科学:レイコフ, G., ヌーニェス, R.E」(Amazonにリンク)まで行き着きたいが,その前に読むことについてのメアリアン・ウルフの「プルーストとイカ」(Amazonにリンク)と「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳 「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる」(Amazonにリンク)は外せないだろう。

そしてこの流れは「情報論」に集約される。西垣通さんの一連の「基礎情報学」には,システム論,オートポイエーシス,アフォーダンス等々盛りだくさんで面白い。ただ現実を動かすツールとしては不十分な気がする,私の興味は今後この辺りに収斂されそうだ。

体の問題

しかい頭だけでは人の問題は解決しない。「GO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネス:ジョンJ.レイティ, リチャード・マニング」(Amazonにリンク),「脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方 :ジョンJ.レイティ」(Amazonにリンク)は面白いのだが,特に前者は「言い過ぎ」だ。年寄りにはきつい。

システムの問題

個の問題の他に,他(組織)との関係,全体的なシステムの問題があるとすれば,やはりこれからの「経済」が気になるので,ドイツから見たウルリケ・ヘルマンの「資本の世界史 資本主義はなぜ危機に陥ってばかりいるのか」(Amazonにリンク),「スミス・マルクス・ケインズ―よみがえる危機の処方箋」(Amazonにリンク)に目を通し,「中学の教科書から学ぶ 経済学サク分かり (朝日新書) :菅原 晃」(Amazonにリンク)も見たが,最後のは優等生過ぎて問題を捉え切れていないと思われた。三面等価は整理方法に過ぎない。

その間に最近近所で鳥の鳴き声を聞くことが多いと気づき,鳥にも興味をもって何冊か読んでみた。「ヤマケイ新書 鳥ってすごい!:樋口 広芳」(Amazonにリンク),「身近な鳥の生活図鑑 (ちくま新書) :三上修」(Amazonにリンク),「くらべてわかる野鳥:叶内 拓哉」(Amazonにリンク),「庭や街で愛でる野鳥の本:大橋 弘一」(Amazonにリンク),「身近な鳥の生きざま事典-散歩道や通勤・通学路で見られる野鳥の不思議な生態:一日一種」(Amazonにリンク)等々。

これらのお陰で最近カラスと見つめあうことも多くなった。

今回の最後は,「WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か:ポール・ナース」(Amazonにリンク)だ。

でも一体私はどこに行くのだろう。STEP BY STEPだ。

個人の問題解決,IT・AI・DX,本の森

ヘーゲルは分からない

ヘーゲルの法哲学,歴史哲学,あるいは論理学等は,読んでいて何を論じているのかが全く分からないわけではない。しかし,「精神現象学」,それも前半部分はお手上げだ。読んでいて、論じている対象が分からない,内容も分からない,言葉遣いが不快だ,等々がごく普通の反応だと思う。
今後,こういう本を手に取ることもないだろうから,もののついでに少しでも理解しようとKindle本で購入していた「精神現象学上下:熊野純彦訳」(Amazonにリンク),「超解読!はじめてのヘーゲル『精神現象学』:竹田青嗣,西研(講談社新書)」(Amazonにリンク)等々を読み始めてみたが,上記のとおりの結果である。
「精神現象学」は,ヘーゲル37歳のときの発表(1807年)で,いわば「若書き」だが,なぜかやたらと翻訳されている。邪推であるが,先人の翻訳を読んでも分からないので,自分で翻訳すれば分かるだろうと考えた哲「学者」が何人もいたのだろうか。熊野さんは他にやることがいくらでもあると思うが,廣松さんのお弟子筋だろうからその「遺言」で翻訳したのだろうか(ただカント批判三部作も翻訳しているようなので,哲学の本道を歩んだのだろうか。)。熊野さんの翻訳を読んでも分からない。
「超解読!はじめてのヘーゲル『精神現象学』」は,内容を読み込みそれなりに理解しているであろうふたりが,簡潔に要約していると思われるが、それでも何が書いてあるか分からない。
思うに,「精神現象学」は,ヘーゲルがどのような地域,社会制度,組織の中で生き,どのような既存の知的言語空間で,どのような材料に基づき,どのような対象について,何を目的に書いたのかが,お手上げなのである。
ただ,前半は,意識,自己意識,理性という項目だから,どうも知覚・認知についての分析が,一方でカントをにらみ,一方で世界は神の一部だという前提の元に,ヘーゲルが知っているその当時の知的カタログを披露しつつ書かれたもののように思える。でも,「種の起源」の出版は1859年,ヴントやウィリアム・ジェームズにより心理学が成立したのは1870年代,いずれにせよ「意識」について様々な経験的な事実,現象に向き合って論じたものではなく,圧倒的な材料不足のなかで,ごく少数の哲学者の言説に向き合い,自己の観念で整合的に操作・表現したと思われる。ほぼ時代人のマルクスに対象・方法が面白く,後代のメルロ・ポンティーにも小説のように面白かったのだろうが,私が「精神現象学」を正確に理解したとして,それが私に何をもたらすだろうか。

「わかる」とはどういうことか-認知科学への転進

「精神現象学」が「意識の経験の学」だとすると,現代の「精神現象学」は,「認知科学」だろう。「認知科学」は,一方で,脳科学を,一方でコンピュータ科学を見据えて,AIで何が可能か,何が不可能かを解き明かそうとしている。
ただ「認知科学」の議論は,いささかコンピュータ科学におされて錯綜しているように見えるので,その前に,脳神経学者で,失語症を扱う臨床の脳医学者(あるいは引退されたか)の山鳥重さんの「「わかる」とはどういうことか ―認識の脳科学 (ちくま新書)」(Amazonにリンク)を読み込むのがよい。
本書を読んでびっくりしたが,まさに現代の「意識の経験の学」である。著者は先人の医学,神経学分野の業績を踏まえつつ,自分の経験を元に,自分の頭で考え,心の全体像を明らかにしようとしている。著者には,この他にも,少しずつ焦点の当て方が違う「「気づく」とはどういうことか ─こころと神経の科学 (ちくま新書)」,(Amazonにリンク)「言葉と脳と心  失語症とは何か (講談社現代新書)」(Amazonにリンク),「心は何でできているのか 脳科学から心の哲学へ (角川選書)」(Amazonにリンク),「ヒトはなぜことばを使えるか 脳と心のふしぎ (講談社現代新書」(Amazonにリンク)等の入手の容易なKindle本があり,これらを読み比べるともっと興味深い。
山鳥さんの所論をごく簡単にまとめれば,脳と心は違うレベルの現象なので,因果関係はない。心には形のない「感情」がある,y形のある「知覚」がある,内外の情報が「心像」に構成される,記憶された「心像」がある,これを照らし合わせて,区別して,同定する。「知覚心像」に記号としての言語がある。外からの「知覚」「言語」等々で構成される状況が,記憶された「知覚」「言語」と照らし合わされることで「わかる」。「わかる」には,『全体像が「わかる」,整理すると「わかる」,筋が通ると「わかる」,空間関係が「わかる」,仕組みが「わかる」,規則に合えば「わかる」』等,いろいろな「分かる」がある。「わかった」と思うのも,『「直感的に「わかる」」,「まとまることで「わかる」」,「ルールを発見することで「わかる」」,「置き換えることで「わかる」』等といろいろある。
これらの心は,「情」,「知」,「意」とまとめることができる。
著者がもっとも力を入れ,また哲学者,言語学者ではカバーできない,脳の障害がもたらす言語使用の変容を踏まえた「言語」論であり,私も言語が共有化され,意味を持つ仕組みに興味があるので,この部分は重要だ。
上記のまとめはまとめとも言えない乱暴なものだが,非常に「分かりやすく」かつ重要なので,今後も言語論も含めて,「まとめ」,考察を充実させていきたい。

イラストで学ぶ 認知科学-「認知科学」の入口


その上で,例えば「イラストで学ぶ 認知科学:北原義典」の項目を見ると, 感覚,知覚・認知,記憶,注意,知識,考えること(問題解決,意思決定,推論),言語等々,まさにヘーゲルの「精神現象学」が乏しい手掛かりで追及しようとした(だろう)こと,山鳥さんが脳医学を踏まえて追究しようとしたことが網羅されている。この本は,イラストといっても,心的現象と脳の部位との関係図や,論じられている問題について整理されたカラー図表等が掲載されていてとてもわかりやすい。ただ,「意識の経験」を体系的に論じようとしたものではないが,山鳥さんの所論と重ね合わせて読み進めると,面白し,AI論への入口にもなる。

詳細目次

「「わかる」とはどういうことか」と,「「イラストで学ぶ 認知科学」の詳細目次を掲載しておく。