「行動分析学」と「システム思考」で世界を見る

2019-10-31

問題解決と創造の「入力」について考える

問題解決と創造(創造は問題解決の一場面と考えられるので,以下「問題解決」とする。)について考えていく場合,その全体の構造については,佐藤の問題構造図式(入力→プロセス→出力,及び制約条件と外乱)で整理するとして,「プロセス」に「入力する」(働きかける)具体的な内容は,どのように考え,実行すればいいのか。

まず解決すべき問題領域は,大きくは,個人の問題と,組織,環境,世界の社会・経済等の複雑なシステムの問題に分けて考えることが出来るから,問題解決のための「入力」の内容,及びそれを立案,実行する方法は,両者で大きく異なっているだろう(もちろん共通する部分もある。)。

個人の問題解決 行動分析学

行動分析学へのアクセス

個人には他者も含むとして,個人が問題解決すべき対象は,専らその「行動の改善」である。これについては,自己啓発書,ビジネス書が,洋書,和書を問わず,世に溢れており,私が保有するKindle本,R本も,汗牛充棟であるが,なかなか出発点とする最初の一冊として適当なものが見当たらなかった。それでも洋書(翻訳本)には,概してアイデアに満ちたものも多いのだが,立論の基本や全体の構成がよくわからないか,翻訳の問題もあるのだろうが,個々の記述の趣旨が汲み取れないものが多い。

そういう中で,「行動」,「行動」と呟いているうちに,ふと昔,「行動分析学」の新書を何冊か読んで興味を引かれたことを思い出し,Kindle本を探してみた(R本は事務所移転時に,とっくに処分していた。)。前読んだことがあってすぐに手に入ったのが,「行動分析学入門-ヒトの行動の思いがけない理由」(著者:杉山尚子)(Amazonにリンク・本の森の紹介),「メリットの法則 行動分析学・実践編」(著者: 奥田健次)(Amazonにリンク・本の森の紹介)である。更に杉山尚子さんが監修をしているという「行動分析学で社員のやる気を引き出す技術」(著者:舞田竜宣)(Amazonにリンク・本の森の紹介)には,ビジネスについての具体例が記述されていると思い購入した。

「行動分析学」は(その内容については追ってその概要を説明するが),上記の新書等を読む限りでは,人間の行動について核心をついている部分がある一方,上記の新書等の説明では全体の体系や個々の概念が,曖昧かつ穴だらけと思えて,これでは「使えない」という印象であった。しかし念のため有斐閣アルマとしてでている「行動分析学 行動の科学的理解を目指して」(著者:坂上貴之, 井上雅彦)(Amazonにリンク・本の森の紹介)に目を通してみたところ,上記の不満は一気に解消した。行動分析学は,心理学の中では異端の一派というイメージがある(?)一方,知的障害者らの療法において自らの実用性を証明し続ける責務を課されているからだろうか,著者たちは,学問における行動分析学の位置づけと自分らの記述の意味合いについて厳密,緻密に対処しようとしており,本書は,私の好みにも合う。その分,もともと行動分析学は相当概念を特殊な意味合いで使用し造語も多い上,本書はそれに屋上屋を架す部分があり,読み通すのに苦労する。

そうではあっても行動分析学は,個人の問題解決に向けての「仮説」としては,充分な科学的内容を備えている。ただ,専ら動物や,知的障害者らにおける,実験,実践を通じて発展してきた「学問」だから,個人の行動改善に,直接,本書を当てはめようとすると,戸惑ってしまう。そこで,厳密性には欠けるが実用的な場面を想定している「使える行動分析学: じぶん実験のすすめ (ちくま新書)」(著者:島宗 理)(Amazonにリンク・本の森の紹介)や,上記した「行動分析学で社員のやる気を引き出す技術」(著者:舞田竜宣)(Amazonにリンク・本の森の紹介)等で具体的な問題を想定し,その解決策を立案,実行し,疑問があれば本書に戻って基本から考えるという作業が有用だろう。

文化随伴性から政策行動科学へ

本書の最後の部分に,個人の問題を超える社会の問題解決について本書の意気込みが表れているので,長くなるが紹介しよう(文化随伴性という用語も追って紹介する。)。いきなりこの「行動分析学」の世界に入るのはなかなか大変だが。

 動物個体のオペラントに代表される,環境に直接働きかける行動において,その環境とは,もっぱら物理的化学的生物的な性質を有する自然や人工の環境を指していた。しかし,同じオペラントである言語行動の働きかける環境は聞き手であり,この聞き手の行動を通して従来の環境の変化を生み出す点に,この言語行動の特徴があった。文化随伴性は,これをさらに系統立って拡張していく仕組みを用意したといえる。たとえば,さまざまな教育機関は,国や政府,特定の集団のルールに対して,特定の反応を自発することを推奨し,そのルールに従う行動を強化する。こうした教育機関が組織的に強化する教育行動は文化を効率的に伝承する機能を持っている。
 しかし,文化随伴性の最も重要な部分は,それがHN性(注:「今ここ性」 [to be here now]) を超えることを可能にする仕組みを持っている点にあると思われる。さまざまな制度,機関,規範などの文化的装置を作り出すことで,多数の個体に対して,過去から未来にわたる時間と地球規模の空間に接近をすることを可能にさせるとともに,これらの文化的装置を通じてHN性を大きく改善させることが可能になったと考えられる。たとえばネットワーク環境に検索を通じてアクセスすることで,私たちはこれまでに考えられなかった「記憶」の拡がりを体験することができるようになった。
 しかし,HN性から自由になって時空の拡張が可能となる一方で,私たちはその見返りに,未来の予期,過去への悔悟,そこには存在しないが空間的な距離を隔てたものからの脅威といった,HN性のみの世界であれば,存在しえなかった新たな行動の創出を余儀なくされており,そうした新しい行動はヒトに「ストレス」や「不安」と呼ばれるような新しい問題行動を生み出すに至っているようにも思われる。仕事の効率化や交通の高密度化が次々と生み出す苛立ち,うつ,不安の症状に,現代の私たちは苛まれている)。
 いわゆる「文化」というものが,特定の共同体の行動傾向や,それを規定する強化子や弁別刺激からなる随伴性として捉えられるのであるなら,その変容も可能なはずである。ただし,これまでに述べてきた学習性行動に関わる随伴性と異なり,文化随伴性は長い年月をかけて幾重にもある種の安全装置が掛けられており,慣行のシステムのなかには,変化させやすいものとさせにくいものがある。会社組織の改革と比較して,宗教の戒律や法律のなかの憲法や教育制度は変革させにくいし,変革に対しては多くの不安や抵抗を伴う。しかも私たちはこれらの変革に伴う結果について,たしかな科学的根拠を持たずに議論している。
 会社組織のなかの行動システムの変更は,売上や利益という明確な価値の基準が適用可能であり,組織や制度改革の影響としての効果が測定しやすい。しかし,教育や憲法の場合は,その効果指標が複雑であったり,測定に時間がかかりすぎたりしてしまう。ましてや宗教の戒律となると,それに従うことによる「価値」が形成されているために,変更には強い抵抗が生じるであろう。何より私たちは,「自然に」変わることは受け入れても,政治や教育によって意図的に変容させられることを好まない。
 しかし現在,私たちは少子高齢化や環境問題といった長期的な取組みのもとで意図的に変わることを求められている問題に直面している。文化随伴性に関わる行動分析学は,ある政策やルール変更が人々の行動にどのような変容をもたらし,引き続いて長期的な変容を維持しうるかを科学的に分析する政策行動科学という領域を発展させることで,今後もその存在価値を見出すに違いない。

個人の問題解決 番外編…行動分析学が面倒な人へ

私は個人の問題解決には「行動分析学」に添って解決策を実行することが適切だと思うが,要はダイエットして,勉強すればいいんでしょう,あれこれ面倒くさいことを言われなくても実行しますよと言える人には,「ペンタゴン式目標達成の技術 一生へこたれない自分をつくる」(著者:カイゾン・コーテ) (Amazonにリンク・本の森の紹介)をお勧めする。呼吸,瞑想,認知,知識,健康,自律,時間についの,無理でない実践法が紹介されている。

複雑な問題の解決 システム思考

システム思考へのアクセス

システム思考は,恐らく「行動分析学」よりよく知られてだろう。特にシステム思考の応用形である「学習する組織」や「U理論」は,最近,割とよく目にする。システム思考そのものの紹介も追ってすることにして,ここでは,システム思考へのアクセス方法を紹介しよう。

システム思考の前史となる一般システム理論,サイバネティックスは置き,システム思考は,MITのジェイ・フォレスターさんが,経営や社会システムにフィードバック制御の原理を適用してはじめた「システム ダイナミクス」(システム内でつながり合う要素同士の関係を、ストック・フロー・変数・それらをつなぐ矢印の4種類で表し微積分やコンピュータソフトによって定量分析する)について,これは専門的でわかりにくいので,「因果ループ図」を用いて,変数のつながりやフィードバック関係を直感的にわかりやすく説明し,複雑な事象の振舞いについてその特徴を把握し定性的な分析を行う「システム思考」が提唱された。システム思考は,「学習する組織-システム思考で未来を創造する」(「The Fifth Discipline」。初版は「最強組織の法則」)(著者:ピーター・センゲ)(Amazonにリンク・本の森の紹介)で,ポピュラーになった。

MITの「システムダイナミクス」の研究グループや連携する研究者には,ピーター・センゲさんの外,ジョン・スターマンさん,デニズ・メドウズさん,ドネラ・メドウズさん,ヨルゲン・ランダースさんらがいる。彼らの業績や日本での紹介等をふまえ,「システム思考」を3つに分けることができるだろう。

システムダイナミクスに基づいた「成長の限界」の考察

上記のグループには,システムダイナミクスを踏まえ地球の持続可能性を真正面から検討したローマクラブの「成長の限界」(1772),これに続く「限界を超えて 」(1992),「人類の選択」(2005),さらにヨルゲン・ランダースさんの「2052」(2012)(Amazonにリンク・本の森の紹介)がある。

既に亡くなられたドネラ・メドウズさんの「地球のなおし方 限界を超えた環境を危機から引き戻す知恵」(2005)(Amazonにリンク・本の森の紹介)もある。

世界の社会,経済や地球の自然,生態系の今後を検討するうえで,必読の文献だ。

システム思考を社会,経営に適用する

システム思考は広く複雑なシステムの問題に適用できるが,その基本として「世界はシステムで動く- いま起きていることの本質をつかむ考え方」(著者:ドネラ・H・メドウズ)(Amazonにリンク・本の森の紹介)や,「システム思考―複雑な問題の解決技法」(ジョン・D・スターマン)(Amazonにリンク・本の森の紹介),更には,「学習する組織 システム思考で未来を創造する」(著者:ピーター・センゲ)(Amazonにリンク・本の森の紹介)は,重要だ。

なお上記したように「システム思考」には,「因果ループ図」を用いるが,その作画ができるソフト(Vensim)が無料で提供されている。

システム思考の日本での展開

日本では,前項の本を翻訳している 小田理一郎さん,枝廣淳子(チェンジ・エージェント社を作り,わかりやすい記事を提供している。)が書いた「なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?―小さな力で大きく動かす!システム思考の上手な使い方」(Amazonにリンク・本の森の紹介)や「もっと使いこなす!「システム思考」教本」(Amazonにリンク・本の森の紹介)がある。たしかにわかりやすいが,前項で紹介した本も十分にわかりやすい。

その他にも日本で書かれた本はいろいろあるが,ここまでの紹介で十分だろう。

なお,システム思考を紹介する活動として,日本未来研究センターシステムダイナミックス日本支部システム思考・デザイン思考で夢をかなえる/(株)Salt,,慶應義塾大学大学院ステムデザイン・マネジメント研究科,,慶応丸の内シティキャンパス(慶応では思考デザイン×システム思考が追求されている。このシステム思考は,広義のシステム思考だという説明をどこかで見た。)等があり,参考になる。日本未来研究センターは,上記の「Vensim」のマニュアルの翻訳,紹介をしている他,代表者が英文で長大な「貨幣とマクロ経済ダイナミックス−会計システムダイナミックスによる分析」を表しているが,読みきれない。

とにかくシステム思考が,今と将来の世界を考えるために重要な方法(技法)であることは間違いない。ビジネス書にあれこれ目を通す暇があったらこれに習熟したほうが良さそうだ。ただ日本での普及は今ひとつのようだ,欧米でもあまり歓迎はされていないか?