デジタル・トランスフォーメーションをめぐって

デジタル?トランスフォーメーション?

一昨日(2019年2月11日),たまたまボストン・コンサルティング・グループの「BCGが読む 経営の論点2019」(Amazonにリンク)に目を通したが,その「はじめに」の冒頭に「デジタルを中核に据え、経営を変える。バリューチェーンを再構築し、新たな成長機会を創る。デジタルによって既存事業を変革し、新規事業でイノベーションを生み出す。2019年は、そんな流れがますます加速する1年となるはずだ」とあり,「デジタル化がもたらす変化には,大きく3つの領域があると考えている。1つ目は,デジタル・トランスフォーメーション。顧客との新たな関係性を重視しながら,ものづくり,サプライチェーン,顧客接点,エコシステムなど,デジタルをテコとしてすべてを見直し,バリューチェーンを変革すること」(あとの二つは,「デジタル ベンチャー」と「組織における働き方の改革」)と続く。

私は,そのときまで「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉を見たことはあったかもしれないが,意識したことはなく,古臭い「デジタル」という言葉も「こんなふうに使われるんだ,出世したなあ」と思ったのである。

ところで,1月末の高校の同窓会でたまたま横に座った友人に「最近,ITやAIについて,何かやってみたいと思っている」と話したところ,その友人に「Project DS DXの最新状況と近未来 これからの日本の進むべき方向」というイベントに誘われたので,昨日,出席してみた。

そこでは,最初から最後まで,「デジタル・トランスフォーメーション」という言葉が乱舞した。昨日の今日だからびっくりした。確かに「ITやAI」では少しピントがずれている。「デジタル」の方が,簡単でよさそうだ。

ところで,このイベントは,出席者は20数人という小さな会合で,ある損保グループでCDOを務める人の講演と質疑応答という内容だった。そのグループでは,これまでの「損保」では将来が見えないので,長年,シリコンバレーで,スタートアップを手掛けてきたその人がCDOに抜擢され,グループ全体を引っ張っているということだった。

具体的な内容は公開すべきではないと思うので,興味深かったことだけを二つ挙げよう。

興味深いこと

ひとつ目

ひとつ目は,デジタルのビジネスを行う上で重要なツールは,ひとつは,「デザイン思考」,もう一つは「アジャイル」だという指摘である。

「デザイン思考」は,私の視野に入っていたが,抽象的で本当に使えるかどうか分かりにくいねということで,1月に若いデザイナーの友人と「デザイン思考」の本を読んでみようと約束したので,早晩,読書会兼飲み会をしようと思っている。対象は,「クリエイティブ・マインドセット-想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」(著者:デイヴィッド ケリー,トム ケリー)(Amazonにリンク)と,「デザイン思考が世界を変える」(著者:ティム・ブラウン)(Amazonにリンク)だ。「センスメイキング―本当に重要なものを見極める力」(著者:クリスチャン・マスビアウ)(Amazonにリンク)が「デザイン思考」を切り捨てているので,どんなもんだかと思っていた。実際に大学で試している「エンジニアのためのデザイン思考入門」(著者:東京工業大学エンジニアリングデザインプロジェクト)(Amazonにリンク)が肝になるか?

もう一つの「アジャイル」は,ソフト開発の手法だということで言葉だけ頭にあったが,「そうでない手法は?」と聞かれても「ウォーターフォール」は,言葉としては出てこなかった。

ふたつ目

興味深いことのふたつ目は,その損保グループでは,新しいデジタルのビジネスを行うために,数人ずつ,エンジニアとデザイナーを自前で雇用し,Googleの無償のAIを利用し,スピーディーな試行錯誤を繰り返して,短期間に欲しい「機能」を実装しているというのである。なるほど。

ただ,後ででてきた話であるが,経営陣のすべてがこのような試みを理解してくれるわけではないそうである(これは内緒)。

私は三つのことを考えた

余計なことだが,私が考えた三つのことを書いておこう。

ひとつ目

一つは,このようなデジタル・トランスフォーメーションの集いだとイケイケどんどんということになるのだが,ユーザーの立場からして,本当にそのようなものが必要なのだろうかと考えてしまう。知的好奇心は無限に膨れ上がるが,例えば健康についてどこまでデジタルが必要なのかは疑問である。これについては,上記書の「6 健康・予防領域で「稼ぐ」ために-成長領域なのに黒字化できない本当の理由」での指摘が参考になる。

ふたつ目

ふたつ目は,生活の「便利さ」なんてこれ以上どうでもいいのではないだろうかということである。特にIoTはサーバー攻撃の対象となって当面「便利」どころではないという気がするし,新しいAIの個々の様々な機能は目新しくて「便利」だとしても,総体として複雑なユーザーインターフェイスをもたらし,結局,ユーザーにストレスを与えるだけではないのか。

少し話はずれるが「ウォーターフォール」における「システム開発」が,発注者にも開発者にもトラブルをもたらすことが多かったが,「アジャイル」もその解消策にはならないようだ(上記書の「5 アジャイルの可能性と罠-組織のスピード、適応力、生産性向上にどう活用するか」参照)。

みっつ目

みっつ目は,上記したように,確かに私もデジタル・トランスフォーメーションについての「知的好奇心は無限に膨れ上がる」が,それは人の理性・推論が機能している部分である。人は,まちがいなく動物としての進化の過程にある「目的手段推論というちょっとした拡張機能つきのオシツオサレツ動物」であるから(「「こころ」と行動の基礎」参照),そのような動物としてデジタルをどう取り入れ利用するのかという観点がないと,複雑性の中で迷走しますよというのが私の「余計な」意見である。

デジタル・トランスフォーメーションの道遠く

ところで,「「BCGが読む 経営の論点2019」(Amazonにリンク)から上記の2点を指摘したが,この本はそのほかの内容も優れてる。コンサルというのは,うっとおしいと思っていたが,「デジタル・トランスフォーメーション」は,彼らの思考法とピントが合っているようだ。

ついでに「BCG デジタル経営改革 Digital Transformation」(Amazonにリンク)というムック仕様のkindle本も買ってみたが,これはどうだろうか。

むしろ今後勉強しなければならないのは,「デジタル・ビジネスモデル-次世代企業になるための6つの問い」(著者:ピーター・ウェイル)(Amazonにリンク)だろうか。

ところで,デジタル・トランスフォーメーションは,DXと略されることが多いようだが,DSとは何だろうか?略語も訳が分かりませんなあ。最後の疑問である。