「創造はシステムである」を読む

2019-10-31

~「失敗学」から「創造学」へ 著者:中尾政之

原因,結果,因果関係

ある分野の学問的な解明は,ある事象(ものごと)についてなぜその「結果」が生じたのか,「結果」に因果関係のあるその「原因」は何かという形をとることが多い。著者の「失敗学」も,その典型であろう。

しかしこれをひっくり返して,ある「結果」を生じさせるためにはどのような「原因」を設定し,実行すればよいかを考察するのが,著者の「創造学」である。ただ著者は,機械工学畑のエンジニアなので,話題は,モノ作りの話が中心になるが,それに限られているわけではない。

著者は,創造(著者の定義は「自分で目的を設定して,自分にとって新しい作品や作業を,新たに造ること」)の過程を,「思い」(願望)→「言葉」(目的)→「形」(手段)→「モノ」(アクションプラン)ととらえ,まず「目的」を言葉として設定することが重要だとする(これが「出力」となる「結果」である。)。そしてその「原因」となる「入力」を<「形」(手段)+「モノ」(アクションプラン)>と捉え,その具体的な内容を「思考演算子」を適用して検討していく。

本書の概要

筆者の言葉を借りれば本書は,①「いつもと違うことを何かやってやろう」と勇んで創造するために,「その〝何〟とは何なのか」を考えることで要求機能を列記し(なお環境に制約されるので仕方なく達成しなければならない消極的要求機能を「制約条件」という。),②次にその〝何〟を実現するための設計解を,「いつものワンパターンの思考演算」を使って創出し,③さらに「あちらを 叩けばこちらが立たず」の干渉が生じる要求機能を整理することで,互いに独立で最少の数の要求機能群を設定し,④最後に,複雑な状況下で創造するとき,どのように組織(モジュラーとインテグレイテッド)を構築すれば成功率が高まるかを検討するという内容である。

①③の目的の設定,整理,②の設計解を求める思考演算が,二つのポイントである。そしてまず頭に叩き込むべきことは,②の思考演算である。

設計解を求める思考演算

筆者は,旧ソ連の特許を解析して発明者の頭の動きの共通性を抽出したと言われているTRIZ(トゥリーズ)という技法の「教科書を読んで簡単な思考演算子をいくつか覚える」と,容易に新しい設計解を導くことができという。

そして筆者は,ある調査により全体の98%を占めた技法のトップ12を紹介し,1から5までについて詳細に説明している(第2章)。

1.挿入付加(20%),第3物質,第3機能,複合物質
2.分割(19%),機能分離,並列化,オフライン化,副次排除
3.変形(13%),回転,相似,対称,交互,ベクトル分割
4.交換(9%),反転,内外,前後,左右,入出力,因果,動静
5.流線(8%),アナロジー,等角写像,駄肉そぎ,デッドスペース
6.合体(5%),集合,一体化,付加,加算,乗算,相乗効果
7.変換(5%),作用変換,時間関数化
8.電磁場(4%),場の挿入
9.相変化(4%),凍結化
10.表面改質(4%),表面処理
11.独立化(3%),非干渉化
12.冗長化(3%),市販品利用,安全対策

著者は,「設計解は必ず存在する」とし,これらの技法がうまくいかない場合の二つの原因として「自分の課題を一般化・抽象化できない」,「一般的な設計解が提示されたのにその知識を自分の課題に特殊化,具体化して適用できない」ことを指摘する。

とにかく本書の第2章は,特に「文科系」のひとはあまり目にしないことなので,よく読んで頭に叩き込むのがよい。

システムは可視化できる

しかし,要求機能を列記しこれを満足する設計解を求めてもうまくいかない場合に「自分が何をやりたいのか,何を作りたいのかがよくわからず,考えが整理されていない」ことがある。どうやって整理するか。

要求機能はいくらでも列記できるので,まず下位の類似機能を上位の概念でくくって上位機能に合体する,機能が実現すると従属機能と効果も自動的に成立する,上位の設計解が決まると下位機能が決まるということで,整理すると,要求機能を半数から4分の3程度には,減らすことができる(要求機能が漏れている方が気づくのが大変である。)。その上で,要求機能と設計解の関係を示すとすっきりするが,設計解が別の要求機能に干渉して,達成できないものも存在する。

日本では「すり合わせ生産は日本の強み」などといって「干渉設計」が好まれてきたが,「干渉」は失敗の原因の多くを占める。要求機能が干渉している場合,設計行列は非対角成分が存在する行列になるので,すべての解が一括して定まり,設計条件がひとつ変更されても,設計解がすべて変わることになる。トラブルを起こさないようにしたいのなら,干渉が起きないような「独立設計」を目指すべきだ。

ここまでが,「問題解決の創造と方法」の基本である。

著者は日本の現状を踏まえ,「干渉設計」とそれを支える「インテグレイテッド」組織について考察を進めるが,それは別の「問題解決」であろう。

なお以上の紹介は,大雑把すぎるので,今後,適宜,増補していきたい。

それと,以上の考察の目的(要求機能)は,対象が自分自身に向いていない。自分が何かを達成したい(ダイエット),何かをやめたい(酒,たばこ等々)という場合は,どう考えればいいのだろうか。例を酒をやめるということにして,「習慣の力」や「仕事・お金・依存症・ダイエット・人間関係 自分を見違えるほど変える技術 チェンジ・エニシング」等を参考にして考察してみよう。 

詳細目次

第1章 創造は要求から
 1 試しに創造してみよう
 2 思いを言葉にしよう
 3 創造を言葉で示すのは難しい
 4 日本の企業は以心伝心が大好きだった
 5 夢を言葉にして語れば,必ず実現する
 6 目的を定量的に設定しよう
 7 明治以来,要求機能も輸入してきた
 8 リサーチとソリューションを分離してみょう
 9 要求機能を列挙してみょう
 10 不況時に研究室をどうやってサバイバルさせるか
 11 目的を持つには,生きる力が必要である
第2章 思考方法はワンパターン
 1  簡単な思考演算を用いると,新たな設計解か導ける
 2 「凍結させる」の思考演算を使う
 3 思考演算子を用いるには,思考の上下運動が不可欠である
 4 TRIZを用いて思考を上下運動させる
 5 頻繁に用いる思考演算子にはどのようなものがあるのか 
 6 挿入付加の思考演算子の応用-第3物質の挿人
 7 分割の思考演算子の応用-機能分離,並列化,副次排除 
 8 変形・交換・流線の思考演算子の応用-逆さにする 
 9 困ったときは,思考演算をやってみよう 
第3章 システムは可視化できる
 1 要求機能を整理しないと,創造したいものの全体像がわからない
 2 ジャガイモ皮剥ぎ器の要求機能をあげよう
 3 干渉を逆手にとって成功させよう
 4 組織間で干渉が生じて,コミュニケーションエラーが起きる
 5 いまどきの干渉管理をやってみよう
第4章 真似ができない創造化 
 1 干渉設計よりもわかりにくい複雑設計が続々と生まれた 
 2 人智を超えるような複雑な設計で失敗する
 3 モジュラーとインテダレイテッドで戦わせてみよう
 4 干渉が大好きな日本の大企業はどうやって失敗を減らすか
 5 外見は面倒,中身は単純,真似ができない創造化
 6 インテグレイテッドな頭の使い方が中小企業の武器である
 7 高級レストランは インテグレイテッドである
 8 世の中には インテグレイテッドとモジュラーの両方が必要である
おわりに