IT・AI・DX

Kindle 本を読む

私が、最初に kindleと kindle 本を買ったのは amazon com で、2009年10月であった。何年かして日本のAmazon .co.jp のサービスも始まり今では kindle 本は、合計で2000冊を超えている。私は気に入った本が kindle 本であれば原則として実物本よりも kindle 本を選ぶ。

ただし kindle 本には何点かの不満もある。

Kindle 本への不満

kindle 本になっていない本があるのはやむを得ないとしても、 最近はkindle 本にする時に活字ではなく固定レイアウトと称して画像を そのままkindle 本にしてる本も多い。 読みにくいし検索もできない。そして重要点をハイライトすることもできない。図表や数式が多い本はやむを得ないが、そうでない本まで画像にしているのは、要するに手抜きであろう。これはブルーバックスに結構ある。

ハイライトによる要旨

ハイライトというのは、 kindle fire やkindle paperwhite、 あるいは kindle pc (パソコンで使えるアプリ)で、任意の場所を選択して適宜の色にクリックすると、その部分が保存されるという仕組みである。簡単に言えばこまめに重要部分をクリックし、コメントをつけたい部分にメモを記入すれば、その本の批判的要旨ができるということになる。ただその内容は 、kindle fire やkindle paperwhite内で確認できても、外で加工することができないという限界があった。 sns で発信したり、コピーできるとも言われているが、コピーは字数制限があって実用に耐えない。 実はこれが非常なストレスになって、なかなか kindle 本を使いこなせない原因になっていた。

ただ一部の記事に、 kindle . amazon . co jp にアクセスすると、自分のしたハイライトが全て保存されているという記載をみかけることがあった。しかし実際にアクセスしてみると、所有している kindle本が 80数冊で、ハイライトも2、3個あるだけで、意味不明であった。

ところが今日になって、私のように元々 amazon com から始め、これを amazon .co.jp に統合したユーザーは 、kindle . amazon . com でサービスが行われているという記事を見かけた。早速やってみたが最初はやはり不十分な冊数とハイライト数であったが、少し経ってもう一度アクセスしてみると冊数は2000冊以上、ハイライトも全部がどうかは分からないが、かなり多くのハイライトが保存されていることがわかった。ここに保存されているハイライトとメモは、コピーして加工が可能である。長年のストレスが一気に解消された思いである。

本を読み解く

これでこれからは実物本については要点をチェックしこれを音読して文字化すること、 kindle 本については上記の方法で文字化することで、その有効活用が可能となる。画像となっている kindle 本について要旨集を作ることが必要な場合は、実物本を買えばいいということになる。ずいぶんスッキリした。あとは実践あるのみ。

IT・AI・DX

これまで

昔からあまりブラインドタッチが得意でなかった(ミスタッチが多くどうしてもキーボードを見てしまう)ので、時々、思い立ったようにパソコン用の音声入力専用ソフトを買ってきて音声入力を試みていた。
しかし最初に何十分も自分の声を録音して変換精度を上げる作業をしてもも、さほど精度は良くなかったような気がするし、何よりも音声入力にたどり着くまでの過程や事後処理がとても面倒なこと、声を出して作業することが平気な環境を確保するのも大変なこと等から、すぐにやめてしまう。

ただ2、3年前にスマホで音声メモを試してみたところ、事前の録音なしでもとても正確に変換されたことがあったので、 google等の音声入力は十分なレベルに達していると考えていた。

最近、野口悠紀雄氏の「究極の文章法」に目を通し、氏が長文の作成にも音声入力を利用し、十分に実用化になっていると思われたので、だんだん年を取ってキーボードと画面を見比べながら文章を作成することはとても目の負担になり肩もこるので、是非とも音声入力を実現したいと思っている。なお野口氏の本は、抽象的な記述とあまり参考にならない具体的な記述とが混在していてマニュアルとも言えるようなものではない(http://office.noguchi.co.jp/archives/1857に本人による紹介がある。ただそこに記載されている「仕事のスタイルというものは、固定化しがちなものです。その時の最先端の技術に適合した仕事の仕組みをいったん構築すると、それで固定化してしまいます。その後に技術進歩が生じても、それを受け入れなくなるのです。少し便利になったくらいでは、スタイルを変えるのが面倒なので、そのまま続ける。その結果、最初から新しい技術を使う新しい世代に追い抜かれることになります。これを「リープフロッグ(蛙飛び)現象」といいます。」という部分は、何事にも妥当する(しかも技術だけではないだろう。)指摘として貴重である。

具体的な方法

さて音声入力と言っても、長文を作成する場合、メモを作成する場合、さらには音声検索をする場合がある。このうち、音声検索は、多くの人がすでにスマホで実行しているしと思われるし、試してみればわかるが入力は極めて正確だ。大事なのはそのノウハウを正確に身につけできるだけスマートにこれを実行することだろう。これは別に検討することにし、ここでは長文作成、メモ作成について検討する。

メモ作成

まず備忘事項や、アイディアを、いつでも、どこでも入力保存するためのメモの作成には、スマホを利用する。スマホには、Androidtoと iphoneがあるが、前者はgoogleが 、後者はapple が、それぞれ無償の、しかも極めて高性能の音声入力を提供している。ただ現時点では、googleは、句読点、改行等が音声入力ではできないようなので、そこはapple のほうが快適である。ただ、メモ程度であれば一気に入力し、あとで適宜修正すればいいので、気にすることはない(なおこれは音声入力だけの問題であって、以下の記述については全て両方のスマホで利用できる。)。
大事なのは、あるスマホで入力したメモを他のデバイスで自由に加工・利用できるようにすることである。そのためにはクラウドに保存されること、しかも安価であることを条件とすると、無償のgoogle keep がいいのではないか。 google keep で全てのメモを作成し、適宜、アーカイブ、ラベル、メモの色を使いこなせば、十分すぎるメモが作成できる(手書き、録音、写真にも対応している。)。更に種々のアプリへの送信、Google ドキュメントへのコピーもできる(Google ドキュメントで加工できる。)。毎日の備忘的なメモ(日記)も、これが良さそうだ。タイトルに日にちを数字(170101等)で入力し、ラベルを日記にすればよい。

長文作成

長文作成については、スマホで作成したメモを元に加工することもあるが、基本は最初からパソコンで作成することであろう。

まず音声入力で長文作成を実行するには、大きく分けて2つの方法がありうる。一つは昔からある専用ソフトを使うことである。ただこれについては、やはり面倒で、これからその必要性があるかどうかわからない。実は今回、検討の過程で、昔購入したことのあるGoogle の音声認識を利用する voice rep pro というアプリがバージョンアップされていたのでこれを試してみた。一方 google から提供されている google ドキュメントに音声入力をする方法はすでに十分実用化に耐えるレベルである。おそらく録音したものを反訳したい場合にはvoice rep pro がいいのかもしれないが、音声入力しながら文章を作成するについてはかえって面倒で、多分その必要性はない(句読点が入力できないとか改行ができない、誤変換等については、キーボードで修正することで十分である。 )。

従って長文作成についてはパソコンで google ドライブにある google ドキュメントを利用するのがよい。マイクは据え置き型の方が楽なようだ。
以上が、現時点での音声入力を利用した文章作成の方法である。今後この文章については適宜増補改訂していきたいと思う。

日々雑感

年賀の挨拶の次が、残暑見舞いというのは、時候の挨拶としては間違いではないだろうが、ブログではないですね。それはともかく、近況報告をしておきます。

会社の近況

私は、羽田空港におけるビジネスジェットの格納庫事業の「再生」「再建」に関与しているが、その将来像がきちんと固まれば、状況をきちんと報告しようと思っていたが、その機会がないまま時間だけが過ぎてしまった。少なくてもこの4月には何とかなるだろうと思っていたが、当局の不可解な対応によって事態はかえって悪化してしまった。今後の我が国のビジネスにとって不可欠な国際交流の重要な一翼を担うはずの羽田空港における格納庫事業は、残念ながらその将来が見通せない状況にある。その原因について、現段階で私的に分析、情報発信するのは、まだ時期尚早と思うので、今しばらく現状打開に努力したい。このままでは、これまでこの事業に期待し、力を貸してくれた多くの人に、迷惑だけをかけてしまうことになるのが心苦しい。

私の近況

科学へ

格納庫事業が上述したような状況なので、気持ちは何となくさえないのだが、冷静に考えれば私がなすべき課題は多い。

まず年初に掲げた「ここ最近の文字どおりの科学のビッグバンによって、少しずつ「真実」が明らかになってきていると予感させられる」との思いは、ますます強くなっている。

その主たる対象は「物質、宇宙、生命、意識」等々の「自然」であり、その中核は人を生物の遺伝、進化の流れの中で理解するということであるが、「自然科学」以外に、人の共同性である社会を「人の交流(関係)」と見て、その交流のビッグデータの解析、意味づけによって新たな知見を得ようとする「社会科学」もその緒に就いたと言えるであろう。

私はこれらの生物の遺伝、進化を中心とする最新科学を、何とか人の生活・仕事に生かせないかと考えている。

ただ私は科学を絶賛し、その提灯持ちをしたいのではない。科学と、人が通常行っている、生活・仕事の領域での活動は、その対象も、認識・認知方法も区別されるものであり(カーネマン「ファスト&スロー」の、システム1(速い思考)、システム2(遅い思考)を念頭に置いてもいいであろう。)、科学は今まで主として「工学技術」という形で後者に関与してきたが、それ以上に科学を生活・仕事に生かすべき方法は確立されていない。科学者が後者について発言しても、それは「科学的」ではない。科学者の行動も「科学的」ではない。

これとは別に、科学は、そのほとんどが「仮説」であるということも重要である。私は、10年前、20年前には分からなかったことが分かってきたとする最新科学の紹介がゾクゾクするほど大好きだが(アプリのnatureダイジェストを愛読している。)、よく考えれば最新科学は、今そうであるように、10年、20年経って振り返れば、全く古びたものになっているし、その何割かはそれ自体、間違いであったとされるだろう。だから、「仮説」という感覚もとても重要である。

生活・仕事、共同性へ

そのような科学を人の生活・仕事に生かすといっても、生活や仕事は誰もがやっていることであって、大事なのは、システム1(速い思考)によって動かされる生活・仕事の流れやその固有の価値観を相対化し、遺伝・進化の中で遠望する「智慧」だろう。そこから何が生み出せるだろうか、歩き始めた以上、やるしかない。。

更に人の共同性が国家という組織を構成することは、現在ではそれなりに理由があるが、とても残念なことだが、今国家を介して人が激しく対立し、国家内でも、人の自由や協調性に反する動きが目立っている。国家は「仮説」の最たるもので実体はなく人の交流(関係)があるだけだという、当たり前の事実から思考することは、実はとても難しい。これをどのように科学によって切開できるか。

仕事へ

といっても、素人「科学者」、「哲学者」としての興味は興味として、私の仕事は弁護士だから、これらの感覚を生かすため、国家が定立する法が、人の共同性のルール(規範)として、合理的、効率的で、必要最小限のものであるよう、司法、執行の面で関わる必要がある。また立法提言もしていこう。

孫娘と山

孫娘は3歳を超えて、ますます活発になってきた。私は折に触れて孫娘の写真を撮るが、その大半は、後ろからの、ぼけた写真である。一番いいシーンは、見ほれてしまって写真どころではないから。

やっと歩くことにも慣れてきたようなので、そろそろ山にも行けるかな。9月の休みには、入笠山に行くゴンドラに乗って、うろうろすることも計画している。

最後に

長々と近況報告をしてきたが、やはり観念を頭の中で転がしていても雲散霧消してしまう。本を読んだり考えたりしたら、できるだけ報告した方がいい。今のところの第1候補は「ヒトの起源を探して」(Masters of the planet )である。

読み返してみると抽象的で分かりにくい文章でした。